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2005年7月

2005年7月31日 (日)

京都 下鴨 糺の森

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下鴨神社の南に、高野川沿いに広がる「糺の森(ただすのもり)」は、かつての山城の原風景を今に伝えています。元は今の10倍以上の広さがあったそうですが、それでも12万4千平方メートルもの緑地は、京都の町中にあって貴重な存在です。

出町柳から下鴨神社へと続く森の中の道を歩いていくと、鬱蒼と生い茂った欅や椋、榎などの巨樹が次々と出迎えてくれます。源氏物語や枕草子にも出てくるという古くから続く森らしく、樹齢200年から600年という古樹が沢山あるそうですね。その中でも泉川沿いの緑地は手つかずに近い状態に置かれていて、とても140万都市のど真ん中とは思えない景色を楽しませてくれます。

ここは木陰ですし、夏の散歩にはもってこいの場所ですよ。中でも、早朝が特にお勧めです。ただし、藪蚊が多いので、虫除けスプレーは必需品ですね。


2005年7月30日 (土)

2005 F1 ハンガリーGP 2日目結果

F1ハンガリーGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

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京都 下鴨神社 御手洗祭

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京都の下鴨神社の例祭の一つである御手洗祭に行ってきました。毎年土用の丑の日から数日に渡って行われており、境内にある御手洗池に足を浸し、けがれを祓って無病息災を祈るという神事です。

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御手洗祭は、朝の5時半から行われています。そこで我が家もうんと早起きして、始発電車に乗って出かけてきました。出町柳に着いたときはまだ6時前。高野川に掛かる河合橋の親柱にはまだ灯りがともっています。

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参道でもある糺の森には、沢山の屋台が出ていました。御手洗祭は夜の10時30分まで行われており、たぶん夜の方が人出は多いのでしょうね。

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池に足を浸けると言うから、きっと岸辺にでもすわって足を入れる程度だろうと思っていたのですが、全然違ってました。膝まであるほどの流れの中を、裸足になって歩いて行くのですね。この水がまた切るように冷たく、入った瞬間に飛び上ってしまいました。恐らくは地下水を汲み上げているのでしょうね。写真では判りにくいですが、とても澄んだ清冽な水でしたよ。

参拝者は一本200円の蝋燭を貰い、これに火を点けて池の中を歩き、御手洗社の前にしつらえてある祭壇に蝋燭を立てて、無病息災を祈ります。

simogamo21この御手洗池から流れ出る御手洗川は、みたらし団子発祥の地とされています。後醍醐天皇の頃、帝が下鴨の御手洗川で水をすくったところ、泡がひとつ浮き、やや間をおいて四つの泡が浮き上がりました。その泡にちなんで竹串の先にひとつ、やや間を離して四つの団子を続けて刺したのが御手洗団子の起源とされています。

下鴨神社のすぐ近くにある加茂みたらし茶屋から、そのみたらし団子が献納されていました。この形は、最初の一個が頭、後の4個が体を表す人形を意味するとも言われます。今ではあちこちで見かけるみたらし団子ですが、元は厄よけの意味があったのですね。


御手洗祭は28日に始まり、明日31日まで行われています。冷たい水に浸かると、夏の暑さも一気に吹っ飛びますよ。また、夜なら蝋燭の明かりが映えて、幻想的な世界が広がっている事でしょうね。

夏の色 木漏れ日の中の白い色 

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朝の木漏れ日の中で咲いているこの花は、ハナツクバネウツギ、と思うのですがどんなものでしょうか。ただ、花の付け根にあるガクが赤くないのですよね。もしかしたら別の種類かななんて思ったりもしますが、それとも日陰だから色づかないのでしょうか?

もみじが生い茂る下で咲いていたこの白花はどこか涼しげで、夏の朝に似合う色でした。一つ一つは地味なんですけどね、この透明感はなんとも言えず良いものがありましたよ。


枚方市 山田池公園にて


2005年7月29日 (金)

2005 F1 ハンガリーGP 1日目結果

F1 ハンガリーGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

F1ハンガリーGPの1日目のトップには、トヨタのリカルド・ゾンタが立ちました。2位には、マクラーレンのアレクサンダー・ブルツ、3位には同じくキミ・ライコネンが入っています。

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夏の色 ボンテデリア

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マルハナバチが夢中で蜜を吸っているこの花は、ボンテデリア。北米原産の水辺に生える植物です。

bontederia12実は私もこの花は始めて見ました。手持ちの図鑑には無く、ネットで散々に検索してやっと見つけたのですが、あまりポピュラーな花ではないらしく、情報も少なめですね。

ミズアオイ科の植物で、同じ仲間ではホテイアオイが一番有名でしょうか。一つ一つの花は小さくて地味な感じですが、草丈は1m程の高さがあり、大きな葉もあいまって、なかなか存在感があります。

派手さはありませんが、このほのかな青色は、水辺で見るとなかなか爽やかで涼しげでしたよ。

この後、どんな実が成るのでしょうね。ちょっと面白そうなので、秋になったら、また見に行こうと思ってます。


枚方市 山田池公園にて

2005年7月28日 (木)

夏の色 コスモス

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夏の日差しを浴びて咲いている花はコスモス。暑さに参って、ちょっと元気が無い様にも見えます。コスモスは秋の花だから当然じゃないかと突っ込まれるような気がしますが(実は私もそう思っていたのですが)、調べてみると、開花時期は7月から始まる花なのですね。ですから、夏の花と言ってもあながち間違いではなさそうです。

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そこで、夏空をバックに撮ってみました。秋空の方がもっと映えるのでしょうけれども、こうしてみると、夏のコスモスもそう悪くは無いと思いません?


枚方市 山田池公園にて


2005年7月27日 (水)

義経 29の2

義経 第29回 「母の遺言」その2

1184年(元暦元年)7月。京において即位した後鳥羽天皇。しかし、そこには三種の神器は無く、正式な即位とは言いかねる状況にありました。

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2005年7月26日 (火)

義経 29

義経 第29回 「母の遺言」

京、範頼の宿所。鎌倉から戻った義経が、これから鎌倉に向かう範頼から、京都守護としての引き継ぎを受けています。義経はさっそく、訴訟の裁定、都の警護にと、多忙な日々を過ごす事になります。

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台風上陸?!

