« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

2005年4月

2005年4月30日 (土)

飛んでけ~!@青春ぶろぐ

せーのーで、

watabousi15

ふうー!

watabousi20

飛んでけ~!

一面の菜の花@青春ぶろぐ

yodogawa26

淀川は、今が花盛り。一面に咲いた菜の花で埋め尽くされています。サイクリングロードを行く人たちも、まるで菜の花の世界の中を走っている様です。

karasina111この菜の花は、正確にはセイヨウカラシナ。元々食用として海外から輸入され畑で栽培されていたものが、いつの間にか野生化していたものなのだとか。今では日本中の河川敷を埋め尽くす勢いで広まっているようです。とっても綺麗な景色なのですが、生態系の事を考えると、うーんと考え込んでしまいます。外来種がこんなに広がってしまっても良いのかなあ...。


karasina112それはともかく、蜜を求める虫たちにとっては天国のような世界なのでしょうね。あたりには沢山の蜂や蝶が舞っていました。もっと細かく群落の中を見れば、様々な虫達が生息している事でしょう。じくり観察してみるときっと面白いだろうな。

2005年4月29日 (金)

これ、遊べるよ@青春ぶろぐ

遊べる野草の紹介を2題。

karasunoendou111

まずは、カラスノエンドウ。
去年も紹介しています
が、小さなエンドウ豆の様な実を使って遊ぶ事が出来ます。やり方は簡単で、この鞘の中の豆を全部とりだして、後は口に付けて吹くだけ。上手くいけば、ブーという音を鳴らす事が出来ます。
実際に手順を写真で紹介しようとしたのですが、残念ながらまだ実が熟していなくて、笛を作るには少し早すぎました。もう少し経って、中の豆がはっきりとした形になった頃が適当な時期です。それ以上経って、鞘が黒くなってしまうと熟しすぎで上手く行きません。
ポイントは皮を破らないように丁寧に豆を取ること。慣れるまでは、意外に難しいですよ。

penpengusa11

こちらは、ナズナ。
別名のペンペングサは実の形が三味線のばちに似ているから付いたと言われますが、実際に音を鳴らして遊ぶ事も出来ます。
この写真で、実を茎から半ばはがしてあるのが判るでしょうか。こうして実の柄を長くしてからクルクルと回すと、実と実がぶつかってシャラシャラという音がするのです。でんでん太鼓の要領ですね。

子供連れの散歩がてらに野草で遊ぶというのも、なかなか面白いものですよ。


散歩がてら@青春ぶろぐ

近所を散歩しながら見つけた花3題。

sweetpea11

道ばたのフェンスに絡むようにして咲いていたスイトピー。個々の花はたおやかなのですが、咲きそろった姿は実にあでやかです。
以前ベランダで育てたことがあるのですが、あまりに育ちすぎて1度きりでやめてしまいました。やっぱり地植えでないと無理がありますね。でも、この華やかさを見ると、また近くに置きたくなります。

siran11

植え込みの陰になるようにして咲いていたシラン。まだ咲き始めたばかりのようで、大半がつぼみです。派手さは無いけど、この紫の深い色合いが何とも言えず良いですね。

marguerite30

いかにもお花畑を思わせるのは、ピンクの八重咲きのマーガレット。我が家の白のマーガレットとはまた違った良さがあります。絵に描いたような春の花ですねえ。

少し出歩くだけでいろんな花に出会えるのは、春ならではの楽しみです。

2005年4月28日 (木)

綿帽子2題@青春ぶろぐ

harunonogesi11


二つ並んだ綿帽子。
どちらもふわふわして柔らかそう。
思わず、ふーっと吹き飛ばしたくなりませんか。


harunonogesi12
上の方は、ハルノノゲシの綿帽子。

harunonogesi15
上から見ているから丸く見えるけど、横から見るとこんなふうに扁平になっているのが判ります。


tonpopo30
下の方はタンポポ。こっちは、どこから見てもまん丸のポール状。

同じような花の綿帽子ですが、種類によって形が違うというのが面白いですね。

義経 16の3

義経 第16回 「試練の時」その3

亀の前を伊豆に送った夜、静と二人して笛を奏でる義経。

続きを読む "義経 16の3" »

2005年4月27日 (水)

青い星 ベルフラワー@青春ぶろぐ

bellflower11

窓辺にて、青い星の様にきらめき咲き誇るベルフラワー。

今年も乙女桔梗が満開になりました。その名のとおり桔梗の仲間で、花の形からベルフラワーとも呼ばれます。我が家に来たのは何年前になるのかな。とっても丈夫な植物で、毎年沢山の花を咲かせてくれます。

乙女の名にふさわしく、個々の花は小さくてとても可憐。そして、咲きそろった姿は、鮮やかでいて、かつ清楚。

我が家の春を彩る大切な一鉢です。

2005 若竹煮

takenoko11

リビングからにょきっと生えてきた竹の子。

そんな訳はなくて、これはゆこが買ってきてくれた今年初めての竹の子です。なかなか立派な大きさですね。これを米のとぎ汁でゆがいて、あく抜きをして料理に使います。

wakatakeni11

ゆこが作ってくれたのは、この若竹煮。やっぱり生からゆがいた竹の子は味が違いますね。竹の子のうまみが、ぎゅっと凝縮された感じがします。そして、一枚添えた木の芽がまた味をぐっと引き立ててくれのですよね。

うーん、春の味!

義経 16の2

義経 第16回 「試練の時」その2

実家を訪れた政子。牧の方に頼朝の所在を確かめています。それに対して、政子にとある噂を伝える牧の方。

続きを読む "義経 16の2" »

2005年4月26日 (火)

義経 16

義経 第16回 「試練の時」

静と鎌倉の山中を歩く義経。静の足の怪我も大分良くなり、まもなく都へ帰れると言う静。そんな静に都へ帰りたいのかと問いかける義経。とまどったように黙り込む静。

続きを読む "義経 16" »

こうもりこーい ぞうりやろ

koumori11

夕闇迫る空をよぎる怪しい影。
鳥にしては、シルエットがなにか変。そう、これはコウモリです。

壺井栄さんの「母のない子と子のない母と」には、

こうもりこーい ぞうりやろ
おちたらたんばの水のまそ
そっちの みーずはにーがいぞ
こっちの みーずはあーまいぞ
あーまいほうへ とーんでこい

と歌いながら、コウモリに向かって草履を投げる子供達の姿が出てきます。
戦災で母を亡くし小豆島の叔母の家に身を寄せていた一郎を、行方知れずだった父が迎えに来るという大変印象深い場面でもあり、そしてその夕暮れ時の時間帯こそ「ねこづらどき」なんですね。

私はコウモリを見るとこの場面を思い浮かべるのですが、実際にコウモリ相手に遊んだ事はありません。というか、実家の近くにコウモリは居なかったですね。今の家の近くにはコウモリは沢山飛んでいるのですが、子供達がコウモリ相手にしているところは見たことがないなあ...。

今でも小豆島ではコウモリに草履を投げて遊んでいるのかしらん?

