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2007年10月

2007年10月31日 (水)

京都・洛東 秋しぐれ~八坂の塔~

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八坂の塔の境内では、秋明菊が花盛りを迎えていました。

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秋明菊は塔の南側に植わっており、白と薄紅色の二種類が咲いています。そろそろ盛りを過ぎる頃だと思いますが、まだ蕾みは少し残っており、あと暫くは咲いているかも知れません。

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もう一つ花盛りだったのがツワブキです。こちらは塔の東側にあり、紅葉の下を埋める様に咲き誇っていました。

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こちらはほぼ咲ききっており、この日の前後がピークだったかも知れません。

こうして石仏の廻りを取り囲む様にして咲いているツワブキを見ていると、さながら野にあるかのごとき風情を感じられるのが面白いですね。

(平成19年10月27日撮影)

2007年10月30日 (火)

京都・洛東 秋しぐれ~石塀小路~

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石塀小路で見つけた秋の景色です。

八坂の塔の手前で紅葉しているのは春光院の庭の木で、たぶんハゼでしょうか。背景が真っ白なのは恨めしいですが、雨の日の情緒は判って貰えるかな?

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石塀小路で秋を感じさせてくれるものと言えば、まずは南天の赤い色ですね。石塀の上の庭や玄関先に植わった南天の実が、そこかしこで綺麗な赤色に染まっていますよ。

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そして、玄関の脇にそっと置かれた菊の鉢植えです。ほんの小さな鉢植えですが、石塀小路に秋が来ている事を教えてくれています。この小路には、こうしたさりげなさこそが似合いますよね。

(平成19年10月27日撮影)

2007年10月29日 (月)

京都・洛東 秋しぐれ~円山公園~

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10月も終盤を迎え、秋の気配が濃くなった円山公園です。

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まだまだ本格的な紅葉には至っていませんが、全体的にほんのりと色付きはじめ、間もなく訪れる本番を予感させてくれる色になって来ています。

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今色づいているのは、桜やエノキなどの高木、それにカエデの一部ですね。そこだけを取り出せば、紅葉シーズンに入った様な写真も撮れなくはありません。

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紅葉の主力であるもみじは、まだ大半がこんな感じで、少し緑が褪せてきたかなというところです。綺麗に色づくのは、やはり11月も半ばを過ぎてからの事になるでしょう。

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最盛期の華やかさには欠けますが、深まりつつある秋を感じるには、今が丁度良い時期かも知れません。まだ人出は少ないですし、物思いに耽りながらの散歩には、もってこいの雰囲気がありますよ。

こんな雨の日は特に良いですね。

(平成19年10月27日撮影)

2007年10月28日 (日)

京都・洛東 秋しぐれ~祇園白川~

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平成19年10月27日の京都は、朝から雨が降ったり止んだりの時雨模様でした。普段ならうっとうしいと思う天気なのですが、秋の雨は季節が深まる感じがして結構好きなのです。そこで傘を片手に、東山界隈の散策を楽しんできました。

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最初に訪れた祇園白川では、桜の枯れ葉が舞い落ち、秋の気配が濃くなっていました。あまり目立ちませんが、山茶花もひっそりと花を咲かせていますよ。

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辰己大明神では、雨に濡れた苔がとても美しく見えました。こういう色合いが見られるのも、雨の日ならではの醍醐味です。

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雨の日のメリットは、人出が少ないというところにもあります。普段なら記念写真の順番待ちが出来る巽橋でも、このとおり人影はほとんど見あたりません。

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静かな京都の風情を楽しみたいのなら、雨の日に出かけるのがお勧めです。普段ならよほど朝早い時間帯でないと、こんな景色は撮れませんよ。まあ、あまりに人の気配が無くひっそりとした祇園というのも、寂しすぎてどうかなという気もしますけどね。

2007年10月27日 (土)

京都・洛北 銀杏~下鴨神社~

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下鴨神社の境内で最も目に付くの木は、このイチョウでしょうか。本殿の東、御手洗川の畔にその姿を見せています。間もなくこのイチョウも黄色く色づく事でしょうね。

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そのイチョウの下にある太鼓橋には、この木から落ちたギンナンが、いくつも転がっていました。普段この橋は誰も通らない事から、踏みつぶされも拾われもせずにそのままあるのですね。

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その太鼓橋の奥にある御手洗池の水面に写る社殿を撮っていると、上手い具合に風が吹いてきて、波紋を作ってくれました。そして出来たのがこの美しい模様という訳です。

赤い色は社殿の色なのですが、黄色は何だったのだろう?イチョウはまだ緑だし、周辺には黄色はなかったはずなのに、ちょっととまどっています。それこそ光の加減で色が分離して見えたのかな?

(平成19年10月20日撮影)

2007年10月26日 (金)

京都・洛北 烏の縄手~下鴨神社~

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下鴨神社へと続く糺の森に、「烏の縄手」と呼ばれる小径が出来ています。

烏とは下鴨神社の祭神の一つである八咫烏の事を指し、縄手とは細くて長い道の事を意味します。今の参道はまっすぐで広い一本の道になっていますが、かつては森の中に細くて曲がりくねった道が何本もあったらしく、その参道の事を「烏の縄手」と呼んでいたのだそうです。

下鴨神社ではその烏の縄手を復元し、森の中を歩ける様にしました。あまり知られていない様ですが、人の往来が結構ある参道とは違って、静かな森の風情を楽しみながら歩ける、なかなか素敵な道ですよ。

写真はその「烏の縄手」から見た「奈良の小川」です。下鴨神社の「奈良の小川」は、古図に描かれている事から存在した事は確かだったのですが、いつの頃からか流れが途絶え、どこにあったかも判らなくなっていました。それが発掘調査に依って川筋が見つかり、それをきっかけとして、烏の縄手とセットで古の姿が復元されたのです。小川と呼ぶにふさわしい、控えめで、清楚な感じのするせせらぎですね。

かつての糺の森には、こんな静かな風景が広がっていたのかも知れないですね。

2007年10月25日 (木)

京都・洛東 日本文化の接点~大豊神社~

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大豊神社に居ると、どういう訳か沢山の外国人観光客と出会います。それほど有名な観光地という訳でも無いのに何故と思っていたのですが、どうやらこの動物を象った石像にその理由がある様です。

