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2009年7月

2009年7月31日 (金)

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~南観音山~

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32基の山鉾巡行の殿を勤めるのが南観音山です。これは毎年同じで、変わる事はありません。

北観音山とは兄弟の様な関係で、江戸時代には交互に巡行に出ていた様です。今でも近い関係は続いていて、山の上に飾る真松は鳴滝から毎年二本切り出されてくるのですが、くじ引きで勝った方が先に選べるという約束事が続いている様です。

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また北と南で同じ楊楊観音を祀るのですが、こちらの観音様は女性であり、男性である北の観音様に恋をされているとも言われています。その観音様の恋心を鎮めるために行われるのが、暴れ観音という奇祭ですね。

この山の辻回しは、一つ特徴的なところがありますね。それは音頭取りの前に指揮者の様な人が居る事で、この人がまず合図をし、それに合わせて音頭取りが動き出すというパターンを取っている様です。他の山鉾では見かけないシステムですね。

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この山にも疫病祓いのための柳の枝が付いていますが、こちらは巡行が終了した後に縁起物として争奪戦が行われる様です。つまり、先に取った者勝ちという訳ですね。

ただ、今年の場合はまだ締めの三三七拍子も終わらないうちに取ろうとした人が居たらしく、周囲の顰蹙を買っていた様です。この柳は縁起物なのですから、ちゃんとマナーは守ってもらいたいところですよね。

最後の音頭取りは、オーソドックスなものでした。もっとも、ここまで見ている人はかなり少なかったですけどね。

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南観音山は見送りを付けていました。昭和63年に新調された「龍王渡海図」ですが、やはり見送りがあった方が見栄えがします。

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南観音山が過ぎると、潮が引く様に観客が居なくなっていきます。四条河原町ではこれで終わりですが、このあと新町通まで行けばまだまだ山鉾を見る事が出来ます。明日はその様子をお届けしようと思っています。


京都・祇園祭2009 山鉾巡行~北観音山~

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北観音山からは、後祭の巡行列になります。これはかつて山鉾巡行が前後の2回に分けて行われていた事の名残で、北観音山以下、橋弁慶山、黒主山、鈴鹿山、八幡山、役行者山、鯉山、浄妙山、南観音山(今年の巡行順。北と南の観音山はそれぞれ先頭と掉尾が決まっているくじ取らず。)の9基が後祭に属する山鉾になります。

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慣用句として「後の祭り」という言葉がありますが、それはこの祇園祭の後祭りから来ていると言われます。鉾が一基もなく、しかも二番煎じである事から詰まらない祭りであるという意味なのだそうですが、随分と失礼な物言いではありますね。前後を曳き山である南北の観音山で固め、残る7基の山もまた個性派揃いである事を見れば、決して詰まらないなどという事はありません。まあ二回目である事で、新鮮味が薄れるという不利は否めなかったかも知れませんが、今はそういう事も無くなりました。

北観音山の辻回しは、とてもオーソドックスですね。一番標準的な音頭取りと言っても良いかも知れません。そのせいか辻回しも順調に進み、4回で終わりました。これなら囃子方もタイミングが取りやすく、助かった事でしょう。

この山の音頭取りも良い声をしていますね。それに曳き子もまた音頭取りに応じて声を出しているので、とても勇壮に響きます。

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ここでもまた、車方が山の下に潜り込んでいますね。土台の木で背中を打っていた様ですが、巻き込まれたりしないのかなと、他人事ながら心配になります。

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二つの観音山は、共に柳の枝を付けて巡行します。ご神体として楊柳観音を祀っているためで、この観音様は柳の枝で悪病を祓い清めるとされているのです。

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この枝は、巡行が終わった後は縁起物として切り分けられ、山の上から見物客に投げ与えられるそうです。来年はこの山が帰って来るまで待って、枝を貰って帰ろうかと思っているところです。

2009年7月30日 (木)

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~船鉾~ 

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船鉾もくじ取らず、毎年先祭りの巡行列の掉尾を飾ります。船を象るという独特の造形から、人気を集めている鉾の一つです。

船鉾は、日本書紀にある神功皇后の新羅出船の伝説に基づく鉾です。本来は船鉾は2基あって、今は休み山となっている大船鉾と対をなしていました。先祭りの殿を勤めるこの船鉾が出陣の船、後祭りの掉尾を飾る大船鉾が凱旋の船という位置付けだったのですね。

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船首を飾るのは伝説の瑞鳥鷁(げき)の像で、高さ1.3m、両翼2.7mという巨大なものです。船の大屋根は唐破風、入母屋という複雑な構造で、源平の頃の戦船を思わす造りですね。そして、艫には黒漆塗螺鈿の飛龍文様の舵を備えています。

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神功皇后は臨月の身でこの遠征に臨み、月延石や鎮懐石を晒しで巻いて、お腹を冷やす事で出産を遅らせたと言われます。そして、帰国後に応神天皇を無事に出産したという逸話から、安産の神としても知られています。この事から船鉾では、巡行に際してご神体に沢山の晒しを巻いておき、巡行の終了後に安産の腹帯として配布する習慣があるそうです。

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これが黒漆塗螺鈿の飛龍文様の舵ですね。こちらは水から飛び出した所、反対側は水に落ちるところが描かれているのですが、見れば見る程精巧に出来ています。

船鉾の辻回しは、高さが無い分簡単に行くかと思ったのですが、やはり4回に分けて行われました。そこは全高が低いとは言ってもそう安定感のあるスタイルでは無いので、他の鉾と同じ様に慎重にならざるを得ないのでしょう。それに、早ければ良いというものでも無いでしょうしね。

行列の後になるほど音頭取りの声が大きくなる様に思うのですが、私の気のせいでしょうか。それにしても、車方は動いている鉾の下に潜る様にして、進行方向の微調整をしていますね。見ていてかなり危なっかしいのですが、事故の元にはならないのかしらん?

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長刀鉾からこの船鉾まで2時間以上が経過しており、ここまでで引き上げる人も少なく無いですね。体力的にきついという事と、後祭の巡行列には鉾が無いという事もあるのでしょう。でも、これから現れるのはどれも個性的な山ばかりですから、ここで止めてしまっては勿体ないというものですよ。是非、最後まで見届けてあげて下さい。

京都・祇園祭 山鉾巡行~岩戸山~

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岩戸山もくじ取らずの山で、毎年22番目、先祭りの巡行列の最後から2番目を巡行する事になっています。地理的な位置関係では船鉾よりも後ろになりそうなものなのですが、そこは先祭りの巡行列の殿は伝統的に船鉾と決まっているからなのでしょうね。

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四条河原町で見ていると、山鉾の大小だけで値打ちを判断する人が結構居ました。この岩戸山を見て、これは小さいからつまらないという声がそこかしこで聞こえたのですが、それでは観覧の仕方としてあまりに表面的に過ぎるというものです。

それぞれの山鉾には独自の趣向があって、かつ貴重な美術品の数々で飾られているのですから、そのあたりを理解した上で見るとずっと面白さが深まります。せっかく巡行を見に来たのですから、少しでも祇園祭の奥深さに触れて帰らないと勿体ないですよ。

さらに山鉾自体の姿形について見れば、この岩戸山はコンパクトでかつ均整の取れたフォルムをしており、最も美しい山鉾の一つではないでしょうか。写真としても絵にしやすいですね。

私が曳き子なら、この岩戸山の辻回しが一番タイミングを掴みやすいと思います。実際、4回辻回しをやって、全て見事に成功していました。これなら、囃子方も曲の切り替えが楽で良いでしょうね。

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岩戸山が一番格好良く見えるのは、この正面の姿かな。縦横の比率が丁度良くて安定感があるし、大屋根の反り具合も美しいですしね。良いデザインだと思います。

この音頭取りの掛け声も、声が通っていて良い感じですね。ちなみに、曳き子の大多数は外人さんでした。普通なら息が合うか心配なところなのでしょうけど、これだけはっきりと合図してもらえば巡行もスムーズに進むというものですよね。

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岩戸山は、天照大神が天岩戸に隠れたという岩戸隠れの伝説に基づく山です。ですからご神体は天照大神と手力男命なのですね。ところが、長い歴史の内には岩戸伝説から離れて天の逆鉾伝説を主題にしていた時期がありました。応仁の乱から江戸時代初期までの間がそうで、「あまのさかほこ山」と呼ばれていた様ですね。

そして江戸時代になって再び岩戸山に復帰するのですが、「あまのさかほこ山」を名乗っていたころの名残として、今でも大屋根の上には御神体として伊弉諾命の像があり、三叉の鉾をかざしています。写真には写っていないのですが、鉾の先には球体が付けられており、国産みをした際のしずくを表しているのだそうです。

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以前に山と鉾の違いを書きましたが、もう一つ抜けているのに気が付きました。それは、山には稚児が居ないという事です。見ていて何となく物足りないと思っていたのですが、正面に稚児が乗っていないせいだったのですね。まあ、こればかりは伝統ですので、仕方がない事なのでしょう。

これでますます、山と鉾の成立の違いを知りたくなりました。機会があれば、適当な文献を当たってみようかと思っています。

2009年7月29日 (水)

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~放下鉾~

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放下鉾はくじ取らずの鉾で、鉾の6番、全体では21番目と順番が決まっています。この鉾も長大な真木を有しており、月鉾とどちらが高いのか微妙なところですね。

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放下鉾は、天王座に放下僧を祀る事からこの名があるとされます。放下僧とは、街角で遊芸を見せながら仏法を説いた僧の事。なぜ真木の途中にある天王座に祀るかと言えば、放下僧は屋根のないところに居るものだからという理由があるそうです。

でも、なぜ鉾の主題として放下僧を選んだのでしょう?もしかしたら、敵討ちをテーマにした能の「放下僧」と関係があるのかしらん?最初にこの鉾を企画した人に聞いてみたいところですね。

放下鉾の辻回しの音頭取りは、どの山鉾よりも剽げている感じがしますね。どちらかというと大阪ぽっいと言うか、道頓堀あたりでやると似合う様な気がします、なんて言うと怒られるかな。私的にはとても気に入っている音頭取りですね。

この辻回しでは、音頭取りと曳き子の息が合わずに失敗する事が多々あります。車輪の向きとはまるで関係ない方向に曳くのですから、よほど息のあった曳き方をしないと鉾はびくともしない様ですね。なお、辻回しに失敗したのは放下鉾だけでは無く、複数の山鉾でありましたので、念のため。

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辻回しは巡行における華であるとともに、緊張の時でもあるのですね。辻回しを終えた後のわずかな時間は、ほっとした空気が流れているのが判ります。しかし、それもつかの間、すぐに再出発の時がやって来ます。

