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2006年1月

2006年1月31日 (火)

冬の手入れ ~京都府立植物園~

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冬の植物園には訪れる人もほどんどなく、閑古鳥が鳴いています。春の様に大花壇のチューリップが出迎えてくれる訳でもなく、寒々とした比叡颪に吹きさらされるのがオチですから当然と言えば当然でしょうけどね。

この日はチューリップの代わりに葉ボタンが正門前の花壇に植えられていました。こうしてみると葉ボタンもなかなか綺麗なものなのですね。

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入園者が少ないと職員が暇かと言うとそんな事は無い様です。広い園内のあちこちで、春を迎えるための準備に余念が無い様子が窺えました。この写真はその一つで、クレーンに乗って高木の剪定を行っているところです。なるほどこんな具合に手入れをしていたのかと驚いた次第ですが、こういう手間を掛けているからこそ植物園の環境は守られているのですね。本当にご苦労様と言ってあげたいです。

2006年1月30日 (月)

ミズバショウとザゼンソウ ~京都府立植物園~

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京都府立植物園には「日本の森・植物生態園」というゾーンがあって、日本各地に自生する植物などが植えられています。そのコーナーの一角でミズバショウを見つけました。まだ苞が出てきたばかりで咲ききってはいませんが、もう少しの様ですね。

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その横にあったザゼンソウ。こちらはまだ芽を出したばかりで、プレートが無ければ何だか判らない事でしょうね。

ミズバショウもザゼンソウも、もっと寒い地方に行かないと見る事が出来ないと思っていましたので、ここにある事が判って嬉しい気分です。今度は咲いている頃を見計らって見に行こうと思ってます。

2006年1月29日 (日)

山茶花の道と椿園 ~京都府立植物園~

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冬枯れの景色の中で、彩りを添えてくれる貴重な花が山茶花です。植物園でもそこかしこで咲いていますが、垣根をしつらえた山茶花の道というところがありました。やっぱり山茶花には竹垣が似合いますね。

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山茶花は沢山の花が咲いている割に、程度の良い花が少ないのが難点です。そんな中であちこち探して、開花したばかりの綺麗な花を見つける事が出来ました。折からの小雪のせいで、わずかに濡れてしっとりした感じになっています。

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こちらは椿園で見かけた椿の花です。椿園はまだ咲き始めたばかりといった感じで、ほとんどの木は蕾の状態でした。この花は品種を書いたプレートを撮ってくるのを忘れてしまったために名前は判りませんが、咲いていた中では一際目を惹いていました。

椿には、薔薇とはまた違った上品さと華やかさがあります。


2006年1月28日 (土)

蝋梅(ロウバイ) ~京都府立植物園~

真冬の京都府立植物園に行って来ました。小雪の舞う寒さの中、訪れる人はほとんど居らず、大花壇も植えられたチューリップの球根がわずかに芽を出しているだけという寂しい状態でしたが、それでも私にとってはこの上なく楽しい場所の一つです。

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ほとんどの植物が冬枯れしている園内ですが、一箇所だけ春を予感させる場所がありました。それが梅林にある蝋梅です。この木は既に満開を迎えており、この周囲だけはまるで早春が来たかの様に仄かに華やいでいました。

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徒然なるままに」で紹介されているように蝋梅には2種類ありますが、この写真の様に花の中の色が紫色になっているのが蝋梅で、全体に黄色い花が素心(ソシン)蝋梅です。蝋梅の名は花びらがまるで蝋細工の様に見えるところから来ているそうですが、こうして見るとなるほど透明感のある花ですよね。

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蝋梅には香りもあるのですね。寒すぎたのか微かではありましたが、甘い香りも楽しむ事が出来ました。この花を見ただけでも、わざわざ出かけただけの事はありましたよ。


2006年1月27日 (金)

2006年 今年の恵方は南南東 

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平成18年の恵方は南南東。

毎年この季節になるとあちこちで見かける恵方巻の広告ですが、今年は早くからテレビでも今年の恵方は南南東とやってますから、随分と浸透している事でしょうね。

いわれについては去年一昨年と書いてますが、なんと恵方巻きの起源について学術的に研究している人が居たのですね。新見公立短大の岩崎竹彦助教授という方がそうで、明治の初め頃に大阪の船場で商売繁盛、無病息災を願って始まった風習だとする説など4つの説を紹介されているそうです。うーん、何でも研究の対象にしようとすれば出来るものなのですね。それでも一つに絞りきれないところが、俗信らしいところと言えば言えるのでしょうか。

