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2011年4月

2011年4月30日 (土)

桜事情2011 ~延暦寺 4.29~

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平成23年4月29日の延暦寺です。昨日桜情報はお終いにするとお伝えしたばかりですが、比叡山上では新緑がほとんど無く、桜の季節が盛りを迎えたばかりなのでした。

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例年なら平地の2週間遅れくらいの気候で、気持ちの良い青葉が広がり、桜は山桜が散って八重桜の季節を迎えているはずだったのですが、全く違っていましたね。

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この日はとにかく寒くて、春バージョンの服を着ていたにも関わらず、震え上がってしまいましたよ。ガーデンミュージアムの花も生育が悪く、ちょっと寂しい姿になっていましたね。

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その代わり山桜は見頃だった訳で、悪い事ばかりではありませんでした。中でも根本中堂近くのこの桜は樹齢が優に100年を越えていると思われる大木で、その堂々とした樹形に沢山の花を咲かせている様は見事と言うほかありません。

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大講堂の前では、葉と花が同時に出るタイプの枝垂れ桜が咲いていました。

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調べてみると、彼岸枝垂れ桜という情報がありました。彼岸桜にしては咲くのがちょっと遅すぎるという気もしますが、確かにこの花と葉の雰囲気は彼岸桜のものですね。他の場所ではあまり見かけない枝垂れ桜ですが、独特の美しさを持っている事は確かです。

2011年4月29日 (金)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~北野天満宮 4.24~

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平成23年4月24日の北野天満宮です。この日は社務所前にある霞桜が満開を迎えていました。

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梅の名所である北野天満宮にも桜はいくつかあって、染井吉野や山桜のほか衣笠桜が咲いています。近くに平野神社があるのでほとんど注目される事はありませんが、衣笠桜の咲きっぷりは、それは見事なものですよ。

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そしてもうひとつ、私のお気に入りがこの霞桜です。山の中に多く、春の終わり頃に山麓を霞の様に染めて咲く花なのですが、あまり平地で見かける事はありません。

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それに、普通の霞桜はもっと地味で、白っぽい花を咲かせるものなのですが、この花はほんのりと桜色に染まり、いかにも京都らしい風情を持っています。

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この桜を知ったのは2年前で、以来その不思議な美しさに惹かれて毎年訪れています。

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それにしても、我ながら写真のパターンが決まり切っていますね。一本しか無いのでバリエーションの取り様が無いというのが言い訳ですが、まあ綺麗なら良いかと半ば開き直っています。

さて、3月下旬から追いかけてきた桜情報も、この花をもって終わりとさせて頂きます。シーズン中は沢山のアクセスを頂き、ありがとうございました。明日からは初夏バージョンに切り替えて新緑に染まる京都、それに葵祭関連の行事をお届けする予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。

2011年4月28日 (木)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~平野神社 4.24~

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平成23年4月24日の平野神社です。この日は桜シーズンの掉尾を飾る花達が境内を彩っていました。

まずは平野妹背です。2段咲きをする事で知られるこの花ですが、この日は1段目が咲き揃い、2段目が咲き始めたところでした。写真の下の花の真ん中に白い部分が見えますが、これが2段目の花なのですね。

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次は御衣黄です。丁度満開になったばかりで、花も緑一色の綺麗な状態でした。時間の経過と共に中心部から赤くなり、最後は赤と緑のツートンカラーになって終焉を迎えます。

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もうひとつの緑の花、鬱金です。この花もまた咲いたばかりで、新鮮な感じがしますね。御衣黄よりも黄色が勝っている感じで、時間と共に赤みが差してくるのは同じというというところが面白いですね。

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楊貴妃桜は満開ではあったものの、前日の雨のせいで花びらが全て下を向いてすぼまっており、落花寸前という状況でした。花そのものはあまり絵にならなかったので、幹に落ちていた花びらを撮ってきました。このはんなりとした花色が何とも素敵ですよね。

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他には一葉、おけさ、平野撫子、松月などが見頃でしたよ。そして、本当に最後の桜となる突羽根桜は開花し始めたばかりでした。これは連休中に見頃になると思われ、機会があれば見に行こうと思っています。

さて、桜を追いかけている間に季節はいつの間にか初夏を迎えつつあるようです。桜は遅れ気味だったけれど、この鳶尾は季節どおりに咲いていました。これからは新緑とアヤメやツツジが旬を迎えますね。ただ、その前に最後の桜として、明日は北野天満宮の霞桜をお届けします。

2011年4月27日 (水)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~千本ゑんま堂 4.24~

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平成23年4月24日の千本ゑんま堂です。この日は普賢象桜が満開となっていました。

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今年の桜の開花はここ数年の内では最も遅かったのですが、この普賢象桜もまた例外ではなく一週間近く遅れている感じです。でも、本来の開花時期からすると丁度今頃になるのかな。

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この日はまだつぼみがいくらか残っていて、正確には満開直前だったのでしょうか。つまりは、花色が最も美しい時に訪れた事になりますね。

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この桜はその花色の美しさと共に、落花の時にも風情があると言われています。今年はどうでしょう、連休の前半頃にチャンスが巡ってきそうかな。訪れるなら誰にも踏み荒らされていない早朝がねらい目です。

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もう一つの普賢象桜である二尊院の方は、まだ咲き始めたばかりでした。ですので、今日あたりはかなり見頃になっているのではないかな。落花の風情ともども、連休中に訪れてみるのも良いかも知れませんよ。

2011年4月26日 (火)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~妙顕寺 4.16~

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平成23年4月16日の妙顕寺です。

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妙顕寺には門前の二本の枝垂れ桜、境内の染井吉野など沢山の桜があって、隠れた花の名所となっています。昼時などには、近所の人達が花見に訪れたりしている様ですね。ただ、今は本堂が工事中なので、それどころではないのですが。

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その妙顕寺でも一際鮮やかなのが方丈入り口にある八重紅枝垂れ桜です。ここにも二本植わっているのですが、それぞれ花色と言い、咲きっぷりと言い、素晴らしいものがありますよ。

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この日は既に盛りを過ぎており、色抜けが始まっていました。そして、折からの強風を受けて盛んに花びらを散らしていましたよ。

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その花びらの数が半端ではなくて、あたり一面を覆う様に舞い散るのです。それはそれは綺麗な光景でしたよ。これを見られただけでも、ここに来た甲斐がありました。

桜は散り際が美しいと言いますが、まさにそれを実感した一時でした。

2011年4月25日 (月)

京都・洛北 京都桜事情2011 ~上賀茂神社 4.16~

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平成23年4月16日の上賀茂神社です。この日は斎王桜とみあれ桜、それに賀茂桜が見頃となっていました。

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二の鳥居を潜って左にあるのがみあれ桜です。2007年のそうだ京都いこうのポスターに使われた事で有名になりましたね。

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種類としては八重紅枝垂れ桜で、滝が流れ落ちる様な枝振りが特徴ですね。周囲に柵が無いので、記念写真の背景にはもってこいの桜ですよ。

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楼門前で咲いているのが賀茂桜です。八重咲きの山桜で、普通の山桜よりも豪華でかつ色が濃い様な気がします。

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そして、斎王桜です。ややピークが過ぎたかの様にも見えますが、これだけ鮮やかなら十分に見頃と言えるでしょう。

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去年は少し寂しい咲き方だったのですが、今年はかなり回復していました。まだ枝ばかりという部分も見えますが、まずは許容範囲ではないでしょうか。

ただ、残る風流桜の方は今年も無惨な姿で、ほとんど花が咲いていないという状況でした。去年一年間では回復仕切れなかったという事でしょうか。葵祭の風流笠にちなんだ桜で、姿も似せてあるという木ですから、是非とも回復して欲しいですね。

この桜達も今頃は盛りを過ぎて、散り始めている事でしょう。そして間もなく葵祭が始まります。上賀茂、下鴨両神社に日参する季節がやってきますよ。

2011年4月24日 (日)

江~姫たちの戦国~15 猿の正体 

(一成と無理矢理離縁させられた怒りから、大阪城から逃げ出そうとする江。しかし、あまりの広さ故に、出口が判りません。)

(悔し紛れに、姉たちに怒りをぶちまける江。なだめる様に、妹との再会を喜ぶ茶々。)

(一成が信包に仕えたという知らせをもたらしたおね。しかし、江はもう一成の下に戻る事は出来ないのでした。)

(江が生娘のままである事を確かめ、喜ぶ初。自分を大事にしてくれた一成が好きだったとつぶやく江。)

(伊勢、上野城。一成と感慨に耽る信包。江に手を付けなかったのは、秀吉の思惑を考えての事だったと告白する一成。驚く信包。しかし、可愛い嫁だったと江を偲ぶ一成。)

(もう後は振り向かないと決意した江。)

(復讐のために秀吉の身辺を探ると言い出す江。秀吉はたたの成り上がり者だと吐き捨てる初。)

(秀吉には養子が多いと教えるヨシ。秀家、秀勝、秀康の姿を遠くに見る江。秀康は家康の息子で、実は人質だと聞き、気の毒がる江。ところが秀康は秀吉を父と呼び昵懇の様子である事が見て取れ、いぶかる江。)

(浜松城。本田正信に竹千代の後見を頼む家康。竹千代の素質を引き出してやってくれと頼まれ、引き受ける正信。)

(大阪城。三成に秀吉の事を聞く江。機転が働き、人を見る目が確かだと答える三成。彼は自分が見いだされた時の逸話を語ります。ただの自慢話だと切って捨てる江。)

(秀長の下を訪れた江。秀吉のおかげで自分は人がましくなれた、身内を一番に考えて思いやる、それが秀吉だと答える秀長。)

(官兵衛に、秀吉には弱点などは無いのかと聞く江。血を嫌う事か、戦でもなるべく戦いは避け、敵を降参させようとすると答える官兵衛。では隙の様なもねのは無いのかと聞く江。あるとすれば優しい事か、養子達があんなに懐いているところを見ても判る、それが人たらしと呼ばれる所以だと言う官兵衛。)

(秀次とぶつかりそうになる江。昼から酒臭い秀次ですが、秀吉は天下をいずれ取る、百姓上がりが天下人になるとは愉快なご時世だと言って去っていきます。)

(側室達はどうかと言う江に、既に調べてあると答えるヨシ。彼女の調べでは、悪口を言う側室は一人も居ないのでした。)

(龍子に恨みは無いのかと聞く江。昔の事を言っても始まらないと答える龍子。不満は無いのかと江に聞かれ、強いて言えば新しい着物が欲しい事かと言って江をあきれさせます。)

