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2005年6月

2005年6月30日 (木)

朝日将軍木曽義仲塚@義経

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朝日将軍と称された稀代の武将木曽義仲の最期は、盟友今井兼平と共にありました。

義経によって宇治の陣が破られた時、京に居た義仲は法皇に暇乞いをする為に六条御所へと向かいました。しかし門前まで来た時に、鎌倉軍が既に六条河原まで迫っている事を知り、これを迎え撃つべく兵を返します。ところが、六条高倉に差し掛かると、義仲はかねて懇意にしていた女房の屋敷に立ち寄り、最後の名残を惜しむあまり、いたずらに時を過ごしてしまいます。この有様を見た越後中太家光という家臣が義仲を諫めますが、なおも動こうとしない義仲に、「先に死出の山で待つ。」と言い残して自害してしまいます。さすがに心を動かされた義仲はようやく立ち上がり、軍勢を率いて六条河原へと討って出ました。

義仲が六条河原で戦っている間に、義経は六条御所へと駆けつけます。その様子を見ていた御所内では、「木曽勢が来た。」と恐れおののいたのですが、義経が名乗りを上げるのを聞いて大いに喜び、門を開けて義経達を迎入れました。法皇が謁見する中、義経以下五人の武将が次々に名乗りを上げ、法皇から御所の警備を命じられたのはドラマにあったとおりです。

義仲は、万一の時が来れば法皇を連れて西国へ逃げ、平家と共に戦うつもりで法皇の輿を担ぐ20人の力自慢を連れていたのですが、既に御所が義経に押さえられたと知るや、わずかな手勢を率いて一万騎に及ぶ鎌倉軍に討ち入り、危うい所を切り抜けて、包囲網を突破してしまいます。義仲は涙を流して、「こんな事になるのだったら、兼平を瀬田にやるのではなかった。別々に死ぬのは残念だ。兼平の消息を聞きたい。」と言って、河原から駆け上がります。さらに、三条まで進む間に、何度も襲いかかってくる鎌倉軍を五、六度までも押し返し、鴨川を渡って粟田口松坂にまで来た時には、主従わずか七騎にまで減っていました。かつて五万騎を率いて入京した事を振り返り、義仲は今の境遇を儚み悲しんだと言います。

この七騎の中に巴も残っていました。義仲は兼平の消息を求めて近江に入り、琵琶湖畔の打出浜にまで至った時、瀬田で範頼軍と戦っていた兼平と再会を果たします。兼平もまた瀬田の防戦をあきらめ、義仲の消息を求めて都へと向かう途中なのでした。喜んだ義仲は、兼平に命じて旗を揚げさせたところ、方々から味方が集まり、300騎ほどになりました。義仲はこの兵を率いて最後の戦をするべく、近くに居た鎌倉方の甲斐の一條次郎の兵六千騎に向かって戦いを挑みます。そして、これを散々に打ち破りますが、味方も50騎にまで減ってしまいました。さらに、次々に現れる敵兵を打ち破っていく内に、ついには五騎になってしまいます。この中になおも巴が残っていたのですが、義仲は「最後に女を連れていたと言われては後世の恥となる。どこへなと落ちていけ。」と巴に命じます。巴は初めは渋って言うことを聞かなかったのですが、義仲から再三に渡って言い含められたため、遂に「最後の戦をお目に掛ける。」と言い捨てて、そこに現れた武蔵野国の住人御田八郎師重の手勢の中へと駆け入りました。巴は師重に並び掛けると、彼を馬から引きずり下ろして自分の鞍の前輪に押つけ、その首をねじ切ってしまいます。そしてその後、巴は具足を脱ぎ捨てて、東国目指して落ちていきました。

義仲主従は、さらに二騎が減って兼平と2人きりになってしまいます。義仲は「何時になく鎧が重い。」と漏らし、それを聞いた兼平は「自分が時間を稼ぐので、粟津の松原に入って自害されたし。」と勧めます。そこに新手の五十騎が現れたので、兼平は共に戦おうとする義仲を、名も無き雑兵に討たれては恥となると言って引き留め、彼の自害の時間を稼ぐ為に敵に向かって行きます。義仲はやむなく松原を目指したのですが、途中で誤って深田にはまってしまい、身動きが取れなくなってしまいました。そして、兼平の様子を気にして振り向いた時に、飛んできた矢に額を射抜かれてしまいます。あまりの深手に馬の背にうつぶせになったところを、敵兵に首を掻かれて果てたのでした。これを知った兼平は、「もはや守るべき人は居なくなった。これぞ自害の見本とせよ。」と叫ぶなり、太刀を口に含み、馬から真っ逆さまに飛び降り、太刀に貫かれて最期を遂げました。


義仲の首は京に運ばれ、都大路を渡された後、六条河原に晒されます。そしてその後、義仲の家来(妻の一人、山吹御前とも)の手によって、洛東の地にある八坂郷に葬られたと伝えられます。写真の石碑はその首塚を示すものとされ、以前は高台寺近くの旅館にあったものです。そして、1997年に旅館の廃業に伴い、八坂の塔で知られる法観寺の境内に移されました。

源平争乱の世を駆け抜けた義仲の霊は、今では塔の東にあたる境内の片隅で、法観寺の御仏達に見守られながら静かに時を過ごしています。

2005年6月29日 (水)

合歓木@夏ちゃんぶろぐ

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ピンクの糸の様な花が咲いているのは合歓木(ねむのき)。豆科の落葉高木で、夜になると葉を閉じるという面白い性質を持っています。その姿がまるで眠っている様に見えるところから、眠の木と名付けられたのだとか。一説に依ると、葉を閉じる事で蛾に卵を生み付けられる事を防いでいるのではないかとも言いますが、定かではありません。