(追記)
昨日ここまで書いたのですが、今朝(平成18年1月27日付け)の朝日新聞の生活面(たぶん大阪版だけかな)に、ほぼ同じ内容の記事が掲載されていました。それに依ると、岩崎助教授は昭和7年に発行されたチラシに花柳界に流行していると明記されていることから、
「船場の街角で女性が階段の中段に立って丸かじりして願い事をしたら叶ったという故事にちなむ。」
「船場の旦那衆の節分の日の艶っぽい遊びが発端。」
のどちらかの説が有力と考えられているそうです。真相の究明にはまだ時間が掛かるとの事ですので、研究はこれからも続けられるようですね。

コマーシャルを見ているともはや国民的な一大イベントとなったような観があります。コンビニの商戦に乗って全国に広がっていく様子を研究してみるというのも面白いかも知れませんね。中国地方には何年頃、関東地方には何年頃に伝わり、全国制覇を果たしたのは何年と見られるなんてね。もしかしたら、もうやってる人が居るかしらん。

我が家はいつもゆこの手作りの海苔巻きです。毎年工夫を凝らしてくれるけど、今年はどんな海苔巻きにしてくれるのかな。

2006年1月26日 (木)

プリムラ・マラコイデス

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我が家の冬のベランダを彩るプリムラ・マラコイデス。
満開までにはまだ時間が掛かりそうですが、
この柔らかな色合いは一足早く春を迎えた様な気分にさせてくれます。

園芸店では桜草として売っていますが、
花の中心が黄色くなるのはマラコイデスの証拠です。
一見して似ているからだとは思いますが、ちょっと紛らわしい売り方ですね。
マラコイデスのままで良いのに、なんでわざわざややこしくするのかなあ...。


2006年1月25日 (水)

ダイサギの採餌

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京都高野川でみかけたダイサギです。上手い具合に丁度餌を採ったところに出会いました。結構大きいですが、この魚は何という名でしょうね。

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正面から撮ってやろうと回り込みながら撮った一枚です。白い羽根がとっても綺麗ですね。しかしこの直後シャッターの音が気に障ったのか、餌を加えたまま飛び立ってしまいました。ちょっと残念です...。

ダイサギと言っても亜種があるそうですが、私にはどうにも区別が付きません。図鑑を見ても違いが判らないのです。どなたか見分け方が判る人って居ませんか。


2006年1月24日 (火)

初弘法 買い食い編

露店をひやかす楽しみのひとつは買い食いにありますよね。弘法市には沢山の食べ物屋さんが店を出しており、食いしん坊がそろった我が家には誘惑の巷でもあります。

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まず最初に買ったのがこの「ぎんなん」です。茶碗蒸しや土瓶蒸しに入れて食べる事は良くありますが、焼きぎんなんは食べた事がありません。面白そうだと買ってみたのですが、ちょっと失敗でした。と言うのは、袋の中身は剥き身になっていると思っていたのに、殻が付いたままだったのです。家で食べる分にはそれでよいのでしょうけど、座る場所も無いほどに混雑した境内で、立ったまま固い殻を剥いて食べるのは一苦労でした。
でも、味の方はほろ苦くて、まずまず良い感じです。それに一度に沢山食べたのは初めてだったのですが、小さい様でもそこは木の実だけの事はあって、意外にボリュームがあるのですね。家族で分け合って食べても、結構お腹がふくれました。

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次に買ったのが干し柿です。一見して地味に見えますが、これがまた絶妙な甘さと、とろける様な舌触りを持っているのですね。お正月のお飾りに付いているような干し柿しか食べた事が無かったのですが、まるで次元が違いました。これぞまさしくお菓子の原点だと、干し柿に対する認識を改めた様な次第です。

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よせば良いのに、さらに買ってしまったのがサツマイモスティックです。スティック状に切ったサツマイモを油で揚げてグラニュー糖をまぶすというシンプルなお菓子ですが、これがまた美味しかったのですよねえ。揚げたてで熱々だったせいもあるでしょうけど、サツマイモの本来の甘さが活性化されて、さらに砂糖がそれを補強するといった感じで、見た目の様にくどくは無いのです。寒空の下で食べるには丁度良いおやつでした。カロリーはやたらと高そうですけどね。境内のあちこちで食べている人を見かけた、この日のヒット商品の一つでした。

2006年1月23日 (月)

初弘法 お店編

ちゃんとお参りを済ませた後はいよいよお見せ巡りです。弘法さんには1000軒を越える店があり、混雑する中を一度に全部を見て回るのはとても無理です。この日も境内の周辺部分を半周しただけで疲れてしまい、一周もせずに帰途に付きました。それでも結構面白い店はあるものですね。