2005年4月25日 (月)

2005 F1 サンマリノGP 決勝結果

F1 サンマリノGPの決勝結果は、次のところにあります。

公式予選2回目結果

決勝結果


F1サンマリノGP決勝は24日にイモラサーキットにて行われ、2位からスタートしたルノーのアロンソが勝ち、3連勝を達成しまた。2位にはシューマッハ、3位にはB.A.Rのバトンが入っています。

続きを読む "2005 F1 サンマリノGP 決勝結果" »

JR尼崎脱線事故

JRの宝塚線で大変な事が起こってしまいました。
テレビでひしゃげた車両を見ると、もしあの中に乗っていたらと思うとぞっとします。乗客だった人は、さぞ怖かった事でしょうね。
事故に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。

被害者の数は刻々と増えていき、まだ車両に閉じこめられている方も居るとか。
一刻も早く救出してあげて欲しいですね。
そして、原因を突き止め、二度とこんな事故が起こらない様にして欲しいと願います。

ただ、最後に一点、テレビの報道を見ていて思うこと。原因はこれからじっくりと究明されて行かなければならない事なのに、何が何でもJRの運行管理や運転手の未熟さに結びつけようとしているのは、いかがなものでしょうか。確かに疑わしい事ではありますが、現時点で断定しようなんて無理があると思います。

全ての報道がそうだとは言わないですけど、マスコミは予断を持たずに、冷静に事実だけを伝えるべきではないでしょうか。


2005年4月24日 (日)

2005 F1 サンマリノGP 2日目結果

F1 サンマリノGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選1回目結果

サンマリノGPの1回目予選の結果は、マクラーレンのライコネンがトップに立ちました。2位にはルノーのアロンソ、3位にフェラーリのシューマッハが続いています。

続きを読む "2005 F1 サンマリノGP 2日目結果" »

2005年4月23日 (土)

2005 F1 サンマリノGP 1日目結果

F1 サンマリノGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

サンマリノGP1日目のトップには、マクラーレンのサードドライバー、ペトロ・デ・ラ・ロサが立ちました。2位にはB.A.Rのジェンソン・バトンが入っています。B.A.R復調のきざし?

続きを読む "2005 F1 サンマリノGP 1日目結果" »

2005年4月22日 (金)

春の光 マーガレット@青春ぶろぐ

marguerite11

ベランダのマーガレットが、花盛りになってきました。

マーガレットは多年草で大株になっているのを良く見かけますが、我が家とはどうも相性が悪く、一度も夏越しをした事がありませんでした。でも、昨年買ったこの株でやっと2年目を迎える事ができたのです。うーん、嬉しいよ。

marguerite12花の中央をアップにしてみたところ。花が咲いて暫くすると、まるい膨らみを破る様にして雄しべが飛び出してくるのですね。まるでエイリアンみたいだと思うのは、私だけかな?その周囲にあるのが雌しべですね。こんな風になっているなんて、全然知らなかった...。
marguerite15マーガレットはキク科。花も葉も見れば一目瞭然なのですが、もう一つキクの仲間なんだなと実感する時があります。それは、切り戻しをした時の臭い。菊菜そっくりなのですね。マーガレットが食べられると聞いた事はないですが、切った葉を捨てずに鍋に入れようかと思ったりします。まだやった事はありませんが、実際に食べた事がある人って居ます?

ところでこの花の香りはわりとはっきりしていますが、人によってはすごく嫌みたいですね。私は春らしくって良いと思うのですが、香の好き嫌いには随分と幅があるようです。品種によっても違うみたいだけどね。

今日も黄砂、かな?

kousa15

今日もはっきりしない夕日です。
昨日ほど目はしょぼしょぼしないけど、今日も黄砂が飛んでいるのかな?

2005年4月21日 (木)

神泉苑~義経と静が出会った場所~@義経


sinsenen11

神泉苑は平安京の建設以前からあった沼沢地で、都を開くにあたってこれを苑池とし、大池、泉、小川、小山、森林などの自然を取り込んだ大規模な庭園として整備されました。その規模は、南北4町、東西2町という広大なもので、乾臨閣を主殿として、右閣、左閣、釣台などの諸殿が立てられていたと言います。

神泉苑を有名にしたのは弘法大師に依る雨乞いの祈願です。干ばつが続いた824年(天長2年)、淳和天皇の勅命により大師は神泉苑の池畔にて祈願を行います。このとき大師は北インドの無熱池に住まう善女龍王を勧請され、見事に雨を降らせる事に成功しました。以後、神泉苑の池には善女龍王がお住みになると伝えられます。以後、ここは雨乞いが行われる場所となり、幾度となく儀式が行われています。

義経記によれば、後白河法皇の御代(1182年(寿永元年)7月と言われます)にも、神泉苑において雨乞いの儀式が執り行われています。まず、高僧が100人招かれて教を読んだのですが、何の効果も現す事が出来ませんでした。次に、都の特に美しいと言われる白拍子100人を集めて舞わせたのですが、99人までは何の験も現す事は出来ませんでした。そして、最後に舞ったのが静です。静が舞い始めると俄に黒雲が湧き起こり、その日から3日に渡って大雨が続き、見事に干ばつの被害を免れる事が出来たのでした。法皇は感激され、静を日本一と褒め称えたと言います。この舞いを見ていた義経が静を見初め、館へと連れ帰って側室としたのでした。

これはあくまで伝説に過ぎませんが、二人の出会いの場面としては劇的であり、ふさわしい舞台であった様に思われます。しかし、今の大河ドラマの展開の中に取り込むには、いささか無理がありますよね。

ryuou11神泉苑は、その後規模の縮小を繰り返し、現在では往事の面影はほとんどありません。しかし、池には苑内で営業している料亭が作った龍頭鷁首の船が浮かんでおり、わずかにここが皇族の遊興の地であった事を偲ばせてくれます。

また、池に架かる赤い橋は法成橋。この橋を心に願いをひとつだけ念じながら渡ると、池に住む善女龍王がそれを聞き届け、叶えてくれると伝えられています。

神泉苑ホームページ


義経 15の4

義経 第15回 「兄と弟」その4

常陸から帰り、侍所を創設して和田義盛を別当に任命した頼朝。

続きを読む "義経 15の4" »

藪のような、花のような...@青春ぶろぐ

boke11

平等院の境内に、一株で藪の様になっている木がありました。全体に赤く染まって、なかなかの存在感があります。

boke15

近づいてみると、おびただしい数の花を付けているのが判ります。それにしても凄い咲き方だ...。

boke12

花をアップにすると正体が判るかな。

そう、この木の名前は木瓜。

我が家のベランダにも鉢植えがあるし、もっと小さい株は見た事あるけど、こんなに大きく育っているのは初めて見ました。成長しきるとこうなるのですね。あまりにも見慣れた姿と違うので、花を見てもしばらくはピンと来ませんでした。

