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2004年10月

2004年10月31日 (日)

京都 高瀬川@秋味ぶろぐ

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京都の高瀬川沿いにある桜並木の様子です。まだほんのりと色づいた葉が少しあるだけで、全体としては紅葉には至っていません。もう少し冷え込んでこないと綺麗にならないかな。

ここは秋が深まると川の中に色とりどりの模様が出来て、それを見るだけでも楽しいところです。落ち葉の始まる頃を見計らって、また写真を撮りに来るとしますか。

ジャック・オ・ランタン@秋味ぶろぐ

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京都の町で探したハロウィンのディスプレイ。意外に少なくて、やっとタキイ四条店で見つけました。ただし、これは売っているのであって、飾ってある訳ではないけどね。

大きなカボチャもやっぱり売り物で、6300円の値札が付いていました。こんなのを部屋に置いておくと面白そうだけど、後始末に困るだろうなあ...。

ハッピーハロウィン!

2004年10月29日 (金)

新選組!34その4

新選組! 第42回「龍馬暗殺」その4

伊東甲子太郎が言っていた「大開国策」というのは、大政奉還後に伊東が議奏柳原光愛を通して朝廷に提出した建白書の事で、全部で32カ条からなります。龍馬の「船中八策」などに比べればあまり有名ではないのですが、伊東という人物が何を考えていたのかを知るためには非常に重要な内容を持っています。「大開国」とは、外国の圧力による開国ではなく、国益を考えた積極的な開国という意味であり、建白書の内容を要約すれば、大開国を見据えた上での富国強兵策を進めるべきであるとして、朝廷を中心とした国内一致による新体制作りが急務であると主張しています。また伊東は幕府の参政も視野に入れていたようで、薩長の討幕路線とは相容れない側面を持っていたようですね。これは、伊東が水戸学派の影響を強く受けていたことから、その敬幕思想を反映していると見る事が出来るようです。根底にあるものは違うと思われますが、表面的な形としては龍馬の思想と似た部分があり、伊東が龍馬に接近しようとした理由はこのあたりにあるのかも知れません。

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2004年10月28日 (木)

新選組!34その3

新選組! 第42回「龍馬暗殺」その3

京都の町中を、イカを食べながら歩いている龍馬。それを見た藤堂が「先生!」と言いながら駆けつけてきます。心なしか、声が裏返っている様子。なにやら風呂敷包みを手にしています。「おう!」「こんなところを一人でふらついていては、危険です。」護衛役を仰せつかっている藤堂としては、当然の苦情でしょうね。しかし、龍馬は「ちっくと、小腹が空いたがじゃき。おんしも、どうぜよ。」と、もう一本持っている方のイカを藤堂の方に差し出しながら、のんきそうに答えます。「お願いですから、うろうろしないで下さい。」と泣くようにして頼む藤堂ですが、龍馬はそれを無視して、「そうじゃ、峰吉にやろう。」と言って、一人でどんどん行ってしまいます。その後ろ姿を見ながら、ほとほと困ったという表情で「ちょっと。」とつぶやいき、龍馬を追う藤堂。そしてその背後から、これもイカを食べながら二人をつけていく捨助の姿がありました。さらに、その捨助の後を付けていく山崎。

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2004年10月27日 (水)

新選組!34その2

新選組! 第42回「龍馬暗殺」その2

おたふくの前で掃除をしている原田。なんだが、新選組の大幹部とは思えない姿です。店の中では、島田と永倉がお汁粉を食べています。「王政復古って、何なんだい?」と島田に聞かれて、「俺に聞くな。」と答える永倉。島田は「何がどうなっちまったんだい。新選組は、どうなるんだい?」重ねて聞きますが、永倉は何も答えません。そこへ店の中に入ってきた原田が、「大丈夫、心配ねえ。何も変わりゃしねえよ。」と代わりに答えてやります。「だけど、徳川幕府は無くなっちまったんだろ。」「無くならねえよ。」「だけど、無くなっちまったって、言ってたよ、みんな。」「無くならねえ、つってんだろ。」という島田と原田のやり取りの中に、「ねえっ。」と店の奥から出てきて割り込んで来るおまさ。すっかり、お腹が大きくなっています。「また、お汁粉の鍋、焦がした。」「少しは焦げてた方が、香ばしくて美味いんだよ。」「ちゃんとも見てんとあかんやないの。」と夫に苦情を言うおまさですが、原田は「おまえ、ほら、ほら、横になってろよ。」と身重のおまさを気遣います。おまさは、「ちょっとは動いた方がええの。」と夫をあしらって、永倉と島田の横に座り込んで、「これから、どうなって行くんやろか。」と聞きますが、「さっぱり、判らん。」としか答えられない永倉です。「そうかて、ご公儀のために新選組は頑張って来たんでしょう。そのご公儀がのうなったら、これからどうするんですか。」と、もっともな疑問を聞くおまさに、「昔は、こういう時、解説してくれる人が必ず居たんだがなあ。」と嘆息するように答える永倉。島田も同じように、「居たんだがなあ。」と続けます。これって、山南の事を言っているのでしょうね。あるいは新見か、それとも伊東?いずれにしても、今の新選組に頭脳派と呼べる人材は居ないようですね。