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まずは、清水焼のミニチュアを売っていた店です。兄妹工房と書いてありますから、ご兄妹で開かれているのでしょうね。清水焼のミニチュア自体は珍しくありませんが、面白いと思ったのはそれを額縁に入れたディスプレイです。人垣の後ろから撮ったので、肝心の額縁がほとんど写っていないのですけどね。ドールハウスの様な趣があって、なかなか良いアイデアだと思いました。

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これは戌年にちなんだという訳ではないでしょうけど、犬型のボトル置きです。金属の質感がとても良い感じですよね。思わず買ってしまいそうになりましたが、荷物になるので思いとどまりました。でも、こんなのが一つあって良いなあ。

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こちらは不思議な感じのする猫の置物。猫好きな人には良いかも、です。値札がなかったので売り物かどうかは判りませんけどね。

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その猫の隣に並んでいた動物の木彫り人形。猫だの犬だの蛙だの様々です。およそ古寺にはふさわしくないグッズですが、こういう商品があっても少しも不自然ではないのが弘法市の雰囲気なのですね。

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この帽子の列を見て、谷山浩子の「おはようございますの帽子屋さん」を思い出した私は古い人間なのでしょうか。思わずこの歌のフレーズが口を付いて出てきました。あるいは、ハウルの動く城に出てきたハッター帽子店かな。これだけまとまった帽子を見たのは久しぶりの様な気がします。

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最後は骨董店。弘法市というと骨董品というイメージがあったのですが、ちょっと勝手な思いこみだったようですね。その中で見つけたのがこの算盤。立派な箱に入っていますが、よく見ると上の段が2玉、下の段が5玉になっていますね。中国製の様ですが、どうやって使うのでしょう。

何も買わなくても店を見て歩くだけで楽しい弘法市は、古くて新しいワンダーランドです。

2006年1月22日 (日)

初弘法 お参り編

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弘法さんと言えば沢山並んだ露店での買い物に行くというイメージがありますよね。でも境内を歩いている内に、縁日はお参りをするための日であって、参拝も済まさないで買い物に走るという不心得をしてはいけないと、お坊様に叱られてしまいました。なるほど言われてみればそのとおりで、レポートもまずはお参り編から始める事にします。

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近鉄の東寺駅に着いたのは午前10時30分ごろの事でした。普段はそれほどでもない降車客もこの日は別で、2階のホームから1階の改札口へ下りるだけでも時間が掛かります。階段の順番を待っている間に次の電車が入ってきて、さらにホームに人が溢れるという混み方でした。駅から東寺に向かう道筋もこのとおりで、沿道の店もこの時とばかりに呼び込みに懸命です。

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ここは大師堂の北側です。太子堂はかつて弘法大師の住居だったとされる場所ですが、当初の建物は火災で焼失してしまっており、現在のお堂は1390年頃に建て替えられたものだそうです。ここには現在弘法大師座像が祀られており、多くの人が参拝に訪れていました。

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こちらは、太子堂の南にある毘沙門堂。ここの毘沙門天は都七福神の一つに数えられており、七福神巡りに訪れた人も多い事でしょうね。

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そして、その西側にある東寺亀。この亀の頭を撫でて自分の頭を撫でると良い事があるという俗信があるのですが、この日はさらに周囲を巡って身体中を撫でていました。3回巡ると良いという声がしていたのですが、私が聞いていたのとは違う気がします。なんだか色々な説がある様ですが、これも信心というものだから良しとするのでしょうね。

2006年1月21日 (土)

初弘法

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京都の東寺で毎月21日に行われている縁日が弘法市。通称「弘法さん」と呼ばれています。その弘法さんでも年の初めに行われる市は初弘法と言って、特に賑わう事で知られています。その初弘法に家族でお出かけして来ました。


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雪という予報はどこへやら、無闇に冷え込むばかりの京都でしたが、今年は土曜日という事もあって、特に人出は多かった様です。

弘法市とは、一言で表せば大規模な露天市。一見してフリーマーケットの様に見えますが、店を出しているのは全て本職の商売人の方ばかりです。ほとんどはどこかに自分の店を持ち、この日だけ東寺に出店を出すというパターンの様です。店の数は実に1200から1300店といいますから、日本でも有数の露天市なのでしょうね。

店の種類も骨董商から食べ物屋さんまで様々。何も買わなくても歩くだけで楽しい場所です。すさまじい人出で行き違うだけでも大変だったのですけどね。

撮ってきた写真とレポートは明日以降アップして行く予定です。


2006年1月20日 (金)