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外国人観光客の中に小さな子供連れのファミリーが居たのですが、その子供達が「モンキー、バード、ラット!」と石像を見ながらはしゃいでいたのです。外国人にすれば今ひとつ判りにくいお寺や庭を見るよりも、猿や鳥の石像の方が余程親しみやすいという事なのでしょう。

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ただ、石の動物園に遊びに来ている様な感覚かと言うと、必ずしもそうでも無い様です。

そのファミリーの中の男の子が、このねずみの足下にある一円玉を見て、お金を見つけた!と大喜びで持っていこうとしたのです。すると一緒に居た父親が、それは誰かが祈りを込めて置いていったものだから、持っていっては駄目だと、言下に子供をたしなめたのです。無論話していたのは英語ですから正確かどうかは判りませんが、大意は間違っていないでしょう。

このことから考えると、少なくとも彼らにもここが神聖な祈りの場であり、石像もそれぞれの神の使いであるという事が伝わっている様ですね。およそ一神教を信じる彼らには理解しがたいであろう神道の場にあっても、それを尊重しようとする姿勢が見えた事には好感が持てました。また、ちゃんと子供を叱る事が出来るという事も、同じ親として何だか嬉しかったですね。

このファミリーの後には、20人程の女性ばかりの外国人観光客が来ていました。彼女達も熱心にガイドブックらしきものを読んでいましたから、それなりの事は感じて行ってくれた事でしょう。

大豊神社の石像も、思わぬ形で日本と外国の文化の接点になっているのですね。きっかけは何にせよ、少しでも日本の文化が外国人にも理解されたとしたら、とても嬉しい事だと思います。

2007年10月24日 (水)

京都・洛東 秋の風情~哲学の道・大豊神社~

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平成19年10月20日の哲学の道です。まだまだ緑のままの木が大半ですが、中にはほんのりと色づいたもみじもありました。桜では色付きを通り越して既に大半の葉が散っている木も見受けられ、季節が混在しているといった感じがします。

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そんな哲学の道で秋の風情を見つけようと思えば、大豊神社に行くのが近道です。ここには秋の七草が植えられているほか、境内のそこかしこで秋の花や秋の実をいくつも見つける事が出来ます。

この写真は、参道で咲いていた秋海棠です。大原では10月上旬で既に終盤だった花ですが、ここではまだ盛りと言って良い状態でした。この儚げな風情が、いかにも秋らしいですよね。

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鳥居を潜って境内に入ってすぐの所にある秋明菊です。今年はこの花の開花が遅れ気味の様ですね。まだまだ蕾みが沢山あって、見頃はこれからといった感じでした。

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そして、その秋明菊と一緒のところにあったコムラサキです。木漏れ日を浴びて、ちょっと妖しい感じで輝いてますね。

大豊神社は、境内に一歩入れば野趣に富む、秋がとても似合う素敵な神社ですよ。

2007年10月23日 (火)

十三夜 2007

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今日、10月23日は十三夜。この日の月は、9月の十五夜と共に秋の名月とされます。

十五夜が中国から伝わった風習であるのに対し、十三夜は日本独自の風習だと言われます。これを始めたのは宇多法皇だとも醍醐天皇だとも言われますが、いずれにしても平安の昔から今に伝わっているのですね。

十五夜の別名が芋名月と呼ばれるの対し、十三夜は栗名月又は豆名月と呼ばれます。やはり、それぞれの月の頃に、一番旬のものを供えるという事から来ているのでしょうか。

ところで、今夜の月は良く見ると満月ではありません。名月=満月と思っていたのですが、よく考えるとほぼ満月になる十五夜よりも二日早い訳ですから、痩せているのも当然な事なのでした。

十五夜だけを見て十三夜を見ないのは片見月と行って良くない事とされるそうですから、当ねこづらどきでも9月に続いてアップしておきます。どちらかを見損なった人は、ここで両方を見た事にすれば良いかも、ですよ。


京都・洛東 喫茶「若王子」跡~哲学の道~

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哲学の道を若王子神社側から入ってすぐのところで見つけた野良猫です。まだ大人になったばかりという感じの猫で、毛並みが綺麗なせいもあってか、観光客の人気を集めていました。世の中、猫好きの人ってやっぱり多いですね。

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その猫が戯れていた場所にあった看板です。一見して駅のホームにある表示板風なのですが、良く見ると喫茶店の看板である事が判ります。その名も「若王子」とあり、このあたりの地名から取っているのですね。

背後にある花車風のディスプレイには御前10時から午後6時までの営業とあるのですが、その向こうには「本日はお休みをさせていただきます」というプレートが掛けられています。

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その看板の奥に階段があるのですが、赤煉瓦で壁をしつらえた、なかなか素敵な坂道ですよね。

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その階段を下りきったところには、これも凝った造りの洋館風の建物がありました。しかし、長年手入れがされた様子はなく、すでに廃墟と言って良い状態になっています。

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ここは、大河ドラマ「新選組!」で土方歳三の兄・為次郎役を演じた俳優・栗塚旭さんが経営されていた喫茶店の跡です。もっと言えば「燃えよ剣」で土方歳三役を演じた事で知られる方なのですが、開業当時(30年以上前?)は有名人が経営する店として話題になったのを覚えています。それが営業を停止されてから何年になるのかな。

まだお休みの看板を出したままという事は再開の意思があるという事なのかも知れませんが、ここまで荒れてしまっていては再開店は並大抵の事では出来ないでしょうね。いつか訪れたいと思っていた場所だけに、残念に思っています。

店の入り口には、なぜか丸ポストがありました。かつては現役だったのでしょうか。まさかとは思いますが、間違えて手紙を投函する人が居ないだろうかと余計な心配をしてみたりします。店が繁盛していた頃には、来店の思い出に記念はがきを投函して行く人も居た事でしょう。そんな事を思うと、ちょっと寂しい気分になりますね。

2007年10月22日 (月)

京都・洛東 苔の庭~南禅寺~

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花が少なく、本格的な紅葉まではまだ間がある今の時期、一番見頃なのは苔かも知れません。(そう言えば、詩仙堂でも同じ様な事を書いてますね。)

