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2008年7月

2008年7月31日 (木)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~鳥居本~

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清涼寺から北西へ向かい、愛宕街道に入ります。道は次第に坂道となり、やがて行く手に赤い鳥居が見えてきました。これが愛宕神社の一の鳥居で、この鳥居ゆえに付近一帯は鳥居本と呼ばれています。

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鳥居本にはかやぶき屋根の家が多く残り、昔ながらの嵯峨野らしい佇まいを止めている事から「京都市嵯峨鳥居本伝統的建造物群保存地区」に指定されていて、中でも一の鳥居を挟んで建つ2軒の鮎料理の店が有名ですね。

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こちらは「鮎茶屋 平野屋」。400年の歴史を持つという茶屋で、鮎の問屋だった事もあるそうです。鮎料理のほか、四季の山菜を使った料理、牡丹鍋、鹿料理などもある様ですね。そう言えば鹿料理なんて食べた事が無いな。

昼は5000円から、夜は10000円からで予約が必要だそうですが、手頃なおうすや甘酒もあるので雰囲気を味わうだけでも出来る様です。

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こちらが「鮎の宿 つたや」。やはり創業400年を数えるという茶屋で、保津川で獲れた鮎を都に運ぶ時にこの付近の清流で水替えをしていた事から鮎料理と縁が深まり、いつしか名店と呼ばれる様になったとの事です。

懐石は昼8000円から、夜は15000円からとなっており、どちらも予約が必要です。手軽なところでは笹寿司1500円がありますね。

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この道が愛宕街道。この道沿い600m程が保存地区になっており、奥嵯峨の風情を求めて多くの観光客が訪れます。この日も灼熱の炎天下にも係わらず、沢山の人が来ていた事には少し驚きました。

困るのはこの狭い道を車がひっきりなしに通る事です。この日はレンタサイクルを借りていたのですが、場所によってはすれ違うだけでも困難なところがあり、かなり危ないですね。真夏でこれだから秋はもっと凄いのだろうな。

相当な混雑が予想されますが、やはり秋の紅葉の時期に来てみたい場所ではありますね。

2008年7月30日 (水)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~清涼寺~

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落柿舎から東に向かうと、やがて大きな仁王門の前に出ます。それが清涼寺、通称「嵯峨釈迦堂」と呼ばれて親しまれている浄土宗のお寺です。

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この地には、かつて源融の別荘・栖霞観(せいかかん)がありました。融の一周忌(896年(寛平8年))に、その子息が阿弥陀三尊像を安置した阿弥陀堂を別荘内に建立して寺に改め、棲霞寺と号しました。下って945年(天慶8年)に、重明親王妃が棲霞寺の境内に新堂を建立し、藤原氏に寄進されています。このとき、等身大の阿弥陀如来像を安置され、一説にはこれが「釈迦堂」の名の起こりではないかと言われています。

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さらに下って、奝然(ちょうねん)という東大寺出身の僧が居ました。宋へ渡航した奝然は、985年に一体の釈迦如来像と出会います。その像は、古代インドの優填王(うてんおう)が、釈迦の在世中に栴檀の木で生身の尊像を造らせたという由緒を持つものでした。奝然は現地の仏師に命じてこの霊像を模刻させて日本に持ち帰ったのですが、実は模刻像と霊像とが入れ替わったとする縁起を持つため、「インド~中国~日本」と伝来した「三国伝来の釈迦像」と呼ばれています。

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奝然は、日本に帰国した後、愛宕山を中国の五台山に見立て、愛宕山麓にこの釈迦像を安置する寺を建立しようとしました。しかし、奝然はその願いを叶える前に没し、その遺志を継いだ弟子が棲霞寺の境内に建立したのが、現在の五台山清凉寺です。

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御本尊の釈迦如来像は内部が空洞になっており、その中にこの像の由来を示す文書など多数のものが込められていました。中でも絹で作られた五臓六腑は有名で、本物かどうかは判りませんが、本堂の廊下に並んだ展示物の一つとして見る事が出来ます。

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方丈前の枯山水の庭は、小堀遠州作と言われています。残念な事にあまりの暑さに苔が茶色に変色しており、本来のこの庭の美しさが損なわれていました。これが秋になると苔の緑が蘇り、さらに秋冷の頃には紅葉も加わって、とても見応えのある庭となる事でしょうね。

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清涼寺は棲霞寺に仮寓する形で始まったのですが、三国伝来の釈迦如来像に対する信仰が広まり、次第に母屋をしのぐ存在となって行きました。現在では棲霞寺は姿を消し、わずかに阿弥陀三尊像にその名残を見る事ができるだけとなっています。そして清涼寺自身も華厳宗から浄土宗へと宗派を変え、今に至りました。

とても開放的な境内には見所がいくつもあり、とても一度だけでは把握仕切れるところでは無いですね。小倉山周辺から大覚寺へと向かう中間点でもあり、嵯峨野散策の折には一度は寄っておきたい所だと思います。

2008年7月29日 (火)

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008

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嵯峨野路と言えば秋が旬になるのでしょうけれど、夏の盛り行ってみるのも一興かと自転車に乗って一巡りをして来ました。しかし、今年の夏の暑さは半端ではなく、走り出した途端に早くもバテ気味になってしまいます。

そんな中、修学旅行生達は元気なもので、炎天下をものともせずにはしゃいでいました。どこかの女子中学生の様でしたが、あんなパワー溢れる時期が私にもあったのかしらん?

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ここは落柿舎前の水田です。すっかり伸びた稲の向こうに、緑溢れる落柿舎が見えています。柿の実が赤く熟した晩秋の景色が有名な場所ですが、こうした生命力に溢れた佇まいもまた良いものだと思います。

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順番が入れ替わってしまいましたが、嵯峨野路の始まりはやはり天龍寺ですよね。その放生池で咲いていた蓮の写真を撮ってきました。

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7月の初めに行った時は昼を過ぎていた事もあってあまり咲いていなかったのですが、この日は結構な数を見る事が出来ました。とは言っても午前11時なので、既に閉じている花もありましたけどね。

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この写真を撮ったのが7月19日の事ですから、今とは少し様子が違っているかも知れません。でも、蓮は今が盛りの時期ですから、きっとまだ咲いている事でしょう。

蓮の花もさる事ながら、やはり涼しい午前中に訪れるのがベストだと思います。炎天下を走り回った私が言うのですから、間違いは有りません。熱中症にはくれぐれもご用心を。

2008年7月28日 (月)

京都・洛南 蓮2008~東寺~

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東寺の蓮が盛りを迎えています。場所は東門から入ってすぐ左手にあり、宝蔵を取り囲む堀で咲いています。

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咲いているのは八重咲きの花。離れた位置にあるので小さく見えますが、蓮としては並の大きさの花でしょうか。

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こちらは西側の堀。東と違って堀を覆う様な樹木が無い分、明るい感じがしますね。

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花は散り際のものが多く、少し盛りを過ぎつつあるのかなという気もしますが、蕾も多くあったのでまだ暫くは楽しめるものと思われます。

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東の堀の花と比べて色が濃いのは、日当たりの差なのでしょうか。それとも品種が違っているとか。

東寺の蓮は有料区域にある池でも咲いている様ですが、ここの堀なら無料で見る事が出来ます。五重塔とのコラボレーションはこの寺ならではの光景で、一度は見に行かれても損はない思いますよ。

(撮影日 平成20年7月26日)

2008年7月27日 (日)

京都・洛中 蓮2008~東本願寺~

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下鴨神社の御手洗祭から、一気に南に下って東本願寺へとやって来ました。なにしろスタートが早かったものですから、ここに着いたのが午前8時と普段はまず来る事がない時間帯です。その甲斐あって、朝日に輝く京都タワーがとても美しく、かつ新鮮に見えました。

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東本願寺で蓮が咲いているのは、まずは山門前の橋の両脇なのですが、ここは数が少なく、咲いていない事も珍しくありません。白い睡蓮なら見る事が出来ますけどね。

蓮が沢山咲いているのは南の堀です。ここは普段はあまり人通りの無いところで、花が咲いているとは気付かない人も多いのではないでしょうか。

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花は一種類で、大輪の八重咲きですね。狭い堀にびっしりと咲いていますから、道端からでもすぐ間近に見る事が出来ますよ。

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ここの花は今が盛りかと思えますが、蕾も沢山あったのでまだまだ楽しむ事が出来るものと思われます。

