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2005年10月

2005年10月31日 (月)

火星大接近

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2年前の8月27日に、6万年ぶりの火星大接近と騒がれたのは記憶に新しいところです。我が家ではわざわざその日を選んで、星のきれいな町として知られていた美星町(現井原市)まで出かけたほどです。あの時美星天文台の望遠鏡で見た火星は、本当に美しかったなあ...。

今年は再び火星が地球に大接近する年で、その距離の近さは2年前に匹敵すると言われています。そして昨日10月30日がその最接近の日でした。

上の写真は習作にと夕方に撮ったもので、金星と飛行機とのツーショット。金星がとても明るいので撮れた写真ですね。

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さて肝心の火星はどうかというと、日の暮れと共に雲が広がり今日はもう駄目かなと思っていたのですが、念のためにと午後11時頃に外を見ると綺麗に晴れ渡っており、頭上に輝く火星を見付ける事が出来ました。

しかし、ベランダからだと上の階の庇が邪魔になって三脚が使えず、かと言って外に出るにはあまりに遅い時間帯(カメラを持って歩いていると不審者と間違えられかねない)でしたので、手持での撮影を行いました。でも、いかに感度を上げてシャッター速度を稼いでみても、やはり無謀な試みでしたね。当然の結果ながら、何枚撮っても手ぶれの連発で、まともに撮れたものは一枚もありません。まあ、とりあえず火星と判る写真が撮れただけでも良しとしますか。

これからまだ暫くは火星の見頃は続き、11月6日までは大きな火星(視直径20秒台)を見る事が出来るそうです。とても綺麗ですから、一度ご覧になると良いですよ。午後7時から9時頃にかけて、東の空を登っていく頃が最も見やすいと思います。

Trick or Treat?

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ブログ界では人気のハロウインですが、町中ではまだあまり見かけませんね。
お祭り好きな日本なのになぜだろうと思いますが、
キャラクターに親しみを持ちにくいからかも知れません。

でも、初めからこんなキャラだったら、もっと人気が出たかも、ですね。

Happy Halloween!


京都、河原町蛸薬師西入るにて

2005年10月30日 (日)

京都 秋雨散歩 法観寺 八坂の塔

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雨を押して京都に出かけた理由の一つに、法観寺の秋明菊を見る事がありました。ところがこの日は閉山日だったのですね。せっかくここまで来たのに、なんてこった。

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ところが、諦めて二年坂に向かおうとしてふと下を見ると、板塀の隙間から秋明菊を見る事が出来るではありませんか。なんてラッキーな!

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思ったとおり、雨に濡れた秋明菊は、しっとりとした風情を見せてくれました。しかもこの色はなんとも上品で、古塔の風情ととても似合っています。わざわざ出かけてきた甲斐があったというものですね。

この秋明菊にはまだまだつぼみが沢山あって、暫くの間は見頃が続きそうです。東山に行く事があれば、道を曲げて八坂の塔に寄り道をするだけの値打ちはあると思いますよ。

2005年10月29日 (土)

京都 秋雨散歩 円山公園

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10月最後の週末はあいにくの雨模様。でも秋雨に煙る古都もまた良いかなと考えて、東山界隈を散歩してきました。

まず訪れた場所は円山公園。ほんのりとですが、木々が色づき始めていました。

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一番きれいなところを切り取ればこんな感じです。本当はまだまだ緑がほとんどなのですけどね。ただ桜はすでに散り初めており、今行っても秋を感じる事は可能です。

今日聞いた情報では、今年の本格的な紅葉は昨年よりもさらに遅れて、12月初旬頃が見頃になるとか。そこまで行くと晩秋というより初冬ですよね。これから温暖化が進むと、ますます遅くなっていくのかな。

季節感がだんだんと狂って来ている様な気がします。

2005年10月28日 (金)

釣瓶落とし

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今日は季節が逆戻りしたように、妙に暖かい日でした。
なかなか本格的な秋にはなりませんが、日が暮れるのは早くなりましたね。

秋の日は釣瓶落とし。
この言葉がぴったり来る今日この頃です。

2005年10月27日 (木)

本屋街の終焉 ~丸善京都河原町店~

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シャッターが下り、扉が閉じられているこの場所は、丸善京都河原町店があったビルの入り口です。まだかすかに「MARUZEN」と読めるのが判るでしょうか。いささか旧聞にはなりますが、この店は今年の10月10日に閉店となりました。

丸善京都店は明治5年の開設で、大正14年に発表された梶井基次郎の「檸檬」の舞台になった事で知られています。そこには本の他にオーデコロンや香水、石鹸などが売られていたとありますが、実際この店の一階は様々な雑貨売り場となっていましたから、長い間同じ店の形態を守り続けていたのですね。ただし、この地に移ったのは昭和15年の事ですから、檸檬の爆弾が仕掛けられたのは、別の場所にあった頃の店舗という事になります。