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2004年10月26日 (火)

新選組!34

新選組! 第42回「龍馬暗殺」

冒頭、西村兼文と対座している近藤と土方。「引っ越しですか?」と意外そうな近藤に、「私としては、おって貰うても構わんのですが、坊さんらが。やはり、寺の敷地でこれ(切腹)やこれ(打ち首)は、ちょっと。」と身振り手振りを交えて事情を説明する西村。「しかし、急に出て行けと言われてもなあ。」と不服そうな土方ですが、西村に「これからちょっと南に下がったとこに、不動堂という村があります。そこに、新たに屯所をお造りしますので、そちらに移っては貰えないかと思いましてね。もちろん、お金はこちらで出します。」と提案されると、「しかし、それは、」と逡巡する近藤を差し置いて、「判りました。引っ越しましょう。」と答えてしまいます。その土方を横目で睨む近藤。また、主導権を土方に握られていますね。「ええ頃合いとちゃいますか。あんさん方も、晴れて御直参。いつまでも寺を間借りしていては、格好が付かんでしょう。」とにっこりと微笑む西村。彼も気の重い使命を果たして、ほっとしたのでしょうね。

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2004年10月25日 (月)

F1 ブラジルGP決勝結果

F1ブラジルGPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

今年の最終戦F1ブラジルGPは、南米出身のモントーヤ選手が今期初勝利を飾りました。2位はマクラーレンのライコネン、3位に母国グランプリを戦ったバリチェロが入っています。

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2004年10月24日 (日)

「新選組と竜馬の時間距離」に対する考察

「合理的な愚か者の好奇心」で掲載されている「新選組と竜馬の時間距離」は、なかなか興味深い記事なのですが、それに対する感想をコメントとして書くと長くなりすぎるので、新たに記事としてアップさせて頂くことにします。

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秋、みっけ 大藤の千枚漬@秋味ぶろぐ

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秋が深まるにつれて美味しくなってくるのが、お漬け物。中でも千枚漬けは、秋から冬にかけての定番ですよね。

写真は、京都の大藤の千枚漬。千枚漬の本家とされる店です。パンフレットの説明書きによれば、慶応元年に始まったとありますから、まさしく新選組が京の町を闊歩していた頃に出来たのですね。名前の由来は、一玉の聖護院かぶらを千枚に分けると言われる程薄く切るところから来ているのだとか。写真上部の緑色の菜っぱは、壬生菜の漬け物。聖護院かぶらで御所の玉砂利を、壬生菜で御所の松の緑を表しているのだそうです。この組み合わせで売っているのは、多分大藤だけでしょうね。

味の方はというと、かなり甘味が強く、かぶら自体がしゃきしゃきとしています。甘みが控えめで、かぶらがしんなりしている村上重とは対照的な感じです。どちらが良いかは、好みに依るとしか言いようがないでしょうね。

千枚漬が出回り出すと、いよいよ秋も深くなったなと感じます。京都へ出かけるのに良い季節になって来ましたね。


F1 ブラジルGP 予選結果

F1 ブラジルGP 予選結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 1回目 2回目
 
公式予選1回目

公式予選2回目

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2004年10月23日 (土)

秋空に浮かんだいわし雲、穏やかな日のはずが... 

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今日は晴れた秋空にいわし雲がきれいに浮かび、久しぶりに穏やかな一日でした。そう、夕方になるまでは...。

枚方でもわずかに揺れを感じたような気がしたのですが、まさかあんなに大きな地震が連発しているとは思いもしませんでした。地震と言えば、このあたりも先日大きく揺れたばかり。それだけに、現地の人の不安な気持ちがよく判ります。

ニュースによれば、新幹線が脱線したほか、何人かの死者も出ているとか。これ以上、被害が広がらない事を祈るのみです。

F1 ブラジルGP 1日目

F1 ブラジルGP 1日目の結果は、次の所にあります。

フリー走行1日目 1回目

フリー走行1日目 2回目

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秋、みっけ 旅の宿だったかな@秋味ぶろぐ

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久しぶりに月を見て、「上弦の月だったっけ」と歌っていたのは「旅の宿」でしたっけ。台風や雨ばかりでまともに月を見る機会も少ないこの秋ですが、今日は綺麗な月が出ていました。秋には、やっぱり月が似合いますよね。