この曳き出しの合図も動作が大きくて、なかなか見栄えがしますね。それに声が良く通っているので、観客にも十分アピールしていました。

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放下鉾の稚児人形の名前は三光丸。鉾頭の三光(太陽・月・星)から来ているのでしょう。この人形は抱えて動かせる様になっており、長刀鉾以外では稚児舞をする唯一の鉾となっています。一つ上の動画で人形が舞っているのが判るかな。

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放下鉾の見送りの図柄は麻にろうけつ染めで描かれたバクダッド。二羽のフクロウが飛ぶ図柄が大胆でよい感じですね。

一口に山鉾と言っても、それぞれが実に個性的であるところが、祇園祭の魅力の一つです。

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~鶏鉾~

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今年の鶏鉾は鉾5番、全体では17番目の巡行でした。この鉾は揃いの青い浴衣が特に印象的でしたね。

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鶏鉾は、中国古代、堯の時代の故事に由来する鉾です。この時代は良く世の中が治まっていたのですが、もし治世者で不正を働く者が居たら人民がこれを訴えられる様にと、合図のための太鼓が置かれていました。これを諫鼓と言いますが、せっかくの太鼓も誰も叩く者が無く、やがて苔生して中に鶏が巣を作る様にまでなりました。それだけ優れた治世が行われ、平和な世の中だったという証なのですね。

鶏鉾の鉾頭は三角に円盤なのですが、この三角が諫鼓、円盤が鶏の卵を表すと言われています。

鶏鉾の辻回しの音頭取りは、他の鉾と比べて一風変わっています。どの鉾でも必ずと言って良い程使われている「よーいとせー!」という掛け声が無く、「それっ!」とごく短いのですね。このあたりにも各鉾が伝えてきた独自性が見られる様で、なかなか面白いところです。

鶏鉾は2年続けて曳初めに参加させて貰った鉾ですので、他の山鉾よりも親近感が湧きますね。綱を曳く時はやはり音頭取りの合図に集中していましたから、観覧者として見ている時もやはりその仕草が気になります。この次の動作のタイミングで曳き始めるんだよなあ、という感じですね。

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音頭取りと曳き子の息がぴたりと合えば鉾はスムーズに動き出しますが、時には上手く合わない事もあり、そんな場合には動きだしがモタモタとして、ちょっと見苦しい感じになってしまいます。(これは鶏鉾の事ではないので、念のため。)ですから音頭取りの技量もまた、巡行時の重要な要素になっているのが判ります。

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鶏鉾もまた、見送りが省略されていました。この鉾の見送りは、重要文化財に指定されている逸品と聞いていただけに見たかったですね。本当にうらめしい今年の長梅雨です。

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~菊水鉾~

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菊水鉾は今年の鉾4番目、全体では13番目の登場でした。鉾としては最も新しく、昭和28年に再建されたため、昭和の鉾と呼ばれています。

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菊水とは町内にある名水「菊水井」の事を指します。そして、その井戸の名の元になったのは能楽の菊慈童であり、稚児人形はその主人公である700歳の少年の像です。

菊慈童とは魏の時代の中国が舞台の話で、曹操の息子である曹丕が皇帝だった頃の事ですね。

とある山から薬水が流れ出ているという噂を聞いた曹丕は、人をやって調べさせます。使者が山の中で出会ったのは不思議な少年でした。少年は周の穆王に仕えていたと言い、王の枕を誤ってまたいでしまった事により、この地に追放されたのだと言います。使者が700年も前の事ではないかといぶかると、少年は王から賜ったという二句の偈(法華経の句)が書かれた枕を見せました。そしてこの経文を菊の葉に書いておくと、その葉からしたたり落ちる水は不老不死の妙薬となるので、自分はそれを飲んで今日まで生き存えてきたのだと言います。少年はその菊水を使者に振る舞い、そして帝に捧げると言って庵に帰って行ったのでした。

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鉾の上には、その菊水にちなんだ十六菊の紋が誇らしげに掲げられています。軒先に飾られているのは鳳凰の懸魚。きらびやかで、かつとても精巧な彫刻が施された逸品です。

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役員の行列の人が持っていた粽です。かつては山鉾巡行の時には、鉾の上から粽が投げられるのが慣わしだったのですが、ある時起こった事故がきっかけとなり、全面禁止となりました。今では歩きながら配っているとの事なのですが、これがその現物なのですね。でも、どこで配っているのかな。一度も貰った事はないのですけどね。

多くの場合四条河原町では、辻回しの間は同行している役員の方は椅子に座って待っておられます。その位置は鉾によってさまざまなのですが、菊水鉾は目の前にずらっと並ばれてしまったので、あまり上手く写真や動画を撮る事が出来ませんでした。ちょっと残念ですが、その代わり粽は撮れたので悪い事ばかりではありませんでしたね。

菊水鉾もまた、上手い具合にお囃子の切り替えが出来た様です。やはりアップテンポの調子の方が、曳く方もやりやすいでしょうからね。

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この鉾では、音頭取りの方は交代しませんでした。辻回しの時は車方からなのかな、助っ人が二人付いていましたが、烏帽子を被った人は他には居ない様です。後で新町に行った時も同じ人でしたから、長丁場の巡行を交代無しで乗り切った様ですね。この日は曇りで比較的涼しかったですが、直射日光が当たる晴天の時などはきっと大変な事でしょう。このあたりも、各鉾によって考え方が違う様で、興味深いところです。


2009年7月28日 (火)

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~月鉾~

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今年鉾の3番目になったのは月鉾でした。月鉾、菊水、鶏の各鉾は、位置関係から見てどこが先になってもおかしくないため、くじ引きで順番を決めているのですね。

月鉾は夜を支配する神、月読尊(ツキヨミノミコト。ツキヨムノミコトとも。)を祀る事からこの名があります。

古事記に拠れば、黄泉の国から逃げ帰った伊弉諾(イザナギ)尊が御祓をした際に、右目から月読尊、左目から天照大御神、鼻から素戔嗚(スサノオ)尊が生まれたとされます。この三柱の神を三貴子(みはしらのうずのみこ)と言い、それぞれ月(夜)、太陽(昼)、海を支配する重要な神様とされています。

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月鉾を象徴するのは鉾頭の三日月ですね。函谷鉾にも三日月が付いているのでややこしいのですが、三角の上に月が函谷鉾、真木から直接三日月が月鉾です。過去何度か新調されていますが、現在のものは昭和56年に制作された、幅40㎝、上下24㎝の18金製のものなのだそうです。

月鉾は山鉾の中で最も重量があり、去年行われた計測では9.05トンあったそうです。高さの方は、真木の長さだけで26mあるそうなのですが、見た目では一番高い様な気もします。実際にはどうなのでしょうね。

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月鉾はまた、動く美術館と言われる祇園祭の山鉾中でも、最たるものとされています。欄縁や柱を飾る素晴らしい細工はもちろんの事、中でも大屋根の裏側を飾る板には、円山応挙作と伝わる草木図が使われていると言いますから驚きですよね。それだけでも重要文化財級なのではないかしらん?また、天井には金箔地に描かれた源氏五十四帳の扇面散図が描かれており、豪華な事この上無いですね。

などと、見てきた様な事を書いていますが、実はまだ一度も鉾の上には上った事が無く、全てはネット上での情報です。来年は是非とも実地に見てみたいものだと思っています。

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そして、美術品はまだ続いていて、軒下にある白い彫り物が判るでしょうか。実はこれは月の使者である兎の木彫りなのですね。作者は左甚五郎と伝えられ、前後に一体ずつが飾られています。

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さらには、月と表裏をなす太陽の象徴として八咫烏が軒の先端に取り付けられています。一番上の写真で、黒く写っているのが判るかな。ちなみに、手伝方の半纏の背中に描かれている模様が、その八咫烏になっていますね。

この鉾の音頭取りの仕草は、他の鉾よりも手数が多いですね。それにしても、最大級の鉾が動く様は、やはり迫力を感じます。

辻回しを終えた月鉾では、再出発を前にお囃子が無事に変わっていました。囃子方の人もさぞかしほっとしていた事でしょう。

せっかく動いた鉾が止まったと思ったら、鉾の方向が微妙に違っていた様ですね。懸命に道具を操る車方の動きが見事です。

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こんな具合に、進行方向を微調整しているとは知りませんでした。それにしてもわずかとは言え、9トンもある鉾の方向を変えるのですから、かなりの熟練が必要なのでしょうね。下手な事をすると道具が折れるばかりか、大切な車輪も傷めてしまいそうですから。巡行中の車方は、結構大変な仕事をされているのですね。

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~函谷鉾~

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函谷鉾はくじ取らずで、毎年鉾としては2番目に巡行します。これも長刀鉾に次いで八坂神社に近い位置にあるという事から来ているのでしょうか。

函谷鉾は中国の戦国時代の故事に由来します。

斉の国の薛の領主であった猛嘗君は、その名声を認められて秦の国の宰相として迎えられました。しかし、ある人が秦王に対して、猛嘗君は斉の人だから宰相を任せてしまうと斉の有利になる様に政治を行うであろう。さりとて、斉に返してしまえば斉の国が富強となってしまう。そこで、取り籠めて殺してしまうのが良いと進言しました。

秦王がこの言を受け入れて猛嘗君を捕らえようとしたのですが、猛嘗君は巧みに秦の都を脱出し、斉を目指しました。ところが函谷関まで来た時、夜中であるために関は閉まっており、朝までは開けられないという規則になっていました。そこで猛嘗君は、物まねが上手な家来に命じて鶏の声を真似させて朝が来たと関守を欺き、門を開けさせて難を逃れたのです。

函谷鉾の鉾頭は、この故事に基づいて函谷関の山稜に掛かる三日月を表しているのですね。

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辻回しのために、車方が竹材を敷いているところです。遠くからなので詳しい事は判りませんが、たぶんこれも鉾によって流儀が異なるのでしょうね。もっと近くで見たかったところです。

辻回しは、大体3回ないし4回行なわれます。もっと一気に回しても良さそうなものなのですけどね、あまりに強く曳きすぎて鉾が倒壊してしまっては大変ですから、そこは慎重に事を運んでいるのでしょう。

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それに囃子方にとっても辻回しの回数は重要で、四条通で演奏する地囃子から、河原町通に入ってから演奏する戻り囃子に切り替えるタイミングに係わって来る様ですね。ですからあまりに早く辻回しが終わってしまうと曲の切り替えが出来ないために、責任者は相当焦らされる事になるそうです。