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店の前にあった閉店のお知らせには、河原町界隈の変貌が閉店の理由の一つとして書かれています。実際、以前の河原町は書店の街でした。この通りの三条と四条の間には何軒もの本屋が林立しており、そしてそれぞれの店が独自の色を持っていました。電気関係ならこの店、参考書を買うならこの店といった具合に、欲しい本を求めて本屋のはしごをするのが習わしで、各店の特色を覚える事が効率よく買い物をするコツでした。その中で丸善と言えば特に洋書に強かったのですが、各分野の専門書も豊富で、店の中に居るとなんとなく緊張感を強いられるような気がしたのを覚えています。また、本の売り場のフロアの続きに喫茶店があったのも、今思えばユニークな店でしたね。

あれほどあった書店がことごとく姿を消し、今は河原町三条にある大型店だけになっています。時代の流れとはいえ、この変貌ぶりには驚くばかりですね。その中で丸善だけは昔と変わらない姿で残っていたのですが、とうとう閉店に追い込まれてしまいました。ここだけは、最後の牙城としていつまでも残るだろうと思っていただけに、驚きの一言です。

本を買う側としては、京極の中に大型店が出来ており特に不便は感じ無いのですが、学生達が専門書を求めて本屋を渡り歩いた当時とはまるで雰囲気が違っています。昔は良かったと言う気は無いですが、かつてのアカデミックな雰囲気が消えたのはやはり寂しい気がしますね。

何時の日か硬派な書店として、丸善が復活してくれる事を祈るばかりです。


2005年10月26日 (水)

京都 秋 10月 北山しぐれ

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時代祭が行われた日の京都は、秋を通り越して冬を思わせる様な寒々とした一日でした。三条大橋越しに見る北山は、どうやらしぐれているようですね。

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そんな北風が吹き付ける街中で、早くも色づきかけた樹を見かけました。
まずこれは、京都ホテルオークラで見つけたケヤキ。
京都の紅葉と言えば社寺の古い建物を背景にして見るのが定番なのですが、
こういう近代的な建物をバックにした紅葉というのもまた、悪くは無いですね。

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そしてこちらは、すっかり色づいた京都市役所前のアメリカハナミズキ。
写真ではちょっと見にくいですが、赤い実が沢山成っていて、
アクセサリーを纏っている様でなかなか綺麗でしたよ。

紅葉が本格化するまであと半月あまり。
今年はあまり期待出来ないという情報もありますが、
こういう樹を見るとわくわくしてきます。

2005年10月25日 (火)

義経 42の2

義経 第42回 「鎌倉の陰謀」その2

降りしきる雨の中、義経を訪ねてきた行家。彼は伊予守を受けた義経が、頼朝に弓を引く覚悟をしたと見て駆けつけてきたのでした。いぶかる義経に、彼が今置かれている状況を説明してやる行家。

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2005年10月24日 (月)

義経 42

義経 第42回 「鎌倉の陰謀」

都に戻り、後白河法皇に拝謁する義経。宗盛の首を刎ねた事を痛ましいと言われ、平知康から重衡もまた木津で果てた事を聞き、義経の心は沈みます。そんな胸の内を見透かした様に、義経が帰ってきた事で都は安心だと声を掛ける丹後の局と後白河法皇。その言葉に救われた思いがする義経。

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2005年10月23日 (日)

京都 時代祭

毎年10月22日は、京都三大祭の一つ時代祭が行われる日です。今年は土曜日に重なっており、せっかくの機会だからと見物に出かけてきました。

長年京都に住んでいた私ですが、実は時代祭を見るのは今回が初めてです。大抵の場合は平日に当たっていて、昼間に行われる祭を見る機会に恵まれなかった事もありますが、なんとなくただの行列というイメージがあって、わざわざ行く気がしなかったというのが本音だったように思われます。

それが今回は出かける気になったのは、京都を離れてしまった事と無縁ではないでしょう。こうした行事はそのただ中に居るよりも、少し離れた所に居る方が魅力的に見えるものなのかも知れません。

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今年は、京都の友好都市であるイタリアのフィレンツェ市から副市長と、そのフィレンツェ市が属するトスカーナ州知事が来賓として招かれていました。その来賓と京都府知事らの先導が過ぎると、いよいよ時代祭の本番の始まりです。
時代祭は平安神宮のお祭りで、その創建を祝う行事として明治28年に始まっています。明治維新から順に時代をさかのぼっていくのが特徴で、最初は「官軍マーチ」を奏でる鼓笛隊から始まります。

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「官軍マーチ」は、明治維新の際に官軍が江戸を目指した時に奏でたとされるもので、それに続くのは二流の錦の御旗です。これから判る様に時代祭に登場するのは基本的に官軍とされた側で、逆臣とされた人々は含まれていないのですね。ですから、新選組や足利尊氏などは出てきません。成立当時の皇国史観からすれば当然の事だったのかも知れませんが、新選組を贔屓する私としてはちょっと複雑な気分でもあります。

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鼓笛隊に続いて登場するのは、維新の志士達です。幕末ファンとしては楽しい場面ですね。その中で、一際目立っていたのがこの坂本龍馬。あちこちの観客に向かってポーズを決めていました。懐の中の巾着を落として見せるという細かい芸も披露してくれ、パレード随一の人気者になってましたね。