京都 洛東 知恩院 男坂

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京都・洛東にある知恩院。三門を潜って本堂に至るには二つの道があります。なだらかな石畳の道は女坂、写真の急で段差の大きな石段は男坂と呼ばれています。

以前は身体にきつい男坂を上る人は少なく、大抵の人は女坂を通っていました。ところが先日訪れた時に気が付いたのですが、男坂を上る人が増えているのですね。

人力車の観光案内を聞くとはなしに聞いていたのですが、映画「ラストサムライ」の影響とのこと。公開されてからかなりの時間が経ちますが、あの石段のシーンは確かに印象的でした。みんなトム・クルーズになった気分なのかな。

私も学生の頃は走って上った覚えがありますが、今ではとても上る気にはなりません。見ているだけで息が切れてしまいそう。こんな事ではとてもサムライにはなれないですね。

2006年1月18日 (水)

寒汀鷺立

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雪の舞う日、京都の高野川で見かけたアオサギ。

寒気に遭うと首をすくめるのは人と同じポーズですね。
羽根をぴったりと閉じているのも体温を逃がさないためなのでしょう。
寒さに慣れているはずの水鳥でも冬を越すのは大変なのかな。

見ているこっちまで凍えて来る様な気がします。

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」市村鉄之助の生涯

「新選組!!土方歳三最期の一日」のラストシーンを飾った市村鉄之助。既に何度か触れていますが、土方歳三の写真を日野に届けた人物として知られています。

土方の肖像を初めて見た時の驚きは今も忘れていません。新選組の鬼の副長と呼ばれた男が、実は素晴らしく現代的な美男子で、知的な印象すら漂わせている事がとても意外だったのです。この写真から土方ファンになった人も多いでしょうし、新選組に対するイメージを改めた人も多かった事でしょうね。それだけでも、市村鉄之助の果たした役割は大きかったと言わなければならないでしょう。

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2006年1月17日 (火)

ねこづらどき2周年

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本日「ねこづらどき」が2周年を迎えました。
これも一重に訪問して下さる皆様、コメントを下さる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

写真付きの日記のつもりで始めたのが2年前、ある時は京都、ある時は新選組、ある時はガーデニングと、思いつくままに記事をアップしてきました。良く言えば何でもありの寄せ鍋風、その実態はいつまで経っても方向性の定まらぬサイトという事になりましょうか。でも元々のコンセプトが「夕焼け空を見ながらの散歩」ですから、このままでも良いのかなと勝手に思ったりもしています。

3年目に入りますが、これからもマイペースで続けていくつもりでいます。
どうかこれからも「ねこづらどき」をよろしくお願いいたします。


2006年1月16日 (月)

サイネリア 2色

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毎年冬にると買いたくなるサイネリア。今年は2色にしてみました。

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柔らかく暖かいピンクと爽やかな青。
冬のリビングを明るく照らしてくれています。

2006年1月15日 (日)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」16

駆け込んでくる伝令。薩長軍が赤川台場に攻め込んだとの知らせに、立体地図の駒を動かす大鳥。目を合わせてうなずき合う榎本と土方。

新選組本陣。赤川台場が奪われたと島田に知らせる相馬。このま見ているだけで良いのかと問いかける相馬に、ここを守れというのが命令だ、敵が町に攻め込んでくるまで一歩も動くなと答える島田。

負傷を押して、足を引きずりながら入ってくる伝令。すでに四稜郭も権現台場も落ち、新政府軍は真っ直ぐ五稜郭に向かっていました。しかし、大鳥にとってはあらかじめ想定した作戦どおりであり、戻ってくる兵を集めて決戦に備えると言って部屋を出て行きます。これで心おきなく突っ込めるとほくそ笑む土方。

戻ってきた兵を出迎える大鳥。彼はこれからが本当の戦であると兵達を激励して回ります。

ついに崖の上にまで達した新政府軍。大砲の砲身もここまで引き上げられて来ました。

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2006年1月14日 (土)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」15