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今年最初の上陸台風となりそうな7号が、日本列島に近づいています。初めは近畿直撃かなと思っていたのですが、その後進路を東寄りに変えて関東地方に上陸しそうな様子ですね。先日の地震といい災害が続きますが、被害に遭われない様にお気を付け下さい。

写真は、昨日の夕景。台風の外縁の雲らしく、北から南へと流れていました。綺麗な中にも、どこか不気味さを感じますね。


2005年7月25日 (月)

2005 F1 ドイツGP 決勝結果

F1ドイツGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1ドイツGPの決勝は、7月24日にホッケンハイムリンクにて行われ、ルノーのアロンソが優勝し、今季6勝目を飾りました。2位には最後尾からスタートしたマクラーレンのモントーヤ、3位にはB.A.Rのバトンが入っています。

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2005年7月24日 (日)

祇園祭 花笠巡行

今日7月24日は、祇園祭の花笠巡行の日です。今回は2人の息子達に頼んで、取材をして来て貰いました。

花笠巡行というのは、かつて山鉾の巡行が前祭(7月17日)と後祭(7月24日)に別れていた事の名残で、昭和41年に後祭が前祭に合流した後を受けて始められた行事です。比較的新しい分、伝統に縛られるところがなく、何でもありという感じが魅力になっています。

行列は午前10時に円山公園を出発し、四条通りを西に向かって河原町通りを北上、御池通を経て寺町通りに入り、今度は四条通りを東進して八坂神社に帰るというコースを辿ります。このうち寺町を通るというのは、多分以前の後祭を引き継いでいるのでしょうね。かつては寺町通りを鉾が巡行していたと聞きますから。

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まずは、先祓の子供神輿。数基の神輿や太鼓の山車が次々に通り過ぎていきます。

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これが、祭りのシンボルとでも言うべき花笠。この写真には写っていませんが、大勢の子供達が綱を引いて動かしています。なかなかに鮮やかな飾り付けですよね。

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これは、幌武者の行列。幌武者は戦国時代に本陣からの使いとして戦場を駆け回った武者の事で、一目でそれと判るようにこの幌を纏っていました。それだけに標的にもされやすく、知勇兼備の者が選ばれたと言います。ただ、それがなぜここに居るのかは判りませんが...。

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これは、鷺舞花笠。鷺舞は、鎌倉の頃に奉納されたという記録があるもので、その後長く途絶えていたのですが、昭和31年に津和野に保存されていた舞を逆輸入して復活されました。鷺舞の奉納は、16日の宵山の日に行われています。

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これは花傘娘の行列の先頭を行く山車。この後に花笠を手にした娘達の行列が続きます。

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これは、祇園東の綺麗所を乗せた山車。さすがに華やかですね。

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こちらは先斗町の綺麗所の山車。花街も祭りの演出に一役買って出ているのですね。

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鷺舞の扮装をした行列。頭に付けた赤い傘がなんとも綺麗です。

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函谷鉾のお囃子を乗せた山車。やっぱり祇園祭ですから、祇園囃子が無いと盛り上がりに欠けますよね。

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周囲は大変な人混みで、場所を取るのも大変だった様です。暑さも半端ではなく、沿道の店が氷柱を奉納していたそうです。道行く人は、みんなこの氷を触っていたとの事でした。最後はこの氷を見て、涼を取って下さい。

今日24日は、午後10時から神輿が神社に帰る還幸祭があります。そして28日に神輿洗いが行われ、実質的に祭りの幕は閉じられます。そしてそのころ、京都の夏の暑さは最高潮を迎えます...。

京都 平安殿 わらびもち

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以前紹介した「平安殿」の記事に対して、mikaさんからわらびもちは売っていないだろうかという問い合わせを頂きました。私には心当たりが無かったのですが、気になっていたので息子達が京都に取材に行くついでに寄ってきてもらいました。すると、ちゃんと売っていたのですね。

warabimoti12それがこのわらび餅です。普通のわらびもちと違って、見かけが黒いところが変わっています。どうやら黒蜜をまぜている様ですね。
食べてみると、うーん、確かにスーパーで売っているわらびもちとは次元が違います。
甘さはあくまで控えめで上品に、それでいて十分という絶妙なところに押さえられています。また、黒蜜の風味のせいでしょうか、味に奥行きがありますね。さらに、食感は淡淡と柔らかく、あたかも口の中で溶けて行きそうな感じです。
一箱1260円と少し高めですが、それだけの値打ちは十分にあると思います。
mikaさんも今日行かれているはずですよね。お陰様で、美味しいわらびもちを食べる事が出来ました。ありがとうございました。

夏の色 睡蓮2色

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睡蓮には蓮の様な豪華さはありませんが、そのかわり繊細な美しさを持っています。
蓮の赤とはまた違った色合いの睡蓮は、深い緑の葉の中にあって、ほのかに照らし出されているかの様でした。

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こちら白の睡蓮は、あくまで純白。泥の中から出てきたとは思えない、清楚な佇まいです。雄しべの黄色が、丁度良いアクセントになってますよね。

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その花の中で、忙しく働いていたのがこの蜂。夢中になって花粉を集め、後脚に花粉団子を作っています。この花粉は、昆虫にとってはまたとないご馳走なんでしょうね、きっと。


枚方市 山田池公園 睡蓮池にて

夏の色 夏休み 畑じゃないけどトンボの青

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mikkeのmononokeさんは、トンボから少年時代を連想されました。
ならば、私はこれ。て、古すぎて判らないかなあ。

一時期激減していたトンボも、今は沢山増えて嬉しいです。


枚方市 山田池公園にて

2005年7月23日 (土)

地震お見舞い申し上げます

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沈みゆく夕陽をみつめる後ろ姿の鳥は、鳩でしょうか。暑い一日を終えて、鳥もほっとしているかの様ですね。

今日は関東で大きな地震があったそうですね。さぞかし大騒ぎになっている事だろうと思ったのですが、意外な事にテレビは普段と変わらず、とても静かです。幸いにも被害が少なかったからなのでしょうね。

それでも、震度5強の揺れには、さぞかし驚かれた事でしょうね。当ねこづらどきを訪れて下さっている方々は、大丈夫だったでしょうか。

地震に遭われた方達に、お見舞い申し上げます。


2005 F1 ドイツGP 2日目結果

F1ドイツGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

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夏の色 白い蓮、赤い蓮

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夏の水辺を飾る蓮。豪華にして華麗、夏の暑さを忘れさせてくれる花ですよね。
枚方にある山田池公園では、蓮が花盛りを迎えています。

実は私、蓮と言えば赤い花しか知りませんでしたが、白い花もあるのですね。
この花は花弁の先がほんのりと赤くなっており、なかなかの美しさです。

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こちらは、オーソドックスな赤い花。朝日を浴びて、輝いていました。
ここは色々な水草が繁茂していて花を隠してしまうので、
見渡す限りの花畑とは行かないのですが、
それでも沢山咲いた花は見応え十分ですよ。

蓮が咲いているあたりは日陰が無いので、午前中に行くのがベストです。


イメージバトン

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「のんびりのblogⅡ」のyouyounonbiriさんから、イメージバトンが回ってきました。
あらかじめ決められた設問に答えるミュージックバトンと違って、言葉から連想するイメージを繋いでいくゲームの様ですね。

これまで、

料理 → 愛情 → PEACE → 写真撮影 → 光線 → 夏の日差 → せみ

と繋がって来たそうです。なるほど、一つの言葉に対しても、いろんなイメージがあるものですね。さて、私に渡されたキーワードは「せみ」。

うーん、セミですかあ。

セミといえば、ここらあたりではクマゼミが主流ですね。次いでアブラゼミか。ヒグラシの鳴き声も良いなあ。数は少ないけれども、写真のニイニイゼミも小さくてなかなか可愛いですよ。