(おねに、夫婦になった頃の事を聞く江。百姓上がりからおねの夫になった事でやっと武士の身分に潜り込んだ事、ずっと貧しい生活が続いた事、何日も家を空けた事、訳の判らぬ連中を泊めた事、今でも養子を次々に取り、その世話をまかされている事、さらには数多くの側室を迎え、彼女たちとも仲良くしろと言われた事などを語るおね。なぜ辛い事を楽しげにはなせるのかと江に聞かれ、秀吉が格別な者と思っていてくれるからだと答える江。)

(最後に宗易の下を訪れた江。秀吉に復讐したいのだと聞き、難儀な事だと嘆く宗易。秀吉は成り上がりで身内思いで、人たらしだと言う江に、秀吉はそれだけの人ではないと答える宗易。それを知るには、自分の目で確かめるしかないと言われ秀吉の部屋をそっと覗き見る江。)

(部屋の中で紀州攻めの軍議をしている秀吉達。副将を命じられながら、どこか自信なさげな秀次。)

秀吉に依る紀州攻めは、天正13年3月から4月にかけて行われました。当時の紀州には大名は存在しておらず、根来寺や高野山といった宗教勢力、雑賀衆といった地侍集団が割拠する地でした。信長の時代には石山合戦を経て協力的になっていましたが、秀吉の時代となると再び割拠主義に戻り、小牧・長久手の戦いの時には家康方に付いて、秀吉に叛旗を翻したのです。

秀吉はこれを許さず、10万の大軍を催して攻め入りました。秀次はドラマにあった様に、副将を勤めています。ただし、自軍に大きな損害を出すなど、あまりぱっとしない戦い振りだった様ですね。

紀州攻めが終わったのは4月末頃の事で、ドラマで桜が出ていたのはその時期を現していたのでした。

(秀吉に呼び出された江。紀州を取ったと自慢する秀吉。存じていると答える江。娘であるからには、おめでとう位は言えとなじる秀吉。戦は嫌いだと答える江。自分の周辺を探っているのは自分の首でも欲しいものかと聞く秀吉。そうだと答える江。笑い飛ばす秀吉。その江に知恵を貸して欲しい、秀次の不甲斐なさを何とかしたいと相談する秀吉。全てを秀次に背負わせてしまえば覚悟が定まるのではないかと答える江。せめて父と呼べと言う秀吉。いやだと答える江。)

(秀吉が病だと聞き、驚く江。彼女は秀吉の見舞いに出かけます。)

(ところが、秀吉の病とは四国攻めを秀次にやらせるための仮病でした。すべてを秀次にまかせて大丈夫なのかと聞く江に、失敗したらそれで構わない、今回は江の言葉を信じたのだと答える秀吉。信長も百姓出の自分を信じてくれた、それに比べれば秀次は身内だ信じぬ訳には行かないと言われ、とまどう江。)

(そこに四国攻めの知らせが入ります。秀次が次々に戦功を上げていると聞き喜ぶ秀吉。これで秀次も自分の力で何かを越えただろうと江に礼を言う秀吉。戸惑う江。)

秀吉に依る四国攻めは、天正13年6月から開始されています。当時、秀吉は病にあったとされ、総大将は弟の秀長が勤め、秀次は副将でした。相手は四国を統一した長曽我部氏であり、紀州勢と同じく小牧・長久手の戦いの時に家康に味方していたのでした。

秀吉軍は10万以上の兵力で、伊予、讃岐、阿波の三方面から攻め込み、秀次は秀長と共に阿波の戦線を担当しました。圧倒的な兵力差によって秀吉軍は優位に戦いを進め、秀次も諸城を攻略しています。

(これで自分も一つ越えられた気がすると言う秀吉に、信長は越えられないと突っかかる江。その様な大それた思いはないと一蹴する秀吉。ではなぜ信雄を攻めたのだと迫る江。一つには、三法師の為だと言う秀吉。信雄が織田家の嫡流たる三法師の後見である自分に刃を向けた、これを許せば家中が乱れるばかりだったからだと答える秀吉。それは嘘だ、いずれは織田家を滅ぼすためではないのかと責める江。そんな事はない、その証は信雄の命を助けたと言う秀吉。)

(実は、信長に似ている江が怖いと告白する秀吉。嫁に出したのは、江を遠ざけたかったからかも知れないと言う秀吉に、本当は茶々が欲しかったからだろうと反駁する江。うっかり、それもあると言ってしまう秀吉。睨み付ける江。それだけではない、そなたが恐ろしかったのだとしょげる秀吉。)

(戦で死ねば良いと思って嫁に出したのかと迫る江。そんな事はない、それなら呼び戻しはしなかったと答える秀吉。それならなぜ呼び戻したと聞く江に、信長に似た江が居ないと寂しいと思ったという秀吉。信長に少しでも近付きたい、今の自分を見せたいと思った、それゆえ江を養女にしたのかも知れないと言う秀吉。あきれる江。勝手な思いで勝手な事をしたと謝る秀吉。そんな事で許すと思うかと憤る江。ひたすら謝る秀吉。数々の振る舞いを許すわけがあるまいと言って、涙ぐむ江。それほどまでに苦しめて済まなかったと謝る秀吉。泣きながら江を抱きしめる秀吉。秀吉に抱かれながら泣き崩れる江。)

(姉達の下にかえって来た江。そこにもたらされた黄金の猿。腹が立った時は、これを殴るなり蹴るなりせよという秀吉の思し召しでした。秀吉は大嘘つきだ、しかし、その大嘘の中に真実がある、その真に人は動かされてしまうと姉たちに告げる江。)

ドラマの大筋は秀吉に対する一般的な評価であり、12歳の少女があんな事を言うかといういつもの部分を除いては、とりたててどうこう言う所はありません。いわゆるツンデレと言いますか、最初は違和感があっても最後はみんな良い人になってしまうというこのドラマのパターンですね。まあ、こんな事だろうとは思っていましたが。

次回は秀吉の関白就任が描かれるようです。これにまた江が絡んで行くのだろうなあ。完全な創作部分だけに、自由闊達に動くのでしょうね。

京都桜事情2011 ~洛中 4.24~

平成23年4月24日現在の京都の桜情報です。

京都の桜は、染井吉野はほぼ終了し、八重紅枝垂れ桜は真っ白になりながらもかろうじて咲いているといった状況になっています。今は本当の遅咲きの桜が盛りになっていますよ。

1.平野神社

御衣黄、一葉、おけさ、平野撫子、鬱金、松月が満開、見頃になっています。平野妹背は一段目が咲き揃い、二段目が咲き始めたところですね。この桜は全体として見ると、ぱっと華やかですよ。

白雲と大内桜はとりあえず満開ですが、ほぼ終わりかけといったところでしょうか。楊貴妃はかろうじて満開を維持していますが、衣笠は終了しています。

最後に突羽根桜は、やっと咲き始めたところですね。この桜が今シーズンの最後の花となる事でしょう。

追伸:参道脇の池では、鳶尾が咲いていました。桜以外の花は、ここでも例年通りの進行の様です。

2.北野天満宮

社務所前の霞桜が満開、見頃です。今年も沢山の花が咲いていて綺麗ですよ。衣笠桜はぱっと目には満開に見えますが、近くで見ると花びらは萎んでおりほぼ終了しています。

3.千本釈迦堂

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本堂前にある松月桜(推定)が満開、見頃になっています。今年は咲きっぷり、発色共に良く、どこを見ても桜のブーケの様でした。

4.千本ゑんま堂

普賢象桜が満開、見頃になっています。昨日の雨でいくらか落花しているかと思ったのですが、地面にあったのは一輪だけでした。琴平はやや終わりかけです。また、二尊院普賢象桜は咲き始めたばかりでした。

2011年4月23日 (土)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~平野神社 4.16~

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平成23年4月16日の平野神社です。この日は遅咲きの桜が見頃を迎えていました。

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まず、満開だったのが冒頭の衣笠桜です。一重ですが、大ぶりでかつ色がやや濃い桜で、私のお気に入りでもある花です。そして、こちらは一葉ですね。その清楚な花色から、女性に人気のある桜です。

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本殿南側にある白雲も満開になっていました。その名の通り、白雲を思わす様な花色と樹形の桜です。

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この写真は、大内桜を下から見上げたところで、向こうなに見えているのが白雲ですね。こうしてみると、如何にも雲らしいという事が判るでしょう。

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この神社の名を冠した平野妹背は、ようやく咲き始めたところでした。この後、さらに二段咲きになって行く訳ですが、この写真から一週間が経って丁度見頃になっている頃でしょうか。今日は所用があって出かけられなかったので、出来れば明日見に行きたいと思っているところです。

2011年4月22日 (金)

京都・洛西 京都桜事情2011 ~龍安寺 4.16~

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平成23年4月16日の竜安寺です。この日は石庭の八重紅枝垂れ桜が満開になっていました。

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この一週間前に行った時はまだ三分咲きで、かなり寂しい姿でした。でも、この石庭に桜が咲いている風情はやはり見ておきたくて、二週続けての拝観となったのです。

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その甲斐あって、桜はまだ満開を保ってくれていました。たぶんピークは週の半ば頃だったと思われ、既に色抜けは始まってはいたのですが、かろうじて見頃と言える程度には色味が残っていましたね。

それにしても、このシンプルな石庭と妖艶とも言える紅枝垂れとの組み合わせは、誰が考えたのでしょうね。江戸時代の図絵には描かれていませんから、案外最近の事なのかも知れません。評価は様々でしょうけど、私的には、最も京都らしい景色の一つだと思っています。

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竜安寺の桜は、石庭の他にも桜苑があり、多種類の桜を見る事が出来ます。また、鏡容池の周辺にも染井吉野や山桜が植えられており、散策しながら楽しむ事が出来ますよ。

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ただし、池の周囲と石庭とでは桜の盛りの時期がずれるので、石庭が満開になる頃には、こちらは盛りが過ぎている事が多いです。なので、池の写真に関しては4月9日に撮ったものを掲載しています。

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こちらは桜苑にある椿です。椿も花期の最終盤を迎え、落花が盛んですね。そこに桜の花びらが絨毯の様に重なり、何とも美しい景色になっていました。

春の終わりに相応しい、華やかな終焉の姿です。

2011年4月21日 (木)

京都・洛西 京都桜事情2011 ~仁和寺 4.16~

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平成23年4月16日の御室・仁和寺です。

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遅咲きで知られる御室桜ですが、今年はここ数年に比べるとペースがより遅い様です。ちなみに去年だと、既に盛りを過ぎていた頃なのかな。それが今年はまだ3分咲きの状態でした。(仁和寺のホームページに拠るとその後順調に開花し、19日に満開になった様です。)

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特に中程の木々は全く咲いていなかったので、冒頭の様な桜越しの五重塔はあまり絵にならなかったのですよ。その代わり、この八重紅枝垂れ桜がまだ見頃を保っていました。