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朝が早いと全ての花が咲き揃って見えるのが良いですね。たぶん昼過ぎまでは咲いていると思われますが、やはり出来るだけ早い時間帯に行く方がより綺麗に見える事でしょう。

京都駅にも近く、手っ取り早く京都の蓮を楽しみたいという人にはお薦めの場所ですよ。

(撮影日 平成20年7月26日)

2008年7月26日 (土)

京都・洛北 御手洗祭~下鴨神社~

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下鴨神社の御手洗祭に行ってきました。前回は2005年の事でしたから3年振りという事になります。

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御手洗祭は毎年土用の丑の日を中心に行われます。今年は7月24日から27日までの4日間、時間は朝の5時30分から夜の10時30分までの間となっています。つまり明日が最終日ですから、お参りしようと思っていた方はお忘れ無き様に。

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我が家は今年も朝一番の電車に乗って出掛けてきました。神社に着いたのは6時過ぎの事で、朝日が楼門を照らしてなかなかに美しい。

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このお祭りの参拝者は初穂料として200円を支払い、竹串に刺した蝋燭を一本受け取って水の中に入って行く事になります。御手洗池は普段は水は貯まっていないのですが、この祭の期間だけ地下水を汲み上げて流れが作られます。なにしろ井戸水ですから冷たい事この上なく、判ってはいても足を漬けた瞬間に思わず声が出てしまいます。

水の中を歩いて行くと池の入り口に蝋燭が灯された祠があるのでそこで火を貰い、御手洗社の前にしつらえられた祭壇に蝋燭をお供えすると一段落です。

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仕上げに頂くのが御神水です。やはり地下水の様なのですが、池の水と同じ水源かどうかまでは判りません。この水を飲む事で無病息災、延命長寿を願う神事は完了という事になります。

なお、御神水を頂く際には寸志をお供えする事になります。

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ここから先はオプションという事になるのでしょうか。足形祈祷木と言って、足形をした木札に家族の名前と年齢を書き、御手洗社に奉納すると、無病息災、さらには健脚祈願をしてもらえるという趣向です。

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ここが足形祈祷木の奉納場所ですね。足つけ神事らしく、やはり水に漬けるというところがポイントになるのかな。

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御手洗社の社前にはみたらしだんごが供えられており、またそれとは別に夏野菜の数々が奉納されていました。近在の農家からの奉納の様ですが、見ているだけで美味しそうな出来映えの野菜ばかりですね。

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そして最後に頂くのが御神石。御手洗池で採れるという黒石で、厄除けと同時に子供のかん虫封じに効果があると言われています。我が家の場合、既にかん虫封じは必要無いのですが、厄除けにと頂いて帰りました。

今は1年で最も暑い時期ですが、早朝の爽やかな空気の中で冷たい水に浸ると何とも言えない清涼感があり、何度でも来たくなる行事です。夜は夜で風情がありそうですからね。

難点は毎年日にちが変わる事で、うっかりしていると開催日を知らずに過ごしてしまう事になります。来年は7月19日が土用の丑の日になりますから、今年より早い開催となるので注意が必要ですよ。

2008年7月25日 (金)

京都・洛西 蓮2008~大沢池~

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大沢池で蓮が盛りになっています。蓮が広がっているのは池のおよそ4分1くらいかな、とにかく沢山の花が咲いています。

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この日訪れたのは丁度正午頃でしたが、まだ大半の花は閉じることなく、綺麗に咲いていましたよ。

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弁天島の北側には、こんな白い蓮も咲いています。間近に見られるという事では、こちらの方が良いかも知れません。

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池越しに多宝塔を見る定番の景色です。もう少し花が映えるかと思ったのですが、これではほとんど判りませんね。

ここの難点は、花が少し小振りな上に岸辺近くではあまり咲いていない事で、花をじっくり見たいという人には不向きかも知れません。でも、場所によっては水面を埋める様にして花が咲いているので、華やかである事は間違いありません。

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最後におまけの写真を一枚。弁天島に居たアオバズクの親子です。ここに居るとは知らなかったのですが、たまたま写真を撮っていた鳥屋さんに教えて貰い、私も真似をして撮ってきました。比較的低くて明るい場所に居てくれたので、私の腕でもそれなりに撮れています。

雛が丁度巣から出てきたとろこらしく、まだ産毛が沢山残っていますね。大沢池の周囲には樹木が生い茂っていますし、周辺はずっと田畑が広がっていますから、餌となる昆虫には事欠かないのでしょう。これから夏の終わりまでここで過ごし、秋の訪れと共に南国へと帰っていくはずです。このまま無事に育って海を渡る事が出来ると良いですね。

(撮影日 平成20年7月19日)

2008年7月24日 (木)

京都・洛北 園長さんときまぐれ散歩~京都府立植物園~

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7月の連休の中日にあたる日曜日に、京都府立植物園を訪れてきました。まさに夏休みの始まりに相応しい好天気でしたが、この夏空の下でもまだバラが咲いていました。そろそろ終わる頃かなと思っていたのですが、ちゃんと手入れをしてやれば今の時期でも咲くものなのですね。

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今の植物園で、最も印象的なのはハゲイトウでしょう。この原色はまさにトロピカルと呼ぶに相応しく、炎天下にも係わらず鮮やかな色彩を見せてくれています。ただ、ちょっと残念なのは黒い支柱が沢山添えられている事で、写真を撮るにはかなり邪魔でした。倒れない様にするには必要な処置なのでしょうけど、もう一工夫あると嬉しいのですけどね。

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巨大な花を咲かせるアメリカフヨウもまた、これから盛りを迎えようとしていました。あまりに大きすぎて大味な感じがするのが難点ですけど、見栄えがするという点ではピカイチですね。

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この日特に植物園を訪れたのは、「園長さんときまぐれ散歩」に参加するためでした。毎月1回日曜日に開催されているのですが、月曜日から仕事が始まる身としてはちょっと参加し難い行事なのです。ところが7月20日は翌日も休日なので、チャンスと思って出掛けてきました。

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この行事は、京都府立植物園の園長である松谷茂さんが、その時の植物園の見所を案内して下さるというイベントで、専門的な知識を判りやすく教えて貰えるという事で人気があります。

例えば、この枝は楠木を剪定した後の物なのですが、折った断面の臭いを嗅ぐと樟脳の香りがします。普段植物園を歩いているだけではなかなか判らない、こんな話を教えてもらえるのですね。

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この巨大な植物は「エンセテ グラウクム」というバショウの仲間です。観覧温室の前にあるのですが、大変栽培が難しい植物という事で、日本においては開花に至る事は珍しいものなのだそうです。

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ここでは2005年に一度開花に成功しており、その時採取した種から育てたのがこの個体なのですね。種から育てて再び花を咲かせたのは極めて希で、貴重な事例にあたるのだそうです。

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こちらはオニユリです。それほど珍しいという気はしないのですが、実は絶滅危惧種に指定されており、京都府では既に絶滅してしまっているそうです。原因は乱獲にあり、花もさることながら根茎が百合根として食用になる事から、次々と採取されていった様ですね。この花が既に野山では見る事が出来なくなっているとは、何とも寂しい話だと思います。

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この日のメインの一つがこのセンノウでした。中国原産の多年草で、室町時代から江戸時代にかけて、上流階級における贈答品用として大いに流行した花なのだそうです。しかし、栽培が難しく、近年では絶滅したと見られていたのですが、10年程前に島根の農家で栽培されている事が判り、以後各地の植物園で増殖が続けてられているそうです。種は出来ないので、挿し芽によって増やすのだとか。

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とにかく連作に弱く、嫌地現象と線虫の害によって枯れてしまうのだそうです。つまり、鉢植えにして毎年土を変えてやるか、地植えなら植える場所を変えてやる必要があり、何かと手間が掛かるようですね。そんな大変な植物なのですが、花は確かに上品で美しいです。昔の日本人に好かれたというのも頷けますね。

でも、室町や江戸の頃の人はどうやってこれを栽培していたのでしょうね。やはり同じ苦労があったと思うのですが、ずっと場所を移しながら育てていたのでしょうか。そういう技術の伝承が失われた時に、この花の衰退が始まったのでしょうね。

「園長さんときまぐれ散歩」は、文字通りその場の気分で場所を決めているらしく、同行している職員の方もあらかじめ準備が出来ないので大変だとおっしゃっていました。この日は炎天下という事で気を遣われたのでしょうね、なるべく日陰を選んで頂いていた様です。当意即妙で説明が出来るのはさすがに園長だけの事はあるという事でしょう。とても楽しい時間を過ごさせて頂き、ありがとうございました。

