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2008年8月

2008年8月31日 (日)

夏の旅2008~土佐紀行・山内家下屋敷長屋~

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高知市と言えば、土佐藩24万石の城下町だった事で知られます。しかし、第2次世界大戦下における高知大空襲によって旧市街地の大半は焼けてしまい、城下町らしい佇まいはほとんど残っていません。そんな中で貴重な遺構となっているのが山内家下屋敷長屋です。

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山内家下屋敷長屋は、幕末の藩主山内容堂の別邸下屋敷の一部で、屋敷を警備する家臣達が寝泊まりするための施設でした。このように現存する武家長屋は全国的にも珍しいそうですね。

木造2階建てで、長さ17間半(約33m)幅2間半(約4.5m)の規模を保ち、1階が7区画、2階は3区画に別れています。昭和55年から56年に掛けて保存修理が行われ、現在は国の重要文化財として高知市が所有し、一般に無料公開が行われています。

内部は写真撮影が禁止されているので画像はありませんが、1階には当時の生活道具など、二階には和船などの模型や高知縁の人物の写真などが展示されています。

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山内家下屋敷跡地は明治維新後に一般に売り出されたため、現在は三翠園というホテルになっています。この門は下屋敷当時のものらしいのですが、現在はホテルの正門として使われており、なにやらホテルの格式を感じさせますね。

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実は今回宿泊したのがこの三翠園であり、6年前に続いて2度目となります。なぜここを選んだかと言えば、サービスもさる事ながら、高知市内で唯一天然温泉が付属しているというところが大きいですね。温泉は平成9年に湧出したという新しいもので、塩分を含んだナトリウム塩化物高温泉となっています。ですから、肌が弱い人は真水の上がり湯が必要となってきますね。

残念ながら掛け流しではなく循環となっていますが、露天風呂もあってなかなか快適なお風呂でしたよ。

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今回は2泊して来たのですが、料理は2日とも違う内容でした。これは2日目のもので、1日目は蟹の代わりに皿鉢料理が並んでいました。どうせならそっちの写真を撮っておきそうなものですが、初日はホエールウォッチングのダメージが残っていて、とてもそれどころではなかったのです。

料理はご覧の通り土佐の珍味を並べたもので、なかなかの美味でした。分量も多く、少し食べかねたくらいでして、最後は息子達に平らげてもらいました。

今見るともう一度食べたいと思いますが、こんなご馳走ばかり続けていたらその内に病気になりますね。やっぱり2日くらいが限度だったと思います。

2008年8月30日 (土)

夏の旅2008~土佐紀行・入野海岸~

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足摺岬を後にして、高知市への帰路を辿ります。しかし、帰る前にもう一箇所、入野海岸へと立ち寄りました。

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入野海岸は四万十川の東、黒潮町に広がる砂浜で、陸側に天正年間に植えられたという入野松原が連なる事で知られています。一帯は土佐西部大規模公園として整備されており、キャンプ場、体育館、テニスコートなどの施設を備えたリゾート地なのですね。

そして、外海に面しているだけに波が高く、高知有数のサーフィンビーチとしても知られています。

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しかし、我が家がここに来たのは別の理由がありました。それは桜貝を拾う事なのです。実は20年前にもこの浜に立ち寄った事があり、ガイドブックに載っていた桜貝を拾って帰った記憶があるのです。

ところが最近のガイドブックには記載が無く、ネットで調べてもはかばかしい情報がありません。よさこいタクシーさんにお願いして黒潮町役場に問い合わせても貰ったのですが、少しならあるかも知れないがあまり期待は出来ないとの事でした。

長年の間に消えてしまったのかと思いつつ海岸を歩いてみたのですが、意外にもすぐに見つかったのがこの貝殻でした。20年前に拾ったのも同じ貝でして、目を凝らせば極小のものも含めて沢山落ちていました。

これって桜貝の仲間ではないかと思うのですが、どんなものなのでしょう。

調べた限りではモモノハナガイの様な気がするのですが、まるっきり違う様でもあり、良く判りません。どなたか詳しい方はおられませんか?

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夏の終わりが近づき、いつの間にか日の暮れが早くなって来ましたね。時刻は午後6時前、すっかり傾いた西日が風紋を照らします。

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海岸には結構な数のサーファー達が居たのですが、砂浜が広大なせいでしょう、ほとんど人の気配が無いかの様に感じてしまいます。

西日の差す浜辺で佇んで居ると聞こえるのは打ち寄せる波の音だけ、静かな旅情を感じたひとときでした。

2008年8月29日 (金)

夏の旅2008~土佐紀行・足摺岬~

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四国の最南端に位置する岬、それが足摺岬です。これまで何度となく行きたい思っていたのですが、やはり交通の便がネックとなり、実現する事が出来ませんでした。今回も高知市から遥かな長駆となるプランではありましたが、高知よさこいタクシーさんのおかげで、やっとここまでたどり着く事が出来たという次第です。

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足摺岬と言えばやはり灯台ですね。初代は大正3年に建てられたそうで、8角形をしていたそうです。現在の灯台は昭和35年に出来た2代目で、ロケット形灯台と言うのだそうですね。青い海と空を背景に、この白い灯台は実に良く映えています。

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足摺岬の先は、何も遮るものが無い太平洋が広がっています。そして、岬を洗う流れは黒潮。とても深くて綺麗な水の色をしていますね。

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今回の旅で堪能したのが水平線。大阪では絶対に見る事が出来ない景色ですからね。果てしなく続く水平線を見ていると、なるほど地球は丸いのだなという事が実感出来ます。

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足摺岬にも四国88箇所霊場の一つがあります。それが第38番札所である金剛福寺。37番札所である岩本寺から110kmあるといい、歩いて来るには3泊4日の行程になるのだそうです。私たちは車でしたから楽なものでしたが、相当な山越えとなる道であり、きっとお遍路さん泣かせの難所なのでしょうね。

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足摺岬への入り口にあった中浜万次郎の銅像です。万次郎は幕末にアメリカに渡った事で知られ、その貴重な知見ゆえに、開国に揺れる日本に多大な影響を与えた人物と言われます。

万次郎はこの近くの中浜村の出身で、14才の時に漁に出たのですが、時化にあって漂流し、アメリカの捕鯨船に救助されてアメリカに渡ったのでした。そして、船長の好意によってアメリカの教育を受けさせて貰うという幸運に恵まれ、やがて知識人として成長した万次郎は日本に帰国します。

万次郎はペリー来航時にその経歴と能力を買われて幕府直参として迎えられ、咸臨丸の渡米時には通訳として随行しました。幕末期にあっては彼の経験と能力は大変貴重なもので、坂本龍馬を初めとして板垣退助・中江兆民・岩崎弥太郎など、土佐を代表する人物達に多大な影響を与えたとされます。

再来年の大河ドラマは高知が舞台となる龍馬伝ですから、きっと万次郎も登場する事でしょうね。この銅像もドラマの最後に縁の場所として紹介されるかな。今から2年後の日曜日が楽しみですね。

2008年8月28日 (木)

夏の旅2008~足摺岬・竜串~

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四万十川を後にして、足摺岬へと向かいます。その前に立ち寄ったのが、足摺半島の付け根にあたる竜串。奇岩と珊瑚が広がる海で知られる観光スポットです。

