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2005年5月

2005年5月31日 (火)

義経 21

義経 第21回 「いざ出陣」

大倉御所を訪れている義経以下、弁慶、次郎、三郎の3人。彼らは政子のお召しにより参上したのでした。政子の用とは、大姫がどうしても弁慶達に会いたいと願っているというものでした。

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祇園・辰己大明神界隈@桜花ぶろぐ

gion111

縮小を掛けると訳がわからなくなるので採用してなかったのですが、京都・祇園の春らしい1枚ではあります。

桜花ぶろぐ・青春ぶろぐも今日でお仕舞い。いきなり初夏から始まるような沖縄から、5月も末になってやっと桜前線が到達した北海道まで、日本全国いろんな春がありましたね。沢山頂いたコメントやトラックバックも含めて、本当に楽しかったです。

そして、運営にあたられたスタッフの方々、お疲れ様でした。こういう機会を設けて頂いたおかげで、とても充実した一時を過ごす事ができました。改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

2005年5月30日 (月)

新選組続編決定、嬉しいな~京都 洛東 金戒光明寺~

koumyouji20

京都洛東の地に佇む金戒光明寺。その正式名よりも、通称の「黒谷」と言ったほうが通りの良い寺です。

koumyouji12黒谷は、知恩院、清浄華院、百万遍知恩寺と共に浄土宗四ケ本山の1つ。比叡山を降りた法然が、1175年(承安5年)に師の叡空からこの地にあった比叡山の白河禅房を譲られ、念仏道場を構えた事がその始まりとされます。山頂の石の上でお念仏をされた時、紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから 、山号を紫雲山、寺名を光明寺とされました。そして法然の没後、後光厳天皇在位中に(1352年~70年)金戒の文字を賜り、金戒光明寺と号するようになっています。
koumyouji25そして、大河ドラマ「新選組」のファンなら、この門を見ると「ラ、ラ、ラ、ラ、ラララ~。」と歌が聞こえて来るのではないでしょうか。1862年(文久2年)12月24日、会津藩主松平容保が京都守護職として上洛し、本陣を構えたのがここ金戒光明寺でした。元々徳川幕府は京都で有事が発生した場合に備えて、知恩院とこの金戒光明寺を城郭造りに仕立ててあったと伝えられます。まさにその備えが物を言う時が来た訳で、会津候の指揮の下、会津藩兵1千名がこの地に駐屯する事となりました。そして、1863年(文久3年)3月16日に壬生浪士組の芹沢鴨と近藤勇が会津候に拝謁し、後の新選組へと繋がる足掛かりとなっていきます。この門は1860年に再建されたもので、芹沢と近藤が潜った時は、まだ真新しい門だった事でしょうね。
aizubochi11その会津藩士の多くが京洛の治安を守る為に命を落とし、鳥羽伏見の戦いで散って行った事は周知のとおりです。その会津藩士達352名の魂が眠っているのがこの会津墓地。北隣の真如堂へ通じる道沿いに位置し、浄土宗の寺ではありますが、神道を奉じる松平家の家臣であった事から、その7割は神霊として祀られているとの事です。

koumyoujitou11その会津藩と金戒光明寺の因縁を感じずにいられないのは、この三重の塔です。この塔は、二代将軍秀忠を供養する為に建立されたのですが、会津松平氏はその秀忠を家祖とする家系です。恐妻家で知られた秀忠が、生涯で唯一妻以外の女性に産ませた子が会津藩初代藩主となった保科正之でした。妻の目を恐れて密かに保科家へ養子へ出された正之でしたが、家光の代に実弟として認められ、以後徳川宗家の為に尽くす事を家訓として代々続く事になります。そして幕末に至り、その家訓ゆえに、破滅を承知の上で京都守護職を引き受けるに至ったのです。容保は朝な夕なにこの塔を見上げて、何を思い祈った事でしょうね。


金戒光明寺ホームページ

2005 F1 ヨーロッパGP 決勝結果

F1 ヨーロッパGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

F1ヨーロッパGPの決勝は5月29日に行われ、ルノーのアロンソ選手が優勝しました。アロンソは、これで今季4度目の勝利となります。2位はウイリアムズのハイドフェルト、3位にはフェラーリのバリチェロが入っています。

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2005年5月28日 (土)

2005 F1 ヨーロッパGP 2日目結果

F1 ヨーロッパGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選結果


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パセリ、セージ、ローズマリー&タイム♪

paseri11春はハープも新芽の季節。そして、ハーブと言えば「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム♪」。サイモンとガーファンクルが歌う「スカボロー・フェア」に出てくる一節です。抒情的なメロディーに乗って流れるこの歌詞に合わせて、4つのハーブを集めてみました。ハーブを始めた人は一度は嵌るという、お決まりのパターンですけどね。
paseri12最初はパセリ。パセリと言ってもいくつか種類がありますが、これは葉が平べったいイタリアンパセリです。よくあるカールしたタイプは、モスカールドパセリと言うのだそうですね。この二つのパセリは味はほとんど一緒で、違いは葉の形による食感だけです。使い道は様々で、サラダの彩りからパスタやスープに添えたりと結構重宝します。
とにかく丈夫で手間いらず。暑さにも寒さにも強くて、一度植えたら勝手に花が咲いて種が出来、そのまま繁殖していくという雑草並の逞しさを持っています。
上の写真はパセリの花。地味な花ですが、ちゃんと花びらがあって、真ん中には蜜が出ています。この花にも蝶や蜂が飛んで来るので、虫にはよく判かるサインになっているのでしょうね。試しに真ん中のあたりを指で触って嘗めてみたのですが、やっぱり甘かったです。ほんの小さな花ですので、かすかに判る程度ですけどね。
sage12二つ目は、セージの花。サルビアの仲間だけあって、形は良く似ています。さすがに園芸品種とは違って、それほど綺麗という訳ではないですけど、この透明感のある色は良いですね。
この花が咲くと葉が固くなるので、それまでに葉を摘んで使えと言うのですが、我が家の場合は新芽が出るとすぐに咲き始めてしまいます。それからするとほとんど使う時が無いのですが、ちょっと暖かすぎるとか問題があるのかな。
これはコモン・セージですが、セージの仲間には沢山あって、我が家でもチェリー・セージ、トリカラーセージ、ゴールデンセージなど何種類も育ててみました。しかし、どうやらベランダの環境はセージには暑すぎたらしく、このコモン・セージ以外はことごとく枯らせてしまっています。
sage11そんな中でこの株は8年目に入るという強者で、今年も元気に花を咲かせてくれました。ただ、ハダニが付きやすいのが難点なのですよね。葉を食べるハーブですから薬は使いたく無いのですが枯らす訳にもいかず、毎年殺虫剤を散布しています。そんな事もあって、ほとんど使っていないハーブでもあるのです...。
rosemary113つめはローズマリー。この株も8年目に入るのかな。最初は割り箸のように細い挿し木株だったのですが、今ではベランダで1・2を争う様な大株に育っています。使い道は、肉料理のにおい消し、風呂に入れるバスハーブと様々です。ただ、どういう訳か、一度も花を咲かせた事が無いのですよね。なぜなんだろう?
ローズマリーで困るのは、植え替えです。普通は根を切るのは御法度で、必ず根鉢を崩さずに一回り大きな鉢に植えなければいけないと本には書かれています。けれども、それを律儀に守っていると、いつかはベランダに置けなくなってしまいます。そこで、ニフティの会議室で質問したところ、根を切ると同時に葉も落としてやれば上手く行く事もあるよと教えて頂きました。そこで試しにやってみたのですが、見事に成功して活着させる事が出来ています。ただし、万が一失敗した時のために、挿し木でパックアップを取っておいた事は言うまでもありません。ベランダの主の様な存在で、これからもずっと元気で居て欲しいですね。
time1114つ目はタイム。4つのハーブの中で、我が家と一番相性が悪かったのがこのタイムでした。何度試しても夏越しが出来ず、ようやくこの株で成功して今年で3年目に入ります。基本的に高温多湿を嫌うので、なるべく風通しの良い場所に置き、また梅雨に入る前に思いつきりばっさりと切ったのが功を奏したようです。
これはシルバータイムのはずなのですが、葉に斑が入って無いですね。それに、このタイムも一度も花を咲かせた事がありません。ローズマリーと共に謎の一つです。肉、魚料理、ハーブティーとこれも用途の広いハーブですね。

2005年5月27日 (金)

2005 F1 ヨーロッパGP 1日目結果

F1 ヨーロッパGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

ヨーロッパGP初日のトップには、マクラーレンのブルツが立ちました。2位にはトヨタのゾンタ、3位にはウイリアムズのハイドフェルトが入っています。

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くれない

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このところ夕日が綺麗です。
今日は雲を紅に染めながら沈んで行きました。

静かに終わる一日って、良いですねえ。


ユキノシタ~御所車~@青春ぶろぐ

yukinosita12

ベランダのユキノシタが満開になってきました。あまり目立たない地味な花ですが、その清楚さが結構気に入っています。

yukinosita20 個々の花をアップにしてみると、繊細な構造をしている事が判ります。 同じ仲間のダイモンジソウに比べれると派手さは無いですが、上の3枚についた濃紅色の模様はなかなか綺麗ですよね。この模様と中央の黄色が蜜標で、濡れているように見える黄色いところに蜜があります。実際に指に付けて嘗めてみたのですが、ほんのりと甘かったですよ。花が小さいので、大量に出ている訳では無いですけどね。

yukinosita21 ユキノシタは、山野に自生する野草ですが、庭草としても植えられます。実際に植えると繁殖力が強く、ほとんど雑草化してしまうほどです。

その中で、このユキノシタは御所車という園芸種で、普通に見られるユキノシタとは葉の形や模様が異なります。本来はもっと小さな葉で、赤い覆輪が出るはずなのですが、なぜか我が家のは大型化して模様も出ません。初めはの頃はもっと赤くて可愛かったのだけどなあ...。まあ、丈夫だから良いけどね。

2005年5月26日 (木)