2008年7月23日 (水)

京都・洛中 祇園祭宵山~池田屋~

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祇園祭の宵山と言えば、新選組ファンにとっては池田屋事件を思わずには居られません。元治元年6月5日の夜、近藤勇が率いる新選組の一隊は池田屋に集う過激浪士達を急襲して多くを捕縛、一躍その名を天下に轟かせたのでした。

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木屋町を捜索していた近藤達が池田屋に至ったのは四つ頃、現在の午後10時頃の事とされます。その日は祇園祭の宵々山、景色は違っていても今と同じ様に祭りの風情を楽しむ人達で町は溢れかえっていました。近藤もきっとこんな提灯が灯されている様を見ていた事でしょうね。

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その舞台となった池田屋は、昨年末にパチンコ屋が廃業になって以来、空き屋の状態が続いています。現地に貼ってある紙に依ると一棟丸ごと貸すという条件で借り主を捜している様ですが、このビルの形態だとパチンコ屋以外には向いていないという気もしますね。

以前の様な派手なネオンもどうかとは思いますが、現状ではあまりに寂しすぎます。出来うる事なら史跡を大事にする借り主が見つかり、池田屋らしい演出をして貰えると嬉しいのですが。これから先どうなるかは、もう暫く様子見ですね。

2008年7月22日 (火)

京都・洛中 祇園祭宵山~八幡山・役行者山・鈴鹿山~

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宵山には最も賑わいを見せる新町通ですが、六角通を越すと急に寂しくなります。祇園囃子を奏でる鉾や山が無くなるからですが、もう一つは両側の夜店が途絶えてしまうからでもあるでしょうね。それでも、向こうに見える提灯の明かりを求めて、人の波は絶えることなく続きます。

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この明かりの主は八幡山。若宮八幡宮に由来するという「八幡さん」をお祀りする山です。歴史は古く、応仁の乱の以前から存在していた様ですね。ご神体として運慶作と伝わる「応神天皇騎馬像」を奉じ、この像を担いで八坂神社にお参りしたのが祇園祭の始まりとも言われています。

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この山も後の祭りに属するからでしょうか、北向きに建てられていますね。普通そんな事を気にする人は希でしょうけれども、一度気になり出すとずっと引きずってしまうのですよね。

ちなみにこの見送りは宵山用の常飾りで、巡行当日にはこれとは別の巡行用の飾り付けが行われます。

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八幡山の町会所は今回はスルーしてしまったのですが、夫婦和合と子供の夜泣き封じに御利益のあるという鳩笛(鳩鈴)を授けて下さるそうです。結構可愛い鳩笛で、次の機会には寄せてもらおうかなと思っています。

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新町通にある山鉾は八幡山で最後なので、三条通からは東に向かいます。ここまで来ると車の通行止めも無く、人通りもごくまばらとなってしまいます。そして、暫く歩くと室町通に至り、ようやく左右に提灯の明かりが見えて、宵山に戻ってきたという気分になります。

左右どちらに行こうかと迷ったのですが、とにかく北を目指そうという当初の目的を思い出し、左に道を取りました。その先にあったのが役行者山です。

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この山の主役は、その名から判る様に修験道の創始者とされる役行者です。御神体はこの役行者の他に一言主神と葛城神があり、行者が一言主神を使って葛城山と大峰山の間に橋を架けさせ様としたという伝承が主題になっています。

葛城山で修行をしていた役行者は、大峰山との間に橋を架けようと思い立ち、鬼神に命じて工事を始めさせます。ところが、鬼神達は夜しか働かなかったために作業は遅々として進まず、怒った行者は鬼神達を責めます。すると、鬼神達は自分たちの主である一言主神が自らの姿が醜い事を恥じて夜しか動かないのだ答えました。これを聞いた行者は一言主神が神であるにも係わらず、これを縛して谷底へ置いてしまいました。神の身でありながら辱めを受けた一言主神は自らの境遇を嘆き、都の人に憑依して役行者には謀反の疑いがあると訴え出ます。これを受けた朝廷は行者の母を人質に取り、行者を絡め取った上で伊豆大島に流してしまいました。

葛城神の方は謡曲「葛城」に出てくる女神で、役行者に橋を架ける様にと命じられた女神は、おのが姿が醜い事を恥じて夜しか働かなかった為に勤めを果たす事が出来ず、蔦葛で縛られた上で三熱の罰を受けているという設定になっています。一言主神とは明示されていませんが、先の説話が元になっているらしい事は明らかですね。

役行者は伊豆大島に流された後も、歩いて海を渡っては富士山に登って修行をしていたと言い、一言主神はその後も永く縛されたままだったと伝わります。つまりは、鬼神をも使役する役行者の法力の凄さを物語る説話であり、この山はその役行者の強さを表現したものなのでしょうね。

なお、この山には15日の未明に聖護院の山伏達が訪れ、巡行の無事を祈願して護摩炊きを行うという伝統が続いているそうです。そしてさらには、この山ならではのお授けものとして護摩木があります。ここの会所もスルーしてしまったのですが、ちょっと勿体ない事をしてしまった様ですね。

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この山の提灯に描かれているこの紋は輪宝紋。輪宝とは古代インドの投擲武器であり、後に仏教における法具となりました。人の心の迷いを打ち破る法具とされ、釈迦の教えを具現化したものとも言われます。役行者山では、葛城神がこの法具を台に乗せて掲げており、そこから取られた紋所なのでしょうね。

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役行者山を後にして、姉小路通を経て烏丸通へと出てきました。ここにあるのが鈴鹿山。役行者山と共に最も北に位置しており、鈴鹿峠で旅人を苦しめていた悪鬼を退治したという鈴鹿明神(瀬織津姫命)を祀る山です。烏丸通にあるだけに周辺は人波で溢れているのですが、山自体は特に飾り付けもなく、何となく地味な印象を受けますね。この山の事が知りたくて会所を探したのですが、残念ながらどこにあるのか判りませんでした。ちょっと残念ですが、来年の課題という事にしておきます。

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鈴鹿山を後にした頃には午後9時30分を回っていました。でも宵山の歩行者天国は午後11時まで続くので、まだまだ宵の口といった雰囲気であり、熱気は容易には冷めそうにはありません。私は翌日は仕事だったので早々に引き上げる事にしましたが、帰り道でもこれから宵山に向かうという人達と沢山すれ違いました。

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今年の宵山巡りはこれで終わりですが、屋台も少し紹介しておきましょうか。

これはお面屋さんでみかけたビニール人形。赤い本体がゲキレンジャー、ブルーとピンクのお面がマジレンジャーかな。昔はこの手のものに強かったのですけどね、子供が戦隊物から卒業してしまうと、とたんに判らなくなりました。でも、こういうのを見ると、子供達が小さかった頃が思い出されて、無性に懐かしくなるのです。

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こちらはアクセサリーの海ですね。無論チープなイミテーションではあるのですが、蛍光灯の下で見る色彩の鮮やかさには目を瞠るものがあります。このきらびやかさもまた、お祭りの色の一つなのかも知れません。

2008年7月21日 (月)

京都・洛中 祇園祭宵山~南観音山・北観音山~

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錦小路通から新町通を北に折れると、目の前に南観音山が現れます。楊柳観音像と善財童子を祀り、山鉾巡行の最後を飾る山として知られます。

このあたりは宵山で最も混雑する場所にあたり、常に人波に洗われる事になります。そのためなのでしょう、新町通は錦小路通から六角通までの間は北向き一方通行になっています。一本東の室町通も同様で、宵山散策の時にはこの事を考慮に入れておかなければなりません。今回五条から北上してきたのは、一つにはこの規制の事が頭にあったからでもあります。

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提灯に百の字が書かれていますが、これはなんと百足(ムカデ)の百なのですね。この鉾のある町が百足屋町と言い、その百が紋所になっているのです。

ちっょと変わった地名ですが、かつてこの町に百足屋という大商人が居た事に因む地名なのだとか。ムカデと言えば嫌われ者の害虫の代表の様な気もするのですが、実は客足が付くという意味で縁起の良いものとされているのですね。商家としてはとても良い屋号だったという事になるのでしょう。

次に南観音山の祇園囃子をアップします。

いくつもの祇園囃子を聞いてきましたが、未だにどれがどの山鉾のものかは聞いただけでは判りません。その中でこの南観音山のお囃子は、比較的印象に残っています。割とメロディアスと言いますか、覚えやすい様な気がします。と言っても来年になると忘れているのでしょうけどね。