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鉾の前に立って、曳き子に合図を送っているのが音頭取りです。通常は二人なのですが、辻回しの時は4人に増やされます。人数が多いとかえってタイミングが取りにくいのではないかと思うのですが、多人数で慎重に状況を判断しようという事なのでしょうか。鉾によっては、ここで音頭取りの人が交代するところもある様ですね。

この曳き出しの合図はそれぞれ個性があって面白いのですが、函谷鉾は比較的あっさりとした仕草ですね。この合図もまた、祇園祭における見所の一つであると言っても過言ではありませんよ。

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この日は雨の予報があった事から、雨仕様を取った山鉾が多かったですね。本体にはビニールを掛けて雨除けとし、函谷鉾では見送りも外されていました。見送りが無い後ろ姿というのは、やっぱりちょっと間が抜けて見えるかな。仕方が無い事とは言え、ちょっと残念でしたね。


京都・祇園祭2009 山鉾巡行~長刀鉾~

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今日からは山鉾巡行の様子をお届けします。まずは四条河原町の辻回しの様子から始めましょうか。

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四条烏丸東入るにある長刀鉾が出発するのが午前9時、その10分後ぐらいには四条河原町も全面通行止めになり、信号機の折りたたみ作業が始まります。

ちなみに、私が現地に着いたのが7時30分頃の事で、既に交差点の四隅は場所取りの人で埋まっていました。私は河原町通の東側を少し上がったところに場所を確保出来たのですが、8時頃には交差点を見通せる場所はほとんど埋まっていました。その後は割り込みや前の人のすぐ足下に椅子や脚立を置く人などが続出し、小さなトラブルが頻発していました。まあ、あまり居心地が良い場所では無かった事は確かですね。そして、巡行が始まると、これがさらに酷くなった事は言うまでもありません。という事で、あまりお薦め出来る観覧場所とは言い難いです。

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待つ事2時間、やっと先頭の長刀鉾が姿を現しました。この時は周辺から歓声が上がりましたね。ここから辻回しが始まるのですが、鉾は一旦交差点の手前で停止し、準備が整うのを待ちます。具体的には竹材を敷くのですが、この敷き具合が結構難しい様です。

この時のお囃子は静かなゆっくりとした調子の曲に変わります。辻回しは慎重に、時間を掛けて行わないといけないという事なのでしょうか。

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一通りの準備が終わると鉾を動かし、前輪を竹材の上に来るところまで移動させます。ここからさらに微調整が行われるのですが、ちょっと遠すぎて何をしているのかは良く判りませんね。多分、車輪の下に上手く竹材が入る様にしていると思われるのですが、どうなのでしょうか。そして、竹材の上に水が撒かれ、準備が整うと音頭取りが掛け声を上げて曳き手に合図します。動画は既に一度アップしてあるのですが、ここでは別バーショーンをご覧下さい。

ちょっと掛け声が聞こえないのが残念ですね。

次に、辻回しが終わった後の曳き始めの様子をお届けします。お囃子の調子もアップテンポなものに変わり、仕切り直しという感じが出ていてなかなか良いです。

ほとんど隙間から覗いている様で見え難いのですが、長刀鉾は最初の鉾ですからプレスも沢山付いているので仕方が無いですね。

これから先、順次各鉾の辻回しや出発時の様子をお届けしますが、その掛け声は似ている様でそれぞれ微妙に異なっています。その違いを見比べてお楽しみ頂けたらと思っています。

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ちょっと油断していて上手く動画に撮れなかったのですが、唯一の生き稚児による稚児舞の様子です。巡行中のどのタイミングで行うか良く判っていないもので、危うく見逃すところでした。それにしても、後ろから支えて貰っている事は判っていても、鉾の上から身を乗り出すのは結構怖いでしょうね。

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長刀鉾は常に巡行の先頭を行く事から、特別な鉾と思われています。ですが巡行の順番については、単に一番八坂神社に近い位置にあるという事から来ているらしいですね。

ただ、鉾頭に付いているのは長刀であり、如何にも災厄を薙ぎ払っていくというイメージがあって、先頭を行くには相応しいという気もします。しかも、伝説の名工・三条小鍛治宗近作とあっては、なおさらでしょう。ただし、オリジナルは鉾町で保管されており、巡行に使われるのはレプリカなのだそうです。ちょっと残念な気もしますね。

2009年7月27日 (月)

京都・祇園祭2009 宵山~北観音山~

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2009年の宵山巡りの最後を飾るのは北観音山です。巡行においては後祭の巡行列の先頭を行く曳山で、絢爛たる装飾は、どの山鉾にも引けを取らないものがありますね。

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今回は残念ながらお囃子を聴く事が出来ませんでした。もしかしたら、日和神楽に出掛けていたのかも知れませんね。

ずっと以前に三条通でこの日和神楽の一行を見かけた時は、なんでこんなところに囃子方が居るのかと驚いた記憶があります。今なら日和神楽の途中なんだなと判りますが、その時分はあまり宵山の風習に詳しくなかったのですよね。でも、鉾町と離れた場所で囃子方と出会う通行人の大半は、その当時の私と同じ感想を持つのではないかな。

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北観音山の町会所は、木造の二階建てです。さらには塗り込めの藏があったりと、いかにも鉾町らしい風情に溢れていますね。ここは昼間に来ても、絵になる写真が撮れる場所でもあるのです。

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その風情の一つが北観音山の近くにある、藤井紋さんの屏風祭です。宵山ではそこかしこで屏風祭が開かれていますが、中でもここが一番見応えがありました。外から少し覗かせてもらっただけですが、豪華な屏風がずらりと並んだ様はなかなかの壮観ですよ。それに奥の方では町内会らしき人達が座敷に集まっている様子が垣間見え、昔ながらの祇園祭の夜の過ごし方がそのまま残っている様な気がして興味深かったです。

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今年の夜店グッズの中で良く見かけたのが、この光る猫耳ですね。小さな子供から結構な大人まで、かなりの人が身に付けていました。似合う人には結構似合いますね。

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宵山は午後10時を回ってからが面白いと聞きます。駒形提灯を一斉に落としたり、御旅所に祇園囃子を奉納する日和神楽があったり、さらには南観音山の暴れ観音があったりと興味は尽きないのですが、いかんせん電車の時間を気にする大阪組としてはそこまで残る事が出来ません。でも、いつかはじっくりと見てみたいものだと思っています。そのあたりは、来年以降のお楽しみですね。

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帰り道、鷹山という町会所があるのに気が付きました。調べてみると休山の一つで、宵山に限って残されたご神体や懸装品を展示する、居祭りを行っていたのですね。

鷹山の起源は古く、応仁の乱以前からあったそうです。しかも、囃子方を持った大規模な曳山だったそうですね。しかし、文政9年に激しい夕立に遭って懸装品を汚損してしまった事から休山となり、さらには元治元年の蛤御門の変による大火によって、一部を残して焼失してしまったのでした。

祇園祭の休み山は鷹山、大船鉾、布袋山の3つがあって、それぞれ居祭りをされている様です。このうち、大船鉾はお囃子が復活したらしく、宵山で演奏されているそうです。私が町会所を見た時には、囃子方は居られなかった様なのですが、来年は聞いてみたいものだと思っています。そして、何時の日かこの3つの山鉾が復活する時が来れば嬉しい事ですね。

明日からは、山鉾巡行の様子をお届けします。

2009年7月26日 (日)

京都・祇園祭2009 宵山~南観音山~

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霰天神山から錦小路通を少し戻って、新町通を北に入ります。このあたりは本来北行き一方通行なのですが、中には南へ下る人も居るので結構混み合いますね。そして、通りを少し上ったところにあるのが南観音山です。

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ここに来る楽しみは、ちまき売りの童歌を聴く事ですね。この前の霰天神山でも聞きましたが、こちらは山の隣で歌っていますから、より風情を感じる事が出来ます。その様子を動画に撮ってきましたので、ご覧下さい。

この歌はいくつかの山で聞く事が出来ますが、それぞれ微妙にメロディーが異なっている様ですね。それに楽譜の無い文字通りの口伝ですから、年代と共に変わって行くところもある様です。

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また、宵山と宵々山では歌詞が一部変わるのですね。

動画では、「明日は出ません、今晩限り。」と歌っていますが、これが宵山バージョンで、宵々山ではこの箇所が省略されている様です。また白楽天山の宵々山バージョンは、「常は出ません今、明晩限り」と歌っているそうです。このあたり、じっくり聞き比べると面白そうですね。

昨年に引き続き、南観音山の祇園囃子も動画に撮ってきたのでご覧下さい。

童歌も一緒に入っているので、一段と宵山情緒が感じられません事?

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この南観音山から北観音山にかけての新町通は、宵山でも最も混雑する道の一つです。でも、それだけ情緒に溢れた道筋でもあるのですよね。明日は北観音山をお届けします。

2009年7月25日 (土)

京都・祇園祭2009 宵山~霰天神山~

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八幡山から霰天神山へ行くには一度西洞院通へ出てから南へ下り、蛸薬師通を東に入らなくてはなりません。新町通は蛸薬師通から先は北向き一方通行になっているためで、錦小路通にある霰天神山へは、大きく迂回する必要があったのです。

実を申せば、霰天神山の場所を一筋勘違いしていたのですね。一筋北の蛸薬師通にあると思いこんでいたのです。先に八幡山へ行ったのもこのせいで、北観音山経由で行けばすぐと考えていたのですが、念のためと地図を見直してから気付きました。霰天神山は毎年訪れているというのに、何をやっているのですかね。

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霰天神山は、火除けの神として天神様をお祀りしています。

永正年間(1504年~1520年)の事として、この町の付近に大火事がありました。ところがその時、季節外れの霰が降り、さしもの猛火も収まったのです。人々は不思議に思ったのですが、屋根の上に一寸二分(3.6㎝)の天神像が降ってきたのを見つけ、この御霊験によって助かったのだと言い合いました。以後、祠を作って天神様をお祀りしていたのですが、江戸時代の天明の大火や元治の大火にもこの町は被害に遭わなかったと言うのですから、この天神様の御霊験は本物ですよね。

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「雷除け火除けのお守りは、これより出ます」

この山の近くに来ると、ちまき売りの童歌が路地の奥から聞こえてきます。通りに向かってスピーカーがあるからなのですが、その歌を歌っているのがこのちまきり売りの子供達なのですね。

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この童歌が出来たのは意外に新しく、戦後の事の様です。ちまきを売る様になったのが戦後の事らしく、それまではこの歌も無かったという理屈になりますね。そして、この霰天神山が発祥の地の一つではないかと言われています。今では宵山の風情には欠かせない童歌ですから、よくぞ作ってくださったというところですね。

