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2013年8月19日 (月)

京都・洛東 小野小町縁の地 ~随心院~

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観修寺の後、近くの随心院を訪れてきました。ここも来るのは初めての場所です。

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随心院は真言宗善通寺派の大本山です。開創は正歴二年(西暦991年)の事で、仁海僧正によって開かれました。当初は牛皮山曼荼羅寺と言い、随心院はその子院として建てられました。寛喜元年(西暦1229年)に後堀河天皇より門跡の宣旨を賜り、以後「隨心院門跡」と称する様になります。

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随心院は次第に堂塔が整備され隆盛を誇るようになったのですが、応仁の乱によって全ては灰燼に帰してしまいます。その後は京洛の地を転々としながらわずかに命脈を保っていた様ですが、慶長四年(西暦1599年)に故地に戻る事が出来、本堂が再建されました。そして、九条二条両宮家より門跡が入山する様になり、両宮家の寄進を受けて再建されました。

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今は本堂、表書院、奥書院、庫裏などの伽藍のほか、医王門、長屋門などを有し、整った景観を保っています。御本尊は如意輪観世音菩薩で鎌倉期の作とされます。六臂の半跏像ですが、とても整った姿の美しい仏様ですね。この御本尊のほか9体(だったかな)の仏様が本堂に並んでいるのですが、なかなか見応えのある須弥壇でしたよ。

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随心院はまた小野小町の縁の地としても知られます。寺の由来とは直接の関係は無いのですが、境内が小町の邸宅跡に相当すると考えられているのですね。この辺りは小野の里と言い、小町の出身である小野氏が栄えた地でした。

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小町が住んでいた事を示す遺跡として小町化粧井戸があります。その名の通り、小町が化粧用に愛用した井戸と伝えられていて、今でも水が湧き出ていました。

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小町と言えば深草少将の悲恋が思い出されます。その少将の百夜通いの舞台となったのがここだったとされるのですね。少将の屋敷があったのは深草の地、そこから山を越えて九十九夜通い詰め、あと一夜で思いを遂げるという時に力尽きてしまったのでした。

写真は文塚で、少将をはじめ当時の貴公子達が小町に宛てた恋文を集めて埋めた場所とされています。

このほか小町縁の地を示すものとして、若い頃の小町の像や年老いた卒塔婆小町の像などが展示されていましたよ。

随心院は梅の名所としても知られます。次は梅の花が咲く頃に来てみたいですね。

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