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龍馬と並んで行列を盛り上げてくれたのが、江戸上使上洛列の中の長持の一行です。ひたすら歩くという地味な行列が続く中での貴重な芸の持ち主で、良い声の唄と飄けた踊りで大いに楽しませてくれました。各行列の中に一組づつでもこういう存在があれば、もっと楽しい祭りになるのですけどね。

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長持に続いて動きがあったのが、この毛槍の行列です。この毛槍を放り投げて相手に渡すというパフォーマンスを期待していたのですが、実際には投げるポーズだけで、手から手に渡すという無難な方法で終わってしまいました。失敗が許されないとは判っていても、ちょっと拍子抜けでしたねえ...。

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行列の中でも一際目立っていたのが、出雲の阿国です。阿国本人はともかく、後ろの2人は見事に傾いていました。この姿で踊ってくれたら、もっと良かったのだけどなあ。

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行列が単調になってきたときに、その一鳴きで場を和ませてくれたのがこの牛車の牛です。およそ町中には似つかわしくないのどかな声だったのですが、かつての都大路では聞き慣れた声だった事でしょうね。ちなみにこの巨大な牛車は、太閤秀吉のものです。

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その秀吉本人は、牛車の後ろから騎乗にて現れました。まだ織田家の一武将だった頃の姿で、千成瓢箪も小さなものですね。

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そして、その側室である淀君。侍女を従え赤い日傘は差して貰っているものの、歩いての登場です。なぜか、正室のねねは登場しないのですね。

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今年の注目の一人、静御前。こちらは車に乗っての登場でした。白拍子の衣装が似合っていますね。これもせっかくなのだから、舞って見せて欲しかったな。

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同じ義経がらみで、常磐御前と今若、乙若の親子です。三人の足下に注目すると、藁ぐつを履いているのが判ります。平治の乱の後の、雪中の逃避行を表しているのですね。今若の狩衣と乙若の袴は今年新調されたもので、鮮やかさが引き立ちますね。

このほか巴御前も出てきたのですが、なぜか義経は登場しません。院宣で逆臣とされちゃったからなのかなあ...。

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こちらは、絶世の美女とされる小野小町。衣装はともかく、髪型がなんとなく地味な感じがするのですが、当時はこんなものだったのでしょうか。

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そして、時代祭の原点ともいうべき、桓武天皇の鳳賛です。もう一基の孝明天皇の鳳賛と共に、2柱の神霊が京都の繁栄ぶりを見て回るというのがそもそもの祭りの意義なのですね。行列は、その御霊のお供をするものだったのです。そういう事を知りながら見ている人は少ないでしょうけどね。

退屈かなと思っていた時代祭でしたが、なかなか楽しむ事が出来ました。各人物の来歴と、その衣装に込められた考証を知っていれば、もっと面白かった事でしょうね。見に行かれる前には、あらかじめざっと登場人物を調べておかれる事をお勧めします。

パフォーマンスが少ない分、楽しむためには予備知識を必要とするお祭りと言えるのかも知れません。

2005年10月22日 (土)

秋の渡り、イチモンジセセリ

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コスモスには秋晴れが似合いますが、秋雨に濡れた風情というのもまた良いものです。

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この花の写真を撮っていると、丁度そこにイチモンジセセリが飛んできました。
綺麗とは言えないけれど、蛾のような太い姿のせいか、
なぜか存在感があるのですよね。

幼虫はイネ科の植物を餌とするので稲の害虫として嫌われているのですが、
今の時期なら稲刈りも終わっているので、直接の害は無いでしょう...。
適応力は強く、葦やエノコログサなどイネ科なら何でも餌にする様です。

この小さな体で、南国から北国向けてに渡りをするのだそうです。
大阪周辺には夏の終わりから秋にかけて現れますが、
この蝶もはるか遠くからここまで飛んで来たのですね。

作物に害を与えては困るけど、
この小さな旅人の行く先を追ってみたい気もしますね。


枚方パークにて


2005年10月21日 (金)

HAPPY HALLOWEEN!

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京都では上手く探せなかったハロウィンですが、枚方では見つける事が出来ました。
さすがに遊園地だけあってなかなか凝ってますよね。

少し早いですが、パッピー、ハロウィン!