などと、とりとめのない事を考えつつ、うんとひねって、セミ→蝉丸→逢坂の関なんていうのも考えたのですが、ここはオーソドックスに「夏休み」にします。最近は7月に入ると鳴き出す様になってきましたが、私の子供の頃は7月の半ばころにから鳴き初めていたもので、特に早くに鳴き出すニイニイゼミは、もうすぐ夏休みが始まるよという嬉しいサインでもありました。

ということで、私の答えは「夏休み」ですが、バトンはここに置いておきますね。どなたか拾って下さる方があれば有り難いです。よろしければ、コメントにその旨残して繋いで行って下さい。

2005 F1 ドイツGP 1日目結果

F1 ドイツGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

F1ドイツGPの一日目のトップには、マクラーレンのブルツが立ちました。2位には同じくライコネン、3位にはルノーのアロンソが入っています。 

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2005年7月22日 (金)

京の茶漬け@十二段家 

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「京の茶漬け」と言えば、京都のお愛想の代名詞。客に行った帰りがけにそこの家人から「まあ、お茶漬けでも食べていっとくれやす」と言われたのを真に受けて、「せっかくだから頂きましょう」などと答えようものなら、常識をわきまえぬ野暮天として軽蔑の限りを受ける事になってしまいます。今はそんな事を言う人も居なくなった事でしょうけどね。

実は私、幼稚園の頃にこの洗礼を受けた事があります。友達が知り合いの家におつかいに行くのにつきあったのですが、その帰りがけにその家のおばあさんから「ちらし寿司でも食べていき」と言われたのでした。私は知らぬ家ですし、お腹も空いていなかったので遠慮をしたのですが、友達の方は顔見知りですから「うん」と言い、私にもおばあさんと代わる代わるにしつこく勧めます。そこで仕方なく食べていく事にしたところ、それまでにこやかだったおばあさんの顔つきが、にわかに険しくなるのが判りました。二人してご馳走になって帰ったのまでは良かったのですが、大変だったのはその後でした。とんでもない非常識な子を寄越したもんだと、そのおつかい先から近所中に噂が広まったのです。ほんの年端も行かない子供に対しても情け容赦のないのもので、しつけのなっていないなんてみっともない子なんだと、友達のみならず私にまで矛先は向けられたのでした。私は欲しくもないのに、仕方なく付き合っただけだったのですけどね。親にもしかられるし、散々な目に遭いました。以来、大人、特に年寄りの言う事には、必ず裏があると疑う様になった事は言うまでもありません...。

ここで紹介するお茶漬けは、そんな物騒なものではなく、ちゃんとしたお食事です。

meibututyazuke11京都祇園の花見小路にある「十二段家」は、しゃぶしゃぶ発祥の店として知られますが、茶漬が食べられる店でもあります。

左の写真がその名物茶漬け。ただし、茶漬けとは言ってもお茶を掛けて食べるのではないのですね。気軽に食べられる食事の事を、お茶漬けと言っているのだそうです。ご飯に、だし巻き、ひろうす、漬け物、みそ汁が付いて1580円。この中では、だし巻きが抜群に美味しいかったですよ。

sansyouunagityazuke12こちらは、山椒うなぎ茶漬。ひろうすの代わりに山椒の風味を効かせたうなぎが付きます。このうなぎをご飯に乗せて薄いだし汁を掛けて食べるのですが、うなぎを細かく砕いて食べるのがコツで、山椒風味のたれがだし汁とあいまって、なかなかの美味です。こちらも1580円。

手軽に祇園の風情を味わうには、丁度良い店だと思いますよ。


2005年7月21日 (木)

スイカ、ドウデスカ~@夏ちゃんぶろぐ

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京都で見かけたカーネル・サンダースの夏バージョン。
ネクタイに浴衣掛けというのも、なんだかユーモラスですね。

でも、フライドチキンとスイカを一緒に食べたら、
お腹を壊しそうなんですけど。


京都 新京極にて

京都 黒谷 熊谷直実鎧かけの松@義経

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京都の黒谷こと金戒光明寺の本堂脇に、立派な松が植わっています。これが「熊谷直実鎧かけの松」と呼ばれる木です。

熊谷直実は、鎌倉方の有力な御家人の一人でした。一ノ谷の合戦で平家方が崩れた後、手柄を求めて戦陣を駆け回っていた直実は、今まさに波打ち際から海に入り、沖合の船をめがけて逃れようとしている武者を見つけます。直実が、「あれなる大将軍、我らに背を向けて逃げるか。帰ってこい。」と声を掛け、扇で招き寄せたところ、その武者は馬を巡らせて取って返し、直実の方へと向かってきました。

直実は、その武者が海から上がるところを挑みかかり組み討ちになったのですが、力は直実の方がずっと上で、たちまちのうちに組み伏せて首を取ろうとします。しかし、その武者の顔を見ると思いのほか美しく、しかもまだ15、6の若者でした。相手が自分の息子と変わらない年頃と知った直実は怯み、若者の名を聞きますが、若者は名乗るまでもなく、自分の首を見せれば誰かが知っている、早く首を打てと答えます。直実は、自分の息子が怪我をしただけでも狼狽する程なのに、この武者が討たれたとなればその親の嘆き悲しみようはいかばかりであろうと考え、逃がしてやろうとします。しかし、背後を見ると梶原勢がすぐそこまで迫っており、ここで見逃したとしてもとても逃げ切れないと悟り、せめて自分の手で討ってやろうと決意し、その首を取りました。

このとき、直実はそのあまりの無惨さに嘆き悲しんだと言います。そして、若者の腰に笛がさしてあるのを見つけ、今朝がた城内で笛を吹いていたのは、この若者であったのかと悟ります。若者の名は敦盛と言い、その笛はその祖父の忠盛が鳥羽院から下げ渡された、「小枝」という名器なのでした。

敦盛を討った後、直実は血なまぐさい武士の生活に嫌気が差し、京都黒谷にあった法然上人の下を訪れ、その門に入ったのでした。写真の松は、直実が自分の鎧をここに掛け、武士の生活とは決別する決意を示したとされる木です。

直実が出家した理由については、鎌倉八幡宮での流鏑馬の的立ての役目を不服として辞退した事が頼朝の勘気に触れ、所領を減らされた事が第一点、さらに久下直光との間で領地を巡る争いが起こり、頼朝の面前で行われた裁判に敗れて面目を失った事が第二点とも言われます。しかし、仮にそうだとしても、その底流には世の無常を感じていたことは確かでしょうね。

熊谷直実は、情けを知る真の武士像として今に知られています。

2005年7月20日 (水)

京都 祇園祭 宵山残照

今更の観もありますが、先日アップしきれなかった祇園祭宵山の山鉾の紹介です。

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まずは、長刀鉾。その名の由来は、鉾の先端に掲げられた大長刀から来ています。この長刀は三条小鍛治宗近の作とされ、以前は本物が掲げられていましたが、現在は木製の模造品に銀箔を貼ったものが使われています。この鉾は籤取らずの鉾の一つで、毎年行列の先頭を切り、その長刀で疫病邪悪を祓うとされています。まさに、祇園祭の原典のような鉾ですね。

