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2008年2月

2008年2月29日 (金)

“香りいっぱい 京の花小路”「花の回廊-早春の草花展-」~京都府立植物園~

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現在、京都府立植物園にて、「早春の草花展」が行われています。この催しは今年で3回目となるのですが、年々企画が充実してきており、今年は昨年の約3倍に規模が拡大されました。

今年の特徴は「花の回廊」と銘打たれているごとく100mの通路がしつらえられ、小径の左右に約70種200品種20,000株の花を展示するという趣向になっています。

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展示される花は随時更新されるようですが、この写真を撮った2月23日にはハナナを中心としたディスプレイになっていました。このテントの中は一足早い春の花で溢れていましたよ。

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こちらは出口近くの展示で、プリムラやマーガレットが中心になっていました。ピンクのマーガレットの色合いがほんのりと柔らかく、いかにも暖かそうに感じました。

この「早春の草花展」は北山門広場で行われています。期間は3月20日までですから、これからでもまだまだ十分に間に合いますよ。

2008年2月28日 (木)

京都・洛北 光琳梅開花~下鴨神社~

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京都・下鴨神社にある光琳梅が咲き始めました。

1月の初めに訪れた時に既に蕾が膨らみつつあったのですが、その後の寒波によって開花は遅れに遅れていました。この写真を撮ったのは先週の土曜日(2月23日)だったのですが、やっと数輪が咲き始めたところでした。

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光琳梅は、尾形光琳が「紅白梅図屏風」を描いた時にモデルにしたと言われる事からこの名があります。なるほど、御手洗川とこの梅の位置関係は、確かに屏風の構図そのままですね。そして、屏風に描かれた紅梅はまだ若木だったのですが、その後300年近くを経て現在の姿になったという事になります。

しかし、この木は樹齢300年にしては少し若すぎる様な?もしかしたら、途中で代替わりしているのかも知れないですね。このあたり、事実関係はどうなっているのでしょうか。

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下鴨神社のホームページによると、26日現在で2部咲きとなっています。これから暖かい日が続くそうなので、一気に開花が進むかも知れないですね。神社に依ると、見頃は3月上旬になりそうだとの事です。

2008年2月27日 (水)

恋する京都 ロケ地案内~先斗町・道筋~

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恋する京都のロケ地案内、最後は再び先斗町に戻って来ました。前回はテキスト中心だったので、今回は実地に歩いた写真を掲載する事といたします。

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まずは三条大橋から見た先斗町歌舞練場です。ドラマでも何度か登場した景色ですね。あらためてじっくり見ると、随分とがっしりした建物だという事が判ります。昭和2年に完成したとの事ですが、今でこそ周囲にビルが林立しておりさほど目立たないものの、当時は町家の中にあってさぞかし異彩を放っていた事でしょうね。

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一番上の写真は先斗町の道筋です。すごく狭い道である事が判るでしょう。

そして写っているのは本物の舞妓さん達です。祇園は広いせいかめったに本物と出会う事は無いのですが、ここは範囲がごく限られていますから、舞妓と遭遇する確率は高いですね。さすがに本物は着ている衣装もそして着こなしも、それは見事なものでしたよ。

そして、ここはドラマにおいて志乃と桃香がお座敷に上がっていたお茶屋の入り口です。二人は事始めの時もここに挨拶に訪れていましたね。

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先斗町を歩いていて面白いのが、路地が沢山ある事です。上のお茶屋の様に行き止まりのところもあるのですが、中には木屋町通へ抜ける道もあって、ちょっとした隠れ家の様な雰囲気を持っています。それぞれの路地の入り口には通り抜け可能かどうかが表示されているので、入る前に見ておくと便利ですよ。

さて、恋する京都のロケ地案内は、とりあえずここまでとさせて頂きます。紹介出来ていないところはまだいくつかあって、

大法院      遊山寺の教室及び茶室の部分

吉田山荘    第一話の見合いの場所

鷹峯土天井町 圭吾の畑

中山人形店  第一話の福原人形店

大沢の池    第三話の思い出の場所

三上家路地  野菜の振り売りをしていた場所

などがそうですね。これらは取材ができ次第、後日アップする事といたします。

なお、ロケ地の中で一番感心が高いと思われる「八坂の塔が正面に見える公園」は、料亭「京大和」の庭園です。ここは残念ながら自由に入れるという場所ではなく、ドラマの様に子供達が鬼ごっこをしている様な事はあり得ません。無論、客としてなら入る事は可能で、京料理に舌鼓を打ちながら景観を楽しむというのはなかなか素敵なプランだと思います。(京大和のホームページはこちら。料理は全て予約が必要です。)

ただし、私は当分行く予定はありません。だって昼のランチでさえ8400円からですからね、おいそれと入れる場所ではないのです。何か特別な行事でもあれば別ですけどね。いつか懐具合が暖かくなったら、行ってみたいと思ってます。

2008年2月26日 (火)

恋する京都 ロケ地案内~築地~

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「恋する京都」第5話では、圭吾の妹である奈緒子が、兄を東京に連れて帰るべく登場します。そして志乃に向かって、兄が東京に帰らない理由はあなたが居るからだ、兄を父の元に返して下さいと一途に迫るのでした。

その場面で、二人が話をしていた喫茶店がここ「築地」です。住所で言えば京都市中京区河原町四条上ル一筋目東入ル、幕末ファンには志る幸(池田屋事件の発端となった桝屋跡)の斜め向かいと言えばピンと来る事でしょう。

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ここは昭和9年創業という、喫茶店としては老舗の一つに数えられる店ですね。店内は徹底してレトロ調で統一されており、流れるBGMもクラッシックで、ロマンの香りに溢れていると言って良いでしょう。

志乃達が座っていたのは丁度この場所ですが、ドラマでは撮影スペースの確保のためでしょう、一角のテーブルと椅子を取り払い、窓に平行した二人掛けの席として仕立て直されていました。あるいは窓から入る光線を意識したのかも知れないですね。

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この店はウインナーコーヒーがレギュラーなのですね。私はウインナーコーヒーと頼んだのですが、厨房には「ホットひとつ」とオーダーが通ったので少し面食らいました。

味の方はまずまず、今時白の角砂糖というのもちょっと珍しいでしょう?

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客1人あたりのスペースは広いとは言えず、このあたりも古い喫茶店の仕様を引きずってますね。まあ、それも馴染み客には居心地が良いものなのかも知れません。それが証拠に、寂れていく喫茶店が多い中で築地は結構な賑わいを見せており、若い人達も多く居て活気にあふれていました。それがこの日はたまたまだったのか、それとも日常的に繁盛しているのかは判りませんが、いつまでも続いて欲しい店だと思います。

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築地と対照的に、時の流れと共に消えてしまった名店もあります。

実は私は「築地」には馴染みが無く、学生時代に通っていたのはもっぱら「みゅーず」の方でした。2つの店はご近所同士で、どちらも良く似た雰囲気の店だったのですが、高瀬川の流れが見える席が好きで、私は「みゅーず」の贔屓になったのでした。

ねこづらどきに「みゅーず」の記事を書いたのは2005年12月の事でした。しかし、わずかその半年後に閉店してしまい、今はこのとおり焼き肉屋さんとなっています。良い雰囲気の店だっただけに、無くなってしまったのは残念な限りですね。

あの窓際の席に座って高瀬川を眺める事はもう出来ないのかと思うと、なんとも寂しさが募ります。


2008年2月25日 (月)

恋する京都 ロケ地案内~岡崎周辺~

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恋する京都第4話「八坂の塔で恋のデュエット」においては、岡崎周辺が主なロケ地になっています。その一つが、疎水沿いにある夷川発電所です。動物園に向かう志乃と圭吾が待ち合わせ場所にしていたのがここで、冷泉通と疎水に挟まれた場所に、煉瓦造りのバーゴラが設置されています。

これが何かと聞かれると実は困るのですが、おそらくは疎水沿いの遊歩道整備の一環として、煉瓦造の夷川発電所に合わせて、休憩所を設けたものではないかと推測されます。

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ドラマには登場していませんが夷川発電所はこのあたりではちょっとした見所でして、1914年(大正3年)4月に完成した水力発電所であり、今でも現役で稼働しています。

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左の煉瓦造の建物が発電所で、明治の香り(完成したのは大正ですが)がするでしょう?ここまでわざわざ見に来る人は少ないでしょうけれども、京都における近代史のモニュメントの一つとして、押さえておきたい施設だと思ってます。

それにしても、貯水池と放水口とではほとんど落差が無い様に見受けられるのですが、これで発電出来るというのですから凄いですよね。

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夷川発電所の出力は300kWであり、京都市全体の電力需要からすれば微々たるものなのでしょうけれども、開設以来100年近くも電気を送り続けてきたのですから、それはそれで大したものだと思います。何より二酸化炭素を出さないのですからね、これから先も末永く現役として使われ続ける事でしょう。

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志乃と圭吾が車で向かった先は京都市動物園でした。実は夷川発電所からなら歩いて10分足らずの距離で、車を駐車場に停める手間を考えれば、歩いて来た方が早いかも知れないという位置関係にあります。普通ならわざわざ夷川発電所で待ち合わせなどしないでしょうね。

ここは結構人気のあるスポットで、この写真を撮った日もひっきりなしに人の出入りがありました。カップルも多く、圭吾が志乃を誘ったのも不自然な設定では無いですね。なお、京都市動物園の記事については、こちらを参照して下さい。残念ながらカバの写真は無いのですけどね。

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第四話においては、志乃の隣人である良美の子連れ再婚がテーマになっていました。その良美が交際相手の工藤と一緒に居るところを、とある店の中に居た志乃が見つけるという場面があったのですが、その舞台となったのがここ六盛茶庭です。