南禅寺の三門から法堂へと続く参道の左右には、とても見事な苔の絨毯が広がっています。

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木肌に付いた苔もまた、趣のあるものです。緑の絨毯の上で光と影が織りなす不思議な模様と共に、道行く人の目を惹いていました。

時には少し目線を下げて歩いてみると、いつもと違った景色が見えてきますよ。

2007年10月21日 (日)

京都・洛東 ツワブキ咲き始め~南禅寺~

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南禅寺の境内で見つけたツワブキです。まだ咲き始めたばかりか大半がつぼみで、見頃はもう少し先になりそうです。昨年は10月の末に見頃だったのですが、今年も同じか、少し遅いくらいかも知れないですね。

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南禅寺のツワブキは、水路閣の脇、南禅院への階段登り口の他に、三門の北、聴松院近くの木陰でも咲いています。

ところで、今回久しぶりに南禅寺に行って気付いたのですが、聴松院の湯豆腐は営業を止めてしまったようですね。理由は判りませんが、南禅寺を代表する景色の一つだったたけに、ちょっと残念な気がします。

なお、隣の奥丹はちゃんと開いてますから、南禅寺から湯豆腐が消えてしまった訳ではないので、その点はご安心を。

(平成19年10月20日撮影)

2007年10月20日 (土)

京都・洛東 色づく日の予感~真如堂~

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平成19年10月20日の京都は快晴。青空に映える真如堂の境内では、わずかですが、紅葉の気配が見えてきました。

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三重塔の前のもみじがほんのりと色づき始め、花の木の先端も、少しだけですが赤く染まっています。

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その花の木の下で見つけた落ち葉です。赤く染まった枝から落ちて来たのでしょうね、間もなく訪れる日を予感させてくれる鮮やかな色をしています。

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本堂の前の沙羅の木も、かなり色づいて来ています。6月に咲いていた花は実を結び、熟したものは下に落ちていました。その一つを拾ってきたので、種を撒いてみようと思ってます。さて、上手く芽をだすものかどうか、来年の春の楽しみが一つ増えました。

2007年10月19日 (金)

京都・洛北 花壇の秋~京都府立植物園~

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植物園の魅力には、珍しい花を見る事や自然に即した植物の生態を知るなどといった事の他に、美しく整備された花壇を鑑賞するという事があります。ある意味、植物園の基本とも言うべき事項ですが、花壇をじっくり見ていると、計算され尽くした花の配置がされている事が判ってきます。

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その第一は巧みなカラーコーディネイトですね。あたかも花壇をキャンバスに見立て、花を使って絵を描いているかの様です。それに植物の背の高さにも配慮して、立体的にかつ奥行きがある様に見せているのが判ります。基本はコンテナを使った寄せ植えと同じなのでしょうけど、面積がはるかに大きい分、企画・管理するのも大変なのでしょうね。

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それに、なんと言っても植物の勢いが違いますね。家庭でのガーデニングとの差はやはり土にあるのでしょうか。見慣れたマリーゴールドも、こんなに勢いがあると、まるで違った植物の様に見えてきます。

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花壇だけではなくプランターや鉢に植わった植物でも、見事に育ててみせるのが植物園の技術というものでしょう。このホウキギは鉢植えですが、地植えの木と何ら遜色が無い程に、見事に色づいていました。

鉢植えのホウキギは正門を入ったところと北山門前広場で見る事が出来ます。地植えの木は、有用・宿根草植物園などに植わってますよ。

(平成19年10月13日撮影)

2007年10月18日 (木)

京都・洛北 秋景色~京都府立植物園~

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京都府立植物園で拾ってきた秋の景色です。

まずは、ススキから。やはりこのススキの穂を見ると、秋らしさを感じますね。

向こうに見えている大きな穂はパンパスグラスです。トキワススキという和名を持つとおりススキとよく似た植物ですが、原産地はアルゼンチンという地球の反対側ですね。とすると季節は逆のはずですから、本来は4月か5月くらいの草姿になるのかな。

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数ある落葉樹の中でも、とりわけ早く色づくのがこの桂ですね。やがてカラカラに乾いて舞い落ち、風が吹く度にカサコソと音を立てるのが、この桂ならではの秋の風情です。

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針葉樹でも色づいている木がありました。これって、カラマツでしょうかね。日に透けて、とても綺麗な色をしていましたよ。

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そして秋珊瑚、サンシュユの実です。熟し切る直前でしょうか、まだオレンジぽっいですね。もう少しすれば鮮やかな赤色に染まり、秋が深まった事を教えてくれる事でしょう。

2007年10月17日 (水)

京都・洛北 熱帯睡蓮~京都府立植物園・大温室前~

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前回9月8日に訪れた時には全く咲いていなかった大温室前の熱帯睡蓮が、今頃になって見頃になっています。もっと暑い頃に咲くものと思っていたのですが、うーん、どういう事でしょう?

意図的に花期を遅らせのたか、前回はたまたま花が咲いていなかっただけなのか、それとも元々こんなものなのか、いくら考えても良く判らないです。

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ただ、以前よりも種類が少なくなっていますね。上の赤い花がほとんどで、他にはこの青い花がわずかに一輪咲いていたに過ぎません。

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熱帯睡蓮はカエル池でも咲いていますが、やはりこの広々とした池で咲いている方が見応えがありますね。睡蓮自身も、伸び伸びと羽を伸ばしている様な感じがします。太陽を一杯に浴びて、とても気持ちよさそうですね。

(平成19年10月13日撮影)

2007年10月16日 (火)

京都・洛北 コスモス満開~京都府立植物園~

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京都府立植物園のコスモスが見頃を迎えています。9月に紹介したときはまだ咲き始めだったのですが、今はまさに満開、色とりどりに咲き乱れています。(平成19年10月13日現在)

コスモスが咲いている場所は2箇所あり、こちらは大芝生地の西にあるコスモス畑です。ここは地植えだけあって、修学院大原と同じく、背の高いコスモスを見る事が出来ます。風が吹く度にゆらゆらと揺れる様が、いかにも秋らしい風情を感じさせてくれますよ。

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こちらは北山門前の広場で、コスモスは287個のプランターに植えられています。ここのコスモスは、プランターに適した背の低い品種が集められており、同じ花とは言っても少し趣が異なります。儚げな風情には欠けますが、より密度が濃く華やかなのは、こちらの方でしょうね。

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コスモスにも色々な種類があり、八重咲きまであるとは、今回初めて知りました。その中でもこの花は、八重に咲いた花びらが筒状になっており、まるで貝の様だというところから「シーシェル」(海の貝)と名付けられています。最近流行し始めているそうですが、実際に見るのは初めてで、なかなか華やかな、とても綺麗な花ですよ。

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そのコスモスの向こうには、白い彫刻が見えています。花に埋もれる美女という感じで撮ってみたのですが、どんなものでしょう?