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「蝋燭一丁、献じられましょう」

ちまきを売るのが女の子達の仕事なら、蝋燭を薦めるのは男の子達の仕事です。毎年ここに蝋燭を供えると、宵山にお参りに来たなあという気になるのですよね。ここは我が家には欠かせないスポットになっています。

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同じ天神山でも、油天神山とは提灯の意匠が異なります。油天神山では大きな梅文様の入った提灯が下げられていましたが、ここでは山型提灯の背に小さく梅文様が入っていますね。どちらが良いという訳でもないですが、こんなところにも美意識の違いが感じられる様な気がして興味深いものがあります。

以下、続きます。

2009年7月24日 (金)

京都・祇園祭2009 宵山~八幡山~

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浄妙山の次は、よっぽど室町通を南に下がって鯉山に行こうかと思ったのですが、ちょっとした勘違いがあったのと八幡山が気になっていたので、六角通を西に向かいました。でも今から考えると、鯉山、橋弁慶山、占出山、霰天神山の順で巡り、最後に北観音山から八幡山に回る方が良かったですね。この後、新町通と室町通の北向き一方通行に行動を制約されたからなのですが、もう少し事前に考えておけば良かったです。

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八幡山が気になっていたのは、この鳩のお授け物を見たかったからです。手前が鳩鈴、奥が鳩笛ですね。何とも可愛らしいものでしょう。

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この鳩のお授け物は、巡行の時に鳥居の上に置かれる一対の鳩の像にちなんだものだそうです。この写真ではビニールが被さっているので見えにくいのですが、左甚五郎作と言われる鳩が鳥居の上で向かい合って留まっています。この鳩の様子から、夫婦和合の印とされているのですね。

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八幡山のご神体は八幡宮。五条にある若宮八幡宮を分祀したものだそうで、祠の中には応神天皇騎馬像が納められています。巡行の時には、ここにある鳥居と祠それに欄縁が山に乗せられる事になります。

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会所の中には、ご神体とは別の祠がありました。普段はこちらを拝んでいるのでしょうか。

八幡山でもう一つ楽しみにていたのが、ちまき売りの童歌でした。ここでも子供達が歌っていると聞いていたのですが、残念ながらテープで流れているだけで、生では聞けなかったですね。たまたまタイミングが悪かったのかしらん?

次はその童歌を求めて、霰天神山を目指します。

2009年7月23日 (木)

京都・祇園祭2009 宵山~黒主山~

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鈴鹿山から三条通に戻り、室町通との交差点まで来ると、右手に役行者山、左手に黒主山が見えてきます。役行者山は昨年訪れているので、今年は黒主山に寄る事にしました。

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黒主山は、山としては人気が高い様ですね。場所的にはあまり良いとは言えないと思うのですが、かなりの人で混雑していました。

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その理由はと言うと、様々なグッズが人気を呼んでいる様です。例えば食べられる粽とか、黒いあぶらとり紙などですね。そう言えば、黒のおたべなんていうのも売っていたなあ。

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黒主山のご神体は、大友(大伴)黒主です。六歌仙の一人に数えられる人物ですね。ここでは謡曲「志賀」をモチーフにしており、志賀明神として祀られた黒主が、桜の花を見上げる姿を表しています。

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巡行時にはご神体の前に桜の花が添えられており、山としては華やかで、なかなか見栄えがしますよ。なお、前掛けは「五爪龍文様錦」と言い、明の皇帝が即位した時に着た礼服を一枚に継いで作った錦織と言われます。なんとも、とんでもない逸品が使われているものなのですね。もっとも、現在の物は平成2年に復元されたもので、オリジナルは京都国立博物館に収納されているとの事です。

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黒主山の近くでは、巨大な登り鯉図が掲げられていました。近くの鯉山の関係かと思ったのですがそうでは無く、帯問屋「誉田屋源兵衛」が創業270年を記念して作成したものの様ですね。270匹の鯉を描いたそうで、271年目の今年は271匹目が書き加えられたとの事です。いかにも室町らしい演出と言えますね。


京都・祇園祭2009 宵山~浄妙山~

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黒主山を出て、六角通を左手に折れます。すると、軒提灯が連なった先に浄妙山の山形提灯が見えてきました。

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浄妙山は平家物語の橋合戦を主題とした山です。橋合戦とは、平家追討の狼煙を上げた源頼政が平等院に籠もり、宇治川を挟んで平家方と対峙した戦の事です。

頼政は平等院に入る前は、近江の三井寺に拠っていました。そこから諸国の源氏に決起を促そうとしたのですが、事をなす前に発覚してしまったので、南都を頼るべく大和へ向かう途中だったのです。そんな経緯から頼政に従う兵力には、彼の郎党の他に三井寺の僧兵が含まれていました。そして、その中に筒井浄妙坊明秀が居たのです。

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平家方の来襲を予期していた頼政は、あらかじめ宇治橋の橋板を全て外しておきました。宇治川の流れは急であり、橋さえ渡さなければ戦いになると踏んだのでしょうね。事実、最初に宇治川を渡ろうとした平家の一隊は、急流に呑まれて流されてれてしまいます。この後は枠組みだけが残る宇治橋を巡っての争いになります。

浄妙坊が活躍したのはこの時でした。彼は24本の矢を背に担いで橋の上に登り、塗籠籐の弓で12人を倒して11人を手負いにします。1本の残った矢と弓は川に投げ捨てて、今度は長刀を手に橋の行桁を走って渡り、敵陣に切り込みました。散々に暴れた浄妙坊でしたが、衆寡敵せずあわやと思われた時、もう一人の僧兵一來法師が浄妙坊の後を追ってきました。一來法師は狭い行桁のために前に出る事が出来なかったので、浄妙坊の手の甲に手を置いて、「悪しう候、浄妙坊」と言って彼の肩を飛び越えて敵陣に切り込んでいったのです。

ご神体の内、長刀を持っている右側の人形が浄妙坊、左が一來法師ですね。宵山はこんなふうに2体が並べられていますが、これが巡行になると一変します。

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何とまあ、一來法師が浄妙坊を飛び越える瞬間を活写した姿になるのですね。数ある山の中でも、これだけダイナミックな配置の人形は他にはありません。

人形の前後には宇治橋の欄干があり、何本かの矢が突き刺さっているのがリアルです。そして、水引を押さえる欄間には波模様が描かれており、宇治川の急流を表しているのだそうです。

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浄妙坊を飛び越した一來法師でしたが、あっという間に討ち死にしてしまいます。一方、危ういところで難を逃れた浄妙坊はと言うと、這々の体で自陣まで逃げ帰りました。そして、平等院の前の芝生の上で具足を脱いで調べてみると、63もの矢が突き刺さっていました。彼は無事であった事を仏に感謝し、奈良を目がけて落ちて行ったのでした。

橋合戦自体は平家方の勝ちとなり、頼政は自害して果てたのですが、この戦が源氏興隆のきっかけとなったという事で、浄妙山は「勝ち運」の山だと言われているそうです。すると、ここのちまきを買うと、勝負運が強くなるのかな。

また、最近ではちまきの携帯ストラップが人気なのだそうですね。残念ながら、町会所に行った時には気付きませんでした。これは来年の楽しみとして取っておきます。それにしても、知れば知る程面白い山ですね。

以下、続きます。

2009年7月22日 (水)

京都・祇園祭2009 宵々々山~白楽天山・鶏鉾~

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宵々々山の山鉾巡りは、室町通へとやって来ました。ここには白楽天山と鶏鉾があります。

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白楽天山は、その名の通り白楽天と道林禅師という僧侶がご神体となっています。

白楽天は唐の時代の詩人として名高い人物ですが、あるとき老松の上で暮らす道林禅師を訪ね、仏法の大意を問いました。すると禅師は良い事をし、悪い事をしない事だと答えます。白楽天は当たり前の事ではないかと半ばあきれたのですが、禅師はそれが実は行いがたい事なのだと言われました。白楽天は禅師の得の高さにすっかり感服したと伝わります。

左が白楽天、右が道林禅師ですが、巡行の時には真松を背に道林禅師が立ち、白楽天がそれに向かい合うという伝説どおりの配置となります。

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白楽天山の北側にあるのが鶏鉾です。この鉾には曳き初めの時にお世話になっているので是非見ておきたかったのですが、あまりの人の多さに早々に離れてしまいました。

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実際、白楽天山から鶏鉾にかけては、宵山の鉾町の中でも一番混む場所と言っても良いかも知れません。室町通を南下する人と、綾小路通を西に向かう人が交差するためらしいですが、ここに入ってから抜けるまで30分近くも掛かってしまいました。屋台が沢山ある事も一因かも知れませんね。

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もう一つ行きたかった綾傘鉾については、あまりの混雑ぶりに諦めてしまいました。もしかしたら、綾小路の混雑は、綾傘鉾の棒振囃子の公演を見に行く人達だったのかも知れません。

これで南半分の山鉾は、綾傘鉾を除いてすべて回った事になります。大半はあまり知らない山ばかりだったので、じっくり見る事が出来て面白かったですね。

最後に函谷鉾の祇園囃子をお届けします。宵山の風情が蘇りますよ。

偶然入ったちまき売りの声も可愛らしくて良いですね。

明日は北半分を巡った宵山の様子をお届けします。

京都・祇園祭2009 宵山~鈴鹿山~

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宵山に最初訪れたのは鈴鹿山でした。鉾町の東北隅にあり、西南隅の太子山とは対極に位置する山ですね。

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宵々々山は清水五条からスタートして南半分を見て回ったので、宵山は三条で下車して北半分の鉾町を巡る事にしました。駅を出ると、目の前にあるのは鴨川です。いつもはカップルでいっぱいの河原も、みんな宵山に行っているのでしょうか、寂しいくらいの光景です。

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三条小橋を過ぎると、復活した池田屋がありました。長く空きビルとして放置されていたのですが、7月8日に居酒屋としてリニューアルオーブンしたのです。この店のレポートについては、後日掲載する予定でいます。

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三条商店街まで来ました。意外と人通りは少ないですね。もう少し鉾町への行き帰りの人で混雑しているかと思っていたのですが、帰って来るにはまだ早い時間帯だったせいかも知れません。

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烏丸通まで来ると歩行者天国になっており、ここから宵山の区域が始まります。烏丸三条から少し北側、歩行者の群の向こうに浮かぶ様に鈴鹿山はありました。

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鈴鹿山は鈴鹿明神をご神体としています。延喜年間に、鈴鹿山で旅人を困らせていた悪鬼を退治したとされ、右手に長刀を持ち、腰に太刀を差すという勇ましい姿ですね。

ところが、その武骨な出で立ちとは裏腹に、この鈴鹿明神は瀬織津姫という女神様なのです。大変な美人であらせられるという噂なのですが、残念ながらご覧の様に能面を付けられているので、お顔を拝する事は出来ません。