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ここでの予定は、海底に広がる珊瑚を眺めるグラスボートに乗る事でした。前日は豪快なクジラ、そしてこの日は美しい珊瑚を見て土佐の海を堪能するはずだったのですが。

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なんと、波が荒いために船が欠航してしまったのです。天候は穏やかだったのですけどね、陸の天気と海の状況は、必ずしも一致するものではない様です。後で調べるとホエールウォッチングも欠航だったらしく、1日違いで危うく乗れないところでした。危ない、危ない。

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竜串はこうした泥岩や砂岩から成り立っており、この湾の向こう側が見残し海岸と言って、やはり同じ様な奇岩が織りなす景観が一面に広がっている場所なのだそうです。

こんな具合に天気は上々で、海も一見して穏やかにみえるのですけどね、実際には冒頭の写真の様に荒れていて、2m近い波が立っていた様です。

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欠航してしまったものは仕方がないので、もう一つのスポットである海底展望塔へと向かいます。ここは海の中に建っており、遠く海上を見わたすだけではなく、海底にある窓を通して海の中を見るための展望塔なのです。

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展望塔の底には円い窓が幾つも設けてあって、そこから海の中を見通せる様になっています。実際の感じはこんな具合で、展望塔の周囲を沢山の魚が泳ぐ様を見る事が出来ます。天然の水族館という感じですが、当然ながらすべて野生の魚であり、またスケール感も水族館とは桁違いですから、なかなか見応えはありますよ。

ただ、やはり波が荒いせいで透明度が低く、あまり鮮明に見る事が出来なかったのが残念です。

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実のところ、ここに来るまでは竜串がどんな所かは知りませんでした。足摺岬は知っていても、竜串は知らないという人が多い事でしょうね。四万十川から岬に向かうには少し逆モーションになってしまうのですが、わざわざ寄ってみるだけの価値はある場所ですよ。海底展望塔だけでも面白いし、ボートに乗れたらさらに楽しい事でしょうね。

2008年8月27日 (水)

夏の旅2008~土佐紀行・四万十川 沈下橋~

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四万十川の景観を特徴付けているものに沈下橋があります。沈下橋とはその名の通り水に沈んでしまう橋の事で、普段は川を渡るための橋としての役目を果たしていますが、出水時に水嵩が上がると水面下に姿を消してしまうという特徴を持っています。

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この写真は上宮沈下橋ですが、普段の水嵩はこんなもので、橋として渡るには何の支障もありません。しかし、洪水になると対岸の護岸の上辺近くにまで水位が上がり、この橋は完全に水没してしまう事になります。つまりは、洪水時には対岸に渡る術を失ってしまう事になるのですね。

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なぜこんな不便な事を甘受しているかと言うと、一重に工費が安く済むからでしょう。限られた地元の人だけが使う生活通路ですから、立派な橋を架けるだけの予算はつぎ込めない。しかし、やはり橋がないと不便だという事で、簡易な架橋法として重宝がられているのだと思われます。

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その特徴として、橋桁が低い位置にあるというだけでなく、欄干が省かれているという点が上げられます。これは水没時に流木などがひっかかり、橋の流失などに繋がる危険性をあらかじめ回避するためなのでしょうね。

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これは景観に恵まれた事で知られる岩間沈下橋です。山の緑と清流、それに沈下橋の組み合わせは、これぞ四万十川と呼ぶにふさわしい景色ですね。

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沈下橋は四万十川の本川に22本あり、支川も含めると60近くあると言われます。そのうち、高知県では47橋について保存すると決めており、これから先も四万十川ならではの景観として沈下橋が守られていく事になっています。

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四万十川ならではと言ってしまいましたが、実はこの形式の橋は他の地域でも見る事ができ、徳島や大分、宮崎や埼玉などにもあるそうです。呼び名も地域によって変わり、例えば徳島の吉野川では潜水橋と呼ばれています。

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沈下橋は工費を抑えた簡易な橋ですから、幅員も狭くて一車線がせいぜいです。ですから、対岸から橋を渡ってくる車が見えたら袂で止まって通過を待つといったルールが必要になってきます。もし橋上で鉢合わせにでもなったら大変ですからね。

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これは三里沈下橋。河口部から数えて二番目の橋になります。

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ここには屋形船が多く集まり、盛んに上下していました。橋桁の低い沈下橋ですが、水位もまた低いためでしょうね、屋形船は難なく橋下をくぐり抜けていきます。

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そして、沈下橋としては最下流部に位置する佐田沈下橋です。沈下橋としては最長の橋であり、旧中村市に近い事もあって最もその名を知られた橋であるとされています。

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さすがに長大な橋だけあって、途中ですれ違いが出来る様に所々で幅員が広くなっています。でも、これが夜中だとさぞかし怖い事でしょうね。やはり地元の人専用の道、余所者は無暗に渡らない方が無難かな。

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もっと上流の橋では、沈下橋から川の中に飛び込むといったシーンも見られます。橋の上に腰を掛けて景色を眺めたりといった事も出来る様で、都会では考えられないほど川と親しめる橋なのですね。

車で渡れと言われるとちょっと遠慮したくなりますが、四万十川には無くてはならない景観、それが沈下橋である事は間違い有りません。


2008年8月26日 (火)

夏の旅2008~土佐紀行・四万十川~

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高知旅行の二日目は、四万十川と足摺岬へと向かいます。四万十川は日本最後の清流であると称えられ、また豊富な川の幸に恵まれている事でも知られます。

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2日目と3日目にお世話になったのが高知よさこいタクシーさんで、2日間に渡ってさんざんに走って貰いました。タクシーなんて贅沢だとお思いになるかも知れませんが、一家4人で移動するとなると、鉄道+バスと料金的にほとんど変わらないか、場所によっては安くすらなるのです。しかも、はるかに自由が効くとあっては使わない手はありません。

よさこいタクシーさんにはプランの立案から助けて頂き、料金もかなりサービスしてもらって、とても良くして貰いました。選択肢がいくつかあった中で、ここにお願いして正解だったと思っています。

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まずは高知からひたすら西に向かって走り、窪川から四万十川沿いに河口まで下るというコースを辿ります。

実は20年以上前に高知から中村まで自分の車で走った事があるのですが、とにかく遠かった事だけが印象に残っています。走っても走ってもまだ着かないという感じで、最後はほとほと弱ってしまったのですが、今回は意外な程早く窪川までたどり着きました。やはり高知から須崎まで高速道路が出来ている事が大きい様で、また一般道も昔に比べてずっと整備されており、20年前とは隔世の観がありましたね。

タクシーの運転手さんは、早く中村まで高速道路が延びて欲しいと言ってましたが、確かにそうなれば四万十川も、そして足摺岬もずっと身近な存在になるのかも知れません。

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四万十川と言えばダムの無い川というイメージがありますが、実はそうでは無いのですね。これは上宮にあった警告看板ですが、上流に発電用のダムがあるという事を示しています。調べてみると梼原川という支川に津賀ダム、本川には家地川堰堤があって、決して自然のままの川という訳では無いようです。

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その上宮で咲いていた白百合です。どういう訳か高知の道沿いにはずっと白百合が咲いており、道中の目を楽しませてくれていました。別に高知の花という事でも無いようですが、地域を上げての取り組みなのでしょうか。百合街道と言う程でも無いにせよ、なかなか粋な計らいではあります。