いま植物園では、京都野外彫刻展が開催中で、そこかしこに彫刻が展示されています。全部で45点あるそうですが、芸術の秋に相応しいイベントですね。一つ一つ作品を見て歩くだけでも結構面白いですよ。

京都野外彫刻展は10月21日までの開催です。

2007年10月15日 (月)

京都・洛北 赤山禅院

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修学院離宮の北の地に、赤山禅院という寺があります。888年(仁和4年)に慈覚大師の遺命により建てられた天台寺院であり、中国から勧請した天台の守護神である赤山明神(泰山府君)を祀っています。

ここはまた都の表鬼門を守る寺であることから、方除けの神様としても知られています。そのため、本堂の屋根の上には猿の像が置かれており、御所の猿が辻の猿と向かい合っていると言われています。

この猿はたぶん天台宗の守護神であり、近江にあって都の鬼門を守る方除けの神、日吉大社の使いの神猿なのでしょうね。この猿もまた金網で覆われているのですが、新日吉神宮の猿と同じく、逃げ出さない様にという処置の様です。

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赤山禅院は、京都にある他の寺院とは、かなり雰囲気が異なっています。一つには明治に入ってから禁止されたはずの神仏混淆が、今でも色濃く残っているからでしょう。神を祀っていながら、その入り口は正念珠と言う大数珠で囲われており、真言を唱えながら詣るようにと指示がされています。神仏分離に慣れた今の感覚からは、なんだか混乱してしまいますね。

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もう一つの理由は、この寺が祀る泰山府君は中国の神であり、道教をも反映しているからだと思われます。この狛犬などはまさしく中国の影響が現れている様に見えるのですが、九谷焼の様でもあるし、もしかしたら見当違いかな。

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狛犬と言えばここにある狛犬もまた風変わりですし、御堂の上にあるのも異様ですよね。

赤山明神こと泰山府君とは、冥府にあって人の寿命を司る神であると言われ、陰陽道における祖神であるともされています。阿部晴明が始めたとされる泰山府君祭は、まさししくこの神を祀る儀式なのですね。

ちなみに、夢枕獏の小説「陰陽師」には、主人公の安倍晴明が、赤山禅院から自分を迎えに来た泰山府君を、式を使って騙して帰すというシーンが描かれています。興味のある方は、ご一読を。

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赤山禅院の境内は広く、参拝が迷わずに済む様にでしょう、順路が示されています。その順路の一番高い場所にあるのがこの金神社です。読み方は「こんじんじゃ」でしょうか。一見してお金儲けに縁のある神様かと思いましたが、良く見ると方除けの神とありました。どうやらこれは陰陽道で祀るところの、方除けの神様の様ですね。

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赤山禅院はまた、都七福神の一つである福禄寿を祀る事でも知られています。そればかりか、境内には七福神の全てが祀られてもいます。こうしてみると赤山禅院にはいくつもの顔があり、とても一括りに説明出来ない複雑な存在である事が判ってきますね。

ここを初めて訪れた人は、そのあまりの複雑さに困惑してしまう事でしょう。かくいう私も参道から奥に入ったのは初めてであり、この記事を書きながら未だに理解し切れていません。

ここは紅葉の名所ですし、もう一度もみじが色づく頃に改めて訪れてみたいと思ってます。その時には、もう少し整理して理解出来る様になるかな。

2007年10月14日 (日)

京都・洛北 八大神社

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詩仙堂のすぐ隣に、「剣聖 宮本武蔵」と大書された看板が目に付く神社があります。これが八大神社で、吉川英治の小説「宮本武蔵」の中で、一乗寺下り松の決闘に向かう武蔵が立ち寄ったと描写されているところから、武蔵縁の神社と呼ばれる様になりました。

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八大神社は、1294年(永仁2年)に開創された神社で、一乗寺一帯の氏神様として祀られています。八坂神社と同じく素戔嗚尊を祀る事から「北天王」(北の祇園)と呼ばれる事もあるそうですね。

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吉川英治に依れば、武蔵は吉岡一門との決戦を前に八大神社に立ち寄り、一度は社前にて勝利を祈願しようとしたのですが、神に頼る己の弱さに気付き、鈴を振ることなく決戦の場へと向かいました。後に「我れ神仏を尊んで神仏を恃まず」と武蔵が記した悟の道をこの時に開いたと言い、そのため八大神社は武蔵悟道の場所とも呼ばれます。

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これがどこまで真実を表しているかと言えば、実は何の根拠も無い様ですね。吉岡一門との決闘自体がどうやら吉川英治の創作らしいのですが、舞台となった下り松という木は実在していました。これがその木の一部とされるもので、社殿の左手に保存されています。小説が書き始められた昭和10年頃には既に切り株となっていた様ですが、往事は道行く人の目印となる、さぞ立派な木だった事でしょうね。

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大河ドラマ「武蔵」が放映された2003年の頃には、バスツアーが押し寄せる一大ブームとなった様ですが、4年が経った今では元の静かな神社に戻りつつある様です。「新選組!」の壬生もそうですけど、大河の後はどこも寂しくなってしまいますね。

ホームページに依れば、八大神社には春の祭りを始め、興味深い行事がいくつもあるようです。観光用ではなく、地元の人によって守られている伝統行事の様ですが、神幸祭などはかなり本格的なお祭らしく、いつか機会があれば見てみたいものだと思ってます。

2007年10月13日 (土)

京都・洛東 霊山 正法寺

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正法寺は、龍馬坂をさらにずっと登ったところにある寺です。伝教大師最澄の開基と伝えられ、天台別院霊山寺と呼ばれていましたが、1383年(永徳3年)に国阿上人が名を正法寺と改め、時宗の寺となりました。以後、時宗霊山派の本山として栄え、江戸期には14の塔頭を数える大寺としてその名を知られていました。