瀬織津姫についてさらに調べてみると、穢れを川に流す役目を持つ神様であり、下鴨神社の井上社にもお祀りされている様ですね。すると、先日のみたらし祭と宵山とで、続けてお世話になっていた事になります。思わぬ形で、縁は繋がっているものなのですね。なんだか鈴鹿山が急に身近に感じられる様になった気がします。

以下、続きます。

2009年7月21日 (火)

京都・祇園祭2009 宵々々山~岩戸山~

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祇園祭の山鉾は全部で32基あり、そのうち鉾が7基、傘鉾が2基、山が23基となっています。

鉾は大型で、上部に囃子方が乗る囃子台があり、最上部には長大な真木が取り付けられていて、4つの車輪で支えられています。そして、巡行時には大勢の曳子によって曳かれて行く事になります。

これに対して、山は小型で囃子方は無く、上に乗るのは人形と真松(杉)であり、本来は舁手が担いで巡行していました。これを舁(か)き山と言いますが、現在は車輪が付いていて、押しながら巡行していますね。

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そして、山でありながら鉾に近い形態を持った山が3基あります。北観音山、南観音山、岩戸山がそれですね。これらの山には囃子方が存在し、それを乗せる囃子台がある事から車輪も付いており、曳子によって曳かれて巡行するところは鉾と同じですね。違いは屋根の上にあり、元々が山ですから、真木ではなく真松が取り付けられています。これを曳き山と言って、舁き山とは区別されています。

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この曳き山がどうやって成立したのか調べてみたのですが、良く判らないというのが本当のところです。経過を見れば、岩戸山の成立は室町時代に遡り、安土桃山時代までは舁き山だった様です。そして、江戸の初期に車輪が付いた曳き山に変わり、さらに天明の大火後の復興時に大屋根が付いた様ですね。

参照元 岩戸山ホームージ

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私見ですが、山でありながら囃子方を組織した事がきっかけになっている様な気がします。囃子方が乗るとなれば担ぐ訳には行かなくなり、車輪を付ける必然性が生まれる。次に、直射日光の下では長時間演奏が出来ないから、日覆いが付けられる。そして一からの再建となったときに、仮設の日覆いではなく鉾と同じ本格的な屋根に代えたという事なのかなという気がします。このあたり鉾と山の関係を含めて、もっとちゃんと調べてみたいところですね。

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などと勝手な事を書きましたが、鉾に比べれば小振りな岩戸山見ていると、鉾に負けまいと背伸びをして来た歴史が見える様で、つい色々と考えてしまうのです。私的には、このコンパクトな曳き山は均整が取れたフォルムが美しく、好きな山鉾の一つになっています。

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岩戸山は新町通の南端に位置しており、清水五条から保昌山を経由してアクセスするのが便利ですね。北隣の船鉾は大変な混雑がしますが、この岩戸山周辺は比較的空いており、山にも待たずに登る事が出来ます。祇園囃子の演奏もありますし、宵山情緒を楽しむには持ってこいの山ですよ。

2009年7月20日 (月)

京都・祇園祭2009 宵々々山~木賊山~

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油小路通を少し引き返し、今度は仏光寺通を東に入ります。そこにあるのが木賊山です。

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木賊山は謡曲の「木賊」を題材にしており、我が子をさらわれ、信濃国伏屋の里で一人寂しく木賊を刈る翁の像をご神体としています。

分かれた父を捜す若松は、信濃国で木賊を刈る翁の家に泊まります。翁は離ればなれとなった我が子を探すために旅舎を開いて旅人を泊めていると語り、我が子が好きだったという小謡曲舞を、子を偲びつつ舞いました。実はこの翁こそ、若松が探し求めていた父親だったのですね。

翁の像は右手に鎌、左手に木賊の束を持っており、若松に出会う前の姿を表現しています。ひどく悲しそうな表情をしており、我が子を失った寂しさを良く表していると思います。

それにしても、芦刈山もそうですが、せっかくのハッピーエンドなのに、ご神体には不幸な時の姿を持ってくるのはなぜでしょうね。せめて息子の姿も入れてあげればと思うのですが、このあたりが京都人の美意識というものなのでしょうか。

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木賊山もまた、屋台のない静かな環境の山です。静かすぎてちょっと宵山の雰囲気が無いとも言えますが、雑踏を逃れて謡曲の世界を見に来るのも良いと思いますよ。

京都・祇園祭2009 宵々々山~伯牙山~

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宵々々山に巡ったのは、主に南半分にある鉾町でした。このうち、室町通と新町通はそれぞれかなり混み合うのですが、新町通から綾小路通を西に入ると嘘の様に人混みが消えてしまいます。その先には5つの山があり、人波に押される事無く、じっくりと山を見て回れる静かなエリアが広がっています。

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そのとっかかりにあるのが伯牙山。この辺はまだ少し混み合っているかな。ここから先が急に空き出すのは、一つには出店がほとんど無いからでしょう。それに鉾も曳山も無いため、祇園囃子が流れていないという事もあると思われます。

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でも個々の山には見所が沢山あり、祇園祭の奥深さを知るにはもってこいのエリアと言えるかも知れません。

この伯牙山は、中国の周時代に、琴の名人であった伯牙が、自分の琴を真に理解してくれた友人・鍾子期の死を聞いて、悲しみのあまりに琴の弦を断ち切ったという故事に基づいています。ご神体は鉞を手にした伯牙で、悲しみと憤怒が入り交じった表情で、まさに弦を断ち切ろうとしているところなのですね。

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こちらは伯牙山の懸装品の数々で、全て中国風に統一してあるところに特徴があります。中でも逸品とされるのが中央にある慶寿裂(けんじゅぎれ)ですね。中央に仙人や瑞雲舞鶴を描き、その上下に漢詩を書いたものを織物で表現してあるのですから、実に手が込んでいます。これは昭和62年に復元されたものの様ですが、オリジナルは明代の中国製で、大変貴重な物とされています。

こういう具合に、さりげなく逸品が使われているのが、祇園祭の凄みと言えるのでしょうね。

以下、芦刈山に続きます。

京都・祇園祭2009 宵々々山~芦刈山~

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伯牙山を後にして綾小路通を西に進み、西洞院通を越えたところにあるのが芦刈山です。謡曲「芦刈」を趣向にしており、故あって分かれてしまった夫婦が再び縁を結び直すという、夫婦和合を表す山なのですね。

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ご神体は妻と別れた後に芦刈にまで落ちぶれた夫の像で、片手に釜を持ち、眼前に生えている葦を刈る姿をしています。謡曲では、3年ぶりに再会した妻との間で和歌を贈り合い、撚りを取り戻して目出度く都に帰って行くのですが、その妻の姿が無いのは寂しいというか不思議な気もしますね。なぜ、一番寂しい場面を主題にしているのでしょう?

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そういう場面のせいなのかどうか、縁結びの御利益があるとされる割には、保昌山の様に話題には上らない様ですね。と言うより、そういうPRをしていないだけなのか。もっと詳しい事を知りたい方は芦刈山のホームページをご覧下さい。とても丁寧な造りで、好感が持てるサイトですよ。

以下、油天神山に続きます。


京都・祇園祭2009 宵々々山~油天神山~

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芦刈山から綾小路通をさらに西へ行き、油小路通の交差点下がったところにあるのが油天神山です。油とは通り名の事で、もう一つの天神山である霰天神山と区別するためにこう呼ばれています。

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ご神体は菅原道真公。ただ、外からは見えなかったので、この祠の中におわしますのでしょうね。元はこの町内に在住していた風早家という公家の屋敷にあったものを勧請したのだそうで、その勧請の日が丑の日だった事から丑天神とも呼ばれていたそうです。

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山の前には床几が置かれていて、歩き回って疲れた足を休めるにはもってこいの場所ですね。ご覧の様に周辺には屋台は全くないので、落ち着いた風情に溢れていますよ。さずかり物のちまきには、天神様らしく進学成就のご利益があるそうです。

以下、太子山に続きます。

京都・祇園祭2009 宵々々山~太子山~

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油小路通をさらに下がったところにあるのが太子山です。鉾町の西南隅にあたり、これより先には山も鉾もありません。

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太子山は聖徳太子を祀る山です。太子は四天王寺を建立する時に自ら良材を求めて山城国に入ったのですが、その際に故あって六角堂を建てたという故事をモチーフにしています。

山城国に入った太子は、材を探す内にきれいな泉を見つけたので沐浴を始めました。その時に持仏の如意輪観音像を納めた厨子をたらの木に掛けておいたところ、これが離れなくなってしまいました。そこで太子はここに御堂を建てる事を思いつき、紫雲たなびく杉の木を使って六角堂を建てたのです。

これが現在の六角堂の由来なのですが、この山の太子像は白装束に斧を持った姿をしており、また真木の杉(山は真松というのが普通なのですが、あえて杉にしてある事がこの山の特徴の一つ)には如意輪観音を祀る厨子が掛けられているなど、故事にあるとおりのしつらえになっているのですね。

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この山は、町会所と山の間が広く開いており、そこに知恵の座と称する木の椅子が並べられていました。何でも、ご真木と同じ杉の材で作られたものだそうで、なんだか頭が良くなりそうな気がしますね。

ここで授与されるのが杉のお守りと知恵のお守りで、太子の様な知恵が授かるという御利益があるそうです。ここも周辺に屋台が無く、とてもゆったりとした落ち着いた場所ですよ。

以下、木賊山に続きます。

2009年7月19日 (日)

京都・洛北 みたらし祭2009~下鴨神社~

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今日は土用の丑の日ですね。世間では鰻を食べる日として定着していますが、京都の下鴨神社においては、毎年この日の前後4日間に渡って「みたらし祭」が開催されています。

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みたらし祭とは、御手洗池の畔にある井上社(御手洗社)の行事で、土用の丑の日に御手洗池に足を浸せば、罪穢れを祓い、無病息災、延命長寿に御利益があるとされます。

ここが入り口で、右手にある床几で履き物を脱ぎ、200円の初穂料を払えば、竹串に刺した蝋燭を貰う事が出来ます。

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入り口を潜ると坂路になっており、ここから御手洗池に降りて行く事になります。足下には滑らない様に敷物が敷いてあり、ここまではまあ何と言う事もありません。

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ところが、池に一歩踏み出すと冷たいのなんの。あまりの感触に思わず声が出ますよ。でも、これがまた気持ち良いんだなあ。

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途中3箇所にある親蝋燭から火を貰い、社前にしつらえられた祭壇に蝋燭を立て、お祈りを捧げます。ここまでほんの数分ですが、結構足は冷えますよ。