京都 洛東 青蓮院界隈

syourenin20

5月の一日、京都東山にある青蓮院の界隈を散歩して来ました。

sonsyouji11最初に訪れたのは、青蓮院の北隣にある尊勝院。以前「京都の散歩道 おみくじの開祖」で取り上げたところです。
この日は快晴に恵まれたのですが、5月も半ばを過ぎると日差しがきついですね。尊勝院に通じる階段を上っていくと、少し汗ばむくらいで、もみじの木陰が心地よかったです。それにしても、いつの間にか子供達の足の方がずっと速くなっていたのですねえ。さっさと先に駆け上がって、後から登ってくる私たちを石段に座って待っていてくれました。
sonsyouji12その尊勝院の本堂の前に貼ってあったチラシ。どこかの雑誌にでも掲載されたのかなと思って覗いてみると、なんだか見た様な写真と記事です。さらによく読んでみると、なんと当「ねこづらどき」の本家「nature」の「京都の散歩道」で、尊勝院を紹介したページではないですか。おお、ちゃんと見ていて下さったのですね。そしてそれをわざわざ貼りだして下さるとはなんとも光栄です。特にこの写真を撮った長男は、とても感激していました。

この日も訪れる人は我が家の他になく、静かな落ち着いた境内でした。ご本尊は、霊験あらたかな元三大師。神宮道から少し足を曲げて、参拝するには良いところですよ。

syourenin11青蓮院は、天台宗に属する門跡寺院。明治までは皇族か五摂家の子弟が代々の門主を勤めてきました。その中で最も著名な人物が、第3世門主慈圓。天台座主を4度勤めたほか、平安末期から鎌倉初期にかけての歴史書である「愚管抄」を著した事で知られています。また、浄土宗を開いた法然、浄土真宗を開いた親鸞を庇護した人でもありました。特に親鸞を得度させたのが慈圓で、この縁から本願寺の門主は青蓮院で得度するのが明治期までの習わしになっており、脇門跡として門跡を号する事が許されています。現在青蓮院の境内には、親鸞が得度したさいの髪を親鸞童形の像に植えたものを祀った植髪堂があります。

syourenin22青蓮院の見所は、なんと言ってもその庭園。背後の粟田山をそのまま利用した景観は、とても落ち着く素敵な空間です。なんだか和みすぎて、ゴロンと横になっている人も居ましたね。
しかしその一方で、いざ写真に撮ろうとするとなかなか難しい庭でもあります。自然に溶け込みすぎて、中心を見つけにくいのですよね。そんな中で、一番上の写真のように跨龍橋から龍心池を望むのが一つのポイントかな。そしてなにより、部屋の中から見るのが一番絵になるようですね。薄暗い部屋から眺める庭は、溢れる緑で輝いている様でした。


syourenin21青蓮院で最も目を惹くものは、5本の大楠。親鸞お手植えとも伝えられますが、実際にはもう少し後のものらしいですね。それでも樹齢数百年を経ており、その雄大な姿には風格さえ漂っています。神宮道にそって3本、門前に1本、そして宸殿前の庭に1本があり、この写真はその庭のもの。この迫力には、圧倒される思いがします。
この大きな姿に似合わず、その花はごく小さな控えめなものです。でもそれが無数に咲いており、風が吹くと雨の様に落ちてきて、体に当たるとちっょと痛い位でした。京都市指定の天然記念物になっており、いつまでもその姿を見せていて欲しい名樹です。

ここに居ると時間が経つのを忘れてしまいます。気が付くと、2時間以上の時が過ぎていました。京都に数ある寺院の中でも、最も落ち着いた時間が過ごせる場所の一つです。

2005年5月25日 (水)

たそがれどき

kinsei111

今日は良く晴れた穏やかな一日でした。
ちょっと汗ばんだけどね。
こんな日の夕暮れ時は、なんだか落ち着いた気分になります。

夕闇迫る空に輝いているのは金星。
黄昏時にとても似合う星ですね。

義経 20の3

義経 第20回 「鎌倉の人質」その3

京、平宗盛邸。宗盛の長男清宗と頼盛の娘との婚姻披露の宴が行われています。東国の憂いを忘れて和やかに談笑する平家一門の人々でしたが、その中から宗盛が荒々しく飛び出して来ました。その宗盛を懸命になだめる頼盛ですが、宗盛はその手を振りほどいて時子の下へと急ぎます。

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2005年5月24日 (火)

2005 イチゴ収穫@青春ぶろぐ

belandaichigo11


今年も赤く実ったベランダ栽培のイチゴ。プランターに植え付けて、今年で6年目になります。三つのプランターの間をランナーで行き来きして、ほとんど野草化したような状態ながら、毎年ちゃんと実を付けてくれます

ところが、今年はちょっとした異変がありました。多くの実が囓られたようになっているのですよね。もしかしたら鳥に食べられたのかもと思っていたのですが、犯人はなんとカタツムリでした。産まれて間もないような小さなカタツムリが沢山居て、実を囓っていたのです。うーん、カタツムリってば、食害をなす奴だったのか...。

おかげで、収穫出来そうな実は数個程度。40個近く穫れた昨年に比べると大幅な減収です。なんてこった。

それでもイチゴはイチゴ。貴重な実を家族で分けあって、美味しく頂戴しました。

義経 20の2

義経 第20回 「鎌倉の人質」その2

信州で頼朝と対陣した義仲。頼朝軍が10万の大軍であると聞き、さすがに顔色を無くします。和議に反対する行家を押し切って、義仲は頼朝と和議を結ぶ事を決めます。

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2005年5月23日 (月)

義経 20

義経 第20回 「鎌倉の人質」

1183年(寿永2年)2月、都を出発する平家の大軍。これを迎え討つ和田義盛を総大将とする3万の軍勢。しかし、頼朝自身は、信州の義仲と常陸の志田義広に牽制されて、鎌倉を動く事が出来ません。

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2005 F1 モナコGP 決勝結果

F1 モナコGPの決勝結果は、次のところにあります。

公式予選2回目結果

決勝結果

F1モナコGPの決勝は5月22日に行われ、マクラーレンのライコネンが前戦に続いてポール・ツー・ウインを飾りました。

2位はウイリアムズのハイドフェルト、3位には同じくウェバーが入っています。

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2005年5月22日 (日)

冬珊瑚@青春ぶろぐ

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京都、円山公園の池の畔で咲く白い花。夏になると沢山の赤い実をつけます。背の低い木で、正体がずっと気になっいたのですが、やっと判りました。

その名は、冬珊瑚。

fuyusango12それにしても、初夏に花が咲き夏に実ると言うのに、なぜ「冬」と付くのか不思議ですよね。その理由は、この木の実は、冬になって葉が落ちた後も、ずっと萎れることがなくツヤツヤとしたままで残っており、その様子を珊瑚に見立てて付けられたのだそうです。

ブラジル原産の帰化植物で、明治期に渡来したのだとか。ナス科の植物で、なるほど色以外は茄子の花とそっくりですね。実の形は、茄子というよりトマトに近いかな。でも有毒で食べる事は出来ません。美味しそうには見えるのですけどね。

鴨の隠れ家

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花菖蒲の写真を撮っていると、なにやらがさがさと音がします。
何だろうと茂みの中を見ると、真鴨とアヒルが仲良く隠れているではありませんか。
これは面白いとシャッターを切ると、「何か用?」と言わんばかりに、
真鴨に睨まれてしまいました、とさ。


京都、円山公園にて。

2005年5月21日 (土)

そんなに早く飛びたいの?@青春ぶろぐ

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大きく実ったもみじの種に止まっているのは、テントウムシの幼虫。
多分、ナミテントウかな。
餌を食べている様子もなく、何をしているのでしょう?
もしかして、ここで蛹になるつもりだとか?

おーい、そんなところで蛹になると、種と一緒に飛んで行っちゃうよ~。


京都、青蓮院にて。

2005 F1 モナコGP 2日目結果

F1 モナコGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選1回目結果

モナコGP1回目の予選は5月21日に行われ、マクラーレンのライコネンが暫定ポールを獲得しました。2位にはルノーのアロンソ、3位にはウイリアムズのウェバーが付けています。

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夏が来たかな ~蠍座、アンタレス~

sasoriza15


徒然なるままに」のMilkさんが、もう見えてるよと教えて下さった蠍座。
真夜中を過ぎた頃に窓の外を見ると、晴れ上がった夜空に浮かび上がっていました。

枚方周辺は光害が著しく、特に南天の星はほとんど見えません。
ですから、蠍座がここまではっきり見えるのは珍しい事です。

写真は、蠍の頭から胸にかけてのあたり。一番下の明るい星が、アンタレス。
その意味は「火星の敵」。火星とアンタレスは近くで並ぶ事が多く、
その赤い色が火星に似ている事から付けられたそうです。

この星が見えると、気分はもう夏。星の世界は、一足先に季節が巡っています。

2005年5月20日 (金)

天空の城@青春ぶろぐ

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沢山のプロペラを付け終わった城、ラピュタ。今まさに、天空へと旅立ちます。


京都、真如堂にて。

京都 洛東 真如堂散歩

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真如堂は天台宗に属する寺。正式な名称は、鈴聲山「真正極楽寺」と言います。通称の「真如堂」は、元々は本堂の呼び名でした。
  
sinnyodousandou11真正極楽寺とは、「こここそが正真正銘の極楽の寺である」という意味なのだそうです。
寺の始まりは古く、平安時代の中期、984年(永観2年)に、比叡山の戒算上人によって開創されました。
寺伝によれば、ある日、東三條院(藤原詮子。一條天皇の母)の夢に比叡山の阿弥陀如来が現れ、「自分は一切衆生、特に女人を救いたいので、急ぎ山から下ろして欲しい。」と告げました。阿弥陀如来はまた戒算上人の夢にも現れ、「神楽岡に、真正極楽の地がある。」と告げます。このお告げに従って、阿弥陀如来を東三條院の離宮があった現在の地に移して安置したのが、真如堂の始まりとされます。以来、特に女性を救う「女人の寺」として、信仰を集めるようになります。
その後、応仁の乱で堂宇は焼け落ち、滋賀県穴太に逃れたのを皮切りに、この寺は安住の地を求めて転々とする事になります。そして、1693年(元禄6年)に至り、東山天皇の勅によって、ようやく旧地に戻り再建されたのでした。

sinnyodoubodaijyu11本堂の前にあるこの木の名前は菩提樹。お釈迦様がその下で悟りを開いたとされる聖木ですね。ただ、インドにある菩提樹とは種類が異なります。本物のインド菩提樹はクワ科で、この木は中国原産のシナノキ科。一説によると、臨済宗を開いた栄西禅師が中国から持ち帰ったのがこの木で、葉の形がインドの木と似ている事から間違えたのではないかと言われます。あるいは、既に中国人が取り違えていたのを、そのまま受け入れたのかも知れないですね。ただ、仮に本物のインド菩提樹を移植したとしても、日本の気候は寒すぎて、とても戸外では育たない様です。

sinnyodouteien11ここは書院にある「涅槃の庭」。昭和63年に復元されたものだそうです。この写真では判りにくいのですが、大文字山が見事な借景になっていて、庭に奥行きを与えてくれています。
真如堂の良いところは、とにかく静かな事。この日も庭を拝観していたのは我が家だけで、のんびりと鑑賞する事が出来ました。境内を歩いていても、数人の人が散歩しているだけです。
ただ、以前は一年中閑散としていて本当の穴場だったのですが、JRのキャンペーンに使われて以来、紅葉時には人で溢れるようになりました。そのあまりの凄さに、寺でも驚いている様ですね。
その秋の一時期を除けば、とても静かな時間の流れる、落ち着いた良い所です。