花を楽しむには葉が邪魔ですが、開花してから時間が経っていたかも知れません。咲いた直後だったら、もっと見応えがあったことでしょうね。

2005 黄砂飛来

kousa11

空がどんよりしているし、花粉症の症状はきつくなるしで、なんだかうっとうしいなとおもっていたら、黄砂が飛来していたのですね。

去年は3月12日に記事をアップしてますが、本当にこの黄砂って迷惑なんですよね。そこら中埃っぽくなるし、アレルギー症状が助長されるしで、ろくな事がない。

黄色く染まった空を恨めしく見上げつつ、困ったもんだとぼやいてます。

気象庁黄砂情報のページ


2005年4月20日 (水)

義経 15の3

義経 第15回 「兄と弟」その3

義経の陣で横たわっている白拍子。三郎の馬を避けた拍子に、脚を痛めてしまったようです。ざわついた気配に目を覚ました白拍子は、自分を見下ろしている義経に気付きます。彼女は、かつて義経の危機を救った静でした。都に帰ると言う静ですが、脚を痛めていて、まともに歩けそうもありません。見かねた義経は、自分と一緒に鎌倉に来る様に誘います。


続きを読む "義経 15の3" »

桜の樹の下には...七重八重 @桜花ぶろぐ

yamabuki12

桜の下に隠れる様に咲いているのは山吹。山吹と言えば、有名なのがこの歌。

七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞあやしき

兼明親王 「後拾遺和歌集 」

兼明親王(914-987)が京都の小倉に住んでいた頃、雨の日に蓑を借りたいと言う来客に、代わりに山吹の枝を折って持たせて帰らせました。後日、その客が山吹を渡された意味が判らないと聞いて来たので、親王はこの歌を返したそうです。

そこには、一重の山吹は実が成るけれど、八重咲きの山吹はいくら花が咲いても一つも実は成らない。それから引いて、貸すべき蓑のひとつも無いのは心苦しい事だという寓意が含まれていました。この歌は後に常山紀談の「太田持資歌道に志す事」に引用され、道潅が歌に目覚めるきっかけとなった歌として広く世に知られる様になります。ちなみに、常山紀談では最後が「なきぞかなしき」に替わっています。

yamabuki11

この山吹の上に咲いていた桜も八重咲きでした。透き通るような白にほのかに紅がかかり、若葉の緑に良く映えています。八重大島桜かなと思うのですが、どんなものでしょうか。この桜もこの日(4月16日)が満開、今日の雨でかなり散ってしまったかな。

兼明親王が山吹を渡したのも、今日のような春の雨の日だったのでしょうね。

京都宇治、平等院にて。

2005年4月19日 (火)

義経 15の2

義経 第15回 「兄と弟」その2

夜明けの富士川。対岸の、今や敵となった平家の陣を見ながら、感慨に耽る義経。そこへ、武田勢が朝駆けをするという知らせが入ります。直ちに、戦支度に掛かろうとする義経ですが、その時、おびただしい数の水鳥が飛び立つ音を耳にします。

続きを読む "義経 15の2" »

馬の脚、鳥の脚? キンポウゲ@青春ぶろぐ

umanoasigata25
道端でみかける鮮やかなこの花の名は、キンポウゲ。別名、馬の脚形。
アネモネやラナンキュラスといった同じ科の仲間と、どこか似通った感じがしませんか。

umanoasigata12花を拡大するとこんな具合。花びらに光沢があって、金鳳花という漢字がぴったりきます。

本来は八重に咲く種類を、金鳳花と呼ぶのだそうですね。しかし、今では野原で見かける事はほとんど無いらしく、ネット上で探した限りでは見つける事ができませんでした。

umanoasigata20別名の「馬の脚形」の由来になったのが、この葉の形。これが馬の蹄に見えるというのですが、かなり苦しいような...。
そこで考えられた説が、元は「鳥の脚形」と呼ばれていたのが、どこかで馬と取り違えられたのではないか、というもの。確かに鳥の脚に見立てた方が自然な気はしますね。

とてもきれいな花ですが、キンポウゲ科の多くの植物と同じく有毒で、うっかり食べると腹痛や嘔吐を起こすそうです。薬草にもなるゲンノショウコの若葉と良く似ているので、間違えない様にご用心

2005年4月18日 (月)

義経 15

義経 第15回 「兄と弟」

黄瀬川に到着し、頼朝の陣を探す義経達。見張りの者達に見つかり、平家方の者ではないかと誰何されます。義経は名を名乗り、奥州から弟が駆けつけたと兄に取り次いで欲しいと頼みます。

頼朝の本陣。突然の弟の出現に、平家方の謀ではないかと疑う時政。対応に迷う頼朝。

続きを読む "義経 15" »

2005 ニオイスミレ

nioisumire11

ベランダのニオイスミレが開花しました。早い年だと2月頃に咲く事もあるのですが、今年は随分と遅かったですね。
このニオイスミレは、香を楽しむためのものですから、花そのものはあまり綺麗とは言い難いものがあります。しかし、色合いはスミレらしく、なかなか良い色をしてますよね。

nioisumire12
花を横から見たところです。この花には、スミレの特徴の一つである距がないのですね。でも、一口にニオイスミレと言っても何種類かあって、もっとスミレっぽい花もある様です。

nioisumire15
で、葉っぱはというと、こんな感じ。よく見かけるタチツボスミレなんかに良く似ていて、やっぱりスミレの仲間なんだなという気がしますね。

寒いときに咲いてもほとんど香はしないのですが、今は暖かいのでとっても良い香がしています。これから蕾が沢山上がってくるので、暫くの間は楽しむ事が出来そうです。


桜の樹の下には...@桜花ぶろぐ

kusaichigo11

桜の樹の下には、

桜が咲いてました。

いえいえ、

正確には、桜によく似た花が咲いていました。

kusaichigo12

この花の正体は何かというと、まずこれが第一のヒント。花が散った後はこうなります。この丸っこい感じに、見覚えはありませんか。

kusaichigo15

葉っぱの形を見ると、大体見当がつくかな。

答えは、クサイチゴ。5月の半ば頃には、小さな赤い実が成っている事でしょうね。この実は食べる事が出来て、あっさりとした甘みがあります。特別に美味しいという訳ではないけどね。ちなみに、花が桜に似ているのは、どちらもバラ科の植物だからなんでしょうね。

実は私、桜の花がそのまま落ちているのかと思いました...。

宇治川沿いの、桜並木にて。

2005年4月17日 (日)