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南観音山らしい景色がこの蝋燭の明かりですね。霰天神山では蝋燭立ては会所の中にありますが、ここでは山に隣接してちまきを売っており、その一番端に蝋燭立てが置かれているのです。この明かりがなんとも風情がるのもので、江戸時代の光景を彷彿とさせてくれるのですよ。ある意味最も宵山らしい景色があるのがこの場所かも知れません。

次にアップするのはYou Tubeから拾ってきたビデオで、暴れ観音という奇祭です。

暴れ観音は東山雑記にある様に、南観音山の観音様は女性で、北観音山の観音様に恋をなさっているのだとか。巡行中に北の観音様を慕って無暗に動かれては困るので、前夜の内に暴れさせて気を鎮めておくのだという俗説が伝えられています。何とも面白い事を考えるもので、観音様にそんな事をしても良いものかとも思いますが、余程恋に狂った女性に手を焼いた人が昔の町内には居たのでしょうか。

本当の由来は判っていないとの事ですが、宵山の深夜にこんなお祭りがあるとは、それだけでも愉快な気分になれます。なお、ビデオの大元は「京都祇園祭 南観音山」というサイトにあり、南観音山保存会の囃子方であるつぼぃまさぉさんが、内部の人ならではの視点で祇園祭を紹介されています。とても参考になるサイトですよ。

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宵山において、一番混雑するのが新町通と蛸薬師通が交わる交差点です。南観音山と北観音山の境界点にあたるのですが、東西の流れが激しくて、南北に突っ切るのは容易な事ではありません。いっそ流れに乗って蛸薬師通に入ってしまおうかとも思うのですが、それではいつまで経っても北観音山には行けないので、気合いを入れて乗り切ります。連れが居る場合には、ここではぐれてしまわない様に、くれぐれもご用心下さい。小さい子供を連れている場合には、特に危ないですよ。

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北観音山に来てからあれっと思ったのですが、山の正面が北を向いているのですね。後から気が付くと南観音山もそうで、出発点である四条通からすれば反対方向を向いている事になります。これって何故かと思ったのですが、どうやらかつてあった後の祭りと関係がある様です。(以下は私の推測ですので、間違っている場合はご指摘願えればありがたいです。)

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山鉾巡行が今の形になったのは昭和41年の事で、それ以前は前の祭りと後の祭りの2つに別れて行われていました。前の祭りが現在と同じく四条通が始点になっていたのに対して、後の祭りは三条通が始点となっていたのです。北観音山と南観音山は後の祭りに属しており、出発点である三条通に向かうには北向きに建てた方が都合が良かったのですね。その後巡行が一本化され、順路も変更になったのですが、鉾を建てる向きは伝統を守って北向きのままになっているという訳なのでしょう。このあたりがいかにも京都らしいという気がしますが、どんなものでしょうか。

ちなみに、巡行の日には一度北に向かって町内を清めた後、その後ろ向きに曳かれて四条通に向かうのだそうです。

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北観音山の提灯には六角紋が入れられています。これは多分、町名の六角町から来ているのでしょうね。このあたりを歩いていると、一瞬北だったか南だったかと判らなくなる時があるのですが、その時は提灯の模様を見れば自分がどこに居るかすぐに思い出せるという訳です。

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北観音山を後にして、さらに新町通を北に向かいます。ここを過ぎるとお囃子もなくなって急に寂しくなるのですが、まだまだ人波は続いています。次に目指すのは八幡山です。

2008年7月20日 (日)

京都・洛中 祇園祭宵山~放下鉾・霰天神山~

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新町通を北に上がり、四条通へと出ました。さすがに宵山だけあって、この広い道が人波で埋まっていますね。でも、ここまで来る途中で完全に停滞してしまった新町通に比べると随分とましな方で、まだこうして写真を撮るだけの余裕があります。

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四条通を横切って再び新町通を上がると、放下鉾が見えてきました。鉾の真木に設けられた「天王座」に放下僧の像を祀っている事からこの名があります。この放下僧とは、神社や寺の境内で曲芸を演じ、勧進興行を行っていた人々の事を指すのですが、今で言えば大道芸人がこれに近い存在になるのでしょうか。

その放下鉾の祇園囃子を動画に納めてきましたので、どうぞご覧ください。

このお囃子を聴くと宵山の風情が蘇りますね。うーん、もう一度宵山に戻りたい。

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提灯に描かれた独特の絵柄は州浜模様。海に突き出た洲のある浜辺が曲線を描いている様を表し、初めは宮中において慶事に使う台の形として用いられ、後に和菓子の形にも流用される様になりました。放下鉾の先端の飾りは、日・月・星の三光が下界を照らす形を示すとされるのですが、その形が和菓子の州浜に似ているところから「すはま鉾」とも呼ばれており、その事を表しているのがこの提灯という訳なのですね。

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放下鉾を後にして、一度新町通から逸れ錦小路へと入ります。目指したのは霰天神山、菅原道真公を祀り、火除けのお守りを授与してくれる山です。

この提灯は町家の奥にある売り場へと続く路地に吊されている物で、文字通り天神様の細道になっています。

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この町会所には2006年に売り子歌に惹かれて入って以来、3年続けて通っています。今年もまた子供達が、「雷除け火除けのお守りはこれより出ます。」と可愛らしい声で歌っていました。

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これが霰天神山の提灯なのですが、赤い梅の紋が入っているのが判りますね。この山の由来は永正年間(1504~1521)に遡り、京都で大火があった時にたまたま霰が降り、そのおかげで火が鎮まりました。その時同時に小さな天神が空から降ってきたと言われ、火除けの神様として祀られる様になったのがこの山の始まりとされています。その霊験はあらたかで、天明の大火や元治元年の大火にもこの山は難を逃れていると言いますから、なるほど大したものだと言わなければなりません。

霰天神山で粽を買った後は再び新町通に戻り、さらに北へと辿って行きます。

2008年7月19日 (土)

京都・洛中 祇園祭宵山~船鉾~

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岩戸山の北に位置するのが船鉾です。そのユニークな姿から、数ある山鉾の中でも一、二の人気を誇る鉾ですね。

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船を象った全体の造形も見事ですが、その船体を飾る数々の懸装品もまた豪華極まりないものばかりです。中でも黒漆塗青貝螺鈿のこの舵は、素晴らしい工芸品ですよね。

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船鉾は、神功皇后の新羅出船の伝説に基づく鉾です。ですからこの船は軍船なのですね。また、神功皇后は臨月の身でこの遠征に臨み、帰国後に応神天皇を無事に出産したという逸話から安産の神としても知られており、この船鉾でもご神体に沢山の晒しを巻いて巡行し、終了後に安産の腹帯として配布する習慣があるそうです。

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宵山の風情を盛り上げてくれるのが、子供達のちまき売りです。それぞれの鉾町で、可愛らしい声で「ちまきどうですか」と道行く人に声を掛けるのですが、そのイントネーションが如何にも京都らしくて、祇園祭の夜なんだなと感じさせてくれるのです。今回は動画も撮ってきたので、ここにアップしますね。


どうです、なかなか風情があって良いでしょう。ちなみに船鉾は「ふねぼこ」と言うのが正しいのですね。私は長い間「ふなぼこ」と読んでいたのですがこれは間違いだった様です。

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船鉾のちまきは500円と比較的安いですね。ちまきの袋に「船鉾に 登れば下は 人の波」と書かれていますが、確かにこのあたりは人数が多くて、上から見ると波のごとく押し寄せてくる様に見える事でしょう。

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宵山の提灯は、今年から省エネタイプの明かりに変えられたそうですね。従来の白熱球と比べると少し白っぽいのかなという気もしますが、これなら情緒はほとんど変わらないと言って良いでしょう。

江戸の頃には蝋燭の明かりがきらめいていたと言いますが、その景色も見てみたいという気もします。それを再現してはどうかとも思いますが、火事が恐ろしいのでとても出来ないでしょうね。

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船鉾を後にして、新町通をさらに北に向かいます。鉾町の中心に近づき、人混みも段々と激しくなってきました。両脇の夜店も賑わって、いよいよ宵山らしくなって行きます。

2008年7月18日 (金)

京都・洛中 祇園祭宵山~岩戸山~

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保昌山を後にして、西の鉾町を目指します。松原通を進んで烏丸通を渡り、室町通を通り過ぎて次の新町通を右に曲がると、岩戸山に出会いました。

