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2009年2月

2009年2月28日 (土)

京都・洛中 水温む~出町柳~

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2月最後の今日でしたが、京都の気温はとても高くて、3月下旬頃の様な陽気でした。既に早春という雰囲気ではなく、春そのものという感じですね。

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本来は3月の季語なのですが、まさに水温むと言って良く、高野川と加茂川を繋ぐ飛び石では、沢山の人達が小さな冒険を楽しんでいました。だって、小雪の舞う様な寒い日に、ここを渡ろうなんて気分にはならないでしょうからね。

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暫く見ていると、ここを渡るのはまずは子供達とその家族、次いで多いのが若い女性達の様です。ヒールの高い靴でここを渡るのは無謀という気もするのですが、それでもなんとか渡りきるのですから、それなりに凄いと言えるでしょう。

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そして、川沿いの柳も芽を吹き出し始めています。これも例年なら3月半ば以降だと思われるので、相当に早い動き方ですね。

ちなみに出町柳とは京阪の駅名であって、元来の地名では町並みがあるところを出町と言い、川沿いの場所を柳と呼んでいました。それが、叡山電鉄の駅が出来た時に両方を合わせて出町柳としたため、いつの間にか周辺一帯を示す地名として定着したのだそうです。

してみると、この柳は昔ながらの地名を示す、由緒正しい存在という事になりますね。

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岸辺では、赤い馬酔木の花が咲いていました。また、木瓜の花がちらほらと咲き始めていましたね。そして長徳寺のおかめ桜も蕾が膨らんでおり、間もなく開花しそうな状況です。

今年の春は、かなりの駆け足でやって来ている様ですよ。

2009年2月27日 (金)

京都・洛中 梅見頃間近~京都御苑~

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京都御苑の梅林が、かなり見頃となってきました。私が行ったのは平成21年2月21日の事で概ね5分咲き程度、その後23日の情報では7分咲きとなっています。

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その後の雨続きでどうなったか気になるところですが、順調なら明日あたりが見頃となっているはずです。雨のせいで花が散っていなければなのですが。

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この日は梅林そのものよりも、南側の出水口周辺の梅が見頃でした。通路の両脇にある白梅と紅梅が満開で、なかなか見事でしたよ。

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梅林はまだ咲き揃っておらず、あまり絵にすることが出来ませんでした。今頃は開花も進んで丁度良くなっている頃かと思われますが、実際はどうなのでしょう。気になるところではあります。

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この日はずっと梅ばかりを追っていたのですが、撮れば撮る程難しい被写体だと痛感しました。ぱっと見華やかなのですが、桜と違って花の密度がスカスカなので、写真に撮ると枝や幹がやたらと目立つのです。それに枝が真っ直ぐに伸びている事が多く、面白い絵にならないのですよね。

アップで撮ると髭の様な雄しべが綺麗にならないしで、あれやこれやと試している内に、最後は疲れ果ててしまいました。私程度の腕では、とても手強い被写体である事は確かです。もっと勉強しないと駄目ですね。

2009年2月26日 (木)

京都・洛北 梅見頃~北野天満宮・境内~

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平成21年2月21日現在の北野天満宮境内の梅の様子です。この日は遅咲きの梅の一部を除いて満開に近くなっており、境内のどこを向いても見事な色彩に彩られていました。

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北野天満宮と言えば学問の神様。まさに受験シーズンまっただ中とあって、拝殿の前には長蛇の列が出来ていました。

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その拝殿の前にある紅梅はまだ蕾が膨らんだ程度で、わずかに数輪だけが開花していました。その後一週間近くが経ったのですが、開花は進んでいるのかな。

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早咲きの梅やロウバイはさすがに盛りを過ぎていましたが、それでも遠目には美しく色付いて見えます。中期咲きの梅は盛りに近く、また遅咲きの梅も一部は咲いていて、つまりは最も見頃に近かったのではないかと思われます。

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そう言えば昨日は梅花祭がおこなわれたはずなのですが、例年になく華やかな雰囲気に包まれたお祭りだった事でしょう。ただ、天気の方はどうだったのでしょうね。

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数ある梅の中で、この日一番輝いて見えたのがこの枝垂れ梅です。まだ若木の様なのですが、この咲きっぷりは見事の一言でした。

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お牛さんの梅は少しまばらな感じでした。まだ蕾も多く残ってはいるのですが、既に花殻も目立ち始めており、全体として華やかさには欠ける様に思えます。今年は少し調子が悪いのかしらん?

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でも、これだけ境内で咲いていたら、わざわざ梅苑に入る必要も無いという気もしますね。やはり、2月以降の暖冬のせいで、一気に花が開いたせいもあると思われますが。

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境内の北側でも、少し遅れ気味ながらも梅は咲いていました。ここでは、丹塗りの拝殿との対比が見事ですね。

この見事だった花も、こう雨に打たれ続けでは痛んでしまっているのではないかしらん?早すぎた花に早すぎる菜種梅雨、あまり良い組み合わせではない事だけは確かです。

2009年2月25日 (水)

京都・洛北 梅・七分咲~北野天満宮~

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北野天満宮の梅が見頃になっています。梅のシーズン中に公開されている梅苑では、平成21年2月21日現在で7分咲きとなっており、早春に相応しく、華やかでありながらとても清々しい景色となっていました。

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早咲きの梅は既に盛りを過ぎていましたが、中期咲きの梅がまさに見頃でした。遅咲きの梅の中にはまだ花が開いていない木もあって、もう暫くは楽しめそうですよ。

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今日の新聞の情報でも7分咲きのままとなっており、少し開花のスピードが落ちたのかも知れません。まあ、これが梅本来のペースではあるのですけどね。

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気になるのはこのところ続いている雨の影響で、花散らしの雨となってはいないかという事です。桜の様に一気に散りはしないでしょうけど、こう長く続くとあまり良い影響は無いという気もします。

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梅苑に入ったのは4年ぶりになるのですが、以前は入れなかった御土居が公開されており、散策する範囲が格段に広くなっています。梅は紙屋川沿いの散策路にも植えられており、なかなか見事な花を咲かせていました。

時間の関係で今回は御土居の上を通過しただけに終わったのですが、紙屋川沿いをゆっくりと散策するのも良さそうですよ。

明日は境内の梅の様子をお届けします。

2009年2月24日 (火)

京都・洛中 紅梅・白梅~水火天満宮~

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堀川寺の内を上ったところにある水火天満宮で、紅梅が見頃を迎えていました。

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ここは春に二本の枝垂れ桜が咲く事で知られていますが、梅も咲いている事をzuzuさんに教えて頂き、早速見てきたという次第です。

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境内には4本の梅があり、うち入り口の右側にある紅梅が丁度見頃でした(平成21年2月21日現在)。ただ、少し盛りを過ぎており、明日の25日にあるという梅花祭まで保ったのかなと余計な心配もしてしまいます。

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通路を挟んで反対側には白梅が咲いていました。こちらははっきりと盛りを過ぎており、花殻が目立ち始めているという状況です。例年どおりだと、紅白の梅ともまだ盛りを迎える前だった事でしょうね。

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後の2本は紅梅の隣にピンクの梅が一本と、登天石の横に白梅が一本植えられています。どちらもまだ幼木であり、これから先の成長が楽しみなところですね。

ここに梅がある事が判り、2月に訪れるべき場所が増えて嬉しいです。次は3月下旬の枝垂れ桜ですね。こちらも大いに期待しています。


2009年2月23日 (月)