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枝垂れ桜の下の濃い花色は三つ葉つつじです。この花は遅れることなく、満開になっていました。という事は、開花の仕組みが桜とはまた違っているのでしょうね。

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御室桜が遅れた分、山桜の盛りがまだ続いていました。この構図は初めて撮ったのですが、なんだか新鮮な感じがしますね。

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もみじの新緑もまた、桜の遅れとは関係なく鮮やかになっていました。季節は確実に春から初夏へと向かいつつある様です。桜の季節はいよいよ最終盤に突入ですね。

2011年4月20日 (水)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~鴨川 4.10~

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平成23年4月10日の鴨川です。この日は八重紅枝垂れ桜を中心に、華やかな景色が広がっていました。

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昭和62年に京阪電車が地下化されるまでは、ここは染井吉野の並木が続く桜の名所でした。今は嵐電の北野線の桜トンネルが有名ですが、かつては京阪本線の七条から三条にかけてが桜のトンネルだったのです。

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それが地下化と共にばっさりと伐られた時は悲しかったですね。その後、道路工事の完成と共に新たな植栽が施されましたが、以前の様な風情は容易には帰って来ませんでした。

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この並木が桜の名所らしくなってきたのはここ4、5年の事かな。およそ20年の歳月を掛けて小さな苗木だった桜達がようやく育ち、華やかな花を咲かせる様になってきたのですね。今は濃い花色もあって、とても目を惹く桜並木となっています。これから先、20年後、30年後が楽しみな場所ですね。

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対岸の先斗町の公園でも、染井吉野が満開になっていました。そう、かつてはこちらの岸もあんな感じだったんだよなあ。

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考えてみると、こんな町中で素敵な桜並木を見る事が出来るのは、とても幸せな事ですよね。堤防の上を歩くも良し、対岸の河原から眺めるも良し、京都でも最もアクセスの良い桜の名所と言えるのかも知れません。

2011年4月19日 (火)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~清水寺 4.10~

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平成23年4月10日の清水寺です。この日は染井吉野が満開になっており、境内は華やかな雰囲気に包まれていました。

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京都の染井吉野のピークは、概ねこの日前後だった様ですね。正確にはこの清水寺では少し盛りが過ぎていた様ですが、十分に見応えのある景色でした。

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それに好天に恵まれた事で、花色が引き立っていました。桜と青空の組み合わせというのは、最高に相性が良いですからね。

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舞台下の桜は、やはり舞台が映える様に計算して植えられているのでしょう。もっと増やしても良さそうなものですが、紅葉とのバランスもありますから、加減が難しいのでしょうね。

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その同じ桜は、舞台の上から見ると奥の院に対する彩りになっています。渋い奥の院と良い対照になっっていますね。

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そして、桜との組み合わせでは三重塔も定番ですね。ちょっと霞が掛かった様な遠景とあいまって、如何にも春らしい景色になっていました。

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こちらは、開山堂前にある八重紅枝垂れとの組み合わせです。綺麗な色彩なのですが、どうしても逆光気味になるのが難点なアングルですね。

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そして、定番の池越しのアングルです。こうしてみると、紅葉の時とほとんど同じ構図になっている事が判りますね。言い訳としては、地形上の制約が大きく、建物が見えるポイントが限られている事が上げられます。でもまあ、綺麗に見えるのなら定番ばかりでも良いかなと開き直っていますけどね。

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定番と言えば、以前は舞台から見た子安も桜霞の中に浮かぶ姿が見事でした。今は修理中のため見る事が出来ませんが、かつての古塔の佇まいから極彩色に変身した姿はどの様に見えるのでしょうね。風情が無くなったとがっかりしてしまうのか、それとも鮮やかに甦った姿に感激出来るのか。

完成は2012年度との事ですから、桜との組み合わせはあと2年待たないと見る事が出来ません。ちょっと長いけど、姿を現す日を楽しみに指折り数えて待つ事にしますか。

2011年4月18日 (月)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~智積院 4.10~

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平成23年4月10日の智積院です。

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智積院と言えば、早春の梅、初夏の桔梗と紫陽花、秋の紅葉は知っていましたが、桜の季節には訪れた事がありませんでした。実際に来てみると、結構咲いているものですね。

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この日咲いていたのは染井吉野と八重紅枝垂れ桜でした。染井吉野はほぼ見頃だったのに対し、枝垂れ桜の方はまだ3分から5分咲き程度でしたね。

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これが参道の入り口にある八重紅枝垂れ桜です。まだ若木ですが、左右に一本ずつあり、10年後、20年後が楽しみな木ですよ。

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こちらは参道半ばにある八重紅枝垂れです。樹齢は入り口の木と似た様なものかな。

智積院は桜の名所と言う程ではありませんが、境内のそこかしこで咲いており、何より静かですから、花をゆっくり楽しみたいという人にはお勧めです。無論、シートを敷いてのお花見は出来ませんけどね、散策がてらの花見というのも、また良いものですよ。

2011年4月17日 (日)

江~姫たちの戦国~14 離縁せよ

(近江、安土城。江の婚礼の日、妹の事を案じる姉たち。)

(尾張、大野城。婚礼の席で気を失った江。その原因は初夜の心得を書いた枕絵にありました。)

(事情を知り、江に優しく接する一成。嫁に来て良かったとつぶやく江。)

(信雄の下にあいさつに訪れた一成と江。上機嫌で応じる信雄。織田家を継げるのは自分のみ、いよいよその時が来たと言う信雄。そこに家康が来客として現れました。)

(家康との席上、秀吉が尾張に攻めてくると言い出す信雄。そんなはずはない、自分は戦にしない為に嫁いだのだと抗議する江。しかし、秀吉の先鋒が京を発ったという知らせが入ります。一成に向かって寝返りは許さぬという信雄。自分は織田の人間だと答える一成。羽柴には姉たちが居ると訴える江。そんな事をここで言うなと一喝する信雄。)

(戦となる事を知りながら自分を娶ったのかと問い質す江。織田を一枚岩とする為だと答える一成。姉たちはどうなると問う江に、今はすまぬとしか言えぬと答える一成。)

(安土城。秀吉に向かって戦を止める様にと手紙を書く茶々。姉妹の間をつなぎ止めるべく江に書くと言う初。)

(1584年(天正12)4月、開戦。初戦から負け戦が続いている秀吉勢。一成はなぜ寝返らぬと苛立つ秀吉。そこに届いた茶々からの戦を止めて欲しいという手紙。茶々を可愛く思いながらも、家康が敵方に居る限りそうは行かないとつぶやく秀吉。)

小牧・長久手の戦いと呼ばれるこの戦は、秀吉軍10万、信雄・家康軍3万の軍勢が対峙したと言われます。もっとも、実数はもう少し少なく、秀吉軍8万、信雄・家康軍1万6千程度ではなかったかともされています。どちらにせよ秀吉軍が圧倒的に有利なはずだったのですが、実際には不利な戦いを強いられました。

まず、3月13日に、信雄方として犬山城に入っていた池田勝入斎(恒興)が、秀吉方に寝返った事から戦が始まります。これに対応すべく3月15日には家康が小牧山城に入りました。この動きを知った森長可が、小牧山城の攻略を目指して動き出したのですが、羽黒という所まで進出した時に徳川方の酒井忠次と榊原康政に急襲されて敗退してしまいます。この戦勝によって、家康は楽々と小牧山城の野戦築城を開始する事が出来ました。このあたりの戦いまでを小牧の戦いと言うのですね。

実のところ、秀吉は戦いが始まっても前線に出る事が出来ませんでした。彼は築城中であった大阪城の普請の監督を行うと共に、家康が敷いた秀吉包囲網、つまり四国の長曽我部元親、紀州の雑賀・根来衆、越中の佐々成政といった周辺の敵に対する手当てをせねばならず、大阪から離れる事が出来なかったのです。森長可の行動などは制止すべきものでしたが、大阪からでは指示が徹底せず、長可が独断で動いた結果の敗戦でした。

秀吉が前線に着いたのは3月27日の事でした。家康は既に陣地の構築を終えており、秀吉側から平押しに攻めるのは無理な状況と判断した秀吉は、自らも長大な陣地の構築を始めます。こうして、戦線は膠着状態に入りました。

(本陣に駆け込んできた秀次。彼は空になっている家康の背後を衝くべきだという作戦を持ってきたのでした。危ぶみながらも、秀次の立場を考え許可を与える秀吉。勇んで出陣する秀次。)

(数日後、敗退した秀次軍。)

(戦勝に盛り上がる信雄の陣営。舞い上がる信雄に危うさを感じる一成と家康。)

(帰陣した秀次に目通りする秀吉。厚かましくも言い訳をする秀次を折檻する秀吉。その果てに戦は止めだとつぶやく秀吉。)

前線の家康の隙を衝き、その本国に攻め入るという「中入り」という策を献策したのは、秀次ではなく池田勝入斎だったとされます。彼は信長の乳兄弟であった人で、清洲会議の時には織田家の宿老の一人として参加し、秀吉に有利になる様に動いた事で知られます。織田家にあっては名門であり、秀吉などは格下と見下していました。秀吉にしても織田家譜代の勝入斎は扱い難い相手であり、無碍にその策を断る事が出来ないという事情がありました。

中入りは成功すれば効果は大きいのですが、途中で発見されれば孤軍となるため、大きな危険を伴う策でした。秀吉とすればとても採用する訳にはいかなかったのですが、勝入斎に対する遠慮からか遂に許可してしまいます。

これに参加するのは勝入斎のほか森長可、堀秀政等でした。長可は勝入斎の娘婿であり、勝入斎は先の羽黒の戦いの雪辱をさせてやろうとこの作戦を立てたのだとも言われます。秀吉はなおもこの策を危ぶみ、秀次の兵8千をこれに付けて、彼を総大将としたのです。数を増やし、かつ、指揮権を自分の方に置いておくつもりだったのでしょう。

総計2万の兵が、戦線を迂回して三河を目指します。しかし、これだけの兵力が隠密裏に動けるはずもなく、すぐさま家康の知るところとなってしまいました。秀吉軍の先鋒は勝入斎、2陣が長可、3陣が秀政、そして4陣を秀次が率いていました。家康は康政らに命じてこれらの軍を追尾させ、白山林というところで最後尾の秀次軍に襲い掛かります。

秀次には自分たちこそ奇襲する側という意識があり、家康軍の動きには全く注意を払っていなかった様です。そして、無防備に朝食を摂っているところを急襲され、あっという間に壊乱してしまいました。秀次は乗馬も失い、命からがら徒歩で逃げ帰ったと言います。