参考:「苦沙彌のインターネット僧坊」(真如堂の副住職さんが開設されている、なかなか楽しいサイトですよ。)

2005 F1 モナコGP 1日目結果

F1 モナコGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

モナコGP1日目のトップは、ルノーのアロンソが立ちました。これにマクラーレンのブルツ、レッドブルのクルサードが続いています。

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2005年5月19日 (木)

法住寺殿跡@義経

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後白河法皇の院政の舞台となった法住寺殿は、当時は京洛の外とされた洛東の地にありました。六波羅からはすぐ南隣にあたり、平家と法皇の親密な関係を伺わせる位置関係ではあります。四方10余町に及ぶという広大な広さを持ち、不動堂・念仏堂・北斗堂・五重塔などの堂塔伽藍が建ち並んでいたと言います。

houjyuujidenato15石碑があるのは、現在の三十三間堂の境内。奥州に発つ遮那王が、清盛と別れを告げるシーンの舞台となったのを覚えている方も多いのではないでしょうか。ドラマでは、従者を連れた清盛が、丁度階段のあるあたりの廊下を歩いていました。
三十三間堂は正式名を蓮華王院といい、1164年(長寛2年)に、千一体の観音像を祀るための堂を作るという後白河上皇の発願により、法住寺殿の一角に清盛が造進したものです。清盛が建てた当時の蓮華王院は、法住寺殿が木曽義仲の焼き討ちに遭った時には危うく難を逃れたのですが、1249年(建長元年)に洛中に起こった火事によって類焼しており、現在の建物は1266年(文永3年)に再建されたものです。
内部には、ドラマで清盛が拝んでいた中尊を中心に、左右に500体づつの「十一面千手千眼観世音」が並んでおり、荘厳な世界が広がっています。その観音像の顔は一つ一つが違っており、その中に会いたいと願う人の顔が必ずあるという伝説もあるようですね。

houjyuujidenato12三十三間堂から、道を挟んだ東側にある法住寺。現在の法住寺は、背後にある後白河天皇の御陵を守護するために建立された寺です。
ここは、「身代わりさん」と親しまれる「身代わり不動明王像」で知られています。法住寺殿が義仲の軍勢に襲われたとき、法皇は危うく敵の手に掛かって命を落としかけたのですが、本尊の不動明王が身代わりになって敵の矢を受けて法皇を救ったという伝承があり、今でも病気平癒の祈願などに訪れる人が跡を絶たないと言います。

時代が下って、赤穂浪士の大石内蔵助がこの不動明王に大願成就を祈り、この寺を同士との連絡場所にも使ったとも伝えられます。このことから、ここには四十七士と浅野内匠頭の木像が安置されており、毎年12月14日には義士会法要が行われています。


一番星、みーつけた

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すっかり日が長くなったこの頃。一番星を探すには、良い季節になりました。

今の一番星の候補は、西の金星か南の木星。どっちが早く見えるかなと思っていたら、木星の方が先でした。というより、金星は高度が低すぎるせいかほとんど見えなかった。

上の写真は、月と並んだ木星。斜めの線は上の階の庇です...。

6月20日頃になると、西の空に水星、金星、土星が並ぶ様です。特に26日には、この3つの星が最接近するとか。もし晴れていたらなかなかの見物かもしれませんね。

梅雨の真っ最中だし、てるてる坊主を沢山用意しておこうかな。

2005年5月18日 (水)

うーん、昼間でもお月見かあ@青春ぶろぐ

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道ばたで群生していたこの花の名は、ヒルザキツキミソウ。柔らかなピンクが美しいですね。

ユウゲショウと良く似ていますが、それもそのはず、同じマツヨイグサの仲間です。
ただし、こっちの花の方がずっと大きいので、区別は簡単です。

これもユウゲショウと同じく帰化植物。最初は園芸品種として導入された事も同じです。
こういう植物って、結構多いのですね。

でも、芸がないのがそのネーミング。ツキミソウ(マツヨイグサ)によく似ていていて、
昼に開花するのでヒルザキと付けたのですね。

ユウゲショウと比べると、なんて説明的で味気ないんだろう。
大体、昼間に月を見るなんて、おかしいとは思わなかったのかな?

もう少し洒落た名前をつけてやって欲しかった花ですね。

F1 トヨタ、とりあえずはお咎めなし

スーパーライセンスの期限切れから、一時は今季の全ポイント剥奪かと言われたトヨタでしたが、FIAは特段の処分を下さない事を決定しました。

マックス・モズレー会長は、「意図的な不正行為ではなく、単なる手続き上のミス」と語っており、事態はこのまま収拾に向かう様ですね。

現在コンストラクターズ部門の2位に位置するトヨタですから、これがもしポイント剥奪となれば、今シーズンのチャンピオンシップはもはや意味をなさないものになるところでした。何か政治的な動きが背後であったのかどうかは判りませんが、手続き上のミスと言うのなら半分は監督者たるFIAにも責任がある訳で、厳罰に処する訳にも行かなかったという事なのでしょうか。

何にしても、F1は危ういところで危機を回避出来たようです。もしこれが噂通りに全ポイント剥奪なんていう結果になっていたとしたら、多くのファンからそっぽを向かれてしまう事になったでしょうからね。もしかしたら、モズレー会長はそのあたりも計算していたのかもしれないですね。

義経 19の3

義経 第19回 「兄へ物申す」その3

鎌倉、大倉御所。頼朝の下を行家が訪れています。行家は墨俣で破れたのは、頼朝の援軍が先陣争いをして勝手に敵陣に飛び込んだためであるとし、自分の軍勢を養うための領地が欲しいと迫ります。しかし頼朝は、領地は自分の才覚で切り取るものであると、行家の申し出を一蹴してしまいます。なおも、平家が西へと引き返したのは自分の手柄だと言い張る行家ですが、大庭景親は、平家が去ったのは頼朝の大軍が来るという流言のせいである。すなわち頼朝の威光のおかげであって、行家の働きによってではないと行家をやりこめます。立場を失ない、返す言葉もなく部屋を出て行く行家。

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ユウゲショウ(夕化粧)@青春ぶろぐ

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黄色い花をバックに、ピンクの鮮やかな花を咲かせているのは、ユウゲショウ。漢字で書くと「夕化粧」。

yuugesyou15なんとも艶やかな名前ですが、夕方になると咲き始めるところからその名が付いたと言います。マツヨイグサの仲間で、名前の由来も良く似てますね。ただし、実際には昼間でも咲いています。

アメリカ原産の帰化植物で、元は観賞用として輸入されたものが野生化したのですね。主として、関東以西で見られる様です。

花は小さいのですがとても鮮やかで、雑草という気はしないです。夕化粧という名を聞けばなおさらですね。

空き地や道ばたで探すと結構見つかりますよ。これだけ可憐だと、駆除をする気にもならないのでしょうね、きっと。


2005年5月17日 (火)

義経 19の2

義経 第19回 「兄へ物申す」その2

京、西八条第。手古奈が侍女として奉公に上がり、時子の下へあいつに来ています。手古奈が以前は頼朝の妻政子に仕えていたと知り、驚く時子。手古奈が鎌倉から出奔してきたのだと聞き、これを褒める領子。

そこへ、宗盛がやってきます。宗盛は時子に、後白河法皇の下にご機嫌伺いに行ってくれるよう頼みます。領子もまた宗盛に賛成し、時子が法皇の下へ行く事を勧めます。

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朧月夜

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春の月は朧。今日はわりとはっきりとしているけれど、それでも秋に比べればどこかぼんやりしています。

子供に月のうさぎを信じさせる為に、月の写真を御法度にしていたのはついこの間までのこと。今ではうさぎが居るなんて言うと、すっかり大きくなった息子達に鼻で笑われてしまいます。

でもクレーターより、跳ねているうさぎが見えた方が楽しいのだけどなあ...。

今夜は上弦の月、綺麗ですよ。

2005年5月16日 (月)

義経 19

義経 第19回 「兄へ物申す」

五足の死の知らせを聞き、悲しみに打ち震える義経。その義経の心痛を気遣って、家来達も沈んでいます。義経は家来達の心遣いを感謝し、強いて笑顔を見せて彼らを安心させてやろうとします。

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2005年5月15日 (日)

京都 洛東 「真如堂散歩」 周辺の道

京都、洛東の地にある真如堂。初夏の一日、ぶらりと散歩にやってきました。
真如堂は、吉田山の南に続く小高い山の上にあります。アクセスは色々なルートがありますが、この日はオーソドックスに、白川通りにあるバス停、真如堂前からのスタートです。
daimonjiyama11
低いとは言ってもそこは山、ぶらぶらと坂道を上がっていくと、結構見晴らしが効きます。その中で一番目に付くのが大文字山。白川通りを隔ててすぐにあるのですから、手を伸ばせば届きそうな近さに見えます。
山麓の色が変わっているのは、椎の花が咲いているせい。手前の茶色くなっている木もそうですね。この季節は、どこに椎が生えているのか一目瞭然となるから面白い。
また、この写真には写っていませんが、大文字の火床をじっと見ていると、白い色がチラチラと動くのが判ります。ハイカーが訪れているのですね。大文字はハイカーにとって、良い目標になっている様です。

hieienkei11こちらは、比叡山の遠景。良く晴れていたので、くっきりと見えました。

この山も見る角度によって山容が様々に変わりますが、京都の町中に住む人にとっては、この山頂がふたこぶになった姿が、最もなじみ深いのではないでしょうか。手前の峰が四明岳、奥の峰が大比叡です。目をこらすと四明岳の頂にある展望台も、かすかに見る事も出来ますよ。

harujion111真如堂の周辺には、野草が沢山生えています。少し歩いただけでも、かなりの数を見つける事が出来ました。その中からいくつかを紹介します。

まずこれは、一番あちこちで見かけたハルジオン。上の方にある花は、よーく見るとかすかにピンクが掛かっていますが、ほとんど白と言っても良い色でした。同じところに生えていても、下の方に見える花はそれなりにピンクが掛かっているから面白い。これって、何が原因で色が変わるのでしょうね。

yousyuazumagiku11こちらは、ハルジオンの仲間である洋種アズマギク。野草にしてはいやに鮮やかだと思ったのですが、元々は観賞用として輸入されたものだったのですね。現在では野生化して、あちこちで見られるようです。
面白い事にこの花は、一つの株で赤と白の二種類の色を咲き分けているのですね。並んだ二つの花の柄をたどっていくと、同じところから分かれているのが判ります。
それにしても、この花が咲いていたのは小さな崖で、土は痩せている様に見えたのですが、この花は見事に咲き誇っていました。かなりたくましい植物の様ですね。

kusaichigo111赤く熟しているのは、クサイチゴ。住宅地の中の空き地で、沢山実っていました。
綺麗そうな実を選んで食べてみましたが、ほんのりと甘くてちゃんとイチゴの味がします。特別美味しいと言うわけでもありませんが、道ばたで食べられる実としては上出来かもしれません?