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この鉾は、函谷鉾。その名は中国の故事に由来するもので、天下第一の関所と呼ばれた函谷関の名を取ったものです。戦国時代の斉の宰相であった孟嘗君が趙の国を訪れた時、武霊王の策略によって危うく殺されそうになります。その脱出行の途中にあった函谷関は夜には閉じられ、鶏の鳴き声と共に開かれる事になっていました。そこで孟嘗君は、鳴き真似の上手な家来に命じて鶏の鳴き声をさせると、夜中にもかかわらず鶏が次々に鳴き始め、守備兵が朝が来たと勘違いをして関門を開けてくれたために、あやうく難をのがれる事が出来ました。鉾の装飾もその故事に基づいており、この鉾の先端に付けられた三日月と山形は山中の闇を表し、真木の上部に孟嘗君が、その下には雌雄の鶏が祀られています。
この鉾もまた籤取らずの一基で、長刀鉾に次いで常に二番目を行くことになっています。

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ビルと競うように聳えているのは月鉾。鉾の名の由来は古事記にあり、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻った時にお祓いをした際に、左眼を洗って天照大神、右眼を洗って月読尊を生んだという神話から来ているそうです。その名の通り、鉾の先端には横40cm、上下24cmの三日月が飾られ、天王座には月読尊が祀られています。
しかし、こうしてみると鉾というのは恐ろしく高いという事が判りますね。それもそのはず、この月鉾は鉾の中でも最も高いもので、地上から月の先端まで26.7mあるとされます。

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ビルの谷間から一転して、町家と調和した佇まいを見せているのは放下鉾。こういう情緒ある風情が、祇園祭の真骨頂ですよね。鉾の名は、「天王座」に放下僧の像を祀っている事に由来しています。放下僧とは、神社や寺の境内で曲芸を演じ、勧進興行を行っていた人々の事を指します。鉾の先端の飾りは、日・月・星三光が下界を照らす形を示すとされ、その形が和菓子の州浜に似ているところから「すはま鉾」とも呼ばれています。

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この見事な蒔絵は、船鉾の舵の部分です。こんなところの装飾にまでも、神経を配っているのですね。船鉾は、神功皇后の新羅出征神話にちなんだ鉾で、住吉明神、鹿島明神、竜神安曇磯良と併せた四神が、満珠千珠を捧げて舳に立つ四神像の人形を乗せています。この出征の時に皇后は臨月だったのですが、目的を遂げるまで出産をしないようにと腰に石を巻き付けて出陣し、無事に筑紫に戻ってから後の応神天皇を産んだされます。このことから、ご神体には晒しを巻いて置くのだそうですね。そうした由来から、ここでは安産のお守りと腹帯が売られています。
また、船鉾は本来二基あったのだそうですね。この鉾は出征の船として先の行列の最後尾を勤めるのですが、元は現在休み山となっている大船鉾が後の行列の最後尾を勤めて、凱旋の船と呼ばれていました。大船鉾は幕末の戦火で焼けてしまって今は無いそうなのですが、この船鉾と同型の華麗な鉾だったとの事です。なんとも惜しい気がしますね。

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この巨大なカマキリは、その名の通りの蟷螂山の装飾です。祇園祭唯一のからくり人形で、この鎌や脚が動くほか、羽根を大きく広げて見せてくれるなかなか楽しいカマキリです。中国の古典に、「蟷螂の斧をもって降車の隊を防がんと欲す。」とあるいわゆる「蟷螂の斧」の故事にちなんだもので、応仁の乱以前からあったものらしいですね。しかし、幕末の戦火にあって破損した後は休み山となっていたのですが、昭和53年に町内の人々の努力によって修復され、巡航に復帰する事が出来ています。

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宵山を飾る山形の提灯。ここに灯りが入るのは、また一年後の事ですね。あの熱気を楽しむ事を夢見ながら、来年を待つことにしますか。

京都の夏 鴨川の床

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京都の夏の風物詩の一つ、鴨川の床。川風に吹かれながら京料理を楽しむという趣向は、暑さを逆手に取った知恵というものでしょうね。

もう一つの鴨川名物が、護岸に座ったカップルの列。この写真ではまだわずかしか居ませんが、日が暮れ出すとともに数が増え、暗くなる頃には四条から三条の間にびっしりと並ぶことになります。それがまた、幾何学的に見事な等間隔を描くのですよね。

夏の鴨川は、京都の人に涼をもたらしてくれる貴重な空間です。

2005年7月19日 (火)

京都の夏 鱧料理

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京都の夏を代表する食べ物と言えば、鱧ですね。

その昔、海から遠い京都には、新鮮な魚介類はほとんど届きませんでした。
その中で特に生命力の強い鱧は、貴重な鮮魚として珍重されたと言います。

鱧は小骨が多くて固いため、そのままでは食べる事が出来ません。
そこで発達した調理法が骨切りで、専用の包丁を使って皮一枚を残し、
骨ごと身を細かく切っていくという技法です。

ここ錦市場で売っていた活はもは、その処理がまだされていないものの様ですね。
腕に覚えの料理人が買っていくのでしょうか。
我が家でもしこれを買ったとしたら、ちょっと持てあましてしまいそうです。


義経 28の2

第28回 「頼朝非情なり」その2

鎌倉、大姫の館。大姫に義仲が討たれた事を漏らしてしまったかえでとそれを責める女房。そこに現れた大姫は、義高が頼朝に殺される事もあるのかと問いかけ、女房達が否定するのも聞かず、義高は自分が何としても守ると言い切ります。

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2005年7月18日 (月)

夏の始まり

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梅雨が明けた今日の夕焼けは、燃える様な赤い色でした。
これからの夏の暑さを暗示しているかの様ですね。

もうすぐ子供達は夏休み。
そこかしこから、歓声が聞こえてくる様な気がします。

義経 28

第28回 「頼朝非情なり」

一ノ谷から凱旋し、一躍時の人となった義経。宿所に帰ると、急ぎ出迎えに出た静が、義経主従の無事な姿を見て涙を流して喜びます。

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京都の夏 夕涼み

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祇園祭の山鉾巡行から遅れる事1日、近畿地方の梅雨明けが宣言されました。
今日は夏空が広がって、いよいよ夏が全開という感じです。

これからは、夕涼みが気持ち良い季節ですよね。
こんな風景は現実にはなかなか見ることがありませんが、
人形でも風情があっていいでしょう?