割と高い所に花を付けるのですが、色が鮮やかなので比較的目に付きやすい様です。緑の葉の間に隠れる様に見えるこの花は、実際に目にするとなかなか綺麗なものですよ。ただ、写真を撮るのは、ちょっとした風にも大きく揺れてしまうので結構大変です。風が止んだわずかの間を捉えたのですが、花は下を向いて垂れたままでした...。

京都 円山公園にて。

義経 25の2

義経 第25回 「義仲最期」その2

後白河法皇の御前で、次々に名乗りを上げる鎌倉軍の武将達。義経は、丹後の局が自分と母常磐の事を知っていた事に驚きと感激を隠せません。そして、法皇は義経に御所の警備を任せます。名誉な役目を仰せつかり、喜び勇む義経とその郎党達。

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宇治川の戦い@義経

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義経の初陣であり、その不敗伝説の始まりとなった宇治川の戦い。その割には、ドラマの中ではあっさりと描かれていたのですが、平家物語においては、全編の中でも白眉とされる有名な場面が繰り広げらています。それが佐々木高綱と梶原景季による先陣争いです。

UJIGAWASENJIN12ドラマでは浅くて狭い川に過ぎませんでしたが、実際の宇治川は大河であり、当時は日本有数の急流として知られていました。左の写真は、現在の宇治橋の様子ですが、今でも水量は豊富であり、かなりの急流である事が伺えます。
義経を迎え撃つ義仲軍は、まず橋板を外して渡れない様にした上で、馬に依る渡河を防ぐ為にこの流れの中に乱杭を打ち、大綱を張り、そこに逆茂木を繋いで流していました。平家物語に依ると、この戦いのあった日は治承3年1月20日とあり、今の2月末頃にあたるのでしょうか。宇治川は上流にある琵琶湖畔の比良山の雪解け水で増水しており、白波が逆巻く様な凄まじい流れとなっていました。義経はこの流れを見て、わざと弱気を装って「淀の一口(いもあらい)へ回わり、水の勢いが落ちるのを待つべきではないか。」と家臣に問いかけます。すると義経の思惑通り若い畠山重忠が進み出て来て、「この流れは待っても収まる事は無い。自分が瀬踏みをして見せよう。」と言って、手勢の500騎と共に川の中に入ろうとします。そのとき、重忠よりも早く、橘の小島が崎より2騎の武者が川の中へ飛び出して行きました。佐々木高綱と梶原景季の2人で、高綱が「生ずき」、景季が「する墨」というそれぞれ頼朝から与えられた名馬に乗っていたとされます。最初、前を行っていたのは景季の方でした。しかし、後ろから高綱が景季に「馬の腹帯が緩んでいるぞ。」と声を掛け、それを聞いた景季が帯を締め直している隙に高綱が先を越し、遂に先陣争いを制してしまいます。この2人に引きずられる様に義経の軍勢は次々に渡河を初め、数で劣る義仲軍を圧倒してしまったのでした。

上の写真は宇治川の中の島にある「宇治川先陣之碑」。高綱と景季の先陣争いにちなんで1931年に建てられた石碑です。中の島は橘島と塔の島の二つのからなる島ですが、平家物語にある「橘の小島が崎」はここから少し下流寄りにあった中州で、今はその姿は消えてしまっているとの事です。

高綱は「生ずき」を頼朝から賜った時に、宇治川の先陣を取って見せると大見栄を切っており、何が何でも先陣を果たさなければ面目が立たないと考えていたのでしょうね。それがちょっとずるいとも言える声掛けに繋がったのでしょう。ドラマでは何故このエビソードを出さなかったのかは判りませんが、あくまで義経とその郎党達を活躍させたいという意図があるのかも知れませんね。それにしても、もう少し迫力のあるシーンにして欲しかったなあ...。

2005年6月28日 (火)

ツマグロヒョウモン@夏ちゃんぶろぐ

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以前は、タテハチョウなんて山の中にしか居ないと思っていたのですが、最近はあちこちで見かける様になりました。それがこのツマグロヒョウモン。

幼虫はパンジーに付く害虫として知られますが、スミレの類全般が餌となる様です。元は南方の蝶だったのに、温暖化と共に次第に北上し、大阪や京都でも普通に見られる種類となっています。

スミレが生えている場所ならどこでも繁殖し、都会の中でも増え続けるたくましい種類の様ですね。我が家のパンジーにも付いた事があり、どんな成虫になるか放置していたのですが、ベランダは鳥に狙われやすいらしく、何時の間にやら姿を消していました...。

都会に蝶が舞うのは、自然が戻ってきたと喜ぶべきなのか、温暖化がここまで進んだと危惧すべきなのか、難しいところですね。


京都 円山公園にて。

義経 25

義経 第25回 「義仲最期」

1184年(寿永3年)正月、近江の鎌倉軍の陣。義仲を討つべく、軍議が開かれています。鎌倉軍10万に対し、義仲軍はわずか5千にまで減っていました。義経の献策に依り、瀬田を渡る軍と宇治川を渡る軍の二手に別れて京を目指す事に決まります。そして、瀬田は範頼が本隊を率いて攻める事とし、宇治川を渡る軍を指揮する大将には、義経が指名されました。

戦に備えて、武具の手入れに余念の無い義経の郎党達は、軍議を終えて現れた義経から搦め手を任されたと聞き、喜び勇みます。自らの手で義仲を討つと決意を固める義経。

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2005年6月27日 (月)