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新町通は鉾町の中でもメインストリートに属しますが、岩戸山は一番南の端に位置する事から比較的空いており、ゆとりを持って見る事が出来ます。宵山は多くの鉾や山に登る事が出来るのですが、一番余裕のありそうなこの山に上がらせて頂く事にしました。

山の上は思っていたよりも狭いですね。ここに囃子方が詰めると、かなり窮屈に感じる事でしょう。上から提灯の明かり越しに眺める宵山の景色は、なかなか新鮮でしたよ。囃子方の人達は、いつもこんな光景を見ながら演奏しているのですね。

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山を降りて、さっきまで座っていた場所を見上げます。いつもの見慣れた光景ですが、立場が入れ替わった様なちょっと不思議な感覚を味わいました。

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岩戸山は、岩戸に隠れた天照大神(あまてらすおおかみ)を、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の踊りと手力男命(たぢからおのみこと)の力で再び外に導き出したという天岩戸伝説にちなんだ山です。これとは別に国産み伝説の伊弉諾尊(いざのなぎのみこと)の人形も持つ事から、一時はあまのさかほこ山と呼ばれていた事もある様です。

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宵山を飾る提灯は各鉾町で独自のものを使っていますが、必ず共通しているのが八坂神社の神紋である木瓜の提灯です。この形が胡瓜を切った断面に似ている事から、7月の間は胡瓜を食べないという習慣が鉾町には伝わります。その割に夜店で胡瓜の浅漬けを売っていたのですが、観光客相手なら売っても食べても関係ないという事かしらん?

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岩戸山を後にし、新町通を北に上ります。ふと振り向くと、夜店越しに岩戸山の提灯が輝いていました。祭りの夜らしい、ちょっと幻想的な光景ですね。

2008年7月17日 (木)

京都・洛中 祇園祭宵山~保昌山~

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祇園祭も今日の山鉾巡行でハイライトを迎えました。町はここ数日の熱狂も去り、徐々に静けさを取り戻して行く事でしょうね。しかし、祭りそのものはまだ終わった訳ではなく、7月31日まで続きます。

当ねこづらどきでは、少し時間のずれが出来てしまいますが、暫くの間16日の宵山の様子をお届けしたいと思っています。

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宵山においては、やはり四条通がメインストリートになるでしょう。四条河原町から先は歩行者天国になり、四条烏丸の手前では長刀鉾が出迎えてくれます。お祭りムードも満点ですし、宵山にふさわしい道ではあるのですが、いかんせん歩く人が多過ぎます。下手をすると烏丸通を越えるまでに一時間は掛かってしまうかも知れません。

この混雑を避けるために三条通から向かった事もあるのですが、今回は五条通から鉾町を目指す事にしました。河原町通から先はひとつ上がった万寿寺通を歩いたのですが、およそ混雑とは無縁の静かな道行きとなりました。

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五条から行った場合、一番最初に出会うのが保昌山になります。ほとんどの山鉾が烏丸通の西にあるのに対して、この山は離れ小島の様に東にあるので、比較的訪れる人が少ないという、ちょっとした穴場になっている山ですね。しかし、実は隠れた人気スポットになっている山でもあるのです。

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宵山にはそれこそ老若男女が集まり、年代別に分かれるスポットというのは特には存在しません。しかし、中には例外があって、その一つがこの保昌山なのです。行ってみると判るのですが、他の山鉾に比べて若い女性の比率がとても高いのですね。その理由は、この山には縁結びのご利益があるからなのでした。

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この山のご神体は平井保昌。平安時代の公家で、和泉式部のご主人として知られる人物です。公家の出でありながら、源頼光の四天王の1人に数えられるほとの勇者で、大江山の酒呑童子退治の物語にもその名が見えます。この写真では判りにくいのですが、鎧を身に付けた姿なのは、そういう履歴を物語っているのですね。

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その保昌が縁結びのご神体となっているのは、和泉式部との恋物語が元となっています。式部に求愛した保昌は、紫宸殿の南に咲いている梅の花を取ってきて欲しいと無理難題を掛けられます。保昌は意を決して紫宸殿に忍び込み、矢を射掛けながらも梅の枝を手折って来るのですが、その甲斐あって見事式部と結ばれる事が出来たのでした。この事から、かつては花盗人山とも呼ばれていた様ですね。

この山では縁結びのお守りを配布しており、それを求めに来る女性達が多く集まるのでした。このほか小さな絵馬があって、恋愛成就の願い事を書いて柵に吊すという趣向もあり、結構な人気を呼んでいる様です。

賑やかさでは西の鉾町には劣りますが、そのぶんしっとりとした情緒があり、他とは少し違った雰囲気のある保昌山は、宵山におけるお薦めのスポットの一つですよ。


暑中お見舞い申し上げます

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関西もやっと梅雨明け宣言が出されました。その夏空の下、京都では祇園祭の山鉾巡行が行われましたね。残念ながら平日とあっては行く事が出来なかったのですが、さぞかし都大路は盛り上がった事でしょう。真夏を迎えた熱気も半端ではなかったでしょうけどね。

とっても暑かった一日の終わりに、ちょっと涼しげな写真をお贈りします。鷺もやっぱり水でも浴びなきゃやってられないでしょうからね。

円山公園にて。

2008年7月16日 (水)

京都・洛中 祇園祭2008 曳初め~菊水鉾~

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鶏鉾とは四条通を挟んで向き合う位置にあるのが菊水鉾です。名前の由来は町内に古くからある菊水井にちなんだもので、稚児人形は鉾の名に合わせたのでしょう、謡曲にある菊の露を飲んで700年生き続けているという枕慈童(まくらじどう)を乗せています。

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この鉾は幕末・元治元年の大火で焼失し、長い間休み鉾となっていたのですが、88年後の昭和27年に再興されたという希有な歴史を有しています。他の鉾の様に歴史の積み重ねはありませんが、地元の熱意により年々懸装が充実し、今では少しも見劣りのしない見事な姿に仕上がっています。

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この写真は曳初めの前に行われる本当の試運転の時の様子で、まだ上には囃子方が乗っていません。こうして組み上がった鉾に異常が無いかを確かめた上で、曳初めに入るのですね。

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四条通の函谷鉾、同じ室町通でも比較的広い南側にある鶏鉾とは違い、昔ながらの狭い道を行く菊水鉾は、かつての祇園祭の様子を彷彿とさせてくれるものがあります。両側にビルが聳えているのが残念ですが、昔はこうして目の前を鉾が通り過ぎていったのですね。

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曳初めを見ていて驚くのは、平気で幹線道路の交差点にまで出て行く事です。鶏鉾の場合は曳き手として交差点の中まで歩いたのですが、その間は四条通の交通は遮断されたままでした。菊水鉾の場合は鉾そのものが交差点を塞いでしまう訳で、当然ながら暫くの間は車は動かず、四条通は大渋滞となっていました。試運転で交通を止めてしまうとは、さすがは祇園祭といったところでしょうか。


2008年7月15日 (火)

京都・洛中 祇園祭2008 曳初め~鶏鉾~

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これまで祇園祭には何度となく訪れていますが、今回初めて曳初めに参加させて頂きました。曳いてきたのは鶏鉾。中国の伝説の聖天子「尭帝」の故事にちなんだ鉾です。

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尭帝は宮廷の外に太鼓を置き、政治に不満があればこれを叩かせ、その者の訴えを聞く事としました。この太鼓は諫鼓と呼ばれたが、尭帝の世は素晴らしく治まったので1人として太鼓を叩く者はおらず、やがて朽ち果てた太鼓の中に鶏が巣を作ったといわれます。

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鉾頭の三角は諫鼓、中の円盤は鶏の卵を表すと言われます。名君の治世を称える鉾頭という訳ですが、これには異説もある様ですね。

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鉾が動く時に必ず前に立つのが音頭取りで、通常は2人、辻回しの時には4人になる事もある様です。今回私も鶏鉾の曳初めに参加してみて、初めてこの音頭取りの重要性が判りました。綱の曳き手はこの音頭取りの扇子の動きを見て綱を曳き始めるのですが、全員が見ていないと鉾が上手く動かないのです。曳初めの曳き手は文字通りの烏合の衆ですから動きがばらばらで、前や後ろの人に躓きそうになる事がしばしばでした。要するに、音頭取りをよく見ていないのですね。曳き手がそんな調子ですから、鉾自体も何度も止まっていました。