この壊乱を前を行く諸隊は知りませんでした。その中でも、秀政は遅ればせながらも敗報を知ると行軍を止め、徳川軍を迎え撃ってこれを撃退しています。しかし、家康が本軍を率いて急行中である事を知ると、これ以上の戦いは不利であるとして撤退してしまいました。

残された勝入斎と長可の隊は悲惨でした。家康出現の報に接した彼らは引き返そうとしたのですが、その行く手を家康軍が塞いでしまったのです。この時、勝入斎達が陣を敷いた場所が長久手でした。激闘は2時間に及んだのですが、長可、勝入斎が討ち取られるに及んで秀吉軍の大敗で終わっています。

(一成からの手紙を読み、戦は勝っていると喜ぶヨシ。どちらが勝っても困った事になると弱る江。そこに初の手紙が届きます。江を思いやる姉の手紙に心が安まる思いのする江。)

(1584年(天正12)年12月。信雄に和睦を申し入れた秀吉。官兵衛と応対する信雄。城と領地は返す、大納言に推挙すると次々に好条件を示す官兵衛にその気になる信雄。反対する一成に、戦には納め時があるのだと一喝する信雄。全ては秀吉の策略でした。)

(信雄和睦の報を聞き、兵を引く家康。)

(和議がなったと喜ぶ江。)

(大阪城に招かれた茶々と初。その豪華絢爛さに驚く二人。彼女達を出迎えた秀吉。)

(江の婚家を攻めた秀吉を責める茶々。既に和議がなった、全ては過去の事と誤魔化す秀吉。彼は彼女たちの部屋を用意したと言い、これからはここに住むのだと言い渡します。)

(江が居ないと物足りないと言う秀吉。姉たちに会いたいだろうと気遣うおね。それだと手を打つ秀吉。)

(豪華な部屋を見て、何を考えているのかと憤る茶々。)

(茶々に謝るおね。彼女は部屋の豪華さは秀吉の詫びの気持ちだと伝えます。そして、共に大阪城で住める事は喜ばしい事だと言い、茶々もまたおねに会うと何も言えなくなってしまうと答えます。)

(大野城。帰城した一成を喜んで出迎える江。増水した川を渡れない家康を助けたと伝える一成。)

(名実ともに夫婦になる決心は出来たかと聞く一成。答えられない江。そこに届いた初の手紙。そこには茶々が重い病に罹ったとありました。すぐに見舞いに行く様にと勧める一成。礼を言って部屋を出る江。)

(大阪城に着いた江。そこで見たのは庭で雪遊びをする茶々と初の姿でした。いぶかる江達。手紙は秀吉が書いた偽物でした。)

(江に城を見て欲しかったのだと言う秀吉。こんな城は、品のかけらもないと怒る江。そんな江に、この城から出ても帰るところは無いと告げる秀吉。いぶかる江に、一成とは離縁となった、は既に一成の領地を召し上げ、城からも追放したと告げる秀吉。理由は、一成が家康の撤退に手を貸したという事でした。驚き怒る江に、自分は養父だから何とでも出来るのだと嘯く秀吉。一成との日々を思い、惑乱する江。江に攻められながらも、江が帰ったと嬉しそうな秀吉。)

江を呼び戻す為に偽の手紙を使ったという説は確かに有るようですね。その一方で、一成が敗将の礼として江を実家に送り返したとする説もあります。

また、江が秀吉の下に戻ったのは5年後の事だとする説もあります。その説では、江と一成の間には二人の娘があったのですが、江が離縁となった後に、一人は悲嘆のあまりに入水し、もう一人は盲目となって出家し、京都の嵯峨野に庵を結んで暮らしたと言われます。

このあたり、後に徳川将軍家の嫁となった人物にしては情報が錯綜していますね。

いずれにせよ、江を政略結婚のための持ち駒として扱った事は確かですね。これは当時としてはさほど珍しい事ではなく、例えば秀吉は自分の実の妹「朝日姫」に対しても同様の事をしています。秀吉は朝日姫を夫の佐治日向守と無理矢理離縁させた上で、家康の正室として送り込んだのです。それほど閨閥が重視されていたとも言えますし、女性の扱いが軽かったとも言えます。当人にとってはたまったものではなかったと思いますけどね。

なお、所領を没収された一成は悲憤のあまり自害したとも言われていましたが、実は織田信包に仕えていました。そして、66歳まで生きて京都で生涯を終えています。

2011年4月16日 (土)

京都・洛北 京都桜事情2011 ~高野川 4.9~

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平成23年4月9日の高野川です。

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この日は川沿いに植えられた染井吉野の並木が、満開見頃になっていました。

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年によってはばらつきが見られたりするのですが、今年はほとんどの木が一斉に咲いたらしく、どこを見ても見頃の花ばかりでした。

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ここの魅力は、延々と続く花の列にあります。その長さはおよそ1.5kmであり、見渡す限りの桜並木は壮観と言って良いですよ。

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そして、もう一つの魅力は水辺とのコラボレーションですね。水辺ならでは開放感と清涼感、そして瀬音の全てが、桜の魅力を増してくれています。

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さらには、花見の喧噪がほとんど無い事も嬉しいですね。わずかの隙間にシートを敷いて酒盛りわしていた人達もいたけれど、それくらいはまあ仕方がないか。

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染井吉野に関しては、ここだけで十分と思えるだけの美しさとボリュームがありました。それほどに素晴らしい、京都でも一押しの桜の名所です。

京都桜事情2011 ~洛中・洛北・洛西 4.16~

平成23年4月16日現在の京都の桜開花状況です。

京都では染井吉野がほぼ終わりに近付き、桜吹雪が舞っています。そして、遅咲きの桜がだんだんと見頃を迎え始めました。

1.妙顕寺

門前の枝垂れ桜のうち、西側の木はほぼ終わりつつあるところです。東側の木は満開を保ってはいますが、盛りは過ぎており、色抜けが著しい状況です。

一方、方丈入り口にある八重紅枝垂れ桜は、やはり満開は保っていますが色抜けがしており、激しい風にあおられて盛んに花びらを散らしていました。この視界一面に花びらが舞う様は、うっとりと見とれてしまう程綺麗でしたよ。

2.妙覚寺

山門前の枝垂れ桜は終了、その西側の八重桜は今が盛りでしょうか。うち一本が半ば枯れた様になっているのが気になるところです。

塔頭の善明院の枝垂れ桜は、満開ではあるものの、見頃は少し過ぎてしまっている様子でした。花付きは良くボリューム感がありますよ。

3.水火天満宮

奥の枝垂れ桜は終盤、手前の八重紅枝垂れ桜は、満開ではあるものの色抜けしているのが見て取れるといったところです。ここは遠くから見ただけで済ませてしまいました。

4.本法寺

参道周辺の染井吉野は終了、本堂前の染井吉野は散り初めでした。ここでは地面一杯に散った花びらが風に舞い、文字通りの花の舞を見せてくれました。

5.雨宝院

歓喜桜、観音桜は満開見頃、八重紅枝垂れ桜は満開ではあるもののやや見頃過ぎ、松月桜と御衣黄桜は咲き始めでした。桜以外では椿が見事でしたよ。

6.平野神社

魁桜は終了、染井吉野は散り初めです。今盛りなのは、大内山、衣笠、白雲、一葉あたりですね。八重紅枝垂れ桜は満開ではあるもののやや盛りすぎ、平野妹背は咲き始め、御衣黄桜と突羽根桜は蕾が膨らんだ程度です。

7.竜安寺

石庭の八重紅枝垂れ桜が満開です。やはり盛りは過ぎていますが、まだ花の色味は残しており、ぎりぎり見頃と言って良いのかな。

桜苑の枝垂れ桜などは満開ではあるものの盛りすぎ、一番鮮やかだったのは枝垂れ桃でした。あと池の周辺にある桜は終了から散り初めまでの混在です。

8.御室

御室桜は三分咲き、八重紅枝垂れ桜はぎりぎり見頃と言って良いのかな。御室桜は、南と北の列はほぼ満開なのですが、中央の二筋ほどが全く咲いていませんでした。ちょっと寂しい光景でしたね。

桜以外では三つ葉ツツジが満開、見頃です。また、もみじの新緑も綺麗でしたよ。

9.上賀茂神社

今盛りなのは斎王桜とみあれ桜、それに賀茂桜です。特に斎王桜のボリューム感は素晴らしい。まさに女王と呼ぶに相応しい花です。

10.椿寺

散椿はまだ沢山花を咲かせていますが、根元一面に花びらが散っており、花期の終焉が近い事を窺わせます。八重紅枝垂れ桜は、満開ではあるものの盛りは過ぎてしまった感じです。

11.成願寺

一条通の大将軍神社の前にある寺ですが、紅枝垂れ桜と八重紅枝垂れ桜が植わっています。うち、紅垂れは白く色抜けがしていましたが、八重の方は比較的色味を残していました。どちらも花付きは良く、盛りの時に見たかった桜ですね。

12.宥清寺

北野天満宮から南に下り、一条通に突き当たったところにある日蓮宗の寺です。ここには本堂の西側に2本の八重紅枝垂れ桜があり、今日は満開ではあるものの、盛りを少し過ぎた状態でした。この2本の木は、遠目には一本であるかの様に見え、ボリューム感はありますね。ここも盛りの時に見たかった桜です。

2011年4月15日 (金)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~東福寺 4.9~

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平成23年4月9日の東福寺です。

言うまでもなく東福寺は紅葉の名所ですが、かつてはこの谷を埋める程に桜が多く、花の名所と言われていました。しかし、その花を目当てにあまたの花見客が集い遊興に耽った事から、修行僧の邪魔になるとして桜は全て伐ってしまったという伝説が残ります。その代わりに植えたのがもみじや楓だったという訳ですね。

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この話が広く伝わっている事から、東福寺には桜は一本もないと思っている人も多いのではないでしょうか。ところが、数は少ないもののちゃんと咲いているのです。この山桜などは、あちこちの枝が伐採された痛々しい姿ではあるものの、その貫禄のある姿からは相当な樹齢である事が窺えます。

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若い山桜も2本ありました。境内の隅でしたけどね、わりと最近に植えられたのではないのかな。この日の朝の内に降った雨を含んで、瑞々しい花を見せてくれました。他にも愛染堂の前に八重桜と思われる木がありますよ。

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とは言っても、ここの主役はやはりもみじ達ですね。萌えだしたばかりの新緑がとても綺麗でしたよ。中でもこのトウカエデの新緑が一段と鮮やかでした。

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広く境内を探せば染井吉野も咲いています。この見事な花が咲いているのは塔頭の海蔵院。たぶん、東福寺の中では一番見応えのある桜ではないのかな。

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今は椿が最後の盛りを見せる季節でもありますね。あちこちで落ち椿を見る事が出来ますが、ここ一華院では北壁沿いに沢山の花が一列になって落ちていました。これだけの数の落ち椿というのは、なかなか見る事は出来ないですね。儚さと華やかさが同居した、ちょっと不思議な光景でした。