京都 四条西洞院にて

2005年7月17日 (日)

京都の夏 浴衣姿

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夏祭りに似合うものと言えば、浴衣姿。華やかな和装は、お祭りの風情を盛り上げてくれますよね。

山鉾の巡行は終わったけれど、17日の夜には御輿渡御が行われ、3基の御輿はこれから24日までの間、この新京極を四条側に抜けたところにある御旅所に安置される事になります。この時期に四条通を歩くと、いつもとはちょっと違った景色に出会えますよ。


祇園祭 山鉾巡行

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京都は丁度山鉾が動き出した時間です。
今頃は町中が熱気に包まれている事でしょうね。

今年は巡航を見に行くことが出来なかったので、
せめてミニチュアで雰囲気をお届けします。

京都 四条 西洞院 にて

2005年7月16日 (土)

京都の夏 祇園祭

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京都に夏の訪れを告げる祇園祭が、いよいよクライマックスを迎えます。今日16日は宵山、そして明日17日は山鉾の巡行が行われます。本当ならどちらも行きたいところなのですが、残念ながらそうも行かなくなったので、せめて山鉾だけでも見ておこうと昼の鉾町を訪ねて来ました。

hakugayama11今日の京都は、梅雨明け間近を思わせる、うだる様な暑さ。正確にはわかりませんが、30度は軽く超えていたでしょう。その暑い最中、大勢の人達が山鉾の見物に訪れていました。

さすが祇園祭と言うべきか、幼い子供を連れた家族連れから、かなりお年を召した方まで、実に幅広い年代層の人が歩いています。でも、これだけ暑いと年配の方には危険だったんじゃないかな。かくいう私も、軽い熱中症のような感じになってしまいました。倒れ込む程ではなかったのですけどね、今でも軽い頭痛がしています。帽子も日傘も用意せずに行ったのは失敗でした。

taisiyama18昼間に鉾町を訪れるメリットは、夜では判らない飾り付けを見る事が出来る事。ここ太子山では、赤い日傘と提灯が印象的でした。

もう一つは、これも夜では判りにくい胴掛や見送りといった懸装品を、じっくりと見る事が出来る事です。
山鉾の懸装品は貴重な文化財が多く、およそ京都には不似合いに思えるペルシャ絨毯がふんだんに使われていたりします。その絵柄も西洋の神話だったりとか、神道とは縁のない物も多いですね。今なら京都らしさに囚われて西陣織あたりにこだわってしまいそうですが、昔の人は実に自由な発想をしていたのだと改めて気付かされます。その当時に手に入る最高級の布地を使ったということなのでしょうね。宵山だと人波に流されるばかりで、こういう事にはまず思いが及びません。

houkahoko20各山鉾を見比べていくと、その装飾にかなりの格差がある事に気付きます。装飾らしい装飾のない実にシンプルな山があるかと思えば、金箔を張り巡らせた豪華絢爛たる鉾があったりします。例えばこの放下鉾は、屋根の軒下、破風、柱に至るまで見事な装飾が施され、鉾全体が一個の工芸品の様です。

こうした違いは、各鉾町の経済力に差があった事を示しているのでしょうね。お祭りは神事であり、豪華であれば良いというものでは無いでしょうけれども、町衆同士の見栄の張り合いという側面もあった事でしょう。旦那衆を多く抱える町は、より豪華にと競い合いながら鉾を飾り付けていったのでしょうね。また、そうでない町も、京の祭を支えるという心意気で、伝統を今に繋いで来ているのだと思います。どちらも甲乙付けがたい素晴らしい事ですよね。

houkahoko25祭りと言えば出店ですよね。祇園祭の場合は夜が本番ですが、昼間から営業している店も多くありました。せっかくですから、息子達も当て物の店で遊んで来ました。1回300円ですから安いとは言えませんが、お祭りだからと良いかという気になるから不思議です。結果は末等のブロマイド。2人は応援している阪神の檜山選手を選んできました。

今頃は宵山の真っ最中。鉾町はさぞかし賑わっている事でしょうね。夜店の人も忙しくしているのかな。来年は、私もあの人混みの中で、京都の夏の夜を堪能してみたいと思っています。

雨の日の散歩道 蒲の穂

gamanoho15

池の大半を埋め尽くす様に広がっているのは「蒲」。特徴的な「蒲の穂」で知られる植物ですね。

gamanoho11その蒲の穂は、実は沢山の雌花が密生しているもので、その上に細長く伸びているのが雄花です。蒲にはガマ、コガマ、ヒメガマの3種類があるのですが、雄花がこれだけ長いのはヒメガマですね。

蒲の穂と言えば因幡の白兎を思い出します。文部省唱歌の「大黒さま」にある、鰐によって赤剥けにされた兎が、蒲の綿穂にくるまることによって元の姿に戻るというお話ですが、この蒲の穂は冬になると熟し、種を飛ばす為にはじけて綿の様になります。この綿は見るからに柔らかそうで、昔は布団の芯に使ったりもしたそうですね。でも、実際にはこの綿穂には薬効はなく、これにくるまったとしても兎の肌は元通りになりそうにはありません。

因幡の白兎の原典である古事記には、大国主命は「蒲黄(ほおう)」を取ってまき散らし、その上に寝転がれば元に戻るだろうと教えたとあります。この蒲黄とは、蒲の花粉の事。漢方薬ではこの花粉を乾燥させたものを血止めの薬として用いるのだそうです。古事記の昔から、蒲の花粉にはそうした薬効がある事が知られていた様ですね。なぜだかは判りませんが、唱歌の作詞者が穂黄を綿穂に変えてしまった為に、せっかくの薬効が知られることなく埋もれてしまった様です。歌とするには語呂が悪いせいだったのかなあ...。

この蒲の穂は、蒲鉾の語源にもなっている様ですね。蒲鉾は少なくとも平安時代にはあったものらしく、元は鯰や鯉を原料として、蒲の穂をかたどって作られていました。そして、その穂の形が鉾にも見える事から蒲鉾と呼ばれる様になったのだとか。今の様に板に付けて焼くようになったのは、ずっと後になってからの事なのだそうです。

水辺に繁茂するこの草は、はるかな昔から親しまれ続けてきた植物だったのですね。

2005年7月15日 (金)

義経 27の4

義経 第27回 「一の谷の奇跡」その4

義経が歴史の表舞台に躍り出た一ノ谷は、現在の神戸市の西の端、須磨区にあたり、今でも一ノ谷町という地名が残されています。その近くの須磨浦公園には「戦の浜」の碑があり、このあたりが戦場であった事を示します。一ノ谷は、瀬戸内海に面した狭い平地で、その背後には鉄拐山、鉢伏山など六甲山地の西端にあたる山々が聳えています。

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2005年7月14日 (木)

雨の日の散歩道 ぽつん...

tamasudare11

本来は群生している事が多いのに、なぜか一本だけ咲いていた花を見つけました。

まずこれはタマスダレ。ヒガンバナ科の植物で、球根によって増えます。
タマスダレの名の由来は、その細い葉がすだれの様であり、
花を玉に見立てて付けられたものだとか。