金星と水星が最接近

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6月24日の記事で紹介した金星と水星の最接近を観察する出来ました。昨日の三惑星の最接近の方は曇りで断念せざるを得なかったのですが、今日は西の空の雲が切れ、金星達が綺麗な姿を見せてくれました。写真の右下の星が水星、左上が金星です。望遠鏡なら、もっと綺麗に見えた事でしょうね。

ただ、肉眼では水星は確認出来ませんでした。金星が明るすぎたのか、それとも水星が見えるには空がまだ明る過ぎたのかは判りませんが、眼の良い人なら見分ける事が出来たのかな。

明日になると少し離れてしまいますが、それでもまだ接近した姿を見ることが出来ますよ。

京都 白川 柳並木@夏ちゃんぶろぐ

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三条通から東大路通にかけての白川沿いには、柳の並木が続いています。水と緑の取り合わせは、確かに夏の景色。ちょっと暑苦しい感じもしなくはないですが...。

白川は川底が浅いので、子供達が遊ぶにも最適。一時期水が汚れて誰も入ろうともしなくなっていたのですが、最近は綺麗になって人が戻ってきました。祇園のあたりでは、蛍も飛んでいる様ですね。

ずっと以前には、川をせき止めたプールもありました。今はまだ泳げる程では無いでしょうけど、もっと綺麗になって、本当の清流を取れ戻して欲しいですね。

時は今...@紫陽花BLOG

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本能寺の変で明智光秀が織田信長を倒して天下の主となったのは、1852年(天正10年)6月2日の事でした。そして、そのわずか11日後には、天王山の戦いに敗れて命を落とす事になります。

ここ京都白川のほとりには、その光秀の首塚と伝えられる祠があります。説明書きに依れば、小来栖で討たれた主君の首を持って逃げた家臣が、ここまでたどり着いた時に夜が明けたために、やむを得ずこの地に首を埋めたのだとか。

来年の大河ドラマは、「功名が辻」。その物語にも天王山の戦いは出てきます。ドラマの中で光秀の最後は、どんな風に描かれるのでしょうね。

祠の近くでは、無念に倒れた光秀の魂を慰めるかの様に、赤い紫陽花が綺麗な花を咲かせていました。

2005年6月26日 (日)

昼顔@夏ちゃんぶろぐ

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朝顔ほど鮮やかではないし、夕顔の様な香りもありませんが、控えめで、どこか儚げな感じがするのが気に入っています。

でもこの昼顔は地下茎で増えるので、一度田畑に入り込むとなかなか駆除が出来ない、農家の大敵なのだとか。うーん、外見に依らずたくましいヤツだったんだ。見かけだけではなかなか判らないものですね。

京都 祇園白川にて

水辺にて@夏ちゃんぶろぐ

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まだ6月というのに、京都はうだるような暑さでした。こんな時は、涼しげな水鳥がうらやましくなります。裸足になって、一緒に水の中に入っていきたい...。


京都 祇園白川にて


2005年6月25日 (土)

睡蓮@夏ちゃんぶろぐ

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夏の水辺を彩る睡蓮が、盛りを迎えつつあります。池を覆い尽くす葉の間からつぼみを延ばし、泥の中から綺麗な花を咲かせます。
睡蓮とよく似ているハスとの違いは、ハスの葉が水面から飛び出しているのに対し、睡蓮の葉は水面に浮かんでいるところが異なります。また、睡蓮の葉には、スリットが入っている事でも見分けが付きます。
suiren12睡蓮の和名は、未(ひつじ)草。ひつじの刻(午後2時頃)に花が開く事から付けられたと言いますが、実際には午前中遅くに花が開き、日暮れと共に花を閉じます。睡蓮の名は、この夜になると閉じる性質から中国で付けられたものらしいですね。
離れて見ていると美しい睡蓮も、拡大して見ると泥が付き、虫が沢山たかっているなどあまり綺麗とは言えません。池の中に咲いている以上、仕方が無い事でしょうね。アラを探さずに、池の畔から静かに鑑賞しているのが良さそうです。

京都 東山 知恩院にて

ミニ胡蝶蘭

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出窓で栽培している胡蝶蘭が満開を迎えています。蘭とは言っても、手のひらサイズのミニタイプですけどね。

我が家に来てからもう7年になるのかな。毎年律儀に咲いてくれているのですが、昨年だけは花を付けませんでした。どうやらその前の冬が寒すぎた様で、根と葉を痛めてしまったようです。今年は窓際から少し離し、冷え込みそうな時は出窓から室内のテーブルの上に移してやるなど気を付けていたのですが、その甲斐あって沢山の花を咲かせてくれました。毎年三輪程度だった事を考えると、我ながら凄い進歩です。

ただとりあえず咲いたと言うだけで、ちゃんと開ききっていない花もありますし、花の向きもばらばらです。きちんと育てられた株の様に綺麗に揃えるというレベルにはほど遠いですね。どうすれば見栄えがするようになるのか、これから研究してみようと考えているところです。

2005年6月24日 (金)

続・縁日の誘惑@夏ちゃんぶろぐ

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夏と言えばお祭り。お祭りに欠かせないものと言えば屋台ですよね。屋台の無いお祭りなんて気の抜けたビールの様なもの。そんな屋台の雰囲気を味あわせてくれる食玩を見つけました。その名も「続・縁日の誘惑」。続と付く位ですから、以前にもあった様ですね。

種類は次の10種類。

人気者!おめん屋さん
とってもジューシー!焼き鳥屋さん
縁日の王様!たこ焼き屋さん
甘くておいしい!大判焼き屋さん
つめた~い ドリンク屋さん
真剣勝負!ヨーヨー釣り
おいしいフランクフルト屋さん
大人気!焼きそば屋さん
ポップコーンとべっこう飴屋さん
おっしゃれ~なクレープ屋さん