源三位頼政 終焉の地@義経

hououdou35

以仁王を奉じて戦い、源平合戦の魁となって散っていった源三位頼政。その終焉の地が、ここ平等院です。宇治川を挟んで南に陣を張った頼政軍は一千。対する平家方は2万8千。数で劣る頼政軍は、奮戦虚しく敗れ去ります。

ougisiba11その頼政が切腹した場所として伝えられるのが、この扇の芝。
流れ矢に傷ついた頼政はこの地に軍扇を敷き、
「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」
の歌を残して、自刃したと伝えられます。

扇の芝を有名にしたのは、謡曲「頼政」。そこでは、頼政は自分のために読経してくれた旅の僧の前に幽霊となってこの地へ誘い、戦の経過を語り終えた後、自分こそが頼政、ここで自分は自害したと言って消えたとあります。

yorimasa11その頼政の墓が、同じく平等院の不動堂の側にあります。平等院においては、毎年頼政の命日の5月26日に「頼政忌」の法要が営まれています。この日も真新しい花が供えられており、日々大切に供養されている事が伺えました。

また、大河ドラマを見て訪れたと思われる人も見受けられ、頼政も再び脚光を浴びている様です。

鬼と桜と@桜花ぶろぐ

hououdou25

屋根の上から、咲き誇る桜を見下ろす鬼瓦。
さしもの鬼も、笑っている様に見えません事?


平等院・浄土院にて

宇治 平等院 枝垂れ桜@桜花ぶろぐ

hououdou20京阪間の今年の桜は全て終わってしまったものと思っていましたが、意外にもまだ咲いているところはあるようです。その一つが宇治にある平等院。さすがに周辺の染井吉野はほとんど散っていましたが、境内にある枝垂れ桜は、丁度見頃を迎えていました。

 
 
 
 

 

 

hououdou11この桜は、鳳凰堂の前の池のほとりにあり、周囲の緑に良く映えて、輝いている様に見えます。

また、この桜越しに見る鳳凰堂もなかなかに見事で、藤原頼通が求めた世界が少しは判るような気がします。浄土と言うにはちょっとオーバーですけどね。

残念ながら、桜越しに全景を入れた写真は、一枚も上手く撮る事が出来ませんでした...。

なお、平等院の本尊阿弥陀如来坐像は現在修理中であり、これに伴って鳳凰堂の扉は閉じられたままです。丸い窓から如来様の顔が見えるのがこの堂の見所の一つなのですが、ちょっと惜しかったですね。

hououdou15この桜のほか、鳳凰堂の南に位置する浄土院の脇にある枝垂れ桜も、見事に咲いていました。

ここの枝垂れ桜はまだまだ若くて、全盛期を迎えるまでにはたっぷりと時間がありそうです。これから先の成長を見るのが楽しみな所ですね。

平等院ホームページ

菜の花畑?@青春ぶろぐ

kabura12

黄色い花の中で、蜜を求めて飛び回るミツバチ。いかにも春そのものの景色ですね。

kabura11ここは一面の菜の花畑と言いたいところですが、実は京都の宇治で見つけた、道端の小さな畑です。ほんのひとかたまりでしたが、とっても綺麗に咲いていました。

でもよく見ると、菜の花にしてはなんだか様子が違うし、少し変です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


kabura15答えは、すぐ脇にありました。蕪の花だったのですね。蕪の花って、こんなに綺麗だったのか。
でも、蕪って、花が咲く前に収穫するものなんじゃないのかな?この畑は花を咲かせるか、種を採るか、どちらかの為に栽培しているのでしょうか。


なんにしても、散歩の途中で目を楽しませて貰うには、十分に美しい花でした。落ちも付いたし、ちょっと得した気分です。

2005年4月16日 (土)

義経 14の5

義経 第14回 「さらば奥州」その5

奥州平泉、義経の館。泰衡からの頼朝敗北の知らせに衝撃を受け、参戦出来なかった事を悔やむ義経。仮に駆けつけていたとしたら、義経の命も危なかったのではと言う弁慶に対し、義経はただ兄の側に居たかったのだと叫びます。どうやら義経は、政略や駆け引きといった事には無縁な、情で動くタイプの人物に育ったようですね。

続きを読む "義経 14の5" »

エピテンドラム@青春ぶろぐ

epiten20

オレンジ色も鮮やかに咲き誇るエピテンドラム。出窓にあって、今年も沢山の花を付けてくれました。

epiten11 エピテンドラムは、洋蘭の一種。やっぱり花だけあって、太陽に向かって咲きます、て、あたりまえか。

蕾をつけるのは結構早く、毎年年末から1月ごろにかけて花芽が出て来ます。ところが、そこからが長いのですよね。延々と蕾の時期が続き、やっと咲き出すのが3月の中頃になってから。そして、今の時期に盛りを迎えます。

ところが今年はどういう訳か、蕾の間に次々に落花してしまうという現象が起きてしまいました。花の下の方が寂しいのはそのせいです。ちょっと出窓が寒すぎたのでしょうか。

epiten15

一見して花の固まりで蘭には見えないかも知れませんが、こうして個々の花をアップしてみると、やっぱり蘭である事が判ります。一つずつは小さな花ですが、ディテールもなかなか繊細で、綺麗でしょう?

この小さな花が集まったオレンジのポールは、5月の声を聞く頃まで、我が家の出窓を彩ってくれます。

2005年4月15日 (金)

義経 14の4

義経 第14回 「さらば奥州」その4

時政の支援の下、ついに兵を挙げ山木判官の館を襲った頼朝。初陣は目出度く勝利に終わりました。しかし、石橋山にて大庭景親率いる追討軍と戦い、無惨にも敗れ去ってしまいます。辛くも敵の手を逃れた頼朝は、近臣と共に石橋山の洞窟に隠れていました。

続きを読む "義経 14の4" »

2005年4月14日 (木)

義経 14の3

義経 第14回 「さらば奥州」その3

福原、清盛邸。寝室で寝ている清盛の枕元にあふれ出た鼠たち。その気配に目を覚ました清盛の耳に、真言を唱える声が聞こえてきます。その声につられて部屋の外へ飛び出した清盛の目に、頼政、以仁王など、清盛に恨みを抱いて死んでいった者達の亡霊が映ります。おのれ、もののけ!と叫んで太刀を振るう清盛。亡霊は追い払ったものの、あまりの不気味さ故か、清盛はおびえた様子です。そこへ現れた五足は、これはだれかの呪詛ではないかと言い出します。

続きを読む "義経 14の3" »

春の星花@ハナニラ

hananira11

スプリングスターフラワーの異名を持つハナニラ。普通は6弁の花なのですが、「はなだより」さんのWAKAさんの庭では7弁の花が咲いているのだそうです。そして、上の写真は京都大徳寺の近くで見つけた5弁のハナニラ。5弁だと星マークみたいで、それこそ春の星の花と呼ぶにふさわしいですよね。