会議室に集まった指揮官の面々。共通しているのは、硝煙によって黒く汚れた顔。疲れ切ってうたた寝をしている者、うつろな表情で呆然と座っている者、闘志を剥き出しにして今にも噛み付きそうな顔をしている者など様々です。そこに入ってくる大鳥、榎本、土方の3人。注目!と号令を掛ける大鳥。その声に反応して、一斉に立ち上がる指揮官達。彼等を前にあいさつを始める榎本。彼はここまで戦ってきてくれた事に礼を言い、戦は今日で終わりだと降伏を宣言します。水を打った様に静まりかえる会議室。その中から、本当に降伏するのかと飛び出してきた者が居ました。勝っているのに降伏しなければいけないのかと土方に訴えたのは、二股口で共に戦った指揮官なのでしょうか。それをきっかけに、関を切った様にまだ戦える、共に戦おうと言って榎本の足下に殺到する指揮官達。事の意外な成り行きにとまどう榎本。その横で、悔しさを噛みしめながら、黙ったまま座り込む大鳥。その横顔に気付く土方。

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ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」14

暗闇の海岸。小舟に分乗して上陸して来る新政府軍。続々と揚陸される武器弾薬。海岸のすぐ側は断崖になっている様子です。

絨毯の上にあぐらをかいて、ワインを飲み始める榎本と土方。日本酒とワインの違いの講釈を始める榎本。米は手を掛けないと酒にはならないが、葡萄は放っておいても酒になる、葡萄自体に発酵させる成分が含まれているからで、実に理に適った産物だ、いかにもヨーロッパの人間が考えそうな酒ではないかと土方に同意を求めます。眉間に皺を寄せた険しい表情のまま、ワインを一口飲む土方。その様子を見て、悪くないだろうと感想を聞く榎本。悪くはないが、良くもないと憮然とたまま答える土方。

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2006年1月12日 (木)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」13

総裁に話があると切り出す土方。あんたとは一度話がしたかったと軽く受け流し、ワインの入ったグラスを勧める榎本。西洋の酒はやらないとにべもない土方。ではこれをとサンドウィッチの皿を差し出す榎本ですが、土方は嫌悪感も露わに顔を背けてしまいます。やむなく皿を引っ込めた榎本は、西洋カルタをしながら片手で食べる事が出来る様にと発明されたのがサンドウィッチだと講釈を始めますが、土方は日本には握り飯があると取り合いません。
あくまで西洋の食物を拒否する土方に、榎本は、西洋を嫌いながら髷を落とし、洋服を着ているのはどういう訳かと問いかけます。これに、西洋が嫌いな訳ではなく、西洋かぶれが嫌いなのだと答える土方。洋装にしたのは戦の時に動きやすく、髷は手入れに手間が掛かる、無駄を省いただけだと続ける土方に、それが西洋流の考え方だ、私たちは似たもの同士なのだと語りかける榎本。しかし、土方は榎本の口ひげをとらえ、そんな手入れに手間の掛かる事をしていて無駄の無い西洋流と言うのは聞いて呆れる、西洋の形ばかり真似ている榎本と理に適ったものを受け入れている自分とではまるで違うと同意しません。

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2006年1月11日 (水)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」12

榎本の部屋。君と大鳥は会えばいつもいがみ合っている、実に愉快だと言いながら棚からワインを取り出す榎本。険しい表情で座っている土方。その前に置かれているのはサンドウィッチの皿。総裁にはすまないが、あの男はと言いかける土方を制して、大鳥はいつも勝っている君をやっかんでいるんだととりなす榎本。そして、我が軍は君と大鳥のおかげで今までやってこられた、間違いなく日本で最強の軍隊だと二人の功労者を立てながら、グラスにワインを注いでいきます。そう言いながらも、後は天気さえ味方していてくれたらこんな事にはならなかったと後悔の言葉が口を衝いて出るのは、やはり新政府軍には負けたくはないという本音の表れなのでしょうね。