京都・洛中 白梅満開~相国寺~

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相国寺の境内にある白梅が、満開になっていました(平成21年2月21日現在)。場所は境内を東西に横切る上立売通と、南の総門から庫裏へと至る参道が交わる角になり、道行く人は皆その見事な花に見とれて行かれます。厳密には既に盛りを過ぎており、もう数日前が一番の見頃だったと思われます。

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ところでこの写真を撮っている時に、ウグイスの鳴き声を聞きました。一瞬だったし、いくら何でも早すぎるので、もしかしたら外の鳥と混同しているのかも知れませんが、いかにも梅の季節にふさわしいという気がします。

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相国寺と梅、それにウグイスと来れば、鴬宿梅に触れない訳には行きません。鴬宿梅とは塔頭の林光院にある梅の事で、平安時代の歴史物語「大鏡」に出てくるという由緒を持つ銘木です。

天暦年間(947年から956年)の出来事として、御所清涼殿の梅が枯死したため、時の天皇である村上天皇は代わりの梅を探されました。すると、西ノ京にあった紀貫之の娘(紀内侍)の屋敷に名梅がある事が判り、勅命によって御所に移されるこ事になりました。

紀内侍は梅との別れ際に、

「勅なれば いともかしこし鶯の 宿はと問はば いかが答えむ」

と短冊に認め、梅の枝に掛けて送りました。歌の大意は、

「勅命とあれば畏れ多いことで、お受けする外はございません。しかし、毎年この木に宿りに来るウグイスに、私の宿はどうしたのですかと問われれば、どう答えてやれば良いのでしょう。」

というものです。

この歌が村上天皇の目にとまり、天皇は遺憾な事をしたと悟って梅を元の庭に返されました。このことからこの梅を「鴬宿梅」または「軒の紅梅」と称せられるようになったのです。

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林光院は、足利義満の第2子である足利義嗣の菩提を弔うために建てられた寺ですが、その場所が紀内侍の屋敷跡であったために鴬宿梅はこの寺に引き継がれたという事の様です。そして林光院は、後の豊臣秀吉の京都改造計画によって梅と共に今の地へと移転し、現在に至っています。

今の木は鴬宿梅の子孫にあたるそうですが、林光院が非公開であるために見ることは出来ません。いつか、この寺が特別公開される日が来る事を待ちたいですね。それも梅の花が咲く頃なら言うことは無いのだけれどなあ。来年の冬の旅のコースに入らないかしらん。


2009年2月22日 (日)

京都・洛北 光琳の梅 満開~下鴨神社~

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平成21年2月12日の記事で咲き始めたとお伝えした光琳の梅ですが、昨日(2月21日)見てきたところ既に満開となっていました。

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寒い時期に咲く梅の開花の進行は時間の掛かる事が多く、咲き始めてから満開まで大体3週間、下手すれば1ヶ月以上掛かる事もあるのですが、まさか10日足らずで咲き揃うとは思ってませんでした。また、下鴨神社のホームページに依れば16日で8分咲きとなっており、咲き始めてからわずか5日で開花が進んだ事になります。これじゃ、まるで桜並ですね。

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先々週末から暫く続いた暖かさが影響したのでしょうね。昨日は市内の梅を追いかけてきたのですが、どことも思った以上に進行が早かったです。北野天満宮は7分咲き、京都御苑でどうだろう、4分から5分咲きくらいかな。それらの様子は後日アップします。

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ですので、梅見を考えて居られる方は予定を早めた方が良いかも、です。まだ暫く終わりはしませんが、例年どおり3月上旬頃が旬と考えていると、既に散ってしまった後という事もあり得ますよ。お出かけになる前に管理者に問い合わせて、情報を確認される事をお勧めします。

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光琳の梅は、この日がまさに見頃でした。ただ、厳密に見れば、ほんの少し旬を過ぎていたかも知れません。全体として、今年の進行が早すぎるせいか、美しさが今ひとつという梅も少なくなかったです。梅にとっても、今年の気候はきっと迷惑なのでしょうね。

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光琳の梅に関しては、とにかく早く見に行かれる事です。今週末だと、既に散り始めているのではないかな。昨年の今頃は咲き始めたばかりだったと言うのに、えらい違いですね。

2009年2月21日 (土)

京都・洛東 白梅満開~祇園白川~

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早春の洛東を巡る散歩道は、祇園白川までたどり着きました。ここでの目当ては白梅にあります。

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2月の巽橋は人も少なく閑散としている、かの様に見えますが、実はこの手前にはタクシーが止まり、結構な人数が屯ろしていました。なぜかその人達が橋を渡るのを躊躇している隙に撮ったのがこの一枚です。こう書かなきゃ静かな冬の午後の景色なのですけどね。

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白川沿いの山茶花は、まだ綺麗に咲き続けていますね。場所によっては盛りを過ぎた木もあって、全体としてはそろそろシーズンを過ぎつつある様です。

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そして、縄手通近くで咲いている白梅です。ここはその名も「白梅」という料理旅館の入り口にあたるのですが、まさにこの木から取った屋号の様ですね。

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並びにある枝垂れ梅の方は、まだ咲き始めたばかりでした。この写真を撮ってから一週間が経ちますが、そろそろ咲き揃ってきた頃でしょうか。

祇園白川の白梅は、ここ暫くの間は楽しめそうですよ。

2009年2月20日 (金)

京都・洛東 白梅満開~八坂神社 美御前社~

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清水寺から高台寺を経て八坂神社まで来ました。ここで見頃だったのは、美御前社の前にある白梅です(平成21年2月14日現在)。

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この白梅の樹齢は何年になるのでしょうね。私の子供の頃には既に老木の風格を持っていましたから、100年近いのではないかと思っていますが、実際にはどんなものなのでしょう。花はご覧の様に、毎年見事に咲き続けています。

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その梅に飾られているのが美御前社です。美容を司る神として祇園の舞妓達に密かに信心されて来たのですが、近年その周辺が整備されて一気に有名な存在となりました。この美容水も新しく出来たものですね。この水を2、3滴顔に付けると肌を護って下さると書かれており、文字通りの美容水という事の様です。

以前からある参拝の決まり事としては、近くにある力水を飲んでからここにお参りすると美しくなれるというものがあります。「恋する京都」の中でも紹介されていましたが、ただ、力水自体が近年掘られた井戸であり、このお作法もまたそれほど古いものではないと思われます。

霊験あらたかな事は確かで、祇園の舞妓達が何よりの証明ですね。

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八坂神社では、大黒社のピンクの梅も綺麗に咲いていました。こちらはまだ幼木ですけどね、順調に成長していけば、白梅と共に早咲きの梅として知られる存在になる事でしょう。将来が楽しみですね。

2009年2月19日 (木)

京都・洛東 2009早春 ~清水寺~

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三年坂から続く坂道が清水坂。その坂を上り詰めたところにあるのが清水寺です。明治以前はこの手前の場所に子安観音を祀った子安の塔があり、坂の名前の由来ともなるほどの参拝者で賑わったのですが、今は清水寺の南に移されてしまい、訪れる人はかつてほどの数では無い様です。

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この場所でいつもみかけるのが托鉢僧ですね。日によって立っている人は違いますが、一番多い様に思われるのがこの尼僧です。厳冬期でも常に裸足で、長時間鉢を捧げ持つ姿勢を続けられているという、とても凄みを感じる方ですね。