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こちらは鹿の子百合。南国の青空に良く映えていますね。

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今回の四万十川ツアーの起点となった窪川はおおよそ中流域の始まりにあたるのですが、川床にはまだまだごつごつした大岩が転がり、川幅もさほどではありません。それが十和の辺りまで来ると、まだまだ岩場ではあるのですが、川幅がぐっと広まって大河らしい趣を見せ始めます。

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さらに下って岩間まで来ると、大きな岩は姿を消し、荒い砂利が川岸を埋める、ゆったりとした流れに変わります。

こういうところに来るとやりたくなるのが、水面ぎりぎりに石を投げて遊ぶ「水切り」ですね。こういう静かな水面なんて家の近くには有りませんから、息子と一緒になって競争してきました。結果は10回まで跳ねた私の勝ちでしたが、単純に投げる遠投では私の負けで、そろそろ体力だけの勝負では分が悪くなって来ている様です。

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さらに下った三里まで来ると、屋形船が盛んに行き来していました。屋形船に乗ると川を上下するだけでなく、川漁師さんの漁の実演が見られたり、船の中でお弁当を食べたり出来るようですね。これだけゆったりした流れなら船が揺れることもなく、さぞかし気持ちがよい事でしょう。

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さらに下って佐田までやって来ました。かなり河口部にまで近づいているのですが、ここまで来ても水が透き通っているのはさすがと言えましょうか。中流部からずっと続いているのですが、川で泳ぐ人、あるいは魚や海老をとっている人が沢山居て、この川が如何に流域の人に愛され、そして親しまれているかが良く判ります。

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ただ、ずっと走ってきて気付いたのは、決して自然が豊かなだけの川ではないという事です。ダムの存在もそうなのですが、沿川のほとんどの土地は開発されており、全くの山間部以外は町並や田畑が広がっていました。つまりは、農業排水や家庭雑排水が川に流れ込んでいるという事であり、そういう点では都会を流れる川と図式は変わりません。それでもこれだけの清流を保っているのは、川に流れ込む負荷の量が川の持つ自浄能力よりも少ないという一点に依るものと思われます。

上流から下流にかけて、この川は瀬と淵が良い具合に繋がっていて、瀬では川水に酸素が溶け込み、淵では負荷物質が沈殿するという浄化作用が十分に機能している様に見受けられました。現状ではこの浄化作用によって清流が保たれている訳ですが、将来に渡って更なる開発が進めばどうなるかは判りません。開発に見合った下水道や浄化槽の整備が行われないと、あっと言う間に都会の川と同様の事が起こってしまいかねない様に思われます。この川の清流は、結構危ういバランスの上に成り立っているのではないでしょうか。

でも、さすがに地元ではそんな事にはとっくに気が付いているらしく、高知県として四万十川の清流を守る取り組みをされていますね。どうかこの取り組みが功を奏し、いつまでも美しい澄んだ水が流れる川であって欲しいと願うばかりです。

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さて、この日の昼食は四万十屋さんで頂きました。地元の川漁師さんが営む料理屋さんなのですね。

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これは四万十うどん。この川特産の手長海老が乗っているのが嬉しいですね。味は濃いめで、いかにも高知らしい味わいです。

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こちらもまた四万十特産のうなぎ、と言いたいところですが、これは養殖ものでした。天然物は高いのですよねえ。それでも、味の方はまずまずでした。

明日は四万十川ならではの沈下橋を紹介します。


2008年8月25日 (月)

夏の旅2008~土佐紀行・ホエールウォッチング~

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今回の高知旅行のメインの一つがホエールウォッチングでした。ホエールウォッチングは6年前に一度体験しているのですが、その時はイルカの大群には逢えたもののクジラとは出会えず、残念な思いをしたものです。以来、いつかはリベンジをと思いつつ、今回やっとその機会を得たのでした。

高知にホエールウォッチングの基地はいくつかあるのですが、選んだのは前回と同じ桂浜です。ここは高知市内から近くで便利な事が第一なですが、船長と案内人である坂本御夫妻が素敵なのですよ。特に奥さんの元気な事!一日中船に揺られながら疲れた様子も見せず、大きな声で乗客に向かって「次、右からクジラが出ますよ!」などと指示を出してくれるのです。帰りのタクシーの運転手さんが、あれが土佐の海の女ですと言ってましたが、私の中では土佐のハチキンとはこういう人の事を言うのだなと勝手に思っています。

この船の名は第28鯨人(くじらんちゅう)丸。時速50kmで海の上を突っ走る高速船です。

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浦戸湾を出た船は一度桂浜の沖合で泊まり、坂本龍馬の銅像を海側から眺めるのが決まりとなっています。確かに海から見る事は希なので写真を撮りたくなるのですが、揺れる船の上からの撮影は容易な事ではなく、前回は完全に失敗、今回もブレブレでとりあえず写っているという状態でした。まあ、こういう景色は記憶に残しておくのが一番だと自分に言い訳をしているのですが、もっと格好良く撮ってみたいものではありますね。

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桂浜からクジラの居るポイントまではノンストップで突っ走ります。この日は午後便でしたので、午前中に見つけて置いたポイントまで迷うことなく一直線でした。これが午前便だと、漁船の情報を頼りにあちらこちらと探し回る事になります。ただし、波は午前中の方が穏やかな事が多く、善し悪しなのですけどね。

事前の情報では5頭のクジラが居るとの事で期待は大いに高まりました。船で走る事1時間、ようやくポイントへ到着です。既に各基地からの船が沢山集まっており、それぞれの船の舳先が向いている先にクジラは居ました。

ここで見られるクジラはニタリクジラ。全長14mという大型の髭鯨で、熱帯から亜熱帯にかけて世界中に広く分布しており、中には土佐湾に定住している個体も居るそうです。

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ここから案内人の坂本さんの活躍が始まります。私たちが見えない先から「クジラの潮吹き!」との絶叫があり、その声を頼りに前方に目をやると、確かに水煙の様な潮吹きがありました。初めて見る潮吹きは感動ものでしたよ。

この写真はその潮を吹く鼻の部分です。クジラは全身を現す事はなく、こうして部分、部分を水上に見せてくれるのです。

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坂本さんの絶叫は続きます。次は左に出ますよ!、今は船の下です!とポイントを逃さないところはさすがですね。この写真ではうっすらと水面下の姿が写っているのですが、判るかな。

ただ、失敗だったのは望遠レンズを付けていた事で、船は思った以上にクジラの近くまで寄っていきます。なので、広角寄りのレンズを付けていた方がずっと撮りやすかったでしょうね。惜しい事をしたな。

あと、PLフィルターを付けていなかったのも失敗でした。すぐ水面下をクジラが通る事があるのですが、その時フィルターを付けていればその姿を鮮明に写せていたかも知れません。これも残念だったのですが、揺れる船の上ではレンズ交換もフィルターの装着も容易な事ではないので、断念せざるを得ませんでした。

ところで、ホエールウォッチングの大敵は天候と船酔い。天候が悪い時、特に波が高いと船は出ませんし、何とか出れたとしても今度は船酔いとの戦いとなります。この日がまさにそうで、欠航ぎりぎりの髙波でした。