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その塔頭はそれぞれ貸座敷業を営み、一帯は行楽地として賑わっていた様です。その名残が料亭京大和であり、幕末期には翠紅館として志士達の会合の場に利用されていました。明治以後、火災などによって寺勢は衰え、現在ではかつての開山堂を本堂として、わずかにその名残をとどめているに過ぎません。

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正法寺は以前に紹介した時は非公開だったのですが、今は庭園への立ち入りが再開されています。おかげでこの素晴らしい眺望を、再び見る事が出来る様になりました。

本堂に至るまでは115段の階段を登らなくてはなりませんが、それだけの労力を掛ける値打ちがある景色ですよ。小さな山寺ですが、訪れる人も少なく、とても静かな穴場中の穴場だと思います。

2007年10月12日 (金)

京都・大原 宝泉院

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三千院の門前を通り過ぎて行くと、正面に古びた大きな御堂が見えてきます。これが大原寺と呼ばれた勝林院で、声明の修学地として知られます。

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その勝林院の前を左に折れ、さらに続けて右に曲がると宝泉院の門前へと至ります。宝泉院は勝林院の住職が住まう坊であり、平安末期からの歴史を持つとされています。

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宝泉院で最も目を惹くものと言えば、この五葉の松でしょう。樹齢700年と言われ、根回りは4.5m、枝張りは南北11.5m、東西14mあるそうです。さながら空に登る龍の様な迫力がありますが、内側と外側では随分と印象が異なります。

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これが外から見た五葉の松で、ちょっとした小山の様な重厚感に溢れていますね。

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こちらは鶴亀の庭です。ここには秋海棠が咲いており、今回の参拝の目的の一つだったのですが、残念ながらここも盛りは過ぎていました。それでも花が見られただけましだったのかも知れません。

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これは、比較的最近に出来たらしい枯山水の回遊式庭園「宝楽園」です。地球太古の姿を想像したと言い、石組みによって仏神の世界を表現しているとされます。また、白川砂の模様は海流水を表し、月のある夜には白く輝き、幽玄の世界を現出するのだそうです。

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そして、宝泉院を訪れたもう一つの目的が、この血天井です。関ヶ原の戦における伏見落城の際、鳥居元忠以下数百の城兵が命を落としました。その最後に自刃した場所にあった床板を、供養の為に京都の五つの寺に分散して移してあるのですが、その一つが宝泉院なのですね。

これまでに正伝寺養源院源光庵と訪ねて来ましたが、ここで4箇所目となります。後の一つは宇治の興聖寺であり、ここもいつかは行ってみたいと思っています。

2007年10月11日 (木)

京都・大原 三千院

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京都・大原の地にある三千院。京都に五箇所ある、代々の住職を皇室が務めて来た門跡寺院の内の一つです。

創建は伝教大師最澄上人が、比叡山延暦寺建立の際に結ばれた庵に始まります。始めは東塔にあり、時を経て円融坊と呼ばれる様になりました。円融坊はさらに坂本梶井の地に移り、当主を梶井宮と呼ぶ様になります。

円融坊はその後京都に移り、時代と共に居所を転々としました。江戸時代には御所の東(現在の京都府立病院の地)にあり、梶井宮御殿と呼ばれていました。

一方、大原の地には梶井宮の政所があり、従来からこの地にある勝林院や来迎院、あるいは修行僧の管理にあたっていました。明治に至り、梶井門跡は還俗して梨本宮家を興し、梶井宮御殿にあった仏具を大原政所へと移します。以後、大原政所が梶井門跡の本坊と定められ、三千院と名称が改められました。この「三千院」とは、梶井門跡の仏堂の名称「一念三千院」から取ったものとされています。

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三千院には二つの庭園があり、参拝者が最初に出会う庭園を聚碧園と言います。江戸時代の茶人・金森宗和が修築したと言われ、池を中心に皐月の刈り込みを配した池泉鑑賞式庭園となっています。皐月の花時には、きっと華やかな事なのでしょうね。

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もう一つの庭園が有清園です。三千院と言えば、まずはこの景色でしょうか。なんと言っても、苔の美しさが素晴らしい。リズミカルな杉木立の中に雪でも降ったら、まさしく幽玄の世界となる事でしょうね。

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その有清園の中にある極楽往生院は、986年(寛和2年)に恵心僧都源信がその姉安養院と共に父母の供養の為に建てたとされます。つまり、今では三千院の顔とも言うべきこの御堂は、本来は別の起源を持つ寺院だったのですね。堂内には阿弥陀三尊像が祀られており、御堂に比べて大きな像を納めるために天井を船底形に折り上げるという、独得の作りになっています。

御堂に人が溢れているのは、ここでお坊様に依る説明が行われている為であり、なかなか面白いお話が聞けましたよ。

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この時期に三千院を訪れた目的の一つに、秋海棠を見る事がありました。しかし、少し遅かった様で、残念ながら盛りは過ぎてしまっていました。それでもこの薄桃色の花はやはり美しいものでしたよ。

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炭売り翁の旧跡にある「大原の石仏」です。この石仏の起源も三千院とは関係が無く、恐らくはこの地の念仏行者達が欣求浄土を願って作ったものではないかとされています。

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三千院は楓樹が多く、紅葉の名所としても知られています。この御堂の周囲が赤く染まったらと想像するだけで、心が躍る気がします。是非盛りの時分に訪れてみたいのですが、きっと凄まじい人混みも覚悟しなければならないのでしょうね。

(平成19年10月7日撮影)

2007年10月10日 (水)

京都・洛東 秋の色~真如堂~

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真如堂で見つけた秋の色。まずは、色づき始めたサンシュユの実です。

秋珊瑚の異名のあるサンシュユですが、その名前はこの実の色に由来しています。そして、真っ赤に染まるその直前は、黄色から赤へと変わるグラデーション。この瞬間が、一番秋らしい色かも知れません。

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秋に一番早く染まる葉、なのかどうかは判りませんが、「小さい秋」の歌詞のおかげで、私的には秋の到来を教えてくれるのがこのハゼになっています。文字通り、入り日色に染まってますね。