2011年4月14日 (木)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~光明院 4.9~

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平成23年4月9日の光明院です。この日は染井吉野が満開となっていました。

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苔と石、それにさつきの大刈り込みで知られる波心庭ですが、大刈り込みの背後に数本の染井吉野が植えられています。ほのかな桜色と常緑のさつきとの対比が美しいですね。

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秋の紅葉が有名なこの庭ですが、桜が植わっている事は以前から知っており、桜時分に一度来てみたいと思っていたのです。盛りは少し過ぎていた様ですけどね、満開の時に来る事が出来たのは幸運でした。

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この染井吉野のほか、山門内左手には八重紅枝垂れ桜があります。まだちらほら咲きだったので、今頃は見頃になっているかも知れません。この染井吉野はどうだろう、散り初め頃かな。

桜吹雪の舞う波心庭の風情もまた、素敵なものかも知れませんよ。

2011年4月13日 (水)

京都・洛西 京都桜事情2011 ~化野念仏寺 4.7~

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平成23年4月7日の化野念仏寺です。この日は染井吉野が満開、見頃となっていました。

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嵯峨野界隈では嵐山と天竜寺、それに大沢池が桜の名所として知られますが、それ以外では、これはという場所があまり無いのですよね。無論、桜はそこかしこで咲いていますが、名所と言える程の場所は少ないのです。

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そんな中でこの化野念仏寺は比較的桜が多く植わっており、まずまず見応えがある場所と言って良いでしょうか。

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境内には染井吉野のほか2本の八重紅枝垂れ桜があるのですが、この日はまだちらほら咲きでした。もうそろそろ見頃になっている頃かも知れませんね。

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この寺の桜は墓地の周辺に多く、文字通りの墓守の桜と言えるのかも知れません。死者の霊を慰める為に桜を植えるという風習は全国にあり、銘木と言われる桜の多くが墓守として大事にされてきた木だそうですね。

かつては風葬の地であった化野に眠るあまたの霊を、この桜たちは今もなお癒しているのかも知れません。

2011年4月12日 (火)

京都・洛西 京都桜事情2011 ~嵐山 4.7~

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平成23年4月7日の嵐山です。この日は中の島の染井吉野を初め、山中の山桜などそこかしこの花が満開、見頃になっていました。

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まずは、お弁当を食べながらの花見となれば、この中の島公園ですね。この日は平日という事もあってかシートを敷いて座り込む人は少なかった様ですが、きっと土日は凄い事になっていたのでしょうね。

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その対岸には、案外桜は少ないのです。ですので、こちらは花見の喧噪とは無縁ですね。折からの日差しを受けて、春うららという風情です。

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法輪寺の周辺も結構桜が咲いている様ですね。多宝塔が桜霞に浮かんでいる様で、ちょっと良い感じでした。

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実を申せば、桜時分に嵐山を訪れるのは初めてなのですよ。とにかくめちゃ混みというイメージがあって敬遠していたのですが、平日なら何とかなるだろうと来てみたのでした。その甲斐あって、素敵な景色と出会う事が出来ましたよ。

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そんな中で気になったのは、斜面いっぱいに広がったこの桜群ですね。花色から察するに、様々な種類の木が混じっている様ですが、誰がここに植えたのかしらん?それにしても見事な景色です。

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渡月橋へと引き返す途中、橋越しに見える中の島の桜を撮ってみました。船遊びに興ずる人達もあいまって、如何にも春らしい景色になりましたね。

こんな喉かな景色が楽しめるのは、本当に有り難い事だと思います。

2011年4月11日 (月)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~岡崎界隈 4.7~

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平成23年4月7日の岡崎界隈です。この日は疎水沿いの染井吉野がほぼ満開、見頃になっていました。

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琵琶湖疎水の水路沿いは、ほぼ全線に渡って桜並木となっています。この山向こうの山科の水路もそうですし、分線沿いの道である哲学の道も桜の名所として知られますよね。その先の疎水分線もまた延々と桜並木が続いていますよ。

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きっと、京都市民の疎水に対する感謝の気持ちが働いているのだと思います。でなければ、これだけの桜並木を維持する事は出来ませんよ。

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そんな中で、ここ岡崎地区は疎水の本線であるだけに水路幅が広く、水面と桜のコラボが素晴らしいですね。そして、近年では十石船の運航が人気を呼んでいます。この先、夷川のあたりも素敵な桜並木となっていますからね、船上からはさぞかし良い景色である事でしょう。

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その疎水から白川が分岐しているですが、その川沿いにも素敵な桜並木がありました。

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今は大きなマンションの敷地となっていますが、樹齢から考えるとそれ以前からここにあったのでしょうね。元はお屋敷の庭だったのかな。きっとマンションを建てる時にも大事に保護されていたのでしょうね。その甲斐あって、今なおこれだけの佇まいを見せてくれています。

ちょっと寄り道をたおかげで素敵な景色と出会う事が出来ましたよ。

2011年4月10日 (日)

江~姫たちの戦国~13 花嫁の決意

(秀吉から嫁入りを命じられ、困惑する江達。)

(江の嫁入りについて、秀吉を詰問するおね。そこにやって来た江姉妹。彼女たちとおねに責められ、江の嫁入りについての説明を始める秀吉。江の相手は尾張大野城の城主、佐治一成でした。その名を聞いて驚く茶々。佐治家には、市の方の姉、お犬の方が嫁いでいたのです。つまり、一成は江の従兄弟にあたる人物なのでした。一成は織田家御一門格の中では筆頭にあたると説く秀吉。)

佐治一成はドラマで説明があったとおり、江の従兄弟にあたる人物でした。大野城は知多半島の中程にあり、佐治家は伊勢湾の水軍を握っていたのです。この時点では信雄の家臣であり、領地も5万石程度しかなかったのですが、かつては尾張の有力勢力の一つであり、信長がその懐柔策として妹のお犬の方を嫁がせている事からもその位置付けの程が窺えます。一成はそのお犬の方の息子という訳ですね。

ちなみにお犬の方は、夫である佐治信方が戦死した事を機に織田家に引き取られ、改めて細川昭元という大名の下に再嫁させられています。一成は父を失うと共に母とも引き離されて育ったという事になりますね。江紀行で似たもの同士と言っていたのは、このあたりの事情があるからです。

ただ、江を佐治家に嫁がせたいと言い出したのは信雄の方だとする説もあります。つまり、佐治家と織田家の繋がりを強化したいという思惑からですね。秀吉はそれを承知で同意し、信雄に恩を売ると共に、あわよくば一成の寝返りを期待したとも言われます。この説の方が、私的には納得が行く気がしますけどね。

(さらに、信長が夢枕に立ったと猿芝居を始める秀吉。その様子をあきれて見ているおね。信長は、信雄と仲良くせよ、戦はするなと秀吉に頼んだと言うのです。いくさとは、と聞く江達。秀吉に代わって、信雄が徳川家と手を組み、秀吉を攻めようとしているという噂があると説明するおね。だとすれば信雄を討たなければならないと秀吉。)

(そんな事になれば、織田家が滅びてしまうと驚く江。そこです、と畳みかける秀吉。一成は信雄の家臣である、江が嫁ぐ事によって戦を防ぐ事が出来るかもしれないと説く秀吉。さらには残された者達が手を携えて、織田家を盛り立てて行って欲しいと信長が望んでいたのかも知れない、猿、織田家を頼むぞと言われた様な気がすると秀吉。)

(秀吉の言葉を真に受けた様子の江。醒めた様子で聞いている茶々。彼女はなぜ末娘の江なのか、嫁に行くなら長女の自分が行くと言い出します。それではと口ごもる秀吉。自分が邪魔なのだと立ち上がる江。その姿に信長の面影を見る秀吉。江は嫁には出さないと言い捨てて去る茶々。後に従う初と江。)

三姉妹の中で、なぜ江から嫁がされたのかについては、その理由は判っていません。茶々は秀吉が手元に置きたいと考えていたとしても、初から先にと考えるのが普通ですからね。何とも説明の付けようが無いところではあります。

なお、言うまでもない事ですが、ドラマの展開はほとんどが創作です。

(山崎城。江の嫁入りを名案だと褒める官兵衛。一成は伊勢湾では最も有力な水軍を担っており、もしこれが味方に付けば俄然有利になるのでした。また、寝返るまでには至らなくても、信雄陣営の内幕を探る事が可能となるはずです。官兵衛に合戦の支度を進めよと命ずる秀吉。)

(何とか江に嫁入りを納得させなければと考える秀吉。そこに乗り込んできたおね。彼女は、江を戦の道具にしようとする夫を責めますが、もくろみの無い縁談など無いと嘯く秀吉。いきりたつおねを尻目に、佐治家に使者を立てよと三成に命ずる秀吉。末娘の江を姉たちが引き離すなど可哀想ではないかと迫るおね。姉妹でもいつかは別れが来る、自分のやる事に口を挟むな、そもそもお前は女房ではないかと言い捨てて去る秀吉。)

(雪の降る安土城。猿の言った事など気にするなと茶々。戦は避けなければと江。婚儀とは別だと茶々。)

(浜松城。江の縁談を家康に知らせる信雄。秀吉は佐治の水軍が欲しいのだろうとその狙いを見抜いている様子です。その上で、江の縁談には反対しないと言い、決して寝返りなどはさせないと言い切る信雄。逆らわずに聞いている家康。)

(かつて、秀吉に食ってかかった江の姿を思い出し、江を嫁に出そうとする理由が判らなくもないとつぶやく家康。)

(安土城。寝支度わしている茶々達。秀吉は何も言って来ない、きっばり断ったのが効いたのだろうかと初。その一方で、戦は嫌だとも言う初。それをたしなめる茶々。黙って窓から雪の降る外を見ている江。)

(眠れぬまま、母や姉の言葉を思い出している江。)

(山崎城。佐治家が承知したとい知らせに喜ぶ秀吉。そこにやって来たおね。彼女は突然離縁して呉れと迫ります。驚いて引き留める秀吉。掴まれた着物を振り回すおね。もんどり打て転がる秀吉。そこに現れた江。彼女は安土から馬を飛ばしてやって来たのでした。)

(秀吉に話があると切り出す江。信長が夢枕に立ったのは本当かと問い質す江。本当だと白を切る秀吉。辛そうに横で効いているおね。戦を止めよと言ったのも本当かと聞く江。嘘偽りはないと答える秀吉。織田家を再び盛り返すと言うのはと質す江。一身をなげうつ覚悟と返答する秀吉。あきれた様子のおね。)