高速で走っている時はそうでも無いのですが、ポイントで泊まった後は波にさんざん揺さぶられる事になります。近くの船を見ていると判るのですが、ほとんど転覆するのではないかと思える程船は傾いていました。まあ、これは船の初心者が思った事で、実際には大した事はないのでしょうけど。

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結果として私は船酔いにやられてしまい、ポイントでの大半の時間はへたばったままでした。これらの写真はヘロヘロになる前に撮ったものなのですが、船尾で呆然と座っている間にもクジラは何度となく姿を現し、親子揃って船の横を泳ぐなど迫力のある光景をみせてくれていたのに、シャッターを押せなかったとは何とも残念な事です。

ただ、家族は口を揃えて面白かったと言ってくれたのが何よりの救いですね。私としても悔しくはあるのですが、念願のクジラと出会えた事は確かであり、それなりに満足しています。でも、出来ればもう一度リベンジしたいなあ。今度は体調を整えて、食事を早めに済ませ、酔い止めも早めに飲んで、万全の態勢で臨みたいですね。そうして、心ゆくまでクジラを見ていたいものだと思ってます。

2008年8月24日 (日)

夏の旅2008~土佐紀行・竹林寺~

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竹林寺は牧野植物園のすぐ隣にあり、南門から出ると目の前に仁王門が聳えています。四国霊場第三十一番札所として知られ、この日も大勢のお遍路さんがこの階段を登って行きました。

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竹林寺の起源は724年(神亀元年)と古く、聖武天皇の勅願により行基によって開かれたとされています。聖武天皇が中国の五台山に登って文殊菩薩から教えを受けるという夢をご覧になった事から、日本においても五台山に似た地を探し出して文殊菩薩を祀る様に命じられ、土佐にあったこの地が選ばれたのでした。

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竹林寺は江戸時代に土佐藩主の帰依を受けた事から寺運が隆盛し、土佐における宗教の中心地として栄える事となりました。そういう歴史を背景としているせいでしょうね、境内はとても整備されており、古寺にふさわしい風情にあふれています。

階段を登り切ったところで最初に目に入るのがこの五重塔です。この寺にはかつて古塔があったのですが、明治32年に倒れたままになっていました。その後、塔の再建がこの寺の悲願となっていたのですが、昭和55年に至ってようやく再建に漕ぎ着けたのがこの五重塔なのですね。最近の再建ながら総檜造の本格的な塔であり、かっちりとした造りで端正な印象を受ける姿です。

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本尊の文殊菩薩を祀る本堂です。第2代の土佐藩主である山内忠義の寄進に依るもので、柿葺の屋根故かどこか軽快な感じを受けます。

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竹林寺には弘法大師が修行したという由緒があり、その事から四国霊場の一つとして数えられています。これはその弘法大師をお祀りする大師堂で、やはり山内忠義の寄進によって建てられました。お遍路さんがまずお参りするのはこちらなのですね。

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もう一つ、竹林寺には優れた庭園があると聞いていたのですが、残念ながら時間が無くて拝観する事が出来ませんでした。夢窓国師の作と言われ、高知三名園の一つとされているそうなので楽しみにしていたのですが、またこの次に来る時の楽しみとして取っておく事にします。

本当にここは良いお寺で、とても落ち着いた気持ちの良い境内でした。牧野植物園と共に、何度でも来たくなる場所の一つですね。

2008年8月23日 (土)

夏の旅2008~土佐紀行・牧野植物園~

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今回高知へは空路で入りました。時間の効率と体力面を考えての事ですが、飛んでいる時間はわずか45分と、当然の事ながら鉄道に比べて圧倒的に速いですね。

乗ったのは何かと話題の多いボンバルディアDHC8‐Q400。短い滑走路で離着陸が出来る、ジェット機並のスピードと乗り心地を持つ、低騒音であるなど非常に優れた機体とされますが、反面トラブルが多い事でも知られます。

前輪が出ずに胴体着陸を行った事は記憶に新しいのですが、その舞台となったのがこの高知空港でした。後でタクシーの運転手さんに「度胸があるね。」とひやかされてしまいましたが、高知ではこの機種に対する不安の声が大きい様ですね。

乗機前には前輪が無事に出ます様にとお祈りしていたのですが、飛行は快調そのもので何のトラブルもなくフライトを終えてくれました。ただ、大阪に帰ってから新聞で知ったのですが、この数日前に同一機種でエンジントラブルが発生していたらしく、点検の結果2機で不具合が見つかったそうです。その内の一機がANAで、それを知っていたら不安はさらに増していたでしょうね。

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高知空港では、龍馬の銅像が出迎えてくれました。高知はどこへ行っても龍馬一色で、銅像もあちこちにありますね。一昨年の大河ドラマで話題となったはずの一豊と千代でさえも、龍馬の前では影が薄かったです。

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その高知空港の愛称が「高知龍馬空港」。人名を付けた空港としては日本初なのだそうですね。確かに一県を1人の人物が代表する例など、他にはちょっと無いかも知れません。

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高知で最初に向かったのは牧野植物園でした。高知に来るのはこれで4回目になるのですが、ここに来るのは初めてです。

日本の植物分類学の父と呼ばれる牧野富太郎氏の業績を顕彰した植物園で、6haの園内に3000種類の植物が植えられています。何と言っても牧野博士に関する展示が見所で、記念館を見るだけでも相当な時間を要します。

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牧野植物園は、五台山という山の上に存在します。このため園内は起伏に富んでおり、平地の植物園にはない変化のある展示が楽しめる様になっています。

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ただ、今の時期はやはり花の数は少なく、ちょっと寂しい園内でした。一番鮮やかだったのは、ここでもやはり百日紅でしたね。

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芙蓉もまた花盛りでした。これはたぶん酔芙蓉かな。

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これだけ美しく咲いたミソハギを見るのは初めてかも知れません。後日訪れた播磨屋橋でも綺麗に咲いていましたよ。

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そして、五台山に自生し、牧野博士が新種として発表したというビロードムラサキです。コムラサキを少し大きくした様な花で、上品な色合いが良い感じですね。

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この日は食虫植物展が開かれていたのですが、時間の関係で見る事が出来ませんでした。ここはとても素敵な場所で、出来ればもう一度訪れてじっくりと見てみたいですね。もしも高知に住んでいたら、何度も通うお気に入りの場所になっていたに違いないでしょう。

明日は五台山の名の元となった竹林寺へと向かいます。

2008年8月22日 (金)

夏の旅2008~阪神・横浜戦@京セラドーム大阪~

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2008年夏の旅は高知旅行と前振りをしておきながら何なのですが、その前に京セラドーム大阪における阪神・横浜戦の観戦から始まります。まあ、ずっと以前に予約を取ってあった野球観戦に高知旅行をくっつけたというのが正しいのですが、我が家の夏休みとしては目一杯豪華に仕立ててみたという次第です。

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オリンピック組が抜けてからというもの、阪神タイガースのこの日(平成20年8月17日)までの成績は2勝7敗という惨憺たるもので、これほど3人が抜けた穴が大きいとは思ってもみませんでした。確かにこの打線を見ると、新井の不在は如何にも痛いですね。

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この日の先発は3ヶ月ぶりの登板となった杉山。背番号18が示す様に本来はエース格としての活躍が期待される選手なのですが、なかなか思う様には働いてくれません。この日も4回途中で4失点と良いところ無く降板、相手ピッチャーにまで痛打される様ではどうしようもありませんね。何とか一本立ちして欲しいところなのですが...。

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初回、いきなり赤星が出塁して期待を持たせたのですが、後続がなく無得点。後から振り返ると、この免機が痛かった。

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杉山の後を受けたのは同期入団の江草。打者1人を三振に取って、後続を断ってくれました。次の回は渡辺(冒頭の写真)が投げ、ランナーを出しながらも0点に抑えて反撃を待つ態勢を維持してくれます。

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そして、4点のビハインドの中登板したのが久保田でした。言わずと知れたJFKの1人で、前半戦の阪神の快進撃を支えた立役者です。しかし、オールスターの前あたりから陰りが見え始め、このところどうにもぴりっとしない。この日もだめ押しとなる1点を取られてしまい、勝負の行方を事実上決定付けてしまいました。藤川が居ない中、この人に頑張って貰わないと困るのですが、どうにかならないかしらん?