と言い切っちゃったけど、もしかして違う花だったら、どうしよう...。

多分、右下の花弁に2本の筋が入っているので、ここは本当は2弁になるはずだったのが、何らかの原因で1弁になってしまったのかなと思うのですが、どうでしょうか。

hananira12こっちは、上賀茂の社家町で咲いてたハナニラ。この花はオーソドックスに6弁ですね。やっぱりこの形の方が、バランスが良いかな。

どちらの花も石垣の隙間から芽を出して咲いていました。おそらく庭に植えてあったものが、外にまで進出して来たのでしょうね。繁殖力と性質の強靱さには、相当なものがあるようです。

道端でさりげなく、しかしとっても綺麗に花開いていました。

この季節、思わぬ所に咲いている花を見つけられるのも、散歩をする楽しみの一つです。


2005年4月13日 (水)

義経 14の2

義経 第14回 「さらば奥州」その2

1180年(治承4年)5月30日。西八条、清盛邸。一門を前に、都を福原に遷すと宣言する清盛。それを聞き、それぞれの想いを胸に浮かべる平家の人々。

時子の呼び出しを受け、妻の部屋を訪れた清盛。そこで、時子から遷都を思いとどまるよう訴えられます。平家を守る為と言う清盛に、都を守る神々の祟りが恐ろしいと怯える時子。いずれ判る時が来ると、清盛は時子の訴えを退けます。

続きを読む "義経 14の2" »

2005年4月12日 (火)

義経 14

義経 第14回 「さらば奥州」

奥州平泉、伽羅の御所。その庭で、親子の様に草笛に興じる秀衡と義経。秀衡は、義経に嫁を娶り、この地に根を下ろしてはどうかと勧めます。言葉では胸に止めると応えた義経ですが、心の内は、平家と源氏の争いの行く末の事でいっぱいです。

続きを読む "義経 14" »

2005年4月11日 (月)

京都 高野川@桜花ぶろぐ

demati25

京都出町柳は、賀茂川と高野川の2本の川が出会い、鴨川となるところ。その出町柳から高野川沿いに続くのがこの桜並木。京阪の出町柳駅を出てすぐにある河合橋から上流の高野橋まで、長さ約1.5kmに及びます。いったい何本の桜が植わっているのかは判りませんが、延々と続く花の帯は見る者を圧倒します。

demati11ここは堤防になっていて、川岸に細い道があるほかは斜面になっています。ですから、他の花の名所の様にビニールシートで覆われる事もなく、喧噪とは無縁の世界。至って静かに花を楽しめます。また歩き疲れたら、ところどころにある階段や石の椅子に腰掛けて休むことも出来ます。

そして、斜面を生かした楽しみ方として、桜に包まれるようにして、花を愛でる事が出来るのですよね。桜越しに高野川を見ると、いっそう風情が増すというものです。

もう一つの楽しみ方は、堤防に生えている野草を見つける事。この日(4月9日)は、ホトケノザやオオイヌノフグリが綺麗に花を付けていました。

demati37

この桜並木は、堤防の上が道路になっていて、車の中からも楽しめます。普段ならイライラするだけの渋滞も、この時期だけは別。ゆっくり桜を見るために、早く列が止まってくれないかと思うから勝手なものですよね。ただし、桜に見とれて前の車に追突しないように注意して下さい。

この桜並木は、もしかしたら、今の京都では一番の名所と言えるかもしれません。

2005年4月10日 (日)

義経 13の4

義経 第13回 「源氏の決起」の4

(8日に送信したはずが、なぜかエラーになって記事が消えてました。今更という気もしますが、前回の続きを掲載します。)

以仁王の令旨を見て、平家追討かと叫んで義経を見る伊勢三郎。それに答えつつも、苦悩の色が濃い義経。感慨にふける三郎を余所に、平家を討つ事に迷いが隠せません。決断を迫る三郎に、母常盤と清盛の関係を話す義経。その義経の脳裏に、かつて清盛と共に暮らした懐かしい日々の記憶が蘇ります。

続きを読む "義経 13の4" »

京都 円山公園@桜花ぶろぐ

4月9日の円山公園。晴天に恵まれ、絶好の花見日よりです。その分人出も半端でなく、10時半現在で、枝垂桜の前は既に人だかりがしていました。

sidaresakura22

この枝垂桜、さすがに見事と言いたい所なのですが、あまりの衰えぶりに驚いたというのが正直なところです。この樹が咲いているところを見たのは7年ぶりになるのですが、すっかり枝も少なくなり、全盛期の面影が失せてしまっています。花が綺麗な事は、変わってないですけどね。

この桜の衰弱が伝えられ始めたのが今から20年程前の事でした。当時の話では、烏が枝に留まり、繊細な枝を傷めてしまうと言う事でしたが、多少枯れ枝が見えるかなと言う程度で大した事は無い様に思われました。その後、幹が虫に蝕まれているとして、真っ白に薬が塗りたくられている時期があり、年々その衰えぶりが顕著になってきました。現在は薬が塗られていないところを見ると虫の被害は収まった様に見えますが、枝数はかつての半分ほどになってしまっています。

この枝垂桜は2代目ですが、先代は200年ほどの樹齢を保った老樹で、京都を代表する名樹として親しまれていました。先代の樹は明治に全盛期を迎えたあと大正時代に入ると衰えを見せ始め、昭和に入ると衰弱ぶりが激しくなり、ついには昭和22年に枯死してしまいました。古写真でその衰弱の過程を見た事があるのですが、今のこの樹の姿がその古写真とだぶって見えます。この樹は樹齢60年を越えた程度のはずで、まだまだこれからのはずなのですが、なんだかとても気がかりですね。この樹は私が子供の頃から親しんできた樹で、円山公園の中でも特に大事にされ、女王と呼ぶにふさわしい風格を持ち、毎年美しい花を咲かせてきました。そのかがり火に映えた夜桜はなんとも言えないすばらしさがあり、他には代え難い風情を持っています。願わくばもう一度かつての樹勢を取り戻し、全盛と呼ばれる時期を迎えて欲しいものと思っています。

tokei11

枝垂桜は少し寂しい姿になっていましたが、公園の中の桜はさすがに素晴らしく、一面花、花、花で埋め尽くされた観があります。そして、この時間帯から既に花見の場所取りのためのビニールシートが張られ、花見が可能な場所はほとんど残されていない状態でした。

