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2007年7月 5日 (木)

京都・洛中 一本御書所跡 ~平治物語の舞台~

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自転車で下立売通を走っている時、偶然見つけた「一本御書所跡」の石碑です。ここは背景の看板に「あぶら」とある様に山中油店という油商の店先なのですが、かつての平安京の内裏の一角にあたり、一本御書所という役所があった場所と推定されているのだそうです。

一本御書所とは、当時流布された書物を一本(一部)を書き写して保管していた役所で、現在の国会図書館の様な部署だったのでしょうか。

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一本御書所は、平治の乱において藤原信頼が後白河天皇を幽閉した場所として知られています。

崇徳上皇と後白河天皇が争った保元の乱の後、権力の座に座ったのは後白河天皇の側近であった藤原信西でした。もう一人の側近であった藤原信頼はこれが不満でなりません。一方、武家の世界では平氏が台頭し、源氏は著しく退潮してしまいます。

信頼は源義朝と組んでクーデターを起こす事を決意します。彼らがまずした事は、後白河上皇と二条天皇の身柄を押さえることでした。この時代は上皇と天皇が権力の源ですから、この二人を握っている側が正義となるのですね。このとき、上皇を閉じこめた場所が一本御書所だったのです。

上皇と天皇を手中に収めた信頼は信西の追い落としに成功し、自ら権力者として振る舞い始めます。ところが都を留守にしていた平家が熊野から帰還すると、事態は一変しました。平清盛は警備の為と称して御所内に平家の兵士を送り込み、上皇を手引きして一本御書所を脱出せしめたのです。上皇はいったん仁和寺に入り、程なく平家の六波羅邸に入りました。

上皇を失った信頼らに勝ち目はなく、平家の軍勢の前に為す術もなく破れてしまいます。その後源氏は没落し、平家の全盛期が招来する事は周知のとおりです。

後白河上皇を失わなければ、あるいは源氏方にも勝機があったかも判りません。そういう意味では、一本御書所は歴史の転換点となった場所なのですね。

この石碑がどこまで考証されたものかは判りませんが、今まで物語の中にしかなかった一本御書所が突然目の前に現れた様なもので、この石碑を見つけた時は正直言って驚きを隠せませんでした。これだから、京都巡りは止められないのですね。

一本御書所跡は、下立売通知恵光院西入るにあります。と言っても、地元の人で無い限りピンと来る地名ではないでしょうね。以前聚楽第跡として紹介した松林寺・通称「やす寺」の南隣に位置しているので、ある程度の目安になるかも知れません。

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