(嫁に行く事に決めたと言う江。秀吉の言う事など聞かなくても良いとおね。自分で決めた事と答えるおね。喜ぶ秀吉。ただ、願い事があると切り出す江。)

(安土城。江から嫁に行くと聞かされ、驚く茶々と初。自分で決めた事と答える江。引き留める茶々に、一成は従兄弟であり、訳の判らぬ家に嫁ぐよりはずっと良いと笑顔で答える江。)

(宗易に茶を点てて貰っている江。その茶を飲みながら、涙ぐむ江。痛ましげに見つめる宗易。姉たちと別れるのは悲しいが、その前では泣けないと言う江に、ここで存分に泣けばよいと答える宗易。彼女が持っているのは、信長お気に入りの茶碗でした。その茶碗にひび割れを見つける江。本能寺の変があった日に割れてしまったと説明する宗易。その茶碗を嫁入り道具として持って行けと勧める宗易。有り難く頂く江。)

(江の嫁入りの朝。姉たちに別れの挨拶をする江。抱きつく初。別れの品にと櫛を手渡す茶々。江が帰って来る気がしてならないからと、何も渡さない初。最後まで不吉な事をと文句を言う江。私が母の代わりだ、私の居るところがそなたの家だと心得よと言って聞かす茶々。茶々に抱きついて泣き崩れる初。初に寄りかかる江。二人を抱きしめる茶々。)

(初を乗せた輿が旅立ちます。見送る茶々と初。ご息災でとつぶやく江。見送りに出たおね。通り過ぎていく行列。江に付き従うヨシ。)

(江を思いやる初と茶々。その茶々の下におねがやって来ました。おねは、一通の書き付けを示します。それは江が秀吉に書かせたものでした。茶々には決して邪な気持ちを抱かないと一筆書いて欲しいと頼んだのです。その為に嫁に行くのかと確かめるおね。織田家を守りたい気持ちもある、しかし、姉を守ると誓った以上、それを果たしたいのだと答える江。)

(一筆を書き終わった秀吉。それを江に手渡すおね。それを確かめた上で、おねに預ける江。姉たちの行く末を見守って呉れる様、おねに頼む江。承知するおね。平伏する秀吉。)

(書き付けを手に、なぜ止めてくれなかったのかとおねを責める茶々。あの覚悟ではとても無理だったと答えるおね。すぐに連れ戻してくれと迫る茶々。江は覚悟を決めたのだ、茶々もそれを受け取って欲しいと説くおね。)

(全ては夫、秀吉のせい、もはや詫びる言葉も無いと頭を下げるおね。妹の事を思っていたのに、それ以上に気遣われていたと知り、情けない事だと涙ぐむ茶々。)

(大野城に到着した江。新居に着き、はしゃぐ江の一行。窓から海が見え、その向こうに伊勢上野城があると知り、家族で遊んだ日々を思い出す江。これも縁かもしれないとヨシ。母が見守ってくれている様だと江。)

(一成にはいつ会えるのかと聞く江。婚礼までは会えないだろうと答えるよし。その時、客がやってきました。ヨシが出迎えに出ると、それは一成でした。慌てて出迎えの用意をする江。きさくに声を掛け、自分たちは従兄弟同士、織田、佐治両家繁栄のために歩んで行こうと江の肩を抱く一成。はいと笑顔で答える江。)

ドラマでは大人同士にしか見えないのですが、実際には一成はこの時16歳、江は12歳でした。何とも幼い夫婦だったのですね。

(山崎城。信雄が秀吉への内通を疑い、三人の家老を殺してしまった、もはや戦は避けられぬと言う秀吉。ならば江はどうなると迫るおね。一成が寝返ればともかく、どうにも出来ないと答える秀吉。腹立ちまぎれに秀吉を張り飛ばすおね。)

信雄が秀吉に近付いた三家老を斬ったのは史実にあるとおりです。秀吉得意の懐柔策だったのですが、信雄を説得するはずの家老達が斬られた事によって、戦突入は避けられない事態となりました。結果として、江は市の方と似た様な境遇となってしまったのですね。戦国の世の習いとは言え、何とも因果な事ではあります。

(大野城。嫁入り支度に忙しい江達。その江に絵図をもって夫婦の交わりを説明するヨシ。驚いて倒れ込む江。)

京都桜事情2011 ~洛東 4.10~

少しですが、平成23年4月10日現在の京都の桜開花状況をお伝えします。

1.養源院
山桜は終了、八重紅枝垂れ桜は3分咲き程度。今は端境期に入ってしまった様です。

2.智積院
染井吉野は満開、八重紅枝垂れ桜は5分咲きから8分咲き程度でした。まずまずの見頃ですよ。

3.清水寺
染井吉野は満開見頃ですがピークは過ぎています。好天に恵まれてとても綺麗でしたよ。八重紅枝垂れ桜は2分咲き程度。

大勢の人でにぎわっていましたが、身動きが取れないという程ではありませんでした。つまり、例年よりは少なめなのかな。特に中国語はいつもに比べると少なかった様な。まあ、あくまで感じ、ですけどね。

4.高台寺公園付近
染井吉野が満開です。少しピークは過ぎている様でしたが、十分に見頃でした。春光院の八重紅枝垂れ桜は五分咲き程度。

5.祇園白川
染井吉野が満開見頃です。盛りは少し過ぎたかも知れませんが、十分に見頃でした。早咲きの枝垂れ桜はほぼ終了、八重紅枝垂れ桜は、巽橋南詰めの木が5分咲き、辰己大明神西側の木が3分咲き程度です。

6.鴨川
三条と四条の間の紅枝垂れ、八重紅枝垂れ、染井吉野がそれぞれ満開です。ただし、早咲きの枝垂れ桜は見頃過ぎ、八重紅垂れでは既に葉が出始めている木が多く、これもまたピークは過ぎている様ですね。その一方で、今日が見頃という木もあるのですが。全体として、離れて見る方がより綺麗に見えるという感じでした。

2011年4月 9日 (土)

京都桜事情2011 ~洛東・洛北・洛西 4.9~

平成23年4月9日現在の京都の桜開花状況です。

1.光明院
苔と石の庭で知られ、どちらかと言うと紅葉の名所とされる光明院ですが、桜もまた見事です。今日は染井吉野が満開となり、苔とさつきの緑に良く映えていました。ただし、盛りは既に過ぎている模様です。

山門を入って左側にある八重紅枝垂れ桜は、まだちらほら咲きでした。

2.東福寺
東福寺と言えば、修行の邪魔となる桜を切ってもみじを植えたという伝説があり、今でも桜は一本も無いと思われているのではないでしょうか。でも、実際には数本の桜があり、特に通天橋南側の広場では山桜の古木が綺麗な花を咲かせていました。

もみじの萌えだしたばかりの新緑もまた綺麗でしたよ。

3.高野川
堤防沿いに植えられた染井吉野が満開見頃です。まさに今日がピークだったのではないかな。その桜の帯は圧巻と言って良く、染井吉野に関してはここを見ればもう十分と思える程でした。

4.竜安寺
石庭の八重紅枝垂れ桜は三分咲き、庭園の山桜、染井吉野などは満開見頃になっています。

5.京都府立植物園
染井吉野を初めとする桜群が満開、見頃になっています。ライトアップは明日までですから、ご注意下さい。

6.背割堤公園
満開、の様に見えました。何しろ車窓から見た程度ですから、詳細は判りません。

7.嵐電北野線
桜のトンネルが満開見頃になっています。実は初めて乗ったのですが、思っていたよりもかなり短かったです。これなら、線路沿いに歩いた方が見応えがあるかも知れません。


京都・洛東 京都桜事情2011 ~インクライン 4.7~

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平成23年4月7日のインクラインです。この日は染井吉野が満開見頃になっていました。

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インクラインとは蹴上にある琵琶湖疎水の施設で、船を乗せて運ぶために作られました。

琵琶湖疎水とは、言うまでもなく琵琶湖の水を京都に引き入れるための施設ですが、琵琶湖の水面よりも京都市内の方が標高が低く、どうしても水路に高低差が出来てしまうのですよね。当初は運河としての機能が重視されていましたから、この高低差をどう克服するかが課題でした。そして、編み出された手法がインクラインだったという訳です。

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開設当時は船が山を登ると言って話題になったそうですね。しかし、流通の主役の座が船から鉄道に代わるにつれて、インクラインの重要性も相対的に下降して行きました。それでも昭和23年までは稼働していたと言いますから、戦前には舟運の需要がまだあったという事になりますね。

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今では完全なオブジェと化し、周辺は公園として整備されています。それでも線路が撤去されないのは、疎水はあくまで運河だと京都市が言い張っているためだとか聞きますが、どこまで本当なのでしょうね。

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このインクラインが動く様子は、近くの疎水記念館の模型で見る事が出来ます。インクラインからは通路で繋がっていますので、花見の折には寄ってみられると良いですよ。

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インクラインを下りきると、再び水路が顔を出します。この時期は十石船が運航されており、花のトンネルをくぐれるとあって大人気ですよ。Milkさんの情報に寄れば、この日は2時間30分待ちだったとの事でした。乗ってみたいけど、時間がもったいないですね。

この先の疎水の様子は次回にアップしますね。

2011年4月 8日 (金)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~鴨川 4.3~

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平成23年4月3日の鴨川の枝垂れ桜です。

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鴨川べりには数多くの桜がありますが、三条大橋の下流東側には紅垂れが植えられています。

Kamogawa1104083

紅垂れには一重と八重がありますが、早咲きなのはこの一重の方ですね。それにしても、色の深い美しい桜です。

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せっかく鴨川沿いに咲いているので、鴨川らしい写真を撮りたいと先斗町歌舞練場を背景にしてみました。古風な壁の色に花色が引き立って見えます。

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この歌舞練場は昭和2年に完成したものですが、じっくり見ると結構凝った造りになっているのですね。特にこの部分なんかは顔の様に見えませんか。

遊び心が感じられる素敵な建物です。

京都・洛東 京都桜事情2011 ~円山公園 4.3~

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平成23年4月3日の円山公園です。この日は枝垂れ桜を中心に見頃になっていました。

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この枝垂れ桜は相変わらず痛々しい姿ではあるのですが、今年は少し回復して来た様に見えます。まあ、私の贔屓目なのかも知れないのですけどね。

池の端のしだれ柳の緑もまた素晴らしいものがあったので、コラボで撮ってみました。

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公園の奥にある枝垂れ桜です。この日は満開見頃になっていました。樹齢は相当なものなのでしょうけど、まだまだその勢いが衰える事はありません。

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もう一本の枝垂れ桜もまた見頃になっていました。この木は龍馬とのコラボが撮れるところが手柄ですね。

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まだまだ若木ですが、花色、花数共に素晴らしく、将来が楽しみな木です。何時の日か、円山公園の銘木と呼ばれる時が来るかも知れませんね。