ただ、花見ですから大勢の人が訪れて騒ぐのは当然の事として、その場所取りの仕方があまりにも傍若無人に過ぎるのが気になります。桜の下のみならず、本来通路であるべき場所にまで隙間無くシートが敷かれ、見たい桜に近づく事が出来ないばかりか、帰るに帰れず大きく迂回させられる羽目に陥りました。いくら何でも通路なのですから、人が歩くスペースぐらいは開けておくのが常識というものでしょう。場所取りが大変なのは判りますが、自分たちさえ良ければ他人はどうなってもいいというエゴが丸見えな感じがして、なんだか悲しい気分にさせられました。これでは、ちっょと円山公園で夜桜を見ようという気分にはなれません。せっかくの桜も泣いているというものです。

ryouma11 がっかりさせる様な事ばかり書いてますが、さすがに円山公園だというところも紹介しておかなきゃね。これは、桜に囲まれた坂本龍馬の銅像。この時期ならではの光景です。ちょっと中岡慎太郎の顔が桜で隠れているのはご愛敬として下さい。

さすがに龍馬の人気は高く、桜に見入るのと同じくらいの人だかりがしていました。去年の新選組!の影響も残っている事でしょうね。江口龍馬は、格好良かったもんね。それに、中岡慎太郎の知名度も上がっている事でしょう。あのドラマだけでは十分ではないとしても、これまでは龍馬の隣で座っている中岡って誰?龍馬の従者だった人?という程度の認識でしたからね。

本来龍馬と同格に扱われてしかるべき中岡ですから、その知名度の上昇とともに残した功績も正しく認識されて欲しいものです。

sidaresakura25メインの枝垂桜が衰える中で、この樹はまさに全盛を誇っているかのようです。 龍馬の銅像から少し東に行ったところにある樹で、樹齢はほぼ同じくらいじゃないのかな。種類まで全く一緒なのかは判りませんが、その美しさは見事の一言です。今公園の中にある枝垂桜の中では、一番綺麗でしょうね。ちょっと奥まった場所にあるので、見に来る人も少なく、ゆっくりと見られるというのも良いですよ。

akamegaki11人で溢れていた円山公園も、一番上まで行くとさすがに人影はまばらになります。そんな場所で見つけた2種類の桜と、赤目垣の燃えるような新芽のコラボレーション。あまり注目する人もいない中で、互いの美しさを競いあっていました。ただ、安養寺の手前の広場は、ごく最近に再整備されたようで、以前あった桜のほとんどは無くなっていました。それこそ10年後を見越した整備だとは思いますが、少し寂しい気もします。

houjicha11

最後におまけの美味しい話題。京都のソフトクリームと言えば抹茶ソフトが有名ですが、この茶色のソフトはほうじ茶ソフト。甘くしたほうじ茶と聞くとちょっと引くかも知れませんが、食べてみるとあっさりとした程よい甘さで、ほうじ茶の風味も意外とクリームにマッチしています。もしかしたら、抹茶ソフトよりも美味しいかも知れません。今度見つけたら、騙されたと思って試してみて下さい。

2005年4月 9日 (土)

京都 祇園@桜花ぶろぐ

sirakawaminami11

京都祇園、白川南通の桜は今が満開です(4月9日現在)。柳の緑とあいまって、鮮やかな色彩を演出しています。

人出を予想して午前中に出かけたのですが、10時頃にはすでに人で溢れている状態でした。そして、私も含めてカメラ片手の人が多い事。一眼レフに凄いレンズを付けたプロまがいの人から、コンパクトデジカメで撮りまくっている人まで様々。中には、ブロガーも少なからず居たことでしょうね。

ただ、ここは車道になっていて、特に通行止めにはなっていません。ですから、次々に車が来るのですが、写真を撮るのに夢中になっている人は全然気付かなくて、危ない事この上なしの状態です。いっそ、車を止めるか、せめて警官を貼り付けるかしないと、いつか事故が起こりそうで怖い気がします。

gionkiritosi12さて肝心の桜ですが、とっても華やかなのですが、正直言って全体に樹としての盛りを過ぎつつあるように感じました。染井吉野の盛りは、樹齢30年から40年位にかけてなのだそうですね。戦後間もなく植えられた木は樹齢60年近くになり、そろそろ枯れてもおかしくない時期に来ています。計画的に更新はされているのでしょうけど、うまく追いついていない感じですね。今から思えば、20年くらい前がこのあたりの一番の盛りだったのかなという気がします。ちょっと寂しいと思うのは、私だけでしょうか。

そんな中で、盛りを迎えつつある若い樹もあります。これは、切り通しの巽橋のたもとにある枝垂れ桜。いかにも花街の祇園らしい、艶やかな花色をしています。背後にある柳の柔らかな緑と鮮やかなコントラストを見せてくれていました。 こういう樹をみていると、まだまだここは大丈夫なのかな、という気がしてきますね。これからもずっと、桜の名所であり続けて欲しい場所です。

gionsirakawa11

祗園と言えば白川。白川と言えば、

「かにかくに、祗園は恋し、寝るときも、枕の下を水の流るる」

の歌が有名ですね。この歌を初めて目にしたとき、すぐ窓の外を流れている白川の水音をたとえた、なんて上手い比喩なんだと思ったものです。ところがそうではなかったのですね。

今桜が植わっている場所は、戦前は狭い道を挟んでお茶屋が立ち並ぶ界隈でした。この歌の作者である吉井勇が贔屓にしていたお茶屋「大友」も、桜並木の中程にある歌碑の場所に建っていたと言います。そしてこの「大友」は、白川の上に張り出す様に建物が建てられていたのですね。吉井勇が泊まった部屋は、その川に張り出したところにあり、まさしく枕の下に川が流れていたのでした。ですから、この歌は比喩ではなく、事実そのままを詠っていたのですね。

戦時中の強制疎開により、この通りの南側のお茶屋は取り壊しになりました。そして、戦後になってその空き地が白川南通として整備され、現在のような桜並木に生まれ変わったのです。

今では、かつての粋客に代わって、桜が白川の水音に、静かに耳を傾けています。

   

2005年4月 7日 (木)

義経 13の3

義経 第13回 「源氏の決起」の3

伽羅の御所。義経が秀衡から呼び出しを受けた様です。仮の話として、源氏と平家が争った時にはどうするつもりかと、義経に確かめる秀衡。これに対し、はっきりと源氏として戦うと言い切る義経。秀衡は、かつては父とも思った清盛に刃を向ける事になるが、覚悟は出来ているのかと問いかけます。それに対して、言葉を返せない義経。

続きを読む "義経 13の3" »

アッツ桜@青春ぶろぐ

attusakura11

桜は桜でも、これはアッツ桜。毎年、今頃になると花屋の店先を賑わす可愛い花です。
可憐な姿に似合わず、その名は戦争に由来します。太平洋戦争中に日本軍がアッツ島を占領したときに戦勝ムードに乗じて付けられたとも、その反対に守備部隊の全滅が伝えられた時に付けられたとも言います。いずれにしても、その見かけからは想像できない由来ですね。