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この殺風景な写真は店の向かい側にあたるのですが、良美がタクシーで去る工藤を見送っていた場面の背景になっていた所でして、ドラマを録画している人は確認して下さい。実はこの店がなかなか判らず、この景色を頼りに探し当てたのです。場所は京都市左京区岡崎西天王町60、判りやすく言えば平安神宮の西、武道センターの向かい側に当たります。

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探し当ててみると六盛茶庭は、スイーツ好きの人の間では結構有名な店なのでした。スフレ専門の店なのですが、いつもは行列が出来る人気店なのだそうです。行ったのはみぞれ交じりの寒風が吹き付ける酷い日だっのですが、それでも店内には順番待ちの人が居て驚かされました。とても1人で入れる雰囲気ではなかったので中は良く見てないのですが、外から見た限りでは調度はドラマのとおりの様でしたよ。

それにしても今考えてみると、GOSPELといい六盛茶庭といい、NHKは当時話題のスイーツの店をロケ地に選んでいた様ですね。両方とも今でも人気がある店ですが、そっち方面のアンテナが低い私には制作者の意図が判らなかったです。もう少し守備範囲を広げなくてはいけないかな。でも老舗ならともかく、若者向きの新しい店はちょっと苦しいですねえ...。


2008年2月24日 (日)

恋する京都 ロケ地案内~GOSPEL~

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京都を舞台とした恋する京都ですが、最終回では東京に舞台が移ります。それがレストラン佐竹。圭吾のお父さんが経営するレストランですね。

圭吾は元々父のレストランで働いてしたのですが、祖父が倒れた時に京野菜の畑を継ぐべく京都にやって来たのでした。そして今度は父が身体の不調を訴えたために、東京へと舞い戻ったのです。

ドラマでは一瞬東京タワーが映った後でこのレストランのシーンになっており、如何にも東京で撮影したかの様に見えていました。しかし、実際にはあのレストランの建物は京都にあったのです。それがこのGOSPELで、住所を記せば「京都市左京区浄土寺上南田町36」、判りやすい目印から言うと銀閣寺のすぐ近く、「おめん」の斜め向かいになります。

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GOSPELは、20世紀の日本に数多くの西洋建築を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズの流れを汲む建物の様です。この建物が出来たのは1982年の事で、その何年も前にヴォーリズ本人は亡くなっているのですが、後を継いだお弟子さん達が設計したらしいですね。

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なんと言っても、赤煉瓦の塀とこの三角屋根が洒落ています。周囲は住宅街で、こんなところに立派な洋風建築があるとはと驚かされるのですが、これだけ本格的だとかえって違和感を感じませんね。

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ドラマにおいて東京タワーから切り替えのシーンで、圭吾が歩いていたのがこの道です。GOSPELの南側の道で、確かにここだけを見せられると東京と言われても判らないですね。なお、志乃が圭吾を訪ねてきた時にも同じ道を歩いています。

GOSPELはカフェ兼パブであり、午後12時から午前0時まで営業されている様です。と書き方が曖昧なのは入った事がないからで、確証を持てないで居るのです。ここには2度行っているのですが、1度目は営業時間の変更、2度目は全館貸し切りの為に入る事が出来ませんでした。ネット上の情報に依れば、店内の調度はドラマに出てきたとおりの洒落た内装になっている様ですね。

また、津田陽子さんのロールケーキ「フロール」が食べられる事でも、スイーツ好きの間では知られている様です。ただし、曜日限定とか電話予約が必要とかの情報もありますので、ロールケーキ目当てで行かれる場合は、あらかじめ電話で確認される事をお勧めします。

さらには、1階は「迷子」というアンティーク兼喫茶店の別の店の様ですね。このあたり、実地に見分出来てないので、あいまいな情報ばかりでちょっと申し訳ないです。またいつか入る機会があれば、内部のレポートをアップしたいと考えています。

2008年2月23日 (土)

恋する京都 ロケ地案内~祇園~

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恋する京都で祇園が登場したのは、第2回「私、京おんなになりたい!」の時だけです。これはたぶん、志乃が先斗町の芸妓という設定ですから、祇園は使いにくかったからなのでしょうね。

ドラマの設定では、高子があこがれる後藤のアクア・バーが祇園にある事になっていましたが、あのバーが実在するかどうか私には判らないので、ここではパスします。

それ以外では、拉致されたらしい後藤を高子が、その高子を志乃・圭吾の2人が探し回るというシーンに使われました。出てきた場所は主として祇園白川の周辺でしたが、とぎれとぎれに撮影した事もあってか位置関係はばらばらで、祇園を良く知る人が見ると相当混乱したのではないかと思われます。

この巽橋は一連のシーンの最後、高子が倒れている後藤を見つける直前の場面で出てきます。

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この新橋通は、志乃と圭吾が高子を捜すシーンにほんの少し出てきます。ただし、方向は写真とは逆でしたけどね。

(例によって写真を撮った時期がそれぞれ異なるので、季節はまちまちです。)

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ここはちっょと気付きにくいでしょうね。高子が走り過ぎた道なのですが、新橋通と新門前通を結ぶ路地です。そして、ここから新橋通に飛び出した時に志乃と圭吾に見つかるのですが、高子は気付かずに走り続けるという設定になっていました。

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最後に後藤が倒れていたのが辰己大明神の前でした。ここで喧嘩をしていたのならもっと前に見つかっていたはずなのですが、そこはドラマの設定という事で流します。まあそれ以前に、こんな人通りの多いところで殴り合いをしていたのなら、高子達より先に警察が飛んできていたと思われるのですけどね。

ドラマから4年が経って変わったと思ったのは、灯籠に沢山貼られていたお札がすっかり剥がされている事ですね。後藤が倒れていたのが左の灯籠の根本なのですが、ドラマのシーンとは違って今は随分すっきりとなっています。

後藤を助けた高子は、彼に肩を貸しながら左の白川南通を歩いていったのですが、大阪に帰ったと思いきや遊山寺へ連れて行ったのですね。ここでも方角がまるで逆じゃないかと突っ込みを入れたくなるのですが、それも置いておきましょう。

鶴田真由さんの日記に依れば、撮影当日は雪模様で、雪の止み間を縫っての撮影だったそうです。寒さに震えながら、ひたすら忍耐の連続だった様ですね。そんな苦労の跡が演技に見えないのは、さすがにプロの俳優さん達というところでしょうか。


2008年2月22日 (金)

恋する京都 ロケ地案内~八坂神社~

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八坂神社は、第1回に志乃と圭吾が出会った場所として登場します。二人が出会ったのは夜の八坂神社、南楼門の前の石段でした。

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志乃がこの石段を登ろうとした時に草履の鼻緒が切れ、困っていたところに圭吾が現れたのです。草履を脱いで裸足で歩こうとする志乃を見て、芸妓さんがそんな事をするもんじゃないと言い、志乃を抱え上げたのでした。

実は、志乃には同じ様な事が以前にもあり、当時まだ舞妓だった志乃が、この階段の前でこっぽりの鼻緒が切れた拍子に倒れてしまい、そこに現れた太郎が志乃をお姫様だっこに抱いて石段を登ったのでした。

志乃は、圭吾に抱かれた時にそのフラッシュバックが起こり、圭吾と太郎と混同してしまいます。

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この導入部については数々の疑問点があり、突っ込みたいところが山程あるのですが、今さらそれを言っても仕方が無いのでここでは触れないでおきます。ただ、この入り方をするのなら、志乃を祇園の芸妓にしておけば良かったのにと思ってしまいますね。

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第3話で登場した八坂神社の祇園神水です。別名「力水」とも言いますね。地下90mの深さから組み上げられており、八坂神社の地下にあるという龍穴と同じ水脈だとも言われています。ただし、この井戸自体は比較的最近に掘られた新しいもので、由緒正しい井戸という訳ではありません。

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その力水とセットで語られるのが、この美御前社です。美容の神様として知られ、力水を飲んでからここにお参りすると、美人になれると言われています。

ここは以前は祇園の舞妓や芸妓がお参りする程度だったのですが、最近は周囲が整備されて派手になり、その存在も広く知られる様になりました。霊験は祇園の舞妓が証明していますから、美しくなりたいと願う方は是非お参りされると良いですよ。なお、特に女性に限定はされてませんから、男性でも効果はあると思われます。

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大晦日限定ですが、白朮(おけら)祭の灯籠です。第4話で出てきましたね。大晦日の夜にこの灯籠で白朮(キク科の植物)が燃やされ、その火を吉兆の火縄に移して家に持って帰るという風習です。そして、その火だねで熾した火で雑煮を炊き、1年の無病息災を願うのですが、でもほとんどがガスコンロの世の中ですし、どうやって火だねにするのか困惑するところですね。ましてや、IHともなればどうしようもない無いなあ。

あの持ち帰った火は、皆さんどうしているのでしょうね。

2008年2月21日 (木)

恋する京都 ロケ地案内~三年坂界隈~

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この三年坂界隈もまた、恋する京都で頻出する景色です。第2話では高子と志乃がここを歩き、第3話では似顔絵を持った晶と英輝が圭吾と出会ったのが坂の途中でしたね。(以下、撮った時期が異なりますので、写真毎に季節が変わる事をあらかじめお断りしておきます。)

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そして、第2話において、志乃が男6人と女1人の団体を七福神に見立てた場所がこの店の前でした。この谷口松韻堂は江戸時代から続くという清水焼の専門店で、各窯元から焼き物を仕入れてはここで販売をされています。いつ行っても店先に焼き物が溢れているという感じの店ですね。