「天気が味方をしてくれていたらというのは、榎本艦隊の主力であった開陽が、江差沖にて暴風雪に巻き込まれ、座礁した挙げ句に沈没してしまった事を指しているのでしょうね。開陽は当時最新鋭の軍艦で、この一艦があれば日本の制海権を押さえられるとまで言われた船でした。榎本が蝦夷地における新政権樹立の構想を建てたのは、一つにはこの開陽があったからであり、彼の自信の根拠となっていました。明治元年11月15日に開陽が沈んだ時、榎本は「闇夜に灯りを失うがごとし」と嘆いたと言いますが、この沈没は元はと言えば彼の判断ミスから起こった事故でした。
開陽は江差に籠もる新政府軍を砲撃すべく函館から出撃したのですが、この敵は松前からの敗残兵であり、陸軍だけで十分に打ち破る事が可能な相手でした。海からの援軍などは必要なかったのですが、榎本は大雪が降る悪天候を衝いてあえて出航させています。これはなぜかと言うと、蝦夷地上陸以来、戦っているのは陸軍ばかりで、海軍の出番はありませんでした。このため、海軍の将兵の間で不満が高まっており、その気分を鎮めるために江差へと向かったのです。榎本は、将兵の不満を解消するには大砲の2、3発も撃たせれば十分だろうと軽く考えていたのですが、冬の北の海の猛威は彼の想像を遙かに上回っていました。
江差の沖合にて暴風雪と荒波に晒された開陽は、蒸気機関を目一杯焚いて流されない様に耐えていjました。しかし、午後10時頃、開陽を海底につなぎ止めていた碇が切れてしまいます。こうなると蒸気機関の力をもってしても抵抗は不可能で、開陽は陸地に向かって押し流され、岩礁に乗り上げてしまいます。榎本は、座礁した側の砲を一斉に放って、その反動で抜け出そうと試みますが上手く行きません。それどころか、開陽を助けようとして近づいた神速までが転覆してしまうという始末で、榎本は遂に開陽を放棄する事を決意し、総員退去を命じます。その後、荒波に揉まれ続けた開陽は、数日の内に跡形もなく砕け散ったと言います。
この事故の第一の責任は榎本にある事は明らかです。将兵の不満を鎮めるという理由で無用の出撃を強行し、その挙げ句に北の海の天候と江差の地形を読み誤って、2隻の船を沈めてしまったのですから。ドラマでは天気が味方してくれたらと嘆いていましたが、実際には自らの判断ミスが招いた災いであり、自業自得の結果と言えそうです。
(追記)
天候に恵まれなかったと言えば、甲鉄艦を奪い取りに行った宮古湾海戦も含まれますね。この時は、回天、蟠龍、高雄の3隻で出撃し、甲鉄艦への接舷攻撃は蟠龍と高雄の2隻が担当する予定でした。ところが、航海の途中で荒天に遭い、3隻の船はばらばらになり、高雄はそのまま行方不明、蟠龍はかろうじて宮古湾に到着したものの機関の故障を起こして攻撃への参加を見送らざるを得なくなりました。結局、最初の予定になかった回天が接舷攻撃を行う事になったのですが、外輪船の回天は接舷攻撃には不向きで上手く行かず、作戦は多数の死傷者を出しただけで失敗に終わっています。その後、回天と蟠龍は函館に帰る事が出来ましたが、高雄は捕捉され、最後は船を自焼した上で乗員は投降しています。この作戦については、もしも好天に恵まれていたらどうなったか判らないという意味では、榎本の嘆きももっともかも知れませんね。」

以下、続きます。

この項は、木村幸比古「新選組日記」、別冊歴史読本「新選組を歩く」、「新選組日誌 コンパクト版 下」を参照しています。

シャコバサボテン(クリスマス・カクタス)開花

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我が家のシャコバサボテンがようやく開花しました。毎年クリスマスの頃に咲く事からクリスマス・カクタスの別名を持つ花なのに、今年は随分と開花時期が遅れています。12月に入って急に寒くなった事が原因かなと思っていますが、どんなものなのでしょう。

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この花はとても綺麗なのですが、なかなか売っている鉢の様に豪華な感じになりません。長い葉の先に花が着くので、全体として間延びして見えるのです。途中で一度葉を取って、コンパクトに仕立ててやった方が良いのかな。でも、なかなか思い切れないのですよね。

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という訳で、写真はアップで撮っています。単独でも十分綺麗なので、これも有りかな。

我が家の冬の窓辺を、華やかに飾ってくれる貴重な花の一つです。

2006年1月10日 (火)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」11

土方の回想。
(とある山中で、墓穴を掘る人足達とそれを見守る僧侶。そこにやって来た洋装の男と、背負子を背負った着物姿の男。どちらも人目を憚る様に編み笠を深く被っているので、人相までは判りません。人足達に、ここではない、もっと上だと声を掛ける洋装の男。彼等は人足達に先立って山を登り、城が見渡せるところまで来ると、ここで良いと指示を出します。穴を掘り始めた人足達の横で笠を取ったのは洋装の土方と着物姿の斉藤一。土方は何やら風呂敷包みを持っています。
やがて出来上がった墓標と祠。墓標に書かれているのは貫天院殿純忠誠義大居士という戒名。その墓標に会津候から拝領した虎徹を供え、祈りを捧げる斉藤。その背後で風呂敷包みの中から新選組の羽織を取り出す土方。彼はその羽織を脇差で半分に切り裂くと、その片割れを虎徹と一緒に墓標の前に供えます。斉藤と並んで祈りを捧げる土方の背後に、陣羽織を着た会津候が現れました。
墓標の文字を読みながら、あの男の事を考えると、これ以外には思いつかなかったと述懐する会津候。俗名は入れないのかという問いかけに、ここに眠る者の素性が判ると、薩長の人間に何をされるか判らないと答える土方。会津候は、長岡の次は会津であり、もはや自分たちには勝機は無いと言い、自分を守る為に戦うと言う土方に、榎本と共に北へ行け、そして残った幕府の兵を集めて薩長相手に大戦を仕掛けよと命じます。ここには殿が居て近藤が眠っていると逡巡する土方ですが、二人のやり取りを聞いていた斉藤が、自分が残って会津候と局長を守ると言い出します。その斉藤をじっと見つめていた土方ですが、やがて託したと斉藤に全てを任せます。最後の恩返しだなと斉藤に言って、墓標を見つめる土方。)