そのうちゲットしたのはクレープ屋さんでした。ひと揃いの道具と、焼きかけ及び出来上がったクレープがセットになっています。なかなか凝っていて、息子達にも好評でしたよ。

ただ、細かいパーツがばらばらにあるので、飾るにしても、保管するにしても、ちょっと困るのですよね。そのせいか、対象年齢は14歳以上になっています。この手のアイテムにしては、ずいぶんと高めの設定ではないでしょうか。全部集めたとしたら、よほどちゃんと分類しておかないと、どれがどのパーツだか訳が判らなくなること疑いなしです...。

「昭和50年代ノスタルジックシリーズ」としてメガハウスから発売されています。

水星、金星、土星揃い踏み

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以前に紹介した水星、金星、土星の最接近の日が近づいています。大阪はこのところずっと雨か曇りの日が続いていたのですが、今日になってやっと厚い雲が取れ、星が顔を覗かせました。ただ、晴れたと言っても西の空は雲が多く、肉眼で見えたのは金星だけで、写真に撮る事でかろうじて3惑星が接近している事が確認出来ています。


上の写真の右から順に、水星、金星、土星です。「星空の散歩」の情報に依ると、26日に3惑星が最も近づき、さらに27日から28日にかけては水星と金星がくっついて見えるほどに接近する様です。楽しみなんだけど、問題はどこまで晴れてくれるかですね。今日現在の大阪の天気予報では、明日25日と明後日26日は晴れマークが並んでいますが、果たしてきれいに晴れてくれるのでしょうか。

今は空が暗くなるのが遅く、肉眼で見えるのはわずかな時間しかありません。日没後暫くして、7時30分ごろから8時頃までがチャンスです。方角は太陽が沈んだあたり、位置は地平線から少し上あたりに注目していて下さい。晴れていれば一番星として金星が見えてくるはずなので、すぐに判ると思います。

2005年6月23日 (木)

義経 24の2

義経 第24回 「動乱の都」その2

摂津国一ノ谷に陣を敷いた平家一門。室山で行家を破った事で意気が上がっています。時子は福原に本拠を置いて京を窺うのが上策と言い出しますが、福原に良い印象を持っていない宗盛は気が進まない様子です。しかし、かつての栄華をしのぶ時子とそれに同調する知盛を見て、宗盛は複雑な表情を隠せません。

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常磐露草@夏ちゃんぶろぐ

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お寺の前の石垣の間で見つけた清楚な花。輝く様な白い色が、古寺の風情に良く似合っています。その名は常磐露草。うーん、名前も雅な感じで良いですねえ。

tokiwatuyukusa15その名前からしても当然日本原産の花だろうと思っていたのですが、違うのですね。南アメリカ原産で、昭和の初め頃に園芸種として入ってきたものが野生化しているのだそうです。このパターンの野草って、本当に多いなあ...。

名前に露草と付く様に、葉はツユクサに、花の形はムラサキツユクサに似てますね。この写真はほとんど白トビをしてしまっていますが、一種独特の光沢がある様な綺麗な花びらです。梅雨空よりも、青空の下が似合いそうな花ですね。


京都 東山 双林寺にて

2005年6月22日 (水)

義経 24

義経 第24回 「動乱の都」

義仲との会見を終え、帰途に付く義経。義仲の気持ちを変える事が出来なかったせいか、元気がありません。物思いに耽っていた義経ですが、ふと背後を付ける人物の気配に気付きます。その人物とは、巴御前でした。

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祇園囃子@夏ちゃんぶろぐ

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7月になると、京都の町に溢れる祇園囃子。でも大半は録音されたもので、生の演奏は宵山にならないと聴く事は難しいです。しかし、運が良ければ今でもそれを聞くことが出来る場所があります。その場所とは八坂神社の斎殿。境内の東南隅にある能舞台と繋がった建物です。

丁度今頃、この場所で祇園囃子の稽古が行われる事があり、たまたまその場に居合わせると一足先に祭りの雰囲気に浸る事が出来ます。大抵の場合夜である事が多いですけどね。

一口に祇園囃子と言っても鉾や山ごとに独自のものがあり、さらにその中で巡航の行きや帰りといったシチュエーションに応じて、何十通りもの曲があります。ですからちょっと聞いただけでは、どの鉾のどういう時のお囃子なのかは全く区別が付きません。全部把握している人って、居るのかしらん?

お囃子の編成はごく単純で、「コンコンチキチン」と最も良く聞こえてくる鉦、主旋律を奏でる笛、そしてあまり聞こえて来ないのですが、リズムを刻む太鼓の3つで成り立っています。では、この中で一番重要なパートはどこかというと、実は一番目立たない太鼓なんですね。一度お囃子が八坂神社で奉納されているところをじっくりと聴く機会があったのですが、全体をリードしているのは笛でも鉦でもなく、太鼓のリズムでした。微妙な間の取り方やテンポの変化によって、鉦や笛の調子を巧みに操っているのですね。そして場合によっては太鼓の方が、目顔で各パートの入るタイミングを指示しているのが判りました。おそらくは全体で最も技量に優れたベテランが、太鼓役を任されているのでしょうね。祇園囃子は一見単純な様に見えますが、実は結構奥深い世界の様です。

上の紫陽花は、斎殿の前で咲いていたもの。上品な紫色がいかにも京都らしい風情を感じさせてくれます。この紫陽花が終わる頃、祭りは最高潮を迎えます。


2005年6月21日 (火)

紫陽花の原

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ここはどこまでも続く紫陽花の原、無数の花が咲いています...。