かつては、この店の続きである坂の西側には登り窯があったとの事で、清水寺へ向かう参拝者の列の横で、濛々たる煙が上っていた事でしょう。

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ここが志乃が高子に「おいでおいで」を教えた四辻です。本当に花街にあの風習があるのかどうかは知らないのですが、ドラマでは見事に効果を発揮していましたね。志乃は圭吾を、高子は後藤をそれぞれ呼び寄せた訳ですから。(上の写真は去年の9月、下の写真は今年の1月に撮ったものなのですが、その間に行われた工事によって石畳が失われています。)

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第3話において、志乃が菊を案内して焼き物師の晴雄を訪ねた店です。二人が入ったのは手前の六々堂だったはずなのですが、実際に店内が映されていたのは左の嘉祥窯の方でした。嘉祥窯は森岡嘉祥という陶芸家の店で、現在で三代目になるのだそうです。

また、ここは以前は阿古屋茶屋という水茶屋があった場所で、今でも二年坂に面して同名のお茶漬け屋さんが残っていますね。たぶん、かつては一軒の家だったはずで、この洒落た店構えは水茶屋時代の面影を残すべくデザインされたものなのかも知れません。

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三年坂からは外れますが、清水小学校もまた重要な舞台の一つになっています。ここは明治2年創立という大変由緒ある小学校なのですが、ドラマの中では八坂小学校という名称になっていました。第2話の京野菜の授業と高子のサッカー、第4話の学芸会の舞台として登場していましたね。

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出来るものならグラウンドから見える八坂の塔の写真などを撮りたいのですが、部外者が勝手に入る事が許されるはずもなく、外から見える景観だけをアップしておきます。

この校舎自体は昭和8年に完成したものですが、恐ろしくがっしりとした構えの校舎ですね。京都の小学校は地域ごとに何かに付けて張り合ったという経緯がありますから、きっと地元から多額の寄付があったのでしょう。京都を代表する産業の一つである清水焼の地元として、当時最先端の技術を駆使した建物を奢ったのではないでしょうか。そんな地元の気概が今に伝わっている様な気がします。

2008年2月20日 (水)

恋する京都 ロケ地案内~清閑寺~

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恋する京都で遊山寺として描かれているのが、この清閑寺です。(写真は以前に撮ったものを使用しているため、今と季節が合わない事をあらかじめお断りしておきます。)

まず、清閑寺についての概略を記します。

清閑寺は、802年(延暦21年)紹継により天台宗の寺として創建されました。その後一時寂れた時期があったのですが、一条天皇条在位中(986年~1011年)に佐伯公行により再興されています。本尊は菅原道真が梅の木で自ら彫ったという十一面観音像で、再興後は清水寺と並ぶ大寺として栄えたていたのですが、応仁の乱によって荒廃し、以後元に復する事はありませんでした。

そして、慶長年間(1596年~1615年)に今の規模で復興された際に、真言宗智山派の寺となっています。つまり、現在は智積院の末寺にあたる訳ですね。

また、ここは「平家物語」に出てくる小督局ゆかりの寺として知られ、小督局は高倉天皇の寵愛を受けた事が平清盛の怒りに触れ、ここで出家させらました。小督局23歳のときで、そのままここで亡くなったと伝えられます。そして、高倉天皇の遺言により、小督局の眠るこの地に天皇の陵墓が築かれています。

この階段はドラマにおいては、子供達が書道教室に通うシーン、晶達が学芸会の練習に通うシーンなど、度々登場していますね。

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門を入ってすぐに目に付くのかこの本堂です。これもドラマに頻出する建物ですね。一見して判る様に、背後にはすぐ山が迫っており、ドラマにあった書道教室の建物はここには存在しません。あの部分は妙心寺の塔頭大法院であり、あたかも一体であるかのように編集されているのですね。

その大法院ですが、普段は非公開であり、春と秋に特別公開が行われている様です。佐久間象山の墓がある事でも知られていますが、残念ながら私はまだ行った事はなく、画像はありません。後日機会があれば記事としてまとめてアップしたいと思ってます。

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境内の西にあるのが要石です。向こう側の景色が扇の形の様に見えるでしょう?その扇の要の位置にある石である事から、この名で呼ばれる様になりました。

この石に願を掛けると叶うと言われているのですが、ドラマではこの石の前に縁結び地蔵が置かれていました。縁結び地蔵は恋愛に特化してはいますが、願い事にご利益があるという点では、この要石の言い伝えを踏襲していたとも言えますね。

ところで、この寺に恋愛成就のご利益があるという話は聞きませんが、先に触れた小督局と高倉天皇の悲恋からシナリオのヒントを得たものだったのかも知れないですね。さらには、大根炊きという行事もありませんので、ドラマを見てあまり多くを期待しすぎると、がっかりする事になるかも知れません。

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第3話で大晦日のシーンがありましたが、志乃達が除夜の鐘を撞いていたのがこの鐘楼です。ただ、実際に大晦日に撞かせて貰えるかというと良く判りません。調べた限りでは参拝者が撞ける寺には入っていないので、無理ではないかと思うのですが。

ちっょと気になるのが手前にある石碑で、ドラマでも一部が映っていました。大西郷とあるのですが、これはあの西郷隆盛の事です。

丁度いま大河ドラマ「篤姫」の脇役として登場していますが、その西郷が清水寺の勤皇僧・月照と共に朝廷工作をしていた際に、謀議の場所として使っていたのがこの鐘楼の背後にあった郭公亭という茶室でした。今は解体されてしまっており跡形も無いのですが、わずかに小さな門だけがその名残を留めています。

郭公亭は篤姫の中に出てくるか、せめて縁の場所として紹介されるかと思っているのですが、どんなものでしょうね。


恋する京都 第5回「恋のオバケは福の神」

恋する京都 第5回「恋のオバケは福の神」、まずはいつもの様にロケ地の速報からです。

志乃と奈緒子が話をしていた喫茶店  「築地(つきじ)」 河原町四条上がる一筋目東入る

レストラン佐竹  「ゴスペル」 左京区浄土寺上南田町36(銀閣寺「おめん」の斜め向かい)

追加情報

第1回放送時の福原人形店 「あしだや 中山人形店」 下京区土手町通正面下ル紺屋町


さて、あっという間に最終回を迎えてしまいましたね。互いを思いやった志乃と圭吾の恋は無事に成就し、ハッピーエンドを迎える事が出来ましたが、やはりこの続きが見たいです。是非続編を期待したいところですね。

今回見直して改めて思ったのは、映像がとても綺麗だという事です。カメラワークが素晴らしくて、志乃や晶を美しく撮るばかりでなく、京都の町を実に魅力的に描いてくれていました。なるほど、コアな京都のファンの心を捉えただけの事はありますね。あんな具合に写真が撮りたいものだと、思わずには居られません。

再放送中は、「恋する京都」をキーワードにした数多くのアクセスがありました。当ブログには前回の放送をきっかけに書き貯めた京都に関する記事が沢山ありますが、たとえ1人の方でも共感を覚えて頂けたとしたら、私としても嬉しい限りです。

放送は終了しましたが、ロケ地探訪はまだ続きます。よろしければ、もう暫くの間お付き合い願います。

2008年2月19日 (火)

恋する京都 ロケ地案内~八坂の塔~

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恋する京都ロケ地案内の2回目は八坂の塔です。ここは志乃の現在の住まいである沢井写真館がある場所として設定されていますが、現実にはあの古めかしい写真館は存在しません。この写真の左手、千枚漬の幟りのある店の手前側に、写真館のセットが作られていたのですね。

ちなみに、この漬け物屋さんも第4話で「中井漬物店」として登場しましたが、残念な事に今は取り壊されて現存しません。雪の八坂の塔の写真を見て貰うと判るのですが、該当箇所にブルーシートが見えるでしょう?上の写真は去年の12月半ばに撮ったものなのですが、その2ヶ月後には取り壊されてしまったという次第です。跡地がどうなるかまでは判りませんが、これでドラマのシーンが一つ減った事になりますね。

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八坂の塔のアップです。この写真の一番下の層に白く反射している部分が見えると思いますが、ここが志乃がいつも座っている窓がある場所です。本来は木枠の窓があった場所に、ガラスを嵌め込んで眺望を確保したものと見て取れますね。

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八坂の塔はこの窓のある二階まで昇る事が出来るという、貴重な存在でもあります。一層目には五智如来座像が祀られ、さらには礎石の部分まで見る事が出来るのですが、常時ここまで公開されている塔は他にはありません。(この塔のレポートについては、こちらの記事を参照して下さい。)

その窓から眺めた景色です。絶景という程でもないですが、まずまずの景色でしょうか。特に道行く人達の様子が判るのが、ここの良いところかも知れません。

ただ、内部は思った以上に狭く、かつ埃っぽいですね。さらに言えば、当然の事ながら空調が無い上に、自然の空気の流れも無い(窓はガラスで塞ってます)ですから、夏は極端に暑く、冬は極寒となります。ですから、志乃の様に好きこのんで座りに来たいという様な快適な場所ではありません。

また、階段は垂直に近く、上り下りにはちょっとした労苦を伴います。もし志乃の気分を味わいたいと思ったら、ほんの少しですが、軽い覚悟をしておく事が必要となります。特にハイヒールは厳禁ですよ。

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その反対側にもやはりガラス窓があります。こちら側の景色はお世辞にも良いとは言えないのですが、もみじが眼下になるので紅葉の時期には良いかも知れないですね。

また良く見ると、京大和の建物が見えています。京大和からの眺めはドラマにも出てきますが、その反対側というのはちょっと珍しいですね。まあ、だからどうだという事も無いのですが。