まっすぐ引っ張るだけならそれでも何とかなりますが、辻回しなどはよほど上手く呼吸を合わさないととても無理でしょう。そこを調整するのが音頭取りという訳で、単に扇子片手に踊っているという訳ではなかった様です。

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今回はビルの二階に上がらせて貰って写真を撮っていたので、丁度目線の高さで囃子方を見る事が出来ました。こうしてみると、かなり人口密度が高い事が判りますね。実際に中に入った事はありませんが、風通しは悪そうだし相当に暑いのではないでしょうか。それに柵もありませんし、ちょっと怖そうでもありますね。そんな中で演奏を続ける訳ですから、囃子方も楽ではなさそうでした。

ちなみにこの下水引は、松村呉春ら四条派の画家達が下絵を描いたものなのだそうです。

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こうして俯瞰していると、鉾を曳く人達の歓喜が伝わって来る気がします。やっぱり祭りは参加するのが一番面白いですからね。ささやかながら曳初めは、そんな願いを叶えてくれる得難いチャンスという訳です。

2008年7月14日 (月)

京都・洛中 祇園祭2008 曳初め~函谷鉾~

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12日は5つの鉾で曳初めが行われました。その先鞭を付けるのが函谷鉾で、一番早い午後2時に曳初めが行われます。

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曳初めは、一つには組み上がった鉾の試運転、そしてもう一つは観光客へのサービスという側面を持ちます。各鉾の曳初めには誰でも入る事が出来るため、一般人が祇園祭に参加出来る唯一と言って良いチャンスなのですね。ですから人気は高く、開始時間を待ちかねる様に曳き綱の周囲には人だかりが出来ます。

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参加者に対する整理券の配布などは特に無く、要するに早い者勝ちです。曳き綱に掴まれるだけの人数が参加出来るのですが、やはりどうしても結構な数の人が溢れてしまいます。しかし心配は無用で、何往復か実施されるので、辛抱強く待っていれば大抵の場合は参加する事が出来るでしょう。それに時間があれば5基の鉾があるので、他の鉾に行くという手もあります。

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鉾の進行方向の転換はごく簡単で、引き綱を一旦本体からはずし、反対側に綱を引きずり出して再び取り付けるというだけで済みます。このあたり、良くできているものだなと感心しますね。ちなみにこちらが本来の前面で、前掛けはフランスにある世界遺産の修道院「モン・サン・ミッシェル」を描いたタペストリーです。画面内には気球や飛行船まで描かれており、およそ京都とはまるで異なるイメージなのですが、祇園祭の懸装品には外国製の絨毯などは珍しくなく、特に違和感は感じません。

なお、この前掛けは平成10年に新調された新しいものであり、本来の前掛けは16世紀末に制作されたタペストリーで、旧約聖書創世記第24章の説話に取材したものとして知られています。そして、何と重要文化財に指定されているのですね。今は新しい方が掛けられていますが、もしかしたら巡行時にはそちらに掛け替えられるのかも知れません。

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こちらは本来裏面である見送り側なのですが、復路の時なので進行方向になっているというちょっと珍しい絵ですね。これも曳初めならではの光景と言えるのでしょう。なお、本番の巡行時には、大きな見送りがここに掛けられる事になります。

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今年初めての試みとして、各山鉾の重量が測定されるそうです。本番に先立つ試験として長刀鉾が計量されたそうですが、鉾だけの重さで7t、囃子方を含めると10tを超える程度になりそうだとの事でした。長刀鉾は比較的軽い部類に入るそうで、鉾によってはもっと重量が嵩むものもある事でしょうね。でも、さすがに鈴なりの人数で曳くととても軽くて、曳いているという実感はほとんどありませんでした。

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高さはおよそ6階建てのビルに匹敵し、こうしてみると昔の人はつくづく凄い物を作ったものだと感心します。先人の知恵と情熱は本当に素晴らしいものがありますね。

明日は鶏鉾のレポートをお届けする予定です。

2008年7月13日 (日)

京都・洛中 祇園祭2008 鉾立て・山立て

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京都に夏の訪れを告げる祇園祭が山場を迎えつつあります。7月12日は鉾立てと山立て、さらには曳初めが重なる日で、土曜日ともあって京都の町は早くも大賑わいとなりました。私も鉾町をぐるっと歩いてきたのですが、初めて曳初めに参加させて頂くなど、なかなか充実した一日でしたよ。これから数日にわたってそのレポートをお届けしますが、まずは鉾立て、山立ての様子から始めたいと思います。

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時間の掛かる鉾立ては10日ごろから始まっていますが、短時間で済む山立てはほとんどの所で13日に行われます。しかし、中には12日から行われるところもあり、岩戸山もその一つです。これは山とは言っても鉾に近い曳き山であり、組み立てには時間と手間が掛かるからなのでしょうね。上に人形しか乗らない山とは違って大勢の囃子方が乗るのですから、縄の掛け方が実に厳重です。後で紹介する鯉山との違いが興味深いところですね。

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この胴枠は小振りなので一見して山の様に見えますが、実は船鉾です。他の鉾とは違って真木を持たず、前後に長いという独特の形態を持った船鉾ですが、基本的な作り方は同じ様ですね。先を急ぐのでじっくりとは見る事が出来ませんでしたが、どうやってあの形が出来上がるのか、ちょっと興味があるところです。

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鉾の中で船鉾と並んで1日遅く鉾立てが行われるのが放下鉾です。手前にある紅白の布が撒かれているのが真木で、間近で見るとやはり長いものですね。これが鉾の上に聳える訳ですが、よくもまあ昔の技術でこんなに長い物を立てようと考えたものだと思います。

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これが土台となる胴枠なのですが、これは真木を取り付けるために一旦寝かされた状態なのです。上になる側に真木を取り付け、その後でワイヤーで引っ張って真木ごと引き起こすのですね。

この写真で上に飛び出している木組みはてこの要領で胴枠を起こす時に使う支柱で、作業が終われば取り外してしまう様です。ただし、調べた限りではどこにも書かれていないので確証は無く、もし間違っていたらご指摘願えれば幸いです。

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これは南観音山の山立てです。岩戸山と同じく曳き山ですから、他の山に先駆けて山立てが行われています。

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形は鉾に似ていてもやはりそこは山なので、上に付ける真木はありません。その代わりになるのが松の木で、真松と呼ばれます。毎年鳴滝から届けられるそうなのですが、丁度この時トラックで運ばれてきたところでした。

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こちらはその北隣にある北観音山で、真松が一足先に着いたらしく作業中でした。どうやら丁度良い長さになる様に、のこぎりで切っていた様ですね。

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こうしてみると隣り合った山なのに、縄の掛け方が南観音山とでは微妙に違っています。ひたすら巻いている感じの南に対し、こちらはバネ状に横にも巻いているのですね。どちらがより効果的なのかは判りませんが、山によって流儀が違うところが面白いですね。

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そして、普通の山の鯉山です。本体は既に組み上がっており、駒型提灯の準備をしているところでした。山の多くはこのままの形で宵山までを過ごし、前掛けや見送りといった懸装品は町会所で展示されています。そして、巡行の当日に山に取り付けられ、本番を迎える訳ですね。

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縄の掛け方は、ご覧の様にかなりシンプルです。上に重量物が乗らないため、曳き山や鉾の様に厳重な縄掛けは必要としないのでしょうね。

宵々々山は明日からだと思うのですが、鉾によっては昨日から提灯に灯りが入り、祇園囃子も奏でられているそうです。これで京都は一気にお祭り気分に突入ですね。

明日は函谷鉾の曳初めの様子をレポートしたいと思ってます。

2008年7月12日 (土)

京都・洛西 夏の始まり~天龍寺~

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前回天龍寺を訪れたのは、名残のもみじが残る、晩秋と言うより初冬と言った方が良い季節でした。今回はその対極というべき夏本番を迎えつつある季節なのですが、やはり緑の濃さが圧倒的に違いますね。

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寒さに震えていた前回と違って、日向を歩くのが嫌になる様な日差しであり、日陰でじっとしていても汗が止まらない様な暑さでした。木々の緑も夏の暑さに晒される前であり、1年の中でも最も色が深い時期なのかも知れません。

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それにしてもこの庭は、本物の池があるにも係わらず、岸辺には白砂もあしらわれていて、二重に水の表現がされているのですね。ちょっと面白い形式なのではないでしょうか。