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このところ、先発から中継ぎに回っているアッチソン。長いイニングだと途中で崩れる不安が有りますが、短いイニングだと安心して見ていられます。

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そして、最後には4点のビハインドなのにウイリアムスを投入してきました。絶対に負けたくないという意思表示なのか、それとも調整登板だったのか。フォアボールのランナーを出しながらも2三振を奪って0点に抑えたのは、さすがの貫禄と言えましょうか。

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京セラドーム大阪は、3塁側まで阪神ファンでびっしりと埋め尽くされていました。横浜ファンはレフトスタンドの一角に居たのですが、この日ばかりは横浜の応援だけが威勢良く響きます。

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阪神ファンが盛り上がったのはわずかに8回のみ。パルディリスと狩野の連続2塁打で1点を返したのがやっとでした。

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我が家が贔屓している林は、この日1安打。怪我が多いのが気になりますが、5番に定着してくれればこれほど心強い助っ人はありません。

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この日は、吉見1人にやられたと言っても過言ではありません。投げては8回1失点の好投、打っては3安打1打点の大活躍です。何でこの日が初勝利なのか、不思議でなりませんね。

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そして、阪神の大黒柱である金本。残念ながらこの日は良いところが無く、最後も金本の三振でゲームセットでした。

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終わってみれば5対1。ヒット数も14対4では勝てるはずもないですよね。

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色々と不満の残る試合でしたが、それでも家族揃っての観戦は楽しいもので、旅行初日としてはまずまずでした。

阪神はその後3連勝で盛り返したし、オリンピック組が帰ってくればさらに調子が上がる事でしょう。今年はもう球場に行く予定はありませんが、日本一になるまでテレビの前で応援したいと思っています。

2008年8月21日 (木)

夏の旅2008

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果てしなく続く水平線。


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日本最後と謳われる清流。

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祈りを込めて歩き続ける巡礼。

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千代と一豊が築き上げた名城。

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2008年夏の旅は土佐の国、高知です。ここは海、山、川、歴史と見所が沢山。とても3日間では回りきれるところでは無いのですが、それでも目一杯欲張った旅をして来ました。

今日はまずはイントロダクションまで。明日から旅行記を掲載する事といたします。

2008年8月16日 (土)

更新停止のお知らせ

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今年も大文字の送り火の日を迎えました。六道珍皇寺の迎鐘でお迎えした先祖の霊を、再びあの世へ送るために灯される信仰の火です。今年は残念ながら見に行く事が出来ないので、昨年京都御苑で撮った送り火を掲げておきます。こうしておかないと、お精霊さんを迎えっぱなしという事になってしまいますからね。

送り火が灯されると京都の夏も盛りを過ぎます。子供達の夏休みも終盤に差し掛かり、宿題の残りが気になる頃でしょうね。暑い夏を乗り切るまでもう少しの辛抱かな。

さて、当ねこづらどきですが、暫くの間更新を停止します。再会は8月21日の予定で、今年も旅行記をアップするつもりです。天気がちょっと気になるのですが、良い旅行になるかしらん?

この間のコメントへの返事およびTBのアップも21日にまとめて行いますので、なにとぞご了承下さい。

今後とも「ねこづらどき」をよろしくお願いいたします。

2008年8月15日 (金)

京都・洛東 百日紅2008~清水寺~

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平成20年8月9日の清水寺です。青空を背景に夕陽に映える仁王門ですが、実はこの直前まで雨が降っていたと言っても信じられないでしょうね。晴れているのに突然雷が鳴り、どこに雲があるのかと思う内に雨が降って来るという、実に訳の判らない天候の一日でした。

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その清水寺で咲いていた百日紅です。花数が少なくなるこの時期、百日紅は嬉しい存在ですよね。

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場所は随求堂の北西隅、絵馬架けの裏手になります。絵馬が珍しいのか外人さんに人気のスポットで、ここで写真を撮っているといつの間にか周囲を外人さんに囲まれているという事も少なくありません。

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まだまだこれからという百日紅が多い中、ここの花は良く咲いています。この鮮やかな色とボリューム感がこの花の持ち味ですね。

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もう一つの百日紅のスポットが、池のほとりにあります。ここから見上げた三重塔とのコラボレーションが素晴らしいのですが、残念ながらまだ花が盛りを迎えていませんでした。そのせいもあって、少し寂しい印象になってしまいましたね。

もう少し経つと花も咲き揃い、絶好のビューポイントとなる事でしょうね。

2008年8月14日 (木)

京都・洛東 百日紅2008~東景寺~

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京都・下河原にある東景寺の百日紅が咲いています。

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ここは隠れた花の寺なのですが、中でも門前の百日紅が一番美しいですね。

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昨年の9月初めに撮った時は満開だったのですが、今年の8月9日現在ではまだまだ物足りないところでした。つぼみが沢山あったので、これから段々と充実していくのでしょうね。秋風が吹き始める頃、もう一度訪れて来たいと思っています。

2008年8月13日 (水)

龍の巣

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この夏は局地的に大雨を降らすゲリラ豪雨が話題になっていますが、その正体を初めて外から見る事が出来ました。それがこの巨大な積乱雲です。ラピュタに出てきた龍の巣にそっくりでしょう?

見ていた場所は高台寺の駐車場で、雲があるのは枚方から高槻方面にあたります。この写真には写っていませんが、低く垂れ込めた雲の下には何本もの稲妻がきらめき、雷雨になっている事が見て取れました。実際、我が家に電話を入れてみたのですが、電話越しにもすさまじい雷鳴が轟いており、土砂降りの雨の中一帯が停電しているとの事で、まさしくゲリラ豪雨そのものでした。

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その20分程前の画像がこれで、よく見る程度の夏雲ですよね。それがあっと言う間に巨大化して豪雨を降らせたという訳ですが、この時よほどの上昇気流が生じていたのでしょうか。

そして、その時の京都の様子は昨日アップしたとおりで、見事な夕陽に染まった青空が広がっていたのでした。この雨が如何に局地的なものか判るというものでしょう?さすがに夜になるとこの雲から流れてきた雨雲が広がってにわか雨を降らせたのですが、それほど強い雨ではなく、小一時間で止んでしまいました。

夕立は馬の背を分けると言いますが、その境目がこれほどはっきりしているという事を、はじめて客観的に見た様な気がします。

それにしても、昔の夕立はこれほど強烈ではなかったのではないかしらん?あたかも熱帯のスコールの様なもので、いよいよ日本の亜熱帯化が本格化して来た様な気さえしますね。ただの取り越し苦労だとよいのですが。


2008年8月12日 (火)

京都・洛東 夏の東山~八坂の塔・夕景~

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平成20年8月9日の京都は概ね好天に恵まれていたのですが、突然前触れもなく大粒の雨が降り出すという不安定な空でもありました。それでも夕暮れ時には空も晴れて綺麗な夕焼けとなったのは幸運だったかな。

せっかくの夕陽なので八坂の塔とのコラボレーションを目指したのですが、生憎良い角度の場所が見つけられなかったので、赤く染まった街角とのコラボレーションに切り替えて撮ってみました。これは龍馬坂からの景色なのですが、京都らしい情緒を感じていただけるでしょうか。

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こちらは高台寺駐車場からの景色です。もう少し赤く染まってくれると良かったのですけどね、道沿いの店が閉まった後の少し寂しい様子が、いかにも夕暮れ時らしくありません事?