ただ、あまりにも動かない人という先入観があたっため、この写真を撮っている時に突然振り向かれたのには驚きました。別に私を咎められた訳ではなかったのですが、不動の像がいきなり動き出した様に感じられ、本当にびっくりしましたよ。帰り際にも珍しく周囲を見渡しておられたので、たぶん誰かとの待ち合わせだったのではないかと思われます。

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清水寺は、四季折々に見所がある寺なのですが、なぜか梅はほとんど見かけません。私が知っているのはこの仁王門前の紅梅だけで、後はロウバイが一本ある位ですね。平成21年2月14日現在ではわずかに一輪が咲いていたのみで、まだ蕾膨らむという表現がぴったりと来る状態でした。

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清水の舞台です。さすがにこの時期は人も少なめですね。

この舞台は、御本尊の観音様に舞や謡いを奉納するために作られた場所です。総檜造であり、檜舞台の語源はここから出ているという説もありますね。その左右にあるのが楽人が入る楽屋であり、文字通りの舞台装置になっているのです。現在でもこの場所で奉納コンサートなどが開かれており、檜舞台は今なお健在という訳ですね。

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その舞台から子安の塔を望んだ景色ですが、こでは写真の一番下に注目して下さい。何やら新しい通路が出来ているでしょう?昨年末からここには足場が組まれていたのですが、この通路を造るためのものだったのですね。

これって、音羽の滝の前の混雑を解消するためのものなのでしょうか。それとも、防災用なのかしらん?何にしてもこのままでは無粋極まりないのですが、この後お化粧でも施されるのかな。

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広葉樹の葉が散っているこの時期は、伽藍群を見渡すには絶好ですね。花灯路が始まれば、ここはライトアップされて西方浄土を照すサーチライトが灯される訳ですが、今年もその様子を見に来ようと思っています。毎年同じ光景ではありますが、やはり花灯路と聞けばじっとしていられませんからね。

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境内に梅は見あたりませんが、椿の花は良く見かけます。ただ、ほとんど伸び放題と言っても良く、大徳寺などの様に手入れされた銘木が植わっている訳ではありません。このあたり、ちょっと寂しいところですね。

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木の手入れと言えば、最近沢山の木が切られていますね。増えすぎた木を間引いているのか、それとも桜の木をさらに増やす計画なのかは判りませんが、見通しが良くなったのは確かです。ただ、切りすぎて斜面が崩壊しないかなどと、余計な心配もしてしまうのですが。

ここ子安の塔の前でも、3本あった桜の木が切られていました。伐採された木を見ると中が空洞になっていたので、安全面を考慮したとも取れますがちょっともったいない気もしますね。それとも、染井吉野の更新時期が来たという事なのかな。

このところ清水寺には色々な動きがあり、少し気になるところではあります。

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帰り際、土産物店の店先では、鉢植えのロウバイが咲いていました。花の中まで黄色なので、これは素芯ロウバイですね。参道に甘い香りを漂わせてくれており、ちょっと嬉しい存在でした。

2009年2月18日 (水)

京都・洛東 2009早春 ~三年坂~

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東山界隈を歩いていると、沢山の坂道と出会うことになります。そこから八坂という地名が起こったというのはかなりこじつけっぽいのですが、そう言いたくなる程上り下りが多いですよね。その数ある坂道の中でも代表格なのが三年坂です。

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三年坂の謂われについては本家の方に色々と書いてありますが、一番良く言われるのが子安観音へ「お産が寧か(やすらか)でありますように」と祈願するために登る坂であることから産寧坂と呼ばれるようになったという説です。

このため坂の表記も産寧坂と書くのが正式だとする向きもありますが、私は子供の頃から慣れ親しんだ三年坂の方を使い続けています。二年坂との繋がりも良いという私なりの理由もありますが、二寧坂という表記もあるのであまり説得力はありません。無論、どれを使っても間違いという事は無いのですけどね。

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その三年坂の登り口にも紅梅が植わっているのですが、2月14日現在ではまだ数輪が咲き始めたところでした。代わりに見つけてきたのが興正寺別院のピンク色の梅です。

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この梅は、三年坂の手前にある参道を透かしてみると、はるか向こうをほんのりと薄く桃色に染めているのが判ります。まあ道行く人の大半はそんな方向は見ないので、知っている人はごくわずかでしょうけどね。

梅の花は綺麗ではあるのですが、近くで撮ろうとすると結構難しいですね。桜ほどの密度は無いし、何よりこの沢山の雄しべを綺麗に撮るのが大変です。少し離れて華やかな感じを撮った方が良いのでしょうけど、ここは背景があまり良くなくて、個々の花を撮るよりありませんでした。せっかくの花を上手く表現する事が出来なくて、ちょっと残念です。

2009年2月17日 (火)

京都・洛東 2009早春 ~二年坂~

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八坂通を上って二年坂に来ました。例年通りの寒い2月なら、かさぎ屋さんのぜんざいでも食べて暖まっていこうと思うところですが、この日は歩いている内にうっすらと汗ばむ程の陽気だったので、店の前を素通りしてしまいました。

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それにしても、このあたりの南天はまだ実が沢山残っていますね。大抵の所ではすっかり鳥に食べられて無くなっているのですが、やはり人通りが多いせいで鳥が近づいて来ないからなのかな。

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石段を下りきったところにある路地から見た八坂の塔です。ここは以前は雑然としていてあまり絵にならなかった場所なのですが、家並みの改修が進んで見違える様になりましたね。

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再び石段を登って三年坂に向かいます。ここから先は石畳の復元工事が行われており、ちょっと歩き難くなっていますね。たぶん、花灯路に間に合わすべく工事を急いでいるのでしょう。仄かな明かりに照らされるのは、アスファルトより石畳の方がずっと絵になりますからね。

2009年2月16日 (月)

京都・洛東 2009早春 ~八坂の塔界隈~

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智積院からテクテクと東大路通を歩いて、八坂通まで来ました。この日は暖かくはあったのですが、とても風が強くて結構困りました。それもなぜか他の地域と違って北風ですから、歩く方向からすると逆風になります。まあ、気圧配置の関係でそうなったのでしょうけど、京都が今ひとつ気温が上がりきらなかった理由もこのあたりにありそうですね。

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以前なら2月の京都は閑散としていて、この辺りでは観光客の姿はほとんど見かけませんでした。でも今はシーズン中ほどでは無いにしろ、結構な数の人を見かけます。依然として京都ブームは続いているという事なのでしょうか。

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八坂の塔の手前にある庚申堂では、2本の梅が咲いていました。まだ小さな木ですが、紅白の対比が鮮やかでなかなか綺麗でしたよ。

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八坂の塔の境内でも白梅が咲き始めていたのですが、この日は閉山日となっていたので入ることは出来ませんでした。どうもここは、どういう基準で閉山日が決められているのか良く判らないですね。

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そして、この日も出会った舞妓体験の女性達です。やはりこの町並みには着物姿が良く似合いますね。

後一ヶ月足らずで、東山花灯路が始まります。去年はここで利き酒会があって楽しい思いをしたのですが、今年は行われない様ですね。ちょっと残念ではありますが、そのぶん心静かに春の宵のそぞろ歩きを楽しみたいと思います。

2009年2月15日 (日)

京都・洛東 梅見頃~智積院~

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智積院の早咲きの梅が見頃になっています(平成21年2月14日現在)。ここの梅は参道脇の紅梅を初めとして、境内のそこかしこに植えられており、それぞれ見事な花を咲かせてくれています。

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1月17日に見に来た時はまだ開花していなかった白梅も、今は見頃となっていました。

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この日は異様に暖かくて梅と言うより桜の方がふさわしく感じられたのですが、2月本来の凛とした寒気の中では、この清楚な白梅こそが似合いますよね。