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2006年1月 9日 (月)

白の大文字

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雪の京都でもう一つ撮りたかったのが雪の大文字です。

電線がちょっと邪魔ですが、
夏の赤々と燃える大文字とはまた違った趣がありますよね。

冬の京都ならではの景色です。


京都 出町柳にて

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」10

函館、武蔵野楼での宴。グラスに注がれているのは日本酒ではなくワイン。皆は揃ったかと尋ねる榎本。土方だけが未だ来ていないと聞き、あきれる大鳥。土方なら、昼間ここに来たと口を挟む武蔵野楼の女将。彼女は洒落た赤いドレス姿です。土方は昼間から酒を飲んでいたのかと憤る大鳥ですが、彼は溜まっていたツケを精算する為に来ただけだと答える女将。
(以下、女将の回想。武蔵野楼の座敷で女将と対座する土方。彼は世話になったなと金の入った袋を女将に手渡すと、そのまま立ち去っていきます。何かに気付いた様にその後ろ姿を見送る女将)
その話を聞き、土方は総攻撃が近い事を知っていると言って、宴の席に向かう榎本。

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2006年1月 8日 (日)

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」9

今回から、ドラマに沿ったレビューを掲載していきます。かなりの長文となりそうですが、おつきあい願えれば幸いです。

冒頭、五稜郭の空撮。旧幕府軍がこれまでにたどった足跡が簡潔に説明されます。函館に新政権の樹立を目指した旧幕府軍の組織、すなわち総裁に榎本武揚、陸軍奉行に大鳥圭介、そしてそれを補佐する陸軍奉行並に土方歳三。一旦は蝦夷地の平定に成功した彼等でしたが、新政府軍の反撃の前に追いつめられ、明治2年5月には、かろうじて函館の街と五稜郭の周辺を維持しているだけの状態でした。

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2006年1月 7日 (土)

七草がゆ

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1月7日の朝ご飯は七草がゆ。我が家では、去年と同じフリーズドライの七草です。少し違うのは卵入りになったところですね。

七草と言えば、

「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。」

という具合に、普通はこの順番にリズム良く覚えていくのでしょうけど、我が家の息子はこれをバラバラに覚えているから不思議。でも良く聞いていると、ちゃんと種類は合っているのですよねえ。記憶力が良いと言うのか、リズム感が欠如していると言うのか、どっちなのでしょう?

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今年のニューフェイスは、この春の七草漬け。七草と言っても全部入っている訳ではなく、漬け物に向いている「せり、すずな、すずしろ」の三種類だけを漬けてあるものです。言い換えれば普通の漬け物のブレンドでもあるのですが、そこは気分の問題で七草がゆと一緒に食べるところに意味があり、それに確かに美味しかったです。

さて、ビタミンも補給された事だし、やたらと寒いこの冬を無事に乗り切る事が出来るかな。

2006年1月 6日 (金)

冬、2題 「残り雪」

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雪の京都は絵に描いたような美しさ。どこを撮っても絵になります。

でも、難点はすぐに溶けてしまう事。地元に住んでいない限り、
綺麗な雪を見る事は難しいです。

わずかに残った雪を求めて歩いた石塀小路は、
北向きの屋根だけが白く輝いていました。

南天の葉の間から撮った屋根は、少しは雪景色に見えるかな。

京都 東山 石塀小路「田舎亭」にて

冬、2題 「寒月」

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大阪の冬はめったに雪が降りません。
その代わり北風がやたらと強く、体感気温は北国並です。

その風のせいか、普段は光害が酷くてほとんど星が見えない夜空も、
この季節だけは澄み切っている様に感じます。

夕暮れ時、冬枯れの木立の中の三日月は、
あたかも凍り付いているかの様。

どこからか霜の降る音が聞こえてくる様な気がします。

2006年1月 5日 (木)