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ストレートに夕陽を撮るとこんな感じです。少し右手の山が愛宕山。日々赤く染まるこの山に火伏せの神が宿ると考えられたのも、なるほどと頷る様な景色です。

空高くにはいわし雲も見え、暑い中にも立秋が過ぎた事を実感出来る様な気がします。

2008年8月11日 (月)

京都・洛東 六道まいり~西福寺・六波羅密寺~

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普段は静かな松原通ですが、六道まいりの間は屋台が出揃って賑わいます。水塔婆などお参り用のグッズや仏事関係の屋台が主なのですが、中には普通のお祭りと同じく食べ物関係の屋台もあって結構楽しめます。

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そして、六道の辻と言えばやはり幽霊子育て飴ですよね。以前はもっと東の坂の途中にあったのですが、今は六道の辻の交差点に移っています。普段は夕方には閉められているのですが、やはりこの時期はお参りに合わせて夜遅くまで開けられている様ですね。

私も一袋買って帰ったのですが上手く写真が撮れなかったので、パッケージと中身は「徒然なるままに」の写真を参考にして下さい。

味の方は懐かしくなるというか、昔ながらの純粋の飴ですね。余計な添加物が入っていない分、後味まですっきりとしていますよ。

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その六道の辻の角にあるのが西福寺。現在は浄土宗の寺ですが、起源は古く平安時代の初めに弘法大師が建てたという地蔵堂にまで遡ります。嵯峨天皇の后である檀林皇后がこの地蔵堂に深く帰依し、息子である正良親王が病に罹った際に病気平癒を祈願したところ、たちまちにして治ったという伝説があるところから、子育て地蔵と呼ばれています。西福寺となったのはずっと下って江戸時代になってからの事でした。

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この西福寺でも精霊迎えの行事が行われており、期間中本堂には「六道十界図」や「壇林皇后九相図絵」などが掲げられます。そして訪れた時には、参拝者に対してそれらの絵を元にして説法をする「絵解き」が行われているところでした。出来れば私も参加したかったのですが、折悪しく雨が降り始めてしまい、雨宿りをする人達で境内が溢れてしまったために居場所がなくなり、やむなく断念しました。

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西福寺を出て六波羅蜜寺へと向かいます。ここでもまた萬灯会として精霊迎えの行事が行われており、信心深い人は、3つの寺を全て回られる様ですね。

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右手のガラス窓のところに迎鐘があります。やはりここも六道珍皇寺と同じく綱を曳いて撞く鐘で、同様にかなり重いので上手く鳴らすにはコツが要ります。ただ圧倒的に空いているので、行列が嫌な人はここに来るのが良いでしょう。

ちなみに軒下に人が集まっているのは急な雨が降り出したからで、せっかく地面に蝋燭で描かれた絵も半ば消えかかっています。

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本堂では大の字の形をした灯明台が置かれており、また周囲には灯明皿の中に大の字の形に灯心を敷き、それぞれの端に火を灯したものを四壇ずつ百八つ献灯されています。これが萬灯会で、五山の送り火の原型になったと六波羅蜜寺のホームページには記されていますね。

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六波羅蜜寺を出た後は、さらに南に下って五条通を目指します。ここでは六道まいりに合わせて陶器まつりが開かれているのです。

陶器まつりとは、文字通り陶器を売るためのお祭りで、五条大橋から東大路通までの間の歩道沿いにびっしりと露店が建ち並び、清水焼を主体として陶器商や陶芸作家が店を出しているのです。

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値段は普段よりもかなり安いと言いますが、なるほどピンらかキリまで色々とありますね。やはり、これはと思う物はそれなりの値段が付いていますが、交渉次第では値引きもしてもらえる様ですよ。特に目的が無くても商品を眺めて歩くだけでも楽しいのですが、ここでも生憎の雨に祟られてあまりゆっくりと出来なかったのが残念です。

次の機会にはじっくりと見て歩き、お気に入りを探し出してみたいものだと思っています。

2008年8月10日 (日)

京都・洛東 六道まいり~六道珍皇寺~

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お盆の始まりにあたり先祖の精霊を迎える行事、それが六道まいりです。別名「お精霊(しょらい)さん」とも言い、京都では千本えんま堂と六道珍皇寺を中心とした六波羅の二箇所で行われています。今回は東山にある六波羅の方にお参りをしてきました。

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六道珍皇寺のある六道の辻は鳥辺野墓地の入り口にあたり、昔からこの世とあの世と境界とされてきました。そしてもう一つ、この寺には小野篁が地獄への通路としていたという井戸があり、先祖の霊を迎えるにはこれ以上ないという位、相応しい場所なのですね。

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参拝者はまず水塔婆を買い求め、そこに迎えたい祖先の戒名又は俗名を書いて貰います。

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次いでお迎え鐘を二度撞きます。撞くと言うより綱を曳いて二度鳴らすのですが、この鐘の音によって精霊がこの世に導かれるという訳ですね。

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そして、線香の煙で水塔婆を清めてからお地蔵様の前に奉納し、高野槙で水を掛けてお祈りをすると一通りの儀式が終わります。

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六道まいりは8月7日から10日まで行われるのですが、その間は普段は閉じられている焔魔堂の扉が開かれ、中にある閻魔像と小野篁の像を拝観する事が出来ます。

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これが小野篁の像なのですが、わりと理性的と言いますか、およそ地獄とこの世を行き来していた人物とは思えない、ごく普通の人の様に見えますね。だから余計に凄味があったのかも知れませんが。


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こちらは、仏界から地獄界までの世界を表した十界の図。一番上の半円が人生の山坂を表し、それを越えたところで閻魔大王の裁きがあるという訳ですね。そして下部には八大地獄が描かれており、これが見るからに恐ろしい。こんな所には落ちたくないと思う訳で、やはりこういうものは必要なんですね。

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松原通から境内にかけては夜店が建ち並び、主としてお盆のグッズが売られています。中でも目を惹いたのがホオズキですね。漢字で書くと鬼灯となり、灯明の代わりとして仏前にお供えするものです。つまり、ここで呼び出した精霊を家までお迎する時の目印となる訳ですね。

明日は六道まいりの続きとして、松原通を西に下がります。

2008年8月 9日 (土)