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境内にはまだ咲いていない遅咲きの梅もあって、これから3月にかけて長い時間楽しめる事でしょう。

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明王殿の北側で咲いていた梅です。蓮池に映った五色の幡とのコラボが、なかなか綺麗でした。

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明王殿は不動明王をお祀りしている事から不動堂とも言い、元は本堂として現在の講堂の位置にありました。さらに遡れば大雲院の本堂だった建物で、なかなか数奇な運命を辿っている御堂と言えましょうか。時代を経てきた風格があり、智積院の中でも気に入っている御堂の一つです。

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梅は最近整備された庭園の中でも咲いています。少し薄暗くなっている中、木漏れ日を浴びた白梅が綺麗でしたよ。

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梅の花に良く来る鳥がメジロですね。この日も何度となく見かけたのですが、小さい上にちょこまかと動くので、なかなか写真には撮れません。でも、やはり紅梅に緑の体色は良く映えますね。春に相応しい花と鳥の組み合わせです。

2009年2月14日 (土)

京都・洛東 紅梅見頃~法住寺~

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昨日から今日にかけては近畿地方以外では春一番が吹き、場所によっては5月下旬から6月下旬の陽気となったところもあると聞きます。京都では最高気温が18度と、他の地方に比べれば気温の上昇は少ないのですが、それでも3月下旬並の暖かさとなりました。

そんな陽気に誘われて、東山界隈の早春風景を拾ってきました。まずは、紅梅が見頃となっていた法住寺からお届けします。

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この寺には、門前に紅梅と白梅、それに境内にはピンク色の枝垂れ梅があります。この紅梅は南の竜宮門の前に植わっており、平成21年2月14日現在では、見頃と言って良い程に咲き揃っていました。

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今年は2月以降ずっと暖かい日が続いており、たぶんこの梅も例年になく早いペースで開花して来たのでしょう。見たところ花がとても綺麗であり、ちょうど今が盛りである事が判ります。

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それに、この深みのある赤い花色がまた良いですね。品種は多分違うでしょうけど、光琳の梅の花色と良く似ている気がします。

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一方、山門前に植わっている白梅は3分咲きといった程度でした。

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花数こそ物足りませんが、この清楚な花を見ることが出来ただけでもここに来た甲斐があったという気がします。

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境内にあるピンクの枝垂れ梅は、まだ数輪が咲き始めたばかりであり、見頃までにはもう暫く掛かりそうです。この木が満開となり、枝垂れた梅一面にピンク色の花が咲き乱れた姿は、さぞかし見事なものなのでしょうね。出来れば満開の姿も見ておきたいのですが、果たしてどうなるでしょうか。

2009年2月13日 (金)

京都・洛西 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~仁和寺 金堂・経蔵~

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第43回京の冬の旅、8箇所目は仁和寺を訪れて来ました。ここでは国宝の金堂と重要文化財の経蔵が公開されています。

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金堂には、御本尊の阿弥陀三尊像が祀られています。内部は国宝であるが故に電気が通っていないため、とても薄暗いのですが、そのぶん入り口から差し込む光に照らされた姿は、とても荘厳なものがありましたよ。

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この金堂は、元はと言えば御所にあった紫宸殿だった建物です。寛永年間に仁和寺が徳川幕府によって再建された時、丁度御所の建物も再建時期にあたっていた事から、いくつかの建物と共に下賜されたのでした。

屋根が檜皮葺から瓦葺きに変えられている外は紫宸殿の特徴を良く残しており、特にこの垂木が3段に分かれた三軒と呼ばれる構造は、紫宸殿ならではのものだそうですね。

垂木の先に被せられた黄金色の飾りなど非常に凝った造りである事が判り、国宝に相応しい建物である事には間違いありません。

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もう一つ公開されているのが経蔵で、内部には天海版の一切経を納めた八角輪蔵があります。この輪蔵を一回廻せば、一切経を全て読み上げたのと同じ功徳があるとされるのですが、残念ながら今回の公開では実際に廻す事は出来ません。

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桜の寺として知られる仁和寺ですが、この時期の境内にはほとんど彩りというものがありません。そんな中で、山茶花はここでも鮮やかな花色を見せてくれています。

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そして、どういう訳か三葉つづじが花を咲かせていました。毎年、ここの花時である4月の半ば頃に見頃となるのですが、今頃から咲き始めるとは、ここ暫く暖かい日が続いているせいなのでしょうか。

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また、さずがは桜の寺と言うべきでしょうか、まだほんの小さな苗木に過ぎませんが、寒桜が幾本か植わっており、しっかりと花を咲かせていました。でも、この桜たちは御室桜と同じく、矮小化の道を辿るのでしょうか。

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桜園越しの五重の塔ですが、やはり手前に花が無いとかなり寂しいですね。季節が巡り、やがて花が咲く頃に、再びここを訪れたいと思っています。

2009年2月12日 (木)

京都・洛北 光琳の梅 咲き始め ~下鴨神社~

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下鴨神社の光琳の梅が咲き始めました。まだほんの数輪が開花したに過ぎませんが、昨年は2月23日に確認しているのに比べると2週間近く早くなっている事になり、今年の経過が如何に早いかが判ります。

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まあ咲き始めたとは言っても、遠くから見れば木全体がほんのりと赤くなっているのが判る程度で、まだまだ見に出掛ける程ではありません。それでもこの花の開花状況は気になるのでしょうね、次から次へとカメラ片手の人が訪れて来ては、咲き始めた花を撮って行きました。

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この花に人気がある理由は、尾形光琳ゆかりの木であるという事は当然として、やはりこの鮮やかな花色のせいではないかと思われます。一重のシンプルな花なのですけどね、これだけ美しい花色はこの木ならではと思われます。

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問題は、いつ見頃となるかでしょうね。昨年は3月10日前後に見頃となった様ですが、今年は2月下旬頃にまで早まるのかしらん?

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とりあえずは、来週末頃にもう一度見てこようかと思っています。その頃ならある程度の見通しは付くでしょうからね。

華やかになったこの木の姿を、早く見てみたいものですね。

2009年2月11日 (水)

京都・洛北 紀元祭 蹴鞠奉納~上賀茂神社~

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平成21年2月11日の建国記念の日に、上賀茂神社の紀元祭に行ってきました。紀元祭そのものは社前にて行われ、一般の拝観は出来ませんが、奉祝として剣道、空手、それに蹴鞠の奉納が境内にて行われました。

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蹴鞠を見るのは、1月4日に下鴨神社で行われた蹴鞠はじめ以来2度目になります。前回は幾重にも出来た人垣の後ろからだったのでほとんど見えなかったのですが、今回は一番前で見ることが出来ました。

まず蹴鞠が始まる前に、木の枝に置いた鞠を鞠場に運び入れる儀式があります。この枝には鞠の精を鞠に導くための依代という意味があり、地面に置くまでは鞠には一切手で触れる事は出来ません。

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鞠が中央に置かれると、上位の人から順に鞠場に入っていきます。人数は8人が基本で、うち上位4人の人だけが最初に鞠を蹴り上げる事が許されるそうです。

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この装束の色も、段位によって決まっているのだそうですね。このあたりは蹴鞠保存会のホームページに詳しいのですが、残念ながら説明を読んでもどの装束が何段に当たるのか、私には見分けが付きません。

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下鴨神社の蹴鞠はじめの時はとんでもない大人数の観客で溢れていたのですが、今回はあまり知られていないのか楽に見ることが出来ました。始まった頃こそ二重くらいの人垣が出来ていたのですが、時間と共に人数が減っていき、途中からは周囲のどこからでも最前列に入れるくらいになっていました。

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ですので、好きな位置に回って撮ることが出来たのですが、ゆっくりしている様でもそこは動きものですから、ちゃんとした写真を撮るのは難しかったですね。ほとんどがカメラブレか被写体ぶれを起こしており、ちゃんと撮れているのは僅かでした。

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今回は、若い女性が一人入っておられたのが新鮮でしたね。もしかしたら1月4日に足を挫かれた方の代役だったのかも知れませんが、若い世代に受け継がれていく道が見えた様で嬉しかったです。動画も撮ってきたのでよろしければご覧下さい。

どういう訳か、アップロードしたら画面が縦長になってしまいましたね。こういう場合はどうすれば良いのだろう?