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池から上がって足を拭いたら、今度は御神水を頂く事になります。これも冷たい地下水で、物凄く豊富に湧き出ていますね。ですから注ぎ方も豪快でして、ひしゃくでざばざばと器に注がれます。ここではお賽銭程度の初穂料が必要となります。ここまでが一連の神事となる訳ですね。

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さらにお願いがしたい人には、足形祈祷木が用意されています。この足形に名前と住所を記入して、井上社(御手洗社)の社前の水槽に入れておけば、無病息災・健脚祈願をしてもらえるという趣向です。

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このお社が井上社。御手洗社とも言い、どちらが正式な名称なのか、神社の説明書きにも両方が混在しているので良く判らないですね。社前には恒例のみたらし団子とそうめんが供えられていました。なお、水槽に入れられた足形は、最終的にはこのお社の周囲を浸す神池の水源に入れられている様ですね。写真の右手に足形が浮いているところが写っていますよ。

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今年のみたらし祭は21日(火)まで行われます。時間は午前5時30分から午後10時30分までと、十分な幅があるのが嬉しいですね。我が家は毎年始発の電車に乗っていくのが恒例(と言っても3回目ですが)になっており、夏の早朝の雰囲気を楽しみながらの参拝となります。昼間とは違い、境内に神寂びた空気が満ちているのが良いですね。

夜はまだ行った事がありませんが、「徒然なるままに」のMilkさんの記事に依れば、相当混む様ですね。でも、蝋燭の明かりに照らされた神池は、神秘的な景色になっている事でしょう。一度は行ってみたいところですね。

2009年7月18日 (土)

京都・祇園祭2009 宵々々山~保昌山~

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宵々々山に最初に訪れたのは、今年も保昌山でした。京阪電車利用組が清水五条で下車した場合、一番手前に来る山である事がその理由ですが、ここの静かな佇まいが気に入っているという事もあります。

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保昌山のご神体は平井(藤原)保昌。大納言藤原元方の孫という名流貴族の血筋を引きながら、武人に優るとも劣らない武勇を誇った人物として世に知られていました。

今昔物語では、夜道で保昌を付け狙った大盗賊袴垂を笛の音ひとつで寄せ付けず、そのまま屋敷に連れ帰って着物を与え、改心せよと説いたとあります。また御伽草子では、源頼光と共に酒呑童子を退治したと記されています。

実際の保昌は藤原道長に仕えて厚い信任を受け、四天王の一人に数えられていました。そして丹後守、山城守などを歴任し、最後は従四位の下に任じられています。

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そんな保昌ですが、恋する女のために花盗人になったというエピソードも持っています。その相手の女性の名は和泉式部。三十六歌仙の一人に数えられる才女で、和泉式部日記の作者としても知られている人物ですね。

保昌から求愛された式部は、彼を受け入れる条件として、御所の清涼殿の庭に咲いている梅の花を採ってきて欲しいという難題を吹きかけます。20歳も離れた保昌を、体よく袖にするための方便だったのでしょうか。ところが、保昌はこれを真に受けて清涼殿に忍び込み、矢を射かけられながらも見事に梅の花を持ち帰えって来たのでした。

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当時の保昌は53歳で、それなりの地位と名誉、それに分別も持っていました。それなのにまあ、女の言に乗って御所の庭先から花を盗むという無茶をするのですから、何とも度外れた人ですよね。しかし、その甲斐あって、無事に式部と結ばれて、二人して任地の丹後国に下ったと伝えられます。

この事から、保昌山は縁結びの御利益があるとされ、密かな人気を呼んでいます。宵山にはお守り結びを求めに来る若い女性達で賑わっており、私の様なおじさんは完全に浮いてしまいますね。

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また、縁結びを祈願する絵馬も人気の的の様ですね。恋愛成就の確率が高いと言われ、初日であるにも係わらず、既に何枚もの絵馬が掲げられていました。

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その保昌山のちまき売りの子供達です。なんとも可愛い子達で、カメラを向けるとにっこりと笑ってくれました。この後可愛らしい声で「ちまき売りのわらべ歌」を歌っていましたが、動画に撮ってくれば良かったな。

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平井保昌という人物は、知れば知る程面白く、ますますこの山が気に入ってしまいました。来年も一番に訪れる事になるのかな。ご利益の方は、息子達にお裾分けという事にしておきますか。

2009年7月17日 (金)

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~長刀鉾辻回し~

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平成21年7月17日、祇園祭の山鉾巡行が行われました。今日は雨の予報で天気が心配されましたが、実際には少しぽらついた程度で治まり、無事に行事は終了しています。

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今回は四条河原町に陣取って、辻回しを中心に見て来ました。巨大な鉾を方向転換する様子は豪快そのもので、ななかなか面白かったですよ。まずは長刀鉾の動画から紹介します。

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辻回しは全ての鉾を動画に撮ってきたのですが、写真も含めてあまりに膨大なデータになってしまい、どう整理したものかと思案中です。宵山のデータも未整理のままですしね。これから暫くは祇園祭の記事が続きますが、よろしければお付き合いの程、お願いいたします。

2009年7月16日 (木)

祇園祭2009 宵々々山~船鉾~

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数ある山鉾の中でも、最も面白い造形をしているのが船鉾でしょう。神功皇后の説話に基づき形作られたものだそうですが、高さが無い分、造形美がぎゅっと凝縮されている感じがします。

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船鉾があるのは、新町通を綾小路通から下ったところになります。さすがに人気のある鉾らしく、ひっきりなしに人が通り過ぎていきます。

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私はなぜか、この船尾にも惹かれるのですよ。大舵に描かれているのは、水に落ちんとする飛龍。この反対側には、水から飛び出した飛龍が描かれています。

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そして船鉾では、毎年可愛らしいちまき売りの姿を見る事が出来ます。その様子を今年も撮ってきたので、ご覧下さい。

まだ初日とあって、背後にコーチが付き添い、口上を少しずつ伝達しているところでした。宵山にはきっと上達していて、大人のフォローが無くても十分やっていける様になるのでしょうね。

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反対側でもちまき売りの子達が居ました。船鉾の場合、ちまき売りのわらべ歌は無い様ですね。あくまで可愛らしい声の売り子達の笑顔で勝負という事らしいです。

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船尾側には、元気な男の子達もちまき売りに参加していました。ここまでちまき売りに熱心な鉾は、ざっと見渡してもそうそう数は無いですね。それだけに宵山の風情を一段と感じられるのが、この船鉾である事には間違いありません。

2009年7月15日 (水)

祇園祭2009 宵々々山~黄昏時・祭りの始まり~

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宵山の提灯に灯りが入るのは、午後6時頃の事です。ですが辺りは明るく、まだまだ宵山らしい雰囲気は出ていないですね。やがて日が西山に沈む頃、黄昏時の訪れと共に祭りの雰囲気が一気に盛り上がってきます。

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祇園四条から歩いてきた時、四条烏丸の交差点までたどり着くと、やっと鉾町にやって来たという実感が湧きます。ここから祭りの場が始まるのですからね。

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函谷鉾を過ぎたところで、背後を振り返ってみました。するとまだ明るさが残る空と東山を背景に、2基の鉾が映えて見えましたよ。

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再び、西を目指します。目の前に聳えているのは月鉾。鉾頭の月が、夕空に浮かぶ三日月のごとく見えますね。

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その月鉾まで来ると、祇園囃子を奏でているところでした。その様子を動画に納めてきたのでご覧下さい。

やはりこのお囃子を聴くと、祭り気分が高揚して来ますよね。

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お囃子を聴き終えてもう一度振り向くと、空は黄昏時から宵闇へと変わろうとしていました。提灯の明かりが増す中、長い祭りの夜が始まろうとしています。

京都・洛中 錦小路散策

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祇園祭の鉾建てを見た帰り、錦小路を歩いて来ました。その通りの東の突き当たりにあるのが錦天満宮。そこで出迎えてくれるのが、この「なで牛」ですね。相変わらず見事にてかっています。

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相変わらずと言えば、錦の水はいつもの様に豊かに湧き出していました。見慣れた光景ではあるのですが、これって結構凄い事なのかも知れませんね。なにしろ一年中枯れる事が無いのですから。

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これまで気が付いていなかったのですが、社殿の上には木彫りの狛犬がありました。これはなかなかの細工物ではないのかしらん?

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錦市場に移ります。この時期、最も見かける魚が鱧ですね。照り焼きにして売っている事が多いですが、中にはこんな具合に活け締めで売っている事もあります。やはり買って行くのは料理屋さんなのかな。普通の家庭では、あの骨切りをするのが難しそうですからね。

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その錦市場で見つけた変わり種コロッケです。なんとチョコレートコロッケと書かれているではないですか。これはブロガーの性として、食べてみるよりありますまい。

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中身は本当にチョコレートでした。何と言いましょうか、不味いという事はないですね。チョコレートとしては確かに美味しいです。でも、コロッケとしてみると、うーん、わざわざ何でというところかな。もし中身を知らずに食べたとしたら、驚く事は請け合いですね。話の種としては良いと思いますよ。

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最後は、「まねきねこのて」招喜屋さんです。ここの招き猫もまたお祭りバージョンになっているのですね。妙に似合っているのが、何とも面白いですよね。

京都・洛中 祇園祭2009~宵々々山~

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いよいよ祇園祭も山鉾巡行に向けてカウントダウンが始まりました。その初日が7月14日、宵々々山という訳ですね。

平日の初日にも係わらず、鉾町は人出で溢れていましたよ。特に四条、室町、新町の各通りは歩くのも大変なほどでした。これが宵山になったらどうなるのだろう?

14日の様子は写真の整理が出来次第アップしましす。まずは速報まで。

2009年7月14日 (火)

京都・洛中 祇園祭2009~曳初め・鶏鉾~

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函谷鉾に次いで曳初めが行われたのが鶏鉾でした。去年に続いて、今年も参加させてもらいましたよ。

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これは鶏鉾の下部にしつらえられた縄がらみです。土台ですから厳重なのは判りますが、この海老の様な結び目は何なのでしょうね。およそ実用的には見えないので、多分装飾ではないかと思うのですが、どうなのでしょう?