京都・洛東 夏の東山~石塀小路~

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夏の石塀小路らしい風景を求めてやってきたのですが、期待していた芙蓉が見つからず、代わりに咲いていたマツバギクを撮ってきました。夏に咲く花には違いないですが、夏の光景とまで言い切るのは少し無理があるかな。

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そこに飛んできてくれたのがヤマトシジミです。まあ、どこにでも居る蝶ではあるのですが、やはりそのサイズ故か可愛いものですよね。それに他の蝶と違って、かなり近づいても逃げないのが嬉しいです。

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夏の昼下がりの石塀小路には歩く人も希で、静かな蝉時雨だけが響いていました。誰も知らない石塀小路の顔の一つです。

2008年8月 8日 (金)

京都・洛東 夏の東山~一念坂・二年坂~

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一念坂で見かけた木槿です。この花も夏を連想させてくれる花ですよね。

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工事が続いていた一念坂も、今ではすっかり石畳に戻っていました。やっぱりこの界隈はこうでなくちゃね。

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新しい石畳は、以前と比べると白っぽくなってしまったのかな。やたらとマンホールが目立つのは、近く実施されるであろう電柱の撤去に伴い、メンテナンスを必要とする地下埋設物が増えるせいなのでしょうか。

今はなんとなく違和感を感じるマンホールと石畳の道ですが、また何十年も経過して行く内にきっと周囲に溶け込んで、なじんで行く事でしょうね。

2008年8月 7日 (木)

京都・洛東 2008年夏の東山~三年坂~

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三年坂で見かけた托鉢僧です。無茶苦茶に暑い中、本当にご苦労様ですね。

その姿を見つけて大喜びだったのが外人さん達で、女性の方がさっと横に並んでツーショットに収まろうとしているところです。この写真には写っていませんが、左の方にはカメラを構えた男性が立っていました。彼女達にとっては、さぞかしエキゾチックな光景に見えている事なのでしょうね。

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坂の途中にあったカンナの鉢植えです。カンナと言えば背丈ほどもある大型の植物を思ってしまいますが、こんな小型の品種もあるのですね。この赤い色が、いかにも夏の盛りを思わせてくれます。

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二年坂がいち早く石畳を復元したのに対して、三年坂は依然としてアスファルトのままです。まあ、工事の進捗に違いがあるからなのでしょうけど、この黒い道にも少し飽きてきました。早く元の石畳に戻ってくれないものかしらん?

情緒が無いのはもちろんなのですが、照り返しがきつ過ぎるのもちょっと堪りませんからね。

2008年8月 6日 (水)

京都・洛東 百日紅2008~八坂の塔~

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今年も八坂通の百日紅が咲き始めています。ここは毎年夏になると素晴らしい花が咲き、八坂の塔との見事なコラボレーションを楽しませてくれる嬉しい場所です。

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ようやく見頃になりかけたところで、まだまだ盛りとは言えない咲き方ですが、インパクトのある花色のおかげで今でも十分に楽しむ事が出来ます。

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ここは、いつも八坂の塔とどう絡めて撮るかと迷う所なのですが、今年は塔に脇役になってもらい、花の方を主体にしてみました。これは花の真下に入ってあおり気味に撮ってみたのですが、少し花数が足りないかな。

百日紅の盛りはまさにこれから、秋が本格化する頃までは見られる事でしょう。東山に行かれる事があったら、是非この場所を訪れてみて下さい。


2008年8月 5日 (火)

京都・洛東 芙蓉2008~法住寺~

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法住寺の芙蓉が咲き始めています。ここは春の梅が見事な寺ですが、夏の芙蓉も捨てがたいものがある所です。

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今咲いているのは門の北側、やや奥まった場所にある芙蓉です。まだ咲き始めたばかりの様で、花数はまだまだ少ないですね。これから秋にかけて、だんだんと見頃になっていくものと思われます。

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門を入ってすぐの御堂の前には、鉢植えの桔梗が置かれていました。智積院の様な圧倒的な数の咲かせ方も良いですが、どこか儚げな風情を感じさせる一株の花もまた、桔梗らしくて良いものだと思います。

2008年8月 4日 (月)

京都・洛東 蓮2008~智積院~

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平成20年8月2日現在の智積院の蓮です。今年はいつもの年と様子が違い、主として東側の池で八重咲きの花が綺麗に咲いていました。

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例年なら不動堂の北にある蓮池を埋める様にして一重の花が咲いているのですが、今年は池をさらったのでしょうかずっと株が減っており、かなり寂しい状態になっています。代わりに少し増えていたのが八重咲きの花という訳で、数はまだまだ少ないものの、豪華さでは去年より優っていますね。

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なぜこうなったのかは判りませんが、一連の庭園整備と関係があるのでしょうか。以前の蓮池は沢山の花が咲いて見応えはあったのですが、庭園として見ると葉が茂りすぎており、決して美観とは言えなかった事は確かです。そこで少し整理をした上で、見栄えのする花を増やしたという事なのかも知れません。

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まあこれは勝手な推測でして、本当の理由は智積院に問い合わせてみなければ判らないでしょう。ただ、去年までの奔放な蓮池もまた捨てがたい味があった事も確かです。

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その蓮が減った部分には、この鮮やかな花を咲かせた睡蓮の鉢が置かれていました。私が庭園整備の一環かも知れないと思ったのはこの花を見たからで、なるほど庭園としてはこの方が見栄えがするのかも知れません。

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夏の智積院のもう一つ花である桔梗は、既に盛りを過ぎていました。大半の花は終わっているのですが、それでもまだいくつかの花は見る事が出来ます。

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秋の七草の一つに数えられる桔梗ですが、本当の盛りは6月から7月に掛けての事で、今年の智積院では6月の半ば頃が最も見頃でした。

花期の長い花なのでこれからも少しずつながら咲き続け、9月の半ば頃までは見る事が出来るでしょう。その頃には秋の七草にふさわしい、少し寂しげな花として感じられるものなのかも知れません。

2008年8月 3日 (日)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~滝口寺~

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祇王寺の門前の坂道をさらに登ると、また新たな門に出会います。それが滝口寺、平家物語に題材を採った高山樗牛の小説「滝口入道」にちなんだ寺名を持つ浄土宗のお寺です。

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この季節でも祇王寺を訪れる人は結構居たのですが、その隣にある滝口寺まで足を運ぶ人はごくわずかの様でした。実際、私が入って境内を一回りしている間に出会った人は皆無で、わずかに帰りがけに門前ですれ違った人が1人居ただけです。それだけ知名度に差があるという事なのでしょうか。

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滝口寺は、元は往生院三宝寺という名の寺でした。明治維新の際に一度廃寺になっており、隣の祇王寺の再建に続いてこの寺もまた復興され、その時に新たに滝口寺と命名されています。

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「滝口入道」は平家物語にある滝口入道(斉藤時頼)と横笛の悲恋を題材にした小説で、その舞台となったのがこの寺だったと言われています。

「滝口」とは清涼殿の北にある警備のための詰め所の事で、斉藤時頼はそこに勤める滝口の武士でした。彼の主人は平重盛だったのですが、ある日西八条殿で開かれた花見の宴に出た時、建礼門院の雑仕女であった横笛を見初め、恋文を送る様になりました。二人は逢瀬を重ねる様になったのですが、ところがこれを知った時頼の父が、名門に連なる身でありながら身分の低い女に思いを馳せるとは何事かと時頼を叱りつけます。時頼は、この恋にうつつを抜かす事は、自分を信頼してくれている重盛に対する裏切りでもあったと考え、嵯峨野の往生院に入って出家をしてしまいました。