蹴鞠を見たいと思っている方には、この紀元祭の奉納はお薦めですよ。必ず休日になりますし、何より蹴鞠はじめの時の様に大混雑にならないのが良いです。この優雅な儀式をじっくり楽しむにはもってこいですよ。

2009年2月10日 (火)

京都・洛西 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~妙光寺~

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第43回京の冬の旅、7箇所目は妙光寺を訪れて来ました。

妙光寺は御室の西にある臨済宗建仁寺派の寺であり、かつては五山十刹の一つ(十刹の第8位)に数えられていたという由緒を持っています。

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妙光寺が公開されるのは初めての事になりますが、実は数年前までは無住の寺であり、境内は竹藪や雑木林で埋もれた、事実上出入り自由の荒れ寺でした。それがガイドさんの説明に依れば、4年前から建仁寺の若い僧侶達が復興に着手し、ようやく寺としての体裁が整ってきたところなのだそうです。

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ですからこの枯山水の庭も、かつての姿を手探りで復元しつつあるところの様ですね。綺麗な砂紋を描いて、それなりに見せているのはさすがと言えましょうか。

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妙光寺の歴史を紐解けば、1285年(弘安8年)に、時の内大臣・藤原師継が長男の早世を悼んで山荘を寺に改め、法燈円明国師を開山に迎えたことに始まります。ちなみに寺号の妙光とは、師継の長男の法名に依るものです。

創建後の妙光寺は、亀山・後醍醐・後村上の三朝より勅願寺とされて正覚山という山号を賜るなど、寺運隆々たるものがありました。

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この寺の開山である法燈円明国師は、43歳のとき中国に渡り、霊洞山護国寺の無門慧開禅師に師事されました。 帰国後92歳で入寂されるまで教化活動に力を尽くし、亀山上皇より法燈禅師、後醍醐天皇より法燈円明国師という称号を贈られています。そしてまた普化宗(虚無僧の宗派。尺八を吹くことで悟りの境地に至るという禅宗の一派。明暗寺の記事を参照して下さい。)の祖としても知られる高僧です。

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時代を下って、妙光寺は室町幕府によって五山十刹の一つに列せられるという栄誉を受けました。ここまでは順調だった妙光寺なのですが、応仁の乱によって灰燼に帰し、数多く抱えていた荘園も戦国大名達によって横領され、かつての面影も無いほどに衰退してしまいます。

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荒廃しきった妙光寺が再興されたのは、江戸時代に入ってからの事になります。1639年(寛永16年)に、敦賀の豪商打它公軌の援助を受けて、三江紹益和尚が再建を果たしたのでした。都名所図絵に依れば山門、庫裏、仏殿、方丈、鐘楼を備えた立派な寺であり、十刹の第8位にふさわしい伽藍が立ち並んでいた事でしょうね。

ちなみに建仁寺の寺宝として名高い風神雷神図は、実は妙光寺の復興を記念して打它公軌が俵屋宗達に依頼して描かせたものと言われ、後に妙光寺の衰退と共に建仁寺に移されたとされます。つまり、今回の公開において風神雷神図のふるさとと副題が付いているのは、こういう経緯があるからなのですね。

ここには織物で復元された風神雷神図があり、中庭に面した部屋で見ることが出来ます。とても織物とは思えない出来映えで、建仁寺の様な描かれた当時を復元したものではなく、時間を経て風化した今の絵の状態を再現しており、ぱっと目には本物と見間違う程ですよ。

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幕末期にこの寺の住職を務めたのが天章慈英でした。慈英は勤皇僧として知られた存在で、妙光寺には勤皇の志士達が多く出入りしていたと言います。真偽は不明ですが、薩長同盟はこの寺で結ばれたとも言い、その余波として新選組がこの寺の全ての塔頭を焼き払ってしまったという話も残っているそうです。

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まあ、薩長同盟は薩摩藩の二本松藩邸、または小松帯刀の京都屋敷で結ばれたとする説が有力ですし、新選組が妙光寺を焼き討ちしたという資料は見たことがありません。ですので、この話はまともには聞けないのですが、天章慈英が勤皇家であった事だけは確かな様です。

明治以後の妙光寺は、明治初年の廃仏毀釈の洗礼を受け、以後は衰退の一途をたどりました。時折裏手にある野々村仁清の墓を訪ねて来る人がある程度で、荒れ果てた境内は近所の子供達の格好の遊び場になっていたようです。

今は鬱蒼としていた竹藪やクヌギ林が切り開かれ、開放的な境内を取り戻したところです。これから先も序々に庭園として整備が進み、何時の日か歴史あるこの寺が、洛西の名所として知られる様になる事を期待して待ちたいところですね。


2009年2月 9日 (月)

京都・洛東 建仁寺 2009年冬

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2月3日の節分の日、八坂神社に行く前に建仁寺に寄って来ました。ここに来るのは昨年の12月5日以来の事です。あれほど鮮やかだった紅葉はすっかり姿を消し、今は冬枯れの木が枯山水の庭に枝模様だけを添えていました。

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そんな中でも、変わらないのが「風神雷神図」ですね。建仁寺のシンボルとして、玄関を入って直ぐの広間に掲げられています。

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もっともこれは複製で、どうやらデジタルコピーで作られたものの様ですね。しかし極めて高精細であり、描かれた直後はこんな具合に鮮やかだったのだろうとしばし見入ってしまいました。

建仁寺には奥の間にもう一組の風神雷神図がありますが、こちらも複製画であり、本物は京都国立博物館に寄託されています。何年かに一度は里帰りをして、この寺で展示される事もありますよ。

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なぜ本物を寺で保管せずに寄託するかと言えば、一つには保存の問題があるでしょう。寺では保存に適した空調は難しいでしょうし、下手に扱えば汚損する可能性も避けられません。さらには火災などの危険もあるでしょうからね。

それにもう一つは盗難防止の観点からでしょうね。現に先月の末にはこの方丈に祀られていた十一面観音座像が、何者かに持ち去られるという被害がありました。御本尊を盗まれてしまったからでしょうね、厨子の前には代わりに頂相(禅僧の肖像画)が掲げられています。

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盗まれた仏像は特に文化財としての指定はされていなかったそうですが、長年に渡って御本尊として大事にされてきたものであり、それを盗み出すとは言語道断、罰当たりな行為も良いところです。何を考えての事かは判りませんが、理由の如何に関わらず速やかに返してもらいたいですね。

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あんな事件があったので、さぞかしぎすぎすした雰囲気になっているだろうなと思ったのですが、そこはさすがに建仁寺と言ったところでしょうか、いつもと変わらぬ静かな佇まいでした。ただ、少し雲水さんの姿が多くなっている様な気がしましたが。