なんていうのは写真のトリックで、実際には一群の紫陽花が咲いているに過ぎないのですけどね。そんなところが本当にあったら凄いだろうなあ。

木漏れ日を浴びた花は、なかなか綺麗でしたよ。

京都 東山 真葛ヶ原にて

彩時季」さんの、紫陽花TB企画にトラックバックです。

祭りを待つ町@夏ちゃんぶろぐ

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京都にとって6月は、はっきり言って最悪の季節かも知れません。ただでさえ暑くてじめじめした気候なのに、6月はそれが最高潮に達します。日本中がそうなのだけど、京都は特に顕著になります。

そんな中で、町の期待は早くも7月の祇園祭に向かっています。定点観測をしているここ新京極でも、祇園祭の飾り付けが登場しました。祇園囃子はまだ流れていませんが、この提灯を見ると一気に夏が来たという気分になります。

祇園祭の開幕は7月1日から。そして、17日の鉾の巡航をクライマックスに31日まで続きます。うーん、待ち遠しい!

Musical Baton

最近あちこちのブログで見かけるMusical Batonが、ここねごづらどきにも回ってきました。「・・ひとりごと・・」のそらさんから受けたバトンです。

まずは、質問事項の回答から始めましょう。


●コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量:250MB
意外に少ないのは、昨年秋にハードディスクがクラッシュしたためです。それまではこの何倍かの容量があったはずなのですが、すべてが消えた後は再構築する意欲も消えてしまいました...。

●今聞いている曲:稲葉浩志「AKATUKI」
特に理由はなく、音楽ファイルを探しいていて、たまたまクリックしたのがこの曲だったという事です。でも、決してあきらめる事はしないぞという曲に込められたメッセージが良いですね。

●最後に買ったCD:「かたちあるもの」 柴咲コウ
最近はCDを買わなくなりましたね。ダウンロードサイトも充実してきたし、これからはオンラインでの購入が主になって来そうです。

●よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
「なごり雪」 イルカ
「白い冬」 ふきのとう
このあたりは随分昔の、私の若い頃に流行った曲ですが、今でもやっぱり聞き入ってしまいますね。うーん、懐かしい。NSPの「夕暮れ時はさみしそう」も息子達と一緒に聞いています。
「スカボロー・フェア」 サイモンとガーファンクル
これも古い曲ですが、先日「パセリ・セージ・ローズマリー&タイム」をアップして以来、思い出してまた聞いています。叙情的なハーモニーは、いつまで経っても古びる事がないですね。
「やさしいキスをして」 DREAMS COME TRUE
去年のドラマ「砂の器」で聞いてから、ずっと嵌っています。この曲を聞いていると、ドラマの劇的な場面がよみがえって来るようです。ドリカムは他に「LOVE LOVE LOVE」も良いですね。
「BANZAI」 B’z
これは私と言うより、息子達が気に入っています。それにつられて私も聞いているのですが、何がなんでも元気にならずにいられないという感じが良いですね。B’zは一家上げてのファンです。


さて、次のバトンを誰に渡そうかと考えたのですが、ざっと見渡すと既に受け取っている方が多いのですよね。そこで、TOKIKOさんの真似をして、受け取っても良いよという方を募ります。手を上げる方はここにコメントを残して下さい。そして、誰も居なければ私に伸びた枝はここでお終いという事にします。ここまで繋いできた方々には、ちょっと申し訳ないという気もしますけどね。

ブログ界も広い様で狭い気がする...。

2005年6月20日 (月)

紫陽花2色@京都 東山 長楽寺

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紫陽花の色はとても不思議です。土がアルカリ性だと赤色に、酸性だと青色になるのだとか。丁度、リトマス試験紙と反対ですね。

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ところが、そうとも割り切れない事があるから困ります。同じ場所で両方が混在しているところはどうなるのでしょう?土が酸性かアルカリ性かという以外に、アルミニウムや鉄分が影響しているのではないかとも言いますが、同所的に混在している事に対しては説明にならないですよね?

ここ、京都の東山にある長楽寺の参道でも、目の覚めるような青の花と、うっとりするようなピンクの花が咲き乱れていました。理由はともかく、両方楽しめるのはやっぱり嬉しいですね。

2005 F1 アメリカGP 決勝結果

F1アメリカGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

アメリカGP決勝は、ミシュランユーザーの7チームが揃ってレースをボイコットするという異常事態の中で行われ、フェラーリのシューマッハが今季初優勝を飾り、同チームのバリチェロが2位に入って1・2を達成しています。また3位にはジョーダンのモンテイロが入り、初めての表彰台に登りました。また、決勝に参加したのはわずか6台であった事から、完走を果たしたジョーダンの残り1台とミナルディの2台も入賞となり、今季初ポイントを獲得しています。

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2005年6月19日 (日)

飛翔@京都 東山 祇園閣

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銅閣を目指した大倉喜八郎の夢は潰えましたが、頂に留まった鶴にその名残が伝わります。

遙かな高みを目指して、いざ羽ばたかん...。

門前にて@紫陽花.BLOG

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京都には紫陽花の名所とされる社寺はいくつかありますが、その外にも探せば意外なほどこの花を見つける事が出来ます。

また、この色は古いお寺に良く似合うのですよね。愛されている理由が判るような気がします。


京都 東山 大谷祖廟門前にて

2005 F1 アメリカGP 2日目結果

F1アメリカGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

アメリカGPの予選は18日に行われ、トヨタのトゥルーリがポールポジションを獲得しました。2位はマクラーレンのライコネン、3位にはB.A.Rのバトンが入っています。また、佐藤琢磨は8番手からのスタートとなりました。

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2005年6月18日 (土)