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アザミは春に咲く種類もあるけれど、イメージ的には秋の花ですね。この紫もまた、秋の色という感じがします。

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詩仙堂ではつぼみだったホトトギスですが、ここでは一輪だけにせよ咲いていました。鳥のホトトギスと言えば初夏のイメージですが、花のホトトギスは秋なのが面白いですよね。

真如堂が紅葉の喧噪に包まれるまで、あともう少しです。ここの紅葉が見事なのは言うまでもありませんが、今の内に静かな秋に浸りに行くのも悪くはないですよ。

(平成19年10月6日撮影)

2007年10月 9日 (火)

京都・洛北 秋の庭~詩仙堂~

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今年詩仙堂を訪れるのは、5月に次いで二度目です。当然ながら今は皐月の花はありませんが、この刈り込みはいつ来ても見事に管理されていますね。

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平成19年10月6日の京都は、絵に描いた様な秋晴れでした。こんなに気持ちの良い日なのに、詩仙堂を訪れる人は少なめです。紅葉にはまだ早いし、花も端境期だしで、見所が少ないという事なのでしょうね。でも、こういう時こそ、落ち着いて庭が眺められるというものです。

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その庭では、華やかさこそ無いのですが、秋の花がそこかしこで咲いています。これは色が薄いのでちょっと迷うのですが、たぶんヨメナでしょう。ミズヒキの赤とあいまって、なかなか綺麗でしたよ。

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この日の庭で一番目を惹いていたのが、この白い花です。おそらくはサラシナショウマでしょうか。実は初めて見たのですが、ブラシの様な面白い形をした花ですね。

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これはたぶんナナカマド。たぶんばかりで申し訳ないですが、この時期に咲いているものなのかどうか自信が無いもので断言できません。本来なら今頃は赤い実が成っているころだと思うのですが、どんなものなのでしょう?この木も今年の夏の暑さでおかしくなってしまったのかしらん?

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奥の庭で咲いていた秋明菊です。株自体はもう少しあると思うのですが、この日咲いていたのはここだけでした。全体に開花が遅れているのかな?

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ススキは秋空によく似合いますね。庭の真ん中で堂々と穂を開いていました。

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この日、一番綺麗だったのはこの苔かも知れません。夏の暑さをくぐり抜け、ほっと一息といった時期なのでしょう。無論、日々の手入れが行き届いているからなのは、言うまでも無い事でしょうけどね。

色々な秋が楽しめた詩仙堂でしたが、ホトトギスがまだ蕾みだった事だけが心残りです。いまごろは丁度咲き始めている頃かもしれませんね。

2007年10月 8日 (月)

彼岸花とコスモスが咲く里 京都・大原

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10月の連休2日目は、京都の北部に繋がる大原の里を訪れてきました。

その目的の一つは、里中に咲き乱れているという彼岸花を見る事。話には聞いていましたが、いや凄かったです。至る所で棚田の土手という土手が、真っ赤に染まっていました。

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その土手を近くで見るとこんな感じです。数え切れないほどの数の花が咲いてますね。市内の寺院の手入れされた庭で見る彼岸花も素敵ですが、こういう圧倒的な光景を前にすると、また別の花という感じがします。

ただ、さすがに盛りを過ぎてしまっており、色抜けをした花が多かったのが心残りでした。もう数日早ければ、もっと綺麗な景色と出会えていた事でしょうね。

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そして、もう一つ山里を埋めていたのがコスモスです。コスモスもまた至る所で咲いているのですが、三千院に向かう参道の脇にはコスモス畑と銘打った一角がありました。さすがに花畑と謳うだけあって素晴らしい数の花が咲いていたのですが、残念ながらあと数日で刈り取ってしまうそうです。畑としてのローテーション(次に菜の花を植えるそうです)の関係ですから仕方がないのですが、せっかくの花なのにちょっと惜しいという気もしますね。

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こちらは、寂光院に向かう道の途中で咲いていたコスモスです。こんな感じでそこら中のあぜ道の脇に咲いており、いかにも秋の野道という風情を演出しています。

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彼岸花はもうすぐ終わりですが、コスモスは(先の畑は別として)まだ暫くは咲いている事でしょう。秋風に揺れるコスモスを見ながらの山里の散策は、なかなかに爽快な気分に浸れますよ。

(平成19年10月7日撮影)

2007年10月 7日 (日)

京都・洛北 秋景色~修学院界隈~

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平成19年10月6日の京都はまさに秋晴れ。これ以上ないという行楽日和に恵まれました。こういう日はやはり郊外が良いだろうと、レンタサイクルに乗って、修学院界隈を訪れてきました。

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思ったとおり、修学院のあたりでは、秋の景色をあちこちに見つける事が出来ました。特に休耕田を利用したらしい、コスモス畑が見事です。それも一カ所だけではないので、ぐると回っているうちに、何度も素敵な光景と出会います。

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彼岸花もまだ咲いていました。今年は咲き始めが遅かったせいか、随分と長持ちしていますね。そう言えば鷺森神社では、ツクツクボウシがまだ鳴いていたなあ。蝉の声が聞こえた最も遅い記録って、どれくらいなのでしょうね。

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そして、その鷺森神社でみかけた雉です。私、野生の雉は初めて見ました。まさか、こんなところに居たとはねえ。

聞いていたとおり、雉はほとんど飛ばない鳥なのですね。写真を撮ろうと近づくと逃げるのですが、走るばかりで一度も羽ばたきませんでした。

そう言えば田圃には猿除け(鹿除け?)と思われる電流線が張ってありますね。こうしてみると、修学院は思った以上に自然が豊富に残っている界隈な様です。

2007年10月 6日 (土)

京都・洛東 秋の夕景~八坂の塔~

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秋晴れに恵まれた10月の3連休の初日、夕景色を狙って八坂の塔界隈を歩いてきました。

まずは、八坂通にて、夕日を浴びた八坂の塔です。と言っても、塔自体は半逆光なのでシルエットになってますけどね。文の助茶屋さんの壁に当たった夕日がとても綺麗でした。

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次いで、龍馬坂まで移動して、沈む夕陽と塔をセットで狙ってみました。思った程太陽が赤く染まらなかったのが残念でしたけど、それなりにドラマチックに見えません事?