2011年4月 7日 (木)

京都桜事情2011 ~洛東・洛西 4.7~

平成23年4月7日現在の京都の桜開花状況です。

1.インクライン

染井吉野が満開見頃になっています。まさに今日がピークの様でしたね。青空に映えてとっても綺麗でしたよ。

2.平安神宮

左近の桜がほぼ満開見頃になっています。ただ、例年よりも花付きが悪い様な気がするのは私だけでしょうか。

神苑には入っていないのですが、外から見た限りでは早咲き系の紅枝垂れは五分咲きから満開近く、八重紅垂れはちらほら咲きから一分咲き程度の様に見受けられました。ただし、これは未確認情報です。

あと、境内東南隅の染井吉野が満開、見頃でした。この木はあまり注目されませんが、とても堂々した姿でかつ美しい桜ですよ。

3.岡崎疎水べり

ほぼ満開ですが、一部では五分咲き程度の箇所もありました。状態は木によって微妙に異なりますが、ピークの木も多かった様に思います。とても豪華で素敵な景色でしたよ。

4.嵐山

中の島の染井吉野をはじめ、山の斜面に咲く桜が満開見頃になっています。実を言えば、桜時分に嵐山を訪れるのは初めての事でして、なるほど名所と呼ばれる事だけの事はあるなと感じました。そして、渡月橋のずっと上流に、斜面一面咲いている箇所が有るのですね。多種類の木が植えられているらしく、とても変化に富んでいて美しかったですよ。

5.天竜寺

多宝殿から望京の丘にかけて植えられている枝垂れ桜群が満開でした。既にピークは過ぎている様でしたが、そのぶん数でカバーしている感じかな。一番綺麗な時の姿を見てみたかったです。

6.二尊院

もみじ程ではありませんが、桜もまた幾本か植えられています。紅葉の馬場及び境内の染井吉野が満開見頃、山桜は咲いてはいるものの今ひとつ寂しいですねえ。山門内及び本堂前の八重紅垂れ桜は、ちらほら咲きから二分咲き程度でした。今週末には結構見られる様になっているかも、です。また、納経所の屋根越しに見える白木蓮が見頃になっていました。

7.久遠寺

二尊院の隣にある非公開の寺ですが、染井吉野と山桜が満開見頃になっていました。小さなお寺ですが、なかなか見応えはありましたよ。

8.化野念仏寺

染井吉野は満開見頃、二本ある八重紅垂れ桜はちらほら咲きから二分咲きでした。ここの桜は、まさに墓守そのものですね。

京都・洛中 京都桜事情2011 ~妙覚寺 4.2~

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平成23年4月2日の妙覚寺です。この日は、山門前の枝垂れ桜が八分咲きになっていました。

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この木は、妙満寺の枝垂れ桜、千本釈迦堂の阿亀桜、それに平野神社の魁桜とほぼ同時期に咲く花で、この中では比較的樹齢が若いのかなという気がしますね。

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この日はまさに見頃で、これぞ桜という色に染まっていました。京都御苑や妙満寺で少し気落ちした後だっただけに、とても嬉しかったですよ。

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それにしても素晴らしい咲きっぷりで、この木の持つ勢いを感じます。10年後、20年後の姿が楽しみな桜ですね。

2011年4月 6日 (水)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~千本釈迦堂 4.2~

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平成23年4月2日の千本釈迦堂です。この日は阿亀桜が満開になっていました。

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この木の特徴は、地面にまで届く枝が周囲をぐるっと囲っている事です。数ある枝垂れ桜の中でも、これほど見事な枝振りの木は類を見ません。しかも、参拝者が自由に近づける環境の中ですからね、如何にこの木が大事にされているかが判ります。

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この日は早くも色抜けがはじまっており、全体に白っぽくなりつつありました。それでもまだ桜色はほんのりと残っており、かろうじて見頃と言えたかも知れません。

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色抜けよりも残念だったのが、花付きがあまり良くなかった事です。花が無い枝が結構目立ち、景観を悪くする原因となっていました。

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枝垂れ桜は風に枝が靡く様に風情がありますが、これだけ枝が長いと結構豪快に感じます。こんな具合にダイナミックな桜というのも悪くはないですね。

2011年4月 5日 (火)

京都・洛中 京都桜事情2011 ~京都御苑 4.2~

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平成23年4月2日の京都御苑です。
この日、まず出迎えてくれたのが満開の江戸彼岸でした。石薬師門を入ってすぐのところにあるのですが、この堂々とした樹形一杯に花が咲く様は、素晴らしいの一言です。糸桜に次ぐ早咲きの木であり、染井吉野に先駆けて桜らしい華やかな景観を見せてくれます。

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近衛邸跡の早咲き系の糸桜は、残念ながら盛りを過ぎて色抜けがしており、白っぽくなっていました。桜のピークは短いものではあるのですが、それにしてもあっけないという気がします。だって、この木は一週間前にはまだ咲いてなかったのだものなあ。

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それでも満開には違いなく、その滝の様なボリューム感は健在でした。白一色とは言え、これだけ迫力が有れば見応えがありますね。

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この日盛りと言えたのは、通路側にある2本の糸桜でした。やはりこのはんのりした色合いにこそ、桜らしい風情があると思います。

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こちらは、出水の枝垂れ桜です。この木もまた満開となっていました。

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この桜は四方から眺める事が出来るのが特徴で、それぞれに趣が異なります。私的には、北側から眺めたこの姿がお気に入りかな。

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この日は少し盛りを過ぎて色抜けが始まっていましたが、それでもまだ桜色が残っており、ぎりぎり見頃と言えたかと思います。

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そして、大白木蓮です。一週間前にはつぼみの状態だったこの花が、この日は見事に咲き誇っていました。

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白木蓮は傷みやすく、花期はごく短いのが普通です。この日も先端が茶色く変色している花が多くあり、決して盛りとは言えなかったのですが、7日間も見頃が続いたというのは凄い頑張りだと思います。

おかけ様で、この素晴らしい景観を見る事が出来ましたよ。ここまで花を保たせてくれた白木蓮に感謝です。

2011年4月 4日 (月)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~真如堂 4.2~

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平成23年4月2日の真如堂です。

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この日見頃だったのは三重塔の南側にある枝垂れ桜でした。丁度満開直前の一番綺麗な時期に当たりましたね。厳密にはわずかに色抜けが始まっていた様ですが、これだけの花色なら文句は言えないでしょう。

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こちらは本堂南側にあるたてかわ桜です。江戸彼岸の一種と言われ、小振りながら色の濃い花が特徴ですね。

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その花色のおかげで、少し離れて見るととても華やかに見えます。まさに春の色ですね。

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でも、近くに寄ると結構スカスカな事が判ります。例年それほど密度が濃いという訳では有りませんが、今年は特に花付きが良くない様ですね。ただ、この日はまだ五分咲き程度だったので、満開になればもう少し感じか変わるかも知れません。

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門前では、一本の染井吉野(または山桜)が二分咲きになっていました。他の染井吉野はちらほら咲きでしたが、今日辺りはかなり見頃になっているのではないでしょうか。

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この時期の見所の一つが花の木ですね。桜の様な派手さは有りませんが、木全体がふわっと赤く染まった様はとても美しいです。特に黒っぽい塔を背景にすると、その鮮やかさが際だちます。

真如堂に行かれる事があれば、桜だけではなくこの花の木を愛でる事も忘れないで下さいね。

2011年4月 3日 (日)

江~姫たちの戦国~12 茶々の反乱

(天正11年秋。安土城。朝の支度をしている姉妹達。そこに、部屋が着物で溢れているという知らせが入ります。自分たちの部屋を見て驚く江達。)

(秀吉の部屋。龍子が新しい着物をねだっていますが、煮え切らない秀吉。そこに抗議にやってきた茶々と江。その江に信長の姿を見て思わず這い蹲る秀吉。)

(江達は侍女の着物を着ていました。前の着物を返せと言う茶々にあれは捨てたと答える三成。着物には母の思い出が籠もっている、それも一緒に捨てるとはなんと酷いと抗議する茶々。すまぬ事をしたと謝る秀吉。)

(一人、着物を着て喜んでいる初。彼女は、京から菓子職人を呼んで貰ったと秀吉を見直していたのでした。)

(今度は、彼女たちの古里、近江の幸を使った料理を用意した秀吉。しかし、彼女たちは秀吉が用意したものなど食べられぬと手を付けません。)

(江達の様子を聞いて、戦と同じだと面白がる秀吉。)

(空腹に耐える江達。)

(朝、良い匂いが漂ってきました。思わず釣られて行く初。その先では、三成達が雉の肉と蛤を焼いていました。手を出しかけた初を止める江。なんと強情なとつぶやく三成。それを聞いて、命じられれば何でもするのかとなじる茶々。)

(宗易から茶席に招かれた江達。その席には山と積まれた菓子がありました。初には許したものの、自分は手を付けない茶々。それに倣う江。)

(茶々にお茶を勧める宗易。有り難く頂戴する茶々。その茶も秀吉の物だと宗易に言われ、思わず返す茶々。妹が可哀想ではないのかと聞かれ、そのとおりだと答える茶々。)

(何が望みかと聞かれ、秀吉を殺してやりたいと答える茶々。一々反発している今の茶々には無理だ、相手を飲み込み太くなる程でなければとても倒せるものではない、今は爪を研ぐ時だと諭す宗易。じっと考え込み、菓子を頂くと言う茶々。菓子を食べながら、悔しいと無く茶々。その悔しさを胸に仕舞い、堂々と逞しく生きろと励ます宗易。)

(その様子をのぞき見ていた秀吉。彼はなんと健気なな姫だとと、三成相手に泣き崩れます。)

(秀吉から貰った着物を着た茶々。彼女は、これは秀吉に負けないための装いだと胸を張ります。そして、食事を摂る江達。)

(江達の様子を聞いて喜ぶ秀吉。三成から茶々はどことなく市の方に似ていたと聞いて、何と嬉しい事を言ってくれるのかと上機嫌な秀吉。さらに、古い着物は取り置いてある、折りを見て返せば喜ばれるのではないかと聞き、やるではないかと三成を褒める秀吉。)

(江達の様子を障子の陰から見ている秀吉。そののぞき穴を塞ぐ江。障子を開けた秀吉の前に立ちふさがる江。庭を見ていたのだと誤魔化す秀吉の顔をひっかく江。思わず怒った秀吉ですが、またしても信長の姿を見て這い蹲る秀吉。そこにやって来た官兵衛、おね、三成。)

(官兵衛の持ってきた知らせとは、家康が動くという事でした。家康と戦うには水軍が弱いと指摘する官兵衛。考え込む秀吉。)