舞妓さんと@京都 高台寺

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東山散策に疲れて高台寺公園で一休みしていると、なにやら嬌声が聞こえてきます。何があったのかなと行ってみると、修学旅行生が舞妓さんに挟まれての記念撮影をしていたのでした。あんまり楽しそうなので、背後からパチリと撮らせてもらったのがこの一枚。

この舞妓さんは、無論本物ではなく舞妓変身プランで着飾った方達です。でも華やかさは本物と同じですから、雰囲気を盛り上げるには持ってこいですね。この記念撮影の子達も、いつか変身プランを纏う日が来るのかな。それとも、本物を目指して修行に来たりして。

京都の町には、やはり着物姿の女性が良く似合いますね。

2005 F1 アメリカGP 1日目結果

F1 アメリカGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

F1アメリカGP初日のトップには、マクラーレンのモントーヤが立ちました。2位には僚友のライコネンが入り、マクラーレンが1・2を達成しています。これに続いたのがフェラーリの2台で、前戦に引き続き好調さを維持している様子です。 

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2005年6月17日 (金)

壬生の郷@京都鶴屋「鶴寿庵」

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新選組の屯所として屋敷を提供していた八木家が、現在は和菓子の店「京都鶴屋」を経営している事をご存じの方も多いと思います。その店舗と坊城通りを隔てたところにある建物が、もう一つの屯所跡である前川邸。その前川邸の大屋根の下に、山南敬助が切腹した部屋があります。かつてはこの板塀の所に出窓があり、知らせを聞いて駆けつけた明里が、そこで山南との別れを惜しんだと伝えられています。「新選組!」では、必死になって菜の花を探してきた明里が、無邪気を装って山南に窓から花を差し出す場面が印象的でした。
mibunosato12そのドラマの場面を思わす和菓子が、ここ鶴屋にありました。それがこの「壬生の郷」。大納言小豆の粒の残る餡の中に、黄色く見えているのは鶏卵素麺。鶏卵素麺というのは、沸騰した糖蜜の中に卵黄を糸のように細く流し込んで作るお菓子で、素麺の様に細い棒状に固まった卵黄が何本も集まって出来ています。そして、この菓子では、これを菜の花に見立てているのですね。
かつては春になると、壬生のあたり一面に菜の花が咲いていたのだそうです。その当時をしのびつつ作られた和菓子だそうですが、壬生と菜の花と聞くと、どうしても私には、山南に騙されたふりをしながら笑顔を浮かべていた明里の姿が浮かんで来るのですよね。
この「壬生の郷」は、程よい甘さで小豆の風味も良く、とても美味しい和菓子です。それに、予備知識なしで食べると、細かく別れた卵黄素麺の形や食感が不思議な感じがして、なかなか楽しめますよ。

2005年6月16日 (木)

義経 23の3

義経 第23回 「九郎と義仲」その3

法住寺殿御所。安徳帝の廃位を決めた後白河法皇。

義仲の宿所。新帝には、北陸宮を推すと意気込む義仲。

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2005年6月15日 (水)

義経 23の2

義経 第23回 「九郎と義仲」その2

1183年(壽永2年)7月28日、叡山より京に入った義仲とその軍勢。頼朝に先んじたと得意の絶頂にある義仲と巴御前。

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2005年6月14日 (火)

義経 23

義経 第23回 「九郎と義仲」

近江に陣を張る義経。義仲がどう出るかと軍議を開いているところに、くせ者を捕まえたと注進が入ります。その声に応じて義経達が陣幕の外に出てみると、くせ者とはうつぼの事でした。朱雀の翁の手下から義経が近江に来ていると聞き、わざわざ訪ねて来たのです。久しぶりの再会に、口々に歓迎する義経とその郎党達。

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2005年6月13日 (月)

オレンジ色@Sunset Peaple

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梅雨入りしたというのに、いきなりの中休みですね。

今日の夕陽は、西空を見事なオレンジ色に染めて沈んで行きました。
明日もまた晴れるのかな。


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2005 F1 カナダGP 決勝結果

F1カナダGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1カナダGPの決勝は6月12日に行われ、マクラーレンのライコネンが優勝しました。2位にはフェラーリのシューマッハ、3位には同じくパリチェロが入っています。ポールポジションを取って期待されたB.A.R勢でしたが、バトンと佐藤は共にリタイアに終わっています。

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2005年6月12日 (日)

2005 壬生詣

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一年ぶりに訪れた壬生界隈は、昨年の熱狂ぶりと比べると、とても静かになっていました。一時は時間待ちが常識だった八木邸も、この日(6月11日)は閑散とした様子。受付の人が手持ちぶさたに座っていました。雨のせいでもあったでしょうけどね。

後ろ向きにポーズを決めているのは、壬生寺に再来した新選組隊士、ではなくて、隊士の服装をしたパフォーマーです。どういう方なのか聞きそびれましたが、ずっと壬生界隈を練り歩いておられましたから、地元の振興策の一つなのでしょうか。

なんでわざわざ後ろ向きなのかというと、私の隣に居た中学生達が、後ろ姿の方が哀愁があって良いと注文を付けたから。その声に応じて、後ろ向きにポーズを決めたところがこの写真です。なかなかサービス精神旺盛なパフォーマーですね。

ブームは去りましたが、壬生界隈の雰囲気は変わりません。ずっと以前に比べれば、土産物店や看板が氾濫して、風情が壊れたと言う人も居るでしょうけど、私としては今ぐらいの感じが丁度良いと思ってます。昔は、カメラを持ってうろうろしていると、何をしているのかと言わんばかりに不審そうな目で見られたもんね。

新選組が本当に好きな人は、壬生を訪れるなら今ですよ。観光客は少なくなったけど、案内も整備されているし、土産物も揃ってます。心ゆくまで幕末に思いを馳せる事が出来ますよ。