以前に冬に撮った時とは角度が違うので、別の塔を撮ったかのごとく雰囲気が違って見えます。

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そして最後は高台寺の駐車場に移動して、黄昏時の空を背景に撮ってみました。最初は私一人だったのですが、気が付くと背後がやたらと賑やかで、振り向くと人だかりがしていたのには驚きました。みんなこの景色に魅了されていたのですね。

やはり八坂の塔には夕景色が似合います。次はもっとドラマチックに染まった空を背景に撮ってみたいですね。チャンスがあれば狙ってみます。


2007年10月 5日 (金)

京都・洛東 知恩院・方丈庭園

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知恩院の方丈は御影堂の北側にあり、大方丈と小方丈からなります。以前は御影堂から廊下続きで入れたのですが、現在は修理工事のため内部は非公開になっています。

その方丈の周囲には庭園が巡らされており、こちらは現在も公開中です。

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方丈庭園は小堀遠州と縁のある僧玉淵による作庭と伝えられ、池の周囲を巡る池泉回遊式になっています。池の中には小島がしつらえられており、思わず石橋を渡ってみたくなりますね。

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こちらは、方丈庭園から続く「二十五菩薩の庭」です。これは知恩院が所有する「阿弥陀如来二十五菩薩来迎図」(国宝)をモチーフにした庭で、皐月の植え込みが来迎雲、その間に廃された石が阿弥陀如来と二十五菩薩を表すとされています。

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方丈庭園から坂道を登ると山亭庭園に出ます。ここは知恩院で一番の高所にあたり、庭越しに京都の景色を楽しむ事が出来ます。その山亭では、桔梗と共に秋明菊が咲いていました。

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そして、その山亭庭園にあった可愛らしい仏様です。何もかも巨大な知恩院に、こんな小さな遊び心があるところが何とも面白いですね。

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方丈庭園は結構広く、アップダウンもあって変化に富んでいます。あまり混む事はなく、じっくりと楽しむ事が出来ますよ。まったりとした気分に浸りたい時には、ぴったりの場所かも知れません。

2007年10月 4日 (木)

京都・洛東 知恩院点景

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知恩院は言うまでもなく浄土宗の総本山。東山の一角に広大な境内を有しています。そこにはさぞかし彼岸花も沢山あるだろうと行ってみたのですが、これが意外と咲いてないのですね。ざっと探して見つけたのは三門の下と、女坂の下の植え込みの中くらいでした。

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知恩院では、彼岸花をあまり歓迎してないのかしらん。そう言えば、桜以外には花そのものが少ない寺ではありますね。

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そんな中で、貴重な彩りを添えてくれるのが睡蓮です。もうそろそろ終わりかと思っていたのですが、まだ綺麗な花を咲かせていました。散り染めになった百日紅と共に、夏の名残を見せてくれています。

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三門の前に居ると、必ずと言ってよいほど、男坂を登ろうか、それとも女坂に回ろうかという会話を耳にします。男坂は見るからに険しそうですからね。そんな中でこの小さな女の子は、手を振り上げて気合いと共に登っていきました。最後はお母さんの方がバテ気味だったかな。

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女坂の方は、なだらかだしステップも低いしと、確かに歩きやすいのですが、意外と結構疲れます。考えてみると、男坂と同じ高さまで登る訳だし、使うエネルギーは一緒なのではないかしらん。ただ一気に消費するのと、小分けにして使うのとの差があるだけの様な...。

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見慣れた御堂なのですが、改めてじっくりと見るとやはり巨大なものですね。脇に駐まっているバスと比べると、その大きさが際だって見えます。

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その御影堂の前にある灯籠もまた巨大なものなのですが、ディテールを見ると、結構繊細な細工が施してあります。これは唐獅子牡丹の様ですね。普段あまり目が行かない部分ですが、こういう所にまで手を掛けているのはなかなか凄い事だと思います。

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これはずっと以前に紹介した事がある千姫の墓です。当時は文章だけだったのですが、ようやく画像をお見せする事が出来ました。

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そして、これも同じ記事で紹介した濡髪大明神です。案内板はあるのですが、ここまで来る人はさすがに少ないですね。縁結びの神様でもあるので、良縁を望む方は是非お参りして下さい。参拝者が少ない分、ご利益は沢山あるかも、ですよ。

(平成19年9月29日撮影)

2007年10月 3日 (水)

京都・洛東 秋の気配~八坂の塔界隈~

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どこまで続くかと思われた今年の残暑でしたが、このところやっと秋らしい気候になってきました。京都を巡っていても、汗をかかずに済む様になったのは嬉しい限りです。八坂の塔の界隈でも、そこかしこで秋の気配を見つける事が出来る様になっていました。

この彼岸花が咲いていたのは、大漸寺という日蓮宗の寺です。清水小学校の西隣にあるのですが、およそ知る人は少ないでしょうね。彼岸花の上に写っているのは石榴の実で、この寺を通称「石榴の寺」と呼ぶ様です。

石碑の横にあった由来書きに依ると、かつて清水道に面して鬼子母神堂があり、たいそう賑わっていたそうです。そして、その御堂にお供えするために、この付近には数本の石榴の木が植えられていました。その後、御堂が廃されると共に石榴の木も無くなってしまったのですが、この寺ではその由緒を伝えるために門前にこの木を植え、自ら「石榴の寺」と名乗った様ですね。

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八坂の塔のすぐ南で咲いていたサツキです。これって、どう考えても狂い咲きですよね。調べてみると、サツキの狂い咲きは割と良くあるそうですが、これだけ沢山咲くのも珍しいのではないでしょうか。やはり、今年の猛暑のせいでおかしくなっているのかも知れませんね。

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これは、八坂の塔の境内で咲いていた秋明菊です。こちらは季節どおりですね。ただ、葉が枯れ加減なのは、雨が足りていないせいなのかな。

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そして、今では見掛けない日は無いというほど人気のある、舞妓変身プランの観光客です。この日も何人と出会ったかなあ...。

着物って見かけよりも暑いでしょうから、夏の間は大変だったでしょうね。これから涼しくなると、ますます多くなる事でしょう。とやかく言う人も居るけれど、美しい着物姿が増えると町が華やかになるので、私としては歓迎しています。

