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2006年11月 7日 (火)

京都・洛中 信長ゆかりの庭 ~真如院~

Sinyoin0611071

堀川五条は幹線道路が交わる交通の要衝、一日中行き交う車で溢れています。そこから、二筋西に入ったところが猪熊通。直線距離にしてわずか100m程離れているに過ぎませんが、堀川五条とは対照的なとても閑静な界隈が広がっています。その猪熊通に面しているのが真如院。かつてこのあたりで偉容を誇っていた日蓮宗大本山本国寺の塔頭です。

本国寺は妙顕寺と並ぶ京都法華宗の双璧とされ、六条門流と称されていました。その寺域は広大で、西本願寺の北に隣接し、五条通を越えて松原通にまで達するという広さを誇っていました。真如院もかつてはその境内の一角にあったのですね。ところが、明治以後本国寺の寺運は急速に衰え、昭和46年に至って寺域を維持する事が出来なくなり、土地を売却して山科に移転してしまいます。

本山は移転しましたが、塔頭はそのまま残されてしまったのですね。真如院がどこか唐突な感じがするのは、そういった経緯があるせいなのでしょうか。

真如院は1535年(天文4年)に日映上人によって開創されています。1568年(永禄11年)に織田信長が上洛を果たした時、この寺に枯山水の庭園を築き、足利義昭を招きました。義昭は無類の庭好きとして知られ、信長は義昭の機嫌を取るために庭を整備したのですね。

この庭は都林泉名所図絵にも描かれており、江戸時代にはかなり知られた存在だった様です。庭の周囲の築山には高木が繁茂し、とても洛中とは思えない景色だった様ですね。しかし、明治以後は荒れるに任される様になり、また寺域も減少してかつての面影はすっかり失われてしまいました。昭和24年には、猪熊通を挟んで西側の現在地に移転しています。

そして、昭和36年に庭の復元が計画され、重森三玲氏によって整備されたのが現在の庭です。広さはかつての数分の一程度しかありませんが、都林泉名所図絵に描かれた絵に出来るだけ忠実に再現されているとの事です。

この庭の特徴は、白砂の代わりに小板石を敷き詰めて川を表現しているところにあり、立体的な川面が印象的です。荒々しい中にも妙にリアルで、川の流れが目に見えるかの様ですね。

この庭園にはまた、義昭が烏帽子を掛けたという烏帽子岩、義昭遺愛とされる瓜実灯籠、両側から子供を呼ぶ様子を表すという父・子・母の文字が刻まれた呼子手水鉢があります。

真如院は撮影禁止のため内部の写真は無く、テキストベースでしかお伝え出来ないのが残念ですね。

真如院は普段は非公開で、毎年秋に一週間程度特別公開されます。今年は既に公開時期は終了してしまっており、興味のある方はまた来年の公開を狙って下さい。他にはあまり無い形式の庭ですから、一見の価値はあると思いますよ。

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