枚方パークにて


2005年10月20日 (木)

京都 秋 10月

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京都で見つけたハロウィン。あちこち探したけれど結局見つからなくて、去年と同じタキイ四条店に来てみました。今年は巨大なカボチャの代わりに、可愛らしい小物でまとめられています。すでにデンマークカクタスが姿を見せ、店内は晩秋の雰囲気がしていますね。

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こちらは、新京極の定点観測。この写真では判りにくいですが、上に見えている垂れ幕は、第4回新京極映画祭を告知するものです。

これは、映画館が集中する新京極から映画を通じて文化情報を発信し、将来に向けてさらなる発展を目指すという趣旨のお祭りらしいですね。町の特徴を生かしたイベントなのでしょうけど、正直言ってこのお祭りで何をやっているのか、今ひとつ判りにくいです。本当の映画好きなら、その良さが判るのかも知れないですけどね。

それはともかく、この垂れ幕には何種類かのバリエーションがあり、その絵柄を見ている方がよっぽど楽しいです。どれも古い映画の1シーンの様な味のある絵ばかりで、新京極に行かれる事があったら、頭上の垂れ幕に目を向けてみるのも面白いと思いますよ。

2005年10月19日 (水)

ひらかた大菊人形「義経」

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今年で96年の幕を閉じる枚方大菊人形。最後のテーマは、大河ドラマ「義経」です。
入り口に聳えるのは鞍馬寺の楼門。ここから物語が始まります。

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今回の菊人形は、全部で9場面。最初は「奥州平泉」から始まります。

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馬に乗った義経が向かう先には、中尊寺金色堂の前に立つ藤原秀衡が待っていました。ここはホールに入る前の通路なのですが、色とりどりの菊がとても綺麗に配置されています。

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第2場面は「平家の隆盛」。後白河法皇を賓客として迎え、誇らしげにその両隣に座る清盛夫妻。栄華を極めた3人にふさわしく、菊の花の衣装も艶やかなものになっています。

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第3場面は「五条大橋」。橋の上で戦っているのは、言わずと知れた牛若と弁慶。
月といい、橋のたもとの桜といい、ドラマのシーンをそのまま再現しているのですね。

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第4場面は「黄瀬川の対面」。突然の義経の出現に、後三年の役の義家と義光の故事に叶うと頼朝が感激したというシーンです。中央に立っているのが頼朝、左に控えているのが義経。右側の2人は弁慶と佐藤忠信。

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第5場面は「静との再会」。幼い頃に京で知り合った静と義経が、富士川の戦いの陣中で再び巡り会い、鎌倉の屋敷で仲睦まじく暮らしていた頃の描写ですね。これもドラマのシーンに沿った再現です。

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第6場面は「夢の都 福原」。幼い牛若が母常磐と共に、清盛が語る「夢の都」の話を聞いている場面です。夢の都にふさわしく、背後の町が幻想的に揺れている様です。

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第7場面は「壇の浦の戦い」。戦いに敗れ、今にも海に沈もうとしている平家の人々です。中央が安徳天皇と二位尼、背後で采配を振るっているのが知盛でしょう。滅び行く平家へのせめてもの餞なのでしょうか、菊の花がとても鮮やかでした。

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第8場面は「弁慶、立往生」。頼朝から追われる身となり、奥州の藤原秀衡の下に身を寄せた義経でしたが、秀衡の後を継いだ泰衡は、頼朝の勢力を恐れて衣川の義経を襲います。主が自害する時間を稼ぐために一人で敵を防いでいた弁慶は、全身に矢を受けながら戦い続け、やがて立ったままの姿で息を引き取ったのでした。

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そして、第9場面は「静の舞」。第8場面と時間は前後していますが、義経の行方を知る者として鎌倉に呼び出された静が、請われるままに頼朝の面前で踊る場面です。頼朝の怒りを恐れることなく、義経を恋い慕う思いを歌に託して舞い終えた静は、政子を始めとする人々の賞賛を浴びる事となり、その名を不朽のものとします。陰惨な義経の後半生にあって、白眉とも言える場面ですよね。それだけに今回の展示でも一番力が入っており、なかなか豪華な舞台です。また、この静は回転する様になっていて、唯一動きのある場所でもありました。

ただ、この長い物語をわずか9面で表現しようとしているため、省略に次ぐ省略が行われています。その結果、各場面の間にかなりの開きが出来ており、例えば富士川の戦いの後、いきなり壇ノ浦まで飛んでしまっています。そして、各場面を通じて義経の戦闘シーンは皆無と言ってよく、わずかに五条橋で弁慶と戦っている姿があるだけでした。これではあまりにもあっけないというのが正直な感想です。

人出不足の上に赤字続きという事情は判らなくもないですが、入園料と合わせると1600円もするのですから、もう少し何とかして欲しかったですね。ここ数年は同じ構成だった様ですが、この調子ではリピーターが集まらなかったのも無理は無かったと思います。最も華やかな頃には30場面もあったそうで、多ければ良いというものでもないでしょうけど、たった9場面では少なすぎてイベントとしては物足りないの一言です。仮にこのまま続けたとしても、入場者は増えないままに終始する事でしょうね...。

枚方市民としては、せっかくの文化が失われてしまう事となり寂しい限りです。枚方市の花は菊の花、その象徴が無くなってしまうのですからね。これに代わるものなんて出てくるのかしらん。自分の町を語る時にこれと言えるものが無いなんて、なんだかとても詰まらない気がします。

2005年10月18日 (火)