その花が、どういう訳か公園の広場の片隅に、ひっそりと咲いていました。
だれかが、ここに球根を植えたのでしょうか?
南米原産で、明治期に園芸種として輸入されたもので、
現在ではあちこちで見かける様になっています。
でも球根で増える植物である以上、人為的に植えられて行ったものなのでしょうね。
(と書きましたが、Milkさんから種も出来るよと教えて頂きました。
とすると、どこからか種が運ばれてきたという可能性もありますね。
Milkさん、ありがとうございました。)

niwasuisyou15この小さな紫がかった花は、ニワセキショウ、だと思います、多分。
だとすれば、アヤメ科の多年生植物で、北米原産の帰化植物です。
この時は雨のせいか、花びらはまだ開ききってはいませんでした。
この花も群生している事が多い様なのですが、こちらは池のほとりにぽつんと咲いていました。
もかしたら、鳥が運んだ種から芽を出したのかもしれないですね。
ここからまた増えていくのかな。群落になるかも知れないと思うと、ちょっと楽しみです。


義経 27の3

義経 第27回 「一の谷の奇跡」その3

一ノ谷近くにまで来た時、突然軍勢を止め、兵を二手に分けると言い出す義経。いぶかる安田義貞に、本隊を率いて一ノ谷に向かう様に命じ、自らは70騎を率いて一ノ谷の背後を突くと宣言します。義貞は危ぶみますが、諸将が次々に賛意を示すのを見て、くれぐれも三種の神器を奉じる様にと念を押した上で、義経の策を承知します。

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2005年7月13日 (水)

雨の日の散歩道 ヒメジオン

himejion11

以前、雨の日の白い花は、ほのかに浮かび上がる様に見えると教えて頂いた事があるのですが、なるほど雨に打たれたヒメジオンは、怪しいばかりの美しさです。


hanatoabu15

わずかな雨の止み間には、小さなアブが蜜を求めてやって来ました。
マメヒラタアブかなと思うのですが、どうでしょうか。
小さな羽根を羽ばたかせて、懸命にホバリングをする姿が可愛かったですよ。
もう少し寄れたら、もっと綺麗に撮れたのでしょうけどね。
ちょっと惜しい事をしたかな。


義経 27の2

義経 第27回 「一の谷の奇跡」その2

一ノ谷から戻り、対平家の戦略を練る義経。彼は単純に三草山の敵を討つだけではなく、一ノ谷の平家の軍勢をおびき出し、その勢力を殺ごうと考えます。そして、自らの兵力を温存するために、火矢と太鼓を使うと謎の様な言葉を吐きます。

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2005年7月12日 (火)

雨の日の散歩道 ポーチュラカ

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雨のそぼ降る公園の花壇で咲いていたポーチュラカ。
炎天下でも咲き続けるこの花を見ると、夏という気がしますね。
でも、こうして雨に濡れた姿もまた良いものです。

ところで、この中に雨宿りをしている隠れキャラが居るのが判ります?

義経 27

義経 第27回 「一の谷の奇跡」

小勢に別れて、密かに都から出陣する鎌倉勢。範頼の本軍は、山陽道を進み正面から、義経の搦め手軍は丹波路を進み一ノ谷の北を回って背後から攻め掛かる手筈でした。

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2005年7月11日 (月)

雨の日の散歩道 アイノコセンダングサ

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川の護岸と道路のアスファルトの間のわずかな隙間から生えていたこの逞しい草の名は、アイノコセンダングサ。ちょっと変わった名前ですが、コセンダイグサとシロバナセンダイグサの雑種という意味なのだそうです。

ainosendangusa17本家のセンダングサは日本在来種(古い時代の帰化植物とも)であり、栴檀(せんだん)に葉が似ている事から名付けられました。
一方、コセンダイグサやシロバナセンダイグサは、同じ種類の仲間なのですが、アメリカ原産とも熱帯から温帯にかけて分布するともされる帰化植物で、今では本家をしのぐ勢力を持っている様です。センダングサが黄色、シロバナセンダングサが白の舌状花(花びら状のもの)を持つのに対して、コセンダングサは黄色い筒状花のみという特徴があります。そしてこのアイノコセンダングサは、写真にあるように小さな白い舌状花を持っています。このことから、両方の特徴を持つ合いの子と名付けられたのですね。
(実はこのあたりを調べていくと、ウェブ上のサイトや手持ちの図鑑でも表記がばらばらで、どこまで正確かは自信が持てません。間違いがあればご指摘をお願いします。)

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センダングサは、ヒッツキムシの一種です。この種が服に付いて困った人も多いのではないでしょうか。動物の毛にひっついて遠くまで運んでもらおうという戦略なのでしょうけど、上手く出来ているものではあります。この草は、もしかしたら誰かの服に付いて来た種が、ここではたき落とされて芽を出したものかも知れないですね。そう考えると、ここでズボンか靴下をはたいている人の迷惑そうな顔が思い浮かんで来るようで、ちょっと面白い気がしませんか。

2005 F1 イギリスGP 決勝結果

F1イギリスGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1イギリスGPの決勝は、7月10日にシルバーストーンサーキットにて行われ、マクラーレンのモントーヤが今季初優勝を飾りました。2位はルノーのアロンソ、3位にはマクラーレンのライコネンが入っています。

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2005年7月10日 (日)

京都 祇園祭 鉾立

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7月に入り、京都は祇園祭一色に染まっています。そのクライマックスである山鉾巡行を一週間後に控え、各鉾町では鉾立が始まりました。今日は、我が家の息子達による鉾立の取材報告です。

hokotate17

今日息子達が取材して回ったのは、長刀鉾と月鉾。まずこれは長刀鉾の土台を組み立てている所です。ここは四条通の最も交通量の多い場所なのですが、道の路肩を締め切っての作業となります。祇園祭ともなると、道の渋滞よりも鉾が優先されるのですね。ドライバーにとっては迷惑な話でしょうけど、京都の町にとっては何よりの優先事項となる訳です。

hokotate15こちらは、作業が進みつつある月鉾の様子。
祇園祭を彩る鉾や山はすべて木の組み合わせで出来ており、一本の釘も使わずに組み上げられていきます。釘の代わりに使うのが縄で、各鉾や山には「縄がらみ」と呼ばれる手法が伝えられています。見るからに複雑で、いかにも頑丈そうですが、この縄がスプリングの役目も果たしているのだそうですね。山鉾の巡行を見ていると、鉾が止まるたびに大きく揺れるのですが、決して倒れる事はありません。その揺れを吸収しているのがこの「縄がらみ」という訳です。もし釘を使って鉾を組み立てたとしたら、すぐにばらばらに崩れてしまう事だろうと言われています。

鉾立はこの日から3日かけて行われ、12日から13日には各鉾町において鉾の引き初めを迎える事になります。

また今日10日はこの後、御輿を迎えるためのお迎え提灯の行列が八坂神社を訪れ、夜になると3基の御輿が四条大橋まで行き、鴨川の水で清める御輿洗いが行われます。そしてこの日以後八坂神社の境内に3基の御輿が飾り付けられる事になり、祭りの雰囲気はいよいよ最高潮に達していきます。