なお、第四話ではこの塔の中のシーンがあるはずだったのですが、何かの都合により実現されませんでした。すぐに見つかる道端に隠れるという不自然なシーンがあるなど展開が少し不自然な部分があったのは、そのせいだったのですね。何より、タイトルと整合が取れなくなったのがちょっと残念でした。


恋する京都 第4話「八坂の塔で恋のデュエット」

恋する京都 第4話「八坂の塔で恋のデュエット」、いつもの様にロケ地の速報からです。

中井漬物店 つけもの処「伊勢屋」(ただし、現在は取り壊されています。)

良美が八坂の塔の絵を描いた場所 京大和

圭吾が振り売りをしていた場所 西陣「三上家路地」

良美が秀輝を探した繁華街 河原町蛸薬師西入る

志乃と圭吾が待ち合わせをした場所 夷川発電所

動物園 京都市動物園

志乃が車から降りた場所 たぶん二条城付近

晶と圭吾が話をしていた公園 高台寺公園

学芸会の会場 清水小学校

今回は晶ちゃんの活躍が見事でした。本当に達者な子役ですね。このドラマを楽しくしてくれている、名脇役と言っても良いでしょう。

村崎真彩ちゃんはその後「風のはるか」にも出演していましたが、あれから4年が経って今年で14歳になるのですね。将来どんな大物女優になるか楽しみです。

2008年2月18日 (月)

恋する京都 ロケ地案内~先斗町~

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恋する京都のロケ地を巡るシリーズ、まずは先斗町から始めましょうか。

先斗町は鴨川のすぐ西に位置し、四条から三条までの間の細い石畳の道筋の両側に連なる町並みを指します。どれだけ道が細いかと言えば、大人二人が並んで歩くとほぼ道幅が一杯になってしまう程で、ここを歩く時には譲り合いの精神が不可欠です。先斗町は京都に五つある花街のうちの一つなのですが、この道幅の狭さから来る独特の風情が、この町の持つ特色の一つと言えるでしょう。

また、道の東側に位置する店は鴨川にも面しており、ほとんどの店が京都の夏の風物詩である床を出しています。この床を持つという事も、他の花街には無い持ち味の一つでょうね。

さらには、お茶屋のみならず一般の飲食店が多い事も特徴で、隣接する木屋町とは数多くの路地で繋がっており、二つの町が事実上一体化しつつある様にも見受けられます。

そんな中でも花街の伝統は頑なに守られており、その中心となっているのが先斗町歌舞練場です。恋する京都においても何度も登場していますが、普段は舞妓・芸妓の稽古場として、そして毎年5月には鴨川踊りの会場として使われています。

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恋する京都の主役である志乃は芸妓、その妹筋にあたる桃香は舞妓にあたります。舞妓と芸妓の違いは年齢にあり、20歳になると舞妓は襟替えをして芸妓へと変わるのです。一般に舞妓の方がもて囃されますが、実際に芸や座持ちが達者なのは芸妓の方であり、舞妓はまだまだ修行中というのが実情の様ですね。

ではなぜ舞妓の方が人気があるかと言うと、やはり圧倒的に数が少ないという事、それに初心である事が粋人には新鮮に映るのでしょう。両者の見分け方は髪型や化粧の仕方など色々ある様ですが、手っ取り早いのは帯を見る事で、舞妓は帯を垂らした「だらりの帯」、芸妓は普通に結んだ帯をしています。だらりの帯は華やかではあるものの、花街の世界ではまだまだ半人前であるという印でもあるのですね。

なお、私は見た事がありませんが、仕込みから舞妓に上がる直前にする半だらりという帯もあるそうです。

花街においては屋形(置屋)とお茶屋の二通りの店があり、客が上がって遊ぶのがお茶屋、芸妓・舞妓が所属しているのは屋形と呼ばれます。お茶屋は客が来ると屋形に連絡して、芸妓や舞妓を呼ぶ訳ですね。この時、料理は仕出屋に頼むのが普通で、お茶屋とは貸座敷業、すなわち客に部屋を提供し、客の求めに応じて遊びをコーディネイトする稼業と言えば判りやすいでしょうか。

屋形では舞妓志望者を入れ、一人前になるまで面倒を見ます。この間、衣装や食費など必要な経費は全て屋形で負担し、一人前の舞妓になればその稼ぎから回収して行きます。この額は結構大きく、一説によると3千万円程度になるそうですね。その借金を返す期間を年季と言い、年季が明けるまでは舞妓・芸妓は屋形に住み込む事になります。年季が明ければ独立した自前の芸妓として屋形を出る事が許される訳ですが、志乃はこの自前芸妓という事になりますね。

ただ、年季も明けないままに飛び出した舞妓が、そう簡単に元の世界に戻る事が許されるものかどうかは判りません。相当なゴタゴタがあったであろう事は容易に想像出来ますが、ドラマにおいては遊心が全てを引き受けたと言ってましたから、彼女が裏で動いて、事態を丸く収めたという事なのでしょう。実際、お寺さんは花街の上得意と聞きますからね...。

それはさておき、志乃の日常を見ていると随分と余裕がある様ですが、実際の芸妓達の日常は、夜のお座敷の他に稽古とあいさつ廻りに明け暮れており、それほど優雅なものでは無い様です。自前芸妓ともなれば、屋形でやってくれる雑務も全てこなさなければならないでしょうから、なおさらでしょうね。

歌舞練場における稽古の種類は多岐に及び、踊りの他にお茶、お花、長唄、小唄、三味線など、様々な芸を習得して行かなければなりません。その修行の厳しさも、ドラマにおいて桃香が手ひどく叱られていた様に相当なものの様ですね。

このあたりの事情が判る興味深いサイトを見つけました。咲くちゃん日記というのがそれで、先斗町の現役の芸妓さんが綴っておられるブログです。過去の記事を見ていけば、それこそドラマ出てきた様な稽古風景が沢山掲載されており、なるほどあの世界は現実にあるのだと実感出来ますよ。花街の内側を知りたい人には、最適のサイトかも知れません。

恋する京都 第3回「鹿ヶ谷かぼちゃは初恋のときめき」

まずは第3回「鹿ヶ谷かぼちゃは初恋のときめき」のロケ地速報から。

今回はほとんどが三年坂界隈でした。

晶と英輝が圭吾と出くわした坂道、焼物師の晴雄が居た店、志乃と圭吾がラストシーンで歩いていた道などがそうですね。

菊と志乃が訪れた池 大沢の池

菊と志乃が水を飲んでいた場所 八坂神社の御神水

菊と志乃が歩いていた場所  円山公園(八坂神社の東北の鳥居を出たあたり)

菊と志乃が弓で遊んだ場所  円山公園内の「大弓射場 園山」

クリスマスの日に子供達が並んでいた場所  石塀小路


以下、簡単な感想を。

以前にも同じ事を書いてますが、今回はやっぱり圭吾が菊に言ってあげた、「祖父は、あなたが教師としてしなければならない仕事があったから来なかったのだと、判っていたと思う。」という言葉が心に残ります。この一言で、菊の心を縛り付けようとしていた重い呪縛を解き放ってあげたのですからね。また、その前に「孫としての特権」と断りを入れたのも効いてましたね。その前提を置いた事で、祖父にとても似ているという圭吾の言葉に真実味が加わりました。このあたり、改めて見るとシナリオの巧妙さに気付かされます。

それと、「太郎さんとの思い出が沢山ある志乃が好きになった」という圭吾のセリフも泣かせますね。今回は圭吾の優しさが際だった回だったと思います。(ただ、このセリフって、めぞん一刻の五代君のセリフと良く似ているのですよね。もしかしたら、作者も意識していたのかなという気もします。)

2008年2月17日 (日)

京都・洛中 盆梅~錦天満宮~

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ずっと雪景色を続けてきましたが、そろそろ春の気配も欲しいところですよね。

そこで、新京極にある錦天満宮にお邪魔して、梅の花を撮ってきました。ここは社殿の前に盆梅が置かれているので、確実に花が咲いているだろうという見込みがありましたので。

で、確かに咲いてはいたのですが、あまりの寒さ故か今ひとつ元気が無いですね。

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境内の奥に行くと、こちらでは地植えの梅が咲いていました。たぶん屋内で管理されていたと思われる盆梅に比べて、自力で寒さに対処してきた地植えの梅は、さすがに凛とした強さを秘めた美しさです。

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思わぬ寒さに縮んでしまった盆梅ですが、これから暖かくなってくると美しさを取り戻す事でしょう。今年の寒波もそろそろ底の様ですからね。

遅れている花の開花の知らせが聞こえてくるのも、もうすぐかも知れません。

2008年2月16日 (土)

京都・洛東 雪景色~祇園白川~

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祇園・白川に架かる巽橋。その雪景色を撮っていると、偶然お使いに出ていたと思われる仕込みさんがやってきました。

仕込みさんは、舞妓になる前の修行中の子の事を指します。修行の期間は中学卒業後の半年から1年、中には置屋に暮らしながら中学に通うというケースもあり、その場合は3年という事になりますね。

いずれにしても舞妓としてお座敷に出る様になれば一人前とみなされる訳ですから、仕込みさんの修行は並大抵のものでは無いでしょう。半年で花街の一通りの仕来りを覚え、人前で披露出来るだけの芸を身に付けなければならないのですからね。余程根性が据わっていなければ無理だという気がします。

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しかも、置屋に入れば辛い時に泣きつく肉親も居ない訳ですから、頼れるものは神様だけという事になるのかも知れません。祇園の舞妓・芸妓が信心に篤いのも、そのせいなのかも知れないですね。

この仕込みさんも、芸事の神様と言われる辰己大明神にお参りしていました。きっとこの春の都おどりには、一人前の舞妓として舞台に立っている事でしょう。

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この辰己大明神は、地元の元吉町で世話をされている様です。鳥居にあった張り紙には世話人会ともあったので、きっと町内で持ち回りで世話人になっているのでしょうね。小さな神社とはいえ、これだけの手入れをするのはさぞかし大変だろうと思います。