2005 F1 カナダGP 2日目結果

F1カナダGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果

カナダGPの予選は6月11日に行われ、B.A.Rのバトンがポールポジションを獲得しました。僚友の佐藤は6位に付けています。また、2位には、今シーズン不調が続いていたフェラーリのシューマッハが入り、ポイントリーダーであるルノーのアロンソがこれに続いています。

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2005年6月11日 (土)

入梅

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6月11日は暦の上での入梅。丁度その日に合わせた様に、関西地方も梅雨入りしました。なんて律儀な梅雨前線なんだ。

ここ京都壬生寺では、花菖蒲が雨に濡れていました。しっとりとした風情が美しく、梅雨どきにとても良く似合あう花ですね。

京都 壬生 光縁寺@紫陽花.BLG

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紫陽花には雨がよく似合います。
雨に煙る光縁寺でも、ガクアジサイが綺麗に咲いていました。
花を濡らしているのは、無念に散っていった新選組隊士達の涙雨?


京都壬生、光縁寺にて。

2005 F1 カナダGP 1日目結果

F1 カナダGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

初日のトップにはマクラーレンのデ・ラ・ロサが立ちました。2位にはトヨタのゾンタ、3位にはルノーのアロンソが付けています。注目のB.A.Rの佐藤は8位です。

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2005年6月10日 (金)

ラベンダー2種

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我が家のベランダに咲くラベンダー2種。
こちらはイングリッシュラベンダー。ラベンダーと一口に言っても、何種類もあるのですね。主として地中海沿岸が原産地の様ですが、その中でイギリスに渡って改良されたものをイングリッシュラベンダーと呼ぶのだそうです。別名コモンラベンダー。
もっとも、その中でもさらに沢山の品種があるのですね。あまりに多すぎて、私にはこれがどの品種にあたるのかは判りません...。
イングリッシュラベンダーは暑さに弱く、梅雨どきから夏にかけては下葉が枯れて、弱ったようになってしまいます。それでも枯れないで済んでいるのは、日本向けに改良されているからなのかな。今年も梅雨のじめじめを、無事にしのいでくれるでしょうか。

lavender12こちらは、フレンチラベンダー。うさぎの耳のような苞が特徴的です。イタリアンラベンダー、スパニッシュラベンダーという別名もあるとか。いったいどこの国の花やねんと言いたくなりますが、それだけ分布範囲が広いという事なのでしょうね。

印象的なのが、小さな花の真ん中にある金色の粒。これ何なのでしょうね。雄しべ、それともめしべ?本物はこの写真よりもずっと綺麗な金色をしています。花の中にこんな色があるなんて、ちょっと不思議な気がします。

フレンチラベンダーは、比較的暑さ、寒さに強く、イングリッシュラベンダーに比べると栽培が容易です。それでもこれから始まる梅雨時がやっぱり鬼門でしょうね。

どちらの株も3年目。我が家に来たラベンダーとしては異例に長持ちしています。このままずっと、ベランダで咲き続けて欲しい花です。

2005年6月 9日 (木)

2005 クチナシの花

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今年も咲いたクチナシの花。ベランダに出るとぷうんと良い香りが漂ってきます。

クチナシの花は純白で綺麗なのだけど、すぐに茶色に変色してしまうのがちょっと悲しい。それに芳香に誘われるのか、咲くと同時に小さな虫がたかってきます。
ですから、綺麗に撮るのはなかなか難しい...。

このクチナシは小振りで八重咲き。「ヤエコクチナシ」とでも言うのかしらん。それともヒメクチナシ?調べたけれどサイトや図鑑によってまちまちで、クチナシの品種は良く判りません。
どなたかご存じないですか?

2005年6月 8日 (水)

日本、ドイツW杯出場決定!

日本チームやりましたね!
アジア最終予選を突破し、ドイツW杯出場を決めました。

ジーコジャパン、おめでとう!
来年の本戦が楽しみです。


にわかサッカーファン


参考 ドイツ観光局のサイト

アメリカフウロ

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哲学の道で蛍を待っている間に見つけた野草。面白い形の種だなと思って撮っておいたのですが、調べてみるとどうやらアメリカフウロの様ですね。

アメリカと付く様にアメリカ原産の帰化植物です。最初に見つかったのが昭和の初め頃の事で、場所は京都の深草だったそうですね。うーん、帰化植物とはいえ、京都ゆかりと聞くと親しみを感じてしまうなあ。

日本産の仲間としては民間薬として知られるゲンノショウコがありますが、このアメリカフウロもまた同じ薬効があるそうです。あちこちではびこってやっかいもの扱いされているようですが、使い様によっては役に立つ植物のようですね。

ところでこの種ですが、ずいぶんと大ぶりで、このまま地上に転がるともの思っていたのですが、ここから先に仕掛けが隠されていました。写真の状態はまだ種を撒く為の準備が終わった段階だったのですね。ここから真ん中の柱を支点にして四方八方にクルンと巻き上る様に跳ね上がって、傘が開いた様な状態になるのだそうです。そして、黒い部分の中にある小さな本当の種が周囲にまき散らされるのですね。

そんなふうに種が飛び散る瞬間を見る事が出来たら、きっと面白い事でしょうね。うちの近所にも生えてないかと、今探しているところです。


2005年6月 7日 (火)

義経 22の2

義経 第22回 「宿命の上洛」その2

延暦寺を味方に付ける事に成功し、いよいよ都を目指し軍を動かす義仲。

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2005年6月 6日 (月)