小寒

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今日は小寒。

ここ何年かは、これで小寒?と言う様な暖冬が続いていた様に思いますが、
今年は小寒らしい寒々とした一日でした。

去年から今年に掛けては冬の記録を更新し続けているそうですね。
津軽のブログmikke!では、線香花火を思わせるツララが紹介されていますが、
ここまで見事なツララは、さすがに京都、大阪では見る事ができません。

この写真は昨年の暮れに京都で撮った屋根の残雪です。
北国だとこれがツララに成長するのでしょうね。

明日はさらに寒くなるのだとか。
大寒が過ぎるまで、まだまだ寒波は続きそうです。


京都 東山 月真院にて

2006年1月 4日 (水)

京都 八坂神社 かるた始め式

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毎年1月3日に、京都八坂神社で行われている「かるた始め式」に行ってきました。3が日の京都なんて行くものじゃないと思っている私ですが、この行事だけはどうしても行きたかったのです。

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それは、二人の息子がこの冬休み中に百人一首を覚えようと頑張っているからで、本格的なかるた取りを見せてやりたかったからでした。しかし、案の定と言うか、やはり八坂神社の人出は半端ではなく、ましてやこのかるた始めにはマスコミの取材陣も押し寄せており、身動きも取れない様な状態でした。さらには、周囲の人に文句を付けてばかりのアマチュアカメラマンが居たりして、雰囲気はかなり険悪になっています。

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どうあがいても普通に写真を撮る事は出来ないので、両手を上げて適当にシャッターを押して撮った写真がこれです。古式ゆかしい着物姿の子供二人が対戦しているのが判るでしょうか。これがかるた始めの儀式で、八坂神社の祭神須佐乃男命が和歌の祖神であることにちなんで行われる様になりました。ただ、始まったのは比較的最近の事で、それほど古くからある行事という訳ではありません。

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儀式が終わると、大人と子供に分かれての競技に移ります。王朝絵巻から抜け出してきた様な華やかな女性達が真剣勝負を繰り広げる様は、なかなか見応えがあります。勝敗を競っている訳ではありませんが、上の句の一文字、二文字を読み上げるやいなやカルタを取ってしまう早業には、ただただ感心するばかりでした。子供達の中にも、おそらくはこの札と決め打ちをしていたのでしょう、大人顔負けの速さで札を取る子が居て、歓声を浴びていました。

肝心の息子は人混みに押されて満足に見る事は出来ませんでしたが、一所懸命に覚えた歌が聞こえてくるのは、なかなか面白かった様です。また独特の抑揚のある読み上げ方は、きっと参考になった事でしょうね。カルタ競技に参加する様になって欲しいとは思いませんが、百人一首に歌われた日本の風情を、少しでも理解してくれたら嬉しいなと思ってます。


2006年1月 3日 (火)

「新選組!!土方歳三最期の一日」とりあえずの感想

怒濤のような「新選組!」デーが終わりました。「新選組!」ファンとしては、十分に堪能したという満足感と、これでもう本当に終わりだという虚脱感に囚われているところです。

半日をトータルした感想は、「新選組!」は、史実を下敷きにして組み立てられた、とても面白いドラマだったという事です。ファンの声に押されて、大河ドラマ史上初めての続編が作られたというのも無理なからぬ事だったと改めて思いました。

続編の感想については、とてもまだ整理出来ていませんので後日アップしますが、こういう土方の最期の描き方もありなのかな、というところですね。途中まで死に場所を求めて戦っていたという設定には同意しかねるのですが、生きるために戦ったというのも少し違和感を感じなくもありません。ただ、一遍のドラマとして見た場合、実に良く人物像が描かれており、さすがに三谷作品だと思いました。

ラストシーンで、北海道の大地を駆け抜ける市村鉄之助の姿が印象的でしたね。ドラマの中で彼が落として見せた様に、今に伝わる土方の写真は彼が土方から預かり、佐藤家に届けたものです。彼は官軍に包囲された函館をくぐり抜け、全て敵地である道中を踏破して、無事に日野にまでたどり着いたのでした。彼の頑張りが無ければ私たちが土方の姿を見る事は出来なかった訳で、日野まで走り抜けと島田が送り出した意味はそこにあったのですね。市村鉄之助の詳細については、また後日アップします。

最後に、ここまでしてくれたNHKには感謝の一言です。ありがとうございました。

そして、出来る事なら、新選組の新シリーズを立ち上げてほしいなあ...。

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