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寺によっては、仏像に近づくと防犯ベルが鳴るというところも幾つかあります。あまり気分の良いものではありませんが、大事な仏像を護るためには仕方の無い措置なのかも知れませんね。

でも本当のところは、信仰の対象として大事にされて来たものには、何もしなくても手を付けないという本来の良心を信じたいところです。長年の間、そうやって受け継がれてきたものなのですからね。そんな世の中を願うのは、もう無理なのかなあ。

2009年2月 8日 (日)

京都・洛北 梅見頃開始~北野天満宮~

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北野天満宮の梅が、だんだんと見頃になりつつあります。まだ咲いていない木も多く、本当の盛りはまだこれから先ですが、早咲きの花はほぼ咲き揃い、境内は華やかな雰囲気に包まれて来ています。(平成21年2月7日現在)

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私がいつも入るのが東門。その前では白梅が出迎えてくれます。今はまだ3分咲きといったところでしょうか。一番最初にこの清楚な花を見る訳ですが、境内の中への期待が自ずと膨らんで来るというものです。

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この日は良く晴れていて、青空に白い花が映えていました。風はまだまだ冷たいですが、日差しは早春のそれと言って良いですね。

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梅は、白梅と紅梅のコラボレーションが良いですね。どちらか片方だけでも綺麗なのですが、両方が揃うと一層引き立て合って見事です。

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お牛さんの梅は、2分から3分咲きといったところでしょうか。まだ咲き揃って居らず、少し寂しい状態ですね。

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早咲きの紅梅の中には、既に盛りを過ぎてしまったものも出てきています。今年は2月になってから暖かい日が続いていますからね、花の展開も早めになっているのかも知れません。

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この紅梅は、今がまさに盛りですね。境内には梅のほのかな香りが漂っており、とても良い感じになっていますよ。

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ロウバイはそろそろ終わりかなと思っていたのですが、まだ盛りで頑張っています。ただ、香りは少し弱くなってきたかも知れません。

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梅苑もこの日から公開されたのですが、見頃にはまだ早いとの事でしたので入るのは見送りました。盛りはやはり2月下旬から3月上旬頃になるのでしょうか。

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本殿の屋根の上では、猫が気持ち良さそうに眠っていました。日だまりに居れば、本当にぽかぽかとして暖かでしたからね。きっと猫にとってはこの上なく居心地の良い一等地だったのでしょう。ちょっと羨ましかったかも。

2009年2月 7日 (土)

京都・洛中 早咲きの梅~京都御苑 梅林~

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京都における梅の名所のひとつに京都御苑の梅林があります。この一角だけで200本の梅があり、毎年華やかな早春の色を楽しませてもらっています。

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しかし、早咲きの梅はそれほど多くないらしく、2週間前に訪れた時はまだ一輪の花も咲いていませんでした。そして、その後結構暖かい日が続いたせいでしょうか、今日は数本の木が花を咲かせており、中には見頃となっている木もありました。

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ただ、訪れたのが日暮れ時であり、全体を撮るには少し暗すぎました。そこで、夕陽を背景に思い切ってハイキー調に撮ってみたのですが、どんなものでしょうか。

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早咲きの白梅もまた花を咲かせていました。こちらは夕陽を入れてみたのですが、今ひとつ背景がすっきりしていませんね。ハイキー調というのも、なかなか難しいものです。

京都御苑の梅林はまだまだ蕾の木が圧倒的に多く、全体としての見頃はかなり先の事と思われます。それでも、皇宮警察本部の入り口近くの梅はほぼ見頃となっており、他にも数本の梅が咲いていますので、今行ってもそれなりに楽しむ事は出来ますよ。あわてて行く必要は全くないのですけどね。

2009年2月 6日 (金)

京都・洛南 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~安楽寿院~

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第43回京の冬の旅、6箇所目は安楽寿院を訪れて来ました。

安楽寿院は、平安時代末から鎌倉時代にかけて京都の南郊に存在した鳥羽離宮の流れを汲む、真言宗智山派の寺院です。

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鳥羽離宮は白河上皇により造営が開始され、その子鳥羽上皇もまた拡充に努めました。その離宮の東殿を寺に改めたのが安楽寿院です。上皇とその皇后である美福門院の後世の安楽を願って建てたと言われ、当初は莫大な荘園を有しており、堂塔伽藍を備えた大寺として栄えていました。しかし、時代と共に各地の荘園が横領されて行き、さらには南北朝の争乱によって離宮と共に荒廃してしまいます。

のち安土桃山時代に豊臣秀吉の援助を受けて復興を遂げる事が出来、現在にまで続いて来ました。

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安楽寿院にはかつて2基の三重塔が存在し、うち一基は鳥羽上皇が自らの墓所として建立したもので、その死後は遺志のとおりに遺骨が塔に葬られました。

今一つの三重塔は、美福門院の墓所として建てられました。死後においても鳥羽離宮の地において、二人で永久に睦まじくありたいと願ったのですね。ところが美福門院は亡くなる際に高野山に葬る様にと遺言したため、鳥羽上皇と誓ったはずの思いは実現する事なく終わってしまいます。このあたりの美福門院の心変わりの理由は、永遠の謎としか言い様が無いですね。

主を失った三重塔には、二人の子供である近衛天皇が葬られたのですが、慶長の大地震の際に鳥羽上皇の三重塔と共に倒壊してしまいます。後に豊臣秀頼の援助によって多宝塔として再建されたのですが、塔が復元されたのは近衛天皇陵だけで、鳥羽上皇陵には塔は現存しません。

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安楽寿院の境内には、付近から出土した釈迦三尊石像と薬師三尊石像が祀られています。実はもう一つ阿弥陀三尊も出土したのですが、最も保存状態が良いことから、京都国立博物館に寄託されています。

この像の顔の部分が摩滅しているのが判るでしょうか。実は近在の人々の間で、この石像の削り粉を水に溶かして塗ると子供の瘡の薬になると信じられたため、長年の間に削られてしまい、顔の判別も出来かねる程になってしまったのだそうです。

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安楽寿院の付近では、鳥羽離宮の庭園で使われていたとされる景石が多く発掘されているのですが、その石を活用すべく、収蔵庫周辺に庭が復元されています。ほとんどは高野川流域産の石なのだそうですが、中には和歌山県産と思われる緑色片岩などもあるそうです。

ちなみに石に書かれている数字は出土箇所を表しているそうですが、ちょっと無粋に過ぎるという気もしますね。

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安楽寿院の御本尊は木造阿弥陀如来坐像です。鳥羽上皇が念侍していたと伝えられ、胸に卍が刻まれている事から、卍阿弥陀と呼ばれています。保存状態が良く、とてもそんなに古い仏像とは思えない程でしたよ。

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安楽寿院の西にある冠石です。鳥羽上皇が鳥羽離宮に入った時に、この石の上に冠を置いて離宮の増築のための中心地としたと伝えられています。

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安楽寿院の西北、老人ホームの駐車場の一角に残る石造五輪塔です。阿弥陀信仰によって建立されたと推定されており、その優れた造形から重要文化財に指定されています。

安楽寿院は鳥羽離宮の遺構とまでは言えなくても、随所にその遺風を残しており、他の寺院とは一風変わった風情を楽しむことが出来ますよ。

2009年2月 5日 (木)

京都・洛南 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~東寺 五重塔~

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第43回京の冬の旅、5箇所目は東寺の五重塔です。JRで京都を訪れた場合、真っ先に目に入るのがこの塔であり、京都のシンボルともなっている存在ですね。