恐らくは、祇園の芸事を支えているという誇りがあるからこそ続けていられるのでしょう。その熱意には頭が下がる思いがします。

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白川の畔で咲いている梅も、この雪で震え上がっている様でした。でも、この寒波も何時までも続くものではありません。本物の春が来るまで、あと少しの辛抱ですね。

2008年2月15日 (金)

恋する京都 第2話「私、京おんなになりたい!」

第2話のテーマは京おんな。

京おんなについては昔から色々言われていますが、その一つの典型とされるのが吉野太夫でしょう。京おんなの定義というもは有る様で無いと思いますが、吉野太夫に添って上げれば次の様になるでしょうか。

優しさと上品さ、それに教養を兼ね備え、そして内には熱い情熱を秘めた女性。

実はこれは奈良本辰也氏の受け売りなのですが、志乃に当てはめるとまさにぴったりと来ます。

このドラマでは、伝統や言い伝えを守りながらも、生きている事を楽しむ事の出来る女性とありました。なるほど、これも京おんなのあり方の一つかも知れません。

それと対比されていたのが、鈴木紗理奈が演ずる高子の大阪女なのですが、ほとんどストーカーまがいで、ちょっと酷いですね。あれで代表されてしまっては、大阪人が怒るでしょう。まあ、最後は本音と情熱で生きる女性として救ってはいましたが。

元々京都、大阪といった括りで女性を語る事にそもそもの無理があるのであって、ここでは京情緒の一つとして捉えておくのが無難かと思われます。

さて、第2話のロケ地の速報ですが、

おいでおいでをしていた四つ辻  三年坂下、青龍苑の南西角

晶の小学校  清水小学校

遊山寺の茶室  書道教室と同じく大法院

後藤を捜し回った場所  祇園町北側一帯(主として白川南通と元吉町界隈) それに辰己大明神

あたりでしょうか。

あと、印象的なエンディングの景色は、たぶん京大和の庭園から見た風景でしょう。

あの映像を見ていると、夕暮れ時の八坂の塔を見に行きたくなります。いつかあんなふうに綺麗な景色を撮ってみたいものですね。 

 

京都・洛東 雪景色~祇園甲部~

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雪の日の祇園と言えば、まず一力が思い浮かびます。この風格ある佇まいは、他に類を見ないですからね。

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そして、この赤と黒の壁と雪の対比も見事です。以前にも掲載した事があるのですが、何度でも撮りたくなるのですよね。

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祇園甲部ならではのお茶屋街です。こうした路地に雪が降ると、いかにも祇園らしい風情が溢れて来る様な気がします。

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別の路地にあったお稲荷さんの灯籠です。「有楽町」はここでは「うらくちょう」と読みます。織田有楽の名にちなむものなのですが、正式な地名ではありません。住居表示上では祇園町南側何番地となるのですが、このあたりの人は昔ながらの地名を尊重しているのでしょう。

恐らくは、織田有楽が晩年を過ごした正伝院(建仁寺塔頭)がこの地にあったのでしょうね。この寺は明治6年に少し西にあった永源庵の故地に移り、正伝永源院として今も存続しています。

それにしてもこのお稲荷さん、小さいながらも手入れが行き届いており、付近の人達の思い入れの程が窺えるという気がします。

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石畳に雪はよく似合う、と言いたいところですが、ちょっと人通りが多かった様ですね。踏み荒らされた雪が、ぐちゃぐちゃになているのが少し残念でした。でも、それらしい雰囲気はあるでしょう?

祇園の雪景色は、京情緒に溢れていると言っても過言ではありません。

2008年2月14日 (木)

京都・洛東 雪景色~知恩院~

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雪に霞む、知恩院三門です。

三門は現在特別公開中で、普段は入れない2階に上る事が出来ます。内部は質実かつ重厚な外観と違って、鮮やかな極彩色の世界が広がっているので、そのあまりの落差に驚かされます。また、知恩院七不思議の一つ「白木の棺」はここにあり、こういう機会でなければ見る事は出来ません。

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男坂は、雪で滑るからでしょう、通行止めになっていました。実際、もしもここで転びでもしたら、只では済まないでしょうからね。誰にも踏み荒らされていない雪の階段が、とても綺麗でしたよ。

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知恩院におけるもう一つの特別公開が、教蔵で行われています。実は、この日知恩院を訪れたのは、雪景色を見るためだけではなく、この教蔵に入る為でした。この建物は以前から気になっていたのですよ。かなり巨きな建物なのに中はがらんどうの様に見え、何の為の建物かと不思議に思っていました。

今回やっと念願が叶って内部を見せて貰えたのですが、まず中央に八角形の輪蔵がそびえているのが目に付きます。そこにしつらえられたあまたの引き出し中に、「宋版大蔵(一切)経」六千巻が納められており、この輪蔵を一回転させると全巻を読んだのと同じ功徳が与えられるとされます。

その輪蔵の周囲の壁は極彩色の絵で飾られており、三門と同じく外観とは似ても似つかない世界になっています。ちょっと意外だったのは思ったよりも内部が狭かった事で、輪蔵の周囲は、二人が並んで歩くのが精一杯という程度の空間しかありません。まあ、それだけ輪蔵が巨大という事もあるのでしょうけれども。

三門と同じく、地味な外見とはまるで異なる教蔵の内部に魅せられた特別公開でした。

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今回の特別公開は、もう一つ勢至堂とペアになっていましす。しかし、この日は雪のために勢至堂に至る参道の途中で竹が折れて道を塞いでいるとの事で、その代わりに方丈庭園に入れて貰える事になりました。

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方丈庭園はこれで二度目になりますが、やはり雪が積もると印象が異なります。たとえばこの雪見灯籠などは、前回にはほとんど印象に残っていないのですが、こうして雪を被るとぐっと存在感を増しますね。

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二十五菩薩の庭では、サツキの刈り込みの緑と雪の白、それに砂に描かれた波の線が渾然となって、一種独特の世界を形作っていました。これも雪の日ならではの景色ですね。

ここでも坂道は通行止めになっており、上から見下ろす景観は撮れませんでしたが、これだけの景色を見る事が出来たのですから十分に満足です。

帰り道の女坂で、滑りまくっただけの事はありましたよ。

恋する京都・第1回「京にんじんは恋の味」再放送オンエア!

延び延びになっていた「恋する京都」の再放送が、やっと実現しました。その第1回「京にんじんは恋の味」を4年ぶりに見た訳ですが、うーん、何だか新鮮に感じますね。

じっくり見るとストーリーの展開にやや無理があるし、あちこち突っ込みどころは満載なのですが、そんな事は全て脇に追いやって、ひたすらこのドラマの情緒を楽しむ事にします。

ロケ地の探訪など詳しくは後日行う予定ですが、とりあえず気の付いたところを上げておくと次のとおりです。

沢井写真館  八坂塔下商店街。ただし、写真館そのものはロケセットであり、今は現存しません。

遊山寺  階段、本堂、及び縁結び地蔵のある境内は清閑寺。書道教室は妙心寺塔頭の大法院。

恭子の見合いの場所  多分、吉田山荘。行った事が無いので確信は無いのですが。

圭吾の畑  これも多分ですが、山の姿から見て、鷹峯のどこかと思われます。

八坂の塔から志乃が見た景色  こちらの記事を参照。の事。

まだ一回見ただけですが、やっぱり良いドラマだと思います。エンディングを見ると、なんだかとても懐かしい気分になりました。京都の記事を書き始めた頃に戻って、新たな気分でブログを続けられそうな気がします。

京都・洛東 雪景色~円山公園~

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高台寺から八坂神社を経て、円山公園まで来ました。普段の雪ならそろそろ止む頃なのですが、この日は間断なく降り続けています。

ここからは池越しに見る東山が雪に煙り、見事な景観をなしていました。

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雪の散歩道、と言うには少し優雅さに欠けているかな。

道に雪が無いところは上に枝が沢山ある場所です。水分の多い雪ですから次から次へと枝に付いて、下に落ちなかった様ですね。その分重くなった枝が、随分と下まで垂れてきています。

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枝垂れ桜もまた雪模様を描いていました。今は厳寒の中に居ますが、やがて来る春には再び美しい花を咲かせてくれる事でしょう。その花を見る日が楽しみです。

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このノキシノブは、これまでにも何度か撮っているのですが、今回やっと絵になってくれました。電球の色が暖かそうでしょう?