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池の中程にまで幹が伸びている松です。支柱で支えられていますが、いかにも不安定ではありますね。しかし、これだけ水面にせり出した松というのも珍しく、こうして先端だけを切り取れば、なかなか絵になる枝振りです。

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天龍寺の庭園はとても広く、曹源池の背後はちょっとした丘になっていて、遊歩道が張り巡らされています。その途中で見かけた苔なのですが、何とも鮮やかな色をしていました。非常に手入れが行き届いているという印象を受けるのですが、それもそのはず、すぐ側で草むしりをしている人達が居ました。この暑い中で黙々と作業をされており、頭が下がる思いがしますね。やはり庭園を美しく保つには、絶え間のない管理が必要とされるのです。

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この日は、境内の紫陽花が最後の見頃を迎えていました。あれから一週間が経って、もう盛りは過ぎてしまっている事でしょうね。

この日、境内では初セミが鳴いていました。たぶんニイニイゼミではなかったかと思いますが、一週間経った今ではクマゼミが鳴き出したところも有るようですね。今年の夏の進行はかなり早そうですよ。そう言えば、梅雨明けはまだなのかな。

2008年7月11日 (金)

京都・洛中 蓮2008~天龍寺~

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天龍寺の放生池で蓮が咲きはじめています。

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蓮は朝早くに咲き、午後遅くになると閉じてしまうのですが、ここの花は特に閉じるのが早い様で、午後1時過ぎに行った時には既に多くの花が閉じてしまった後でした。

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それでも大きな葉に隠れる様にしていくつかの花は咲いており、片鱗は見せて貰う事が出来ました。でも、ここには出来るだけ午前中に来る様にした方が良さそうです。

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木辻通に面した出入り口近くでは、木槿が咲いていました。花の世界でも、いよいよ夏本番ですね。

2008年7月10日 (木)

京都・洛中 蓮2008~立本寺~

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立本寺の蓮が、今年も咲き始めました。ここには蓮池は無いのですが、その代わりに本堂の前に鉢植えの睡蓮がずらりと並べられるという、知る人ぞ知る蓮の名所の一つです。

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昨年はこの蓮の花を切り取って持ち去るという罰当たりな事件があり、今年はどうなるのかなと思っていたのですが、例年通り誰もが間近で見る事が出来るという環境が守られました。ある意味英断であり、人の善意を信じるという立本寺の姿勢には好感が持てます。

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花はまだ咲き始めたところであり、花数はそう多くはありません。しかし、蕾は沢山上がっており、これから次第に見頃を迎える事でしょう。

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私が行ったのは土曜日の正午過ぎだったのですが、お昼時だったこともあってか、他には誰も居ませんでした。いつもなら、カメラ持参の人が何人か重なるものなのですけどね。もしかしたら、まだ花が咲いているという情報が行き渡っていないのかな。

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ここでは、八重咲きの花が結構ありますね。一重の花も清楚で良いのですが、この豪華な花もまた素晴らしいと思います。

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この花は同じ八重咲きですが、花托までもが幾つも柱状に分裂するという、ちょっと変わった形になっています。まだ一輪しか咲いてなかったのですが、こういう種類なのか、たまたまこの花だけなのか、どっちなのでしょうね。

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無論、こうした一重の花も沢山あります。これが一番蓮らしい花とも言えるでしょうね。

今年はつまらない事件は本当に起きて欲しくないです。この綺麗な花たちを静かに愛でる環境が何時までも続いて欲しいと、強く思います。

(平成20年7月5日撮影)

2008年7月 9日 (水)

京都・洛中 蓮2008~相国寺~

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相国寺の放生池で、蓮の花が咲き始めています。放生池は総門を入って左側にありますが、黒い柵で囲われているので普段はあまり注目される事はありません。

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今咲いている蓮は主として鉢植えで、池の周囲に置かれています。鉢植えの良いところは多様な種類の花を楽しめるという事で、ここでもいろいろな花を見る事が出来ます。

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まだ咲き始めたばかりで数は少ないですが、鉢植えの他にも池の中で咲いている花もあり、時間と共に花数が増えていく事でしょう。

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ここで写真を撮る時に困るのが、黒い柵が邪魔になる事です。普通に撮ると黒い線が写り込んで台無しになってしまうのですよね。ですから広角で撮るのは難しく、望遠に頼る事になります。

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まずレンズの望遠端を使って絞りを開放にすると、被写界深度が極端に浅くなります。その上でレンズの先を出来るだけ柵に近づけて撮ると、前ボケの要領で柵が写らなくなるのです。この時、花が柵からある程度離れている事が条件で、すぐ近くにあると黒い線状の影が映り込んでしまう事になります。動物園の動物を撮る時と同じテクニックですが、花は動かないぶん撮るのは楽ですよ。

ただ、撮れる写真は花のアップばかりとなり、周囲の様子を写し込む事が出来ないのが泣き所ですね。

(平成20年7月5日撮影)

2008年7月 8日 (火)

京都・洛中 立葵2008~相国寺~

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夏の到来を告げる花、立葵が今年も相国寺の境内で咲いています。場所は鐘楼の南西側、弁財天の祠の裏手にあたります。上立売通と方丈に向かう通路が交差する角地にあたりますから、境内を歩いていても結構目に付く存在です。

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立葵はアオイ科に属し、ハイビスカスと同じ仲間になります。ですから、花の雰囲気が良く似てますよね。農家の庭先などで普通に見られますから在来種かと思っていたのですが、原産地は中国で、古い時代に薬用として伝わったものなのだそうですね。花の見事さから園芸用に改良され、各地に広がったものの様です。

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立葵に関する俗説として、梅雨の始まる頃に咲き始め、一番上の花が咲き終わる頃に丁度梅雨が明けると言われています。これは概ね当たっているそうなのですが、それからすると今年は例年になく早い梅雨明けを迎えそうな状況がここでも裏付けられる事になりますね。

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立葵は夏と言うより梅雨時の花であった訳ですが、もう一つの梅雨の花「紫陽花」もまた、立葵の隣で最後の花を咲かせていました。盛りは明らかに過ぎつつありますが、まだかろうじて見頃ではありますね。何時梅雨明け宣言が出てもおかしくない天気が続いていますが、花の世界では今少し梅雨が残っている様です。

うっとうしい天気は嫌ですが、あまりに早すぎる夏の到来もどうかという気もするこの頃です。

(平成20年7月5日撮影)

2008年7月 7日 (月)

京都・洛西 嵯峨嵐山七夕まつり

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大堰川沿いに出現した巨大な笹飾り、すっかり濃くなった嵐山の緑に良く映えています。これは地元の商店街が主催している「嵯峨嵐山七夕まつり」の笹飾りなのですね。

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この行事はあまり知られていませんが、今年で13回目を迎える様です。観光客は店で貰った短冊に願い事を書き、店先に飾られた笹飾りに短冊を結び付けるという趣向なのですね。また、土産物などに割り引きの特典があった様なのですが、残念ながら私はその恩恵には預かりませんでした。

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竹は地元嵯峨産の竹を使い、短冊は期間終了後に中の島で炊き上げて野宮神社の神主さんの祈祷を受けるのだそうです。特に嵐山が七夕と縁があるという訳ではなく、地元の竹を生かしたイベントを企画したというところが始まりの様ですね。

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それにしても暑い日が続きます。この日も空には入道雲が湧くという全くの夏空でした。関西地方の梅雨明け宣言はまだですが、事実上夏はもう始まっていると見て良さそうです。今年の七夕は主として西の地方では好天に恵まれ、織姫彦星を見る事が出来た様ですね。さて、願い事は叶うかな。

2008年7月 6日 (日)

京都・洛北 七夕祭前夜~北野天満宮~

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今年も早いもので、七夕祭が巡ってきます。ここ北野天満宮では明日7日に御手洗祭と棚機祭が執り行われますが、私が訪れた5日は本番に向けての準備が進められているところでした。

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本殿の前には大きな竹が用意されており、参拝者が短冊に願い事を書いて自由に飾り付けを行える様になっています。それを知っていたのでしょうね、沢山訪れていた修学旅行生達が、次々と竹に短冊を結び付けていました。きっと受験合格の願い事が多かった事でしょう。

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本殿脇の回廊には、地域の保育園や小学校などから集められた笹飾りが、沢山保管されています。これが当日には境内のそこかしこに飾られ、一気に七夕らしい雰囲気になるのですね。ちなみに去年の様子はこちらにあります。