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この角度から見上げた姿をアップすると、塔の上部に「土方歳三 山本耕史」という文字が見える人も居るのではないでしょうか。「新選組!」のオープニングでは、この塔と土方のテロップを重ねる事にこだわっていたそうですから、今でもこの塔を見ると力強いハミングがどこからともなく聞こえて来る気がします。

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特別公開においては、普段入ることが出来ない塔の一層部分を拝観する事が出来ます。常時公開している塔としては八坂の塔がありますが、どんな具合に似ていて、どこが異なるのかと興味がありました。

内部に祀られている仏様は五智如来であり、これは八坂の塔と共通していますね。ただ、五体が揃っている八坂の塔に対し、東寺の場合は仏像は4体しかありません。では残り一体はどこかと言うと、芯柱が大日如来として位置付けられているのですね。大日如来とは宇宙そのもの、五智如来の中心に位置する仏様です。四体の中央に位置し、かつ塔を上から下まで貫く芯柱こそ、大日如来に相応しいということなのでしょう。

ガイドの方に依れば、推測ではありますが、芯柱にはかつて大日如来が描かれていたのではないかと考えられているそうです。明治の廃仏毀釈の際に、この塔の内部の極彩色の絵はほとんど見えなくなるまでに削られてしまったのですが、芯柱に描かれていた大日如来もまた同じ運命を辿った可能性が高いとの事でした。

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東寺は通常拝観の部分でも沢山の見所があります。例えばこの金堂は国宝であり、一歩中に入ると重要文化財の薬師三尊・十二神将と出会う事になります。

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薬師三尊は丈六の薬師如来を中心に、向かって右側に日光菩薩、左側に月光菩薩を配したもので、金色に輝く様は神々しいばかりですね。そして、その台座の周囲を緻密な彫刻を施された十二神将が取り囲むという、あまり他では見たことが無い様な形式に驚かされました。

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豪華と言う点では、こちらの講堂の方がさらに上を行きます。建物こそ重要文化財ですが、中には14体の国宝、5体の重要文化財の仏像がひしめき合っており、これほど絢爛たる御堂は他には例が無いでしょうね。これらの仏像群は、弘法大師が唱えた曼荼羅を具現化するためのもので、立体曼荼羅と呼ぶのだそうです。

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講堂の北に位置する食堂では、「オリンパス フォトパス写真展」が開かれていました。これは、写真を掛け軸に仕立ててみてはどうかという発想の下に開かれた写真展であり、フォトパスとはオリンパスの写真投稿サイトの名称の様ですね。

とても写真とは思えない掛け軸として完成された作品もあれば、これはどうなんだろうと首をかしげたくなる作品まで多岐に渡っていましたが、なるほど新しい写真の楽しみ方の一つになるかも知れない試みでしたね。

なお、この写真展は2月1日で終了しており、今はもう見ることが出来ません。

2009年2月 4日 (水)

京都・洛東 祇園さんの節分祭 2009

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平成21年の八坂神社の節分です。八坂神社では、2月2日と3日の二日間に渡って節分の行事が行われ、我が家が行った3日の午後1時からは、祇園甲部の舞妓に依る舞の奉納がありました。

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舞を奉納したのは3人の舞妓で、都踊りの大舞台も経験しているからでしょうね、大勢の観客に見守られながらも臆することなく、堂々と舞っていたのはさすがと言えましょうか。

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正直言って舞の善し悪しは判らないのですが、ちょっとした所作の時の指の伸び具合だとか、目の伏せ具合だとかには、素人とは一線を画した玄人の芸を感じます。

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そのあたりは、先輩芸舞妓から常に厳しく指導されているからでしょうね。外から見れば祇園の花の彼女たちも、花街の中では一番の若輩者になる訳ですから。

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でも、こうして踊っている横顔を見ると、とても20歳前の娘さんとは思えないですね。さすがに、祇園の水で洗われた女性は違うというところでしょうか。

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芸を見せている時はプロの顔、でも踊りを終わって豆撒きに移る一瞬の隙に見せた冒頭の写真の笑顔は、確かにまだ10代の女の子の顔をしていました。

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今回一番の凄みを感じたのは、3人の地方さんですね。磨き込まれた芸と言いますか、その三味線と唄の素晴らしさは、まさに本物としか言い様のないものでした。その様子を動画に撮ってきましたのでご覧下さい。

途中でヘリの爆音が入ってしまったのは残念ですが、正調の祇園小唄の素晴らしさは味わって貰えたかと思います。

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豆撒きが終わって境内を見渡すと、何やら異様な出で立ちの人物がそこかしこにたむろしていました。そう、これが節分の日のおばけなのですね。

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私も何度かこの八坂神社の節分祭には来ていますが、おばけを見たのは初めてです。いや、聞きしにまさる面白さですね。確かにこれは、一度始めたら病みつきになることでしょう。時間が無くてすぐに廬山寺に向かったのですが、もう少し彼、彼女たちの動向を見ておきたかったところですね。

京都の節分は、まだまだ奥が深そうです。

2009年2月 3日 (火)

京都・洛中 平成21年度 廬山寺「追儺式鬼法楽」

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2月3日の節分の日、今年も廬山寺の「追儺式鬼法楽」を見るために出掛けてきました。

去年も書いているのですが、この行事は、廬山寺の開祖である元三大師が、宮中において悪鬼を、独鈷、三鈷の法器を用いて降伏させたという故事に基づくものです。

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今日は昼過ぎから生憎の雨模様となり、廬山寺に行くかどうかはかなり迷いました。後ろの列になったとして、前で傘を差されたらまるで見えないですからね。また、最前列が取れたとしても、今度は後ろの人の事を考えると、自分が傘を差さずに濡れなければなりません。

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結果として1時間20分ほど前に廬山寺に入り、なんとか最前列は確保出来ました。フード付きの防水防寒の上着を着ていたので、行事が始まれば傘無しで過ごす覚悟です。

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待つこと1時間20分、そこからさらに鬼が出てくるまで20分は掛かったかな。しかし、雨の中を頑張った甲斐があって、目の前を行く鬼は凄い迫力でした。特に赤鬼の持つ松明が目の前を通り過ぎ、冗談ではなく熱かったですよ。

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三匹の鬼はそれぞれ貪欲、怒り、愚痴を表し、赤鬼は剣、青鬼は大斧、そしてこの黒鬼は大槌を持っています。これらの武器を手に人間界で暴れ回り、人々を混乱の渦に巻き込もうというのでしょうね。

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鬼は太鼓と法螺貝の音に合わせて四股を踏み、辺りを睥睨しながら大師堂へと向かって行きます。このあたりは動画を見て貰った方が様子が良く判るでしょう。

画面が揺れて少し見にくいかも知れませんが、大体の様子は判って貰えるかと思います。

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鬼達はこの後、僧侶達が修法をしている大師堂に入り、その周囲を踊り回ってその邪魔をしようと試みます。そこで現れるのが追儺師です。

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追儺師は法弓を東西南北、それに中央に向けて5本の矢を放ち、悪鬼邪霊を降伏させるという役目を持ちます。この様子も動画に撮って来たのでご覧下さい。

昨年はこの法弓師役をするはずだった方が突然倒れたため、この場面がありませんでした。ですので今年初めて見たのですが、この鬼法楽においてはとても重要な役だった事が判りました。台詞も長く複雑であり、この役をする方は大変な努力を必要とするのでしょうね。