原産地は南アフリカ。小さな球根で、鉢に植えっぱなしでも3年目までは花を咲かせてくれました。4年目に入るとさすがに咲かなくなり、今年新たに買ってきたのがこの鉢です。ちゃんと毎年植え替えてやれば、もっと長く楽しめるのでしょうね。

これからは手抜きせず、きちんと手入れしてやらなくちゃ。


2005年4月 6日 (水)

義経 13の2

義経 第13回 「源氏の決起」の2

頼政の屋敷で、以仁王の令旨を見て、好機到来と喜び勇む新宮十郎。そんな彼に、諸国の源氏への伝達を以来する頼政。十郎は、無位無冠では重みに欠けると主張し、八条院の蔵人という役職を与えられて名を行家と改め、諸国へと旅立ちます。

続きを読む "義経 13の2" »

京都 洛北 上賀茂神社

kamigamojinjya11京都の洛北に鎮座する上賀茂神社。正式には、賀茂別雷神社といい、社伝によると、678年(天武6年)に社殿が造営されたと伝えられ、下鴨神社とともに京都でもっとも古い神社のひとつとされます。祭神である賀茂別雷神は、山城の国で勢力を誇った賀茂氏の氏神。平安京を開いた桓武天皇により、下鴨神社と共に王城鎮護の社とされました。山城国の一宮でもあるという、由緒正しい神社ですね。葵祭が行われる神社と言えば、最も判りやすいでしょうか。葵祭は、正式には賀茂祭といい、皇室が国家安泰を祈願するために、幣物を賀茂・下鴨神社へ奉納するという行事です。かつて、風水害をもたらす賀茂の神の祟りを鎮めるために、馬に鈴を付けて走らせる祭りを行った事がその始まりとされ、今でも走馬の儀として名残を留めています。なお葵祭とは、両神社の紋が双葉葵であることから呼ばれるようになった名称です。

morisuna11鳥居を潜ってすぐに目に付くのが、上賀茂神社独特の立砂。盛り砂とも言われ、賀茂別雷神が降臨したと伝えられるご神体「神山」を象ったものと言われます。この写真では判りにくいですが、先端には松葉が刺されています。一見砂を盛っただけですぐにも壊れてしまいそうなのですが、芯の部分が非常に固くて、容易には崩れない様ですね。
9月9日の重陽の節句には、この前で烏相撲が行われます。神職が烏の様にチョンチョンと飛んで見せたり、「カーカー、コーコー」と烏の鳴き声を真似たあと、子供達が相撲を奉納するというユーモラスな行事です。賀茂別雷神の祖父・賀茂建角身命が、八咫烏となって、神武天皇の東征を先導したという故事にちなむのだそうです。

naranoogawa11「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける」(藤原家隆)
百人一首で歌われたならの小川は、その歌にあるように禊ぎを行う川で、今でもひとがたを投じ半年間の罪穢を祓い清める夏越祓式が毎年6月30日に行われています。
川の名前の由来は、川辺に奈良神社があるからとも、楢の大木があったからとも言いますが、元は賀茂氏が開いた灌漑用水で、このあたり一帯の農地を潤してきました。加茂川から分水して境内に至ると御手洗川と名を変え、御物忌川と合流してしばらくするとならの小川となり、さらに社家町に至って明神川と呼ばれる様になります。
このならの小川の上流にあたる御手洗川は、葵祭の主役である斎王代が御禊をする川。斎王代とは、かつて神に仕えた未婚の皇女「斎王」に代わる者という意。「斎王」は賀茂両社に奉仕し、賀茂祭においても祭儀を執り行っていました。「斎王」は鎌倉時代に途絶え、また賀茂祭そのものも応仁の乱以後途絶えてしまいます。そして、賀茂祭は江戸時代になって幕府の援助を受けて再興され、明治後一時途絶えましたが明治17年に再開されて、現在に至っています。そして、昭和31年に斎王に代わる斎王代を中心とした女人行列が復元されました。斎王代は、京都生まれの未婚の女性から毎年選ばれ、御禊の行事は上賀茂、下鴨両社で交代で行われます。ちなみに、平成17年は下鴨神社の番にあたります。

葵祭は、毎年5月15日に開催され、巡航列が御所から上賀茂神社へと練り歩く「路頭の儀」は、京都御所を10時30分に出発し、下鴨神社を経て15時30分頃に上賀茂神社に到着します。十二単を纏った華やかな斎王代が率いる女人行列のほか、勅使舞人陪従の列など古の装束を復元した平安王朝絵巻が繰り広げられる、初夏の京都を代表する風物詩です。


2005年4月 5日 (火)

義経 13

義経 第13回 「源氏の決起」

1180年(治承4年)。奥州平泉、伽羅の御所。義経が秀衡から京の情勢を聞いています。清盛が後白河法皇を鳥羽殿に幽閉したと聞き、驚く義経。平家が朝廷を掌握したと言いながら、その真意を測りかねる秀衡。

義経の館。吉次からの手紙を読む義経。難しい顔をしている義経を見て、弁慶が何事かと尋ねます。義経は、都で起きている、源仲綱と平宗盛の馬を巡る諍いを教えてやります。

続きを読む "義経 13" »

サイネリア ふたたび@青春ぶろぐ

saineria15

冬の間咲き続けたサイネリア。2月の終わりに切り戻しを施したところ、見事に復活して花を咲かせ始めました。明るい日差しを浴びて、きれいに輝やいています。
春ですねえ。

2005年4月 4日 (月)

春3題 野草編@青春ぶろぐ

近所で見つけた春3題、野草編。
hotokenoza11この鮮やかなピンク色の花の名は、ホトケノザ。茎を取り巻くように付いている葉を、仏様が座る蓮華座に見立てて付いた名前だとか。小さな花ですが、こうしてじっくり見るとなかなか綺麗ですね。
ちなみに、春の七草のホトケノザはタビラコの事。タビラコは食べられますが、このホトケノザの方は有毒で食べられない様ですね。うーん、ちょっとまぎらわしいな。うっかり間違えちっゃた人っていないかしらん。
hakobe11このおそろしく地味な花は、はこべの花。これまであまり気にしてなかったですが、こんな小さな花を咲かせるのですね。でも、よく見るとそれなりに可愛い形をしています。
昔、小鳥の餌用に摘んだっけ。またこれは、春の七草の一つで、人が食べても大丈夫な草です。
seiyoukarasina11この黄色い花は、セイヨウカラシナ...だと思う、たぶん。実はあんまり自信がないのです。普通は「菜の花」とひと括りしてに呼んでいる花ですよね。
セイヨウカラシナで正解だとすると、葉に辛味があって食べられるのだそうです。結構大きな葉で、ちっょと固そうな気がしたのですが、若芽を食べれば良いのかな。