義経 41の2

義経 第41回 「兄弟絶縁」その2

都への旅の途上、近江国篠原にまでたどり着いた義経の一行。京まであと一日という所に来たことで、生きて都に帰れると嬉しそうな平宗盛親子。宗盛は、都に帰ったらまず後白河法皇にお詫びを申し上げ、出来る事なら仏門に入って、亡き一族の菩提を弔いたいとその心中を義経に語ります。そこに佐藤忠信が、鎌倉からの使者が来たと告げに来ました。それを聞き、何事かを悟った様子の宗盛。

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2005年10月17日 (月)

義経 41

義経 第41回 「兄弟絶縁」

平宗盛親子を連れて都へ戻る途上の義経。宗盛から自分達親子の処分がどうなるのかと聞かれた義経でしたが、彼はそれに対する答えを持ち合わせておらず、代わって弁慶が都に戻ってからしかるべき沙汰があるだろうと答えてやります。それを聞いた宗盛は、腰越を発って以来顔が険しくなっている、何か重いものを抱えているのではないかと義経に問いかけます。宗盛にすれば、頼朝から自分たちを処刑せよと命じられている事が義経を煩わせているのではないかという事だったのでしょう。しかし、頼朝の真意を測りかねて思い悩んでいた義経は、その事には触れずに「何も無い」とだけ答えるのでした。

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2005年10月16日 (日)

2005 F1 中国GP 決勝結果

F1中国GPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

今季のF1最終戦である中国GPは、10月16日に上海サーキットにて行われ、ルノーのアロンソがポール・ツー・ウインを飾り、今季の最多勝に並ぶ7勝目を挙げました。2位にはマクラーレンのライコネン、3位にはトヨタのラルフ・シューマッハが入っています。

この結果、2005年のコンストラクターズチャンピオンはルノーに決定し、ドライバーズタイトルと合わせて2冠を達成しています。

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京都 二条城

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秋の一日、京都にある二条城を訪れて来ました。この日(10月9日)は、秋雨続きの中の晴れ間に恵まれ、見事な青空が広がっていました。

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二条城は、1603年(慶長8年)に徳川家康によって、京都の守護と宿泊所を兼ねて造営されました。その後、三代将軍家光によって、伏見城の遺構を移すなどして現在の本丸の部分が拡幅され、1626年(寛永3年)に完成を見ています。その成立から判るように、いわゆる要塞としての城ではなく、大規模な館というべき施設ですね。

現存する建物は数多くありますが、その中でも一番の見所はこの二の丸御殿でしょう。将軍上洛時の政庁と宿泊所を兼ねて建てられたものですが、家光以後将軍の上洛は絶えて無く、江戸期を通じて徳川家の権威を示すほかにはあまり用途が無かった事でしょうね。

その二条城がにわかに政治の舞台の中心となったのは幕末の事でした。開国を巡って朝廷の存在を無視出来なくなった幕府は、1863年(文久3年)に第14代将軍家茂が陣頭指揮にあたるべく上洛し、二条城に入ります。これ以後、明治維新にいたるまで、幕府方の拠点として本来の役割を果たす事になります。

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この御殿が舞台となった最も有名な出来事は、第15代将軍慶喜による大政奉還でしょうね。1867年(慶応3年)10月13日、慶喜は諸藩の重臣をこの御殿の大広間に集めて大政奉還の是非について諮問しました。そして、その賛同を得た形で翌14日に朝廷に対して大政奉還を奏上しています。この御殿の中の展示では諸大名を集めてその前で大政奉還を表明した事になっていますが、事実とは少し異なっていますね。

御殿の中は残念ながら撮影禁止なので写真は撮っていないのですが、見事な障壁画や欄間の彫刻を見る事が出来ます。上の写真は御殿への入り口にある唐門に施された彫刻ですが、こうした装飾がそこかしこに見られるのも二条城ならではです。

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この二の丸庭園も二条城の見所の一つです。二条城の築城に合わせて作庭されたもので、小堀遠州作と伝えられています。城郭庭園の遺構として貴重なものですが、幕末の頃にはかなり荒廃してしまっていた様ですね。その後皇室の離宮となってから何度となく改修が施され、当初の姿とはかなり異なったものとなっているそうです。現在は国の特別名勝に指定されており、改変されているとはいえ、さすがに城の中の庭らしい豪放な印象を受けますね。

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これは本丸に至る橋と、その入り口に設けられた櫓門です。いかに小規模とはいえ城と名の付く以上、さすがに防備の姿は取っているのですね。

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そしてその内側は、いかにも城らしい複雑な構えを見せています。ここが二条城で唯一城らしい部分と言えるでしょう。

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本丸にある御殿は、1893年から94年(明治26~27年)にかけて、京都御所にあった旧桂宮御殿を移設したものです。元々の建物は1847年(弘化4年)に建てられたもので、宮御殿としては唯一完全な形で残っている貴重な建物であり、重要文化財に指定されています。

なお、本丸にあった天守閣は、1750年(寛延3年)に雷火のために焼失しており、以後再建される事はなく、現在では天守台だけが残されています。

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お城というとなんだか厳めしい感じがしますが、随所に遊び心が見られるのが面白い所です。例えばこの瓦はタンポポを象っているのですね。