kusanoou111先週訪れた清閑寺でも咲いていたクサノオウ。葉の形が柔らかいせいか、どこかしっとりとした風情を感じます。私、この花が割と気に入っているのですよね。

最初花の形と色からアブラナ科かなと思ったのですが、ケシ科なんですね。茎を折ると白い液が出てくるので、それと判るそうです。生薬にもなるのですが、非常に毒性が強いので、素人は手を出さない方が無難らしいですね。

oyabujirami11ヒッツキムシを二題。
この赤紫がかった実は、オヤブジラミ。こんなに綺麗なのにシラミとは可愛そうですが、しつこく服にひっついてくるところから付けられたのでしょうね。
セリ科の植物で、写真には写っていませんが、葉の形を見るとなるほどと思います。よく似たヤブジラミはもう少し後になって6月頃から花が咲き、実が緑である事から区別が出来ます。
yaemugura11この真珠色の小さな実は、ヤエムグラ。八重というのは葉の特徴を指し、同じ箇所から沢山の葉が輪の様になって生えているところから付いた名です。葎(ムグラ)は、広範囲に渡って生い茂る雑草の事。ヒッツキムシらしく実には小さなトゲが生えていますが、この草は茎にもトゲが生えていて、他のものにひっかかりながら伸びていくのですね。いかにもたくましい仕組みですが、このトゲのおかげで、種のみならず草そのものも衣服にひっついて来る事があるようです。

dobei11真如堂の北にある迎称寺。萩の名所として知られる時宗の寺です。
今にも崩れそうな土塀ですが、あえて修復はしない方針なんだそうです。でも、確か以前はもっとぼろぼろだったような...。一部の壁が壊れていて、そこを萩で埋めているのが見所の一つになっていたと思います。今は補修されている様ですね。
土塀の下にある緑の植物が萩。これから夏に向けて伸びて行き、秋になると見事な花を咲かせてくれる事でしょうね。

新緑、新紅?@青春ぶろぐ

akatomidori21

赤く染まったもみじの向こうに、新緑に萌える若葉のもみじ。
春と秋が混在している様な、季節感を狂わせるコラボレーション。

akatomidori20

普通のもみじだと新緑。赤い葉のもみじは新紅?
この透明感は、やっぱり春。


京都 黒谷 金戒光明寺にて。

京都 真如堂 ナンジャモンジャの木@青春ぶろぐ

hitotubatago15
「まあ、お茶でも♪」のやんやんさんに教えて頂いたヒトツバタゴ、通称「ナンジャモンジャの木」。それが京都の真如堂にもあると知り、早速行ってみました。そしてさんざん探し回ったあげく、お寺の方に聞いてやっと見つけたのがこの木。

hitotubatago20しかし、残念なことに、花はすでに散った後でした。もう一週間早ければ咲いているところを見る事が出来たのに、うーん惜しかった。

根元に散らばっている白い物が、散った後の花びらです。苔の上一面に広がっていて、それはそれでなかなか綺麗でした。

hitotubatago12拡大するとこんな形。確かにヒトツバタゴの花ですね。

この木は、真如堂でも「ナンジャモンジャの木」と言うのだそうです。ただ、どうしてここにあるのかは判らないとか。誰かが植えたには違いないけれど、来歴は伝わっていない様です。

ヒトツバタゴはモクセイ科。日本では、愛知県・岐阜県・対馬にしか自生しないという珍しい木です。その分布の仕方を見ても飛び飛びで、なんだか不思議ですよね。ゴツゴツした木肌で葉型は楕円形、この木は10m以上に育っており結構大きくなるようです。

真如堂のヒトツバタゴは、本堂の北側、書院の南の奥まった場所にあります。何の表示もされていないので、予備知識なしで行くとまず判らないでしょうね。ただ、庭園を拝観すれば書院の廊下から塀越しに見ることが出来るので、花時分なら容易に見つける事が出来ると思います。それ以外の時は、ちょっと無理かな...。

私も今度は、雪が降る様だという花を、じっくり鑑賞してみたいと思ってます。

2005年5月14日 (土)

F1 ホンダに続いてトヨタまで処分か?!

B.A.Rが2戦出場停止の処分を受けた余韻も醒めやらぬというのに、今度はトヨタがサンマリノGPまでのポイントを剥奪されるかも知れないという可能性が出てきました。

これは、トヨタのスーパーライセンスの管理に問題があり、2000年から今年のサンマリノGPの後まで、レギュレーションに沿った手続きをしていなかったためとの事です。正直なところこれがどういう事なのか理解出来ていないのですが、トヨタは自らのミスを認めており、FIAが処分を下すのならこれを甘んじて受けると表明しています。

しかしながら、5年近くも放置しておいた違反を今頃になって掘り起こし、厳罰をもって臨もうというFIAの態度には疑問を感じずにはいられません。この動きは、B.A.Rへの不可解な処分と併せて、先頃トヨタとホンダが、FIA及びFOM(フォーミュラ・ワン・マネージメント)と対立するGPWC(グランプリ・ワールド・チャンピオンシップ)を支持する事を表明した事に対する報復との観測がもっぱらですが、どうやら事実の様ですね。

ここまで露骨な動きをされると、いくら何でも興醒めです。FIAとFOMは、F1を面白くするより自らの権力を守る事に血道を上げているとしか見えないですからね。この様な事でポイントが操作された選手権に、何の意味があるというのでしょう?やっぱりF1はヨーロッパだけのものなのかしらん...。

こんなF1なら、GPWCが立ち上げる新たなシリーズに期待して応援しようと思うのは、私だけでしょうか。


京菓子司 平安殿@京都

heianden12

京都東山、神宮道にある和菓子の店、平安殿。大々的な宣伝とは無縁で、それほど有名という訳ではありませんが、知る人ぞ知るという店です。

heianden11場所は、平安神宮の近く、大鳥居を潜って南へ下ればすぐのところ。平安神宮への行き帰りの観光客で、店先はいつも賑わっています。

私も子供の頃、動物園や京都会館に来る度に、おやつとしてこの店の饅頭を買ってもらっていました。ですから私にとってもなじみの深い店でして、当「ねこづらどき」の本家natureの「京都の散歩道・洛東の道」でも、この平安殿を少しだけ取り上げていまえす。ところがどういう訳かこの数日、平安殿をキーワードにしたアクセスが著しく増加しているのですよね。どこかのテレビで紹介されたのでしょうか。どんな紹介のされ方をしたのかな...。

heianden15この店の定番のお菓子3種類です。上が「応天門」、左下が「平安饅頭」、右下が「平安殿」。
まず応天門は、つぶあん最中。最中の皮の中に、つぶがそのまま残った餡が詰まっています。結構甘めですが、あくまで上品な味に仕上がっています。1個136円。
平安饅頭は、黄味餡饅頭。これは、和菓子とは言いながらバターや生クリームが使われており、洋菓子のテイストが入っています。私の子供の頃の定番はこれ。飽きの来ない味は、今でも変わっていないですね。1個94円。
そして店の屋号ともなっている「平安殿」はゆず餡饅頭。これは純然たる和菓子で、白あんをベースにゆずが入っており、独特の風味があります。平安京の緑釉軒丸瓦をかたどっており、その雰囲気を出すためにわざとひび割れを入れてあります。1個94円。
どれも手頃な値段で、1個づつから売っていますので、散歩の途中のおやつにはうってつけですよ。

ミニバラ@青春ぶろぐ

minibara115

鮮やかな緋色。複雑かつ巧妙に配置された花弁。
見れば見るほど見事なもので、花の女王と呼ばれるだけの事はありますね。
もっともこれは、大きく見えてもミニチュアローズですが。

minibara111ベランダのミニバラが満開を迎えています。

ミニチュアでも薔薇は薔薇。じっくりと見ると、その美しさは大きな花に引けを取るものではありません。それに、この大きさがベランダには丁度良い。

なによりとっても丈夫で、我が家の適当な栽培でもちゃんと花を咲かせてくれます。夏も冬も、温度管理を気にしなくて良いのが楽で良いしね。過酷な環境のベランダには、もってこいの植物かも知れません。

でも、本当はちゃんと管理してやれば、もっと花を咲かせてくれるのかな...。


minibara112バラは、咲きかけから半ば開いた位が一番綺麗だと言います。確かに開ききってしまうと、いまいちかもしれない...。でもその変化がまた良いのですけどね。

このミニバラは四季咲き。夏にはいったんお休みしますが、秋になると再び花を付けてくれます。その時は、色が一層深くなって綺麗ですよ。

2005年5月13日 (金)

西洋シャクナゲ@青春ぶろぐ

syakunage11

やわらかな日差しを浴びて華やかに咲き誇るこの花は、西洋シャクナゲ。
今年も見事に咲いてくれましたと言いたいところだけど、これはつぼみが付いた鉢を買ってきたもの。とりあえずは無事に開花してくれた、というのが本当のところです。

シャクナゲを買ったのはこれで何鉢目かな。
これまでことごとく失敗してきたけれども、この綺麗な花は来年も是非見たい。
今年こそ、夏越しに成功しますように。

2005年5月12日 (木)