なんか野草を見ると、花よりも先に食べられるかどうか考える癖がついちゃってるなあ...。

2005 F1 バーレーンGP 決勝結果

F1 バーレーンGPの決勝結果は、次のところにあります。

公式予選2回目結果

決勝結果

バーレーンGPの決勝は4月3日に行われ、ルノーのアロンソがポール・ツー・ウインを飾りました。これで、ルノーは開幕3連勝、アロンソは第2戦に続いての2連勝となりました。そして、トヨタのトゥルーリが2位に入り、2戦連続となる表彰台を獲得しています。

続きを読む "2005 F1 バーレーンGP 決勝結果" »

2005年4月 3日 (日)

春3題 草花編@青春ぶろぐ

ベランダで見つけた春3題、草花編。
jyurian11今年も咲いてくれたプリムラ・ジュリアン。いかにもジュリアンらしい単純な花色ですが、今年で5年目になる我が家にとっては大切な花です。毎年、夏場になると弱ってしまうけど、どうにか枯れずにここまで来ました。
花屋さんでは冬の花として売られていますよね。でも、自然に任せると3月の末ごろになってようやく開花します。暑さに弱いので1年草扱いにされていますが、本来は多年草。花が終わった5月頃に植え替えをしてやるのが長生きのコツかな。
taiturisou11このちょっと変わった形の花は、タイツリソウ。本名はケマンソウと言い、花の形からこの別名があります。釣り上げられた鯛の様に見えるでしょうか。
この株を花屋さんから買ってきたのが2月の初め頃。一度強風にあおられて茎の半ばから折れてしまったのですが、脇芽が伸びて見事に復活してくれました。一見繊細な様でいて、結構強い植物の様です。これから先、夏越しができるかどうかは、未だ未知数。出来れば末永くつき合いたい花ですね。
panjii11薄いピンクの花は、言わずと知れたパンジー。この花も夏越しをして2年目に入った株から咲いたものです。昨年、花が終わった後も特に手入れもしないで放置しておいたら、いつの間にかプランターの上をはい回って雑草の様になってました。でも、こうしてちゃんと綺麗な花を咲かせてくれたのだから嬉しい限りです。この花を見ていると、パンジーもやっぱり春の花なんだなと実感しますね。このまま3年目に突入してくれると良いのだけれどな。

春3題 新芽編@青春ぶろぐ

ベランダで見つけた春3題、新芽編。
momiji111この赤い葉はもみじの新芽。
秋の紅葉も良いのですが、もみじの芽吹きは生命力が溢れている感じがして、結構好きです。
ちなみにこのもみじ、親は赤い葉の種類だったのですが、この苗は最初は赤くて、葉が開ききると緑になる出猩々になってます。なんでだろう?
  

kikyou11土から顔を出しているのは、桔梗の芽。冬の間地上部は枯れて無くなっていましたが、地面の下でちゃんと生きていました。今年も花を見る事が出来ると思うと嬉しいですね。
この桔梗は、花後に出来た種を撒いたもの。一から自分で育てていると思うと、かわいさもひとしおです。
 

katura11ハートの形をした若葉は、桂の新芽。桂は樹高数十mに達するという高木で、本来鉢植えには向かないようですが、昔から好きな木なのでベランダで育てています。
この木が特に良いのは新緑の頃。やや青みのかかった葉が五月の風に揺れる様は、なんとも言えない風情があります。ベランダで再現するのは、ちょっと難しそうですけどね。このほんのり赤みのかかった新芽もなかなか可愛いでしょう?このままちぎって、食べちゃいたくなります。

2005年4月 2日 (土)

2005 F1 バーレーンGP 2日目結果

F1 バーレーンGP 2日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 3回目
            4回目

公式予選1回目結果

続きを読む "2005 F1 バーレーンGP 2日目結果" »

2005 ツバメ飛来

今日、ツバメが飛んでいるのを見ました。昨年は4月11日に確認してますから、少し早い様ですね。
今年は寒いとばかり思ってましたが、そうでもないのかな。
ちなみに、カエルの声も聞こえて来ました。季節は着実に巡ってますね。

拳? コブシ! 辛夷@青春ぶろぐ

kobusi11

白木蓮かな、と言いながらこの花を撮っていると、いきなり握った手を差し出してきたゆこ。何のまねかと思ったら、花の名前だとのたまう。良く聞いてみると、この花の名はコブシなんですね。

白木蓮によく似ているけど、一回り小さくて、色が純白なのだとか。ちなみに、白木蓮はクリーム色掛かっているそうです。咲くのもコブシの方が早いらしいですね。うーん、そうだったのか。

でも知ってたのなら、先に教えといてよね...。

2005 F1 バーレーンGP 1日目

F1 バーレーンGP 1日目の結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目
            2回目

バーレーンGPの初日にトップに立ったのは、マクラーレンのサードドライバーのブルツでした。

続きを読む "2005 F1 バーレーンGP 1日目" »

2005年4月 1日 (金)

京都 西陣 三上家路地

mikamikejyuutaku

狭い道を挟んで立ち並ぶ紅柄格子の長屋。生活臭が漂う中にも、どこか雅さを感じさせます。
ここは、西陣にある三上家路地。三上家は代々西陣織の織元を営む名家であり、かつてこの長屋に職人達を住まわせていたのでした。今は職人に代わって、陶芸家、写真家など芸術家達が多く住んでいるそうですね。
こうした袋小路になった町並みを図子といい、町の名前を取って「紋屋図子」とも呼ばれます。以前、恋する京都で出て来た長屋は、ここだったのかな?

(平成20年3月1日追記:「紋屋図子」については記述が誤っていました。紋屋図子はこの袋小路の事ではなく、この路地が面している通りの事を指します。元は袋小路だった道の東側の屋敷を、御寮織物司の「紋屋」が私財をなげうって買い取り、大宮通まで続く道とした事から、「紋屋図子」と呼ばれる様になったとの事です。ここにお詫びして訂正します。)

こんな素敵な町並みに出会えるのが、西陣界隈を歩く魅力ですね。

三上家路地の位置

「義経」の記事の一部削除について

これまで連載してきた義経のレビューですが、セリフの記載について著作権に触れる恐れがある事が判明したため、順次削除していく事とします。
特にどこからか抗議や指摘があったという訳ではありませんが、確認のためNHKに問い合わせたところ、「セリフには著作権があるため、転記はご遠慮して下さい。」という回答がありました。ドラマの制作意図を詳細に伝えようと始めたことでしたが、ちょっと行き過ぎちゃったようですね。これまで応援して下さった方には申し訳ないのですが、問題が顕在化する前に自主的にセリフ部分を消去する事としました。過去に掲載した「新選組!」「世界の中心で、愛をさけぶ」についても同様の処置といたします。
なお、削除する記事によっては、せっかく頂いたコメント及びトラックバックも一緒に消してしまう事もあり心苦しいのですが、以上の様な理由からご了承願います。

« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

ねこづらどき

最近のトラックバック

無料ブログはココログ