(浜松城。家康の前で剣術の稽古をする於義丸と竹千代。次の戦が於義丸の初陣だと説く忠次。煮え切らない家康。自らも初陣をとせがむ於義丸。その背後から頭を叩き、一本取ったとはしゃぐ竹千代。嬉しそうな家康。)

(水軍の弱点について悩む秀吉。その合間にも茶々の事を思い出してにやける秀吉。そこにやってきたおね。秀吉に向かって、茶々が食事を食べなくなった時には秀吉も食べなかった、そして茶々が食べ始めたら再び食べ始めたと迫るおね。市の方の手紙があるから安心しろとおねに見せる秀吉。本当に心配なら、しかるべき所に嫁に出せと言うおね。嫁と聞いて、部屋を飛び出す秀吉。)

(江達の部屋に闖入する秀吉。下着姿で驚く江達。彼は姫様の嫁入りが決まった、その姫とは江だと言い捨てて出て行きます。驚く江達。)

今回は完全オリジナルですから特に書く事も無いのですが、家康の息子である於義丸ついて少しだけ触れておきます。

於義丸は信長に切腹を命じられた信康の弟で、家康の次男でした。長幼の順から行けば当然徳川家の跡取りとなるべき存在だったのですが、家康に嫌われていた為にそうはなりませんでした。

於義丸が嫌われた理由の一つは、母の出自が低いという事があります。母はお万の方と言い、三河の社家の出でした。彼女は正室である築山殿の侍女を務めていたのですが、家康の手が付いて於義丸を身籠もりました。

しかし、家康は於義丸が本当に自分の子であるか確信が持てなかった様です。侍女という軽い身分である事から、他の男性でも近づけたというのがその理由らしいですね。そして、生まれた於義丸の容貌が醜かったという事も、嫌われた理由の一つと言われます。その名の於義丸とは、魚のギギに似ているところから付けられたと言いますから推して知るべしです。

家康が於義丸と対面したのは、なんと生後3年経ってからの事でした。これを仲立ちしたのは信康だったとされます。彼は実の弟が冷遇されている事を放置出来なかったのですね。

一方の竹千代とは、徳川家の跡取りに付けられる名前でした。この名を貰ったという事は、信康亡き後の後継者として指名されたと言っても良いのでしょう。於義丸とは天地の差が有りますね。ドラマで於義丸を背後から不意打ちにした竹千代が、かえって家康に可愛がられるという演出は、こうした事情を背景に考え出されたものの様ですね。

京都桜事情2011 ~洛東 4.3~

平成23年4月3日現在の京都の桜開花情報です。今日は東山界隈を中心に回ってきました。

1.鴨川沿い
三条大橋と団栗橋間に植えられている枝垂れ桜のうち、三条近くにある早咲き系の紅垂れ桜が満開、見頃になっています。発色も良く、見応えがありましたよ。

2.祇園白川
川沿いの枝垂れ桜はすべて満開になっていますが、色抜けが著しくて白っぽくなっていました。一方、八重紅枝垂れ桜はまだ蕾のままです。染井吉野はまだちらほら咲きからせいぜい三分咲きですが、縄手通から西側については5分咲き程度になっていました。ただし、ちょっと花付きが良くないかも、です。

3.知恩院
二分咲きから見頃まで混在しています。見頃なのは多宝塔前の染井吉野と休憩所東側の枝垂れ桜でした。また、外から見ただけですが、友禅苑の桜も綺麗に咲いていました。

ここは三門内側に早咲きの桜があるのですが、今は境内と三門を繋ぐ仮設渡り廊下が設置された関係から侵入禁止になっており、見る事が出来ません。

4.円山公園
池の東側の枝垂れ桜が満開、見頃です。ただ、東の木はわずかに色抜けが始まっていた様です。ずっと奥、安養寺前の広場では枝垂れ桜が八分咲きで見頃、蘇鉄庵さんの枝垂れ桜が満開で見頃でした。

メインの枝垂れ桜は五分咲き程度。痛々しい姿は相変わらずですが、少し回復の兆しが見えてきたと思うのは錯覚でしょうか。なお、枝釣りと思っていた傘状の金属線は、どうやら烏除けだった様です。

その南側にある祇園枝垂れ桜は満開で、少し色抜けしているのが見て取れる程度です。

染井吉野はちらほら咲きから見頃まで混在しています。花見客は満開ですね。

5.高台寺
私は入っていませんが、枝垂れ桜が見頃という看板が出ていました。公園の染井吉野は二分から三分咲き程度かな。

6.三年坂
坂の途中の枝垂れ桜が満開です。ただし、色抜けが著しくて、白っぽくなっていました。

7.建仁寺
染井吉野はちらほら咲きから三分咲き程度までが混在しています。そんな中で、浴室脇の小さな紅垂れ桜が満開、見頃になっていました。

2011年4月 2日 (土)

京都桜事情2011 ~洛中・洛北 4.2~

平成23年4月2日現在の京都の桜開花状況をお伝えします。

1.真如堂

三重塔南側の枝垂れ桜が満開、見頃です。厳密にはほんの少し盛りを過ぎている様にも見えますが、十分に綺麗でした。

本堂南側のたてかわ桜は五分咲きくらいかな。遠くから見ると華やかですが、近くに寄ると花付きがあまり良くない事が判ります。花芽の無い枝が結構目立ちますね。

山門前の早咲きの染井吉野(あるいは山桜)は二分咲き程度、あとはちらほら咲きですね。

桜以外では、サンシュユがまだ見頃を保っています。今年は咲き出すのが遅れた分、長く楽しめるのでしょうか。また、参道脇にある椿もまだ花盛りが続いています。あと、花の木も綺麗でしたよ。

2.本満寺

枝垂れ桜が満開です。ただし、盛りは過ぎてしまった様で、既に色抜けがはじまっていました。先週はまだちらほら咲きだったのに、一週間の間に一気に満開になり、あっという間にピークは終わってしまいました。でも、樹形が見事な木ですから、見応えはまだありますよ。

染井吉野はちらほら咲き、八重紅垂れ桜はつぼみ固しです。

3.京都御苑

ア.近衛邸跡 糸桜
早咲き系から中期咲きまで一気に開花が進み、多くの木で満開になっています。そして、半ば以上の木が盛りを過ぎており、色抜けしていました。今綺麗なのは、通路間際の二本と児童公園寄りにある何本かの木ですね。正直言って、この真っ白という状況はちょっと悲しかったです。

イ.石薬師門の江戸彼岸
丁度満開、見頃になっています。正しくは、ほんの少し色抜けしているかも、かな。でも一本だけでも堂々たる樹形ですから、見応えはありますね。

ウ.出水の枝垂れ桜
満開ですが、ここも色抜けが始まってますね。でも、近衛邸跡よりは少しだけ状態が良い様でした。ぎりぎり見頃だったかな。

エ.桃林
ほぼ全ての木が満開、見頃になっています。桃特有の華やかさに溢れており、まさに桃源郷という色彩でしたよ。

オ.白木蓮
一週間前に咲き始めていたので今日はもう駄目かと思っていたのですが、ぎりぎり見頃を保っていました。ところどころで茶色に変色し始めていたので、だふん明日はもう駄目になりそうな感じかな。最高の状態ではなかったのですが、それでも素晴らしい景観を見せてくれました。一週間頑張ってくれた白木蓮にちょっと感激です。

4.妙覚寺
門前の枝垂れ桜が八分咲きになっています。花色は今が最高で、まさに見頃でした。今日見た中では一番ではなかったかな。

塔頭の善明院の紅垂れ桜は、まだ蕾固しです。ただ、今年は花芽が多くありそうで、当たり年になりそうな予感です。また、ここにも白木蓮があるのですね。残念ながら盛りは過ぎていましたが、花の密度は素晴らしく、数日前ならきっと見応えがあった事でしょう。来年の楽しみが一つ増えました。

5.水火天満宮
奥にある早咲きの枝垂れ桜が満開、見頃です。ここの枝垂れ桜は本当に発色が綺麗ですね。ただ、子細に見ると花付きがあまり良くなく、当たり年とまでは言えないかも、ですね。まあ、普通に見ていれば判らない程度なのですが。

6.千本釈迦堂
阿亀桜が満開です。しかし、ここでも色抜けが生じており、盛りは過ぎてしまっています。でも、本満寺よりは少しだけましだったかも知れません。樹形の見事さは相変わらずで、見応えのある桜である事には変わりません。

7.平野神社
魁桜が満開ですが、この木も色抜けがしています。今綺麗なのは、陽光とアーモンドでした。また、桜苑の方では染井吉野が三分から五分咲きになっています。出店も開いていて、花見気分全開ですよ。一方、柵内では枝垂れ桜や雪山桜が満開、見頃になっています。

8.今宮神社
寒緋桜が満開、見頃になっています。て、この花はもっと早咲きのはずなのに何故?染井吉野はちらほら咲きから一分咲きまで混在です。


9.新大宮商店街
今まで知らなかったのですが、この商店街の街路樹は白木蓮なのですね。延長は500m位はあるのかな。そこに10本の白木蓮が植えられており、丁度見頃になっていました。こんな街路樹は見た事がないです。

10.上賀茂神社
御所桜が三分から五分咲きになっていました。斎王桜やみあれ桜はまだ蕾固しです。また、昨年あまり咲かなかった風流桜ですが、今年もあまり花芽は付けていない様ですね。

11.半木の道
通路中程の一本が五分咲き、北大路側の入り口近くでちらほら咲きになっている以外は、まだ蕾のままです。

2011年4月 1日 (金)

京都・洛東 京都桜事情2011 ~祇園白川 3.26~

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平成23年3月26日の祇園白川です。この日は2本の枝垂れ桜が咲き始めていました。

Ginsirakawa1103292

去年は20日には満開になっており、一週間後には盛りを過ぎていた事を思えば、今年は随分と遅い気がします。もっとも、去年が早すぎたのは確かで、平年との比較では一週間遅れくらいなのでしょうか。

Ginsirakawa1103293

この日はまだ二分咲き程度だったけれど、今は満開近くになっている頃かな。ライトアップも始まっているはずだし、さぞかし華やかになっている事でしょう。

Ginsirakawa1103295

ただ、ここでも花付きは今ひとつの様に思われます。この写真を見ると何だかスカスカな感じがするでしょう?

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この枝で言えば、半分くらいの枝に花芽が付いていません。京都御苑の糸桜でも同じ傾向が見られ、もしかしたら枝垂れ桜にとってはあまり良い年とは言えないのかも知れません。

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でも花が美しい事には変わりなく、祇園の町並みとの組み合わせは絵になります。あまり咲き方にはこだわらず、はんなりした雰囲気を楽しむのが良いという事なのでしょうね。

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