それにしても、いかにもべとっとした雪だったのが判りますね。北国だと、これはもう春の雪ですか。

2008年2月13日 (水)

京都・洛東 雪景色~高台寺~

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建仁寺に続いて、雪の庭を見せて貰いに高台寺を訪れました。ここなら、枯山水の庭と池山式の庭との両方を見る事が出来ますからね。

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その庭園は期待どおりの雪景色でした。写真では東山が白く霞んでしまいましたが、実際には雪に煙る山の木々が、幽玄味と共に奥行感を与えてくれていました。

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本堂南の庭園は、装飾は二つの盛砂だけという潔さが際だつ景色になっていました。この静謐さが素晴らしいですね。ただ、門の背後に工事用の防音幕が見えているのが残念でしたが。

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白砂の上に引かれた筋が雪で浮かび上がり、この上無く美しい模様を描いています。この上質の絹の様な白い芸術を見る事が出来ただけでも、ここに来た甲斐があったというものです。

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雪の臥龍池と臥龍廊です。前回は臥龍廊を通って霊屋に行ったのですが、この日は雪で滑るからでしょうか、通行止めになっていました。出来る事なら、雪の積もった臥龍廊の屋根の写真も撮りたかったですね。

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この日の雪は、水分をうんと含んだ重いものでした。まあ、京都に降る雪は大抵そうなのですけどね。見た目は美しいのですが、たぶん重さに耐えきれずに枝が折れた木や、中には根こそぎ倒れてしまった木もあった事でしょう。木にとっては受難の日だったのかも知れません。

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雪はまた、詫び寂びを求める茶室にとっても、絶好の演出材料となっていました。

この遺芳庵は如何にも鄙の庵という雰囲気になってますね。中に入れば吉野窓が雪明かりで仄かに光り、幽玄味溢れる風情となっていた事でしょう。

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傘亭は、まさに山里の苫屋の様になっています。わざわざこの場所に建てた狙いが判るというものですね。

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晴雨亭は、山の野小屋でしょうか。無論、何もかも計算ずくで作ってある洗練された建物ですから、雪の中でもとても絵になります。

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最後に出迎えてくれたのは、雪に埋もれた寒椿でした。モノトーンの世界にあっては異質な色ですが、寒気の中に暖かさを感じさせてくれる嬉しい色ですね。

雪の日の高台寺は素晴らしいの一言です。

2008年2月12日 (火)

京都・洛東 雪景色~石塀小路~

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京都にあって、石塀小路は大正ロマンの世界。この街灯はその一つの象徴ですね。

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いつも思うのですが、この道の曲がり具合ときたら絶妙ですね。これは偶然に出来上がったのではなく、最初から計画されていた町並みを美しく見せるための工夫です。

そしてここを通る人は、この先にどんな景色が待っているかと想像を膨らませながら歩く事でしょう。そうした効果も期待しての事かも知れません。

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ここでも見られた赤と白のコントラスト。南天はこの時期に有り難い被写体です。

この南天は普段は看板と同じ高さにあるのですが、雪の重さで道の中程にまで垂れてきていました。下手をすると折れてしまいかねない程だったのですが、大丈夫だったかな。

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深深と降り続ける雪に、静まりかえった石塀小路です。まさに隠れ家にふさわしい風情ですね。

こんな日は田舎亭に泊まって、暖かい二階の部屋から石畳の道を見下ろしながらゆっくりとくつろぐ、そんな事をしてみたくなりますね。

京都・洛東 雪景色~二年坂から高台寺道まで~

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雪の二年坂です。先日も同じ様な景色をお届けしたばかりですが、雪の具合を知って貰うには丁度良いかなと思ってアップしました。

二年坂のこの景色を見ると、実はちょっとした恐怖心が伴います。二年坂で転ぶとあと二年で死ぬという俗信があるのですよ。ですから、ここではいつも絶対に転ばないように注意しているのですが、これだけ雪が踏みしめられていると、とても危険です。

滑らない様にと気をつけてゆっくりと降りていったのですが、最後の方に来てズルッとなってしまいました。まあ、転ばすには済んだのですが、ヒヤッとした一瞬でしたね。危ない、危ない。

この日は結局、あちこちで都合10回は滑りそうになりましたよ。banana

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どこに雪景色を撮りに行こうかと考えた時、真っ先に浮かんだのがこの傘でした。三つ並んだ傘に雪が積もると、さぞかし綺麗ではないかなと思ったのです。実際に来てみると思ったとおりだったのですが、もう少し撮り様があったのかなという気がしています。もう一工夫も二工夫も出来たのではないかしらん。

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霊山観音まで来ると、雪が一段と激しくなってきました。観音様も、見る見る白く染まっていきます。そして何より、雪に煙る東山の緑が見事でした。

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高台寺の入り口から見た祇園閣です。八坂の塔ほどの幽玄味はありませんが、これはこれで独自の世界を持ってますね。さしずめ、水墨画に描かれた中国の楼閣を思わす景色と言えるでしょうか。

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この雪の中でも人力車は営業を続けていました。乗っている方はまだ良いけれど、この雪道を引っ張って歩くのはさぞかし大変だった事でしょう。

人力車ならではの轍の跡を見ていると、確かこんな描写をしていた小説があったなと、ぼんやり思い出しました。明治あるいは大正の世を思わせる、そんな景色でもありますね。

2008年2月11日 (月)

京都・洛東 雪景色~八坂の塔~

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平成20年2月9日の雪は、朝8時頃に降り出した後に一旦止み、その後10時頃から本格的に降り出して夕刻までそのまま続くという、京都にしてはあまり無いパターンでした。遠く子供の頃の記憶を辿ってみると、数少ない大雪の時の傾向と似ている様な気がします。つまり、何年かに一度しかないという気圧配置に当たったのですね。

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それにしても昼からも降り続くだろうという天気予報てはあったのですが、ここまで降るとは正直思ってなかったです。屋根の上や苔の上が白くなれば良いなと思っていたのですが、期待をはるかに上回る降り方でした。

その雪の中でモチーフの一つにしたのは八坂の塔です。先日の雪でも撮ったばかりなのですが、今ひとつ物足りなかったので、再度撮ってきたのがこの一連の写真です。

東山を歩いているとあちこちで目にする八坂の塔ですが、代表的な角度は上の2枚でしょう。

丁度雪が本格化し始めた頃で、塔が白く霞んでしまっています。1枚目と2枚目の写真の時間差は10分程度なのですが、道に積もった雪の違いが判るでしょうか。それまで道が濡れている程度だったのが、あっという間に白く染まり、この後は時間と共に積もっていく事になります。

下の写真には舞妓体験の人達が写っていますが、彼女たちが歩き始めた時には積雪は無かったのでしょう。ところが、思わぬ速さでこうなってしまった訳で、この後大変な目に遭ったのではないでしょうか。雪のおかげでまたとない綺麗な写真が撮れたでしょうけど、帰り着くまで大丈夫だったのか、ちょっと気がかりな所です。

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ここは、夏の終わりに綺麗な花を見せてくれる百日紅のある場所です。今はすっかり葉を落としており、裸になった枝に雪が積もって、綺麗な模様になっていました。

それにしてもいつも思うのですが、電柱は景観を壊してますね。高台寺界隈の様に、三年坂から一連の流れとして、電線を地下に埋めて貰う事は出来ないのかしらん。

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二年坂を経て高台寺の駐車場にやってきました。依然として雪は降り続いており、町中を白く染めているのが判ります。

墨絵の様な八坂の塔が良い感じですね。

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私的には、今回撮った中では一番嬉しかったのがこの写真で、木立の上に小さく八坂の塔が写っているのが判るでしょうか。水墨画と言いますか、異界に浮かんだ小さな塔の様で、この塔の持つ新しい一面を見つけた様な気がしました。

撮った場所は高台寺の霊屋の前ですが、雪の日で無ければ見る事が出来なかった姿だと思います。

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台所坂の途中から見た八坂の塔です。この塔は見る角度によって微妙に姿が異なって見えるのですが、比較的バランス良く見えるのはここからの姿ではないかなと、密かに思ってます。

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ねねの道まで降りてきました。ここからは、甍越しに見る八坂の塔が定番です。街中にありながら周囲に高いビルがないからこその景色であり、京都の大切な財産ですよね。どうか、末永くこの景観を守っていって欲しいものだと思います。

2008年2月10日 (日)

恋する京都 放送日再変更のお知らせ

先日お知らせした恋する京都の放送日がまた変更になっています。

今日現在で2月14日午後3時15分からの予定です。この分だと放送されるその日まで確定できないかも、ですね。

まあ、文句を言っても仕方が無いので、日々確認しては録画設定を見直すという辛抱が必要な様です。

それにしてもなあ...。

京都・洛中 雪の枯山水~建仁寺~  

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平成20年2月9日の雪の日シリーズ、まずは建仁寺からお届けします。

建仁寺を訪れたのは午前10時過ぎ、一旦止んでいた雪が再度降り始めた頃でした。ここに来たのは雪に染まった枯山水の庭を見たかったからで、まさにその願いが叶った事になります。

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降りしきる雪で、方丈が少し霞んで見えます。ただ、この頃は見る見るうちに積もっていくという程ではなく、屋根の上や木の葉、それに庭の砂をうっすらと白く染める程度の雪でした。

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わずかな積雪ではありますが、砂に描かれた模様がくっきりと浮き出て、印象が随分と変わります。この波の模様は流れを表しているのだなと見て取れる様になりますね。

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火頭窓から眺めると、また違った景色に映ります。狭い窓から見える風景は、その周辺がどうなっているのだろうと、想像を膨らませますね。

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本坊にある潮音庭です。霏々としてふる雪が、苔の緑を白く染めようとしています。この日は訪れる人も少なく、とても静かな庭でした。

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潮音庭は四方正面の庭。どこから見ても絵になる様に出来ています。でも、雪の日に限っては、ここからの眺めが一番良いかも知れません。屋根に積もった雪も一緒に見ることが出来ますからね。

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○△□乃庭。て、何て読むのでしょうね。一説には○は水を表し、△は火を表し、□は地を表しているのだとか。禅の四大思想「地、水、火、風」から来ているのだそうです。

この同心円はそのうちの円の部分。うすらと積もった雪で白さを増し、何とも言えずに美しいと感じました。

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もう一つの円、丸窓から見た芭蕉です。一見木の様にも見えますが、実は多年草なのですね。バナナの仲間で、同属の大半の種は南方系なのですが、この種類は耐寒性があって昔から日本でも栽培されています。英語では、ジャパニーズ・バナナと言うらしいですね。

でも印象としてはジャングルが似合いそうで、雪が積もった姿にはちょっとした違和感を感じます。まあ、実は江戸の昔から見られた景色ではあるのですが。

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最後は法堂の双龍図です。特別公開だった頃は撮影禁止だったのですが、常時公開される様になった今は、解禁されているのですね。