すずらん@青春ぶろぐ

suzuran12
この白いベルの様な花は、すずらん。
北国の春を代表する、なんとも可憐な花ですね。

suzuran11すずらんと言ってもこれは在来種ではなく、ドイツスズラン。ヨーロッパ原産の園芸種です。

本当はもっと花穂が伸びて花数も多いのですが、私の栽培の仕方が悪いのでしょう、毎年こんな程度の咲き方しかしてくれません。でも、これはまだ咲いてくれるだけましで、あとのふた鉢は、一度も花を付けた事がないです...。やはり北国の植物を灼熱のベランダで栽培するというのは、ちょっと無理があるのかも知れないですね。

suzuran15すずらんには思い入れがあって、小さい頃に貰った貯金箱に、すずらんの造花が付いていました。幼い私はこんな形の花が本当にあるのかと思い、以来いつか実際に見てみたいものだと思い続けて来ました。そしてやっとその念願がかなった訳ですが、実際に目にすると造花とは比較にならない美しさがあります。嬉しい驚きですね。

この花はみかけも可愛らしいのですが、香りもまた素晴らしいものがあります。ほんのりと甘い香りはまるで上質の香水、扉を開けるとほんのりと部屋の中まで漂ってきます。

ただし毒草で、特に実には猛毒を持っているのだそうです。みかけに騙されてはいけないという見本、と言ったらすずらんが可愛そうですね。

京都 六波羅蜜寺 平清盛公乃塚@義経

kiyomorituka12

64歳で亡くなった清盛は、愛宕にて荼毘に附され、遺骨は摂津国大和田泊の経の島に埋葬したと伝えられます。

この愛宕とは洛東の愛宕念仏寺(大正元年に嵯峨野へ移転)の事とも、六道珍皇寺の事とも言われますが、この両寺にはとくに言い伝えは残っていないようです。その代わりというわけでもありませんが、すぐ傍の六波羅蜜寺には、「平清盛公乃塚」と伝えられる石塔(写真左)があります。いずれの寺も平家の六波羅第の一角と言っても良い位置にあり、清盛葬送の地としてこれ以上ない場所であった事でしょう。

栄華を極めた清盛の墓というにはあまりに侘びしい石塔ではありますが、「盛者必衰の理をあらわす」にはふさわしい姿とも言えるかも知れませんね。ただ、この石塔自体は江戸期のものという説もあり、本当に清盛の墓かというと疑問があります。清盛の墓と伝えられるものは、ここ以外に京都嵯峨野のほか、福原のあった神戸市にも複数あって、正確にはどことも判らないようですね。

ちなみに、隣りある石塔はこれも平家に縁があって、平家の家臣悪七兵衛景清の想い人であった白拍子、阿古屋の供養塔と伝えられているものです。現地にある説明書によれば、壇ノ浦の戦いの後、行方の判らなくなっていた景清を捕らえるため、代官畠山重忠は阿古屋を捕らえ、取り調べを行います。重忠は阿古屋が景清の所在を知っていると勘づいていましたが、彼女が奏でた三味線、琴などの調べに一点の乱れのないことに感動して、これを解放してやったのでした。(浄瑠璃、壇ノ浦兜軍記 三段目 「阿古屋の琴責め」)

この白拍子と清盛が並んで供養されているというもの面白いと言えば面白いですが、やはり仏の前には人は平等という思想の現れなのでしょうね。

平家物語に描かれた清盛は、権力欲に取り憑かれ、あまたの殺生や大仏を焼き払うという大罪を犯し、遂には仏罰を受けて苦しみ抜いて死ぬという救いがたい人物です。しかし、実際には、ドラマにもあったように、武家という新興勢力を背景に、航路を開いて港を築き、交易を盛んにして富を産み、それまでの公家政治とは一線を画した時代を拓こうとした一大政治家でした。ただ、あまりに身内ばかりを重用しすぎたために人々の恨みを買い、さらには「平家にあらずんば人にあらず」という言葉に代表されるような一門の奢りを招き、自らを窮地に陥れてしまったのでした。良くも悪くも、素晴らしく魅力に富んだ人物だった事は間違いないと思います。

そして、そんな清盛像を、渡哲也は見事に演じきってくれました。ある意味、義経以上にこのドラマの主役だったと言って良いのかも知れません。これから先はもう見ることが出来ないのかと思うと、ちょっと寂しいですね。

義経 18の3

義経 第18回 「清盛死す」その3

鎌倉、頼朝邸。呼び出された義経は、頼朝から清盛の死を聞かされます。衝撃を受けつつもそれを隠し、承りましたとのみ答える義経。義理の父でもあったはずと気遣う頼朝達ですが、義経は清盛が亡くなった以上足かせは無くなり、源氏の武者として存分に働く覚悟と言い切ります。しかし、平家ももはやこれまでと言う頼朝の言葉に、複雑な思いを隠せない様子の義経。その義経の心の内を探るような目つきで、義経をじっと見つめる時政。

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2005年5月11日 (水)

竹の秋@青春ぶろぐ

takenoaki12

春は、竹の葉が生え替わる季節。その紅葉した姿を、竹の秋とも言います。
上の写真は、風に散る竹の葉を撮ったのですが、舞っているのが判るかなあ。

丁度竹の子が伸びてきた時分にあたるので、あたかも子育てという大仕事をした後に疲れ果ててしまったかの様に見えます。でも、実際には新しい芽を伸ばすために、古い葉を落としているのですね。

竹の秋は、春を表す俳句の季語の一つ。
ただし本当は4月の季語だから、アップするのが少し遅かったかな...。


京都、清閑寺「歌の中山」にて

*綺麗な竹林の写真を見せて下さった「徒然なるままに」さんへ、トラックバックです。

義経 18の2

義経 第18回 「清盛死す」その2

一門の宝を寺々に寄進して、平癒祈願をする時子。しかし、その甲斐もなく清盛の容態は日増しに悪くなっていきます。危篤状態に陥った清盛の周囲に集まった平家一門の人々。そこに、ふらふらになった五足がやってきました。耳役が無断で側を離れたのは何故かと知盛にとがめられ、福原に行っていたと言い訳をする五足。彼は、次々に起こる不吉な出来事は、清盛が肌身離さず持っていた菩提樹の数珠を福原に置いてきた為と考え、取りに行っていたのでした。五足から清盛が福原に戻るつもりであったと聞き、驚く知盛。なぜ早く取りに行かなかったのかと五足を責める宗盛。そんな宗盛を制して、五足からありがたく数珠を受け取る時子。

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2005年5月10日 (火)

キエビネ@青春ぶろぐ

kiebine15

黄昏の空を背景に、すっくと立っているのはキエビネ。
日本産の蘭であるエビネの仲間ですが、エビネよりも大きく鮮やかな黄色の花を咲かせます。

kiebine12こうして見ると、蘭の仲間である事が良く判るでしょう。でも、洋蘭と違って日本に自生している蘭ですから、栽培はとても簡単です。温度管理の必要はなく、また日当たりもさほど必要としません。手間いらずでとっても綺麗な花を楽む事が出来るという、お勧めの花の一つです。
ただ、ショウガの様な独特の香りが苦手という人は居るかも知れないですね。
kiebine17葉は大型の割に薄いです。その分、ちょっと傷つきやすいのが、難点と言えば難点かな。春に葉が出た後は、次の春が来るまでは新しい芽は出ませんから、もし破れたりするとやっかいでしょうね。でも、今まで葉が千切れて無くなったという事はありませんから、そんなに気にする必要もないと思います。

このキエビネは、昔は山野に沢山自生していたのだとか。しかし今では乱獲によって、ほとんど見ることが無くなってしまったそうです。ベランダで栽培している私が言うのも何ですが、ちょっと残念な話ですよね。

義経 18

義経 第18回 「清盛死す」

西八条第、蓬壺。青々と茂る蓬に、恍惚と見入る清盛。そこへやってきた時子は清盛の後ろ姿を見て、福原の海を見ている時の様だと言います。ここにいると煩わしい事を忘れさせてくれると答える清盛ですが、何を忘れたいのかは時子に聞かれても答えません。

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2005年5月 9日 (月)

姫緋扇@青春ぶろぐ

himehiougi11

ピンクの可愛い花を咲かせているのは、ヒメヒオウギ。
漢字で「姫緋扇」と書いた方が感じが出るかも。

これは先日買ってきた鉢植え。
むつみぃ~たいむさんのところの地植えの様にはいかないけれど、
ずっと元気で続いて欲しい花です。

キツネノボタン@青春ぶろぐ

kitunenobotan11

キツネノボタンを狐の釦と思っていたのは私だけでしょうか。
正しくは、狐野牡丹。
狐が出るような山にある、牡丹に似た葉を持つ草という意味なんだそうです。

なんだ、そうだったのか。

私、この丸い実が釦に似ているからだとばかり思ってました...。
  


京都 清水寺にて。

2005 F1 スペインGP 決勝結果

F1 スペインGPの決勝結果は、次のところにあります。

公式予選2回目結果

決勝結果

F1スペインGPの決勝は5月8日に行われ、マクラーレンのライコネンがポール・ツー・ウインを飾りました。
2位はルノーのアロンソ、3位にはトヨタのトゥルーリが入っています。
トヨタは今季3度目となる表彰台獲得です。

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2005年5月 8日 (日)

京都 初夏 清水寺界隈散歩

初夏の京都、新緑の清水寺界隈の散歩です。

kiyomizuderanioumon111

5月7日の朝は雨。しかし、9時頃には止んで、昼過ぎには青空が広がって来ました。

koyasu11舞台から見た子安の塔。新緑の中に溶け込んでいて、ぱっと目にはどこにあるのか判らないほどです。
でも、この古びた塔が新緑によく似合っています。

 
 
 
 
 
 
  
 


kiyomizubutai111こちらは、緑の海に浮かんでいるような舞台。
秋の紅葉も見事ですが、生命があふれている様なこの季節の清水もまた格別です。
 
 
 
 
 
kiyomizu0nigawara11本堂の屋根にある鬼瓦。
何度もここを訪れているのですが、こんな瓦があったとは初めて気が付きました。
 
 
 


otowanotaki111音羽の滝は、相変わらずの長蛇の列。
この季節になると、滝の側に立って、水しぶきを感じてみるのも良いものです。
 
 
 
 
 
yamatutuzi11いったん清水寺を離れ、清閑寺へと向かいます。その途中の道は、歌の中山。修行の道を外しかけた僧を、歌に託してたしなめて消えたという女性は誰だったのか。そんな事を考えながら歩くのも楽しい道です。
その路傍に咲いていたのはヤマツツジ。その花には、まだ朝の雨の名残が残っていました。 

seikanji15清閑寺へ続く参道と、大津へ向かう道の分かれ道に立っている石碑。今はすぐ下を国道が走っていますが、昔はここが街道だったのでしょうか。
清閑寺への道は、入るのに躊躇するほど草に覆われていました。でも、一歩入ってしまうと全くの別世界。雑木林の中の道は、腐葉土に覆われていて、ふかふかです。ちょっと滑りやすいけど、久しぶりに土に臭いをかぎながら歩いてみると、とっても気持ちが良かったです。 