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そして、こちらは桃の実の瓦。何か意味があるのかも知れませんが、四角四面の様でいて、こういう何気ない仕掛けがあるところが楽しいですね。

二条城は、1939年に宮内省から京都市に下賜され、現在に至っています。これだけの施設を維持するのは、一自治体としてはさぞかし大変な事でしょうね。毎日大勢の人が訪れる御殿の廊下はかなりすり減っていましたし、触れてはいけないと言っても障壁画等に触る人が居るのでしょう、無線機を持った警備の人達が神経質に見張っていました。京都市にとって負担は重いでしょうけれど、歴史の舞台となった貴重な遺産を末永く後世に伝えて行くために、頑張って欲しいものだと思います。

2005年10月15日 (土)

秋のツマグロヒョウモン

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羽根の模様も鮮やかなツマグロヒョウモン。幼虫はスミレを餌としますが、丁度♀がスミレに産卵をしているところに出会いました。産卵中は動きも遅く、じっくりと写真を撮る事が出来ます。

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暫く撮っていると、スミレばかりではなく、隣に生えているコニシキソウに産み始めました。うん?幼虫はこの草でも育つのかな?

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そしてさらに見ていると、今度はなんと石の間にまで産もうとしているではないですか。近くにスミレがあれば、卵を産む場所はどこでも良いのか?

実際にここに産んだのかどうかは判りませんが、ちょっと意外な行動でした。トンボでも水面の様に光る床の上に卵を産もうとしているところを見た事があるのですが、昆虫の♀って、実際に幼虫の餌のありかを確かめているのではなく、何かのパターンを見て産卵場所を決めているのでしょうか。それとも、スミレのにおいがしていたからとか。なんだか面白い行動を見せて貰った気がします。


京都 二条城にて

2005 F1 中国GP 2日目結果

F1中国GP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

F1中国GPの予選は、10月15日に上海サーキットにて行われ、ルノーのアロンソがポール・ポジションを獲得しました。そして僚友のフィジケラが2位に入り、ルノーチームがフロントロウを独占するという結果になっています。対するマクラーレンは、ライコネンが3位、モントーヤが5位となっており、予選出走順が2番目だったモントーヤはともかく、最終走者であったライコネンが3位とは意外の一言で、ルノーの先行を許す事となりました。

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2005 F1 中国GP 1日目結果

F1 中国GP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

中国GPの初日のトップには、マクラーレンのデ・ラ・ロサが立ちました。2位にはトヨタのゾンタ、3位にはマクラーレンのライコネンが入っています。

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2005年10月13日 (木)

秋、みっけ ~秋空に入日色~

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入日色の小さい秋、みっけ。

はぜの葉がわずかに色づいていました。
もっと全体が赤くなっていれば青空にさらに映えたのでしょうけれども、
小さい秋と呼ぶのにふさわしいのはこれくらいでしょうか。

本格的な紅葉シーズンの訪れが楽しみですね。

京都 二条城にて


2005年10月12日 (水)

秋、みっけ~高瀬川・舞落ち葉~

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例年、綺麗な落ち葉模様を見せてくれる高瀬川
今年もまだわずかですが、色づいた枯れ葉が川の中に散っていました。

川底の落ち葉は、まるで水のコーティングを施した様ですね。

2005年10月11日 (火)

秋、みっけ ~銀杏~

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二条城を散策しているときに、ふと香ってきた独特の臭い。
近くを探すとやっぱりありました。
根元が見えている木が公孫樹、そしてその周りに沢山落ちているのが銀杏です。

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まあ、あまり歓迎したくない臭いではありますが、秋の香りには違いないでしょう。
それに、食べたら美味しいものね。

説明板で知ったのですが、城には色々な実用的な樹が植えられているのですね。
この公孫樹もその一つで、燃料として利用していたそうです。
でも、この銀杏も副産物として重宝した事でしょうね。

あんまり沢山あるので、いくつか拾って帰ろうかとも思ったのですが止めました。
電車の中で、ひんしゅくを買う事必至だものね~。

義経 40の2

義経 第40回 「血の涙」その2

雨の満福寺。降りしきる雨を見つめる義経と、駕籠編みや網の手入れなど、それぞれの作業にいそしむ郎党達。

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2005年10月10日 (月)

義経 40

義経 第40回 「血の涙」

満福寺にて、寺の僧から「腰越状」を大江広元の下に届けてきたと聞く義経主従。義経はこれ以上の事はせず、広元のとりなしを待つ事にします。

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2005年10月 9日 (日)

秋晴れ

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10月に入ってから雨模様が続いていましたが、今日は一転して見事な秋晴れが広がりました。
空に浮かぶいわし雲が、より秋らしさを感じさせてくれます。


京都 二条城にて


2005 F1 日本GP 決勝結果

F1日本GPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1日本GPの決勝は10月9日に鈴鹿サーキットにて行われ、マクラーレンのライコネンが優勝を飾り、今季7勝目を上げました。2位にはルノーのフィジケラ、3位には同じくアロンソが入っています。