義経 22

義経 第22回 「宿命の上洛」

1183年(寿永2年)夏、京に向かう義経の500騎の軍勢。途中、平家が北陸路で敗走を重ねているという知らせが入ります。喜び勇み、自分達も京へと逸る郎党達ですが、義経は頼朝の下知が無い限り戦は出来ないと彼らを押さえます。そして、都近くの様子を探るために、三郎を物見に派遣します。

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2005年6月 5日 (日)

さくらんぼの味@ソメイヨシノ

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たわわに実ったさくらんぼ。でもこれはソメイヨシノですから、美味しくはないはず。
それは知っていても、つやつやしていて、とても綺麗な姿をしています。
つい、その見かけの誘惑に負けて一口ぱくりとしてみました。
その結果は...。

うーん、ちっとも味がしないよ...。

やっぱりソメイヨシノの実は、食べられたものではありませんでした。

でも、ちゃんとさくらんぼの香りはしたよ。きっと鳥には丁度良い餌なのでしょうね。


京都 哲学の道にて

2005年6月 4日 (土)

夕暮れ時は...

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「夕暮れ時は、寂しそう♪」と歌ったのは、N.S.Pでしたね。と言っても、覚えている人は少ないかな。
秋や冬と違って、今の季節はどちらかというとほっとする時間帯なのですが、
それでも一人で居ると寂しくなって来るものなのかも知れないですね。
ここ哲学の道でも、階段に座ったカップルが、夕焼け空を見つめながら静かに寄り添っていました。

私と言えば、賑やかにはしゃぐ息子達がひんしゅくを買いはしないかと、
はらはらしながら見ていました...。
でも、いつまで親と一緒に来てくれるのかな。

お詫びと訂正 「ヒメレンゲ」改め「メキシコマンネングサ」

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5月19日に「ヒメレンゲ」としてアップしたこの黄色の花、どうやら同じベンケイソウの仲間の「メキシコマンネングサ」だったようです。見た目はそっくりでほとんど区別が付きませんが、「ヒメレンゲ」は主に渓流で繁殖しており、町中で繁殖しているのは「メキシコマンネングサ」の様ですね。それに「ヒメレンゲ」の名前の元になっているのは基部の蓮の花型の葉なのですが、この花にはその形の葉が見あたりません。当初は写真に写っていないだけと思っていたのですが、手元に持ってきた株を見ると下の葉まで同じ形をしています。
himerenge11それにしても花も上部の葉の形もそっくりで、私の手持ちの図鑑では区別が付きません。たまたまネットで他の花を探している時に気がついたのですが、私と同じように間違えている方も多い様ですね。何にしても私の勉強不足でした。お詫びして訂正させて頂きます。

「メキシコマンネングサ」は、元は観賞用として輸入されたものが野草化するという、良くあるパターンで広まっている植物なのだそうです。メキシコとは言っても原産地ではなくそこで栽培されていた事から付いた名前で、元はどこから来たのかは不明な様ですね。よく似た仲間に、ツルマンネングサ、コモチマンネングサ、メノマンネングサなどがあって、どれも区別が難しいです。

さて、5月19日の記事をどうしようかと思ったのですが、今Gooleで「ヒメレンゲ」を検索すると2位に来ているのですよね。このままでは世間に実害を与えてしまいそうなので、「青春ぶろぐ」の記事と一緒に削除してしまう事にします。コメントを頂いたnokoさんには別途お詫びして来ます。

それにしても、植物の同定は難しい...。

小径にて@紫陽花.BLOG

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日が暮れて蛍を待つ間に見た花は、どこか憂いを含んでいるかのようでした。
紫陽花が綺麗に見えるのは、晴天よりも曇天、日中よりも黄昏時というのは、私の勝手な思いこみかな。


京都 哲学の道にて


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2005年6月 3日 (金)

蛍舞う@京都 洛東 哲学の道

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暗闇の中に尾を引く光跡は、蛍の光。
京都の哲学の道では、今年も蛍が舞い始めています。

哲学の道で蛍が発生するのは、毎年6月の初め頃。ただしその年によって前後するので、確実とは言えません。何年か前は、5月20日過ぎ頃に飛び始めていた事もあります。今年は気温の変化がおだやかだったせいか、平年並みの発生となった様ですね。特に昨日雨が降った事から条件が良かったのでしょう、かなりの数が飛んでいました。

例年と比べて変化が見られたのは、蛍の舞う位置が北にずれていた事です。いつもなら法然院橋の南側が一番多いのですが、今年はそこに出来た店の灯りのせいか数が少なく、橋の北側のあたりで多く見る事が出来ました。

それにしても、蛍の光というのは良いものですね。儚げな光が明滅しながら川面を照らして飛んでいく様は、なんとも言えない風情があります。哲学の道というしっとりした環境で見ると、なおさらですね。ただし、蛍が飛び始めると共に大勢の人がやって来るので、心静かに楽しむという訳には行かないのですけどね。その中で一番騒がしかったのは、我が家の息子達だったかも知れないですけど...。

蛍の寿命は1週間程。哲学の道を訪れるなら、この週末がベストかも知れません。

(その後の情報:6月14日現在で、まだ蛍は飛んでいる様です。今年はかなりゆっくりめの発生だったようですね。)

2005年6月 2日 (木)

義経 21の3

義経 第21回 「いざ出陣」その3

越前の国府にまで陣を進めた義仲ですが、あまりに上手く行きすぎた事にかえって不安を感じています。その義仲に、行家は都で孤立しない為にと叡山と結ぶ事を薦めます。

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2005年6月 1日 (水)

義経 21の2

義経 第21回 「いざ出陣」その2

1183年(寿永2年)4月、信濃依田城。信濃、越中、越後を制した義仲は、いよいよ京を目指して進軍を開始します。義仲が採った道は、越後から北陸道を通るルートでした。

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ねこづらどき

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