今年の方は多分後継者と思われますが、とても堂々としており、また何より声が俳優の様に落ち着いていて、見事にこの役をこなされていました。それは素晴らしかったのですが、その一方で昨年この役を全うする事が出来なかった法弓師の方の無念も判った様な気もします。さぞかし、悔しい思いをされた事でしょうね。

最後は、降伏した鬼達が、きりきり舞いをしながら退場をして行く場面です。これも動画でご覧下さい。

鬼法楽が終わった後は、餅と蓬莱豆が撒かれます。今年は餅を2個ゲットすることが出来、とてもラッキーでしたよ。

雨の中を2時間以上も立ち続けた訳ですが、それだけ大変な思いをしただけの事はありました。それほど気温が低くなかった事も幸いしましたしね。ただ、最後は疲れ切ってしまい、鬼のお加持を受けるだけの元気が無かったのが心残りです。


2009年2月 2日 (月)

京都・洛南 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~東寺塔頭・観智院~

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第43回京の冬の旅、4箇所目は東寺の塔頭、観智院です。

観智院は東寺の塔頭の中でも第一とされ、別格本山の格式を持ちます。創建は1308年(延慶元年)の事で、後宇多法皇が東寺西院に3年間参籠され、二十一院を建立されたうちの一つでした。開山は当時の真言教学の第一と言われた杲宝(ごうほう)であり、以後代々学僧が居住して、当院の住持が東寺の別当職を兼ねていました。江戸期には、徳川家康がこの寺が所蔵する多くの経文や書籍を調査して、真言一宗の勧学院と定めています。

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この寺の本尊は、学問の寺にふさわしく五大虚空蔵菩薩が祀られています。虚空蔵とは広大無辺の知恵を無尽に蔵している事を言い、その知恵を5つの形に表したものがこの一連の像とされます。元はと言えば唐の長安にあった青龍寺金堂の本尊であったもので、山科安祥寺の恵運が847年に入唐した際に日本に請来したのでした。その後安祥寺が荒廃し、風雨に晒されるままになっていたものを、当時のこの寺の住職が引き取り、修復した上で改めて本尊として祀ったのです。

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この寺の見所は多いのですが、一つには国宝に指定されている客殿が上げられます。現在の建物は1605年(慶長10年)に完成したもので、床の間、違い棚、付き書院、それに溜まりの間を備えた本格的な書院造の住宅建築です。

そして、床の間に描かれた「鷲の図」、襖に描かれた「竹林の図」は、共に宮本武蔵の筆と伝えられています。寺伝に依れば、吉岡一門との決闘に勝った後、武蔵が追手から逃れる為に3年の間この寺に隠れ住んでいたと言い、その時に描かれたのがこれらの絵だとされています。

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更に付け加えるに、客殿の外の廊下は歩くと音がする鶯張り、その外側の濡れ縁は下が見通せるすのこ状になっており、いずれも敵の侵入に備えた造りだとされています。そして、床の間には武蔵が刀を隠した跡だとされる切れ込みがあり、廊下の天井は紙天井で、屋根からの侵入を防ぐ工夫がされていると言われています。

これらの話がどこまで本当かは判りませんが、絵の方は半ば消えかけてはいるものの、書き手の気韻が伝わってくる様な勢いのある筆使いであり、武蔵が書いたと言われれば、なるほどそうかも知れないと思える出来映えである事は確かです。

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客殿の前に広がるのが五大の庭です。昭和50年頃に作られた新しい庭で、弘法大師が唐から日本に帰る時に遭遇したという法難を表した造りになっています。右の築山が唐の国、左の築山が日本を表し、青い砂の部分は東シナ海になります。

弘法大師が唐の港を出港し、東シナ海の半ばに差し掛かった頃、暴風雨に遭遇しました。あわやと思われた時に、弘法大師が独鈷杵(一つ上の写真)を投げ入れたところ、仏法を守護する龍、神亀、鯱が現れて、たちまち海が収まったのでした。

庭石はそれぞれ龍や亀、鯱、船等を象っており、これほど具象的な庭はちょっと珍しいかも知れないですね。

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こちらは四方正面の庭で、今は山茶花が咲いていました。秋には中央のもみじが鮮やかに色付いていた事でしょうね。

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奥に進めば茶室「楓泉観」があります。貴人口を持つ本席と奥の席の二つの部屋からなる書院風の茶室で、奥の間の床柱は樹齢1000年という南天が使われています。二つの部屋の間の天井はかなり低く、背が高い人は頭がつかえるほどなので注意が必要ですよ。

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楓泉観の前にもまた、路地庭が広がっています。その中にしつらえられていた鹿威しなのですが、どういう訳かしずくが落ちる程度しか水が出ておらず、音が出るまでには数時間は掛かりそうな気配でした。何かの具合で水が止められていたのでしょうね。

観智院は見かけよりも内部の方がかなり広く、とても見応えのある寺ですよ。

2009年2月 1日 (日)

京都・洛南 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~伏見稲荷大社 お茶屋~

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第43回京の冬の旅、3箇所目は伏見稲荷大社のお茶屋を訪れてきました。伏見稲荷には子供の頃から何度も参拝しているのですが、茶室や庭があったとは初耳で、どんな場所なのか楽しみにしていたところです。

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お茶屋は、本殿の手前を南に入ったところにありました。普段はまず足が向かない方向であり、これまで知らなかったのも当然だったのかも知れません。

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今回公開されているのは、茶室であるお茶屋と以前は神官の住居であった松の下屋、それに松の下屋庭園です。総面積が600坪とかなり広大な敷地であり、こんな場所があったとは意外な思いがしましたね。

なお、園内は写真撮影が禁止されているため内部の画像はなく、掲載した写真と本文とは関連はありません。

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お茶屋は、1606年(慶長11年)に、禁中非蔵人として出仕していた当社の神官である羽倉延次が、後水尾院より拝領したものとされています。茶室とは言ってもこぢんまりとしたものではなく、広々とした座敷が4つ連なった書院形式のものです。

ただ、形式としては確かに床の間と違い棚、付き書院を供えた書院造りなのですが、違い棚を床の間よりも奥に引っ込めて段違いにしている、付き書院の窓を火頭窓にしている、漆の菱形格子の欄間を備えている、凝った意匠の釘隠しを使っているなど遊び心が随所に見られることから、書院が数寄屋造り化していく過程を示す数少ない貴重な遺構とされ、重要文化財に指定されています。

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松の下屋は、神官の言わば社宅として使われていた建物で、大正時代の建築になるそうです。非常に堂々した構えで、石造りの敷居や瓦敷きの玄関など、社宅にしてはとても凝った贅沢な造りですね。

ここでの一番のみどころは棟方志功画伯の手による襖絵で、極彩色の「御牡丹図」や「御鷹図」など、版画が中心の画伯にしては珍しい、肉筆画を見る事が出来ます。とても奔放な筆使いと大胆な色使いで、なかなか見応えがありましたよ。

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松の下屋庭園は、稲荷山の麓の斜面を利用した池泉回遊式庭園です。松の下屋のすぐ前に池があり、その向う側には四季折々に彩りを添える植物が植えられた斜面が広がっています。その斜面に巡らされた園路に入ると、歩く程に変化していく景色を楽しめる様になっており、その途中には瑞芳軒という茶室がしつらえられています。神社というより、貴族の別荘を思わす様な庭園ですね。

写真を撮れなかったのが残念ですが、稲荷大社にこれほどの庭と茶室があったとは驚きであり、見に行っただけの事はあったと思います。特別公開ならではの面白さですね。


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ねこづらどき

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