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鶏鉾の曳初めは予定では2時45分からでしたが、実際に始まったのは2時30分からでした。その1時間前にはまだ天井の取り付けが行われており、かなりタイトなスケジュールだった事が窺えます。さらにこの後、水引の取り付けの微調整などが行われていましたから、世話方さんも結構大変だった事でしょうね。

鶏鉾もまた動画に撮ってきましたので、よろしければご覧下さい。

鶏鉾は室町通を四条から下がったところにあるのですが、四条通に比べると人通りは少なめです。ですから、曳初めにも比較的参加しやすいのですよ。とは言っても、初回は開始の30分前には一杯になるので、狙い目は復路の方ですね。

そう言えば、昨年は菊水鉾とほぼ同時に動いていた様に記憶しているのですが、今年は時間をずらしていたようです。これもまた、渋滞対策なのかしらん。

また、鶏鉾もまた一往復で終了していましたね。これは、真木が大きく傾いでいた事が関係しているのかな?私は曳けたから良かったですけど、曳けなかった人は残念な思いをした事でしょう。もっとも、この後、月鉾、菊水鉾、それに長刀鉾とチャンスは何度もあったので、何とかなったものと思われますが。

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私はここまでで引き上げる事にしました。さすがに炎天下に長時間居て疲れましたし、翌日は仕事でしたからね、あまり無理をする訳には行かなかったのです。

でも、この曳初めは、祇園祭を楽しむにはもってこいの行事だと思います。昨年も同じ事を書いてますが、参加しているという実感が素晴らしいのですよね。機会があれば是非、一度試してみる事をお勧めします。本当に楽しいですよ。

2009年7月13日 (月)

京都・洛中 祇園祭2009~曳初め・函谷鉾~

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京都の祇園祭の雰囲気も、段々と盛り上がりつつあります。平成21年7月12日には、準備段階におけるクライマックスとも言える鉾の曳初めがありました。

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昨日の京都は梅雨明けを思わせる青空が広がり、本格的な夏がやって来たかの様な天気でした。予想では雨かも知れないとなっていたのですが、こういう外れ方なら歓迎ですね。

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曳初めは、言わば完成したばかりの鉾の試運転。本番に向けて不具合がないかどうかの確認が行われるのでしょうね。そして何より、一般の人でも鉾を曳く事が出来るという事で、大変な人気がある行事となっています。

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曳初めの口火を切ったのは函谷鉾でした。最初の鉾という事もあるのでしょうね、物凄い人数で溢れかえっていましたよ。その様子を動画で撮ってきましたので、よろしければご覧下さい。

曳初めは、町会所の前から始まって、最初は東に向かって烏丸通の手前まで進みます。そこで一旦停止して、今度は曳き綱を反対側に付け直して西側に向かいます。この動画はその道中という事ですね。

西に進んだ鉾は、室町通の手前まで進み、そこでまた停止します。そこからもう一度東に進行方向を変えて町会所まで進むという具合です。

今年はやはり日曜日という事なのでしょう、昨年より人出は多かった様に思われます。それに渋滞を防ぐためでしょうか、警察官による規制が厳しかったですね。昨年は鉾に付いて歩く事が出来たのですが、今年は徹底的に排除されていました。でも、お祭りなのだから、あまりに高圧的な指導はどうかと思うのですけどね。

また、どういう訳か今年は一往復のみで終了してしまいました。去年は2往復はしていたと思うのですが、これも日曜日故の渋滞対策なのかしらん?

ちょっと消化不良の感じもしないではなかったですが、やはり祭りの風情は素晴らしいものがありましたよ。明日は鶏鉾の曳初めの様子をお届けします。

2009年7月12日 (日)

京都・洛中 祇園祭2009~鉾建て~

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今年も祇園祭の季節となりました。祇園祭自体は7月1日から始まっているのですが、そのクライマックスはやはり山鉾の巡行と、そこに至るまでの一週間ですね。

平成21年7月11日は、その始まりとなる鉾建て・山建てが行われていました。

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祇園祭の鉾や山は、組み立てるのに釘は使わず、木の組み合わせと縄がらみのみで行われます。その縄がらみには鉾や山ごとに受け継がれてきた流儀があり、それぞれに異なった方法で編み上げられて行きます。(岩戸山)

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こちらは船鉾。まだ木組みが終わったばかりで、縄がらみはされていません。それにしても、高さが無いためか、山と間違う程、土台はコンパクトですね。

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しかし、横手にはこれから取り付けられる部材が山の様に積まれていました。これが全て組み上げられると、あの見事な船の形が出来上がるのですね。

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この一見してバネの様で、いかにも弾力性に富んでいる様に見える縄がらみは鶏鉾のものです。この形式は、北観音山のものと良く似ていますね。かなり手間が掛かっている様に見えますが、どれくらい効果があるものなのでしょうか。

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これは鶏鉾の真木に、紅白の布を被せているところです。なにしろ長いですから、大変そうでしたよ。こんな作業が見られるのも、鉾建てならではの事です。

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本体の方では、引き起こしに使う部材の取り付け作業が行われていました。これが終わると一旦向こう側に倒されて、真木が取り付けられる事になります。

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これは鶏鉾の部材です。凝った細工が施されていますね。こうして見ると、鉾は工芸品の集合体である事が判ります。

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これは長刀鉾の真木にある和縄(しゃぐま)です。どういう意味があるのかと調べたのですが、どうやら装飾品という事の様ですね。それにしても、丁寧にかつ美しく仕上げられているものです。

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その長刀鉾では真木が本体に取り付けられ、支柱の縄がらみが行われているところでした。実に手際よく作業が行われており、その職人技に思わず見とれてしまいます。

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この時、長刀鉾は一番上の写真の様に横倒しの状態になっています。そして、ここから本体に取り付けられたロープとこのウィンチを使って、引き起こしが行われるのですが、その様子を動画に撮ってきたのでご覧下さい。

容量の関係で全部をアップ出来なかったのですが、ロープを曳き始めてから立ち上がるので要したのは、おおよそ7分くらいでした。最後に湧いた拍手が印象的でしたね。

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一足先に鉾の引き上げが終わっていた函谷鉾です。懸装品が何もない状態の方が、一層ひょろ長く感じてしまいますね。

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後で取り付けられる車輪です。そう言えば、どうやってこれを取り付けるのでしょう?どう考えても一度鉾を持ち上げなければ出来ないと思うのですが、その場面はまだ見てないですね。せーので、ジャッキアップをするのかしらん?ちょっとした見物かも知れないですね。

2009年7月11日 (土)

京都・洛東 半夏生の庭~両足院~

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平成21年7月4日、半夏生が咲く両足院を訪れて来ました。この日は半夏生がまさに見頃となっており、この庭の魅力を満喫来ましたよ。

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両足院の特別公開は6月から行われていたのですが、残念ながら私が行った翌日で終わってしまいました。ただ、7月15、16日に月例特別公開があるので、チャンスを逃したと思っていた方もまだ機会はありますよ。その頃まで、半夏生が保っているかは判らないですけどね。

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今回は茶室でのお手前がありましたので、頂いてきました。その時のお菓子がこれで、月に星は両足院の寺紋です。このお菓子、見かけは普通の上用饅頭ですが、中を割るとなんと青いあんこが出て来ました。何でも半夏生をイメージして誂えたものだそうで、見るからに涼しく、そして美味しかったですよ。ただし、この茶会専用だそうで、どこにも売っていないのが残念です。

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この日、半夏生と同じく見事だったのが苔ですね。やはり梅雨時は苔が元気になる季節なのでしょうか、惚れ惚れとする様な鮮やかな緑でした。

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同じ苔でも、場所によって微妙に色合いが違いますね。こちらは方丈前の庭ですが、少し明るめで、軽やかな感じがします。

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この寺を訪れたのは二度目ですが、今回は茶室にも上がれたのが嬉しかったですね。ただ、お作法がいい加減なのが恥ずかしかったかも、です。一度はちゃんと習っておきたいなと思った次第です。

2009年7月10日 (金)

京都・洛東 巡礼歌~清水寺~

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平成21年7月4日、梅雨の晴れ間の清水寺です。さすがにここは人出で賑わっていましたが、それでも気持ち少なめだったかも知れません。

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舞台の周りの緑はすっかり濃くなって、さながら緑の海に浮かんでいる様です。生命感に溢れた、なかなか良い景色だという気がしますね。

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その舞台で写真を撮っていると、奥の院の方からギターの音と聞き覚えのある歌声が聞こえてきました。これって、もしかしたらあの人じゃないのかしらん?

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気になる声に誘われる様に奥の院まで来てみると、案の定高石ともやさんが歌っていました。何とまあ、無料のコンサートを開いていたのですね。

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これは高石さんが西国三十三箇所を巡礼されているのですが、行く先々で巡礼歌を奉納している様ですね。舞台造りの奥の院が文字通りの舞台となった訳であり、そこに居合わせた我々は素晴らしい演奏を聴く事が出来たという次第です。今さらだけど、本当に上手いですねえ。

感激したのと共に、元気を貰った様な気もします。

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境内には、まだ紫陽花が残っていました。と言うより今が盛りの株らしく、蕾もまだまだ残っていましたね。こういう遅咲きの種類もあるという事なのかしらん?

2009年7月 9日 (木)

京都・洛東 水辺にて~円山公園~

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蒸し暑い日が続いているので、涼しげな写真をお届けしましょう。これは円山公園のひょうたん池の噴水です。普段あまり目立たない存在ですが、こうしてみると冷んやりとした気分になりません事?

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円山公園の奥に行くと、小さいながら滝もあります。この写真ではあまり涼しそうには見えないですけどね、そこは滝だけの事はあって、マイナスイオンとちょっとした冷気を感じられる場所なのです。

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その滝から少し小川沿いに下ったところに池があります。その池に黄色い花が咲いていたのですが、調べてみるとアサザの様ですね。準絶滅危惧種に指定されているほど数が少なくなっているそうですが、ここでは池の半ば程を占めるぐらいにまで繁殖していました。以前は見なかった花なので、意図的に植えられているのでしょうか。

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涼しげと言えば、コムラサキの花も上品で可愛く、暑さを忘れさせてくれますね。何より、この色合いが日本的で美しいです。花後すぐに結実して、秋には同じ色をした沢山の実を見せてくれる事でしょう。楽しみな事ですね。

2009年7月 8日 (水)

京都・洛東 梅雨の晴れ間に~八坂の塔~

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梅雨の晴れ間に見えた、つかの間の青空を背景にした八坂の塔です。まだここの百日紅が咲くには早すぎて、少し寂しい景色ですね。それに良く見ると、石畳が剥がされてアスファルトに変わっています。これって、電線の地中化工事が始まったのでしょうか。だとしたら嬉しいのですが。

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あまり気付いている人は居ないでしょうけど、八坂の塔の近くにはこんな路地もあります。ちゃんと石畳になっていて、ちょっとした隠れ家気分でしょう?早く夢見坂も、元の石畳に戻って欲しいですね。