暗い堂内で見上げていると首が痛くなって良く判らなかったものが、こうして写真に撮るとディテールまで見えてきます。2匹の龍は阿と吽に分かれ、阿の方が珠を持っている事、顔つきも微妙に異なることなど、見ていて飽きないですね。ただ、胴体の描き方は複雑すぎて、どう絡んでいるのかは良く判らないです。

今回は雪景色を見ることが出来た建仁寺ですが、次は秋の紅葉の時に来たいと思ってます。潮音庭の紅葉は相当に綺麗な様ですからね。丁度良い時期に訪れることが出来ると嬉しいな。


2008年2月 9日 (土)

京都・洛東 雪の結婚式~八坂神社~

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平成20年2月9日の京都は大雪。朝から降り出した雪は夕方になっても止まず、京都の町を白く覆って行きました。

八坂神社では、その降りしきる雪の中で結婚式が行われていました。ここでは舞殿で結婚式を行った後で境内を歩いて常磐新殿に向かうのですが、これだけの雪となると足下も悪く、衣装を着込んだ花嫁さんは特に大変だった事でしょう。

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その花嫁さんが見たはずの景色がこの雪の華です。もみじの枝が雪の重みで垂れ下がって、あたかも枝垂れ桜の様でしょう?冬枯れの季節にこれだけ華やかな出迎えを受けたのですから、雪も悪いばかりではありません。きっと良い思い出として、新しい家庭の中でずっと語り継がれて行く事でしょうね。

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その花嫁行列の傍らで、そっと咲いていた山茶花です。薄いピンクに白い雪が似合ってますね。

まるで綿帽子を被った花嫁の様にも見えません事?

2008年2月 8日 (金)

京都・洛東 冬景色~清水寺~

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平成20年2月3日の清水寺は、うっすらと雪化粧をしていました。丹塗りの門に白い雪は、やはりよく映えます。

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外人さんに大人気だったのがこの景色です。随求堂の北にある鎮守堂の祠なのですが、檜皮葺きの黒っぽい屋根と白い雪の対比が、外国の人にはこれぞ日本の情緒として映ったものでしょう。

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あまりここを撮っている人は見かけませんが、私的にはこの複雑な建物の配置が結構気に入っているのです。

でも、いつも思うのですが、どうして丹塗りの建物と木地のままの建物が混在しているのでしょうね。どっちかに統一しそうなものですが、創建当初からこんな塗り分けがされていたのでしょうか。まあ、もしも本堂までもが丹塗りになったとしたら、ちょっと怖い景色になりそうな気はしますが。

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舞台からの景色です。雪景色と呼ぶには少し寂しいですね。今週末にはまた雪が降るとの事なので、もっとそれらしい景色が見られるかも知れません。

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木立の中に浮かび上がる奥の院です。ちょっとした幽玄味すら感じますね。

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そして、雪帽子を被った本堂です。いつもは重く見える大屋根も、なんだかとても軽快そうに見えます。

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丹塗りの三重塔とは対照的な子安の塔です。この素朴な塔には、不思議と雪が似合うという気がします。

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冬は落葉樹の葉が無いので、全体を見渡すには丁度良いですね。前景に雪があったらもっと絵になったろうに、ちょっと惜しかったです。

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アテルイ・モレの碑の前から見上げた本堂の屋根です。

アテルイとモレは、北の大地の英雄。無念に散った二人の魂も、故郷を偲ばせるこの雪で慰められているのかも知れません。

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この日は清水寺でも節分会があったはずなのですが、時間が合わなかったのか特に気付いたものはなかったです。それだけがちっょと心残りでしたね。

2008年2月 7日 (木)

京都・洛東 冬景色~八坂通~

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平成20年2月3日の京都は雪模様。積雪は期待した程ではありませんでしたが、東山がこれほど美しく見える時は珍しいかも知れません。

その東山を背景にした八坂の塔。風雪に耐えてきた古塔ならではの風格を感じます。

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二年坂の椿は今が見頃です。雪に当たって落ちたのか、地面に散らばった落ち椿も綺麗でしたよ。

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そして、雪の三年坂です。この道には雪も良く似合いますね。

寒さの厳しい京都ですけれど、今だからこそ出会えるこんな景色もありますよ。


2008年2月 6日 (水)

京都・洛東 雪の大文字 再び

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平成20年2月3日の京都は、朝から雪が舞う寒い一日でした。聞いた話では、雪は7時頃から降り出し、9時頃には止んでしまった様なのですが、気温が低いためでしょう、珍しく昼過ぎまで山の雪は残っていました。

如意ケ嶽にはガスが掛かって見えたり隠れたりしていたのですが、その晴れ間を待ってカメラに納めてきたのがこの白い大文字です。

2年前に撮った時は周囲が白くて大の字が黒いバージョンだったのですが、今回は字の方が白く見えますね。横棒が薄いのがちょっと残念ですけど。

雪の大文字を見ると良いことがあるとか。
この記事を見て頂いた人にも幸運のお裾分けが出来ると良いな。

恋する京都 放送日変更のお知らせ

先月にお知らせした「恋する京都」の放送開始日ですが、当初アナウンスがあった今日6日から来週の12日に変更になっています。

ホームページ上では7日になっているのですがネット上の番組表で確認したところ、さらに変わってますね。ここまでずれるとはちょっと驚きなのですが、中止になった訳ではないのでじっと待つことにします。

録画の設定も変更しなくちゃ。

2008年2月 5日 (火)

京都・洛中 節分祭~下鴨神社~

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下鴨神社を訪れたのは廬山寺に行く前の事、太鼓橋の袂にある光琳梅の様子を見るためでした。ところが、鳥居の前まで来るとただならぬ様子です。嬉しいことに、ここでも節分の行事が行われていたのですね。思わぬ幸運というところですが、これだから節分の日の京都は面白いのです。

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どんな行事が行われているのだろうと期待しながら楼門に向かって歩いていると、急に行く手を塞がれました。何事かと思ったのですが、何かが飛んでくるから危ないと言っている様子です。何のことかと聞き返してみると、矢が飛んでくるので危ないから、脇道へ行って欲しいとの事でした。

「矢」って何の事?と訝りながらも歩いていくと、境内に入る寸前にロケット花火を発射した様な鋭い音がしました。ああ、さっき言っていたのはこの鏑矢の事だったのかとすぐに気が付きましたが、追儺弓神事といって、南へ向けて鏑矢を放ち、その鋭い音で悪霊を驚かせて退散させるという行事だったのですね。

ただ、矢を放つ瞬間を見ることが出来なかったのは何とも残念な事でした。

追儺弓神事にはまだ続きがあり、6人の学生による弓の奉納が行われます。1年に見立てた12枚の的を次々に射貫いていくという神事なのですね。

的までは10m程度でしょうか、三十三間堂の通し矢程は離れていないのですが、それでも当てるのはなかなか難しい様ですね。最後はなんとか12枚全てに命中させて、無事に神事を終える事が出来ました。

とろが驚いた事に、行事が終わった瞬間に観客席から飛び出す人達が居て、的の破片や矢を拾い始めるのです。すぐに警備の学生達が飛んできて矢は拾った人から帰して貰っていた様ですが、中には大きな的をゲットした人も居ました。その中の一人の方に伺ったのですが、特に意味はないが縁起ものとして貰っていくのだとおっしゃってました。確かにこの赤い矢は、見るからに有り難そうな感じがしますよね。

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境内にはあまり見かけない着ぐるみも居ました。下鴨神社の新しいキャラクターかと思ったのですが、違いました。京都タワーのイメージキャラクター、たわわちゃんなのですね。毎年京都タワーで行われている追儺式に下鴨神社の神職が訪れている事から縁が出来たのでしょう。

たわわちゃんは、この後行われた豆撒きにもちゃんと参加してましたよ。

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下鴨神社の豆撒きは、この舞殿で行われます。豆を撒くのは今年厄年を迎えた人や年男、年女など40名の方々。遠く九州から参加した人もおられた様なのですが、多くは家族連れで来ているらしく、主役と観客がお互いに手を振り合うという、なんともアットホームな雰囲気が漂っていました。

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神職による儀式が終わると、いよいよ豆撒きの開始です。最初は神職が四方に向かって豆を撒いていくのですが、ここは煎った大豆そのままを撒くのですね。八坂神社の様に袋に入った豆を撒くところは、むしろ少数派なのでしょうか。その方が取りやすく、また無駄もなくて合理的だと思うのですが、そこはやはり伝統行事としての形を重んじているという事なのでしょう。

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残念ながら、私はここまでで時間切れ。背中で盛大な豆撒きの声を聞きながら下鴨神社を後にしました。その途中で目にしたのがこの護摩壇で、御真木神事と言って二万枚もの護摩木を炊きあげるのだそうです。さすがに下鴨神社だけの事はあって、スケールが違いますね。

これも時間があったら見て行きたかったです。さぞ盛大な炎が上がった事でしょうね。

2008年2月 4日 (月)

京都・洛中 廬山寺「追儺式鬼法楽」

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2月3日の京都は、様々な節分の行事で賑わいます。その中でも最も知られた行事の一つが廬山寺の「追儺式鬼法楽」、通称「鬼踊り」でしょう。

この行事は、廬山寺の開祖である元三大師が、宮中において悪鬼を、独鈷、三鈷の法器を用いて降伏させたという故事に基づくものです。

行事は楽人・追儺師・蓬莱師・降摩面持者・独鈷三鈷持者などが元三大師堂に入り、厄除け開運、福寿増長の護摩供の修法を行うところから始まります。そこに、人間の持つ三毒、すなわち貪欲、怒り、愚痴の変化である三匹の鬼が現れ、手に手に武器を持って所狭しと踊り廻り、四股を踏む様な動作で周囲を威嚇しながら堂内へと侵入して行きます。