(平成19年9月29日撮影)

2007年10月 2日 (火)

京都・洛東 秋明菊~法華寺~

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東山七条と五条の間に、渋谷越と呼ばれる古道があります。平安時代から存在する京都盆地と山科を結ぶ道なのですが、現在は五条バイパスに繋がっており、その車線の関係から、山科から越えてくる事は出来ても、京都側からは越えられないという、ちょっと変則的な道になっています。

その渋谷越の途中にある寺が法華寺です。その名の通り日蓮宗の寺ですが、およそ地元の人以外で知っている人はそう多くはないでしょうね。

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なぜ私がこの寺を訪れたのかと言えば、新選組に縁のある寺だからです。「新選組を歩く」という本によれば、この寺に潜んでいた不逞浪士を新選組が捕縛したとあり、以前からどんな所か行ってみたいと思っていたのでした。

ただ、具体的にどういう事件があったのかははっきりとはしません。年表を見るとそれらしき事件は、元治元年12月に五条坂に潜んでいた浪士11名を捕縛したとある程度で、それがこの法華寺での出来事なのかどうかも判らないのです。

なんともあやふやな話で申し訳ないのですが、このあたりについてはもう少し突っ込んで調べてみたいと思っています。

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さらに言えば、この法華寺自体の由緒なども判りません。現地に説明書きはなかったですし、ネット上にも記述がまるで無いのですよねえ。判らない事だらけなのですが、かつては山の中の寂しい寺であったろうと思われる事は確かです。

現在は寺の後ろを五条バイパスが通り、そちらの方に立派なゲートが設けられています。境内に隣接して結構広い墓地があり、その参拝者の為の通路の様ですね。

本堂は比較的新しい建物らしく、墓参に来る人の為でしょう、ベンチも何カ所か設けられていました。たぶん、お盆やお彼岸には、結構な人で賑わうのでしょうね。

ここのご住職も花が好きな人らしく、本堂の前には秋明菊が咲いていました。また、そこかしこに百合の蕾みが見えており、今頃は何輪か開花している事でしょう。意外と隠れた花の寺なのかも知れませんね。

新選組フリークを自認する方以外にはあまりお勧め出来る所ではありませんが、ちょっとした隠れ里の様な雰囲気もあり、また道の途中には平重盛ゆかりの小松谷もあるので、気まぐれに散歩してみるのも面白いかも知れません。ただし、寂しい場所なので女性の一人歩きにはあまり向かないと思います。

(平成19年9月29日撮影)

2007年10月 1日 (月)

京都・洛東 新日吉神宮

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東山七条の交差点から坂道を東に上っていくと、京都女子学園のキャンパスが広がる界隈に出ます。この坂が朝夕に女学生で溢れる、いわゆる女坂ですね。その坂の途中に石の鳥居があるですが、その鳥居を潜っても駐車場があるだけで、肝心の神社は存在しません。もう一度引き返して鳥居の手前を右奥に進むと、今度は赤い楼門が姿を現します。(と言っても、今は工事中で、シートに覆われていているで見えないのですけどね。)

その楼門のある神社が新日吉神宮、後白河法皇の法住寺殿の系譜を引く社です。

新日吉の読みは「いまひえ」といい、法住寺殿を守護する神として、1160年(永暦元年)に近江国坂本にある日吉大社から勧請された事からこの名があります。

最初に潜った石鳥居はと言うと、さらに坂を登った所にある豊国廟の鳥居なのでした。とてもややこしい位置関係なのですが、これには豊臣家と徳川家の覇権争いが関わっている様です。

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創建当時の新日吉神宮の神域は広大なもので、式年遷宮用に南北二つの御料地がありました。神社は皇室の尊崇を受けて長い間栄えていたのですが、応仁の乱によって焼亡、荒廃し、衰退を余儀なくされます。

戦国時代を経て豊臣秀吉が天下を取りましたが、その死と共に阿弥陀峰に秀吉の墓である豊国廟が築かれ、その前面に当たる新日吉神宮の北の御料地跡には豊国社が建てられます。

ところが、元和元年に豊臣氏が滅ぶと徳川家によって豊国廟が廃され、豊国社の跡地に新日吉神宮が移されました。元の神域を回復したとも受け取れますが、実は豊国廟への道を塞ぐためであり、前政権の記憶を消すべく、徳川家が取った処置だと言われています。

時代が下って明治に至り、徳川家が衰退すると、今度は豊臣家の復権が計られます。そして、豊国廟を再築すると共に参道を整備し、その際に参道を塞いでいた新日吉神宮を今の位置に押しやったのです。ちょっと不思議な石鳥居と新日吉神宮の位置関係には、こんな経緯が隠されていたのですね。

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こう書くと豊臣家と新日吉神宮は犬猿の仲の様に思われるかも知れませんが、実は豊国廟が廃された後も、密かに秀吉を祀り続けたのは他ならぬ新日吉神宮でした。現在の境内には豊国社という摂社があるのですが、これは江戸時代には樹下社(このもとのやしろ)と呼ばれ、豊臣の旧姓である木下と、社号の日吉を秀吉の幼名である日吉丸に掛けて、秀吉を祀る社である事を密かに示していたと言われます。

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現在の本殿は1835年(天保6年)に建てられたもので、創建当初の山王七社の神と併せて後白河法皇が祀られています。

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さて、この神社で面白いのは、この二体の猿の像でしょう。通常なら狛犬があるべき場所に猿が鎮座しており、しかも金網で覆われています。この猿は日吉山王の使いとされる御神猿であり、信者の災禍を祓うという不思議な力を持つとされます。

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御神猿と言っても、阿吽を踏襲しているのは狛犬と同じですね。とてもリアルな姿をしており、金網で覆われているのは、夜な夜な遊び歩かない様に閉じこめてあるのだと言われますが、それも本当かも知れないと思える様な見事な出来映えです。

新日吉神宮は、酒造、医薬、縁結びの神として信仰を集めています。また、菅原道真公を祀る飛梅天満宮がある事から、学問の神としても崇められている様ですね。少し入り組んだ場所にありますが、この御神猿に会いに行くだけでも、立ち寄る値打ちのある場所だと思いますよ。

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