雨の日の散歩道 ヤブガラシ

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ヤブガラシは繁殖力が強く、至る所にはびこってはあたりの木を枯らせてしまうという、なかなか恐ろしげな植物です。でも、我が家の近所でも良く見かけますが、まだ他の木を枯らせた所は見たことがありません。威力を発揮するのはこれからなのかな。

蔓性の植物でブドウ科に属しています。花の咲き方を見ていると、なるほどという気がしますね。なかなか色鮮やかで、可愛い花ですよ。

花の中にオレンジとピンクがありますが、オレンジはまだ咲いたばかりの花で、雄しべと花びらが付いた状態です。この雄しべと花びらはすぐに落ちてしまうらしく、雌しべだけが残った状態になるとピンクの花になるのだそうですね。

こんなに小さい花なのに蜜の分泌は盛んらしく、雨の止み間に沢山の昆虫がやって来ていました。

(続きを読む)の先にはその虫たちを掲載しているので、昆虫の苦手な人は開けない様にして下さい。

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2005年7月 9日 (土)

2005 F1 イギリスGP 2日目結果

F1イギリスGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

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雨の日の散歩道 ヒメヒオウギズイセン

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暫く止んでいた雨も、週末になって再び降り出しました。やはり梅雨だけの事はあります。でもこういう日こそ普段見えない景色が見えるというもの。カメラ片手に、子供と一緒に散歩に出かけてみました。

最初に出会ったのは、ヒメヒオウギズイセン。昨年も同じところで咲いていた花ですが、一年前より花穂が増えている気がします。日陰で、しかもこんな具合に笹に埋もれた場所なのに、確実に勢力を伸ばしている様ですね。

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この花は、フランスで交配して作出された園芸種で、明治の中頃に渡来したのだそうです。そしてご多分に漏れずに野外に進出し、野生化しているのですね。地下茎で増えるので繁殖力が旺盛であり、庭に植えるといつの間にか外に出てしまうのだとか。そうやって、日本各地に広がっていったのでしょうね。ここもやがて、この花の群落となっていくのでしょうか。

雨に濡れたヒメヒオウギズイセンの花は、一段と鮮やかさを増してとても綺麗でしたよ。

2005 F1 イギリスGP 1日目結果

F1 イギリスGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

ロンドンを襲った無差別テロの影響が心配されるイギリスGPですが、F1は当初の予定通り開催される様です。厳戒態勢が敷かれる中、一日目のトップに立ったのは、マクラーレンのペドロ。デ・ラ・ロサでした。マクラーレンは、モントーヤが3位、ライコネンも4位に付けており、地元GP制覇に向けて、着実な一歩を踏み出した様です。2位はトヨタのリカルド・ゾンタで、トヨタもラルフとトゥルーリが5位と6位に付け、マクラーレンと2チームで上位を独占してしまいました。

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2005年7月 8日 (金)

京都 東山 智積院

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京都駅の少し北を東西に走っているのが七条通り。その七条通りを東に突き当たったところにあるのが智積院です。この寺は、写真の様に階段の上に門があるのですが、柵があって入る事ができません。実は拝観用の入り口はこの右手の方にあるのですが、一見すると入山を拒否しているように思えてしまいます。

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しかし、入り口さえ見つけてしまえばごく開放的な境内で、気楽に散策を楽しむ事が出来ます。また、ここは四季の花にあふれているところで、早春の梅、初夏の皐や紫陽花、夏の桔梗、蓮、睡蓮、秋の萩など、どの季節でもなにがしかの花と出会える嬉しい場所です。

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智積院は真言宗智山派の総本山。こう言ってもあまりピンと来ないでしょうが、成田山新勝寺や川崎大師平聞寺が同じ宗派と言えば判りやすいでしょうか。

智積院の前身は、豊臣秀吉が愛児鶴松の菩提を弔うために建てた祥雲禅寺という寺でした。大阪夏の陣が終わった後、秀吉によって滅ぼされた元根来寺の玄有僧正に、徳川家康が根来再興のためにと寄進したのが今の智積院の始まりとされます。

ここの見所の一つは名勝に指定されている庭園です。この庭は祥雲禅寺時代に造られた庭を元に、江戸時代に修築されたもので、このため桃山期と江戸期の両方の特徴を備えています。正面の石組みがなんとも変化に富んでいて、見ていて飽きが来ません。これが江戸期に整備された部分にあたります。また、写真には写っていませんが、この右手に皐の大刈り込みがあり、五月の末から6月にかけて見事な花を見せてくれます。このあたりが、安土桃山当時の庭なのですね。

tisyakuin17智積院は、何度も火災に遭っている事から、あまり古い建物は残っていません。たとえば金堂は昭和50年に再建されたものですし、この講堂は平成7年に完成したごく新しいものです。しかし、さすがに総本山だけあって風格があり、古寺と比べてもなんら遜色を感じさせません。こういう暗がりはちょっと怖い位の雰囲気がありますね。

智積院で最も有名なものと言えば、長谷川等伯一派が描いた障壁画です。以前は庭園に面した大書院にあったもので、過去何度も火災にあった事から多くが失われており、現在残されているものは、楓図、桜図、松に秋草図、松に黄蜀葵図、雪松図、松に立葵図などです。これらは宝物館に収蔵されており、庭園と一緒に拝観する事が出来ます。安土桃山期を代表する作品で、これを見るだけでも智積院を訪れる値打ちがあると言えます。その作風は豪壮にして緻密、何度見ても飽きる事は無いでしょう。

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七条通りに面した門は、数少ない江戸期のものです。この門の向こう側は変化の止むことの無い俗世であり、内側には静かな信仰の世界が広がっています。こうしてみると、門というのは二つの世界を繋ぐ不思議な装置に思えてきますね。


2005年7月 7日 (木)

紫君子蘭@京都 東山 智積院

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智積院の境内で咲いていた紫君子蘭。アガパンサスとも言いますね。
薄紫の花色が、古い寺の風情と解け合って、良く調和しています。

agabansasu17

この花は桔梗とは違って、南アフリカが原産地。なのに、意外と和風テイストですね。

名前に君子蘭と付きますが、ヒガンバナ科とは違うユリ科の植物です。
花の形が似ているところから付けられた名前なのかな。

ところが、最近DNAを調べたところ、なんとヒガンバナ科に近い事が判ったそうです。
そうすると、最初に君子蘭と付けた人はやっぱり正しかったのか?