 
 
 
 

seikanji17清閑寺は、清水寺から歩いて10分足らず。でも、訪れる人はほとんどない静かな寺です。
この階段に見覚えのある人も多いはず。
そう、ここは「恋する京都」で遊山寺になっていた場所でもあります。
書道教室に通う子供達が元気よく駆け上がっていましたよね。

 
 
 
 
 
 
seikanji21「恋する京都」では「縁結び地蔵」がありましたが、実際にあるのは要石。
ここから見る京都の町の景色が扇型に見え、その要にあたることからそう呼ばれるようになったのだとか。
そして、この石に誓いをたてると、願いが叶うという伝説もあるそうです。
ドラマの「縁結び地蔵」は、要石にヒントを得て作ったのかも知れないですね。 

kusanoou11清閑寺で、ひっそりと咲いていたクサノオウ。
可愛い花なのになんだか偉そうな名前ですよね。
実際には、瘡の王がなまったのだとか。瘡すなわち皮膚病に効くところから付けられた名前なのだそうです。
この草には面白い性質があって、種にの脂肪塊が付いていて、それを目当てに蟻が巣に運ぶのだそうですね。
そうやって、分布を広げているのだとか。植物も、あの手この手で生き残りを計っているのですね。

 
 

hanmyou12清閑寺の境内で見つけたハンミョウ。
山道を歩いているとどこからともなく飛んできて、案内をする様に前へ前へと飛んでいくという面白い昆虫です。
その性質から、私の子供の頃は、「道案内」と呼んでいました。
綺麗な昆虫だということは知っていましたが、なにしろ近づくと飛んで逃げてしまうので、じっくり見た事がなかったのですが、今回は上手く写真に撮る事が出来ました。
それにしても、こんなに鮮やかだったとは。この色は保護色なのでしょうか。その割には、ぴょんぴょんと道に飛び出してくるので、あまり意味が無いような気がするのですが...。 

sekibutu11再び清水寺へ帰ってきて見かけた石仏。誰かが帽子をかぶせてあげたのでしょうか。
でも、この石仏の頭は、光背とひっついているようで、上手く行かなかったようですね。
今にも落ちそうな帽子を、顔を上げて支えているように見えるのは私だけかな。 

harujion11清水寺の池のほとりで咲いていたハルジオン。
「春紫苑」と書く様に、普通はもっと濃い色が多い様です。
でも、ここに咲いていたのは薄めのピンク。
こういう控えめな花もまた、良いものですよね。

sannenzaka111三年坂もまた緑に染まっていました。
ここで転ぶと3年で死ぬという伝説は結構浸透しているようで、写真を撮っている間に何組かのグループで話しているのを聞きました。
その祟りを救ってくれるという瓢箪を売っている店もまた賑わっていました。瓢箪というより猫グッズの方が人気を集めている様ですけどね。
なぜか店のご主人が、店先の様子をビデオに収めておられました。普通は客の方が撮るものなのですけどね。趣味か、それともPR用にでも使われるのでしょうか。
 
 

 
ninenzaka111こちらは二年坂。写真を撮るタイミングをみはからってしばらく粘っていると、誰も通らない瞬間がありました。そこをすかさず撮った写真がこれ。
人通りが絶えない二年坂でも、こんな静寂が訪れる事があるのですね。
しかし、次の瞬間には外人の団体客が訪れ、あっと言う間に坂は人であふれかえってしまったのでした。
 
 
 
 
  
 

yasakamiti11八坂通を二年坂から少し下ったところで見つけた赤い日傘と緋毛氈を敷いた床几。
脇に生けられているのはユリの花。その香りに惹かれてパチリ。
ユリの横に座って、香りを楽しみながら往来を眺めてみたい、そんな誘惑に駆られた一瞬でした。


 
 
 
 

 
raijin11お昼に頂いたラーメン。清井町にある龍神という店で、醤油味がベースになっていて、なかなか美味しい。
このチャーシューメンが880円。
京都へ来てまでラーメンというのも情緒が無いかも知れませんが、リーズナブルで美味しいという事は確かです。

 

sinkyougoku200557恒例の新京極の定点観測。ここから見る限りでは、あまり変化はありません。


 
 
 

sinkyougoku200558これは池田屋事件の垂れ幕。以前は看板になって下げられていたものですね。
新選組は、依然として人気がある様です。土産物店でも、義経グッズより新選組グッズの方が種類が多いし、量も豊富。元々人気グッズではありましたが、昨年のドラマの影響はまだ残っているようです。

sinkyougoku200559そんな中で、新京極にもやっと登場した義経の垂れ幕。おなじみの五条大橋のシーンですね。
でも、土産物店では義経グッズはあまり見かけませんでした。義経人気は、今ひとつなのかなあ。
ドラマの視聴率とは反対の傾向が出ているというのも、なんだか面白いですね。

2005 F1 スペインGP 2日目結果

F1 スペインGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選1回目結果

スペインGPの暫定ポールには、トヨタのトゥルーリが付けました。2位には今シーズン好調のルノーのアロンソが続いています。

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2005年5月 7日 (土)

2005 ハイビスカス

haibisukasu11

今年も咲いたハイビスカス。冬の間もリビングで咲いてくれていましたが、
やはり今頃に咲く花は大きいし、一層鮮やかです。

まだ室内に置いてあるのですが、そろそろベランダに出しても大丈夫かな。

「I LOVE THEM!!!空と海と猫と」は、沖縄のLEEさんが管理されているブログ。
そこで紹介されているハイビスカスは、本当に生き生きとしています。
やっぱりハイビスカスは、南国がよく似合う花ですね。

托鉢@京都 清水寺

takuhatu11

清水寺門前に佇む、托鉢の僧侶。
今日立っているのは尼僧です。
うーん、立ち姿が美しい。

行き交う人の注目の的になり、次々にカメラを向けられていましたが、
当人は一向に動じた様子はありません。
やはりこれも修行なのですね。

清水寺から清閑寺を回って約2時間後に帰ってくると、
やっぱり同じ姿勢で立っていたのには驚きました。
凡人とは鍛え方が違う...。

ちょっとした感動を味わせて頂いた一時でした。

もっと、もっと!@青春ぶろぐ

koinobori12

京都、高台寺の鯉のぼり。
五重の塔より高く、高く!

2005 F1 スペインGP 1日目結果

F1 スペインGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

FIAの裁定に対して異議を唱え、出走を可能にするための仮処分申請を行おうとしていたB.A.Rでしたが、結局提訴をあきらめバルセロナから姿を消しました。事がここに至ってしまった以上、争ってみても事態をこじらせるだけと判断したようですね。

B.A.Rが居ないF1なんて気の抜けたビールもいいところですが、まだまだ先は長いのですから復活を信じて待つ事にして、今は目の前のレースの推移を見守る事にしましょう。

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2005年5月 6日 (金)

平家 西八条第跡 若一神社@義経

nisihatijyouteiato17

庭一面に広がった蓬を前に、心の安らぎを求める清盛。このとき清盛が座っていたのは、六波羅と並ぶ平家の拠点であった西八条第の一角でした。

源平盛衰記には、
「此所をば八条殿の蓬壺とぞ申ける。蓬壺とはよもぎがつぼと書けり。入道蓬を愛して、坪の内を一しつらひて蓬を植、朝夕是を見給へ共、猶不飽足ぞおぼしける。されば不斜造り瑩れて、殊に執し思ひ給ければ、常は此蓬壺にぞ御座ける。」
とあります。
「蓬壺」は「ほうこ」と読み、ドラマのように清盛は朝夕飽きる事なく蓬を眺めていたのですね。

清盛は、太政大臣になった頃までは六波羅の泉殿に居たのですが、その後出家して福原の別荘に移り住むようになります。そして、福原から上洛して来た時に入るのが、主としてここ西八条第だった様です。普段は清盛の妻の時子が住み、清盛の留守を守っていた様ですね。

nisihatijyouteiato15その西八条邸があったとされる場所が、今でも京都に残っています。それがこの若一神社。若一と書いて(にゃくいち)と読みます。

平清盛がここに西八条殿を建てたとき、鎮守として紀州熊野の若一王子の御霊を祭ったのが始まりとされます。それ以後、清盛の勢威がますます盛んにになったというので、開運出世の神としても崇められているとか。現在の境内はごく狭いのですが、鳥居を潜ったすぐ横に、上の写真の清盛像が設置されています。 
 
nisihatijyouteiato11西八条第は八条壬生にあったとされ、概ね八条大路以北、大宮通以西にあったと考えられます。現在の京都に当てはめれば、梅小路公園のあたりに相当する様ですね。この梅小路公園が整備される前に、平成4年から5年の春にかけて発掘調査が行われ、柱跡や溝跡が確認されています。また、平安時代後期の土偶とともに焼土や炭化遺物が出土しており、西八条第が火災で燃えた事が裏付けられました。

それからすると、この若一神社の位置は西に寄りすぎており、本当にここが西八条第の跡地にあたるのかというと、疑問があるようです。おそらくは後世になってから、この神社がある御所の内という地名から作られた伝説ではないかと考える説もある様ですね。

nisihatijyouteiato21その伝説の真偽はともかくとして、この神社には興味深いものが二つあります。
そのひとつがこの御神水。これは、清盛が熱病に罹った際に、その体を冷やしたとされる井戸水です。清盛の熱病はすさまじく、体を冷やすために水を掛けてもすぐに沸騰してお湯になってしまったと言われます。平家物語では体を冷やすために比叡山の清水を汲んで来たとありますが、ここが西八条第であったとすれば、邸内の井戸の水を汲んで冷やしたという話もあり得る事ですね。

ここは名水の一つとされ、一度は水位が下がって枯れかけたのですが、ボーリングをやり直すと復活したのだそうです。ポリタンクやペットボトル持参で、この水を汲みに来る人も多いようです。

nisihatijyouteiato20そして、もう一つは、清盛手植えとされるこの大楠。伝説によれば、西八条第に火を掛けた時も焼け残り、以後若一神社のご神木として大切にされてきました。そして、この木を切ったり移し替えようとすると、必ず祟りがあったと伝えられます。

その祟りは、遠く平安、鎌倉の頃の事だけではなく、昭和の世になっても続きました。昭和9年、京都市電の建設工事が行われた際にこの楠を移そうとしたのですが、工事関係者に不幸が相次ぎ、地元の人はこれは祟りであると騒いだため、やむなく木はそのままに、道路の方を曲げて市電を通したといういわくが残っています。今でも現地に行くと、ここだけ道が曲がっている事がわかり、単なる噂ではない事を示しています。