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坂道を下って八坂の塔を撮っていたら、傍らを修学旅行生達が元気良く通り過ぎていきました。一時期の修学旅行自粛の動きも、ようやく収まって来たのでしょうか。彼、彼女達の姿が無いというのも寂しいものですからね、元の様に賑やかになって呉れれば嬉しいです。

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塔の下商店街では、紫陽花が咲いていました。もう盛りは過ぎていたものの、塔に似合うかと撮ってみたのですが、どんなものでしょう。

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夏の空と日差しと言うには、まだ少し弱いかな。でも、既にセミ、それもクマゼミの声を聞きましたよ。昆虫の世界では、一足早く夏が来ている様ですね。

早く梅雨が明けないかな。

2009年7月 7日 (火)

京都・洛東 七夕~二年坂・三年坂~

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三年坂で見つけた七夕飾りです。京都の場合、7月と言えば祇園祭があるせいか、七夕はさほど賑やかには行われません。東山界隈では、先日紹介した高台寺の七夕会と地主神社でお祭りがあるくらいかな。あと、旧暦の七夕になりますが、八坂神社でも行われたっけ。

私の子供の頃の記憶からすれば、子供が家で笹飾りを作る日というイメージの方が強いですね。この笹飾りはお店が独自に飾ったものの様ですが、いっそ商店街でお祭りとして企画すれば、数が少ないだけにインパクトがあって人気が出るかも、です。

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その三年坂で、ようやく石畳が復活しました。以前はステップのところが黒い石だったのですが、今度は全て同じ材質に統一されましたね。それでも全く違和感を感じないのが面白いところです。

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こちらは、一足先に石畳が復活していた二年坂です。施工当時は真っ白だった石畳ですが、さすがに人通りが多いだけあってか、早くも時代が乗ってきた感じがします。もう少し経てば、落ち着いた良い感じになっていく事でしょうね。

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ところで、この二年坂界隈で、人通りがどうも少ないという店の人の声を聞きました。確かに一時期に比べれば格段に少ないですね。これって、新型インフルエンザの後遺症が残っているのか、それとも梅雨時という気候のせいなのかどっちでしょう?

私的には、この蒸し暑さを考えるとこんなものではないかという気がしますけどね、商売をしていると気になるところなのでしょう。来週になれば祇園祭が本格化しますし、たぶん賑わいも戻って来るのではないかしらん?あまりに混雑し過ぎるのも嫌ですが、閑散とした二年坂というのも寂しいものです。適度に復活して欲しいところですね。

2009年7月 6日 (月)

京都・洛東 睡蓮2009~知恩院~

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平成21年7月4日の知恩院です。このところの雨で水たっぷりとを吸ったせいか、木々の緑も一段と濃くなった様な気がしますね。

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その知恩院で、睡蓮が見頃となっています。咲いているのは納骨堂の前の池で、特に名前は無い様ですが、放生池で良いのでしょうか。

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咲いているのは2種類で、純白と薄い黄色の花が混じっていますね。水面の隙間が無い程に、葉が生い茂っているのがここの特徴かな。

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平安神宮の様に華やかさは無いですが、狭い池に沢山の花が咲いているので、これはこれでなかなか綺麗ですよ。これだけを見に行く程ではないですが、参拝のついでに見るには十分値打ちがあると思います。

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そして、この日境内で見かけたズーミンです。朝の情報番組「ズームインSUPER」のマスコットキャラですね。と言いながら、実は私はこれまで知らなかったのですけど、スタッフの人に聞いて確認しました。

近くにテレビカメラは居なかったのですが、ロケでもやっていたのでしょうか。そのうち、番組内で知恩院が紹介されるのかも知れないですね。さすがに知っている人が多くて、記念写真の人気者になっていました。

でもこの暑いのに、中の人はさぞかし大変だった事でしょうね。お疲れ様でした。

2009年7月 5日 (日)

京都・洛東 高台寺七夕会

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平成21年7月4日の高台寺・台所坂です。この時期は竹の緑が綺麗ですね。竹の子から育った若竹の葉や、5月に古い葉と入れ替わった若葉が丁度映える時期なのでしょう。

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その坂を登り切ると、今度はずらりと並んだ七夕飾りがありました。これが平成8年から続くという高台寺七夕会なのですね。

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飾られているのは全部で25本の笹飾りで、市内の保育園や幼稚園で作られたものが多いですね。また、ネットで短冊の募集もしていた様です。

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あらかじめセットされていた笹飾りの他にも、当日の一般の参拝者用の笹(実態は竹ですが)もあって、用意された短冊に願い事を書き込む事も出来ましたよ。

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夜になるとこの笹飾りがライトアップされるそうで、さぞかし綺麗な事でしょうね。

でも、よく調べてみると、この行事は今日までなのですね。だったら、昨日アップしておけば良かったな。7日まで続くと思っていたもので、結果報告だけになってしまいました。たった二日間というのも勿体ないと思うのですが、どんなものなのでしょう。

ありそうであまり無いのが京都の七夕行事ですので、貴重な存在とは言えますね。来年は夜にめがけて出掛けてみようかな。お寺もライトアップされているそうなので、合わせて拝観するのも良いかも、です。


2009年7月 4日 (土)

京都・洛東 桔梗2009~智積院~

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京都の桔梗と言えば智積院は外せませんよね。そろそろ見頃になっているだろうと出掛けて来たのですが、あれれ?

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いつもなら、ずらりと花が並んでいるはずの参道で、ほとんど咲いていないではないですか。それも時期はずれと言うより、株自体があまり育っていない様子です。そこかしこで数輪が咲いている程度で、何でこんな事に?

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参道から庭園の方に行くと、やっとまとまって咲いているところがありました。これでこそ智積院なのですが、参道の桔梗はどうしちゃったのでしょうね。そう言えば一昨年もこんな調子で、去年は復活したのでしたっけ。してみると、1年おきに好不調の波が押し寄せるのかしらん?

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桔梗は今ひとつでしたが、紫陽花が凄い事になっていますね。ずらりと植えられた紫陽花が一斉に花を付けて、さながら紫陽花の花畑の様になっています。それも金堂の東と北側の両方ですからね。既に盛りを過ぎていたのが残念ですが、紫陽花の新名所と言っても良いのかも知れません。

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それに比べて、蓮池はすっかり寂しくなってしまいました。蓮の姿は全く見えず、もはや元蓮池と呼ばなくてはなりませんね。去年あった睡蓮も見あたらず、何やら水草だけが浮いているという状態です。ここもどうしちゃったのでしょうね。

その代わりという訳でもないのですが、ネジバナが復活していました。ここは一時期ネジバナが沢山咲いていたところなのですが、なぜか数年前から姿を消していました。それが今年は数株が咲いており、この可愛らしい花を見せてくれています。

とても小さな花ですが、再会出来たのは嬉しい限りです。また群落と言えるまでに復活してくれると良いのですけどね。

2009年7月 3日 (金)

京都・洛中 蓮2009~相国寺~

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7月を迎えて、花の世界もそろそろ主役交代の時期が来ている様です。これからの季節の主役と言えば、やはり蓮ですよね。相国寺の放生池では、今年も綺麗な花が咲き始めていました。(平成21年6月27日現在)

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相国寺には、実は桔梗を見に行ったのです。塔頭の大光明寺の庭には桔梗が植えられており、枯山水に彩りを添えてくれるのですが、この日はまだ小さな蕾が出てきたばかりの状態でした。ここは、余所に比べて咲き始めるのが遅い様ですね。

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そして、この時期の相国寺と言えばこのタチアオイですね。この花が一番上まで咲き切ると梅雨が明けると言いますが、今年に関してはちょっと心許ない状況かな。

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再び放生池の蓮に戻ります。ここには鉢植えの蓮と池の中に生えている蓮の両方がありますが、今咲いているのは鉢植えの方ですね。

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まだ数株が咲き始めたばかりで、これから段々と咲き揃う事でしょう。この豪華な花がずらりと並んだら、さぞかし見事な事でしょうね。

2009年7月 2日 (木)

京都・洛東 沙羅2009~真如堂~

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梅雨の晴れ間に覗くお日様は、すっかり夏ですね。いよいよ木陰が嬉しい季節になってきました。

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ここ真如堂にも沙羅の花を見に来たのですが、やはり盛りは過ぎていました。2週間前は咲き始めたばかりだったのですが、こんなに花期が短い花だったかしらん?

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早いと言えば、菩提樹に実が成っていました。この木は2週間前に花盛りだったのですが、花が散ったと思ったらすぐに結実するものなのですね。

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もうそろそろ終わりかと思っていた紫陽花なのですが、この日はまだ見頃を保っていました。こんな木陰には、青色の花が似合うという気がします。

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青花繋がりで、今度はアガパンサスです。元三大師堂の近くで数株が花を咲かせていました。南アフリカ原産の花ですが、シックな色合いが好まれるのか、意外とお寺で咲いている事が多いですね。

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最後は多分センノウだと思われます。もしかして、ナデシコだったらごめんなさい。ナデシコにこんな花色は無いと思うのですが、自信が持てないもので。

塔頭で咲いていましたが、この花もお寺の境内に良く似合っていましたよ。

(平成21年6月27日撮影)

(追記)

この花はガンピ(岩緋)という名前だと教えて頂きました。岩緋とはこういう色の名前で、岩絵の具の世界では「いわひ」と読む様ですね。花としてはナデシコ科で、センノウ属に分類される様です。木にも同じ名前の植物がある事から、ガンピセンノウと呼んで区別する事もある様ですね。これですっきりしたな。

情報を下さったやんやんさん、ありがとうございました。

2009年7月 1日 (水)

京都・洛中 沙羅2009~天寧寺~

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額縁の門で知られる天寧寺です。この日(平成21年6月27日)も綺麗に門内に比叡山が見えましたが、梅雨の時期としては比較的珍しい事なのかも知れません。

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この寺に来たのは沙羅の花を見るためでした。ここは本堂の玄関前に沙羅があって、毎年見事な花を咲かせるのです。ところが、この日はわずか数輪が咲いている程度で、既に盛りは過ぎてしまっていた様です。一週間遅かった様ですね。

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この寺は、何気なく色々な花が咲いており、知られざる花の寺と言っても良いでしょう。ほんの少しでしたが、桔梗の花も咲いていましたよ。

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そして、ここで楽しみにしていたのがネジバナでした。去年来た時に沢山咲いていたのですが、今年はどういう訳かこの一株しか無かったですね。ちょっと寂しいな。

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門前では、カラタチの木にたわわに実が成っていました。立派な実なので熟せば食べられるのかと思ったのですが、酸っぱ過ぎてとても生食には向かないそうですね。でも、ホワイトリカーに漬け込んでカラタチ酒には出来るそうですから、どなたか試してみません事?

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