この赤鬼が持っているのは松明と剣ですね。順番から行くと「貪欲」を表す鬼になるのでしょうか。

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これは大斧を持った青鬼です。「怒り」に相当する鬼なのかな。

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そして、大槌を担いだ黒鬼です。「愚痴」の変化なのでしょうか。

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舞台の上で散々に踊って周囲に凄みを効かせた後は、元三大師堂に入り込み、修法の最中である僧侶達を取り囲んで、その邪魔をしようとさらに踊り続けます。

ここで、ホームページの解説によると、追儺師の邪気払いの法弓を放ち、鬼を退散させるとあるのですが、この日はどういう訳か弓は省略されていました。何か理由があったのでしょうか。

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法弓は無かったものの、修法によって無事に鬼をこらしめる事が出来たのでしょう、やがて武器も失ってふらふらになった鬼が、きりきり舞いをしながら御堂から出てきました。そして、鬼達が舞台から去ると鬼踊りはお仕舞いです。

この間約一時間程なのですが、鬼の出入りの時にちょっと間が開くので、初めて見ると時間を持て余し気味になるかも知れません。でも、それぞれの鬼は勇壮な中にもユーモラスな所作で、辛抱して待つだけの値打ちは十分にありますよ。

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追難式が終わると、今度は邪気を祓われた鬼に依る「鬼の御加持」が行われます。邪気を祓われたとはいえ、鬼の持つ神通力は健在であり、その力を今度は人々を救う方に使うという事なのでしょうね。

鬼の前に立つと、手にした宝剣とたいまつによって身体を撫でてくれます。あらかじめ治して欲しいところをお願いしておくと病んだ部分も撫でてくれ、その力で癒してくれるという行事なのですね。いかめしい中にもどこか優しさを秘めた鬼を見ていると、いかにも験がありそうな気がしましたよ。

料金というものは無く、お心持ちと記した受け皿があって、御加持を受ける人が適当と思う金額を入れる仕組みになっています。見ているとだいたいお賽銭程度、10円から100円の人が多かったですね。

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順序が逆になりましたが、鬼踊りが終わった後には蓬莱豆と福餅が撒かれます。

蓬莱豆は豆の周囲を砂糖菓子で刳るんで色を付けたもので、紅白二種類あり、それぞれを一粒づつ食べると寿命が延びるとされます。福餅は普通の餅なのですが、これを食べると開運出世が出来るとされています。

しかし、これってばらばらに撒かれると、どうにも取りにくいものですね。それにちゃんと均等に撒いてくれないもので、結局まともに取れたものはなく、豆は下に落ちたものを拾ったもの、餅は2つ取った人がわざわざわ譲って下さったものです。譲って頂いた方、どうもありがとうございました。

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この廬山寺のある場所は紫式部の屋敷があった場所と推定されており、その縁で本堂前の庭園を「源氏の庭」と名付け、式部にちなむ紫色の桔梗が多く植えられています。今年は源氏物語千年紀にあたり、「追儺式鬼法楽」の一環としてインド舞踊が奉納されていました。

正直、源氏物語とインド舞踊がどういう関係があるのかよく判らないのですが、お釈迦様の故郷であるインドの踊りは、仏様を喜ばすという法楽にはふさわしい奉納と言えるのでしょう。生で見るのは初めてですが、エキゾチックな衣装と共に、ステップを踏む度に響く鈴の音がとても印象的でした。

なお、廬山寺の境内はかなり狭く、午後2時30分頃にはほとんど埋まっており、鬼踊りが始まる午後3時には境内に入れない人が続出していた様です。今年は日曜日と重なった事もあったでしょうけれども、来年行ってみたいと思う人は、場所取りも兼ねてなるべく早くお出かけになる事をお勧めします。

また、鬼踊りについては、観覧料等は不要です。

2008年2月 3日 (日)

京都・洛東 節分会・日数心経~真如堂~

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節分の日には、神社、寺院を問わず様々な行事が催されています。ここ真如堂では2日から3日に渡って、向こう一年間分の般若心経を唱え、世の除難招福を祈るという日数心経が行われています。普段は静かな境内に般若心経を読み上げる声が響き渡り、厳かな雰囲気が漂っていました。

このテントでは「招福湯」と言って、複数の生薬を組み合わせた飲み物の接待が行われています。ちょっと独得の味でしたが、身体がぽかぽかと温まって、寒い中有り難かったです。料金は定められておらず、気持ちを納める志納制になっていました。私もお金をおいてこようとしたのですが、生憎入り口近くにお坊様方が固まってなにやら話し込まれており、お金を入れるお皿に手が届きませんでした。まあ、その分お賽銭として入れておきましたので、ご容赦下さい。

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境内を歩いていると気付くのですが、昨年大量に実ったもみじの種が地面の上に沢山落ちています。散らばると言うより堆積していると言った方が適当なくらいで、もし一斉に芽を出したらちょっとした草むらの様になる事でしょう。

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塔頭の吉祥院の前では、早咲きの梅が咲いていました。まだ咲き出したばかりですが、この色を見ると春が近づいたという気がしますね。

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同じ場所では、水仙が見頃になっています。ここは吉祥院の住職が手入れをされている様で、これから先は水仙と梅のコラボレーションが楽しみな場所ですよ。


2008年2月 2日 (土)

京都・洛東 祇園さんの節分祭

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節分の本番は明日ですが、一足早く「祇園さんの節分祭」へと行ってきました。

京都の八坂神社では、2月2日と3日の二日間に渡って境内で豆撒きが行われています。

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ここの行事の特徴は、なんと言っても4つの花街の芸妓舞妓による舞の奉納と、彼女たちが参加する豆撒きが行われる事にあります。私が行った2日の13時の部は先斗町の出番にあたり、二人の舞妓の踊りを見せてもらう事が出来ました。

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舞の奉納が終わると、神主によるお祓いを受け、いよいよ豆撒きの始まりです。撒き手は二人の舞妓の他に年男、年女の方々。

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混み具合はというとこんな感じで、1時間位前から舞殿の周囲には場所取りの人達が集まり始め、開始時点には十重二十重に人垣が出来ていました。我が家では下の息子が参加したのですが、とても無理と思われた中で健闘し、2個の福豆をゲットしてきてくれました。

以前は福引き券付きの豆も撒かれていたため、豆の取り合いで殺気立つ程でした。しかし、現在では福引き付きの豆は有料で売られる様になったらしく、比較的穏やかになっている様です。まあ、それでも見ていて怖いという気がしましたけどね。


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これがその福豆ですが、夷川の豆政が納めているのですね。さっそく頂きましたが、かりっとしてなかなか美味しかったですよ。

「祇園さんの節分祭」の予定は、明日の1時からは祇園甲部、3時からは祇園東の芸妓舞妓が登場する事になっています。舞妓に会えてかつ福を授かる、一粒で2度美味しい行事ですよ。

2008年2月 1日 (金)

京都・洛東 六道珍皇寺特別公開

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六道の辻で知られる六道珍皇寺が、京都冬の旅にて特別公開されています。

この寺は普段は出入り自由ですが、本堂に入ることは出来ません。今回の特別公開においてはその本堂に入る事が出来るのですが、その代わりに境内に入るのにも料金が必要になっています。このあたり、この寺の普段を知る人にとっては、ちょっと微妙なところですね。

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今回の特別公開における目玉の一つは、地獄へ通じているという井戸を間近に見る事が出来るという所にあります。

平安時代の官僚・小野篁は、この世のみならず地獄の役人をも兼ねるという不思議人で、彼が地獄に通う時に通ったのがこの井戸とされています。

夢のない話をしてしまえば、この井戸は深さ7mのところで埋められており、今はただの涸れ井戸に過ぎません。なんでも、篁が地獄からの帰りに使った出口の井戸は嵯峨野の福生寺にあったのですが、この寺が廃寺になった時に井戸も失われてしまいました。出口が無くなった以上、入り口を残しておく訳にも行かないだろうと埋めてしまったのだそうです。うーん、なんだか勿体ない話ですね。

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境内では篁と閻魔大王の座像も公開されています。普段は小さな窓から覗き見るだけなのですが、今なら迫力満点の閻魔様と対面が出来ますよ。

なお、この像は夏の六道参りの時も公開されているらしく、その時なら写真撮影も可能な様です。

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お盆の時に、あの世からお精霊さんをお迎えする時に鳴らすのがこの迎鐘です。ご先祖の霊は、この鐘の音に導かれてこの世に戻って来るのですね。今回の特別公開では、この鐘を鳴らすことが出来る様になっています。

私も鐘に繋がった綱を引かせて貰ったのですが、案外重くて、上手く鳴らす事が出来ませんでした。綺麗な音を出すには、ちょっとしたコツが要りそうですね。なお、お盆の終わりに撞く送鐘があるのが以前紹介した矢田寺です。

この他、本堂では「熊野観心十界図」を初めとする地獄図絵、安土桃山期のこの寺の様子を描いた「珍皇寺参詣曼荼羅図」、播磨赤松家由来の刀などが展示されています。

中でも地獄図絵は真に迫っており、本物の地獄を覗いているかの様な迫力に満ちています。あまりの凄さに暫くの間、魅入られた様になってしまいました。

また参詣曼荼羅も当時の風俗が偲ばれる佳作で、壇上から参拝者の前に大きなひしゃくを突き出して賽銭を強要する寺人の様子など、興味深い描写を見る事が出来ます。これらの絵を見られただけでも、行って良かったと思ってます。

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ねこづらどき

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