この楠は昭和40年代半ばに一度枯れかけたのですが、手当の甲斐あって樹勢を盛り返し、今でも写真の様に青々と茂っています。

義経 17の3

義経 第17回 「弁慶の泣き所」その3

各地で頻発する反乱を鎮めるために、出陣を繰り返す知盛とその軍勢。
南都を攻撃し、興福寺から東大寺まで焼き払ってしまった重衡。
重衡が大仏殿を焼き払ったと知り、仏罰が恐ろしいと時子の前で嘆き悲しむ妻の輔子。

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B.A.Rホンダ 2レース出場停止処分

佐藤琢磨の所属するB.A.Rホンダチームが、サンマリノGPでの重量規定違反により、2戦出場停止(執行猶予付きで半年間の出場停止)の処分を受けました。

事件の発端は、サンマリノGP後に行われたバトン選手の車に対する車検において、全ての燃料を抜くと最低重量に満たなかった事にあります。サンマリノGPのレーススチュワードは、B.A.Rからの説明を受けておとがめ無しの裁定を下したのでしすが、FIAがこれを不服とし、国際控訴審裁判所に対して異議を申し出ていました。

問題になっていたのは、リザーブタンク。燃料タンクの中にさらに燃料が入る小さなリザーブタンクというものがあるのだそうです。これをコースよって取り付け位置を変えて、理想的なバランスが得られるようにバラスト代わりに使用しているのだそうですね。

B.A.Rの車は、主タンクから燃料を抜いた状態では最低重量(予選時:車重+ドライバーの体重=605kg以上、それ以外の時:600kg以上)を上回っていたのですが、このリザーブタンク内の燃料までも抜くと最低重量を下回ってしまったのでした。これに対してB.A.Rは、構造上いかなる場合でもこのリザーブタンク内から燃料が無くなるという事はなく、従って車重は常に最低重量を上回っており、レギュレーション違反には当たらないと主張しました。レーススチュワードもこの説明に納得して合法としたのですが、FIAは収まらずに控訴し、国際控訴審裁判所でもクロと判定されてしまったのでした。

ここまで見るとB.A.Rが違法なリザーブタンクを作って全くのズルをした様に見えますが、事はそう単純では無い様です。

まず、リザーブタンクですが、F1の他のチームでも使用しているものであり、このタンクの存在自体は違反でも何でも無いのだそうですね。問題は、そのタンク内にある燃料の重量までも車重に含めて良いのかどうかという点にあったようです。

FIAの見解では、最低重量とは乾燥重量の事(車から一切の水や燃料類を抜いた状態)を指すということなのでしょうね。実は私もずっとそう思っていたのですが、ところがレギュレーションには明確に書かれていなかったのですね。慣習的にはFIAの言うとおりかもしれないけれど、書かれていない以上守る必要は無いというのはF1の常、B.A.Rはそこを突いてリザーブタンク内の燃料の重量(6kg)までも含めた最低重量という解釈を示した訳です。

他のチームが乾燥重量という解釈を取っている以上、B.A.Rの車は常に6kg軽いというアドバンテージを得られる訳で、ずるいといえばずるいかも知れないですね。でも、レギュレーションに明記していないにも関わらず処罰するというのもおかしな話で、疑わしきは罰せずとするのが妥当なところかと思うのですが、どうでしょうか。

なんだか釈然としませんが、佐藤の姿を2戦続けて見ることが出来ないというのは、なんとも残念な結果です。B.A.Rは、処分を不服として民事裁判所への仮処分申請を行うかどうか検討するとしており、まだ出場できる可能性は皆無ではないようですが、せっかく戦闘力が向上して来たところだったのに、何でこうなるのかなあ...。

2005年5月 5日 (木)

京都 洛北 詩仙堂

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京都洛北、詩仙堂。

なによりまず、その名の響きが良いですよね。
ここが俗世の塵とは縁を切った地であることを、端的に教えてくれます。

sisendou20正式には、曹洞宗丈山寺。石川丈山が、1641年(寛永18年)に草庵を結んだのがその始まりです。

丈山は、元は徳川家の旗本でした。家康の信任篤く常にその側に侍っていましたが、大阪夏の陣で、軍法によって禁じられていた抜け駆けをしたとして罪を得て、徳川家を退転し出家してしまいます。そして朱子学を修め、その武勇と学問を買った広島の浅野家に誘われ、母の孝養のためにとこれに仕えますが、その母の死と共に京都へ戻り、隠棲生活を始めました。その丈山が終生の適地として求めたのが、ここ一乗寺でした。

写真は、詩仙堂の入り口に建つ小有洞の門。ここから詩仙堂に入りますが、なんとも慎ましやかな門で、初めて来ると見逃してしまうかも知れません。

sisendou30現在詩仙堂と呼ばれているのは、正しくは凹凸窠(おうとっか・でこぼした土地に建てた住居)であり、詩仙堂はその一室。詩仙堂の名の由来は、中国の漢晋唐宋の詩歌三十六人の肖像画を狩野探幽に描かせ、図上にそれ等各詩人の詩を丈山自ら書き、四方の壁に掲げた「詩仙の間」を中心としているところから呼ばれます。(パンフレットより引用。)

写真は、嘯月楼と呼ばれる望楼。丈山はここから東山の月を眺め、時には酒を飲みながら詩を吟じたそうです。

sisendou15詩仙堂といえば「ししおどし」。庭を静かに眺めていると、いきなり「コーン!」という音が響いて驚かされます。
これはその名のとおり、猪や鹿が庭を荒らすのを防ぐためのもの。そして丈山自らも、その音の響きを楽しんだと言います。正しくは、「僧都」あるいは「添水」と言います。(読みはどちらも「そうず」。)

写真は、音の出た瞬間をとらえたのですが、水しぶきが飛んでいるのが判るかな。
コーンという音が聞こえて来ません事?

sisendou27詩仙堂の庭はサツキの刈り込みが見所の一つになっています。しかし、この日(5月3日)はまだ花期には早すぎ、わすがに咲きかけた花があるばかりでした。
見頃は今月の末頃の様ですね。刈り込まれたサツキが咲きそろった様は、さぞかし見事な事なのでしょうね。

代わりに咲いていたのがこの芍薬。「立てば芍薬」と言いますが、この花は清楚にして華麗。緑あふれる庭の中で、一際輝いていました。

sisendou26そして、こちらは、牡丹。芍薬にとってもよく似ているのに、なぜ「座れば牡丹」なのかは判りませんが、これもなかなか豪華な花ではあります。ただ、残念な事に花期は終わりに近いらしく、すでに花びらが散り始めていました。もっと盛りの頃に見たかったですね。

詩仙堂は、秋の紅葉の名所としても知られています。このため、春と秋には沢山の人が訪れますが、花の時期をはずせば本来の静かな佇まいを楽しむ事が出来ます。

静かに座敷の中から庭を眺め、僧都の音に耳を傾けるのは、最高の贅沢の一つです。

2005年5月 4日 (水)

義経 17の2

義経 第17回 「弁慶の泣き所」その2

福原、清盛邸。京へ帰る知盛があいさつに来ています。すでに一門の主立った者達は京へ帰っており、知盛が最後でした。知盛が去った後も、一人福原に止まる清盛。その手には、菩提樹の数珠が握られています。

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京都 洛北 曼殊院

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京都洛北、修学院の地にある曼殊院。
延暦寺の別院で、代々の住職を皇族が務めてきた門跡寺院です。
創建は延暦年間(782年~806年)にさかのぼり、伝教大師最澄によって叡山の地に開かれました。
その後変遷を経て1656年(明暦2年)に今の地に移り、現在に至っています。

kugikakusi11この地に曼殊院を移した良尚親王は、桂離宮を築いた八条宮智仁親王の次男であり、またその桂離宮を充実発展させた智忠親王の弟でもありました。そのせいかこの寺には桂離宮の影響が随所に見られます。判りやすいところでは、大書院の違い棚。細かいところでは、意匠を凝った釘隠しや扉の引き手等にも共通点を見出す事が出来ます。

上の写真はそのうちの一つの富士山形の釘隠し。こういうディテールにこだわるというのが、洒落ていますよね。このほかに、七宝焼きをあしらった菊の御紋の釘隠しもあります。


mansyuin11曼殊院と言えば庭。書院式蓬来枯山水式庭園でいわゆる遠州好みとされますが、遠州自身は庭が出来る9年前に亡くなっています。

この日は、大書院の前にある霧島つつじが満開になっていました。白砂に映えた燃えるような紅い花が見事です。この庭は縁側に出て眺めるのが良いのですが、この日ばかりは部屋の中から見た方が綺麗でした。

曼殊院の庭は、何時間居ても飽きることのない、とっておきの京都の奥座敷です。

木漏れ日@青春ぶろぐ

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紅葉の木陰に咲いていたシャガ。
わずかに射した木漏れ日を浴びて、ひとときの輝きを見せてくれました。

京都 詩仙堂にて。

爛漫@青春ぶろぐ

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満開のつつじにやってきたアゲハ蝶。
沢山の花が誘う中で蝶は1頭。
花から花へと、まさしくよりどりみどりです。

、爛漫。

京都 曼殊院門前にて。

比叡、笑う@青春ぶろぐ

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一片の雲もない青空を背景にした比叡山。
絵に描いた様な五月晴れに、山も笑っています。


2005年5月 3日 (火)

義経 17

義経 第17回 「弁慶の泣き所」

冒頭、武術の稽古をする義経。鬼一法眼から受け継いだ技は、未だ健在の様です。

義経の館。近在の農民が作物を届けてくれました。それをありがたく受け取る静。三郎が子供達の面倒を見ているお礼だそうです。かいがいしく働く静を見て、都へはいつ帰るのかと問いかける弁慶。そう言われてとまどう静と気まずそうな義経。

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畦道と堤防の野草たち@青春ぶろぐ

畦道の野草シリーズ、今回は堤防で見つけた野草も含めての紹介です。
murasakisagigoke11

これはムラサキサギゴケ。カタカナで見るより、紫鷺苔と漢字で書いた方が判りやすいかも。紫色の鷺に似た花が咲き、苔の様に一面に広がるという大変説明的なネーミングです。
でも、この花って、鷺に似てるかなあ...。花の角度によっては、そう見えるのかも知れないですね。
ここでは他の草に埋もれるように咲いていたのですが、群落になると綺麗な紫色の絨毯の様になるそうです。一度そんな光景を見てみたいですね。

gisigisi11畦道に、傍若無人に突っ立ているこの草の名前はギシギシ。アレチギジキシやナガバギシギシといった外来のよく似た仲間がいくつかありますが、これは多分在来種、だと思う...。