5位スタートで上位入賞が期待された佐藤琢磨でしたが、オープニングラップの1コーナーでコースアウトを喫し、完走は果たしたものの13位に終わっています。

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2005年10月 8日 (土)

秋のあぜ道 ~クサネム~

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あぜ道を歩いていると、意外なほど可憐な花に出会ったりします。
これもそのひとつ、クサネム。合歓木によく似た草という意味なのだそうです。

なるほど葉の形は合歓木そっくりですよね。
そしてそれだけではなく、夕方になると葉を閉じてしまうところも同じなのだそうです。
オジギソウの様に触ると閉じるという訳ではありませんが、
面白い仕組みを持っているものですね。

マメ科の植物らしく、鞘状の実が成っていました。
こんな花なら、ちょっと摘んでこようかなという気にもなりますね。

2005 F1 日本GP 2日目結果

F1日本GP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

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2005年10月 7日 (金)

秋、みっけ ~マルバルコウソウ~

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橋本宿の道を歩いていると、道端のフェンスで咲いていた、ちょっと気になる花を見つけました。ヒルガオの様な葉を持ち、花の形もどこか似ています。大きさはずっと小さいのですけどね。

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とりあえず写真を撮って帰って、ネットで調べてみました。すると、ありましたね。マルバルコウソウと言うのだそうです。葉が似ているのも当然で、ヒルガオの仲間なのだそうですね。熱帯アメリカの原産で、日本には嘉永年間に観賞用として入ってきました。

嘉永年間と言えば、ペリーが来航して幕末の動乱が始まろうとする頃ですね。そして、ここ橋本宿はその幕末最末期に鳥羽・伏見の戦いの舞台となったところでもあります。尊皇攘夷の思想からすれば、この花も夷敵の花だった事でしょうね。攘夷の旗を掲げて戦った新選組隊士を始め、多くの幕兵が散っていったこの地に咲いていた事に、因縁めいたものを感じるのは考え過ぎかな。

当時は海外から来た珍奇な花だったマルバルコウソウも、今ではすっかり日本の風土に溶け込み、野草としてあちこちで見られるようになっています。小さいけれど、野にあってはとても鮮やかに際だつ花ですね。

2005 F1 日本GP 1日目結果

F1 日本GP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

F1日本GPは10月7日に開幕し、初日2回目のフリー走行のトップには、母国GPで意気上がるトヨタのゾンタが立ちました。2位にはフェラーリのシューマッハ、3位にはマクラーレンのデ・ラ・ロサが入っています。

注目の佐藤琢磨は1回目に8位に入っており、まずまずの出だしとなりました。

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2005年10月 6日 (木)

秋のあぜ道 ~ヒレタゴボウ~

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春に咲く菜の花を思わせるこの花の名はヒレタゴボウ。
アカバナ科チョウジタデ属の植物で、漢字で書くと「鰭田牛蒡」。

不思議な名ですが、田に生えて根が牛蒡の様に真っ直ぐ伸びている事、
茎にヒレがある事から付いた名前なのだそうです。
要するにヒレ付きのタゴボウなのですね。
ちなみに、田牛蒡とは属名となっているチョウジタデの別名でもあります。

熱帯アメリカ原産の帰化植物で、アメリカミズキンバイとも呼ばれています。

稲穂の波の中にあって、一際鮮やかに目立っている花でした。


八幡市橋本にて

2005年10月 5日 (水)

秋のあぜ道 ~アゼムシロ~

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ほのかな色合いといい、その形といい、どこか蘭を思わせるこの花の名は「アゼムシロ」。
キキョウ科の植物で、あぜ道を埋め尽くすように広がる事から名付けられたとか。
別名のミゾカクシも、溝を隠すように繁殖するところから来ている名の様ですね。

私は初めて見たのですが、調べてみると水田では普通に見られる花なのだとか。
いわば雑草なのですが、そう言ってしまうのは惜しい気がしますね。

沢山の花が咲き乱れた様は、秋のあぜ道を舞う蝶のように可憐でした。


八幡市橋本にて


佐藤琢磨にオファー ホンダエンジン搭載の新チーム参戦!

10月4日に行われたホンダの記者会見において、来年度B.A.Rの株式を100%取得しオールホンダ体勢で参戦する事が明らかになりました。また、合わせてホンダエンジンを積む新チームが参戦する可能性が示唆され、そのチームから佐藤琢磨がオファーを受けている事も明らかになっています。

オールホンダについては、以前から囁かれていた噂がついに現実のものとなった訳ですが、既にトヨタとルノーは単独チームとして活躍しており、BMWもまたザウバーを買収しての単独参戦を明らかにしています。ホンダも遅れ馳せながらこの流れに乗った事になりますが、F1からのタバコマネーの撤退という側面もあるのでしょうね。車体の製造からチームの運営まで全て行う訳ですから、チーム内の意思疎通はスムーズに行くとしても、直面するであろう諸問題の方が大きく、今年よりもさらに苦戦する事も考えられなくはありません。