そんな人間界の騒ぎはお構いなしに、雨の降る中綺麗に咲き誇っていました。
雨に濡れると薄紫の花色が一層鮮やかに見えるのが不思議ですね。


義経 26の3

義経 第26回 「修羅の道へ」その3

一ノ谷、平家の陣。海を見つめながら、やはり源氏は来るかと宗盛に問いかける時子。宗盛は、三種の神器を取り戻す事が法皇にとっての急務である以上、必ず攻めてくると答えます。そして知盛は、一ノ谷の守りは万全であり、安心しておられよと続けます。

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2005年7月 6日 (水)

義経 26の2

義経 第26回 「修羅の道へ」その2

摂津国一ノ谷。平家の陣の整備が着々と進んでいます。
時子に一ノ谷の備えについて説明する知盛。東の生田の森を知盛と重衡が、西の明石を忠度がそれぞれ固め、海には自慢の水軍を浮かべる鉄壁の構えでした。ただ、時忠が北側の山の備えについて心配しますが、知盛はそこは急峻な崖であるから攻められる心配は無いと答えます。隙のない備えを聞き、安心した様子の時子。

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桔梗@京都 東山 智積院

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桔梗と言えば秋の七草。でも、本当の花盛りは丁度今頃から始まります。
秋晴れを背景にした桔梗も良いけれど、一番似合うのは梅雨時の雨。
そぼ降る雨に打たれる姿には、何とも言えぬ風情があります。

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桔梗と言えば青を思い浮かべますが、一点の濁りもない白花もまた見事。
青花との対比がとても綺麗です。

ここ智積院の参道には、沢山の桔梗が植えられています。
ずらりと咲いた桔梗の帯を見るだけでも、訪れる値打ちのある所ですよ。

2005年7月 5日 (火)

義経 26

義経 第26回 「修羅の道へ」

京、範頼の陣。義仲の首を晒す事に疑問を抱く義経。しかし、範頼と景時にたしなめられ、やむなく承知します。

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中休み

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今日は梅雨も中休み。暫く続いた雨も上がって、青空が見えていました。
その分、蒸し暑さも戻ってきたけどね。

雨の止み間に姿を現したトンボは、濡れた羽根を乾かしていたのでしょうか、
暫くじっと蓮のつぼみに止まっていました。

雨の日は、昆虫も大変なんでしょうね。


京都 東山 智積院にて

2005年7月 4日 (月)

雨続き

mibutera111

天の底が抜けたというのは、こういう事をいうのでしょうか。
今日も朝から、雨、雨、雨...。

でも、雨に濡れて綺麗に見える花もあります。
水滴がまるで宝石の様...。

先月京都を訪れた時に撮った花です。
多分忘れな草かなと思うのですが、ちょっと自信がありません。
違っていたら教えて下さいね。

いまでもまだ咲いているのかな。


京都 壬生寺にて


2005 F1 フランスGP 決勝結果

F1フランスGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1フランスGPの決勝は7月3日にマニ・クールサーキットにて行われ、ルノーのアロンソがポール・ツー・ウインを飾りました。2位はマクラーレンのライコネン、3位にはフェラーリのシューマッハが入っています。

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2005年7月 3日 (日)

蓮@京都 東山 智積院

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京都の東山にある智積院の蓮池が、花盛りを迎えつつあります。ここはごく小さな池なのですが、その分花を間近に見ることが出来るのが嬉しい場所です。写真を撮るにも最適な場所で、私以外にも何人もの人が入れ替わり立ち替わり撮影に訪れていました。

雨に打たれたせいか、ちょっと傾いたような花ばかりだったのですが、それでもこの花の美しさには格別なものがありますね。

hasu15

蓮は、その花後の姿にも独特のものがありますね。蓮はこの形が「蜂巣(はちす)」に似ている事から付いた名前だとか。mikkeさんで紹介されている河童にも、ちょっと似てません事?

hasu17

蓮の花は、朝早くに開き初め、午後3時頃には閉じるのだとか。そしてそれを3回繰り返して、4日目には散るのだそうです。咲いている姿も素敵ですが、散った花びらもまた綺麗でしたよ。

くちなしの香り@京都 東山七条

kutinasi112

一度雨が降り出すと止まらなくなった様で、今日も朝から雨模様です。こんな日は花の香りも強く漂いますよね。今の季節、町中で甘い香りに気が付くと、そこには大抵くちなしの花が植わっています。

上の写真は、交差点での信号待ちの間に気が付いたくちなしの花です。我が家のベランダでは既に花が終わってしまいましたが、街路樹のくちなしはまだまだ花盛りの真っ最中でした。雨の中でも良い香りに触れることが出来ると、ちょっと楽しい気分になりますね。

京都 東山七条にて


きれいなくちなしの花を見せて頂いたDearさんにトラックバック。

2005年7月 2日 (土)

2005 F1 フランスGP 2日目結果

F1フランスGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

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梅雨

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空梅雨が続いていた京都も、やっと梅雨らしくなりました。
梅の雨と書いてつゆ。梅の実が熟す頃に降る雨というところから来ているそうですね。
ここ、智積院の梅林では、その梅の実が綺麗に色づいていました。

tuyu20

熟し切った実は、苔の上にぽとりと落ちています。
この後、どうなるのでしょうね。鳥や動物に食べられるのか、それとも掃除で片付けられてしまうのか。捨ててしまうにはもったいない様な、良い色をしてますよね。

このまま食べるのは、無理なのかな。


ツタバウンラン

tutabaunran11

白川の護岸に密生して咲いていたこの花、一見してムラサキサギゴケかトキワソウと思ったのですが、よく見ると葉が違うし、第一これは蔓性の植物です。何だろうと思って調べてみると、同じゴマノハグサ科の仲間であるツタバウンランでした。それにしても、良く似ていますね。
tutabaunran12ツタバウンランは、ヨーロッパ原産の植物で、大正時代に園芸種として日本に入り、以後野生化した様です。例によって、例のパターンですね。日本の自然界って、一体どうなっているのだろう...。
名前の意味は、ツタの様な葉をしたウンランという事。ウンランとは海蘭と書くやはりゴマノハグサ科の仲間で、海辺に咲く蘭に似た花を咲かせる植物です。
またこの花は、別名ツタガラクサ(蔦唐草)とも言うのですね。こっちの名前の方が、この植物の特徴を言い表している様な気がする。
見つけたのはたまたま川岸でしたが、水性植物という訳ではなく、石垣で良く見られる草なのだそうです。
元々園芸品種だっただけあって、全体にシックな感じで品がありますね。上手く栽培すると、庭の良い彩りになるかも知れません。

2005年7月 1日 (金)

2005 F1 フランスGP 1日目結果

F1 フランスGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

フランスGP初日のトップには、マクラーレンのデ・ラ・ロサが立ち、2位には同じくモントーヤが入ってマクラーレンが1・2を達成しています。3位はフェラーリのシューマッハ。地元のルノー勢は、これに続く4位と5位を占めました。

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どこへ行こうかな

tentoumusi111

道ばたの地図に留まったテントウムシ。どこに行こうかと、飛んでいく先を探しているかの様です。

でも、君の餌が居る場所までは書いてないよ...。


京都 東山 白川にて

義経 25の3

義経 第25回 「義仲最期」その3

義経の下を訪れている行家。彼は義仲とは早くに手を切り、それどころか後白河法皇から追討の命を受けていたと語り、頼朝に与力したも同然と自らを弁護します。しかし義経は、厚顔無恥な行家の態度に腹を立て、義仲の暴走を何故諫めなかったと非難して、席を立ってしまいます。


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ねこづらどき

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