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時頼が出家した事を知った横笛は、彼を追って嵯峨野を訪れたのですが、どこに居るか判らないままにあちこちを探しあぐねます。そして日の暮れかかる頃、ようやく読経を上げる時頼の声に気付いてその庵を訪ねました。時頼は驚きあきれ、彼女を哀れに思いつつも、既に入道した身であり、いま会う事は修行の妨げになると、心を鬼にしてその様な者は居ないと同宿の者に言わしめました。横笛は、自分の本当の気持ちを知って貰いたい一心で、指を切って流れる血で近くの石に和歌を認めます。

山深み 思い入りぬる柴の戸の まことの道に我を導け

横笛はこの歌を残して嵯峨野を去り、大和の法華寺で出家したとも、世を儚んで大堰川に身を投げたとも伝わります。

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一方の時頼は、横笛に居場所を知られた以上ここには居られないと思って高野山に移り住み、その後は修行に励んで高僧と呼ばれるまでに至りました。そして、かつての主人である重盛の子・維盛の入水に立ち会う事になるのです。

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現在の滝口寺では、本堂において滝口入道と横笛の像が仲良く並び、境内には平家一門の供養塔、それに重盛を祀った「小松堂」などを見る事が出来ます。

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そして滝口寺には、もう一つの悲恋がまつわります。

南北朝の武将である新田義貞は、鎌倉幕府を倒した恩賞にと、後醍醐天皇から一条家の娘である勾当内侍を授けられました。勾当内侍を妻に迎えた義貞は、彼女を可愛がるあまりにある失策を犯します。足利尊氏が京を落ちる時、義貞は追い打ちを掛ける様に命じられたのですが、勾当内侍との別れを惜しんでいる内に戦機を失い、尊氏を九州に逃してしまったのです。

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その後、義貞は越前にて足利軍と争い、敗れて獄門に架けられてしまうのですが、それを知った勾当内侍が彼の首を取り返し、嵯峨野の地に埋めて生涯その霊を弔ったと伝わります。二つ上の写真が義貞の首塚で、上の写真が勾当内侍の供養塔と言われます。

二人の関係が史実かどうかは実は疑わしい所なのですが、ある意味歴史を動かした恋として語り継がれている事には違いなく、この寺は二つの悲恋の舞台となった希有な場所という事になるのですね。

滝口寺は境内に楓樹が多く、紅葉が見事な場所でもあります。隣同士にありながら、わずかに標高が高いせいでしょうか、祇王寺よりも一足早く紅葉が始まると言われ、嵯峨野の隠れた名所の一つとなっています。今年の秋には、是非訪れてみたいと思っているところです。

2008年8月 2日 (土)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~祇王寺~

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鳥居本から嵐山に向けて引き返し、二尊院の手前で道を右手に入ると、奥まった場所に茂みに隠れる様にして小さな坂道が見えてきます。その坂を少し上がったところにあるのが祇王寺、平家物語に記された哀れな女性達に縁を持つお寺です。

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祇王は平家全盛の頃、都にあった白拍子でした。その美しさが時の権力者清盛の目に止まり、やがてその寵愛を受ける様になります。祇王はその妹祇女と共に西八条の館に住んでいましたが、ある時仏御前という白拍子が、舞をご覧に入れたいと清盛を訪ねてきました。

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清盛は仏御前を門前払いしようとしたのですが、祇王がこれを取りなしので、仏御前は清盛の前で舞う事が出来ました。すると、その舞のあまりの見事さに心を奪われた清盛は、あろう事か祇王を追い出し、仏御前をその代わりに手元に置いたのでした。祇王はせめてもの形見にと、

「萌えいづるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋にあわではつべき」

という歌を障子に書き記して、館を去って行きます。

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ところが清盛は、傷心の祇王にさらに追い打ちを掛けるような仕打ちをします。仏御前が退屈しているからと祇王を呼び出し、仏御前の為に舞う様に命じたのです。清盛の権勢の前には抗するすべもなく、祇王は館に出掛けて行き、見事に舞って見せました。しかし、もはや都に住んでいる事は出来ないと思い定めた祇王は、その母と妹を伴い、嵯峨野の地に庵を結んで出家してしまいます。

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念仏三昧に明け暮れる祇王親子でしたが、ある日1人の女性が訪ねてきます。誰かと思うに、あの仏御前でした。彼女は祇王の残した歌を見るにつけ祇王の不幸を思い、明日は我が身かと無常を感じて館を抜けて来たのでした。その後4人は仲良く暮らし、やがて往生の本懐を遂げたとされています。

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祇王の住んだ地はやがて浄土宗の往生院という大きな寺の境内の一部となったのですが、その往生院もいつしか衰えて、小さな尼寺として残りました。その尼寺が後に祇王寺と呼ばれる様になったのですが、明治の廃仏毀釈によって廃寺とされてしまいます。

残された祇王、祇女、母刀自、仏御前の木像、及び彼女たちの墓は大覚寺に保管されていたのですが、明治28年に故地に再建され、これが現在まで続く祇王寺となりました。この事から今は大覚寺の塔頭となっており、真言宗の寺なのですね。

境内には祇王親子の墓が戻されており、写真左の宝筺印塔がそれですね。そして、右の五厘塔は清盛の供養塔と言われます。

祇王寺は、秋の紅葉が特に美しい事で知られています。しかし、この時期の青紅葉と苔のコラボレーションも素晴らしく、紅葉に引けを取らない美しさがあります。今ならさほど人出で混む事もなく、静かに祇王に思いを馳せる事が出来ますよ。ここは夏の嵯峨野路のお薦めの場所の一つだと思います。

2008年8月 1日 (金)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~化野念仏寺~

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鳥居本の中程にある寺が化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)です。いわくありげな名ですが、

「あだし」とははかない、むなしいとの意で、又「化」の字は「生」が化して「死」となり、この世に再び生まれ化る事や、極楽浄土に往来する願いなどを意図している。(パンフレットより抜粋。)

との事であり、この地がかつて風葬の地であった事に由来しているのでしょうか。

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寺の起こりは、弘法大師が五智山如来寺を建立し、野ざらしになっていた遺骸を集めて供養した事に始まるとされます。後に法然が念仏道場を開き、浄土宗の寺となりました。本尊に湛慶作と伝わる阿弥陀如来を頂き、奥嵯峨一円に散らばっていた無縁仏を集めた西院の河原が有る事で特に知られています。

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この寺でもう一つ有名なのがこの竹林でしょう。とても手入れの行き届いた竹林で、ドラマのロケにも良く使われています。この竹に覆われた小径をご覧になった事がある人も多いのではないでしょうか。

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そして化野念仏寺と言えば、千灯供養ですよね。地蔵盆の夜にこの西院の河原に無数の蝋燭が灯され、無縁仏の供養が行われます。その幻想的な光景が人気を呼び、今では京都の夏の終わりを告げる風物詩として知られる様になっています。

毎年8月23日と24日に行われるのですが、今年は土日に重なる事からきっと多くの人で賑わう事でしょうね。私も出来る事なら行ってみたいと思っているところです。

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ねこづらどき

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