一方、ホンダエンジンを積む新チームについては詳細が全く明らかになっておらず、全体像については何も見えていません。噂としては、バニー・エクレストンが書いた筋書きだとか、コカ・コーラがスポンサーに付くとか色々出ていますが、実態を示すものはありません。

佐藤の居場所が出来るのは嬉しいのですが、正直なところ、今この時期から準備を始めて、果たして来年の参戦に間に合うのかと疑問符を付けざるを得ません。仮に間に合ったとしても、とても戦闘力のあるチームが出来上がるとは思えないのですが。佐藤もそれは重々承知の上らしく、このチームからのオファーは選択支の一つに過ぎないと言っていますね。

とはいえ、F1にニューフェイスが増える事は歓迎すべき事であり、どんなチームが出てくるのか楽しみではあります。これがF1界の活性化に繋がり、さらなる好レースを展開してくれる事を祈るばかりです。


2005年10月 4日 (火)

義経 39の2

義経 第39回 「涙の腰越状」その2

夜の満福寺。公文所別当大江広元に宛てて、文を認める決意をした義経。切々と義経が語る言葉を、弁慶が文字に写し取っていきます。

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2005年10月 3日 (月)

秋のあぜ道

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どこまでも続く、たわわに実った稲。まさに日本の秋を思わす風景ですね。

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この景色を撮っていてふと足下を見ると、一匹のアメリカザリガニがハサミを振り上げているのが目に止まりました。うっかりテリトリーを犯してしまったらしく、知らぬ間に威嚇されていたのですね。逃げずに威しに掛かるところが、凄いと言えば凄いです。

これはチャンスと写真を撮らせて貰ったのですが、何枚も撮っていると威し甲斐が無いと思ったのか、とうとう稲の奥へと姿を隠してしまいました。子供の頃なら、写真を撮る前に捕まえていたでしょうね。

田んぼが育むのは、稲だけとは限らないようですね。


八幡市橋本にて


義経 39

義経 第39回 「涙の腰越状」

鎌倉近く、腰越の満福寺にて、鎌倉からの沙汰を待つ義経。夕餉の席に向かおうとする義経の下に、鎌倉から馬がやってくるとの知らせが入ります。すわ、鎌倉からの使者かと色めき立つ義経達ですが、その馬は寺を素通りして走り去ったのでした。

寺の門を入ってすぐのところにある石に腰掛けて、外を睨み付けている弁慶。そこに駿河次郎が、海藻を下げて帰ってきます。使者では無いと知り落胆する弁慶の下に、伊勢三郎達もやってきました。一日中そこに座っている弁慶を見かねて夕餉に誘う三郎達ですが、弁慶はその誘いを断り、相変わらず目を皿の様にして門の外を睨み続けています。

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2005年10月 2日 (日)

大正の中の明治 ~石塀小路・煉瓦塀~

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京都、東山の石塀小路と言えば、石垣と板塀で囲まれた石畳みの小径として知られています。しかし、その中に唐突といった感じで赤煉瓦の壁が連なる一角があります。

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私にとって、長年この壁の存在は謎でした。和風でまとめられたこの一角に、なぜ異質な色彩があるのかと不思議でならなかったのですが、最近になってようやくその理由が判りました。

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石塀小路は、大正時代に貸家街として開発された街なのですが、この赤煉瓦はその開発が行われるより以前から存在していたのです。この煉瓦塀の内側にあるのは、高台寺の塔頭の円徳院。このあたり一帯は、元々高台寺の所有する土地でした。明治以後、財政的な理由から高台寺が広大な境内を手放していくのですが、その際に境界を明示するために築いたのがこの赤煉瓦の壁だったのですね。

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なぜ煉瓦にしたかといえば、当時の流行の最先端を行く建材だったというのがその理由。歴史と伝統を重んじると思われる京都ですが、実は昔から新しいものが大好きなんですね。高台寺にしても、創建当時は安土桃山文化の粋を結集した絢爛豪華たる寺でしたし、寺の主であるねねは、常に流行の芸人を周辺に住まわせていたとも言います。最先端のものを好むという伝統は、江戸期を経てもなお健在だったのですね。この赤煉瓦は、わざわざイギリスから輸入したものを使っていているそうです。

石塀小路は、大正時代にあって、当時の最高級を目指した街でした。そして、その中に残る文明開化の名残。京都という街の一つの側面がここにある様な気がします。

2005年10月 1日 (土)

秋、みっけ 山茱萸(サンシュユ)の実

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真如堂の境内で見つけたグミに似たこの実は、山茱萸(サンシュユ)の実です。
山茱萸は水木科の植物で、中国や朝鮮半島を原産地とし、日本には江戸時代中頃に渡来しました。

この実はまだちょっと熟し切ってはいないようですが、食べる事が出来るそうですね。
そして、果肉を加工すれば漢方薬になり、老化現象防止に効くのだとか。
うーん、そう聞くとなんだか有難味が出てきますね。

春には、梅に続いてとっても綺麗な黄色い花が咲くのだそうです。
今度は花頃と言われる3月に行ってみようかと考えているところです。

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ねこづらどき

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