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この笹飾りを作った子達も明日は棚機祭で踊るのかな。その為の舞台も着々と整えられつつありました。明日は天気も良さそうだし、文字通り晴れの舞台になると良いですね。ただ、あまりに暑すぎないかだけが気掛かりです。

2008年7月 5日 (土)

京都・洛東 東山暮色~八坂の塔・残照~

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すっかり日の落ちた西の空です。空の雲がいかにも梅雨の晴れ間らしい複雑な模様を作っていますね。そして残照が、わずかに見える愛宕山を赤く染めていました。

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振り向けば、ほんの少しだけ青味を残した空を背景に、八坂の塔が聳えています。残照ゆえにでしょうか、あたり一面が妙に立体感のある景色に見えました。

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さらに坂を下りてくると、ここでもまだ開けている店がありました。この時間帯に見る電球の色は、やはりなんとも優しい感じのする色合いです。

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さしもの長い黄昏時も、そろそろ終わりを告げようとしています。坂の一番端に来る頃には、すっかり夜の気配が漂ってきました。

夕闇に沈もうとする八坂の塔です。ライトアップされた姿も良いですが、闇に溶け込む一瞬前の姿というのもまた、捨てがたいものがありますね。

2008年7月 4日 (金)

京都・洛東 東山暮色~八坂の塔~

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二年坂から八坂通を下りてくると、期待通り夕陽が八坂の塔の向こう側に沈む所でした。八坂通から見た時に、夕陽と太陽の位置関係が丁度良くなるのはこの時期だけなのですね。

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でも、明暗差が激しいため、露出をどう合わせるかによって写真がまるで違ってきます。上は全体に明るくなる様に夕陽で計って+2EVの補正をして撮ったもの、下は空の階調が出る様に補正無しで撮ったのですが、どっちが良いかは微妙ですね。もう少し空がドラマチックに染まってくれれば良かったのは確かです。


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坂の下まで下りて来た時には、夕陽がすっかり沈んでいました。人通りの絶えた黄昏時の道は、静かな雰囲気に包まれています。

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ちょっと寂しい景色の中にあって、軒灯籠の明かりだけがほんのりと暖かそうに感じました。この電球の色は、なんだか懐かしくさえありますね。

明日はさらに坂を下って、残照の中の八坂の塔をご覧に入れようと思います。

2008年7月 3日 (木)

京都・洛東 東山暮色~二年坂・三年坂~

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暮れなずむ二年坂です。すっかり人通りの減ったこの坂を、外人の二人連れが下りていきました。すべてがぼやけて見えるこの時間帯だからでしょうか、この日本的な風景の中にあってもとてもなじんで見えます。

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二年坂から三年坂にかけては、午後6時を過ぎると人通りが減って急に寂しくなってしまいます。店が閉まるのもおおよそ6時頃で、寂しさに拍車を掛けていますね。これは清水寺が午後6時で閉門してしまうからで、結局のところ、このあたりは清水寺頼みになっているという事が判ります。

ところで、この道は石畳が復活していますね。まだ電柱は立ったままなのですが、まずは景観を優先したという事なのでしょうか。早く電柱のないすっきりした光景にして欲しいところではあるのですが、アスファルトの道で放置しておくよりこの方がずっと良い事は確かですね。

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二年坂から三年坂へと向かいます。ここも人通りはほとんど無いですね。いつもは人で賑わう青龍苑も店じまいがされており、わずかに軒灯だけが灯されていました。

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誰も居ない三年坂とは、なんとも寂しい光景ですね。この坂も全ての店が閉じており、写真を撮っていると家の中から子供を叱る母親の声が聞こえてきました。当たり前の事ですが、ここにもごくありふれた日常の生活があるのですね。普段は観光客相手の取り澄ました顔をしていますが、日が暮れてしまうと庶民が暮らす町としての顔が出て来るのです。

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清水寺まで行っても仕方が無いので、三年坂は登らずに引き返してきました。この界隈で唯一店を開けていたのがこの土産物店なのですが、かえって侘びしさが増すのはなぜでしょうね。さっきまでの賑わいを彷彿とさせるからなのか、それとも取り残された様な気分になるからなのか、どっちなのでしょう?

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再び二年坂近くまで戻ってくると、光が赤く染まり始めていました。どうやら望んでいたとおり、夕陽に映える八坂の塔を見る事が出来そうです。八坂通を下って、八坂の塔が見える場所まで急ぐ事にしました。その写真は明日アップしますね。

2008年7月 2日 (水)

京都・洛東 祇園暮色~甲部~

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(この写真は5月末に撮ったものです。)

切り通しから四条通を渡って、花見小路へとやってきました。このあたりを指して祇園甲部と呼ばれる事が多いのですが、正しくは切り通しのあるあたりもまた祇園甲部になります。

祇園の範囲を大雑把に言うと、西は縄手通から東は東大路通まで、北は新橋通(または新門前通)から南は八坂通を囲む範囲となります。このうち、四条通から北、花見小路から東の一角を祇園東と言い、祇園東を除いた残り全てが祇園甲部と呼ばれます。つまり祇園甲部とは場所を示す名称ではなく、花街の名前なのですね。

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このあたりは地名で言えば祇園町南側という、ごく当たり前な名称になります。周知のごとくお茶屋や料亭が立ち並ぶ歓楽街であり、基本的に夜の町でもあるのですが、夕暮れ時のこの時間帯は観光客でひしめく事になります。そのお目当ては、お座敷へと急ぐ綺麗所にあるのですね。

この日もぶらぶらと歩いているうちに、芸妓と舞妓の二人連れに出会いました。この二人は同じ屋形に所属する「姉」と「妹」になるのでしょうね。世間的には仕事を仕舞う時間ですが、彼女たちにとっては、これからが一日の始まりになるという訳です。

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白川のある祇園町北側と違って、南側ではあまり花は無いのですが、それでも玄関口に鉢植えがおいてあったりして、花街らしく季節感は大切にされています。それにしても、まさか祇園の街角で半夏生が咲いているとは思いませんでした。夕暮れ時に白く浮かび上がるこの花は、今の時期にぴったりの花ではありますね。

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祇園も東のはずれにあるのが「祇園サンボア」です。東京や大阪にある店の姉妹店になるのですが、ここは特に山口瞳が贔屓にしていた事で知られます。ちっょと判りにくいですが、暖簾は山口瞳の手書きに依るものだそうですね。見ての通り小料理屋風の店構えで、およそバーらしからぬところが如何にも祇園らしいところです。

祇園にあっても一見さんで入れる店なのですが、残念ながらまだ一度も入った事はありません。予算もそこそこでOKらしいのですけどね。

黄昏時の祇園を歩くと昼間見る事が出来ない夜の顔を垣間見る事が出来て、なかなか興味深いものがありますよ。


2008年7月 1日 (火)

京都・洛東 祇園暮色~切り通し~

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わずかな梅雨の晴れ間、夕暮れ時の東山を散策してきました。この時期は日の入りが遅くなるので、ゆっくりと黄昏時まで町並みを楽しむ事が出来ます。

暮れなずむ東山のそぞろ歩き、まずは祇園切り通しから始めましょうか。

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巽橋から見た白川です。季節や時間帯によっては殺風景な景色になってしまうのですが、日暮れ時はなかなか風情がありますね。

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この時間はひっきりなしに人が通る切り通しですが、それでも時おり人影が途絶える事があります。客を迎える準備を終えた後の、一瞬の静寂といったところでしょうか。

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思わぬところで「ちりとてちん」に出会いました。史上最低の視聴率とかあまり良い様には言われなかった「ちりとてちん」ですが、少なくともブログ界には熱狂的なファンが多数存在しています。かくいう私もファンだった1人です。

切り通しにあるこの店は衣装を提供していたとの事ですが、パゴンというアロハシャツのお店なのですね。草々や小次郎が着ていたシャツがそうだったのかな。ここには何度も来ていますが、この店が出来たのは確か3年程前の事で、そんなに有名になっていたとは知りませんでした。この看板にも全然気付いておらず、ドラマの放映中だったら良かったのに、ちょっと惜しい事をしましたね。

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そのパゴンの前から巽橋の方を振り向いてみました。通路に置かれた灯籠の明かりが、暖かさを感じさせてくれますね。

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切り通しを抜けると、紫陽花が咲いていました。こうして見るとここが切り通しと呼ばれる理由が判るでしょう?文字通り、町並みを切り開いて道を作った訳ですね。祇園の中でも最も祇園らしい道、それがこの切り通しです。


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