ギシギシという名は、その密生した花の様子から付いた名前だとか。びっしりと隙間無く付いた花を見ていると、確かにギシギシと音が聞こえてきそうです。

1mにもなる大型の草で、見かけはごつくて暑苦しく、いかにも雑草という感じがします。正直言ってあまり近寄りたくない植物ですが、意外にも有用なんですね。

まず、この草は食べられるのですね。スイバの仲間で、生ではとてもすっぱくて食べられませんが、若芽をゆでると結構美味しいらしいです。

そして、根は生薬になるのだとか。緩下剤として使われ、また皮膚病なんかに効くそうですね。絞り汁は脱毛症にも効くそうで、なんだか色々役に立つ植物の様です。見かけで判断しちゃいけないという見本の様な草ですね。


azami12これは、淀川の堤防で咲いていたアザミの花。辺り一面セイヨウカラシナの黄色で埋め尽くされている中で、鮮やかな赤紫が印象的でした。

一口にアザミと言っても、その種類は100種類以上あるそうですね。それぞれの区別は難しい様ですが、ほとんどの種類が夏から秋にかけて咲くのに対して、春に咲くのはノアザミだけなのだとか。なんだか意外な感じがしますが、おかけで同定は楽でした。

アザミと言えばとげ。綺麗な花とは対照的に葉に鋭いとげが付いていて、いかにも攻撃的な感じがしますが、きっとこのとげで身を守っているのでしょうね。

あざみの語源にもいくつか説があってはっきりしません。その中の一つはやっぱりこのとげと関係があって、「和名抄」に「葉には刺多し、阿佐美(あさみ)」とあるそうです。あさみとは蔑むとか興ざめするという意味らしいですね。花に惑わされてうっかり近づこうものなら、ひどい目に遭って興ざめしてしまうという事でしょうか。そこから転化してアザミになったらしいのですが、これが本当だとすればちょっと可愛そうなネーミングですね。そう言えば中島みゆきさんの歌に、「あざみ嬢のララバイ」なんていうのもあったなあ...。

udo11最後はウド、だと思う...。こればっかだな。違っていたらごめんなさい。

緑一色でわかりにくいですが、白っぽい茎から沢山葉がでているのが判るでしょうか。これも淀川の堤防のどてっ腹に生えていました。この時点で1m近くあり、ウドの大木と言いうとおり大きくなるものですね。

みかけは大きくても中空で、役に立たないものの代名詞の様に言われますが、実際には木ではなくて多年草。柱にならないのは当然ですよね。

このウドの若芽は、美味しいのだそうですね。なんだか似ているなと思ったら、タラの木の仲間でした。栽培もされていて、スーパーでも時々見かけますが、実はまだ食べた事がありません。今度見つけたら買ってみようかなと思っているところです。

2005年5月 2日 (月)

畦道の野草たち スズメ編@青春ぶろぐ

畦道の野草たち第二弾は、スズメ編。
野草の中にはスズメだのカラスだのと付く草がいくつかありますが、その中からスズメ2種を紹介します。
suzumenoteppou11まずは、スズメノテッポウ。
雀が持つ鉄砲というそのまんまの意味ですね。でも、あんまり鉄砲らしくないような...。
写真だと大きく見えますが、実際には5cm足らずの大きさです。雀にはちょうど良い長さかな。

見た目のとおりイネ科の植物で、秋に芽を出し、春の田ごしらえの頃には実が熟して種が出来るのだとか。稲作に合わせた生活サイクルになっているのですね。

この花穂を抜いて笛を作って遊ぶ事が出来ます。やった事がある人も多いのじゃないかな。

 
 
suzumenokatabira15続いて、スズメノカタビラ。
これこそ、どこにでも生えている雑草の代表のような草ですよね。こんな名前が付いていると知ってました?

「帷子」というのは、裏地なしの単仕立ての着物の事。とがった先が雀の顔で、Y字型になった部分が着物に見立てたのかな。雀が着るにしては、随分と小さいのですけどね。

あまりの繁殖力に、害草扱いされる事も多いようですね。でも、名前を知ったら、なんだか可愛くなってしまいました。

keri11最後は、植物では無いけれど、鳥つながりと言うことで、田んぼで見つけた野鳥の紹介。
地面を向いて一生懸命に写真を撮っている時に、けたたましい声と共に飛んできてのがこの鳥。名前はケリ。
一見鳩によく似ていますが、その長い足に注目して下さい。千鳥の仲間で、同種中最大の鳥なんだそうです。
名前の由来は、「ケリ、ケリ」と鳴くからなのだとか。でも、「キキキ-」の方が近かったような気がする...。
今まで全く気が付かなかったですが、田や畑には良く居る鳥なのだそうですね。ぱっと見、鳩と思って見逃していたのかな?

このほか空からはヒバリの声が聞こえていたのですが、どこに居るのかは判りませんでした。ずっと高いところを飛んでいたのかな。

遊びで畦道を訪ねてみるのって、結構面白いですよ。


2005年5月 1日 (日)

畦道の野草たち 黄花編@青春ぶろぐ

普段私が野草を探す場所は、散歩道の途中の道ばたや公園、堤防などです。しかし、そこで見つけた野草を図鑑で調べると、「田や畑のあぜに多い」とある事がほとんど。
ならばと、近くの水田にまで野草を探しに行ってきました。すると、あるある。小一時間ほど探しただけで、次々に見つかるではありませんか。畦道というのは、野草の宝庫でもあったのですね。
そんな中から、まずは黄色の花の野草を集めてご紹介します。

hahakogusa11まずこれは、ハハコグサ。別名は御形(ゴギョウ)。春の七草の一つですね。

御形とは、厄払いのために川に流す人形の事。この草を人形の代わりに使っていた地方があり、そこから付いた名前だそうです。

また、ハハコグサの名の由来にはいくつもあって、白い毛の生えた葉が乳児の舌に似ていることから付いたとも、その白い毛をかぶっている姿が母親が子を包みこむように見えるからとも言われます。また、毛が生えた種子が出来た姿を「ほほけ立つ」と呼んで、ホホケグサがなまったという説もありますね。母子のけがれを託して流す人形だったからだとも。

この姿からはちょっと気付きませんが、意外にもキク科の植物です。でも、花をよく見ると小さな菊のつぼみが幾つも集まっているような感じで、なるほどなと思わせるものがあります。

春の七草一つだから当然食べられますが、咳や痰を押さえる漢方薬にもなるそうです。

kometubutumekusa11この小さな花は、コメツブツウマゴヤシ、と思う...。でも、もしかしたらとてもよく似ているコメツブツメクサかも判りません。葉の先がとがっているのでウマゴヤシと判断したのですが、自信はありません。種を見ないとなかなか確実な事は言えない様ですね。
どちらにしても豆科の植物で、飼料となる事は共通してます。
とっても小さい花ですが、じっくり見るとなかなか綺麗な色をしていますよ。

oojisibari11一見タンポポの様に見えるこの花は、オオジシバリ。漢字で書くと大地縛り。細い茎を四方に伸ばし、その節々で根を下ろすところが、あたかも大地を縛る様に見える事から付いた名前だそうです。

ごく近い仲間にジシバリがあって、全体に小さく、葉の形が丸い事から区別が出来ます。と言っても、私はこっちしか見たことが無いのですけどね...。一応、図鑑で確かめました。

花を見れば判るようにキク科の仲間で、ツルニガナの別名があります。茎の伸び方が蔓のようなニガナという意味なのかな。一方のジシバリの方はイワニガナ。岩の間など、どこにでも生えるという意味があるそうですね。いかにもたくましそうな植物ではあります。


yabuhebiichigo11後の二つはイチゴ2種。まず、こちらはヤブヘビイチゴ。これも、多分です。とってもよく似ているヘビイチゴに比べて、副萼片がはっきりしていることからヤブヘビイチゴと判断しましたがどうでしょうか。

いかにもイチゴらしい赤い丸い実が成り、ヘビと名は付いていても毒はなくて食べられます。ただ、全然味がしなくて美味しくは無いそうですね。

名前にヘビと付いたのは、あまりにもまずくてヘビぐらいしか食べないだろうというところから来ているのだとか。なんだかヘビに気の毒なような名付けられ方ですね。実際には、鳥や小動物が食べているのでしょうか。

ohebiichigo12これもよく似た花ですが、こちらはオヘビイチゴ。ヤブヘビイチゴと違うところは、まず同じ箇所に沢山花が付くところ。ヤブヘビイチゴは花は一輪づつしか咲きません。それと、葉っぱの形がヤブヘビイチゴが3裂なのに対して、オヘビイチゴは5裂になっています。

オヘビイチゴを漢字で書くと雄蛇苺。ヘビイチゴより大きいという意味で「雄」が付いた様ですね。ただ、イチゴとは言っても赤い実は成らず、褐色の種子が萼の中に出来るだけだそうです。もっとも私はまだ見たことがありません...。

それにしても、似たような花が多くて、同定するのは容易ではありません。図鑑とネット上の情報を駆使してみましたが、まだ間違っている可能性もあります。お気づきの点があれば、コメント頂ければ幸いです。

レンゲ畑@青春ぶろぐ

rengebatake11
春の野と言えばレンゲ畑。一面に広がった薄紫の絨毯が、なんとも言えず見事です。

rengebatake12個々の花を見ると、これもなかなかのもの。総体として鮮やかな色になるレンゲですが、個々の花には透明感があって、白と薄紫のコントラストがなんとも鮮やかです。
ところで私はレンゲと呼んでいますが、ゲンゲというのが標準和名なんだそうですね。もしかしたら、ゲンゲと呼んでいる地方の方が多いのかな。
別名のレンゲは、この花の姿がハス(蓮華)に似ている事に由来するのだとか。大きさは違いますが、色と言い、全体の姿形と言い、確かに似てますね。

rengebatake15ここでもミツバチ達が忙しそうに働いていました。蜂の数は半端じゃなくて、ブンブン、ブンブンと羽音がそこかしこで聞こえます。ミツバチですからそうそう襲われる心配は無いのですが、虫の苦手な人は堪らないのじゃないかな。
枚方には地元産の蜂蜜を売っている店があるのですが、この蜂達は養蜂家の方が飼育しているものなのでしょうね。この蜂が集めたレンゲの蜜が、店先に並ぶ日も近い事でしょう。

きっと美味しいのだろうな。


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