でも、この写真じゃ月には見えないって?うーん、そうなんですよね。我が家のコンパクトデジカメでは、この程度が限度です。何枚か撮った内で、これでも一番まともな写真なんですよ。スナップ写真には良いけど、星とか月を撮るにはちょっと無理があるようですね。一眼レフデジカメが欲しいなと思ってしまう、今日この頃です。

2004年10月22日 (金)

新選組!33の4

久々の新選組!マイナー隊士の紹介は、佐野七五三之助です。
残念ながら、ドラマにはほんの少ししか登場しなかったですが、武田の悲劇と相まって、非常に印象的な最期だったのではないでしょうか。

佐野の名前の七五三之助は「しめのすけ」と読みます。1836年(天保7年)に尾張藩士の子として名古屋で出生しました。長じて脱藩し、尊皇攘夷運動に身を投じます。1863年(文久3年)3月、彼は横浜外国人居留地の警衛隊に参加します。佐野はここで、後にまで行動を共にする事になる篠原泰之進、加納鷲雄、服部武雄らと知り合いました。そしてさらに加納の紹介で、当時北辰一刀流の道場を開いていた伊東大蔵(甲子太郎)と出会います。この一連の出会いが、佐野のその後の運命と大きく関わって行くことになります。

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2004年10月21日 (木)

黄色のカトレア

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我が家の出窓で咲いたミニカトレアです。本当は、花の中央部が赤くなるのですが、この花ははっきりとは出ていないですね。

先日の紫のカトレアと違って、この花には香りがありません。同じカトレアでも種類によって異なるようですね。それでも、この鮮やかな黄色の花は、私のお気に入りの一つです。

2004年10月20日 (水)

新選組!33の3

新選組!33の3  第41回「観柳斎、転落」その3

夜の花街。一軒の店から若旦那風に変装した山崎が出てきます。山崎が別の店の暖簾をくぐると、中には永倉、原田、井上、島田、周平の面々が待っていました。首尾を聞く永倉に、「あの店ではなさそうだ」と答える山崎。話が違うと山崎にくってかかる原田を、なだめる井上。「こうなったら、しらみつぶしに当たるしかない」と言ったのは島田。

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2004年10月19日 (火)

新選組!33の2

新選組!33の2  第41回「観柳斎、転落」その2

格好を付けて近藤達の前から姿を消し自室に帰った武田ですが、内心は忸怩たるものがあったようです。腹立ちまぎれに部屋の中に立てかけてある自分の鉢がねを扇子で叩きますが、謝って手で撃ってしまい、ますます荒れている武田です。そこへ障子の外から声が掛かります。驚いている武田の前に、障子を開けて入ってきた4人の男達が跪きます。茨木、富永、佐野、中村が口々に挨拶をしたあと、茨木が「先生は、直参取り立ての件を辞退されたと聞きました。実は、我らも今度のことは合点が行かないのです」と切り出します。4人の様子を訝しげに見て、「どうした。」と聞いてやる武田に、「自分たちは、局長の出世の道具に使われたのか。そもそも、我らは尊皇攘夷の志を遂げるために脱藩して、新選組に入ったのに、幕府の召し抱えになれば、先の主に対して面目が立たない。このままでは、新選組には居られない。」と4人は次々に訴えかけます。それを聞いた武田は少し考えた後、「ならば伊東先生のところへ行くが良い」と言い出します。「私が間を取り持ってる」と請け合う武田ですが、「しかし、それでは脱走だ。」ともっともな疑問が出されます。これに対して、「近藤局長宛に、正式に御陵衛士に加わるという文を書け。そうすれば、脱走ではなく脱退になる。」となかなの知恵者ぶりを見せる武田の言葉に、茨木達は「判りました」と頭を下げます。「自分に任せておけ。」と自信ありげな武田ですが、どうやら彼は土方と加納が交わした「今後一切隊士の行き来を禁ずる」という約束を知らないようですね。

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2004年10月18日 (月)

新選組!33

新選組!33  第41回「観柳斎、転落」

冒頭、会津公に拝謁している近藤と土方。「開けてみよ」と会津公に言われ、三宝に置かれている書状を開いてみる近藤。中には、新選組を正式に幕臣に取り上げる旨が書かれていました。1867年(慶応3年)6月、新選組は、これまでの活躍を認められ、徳川家の家臣、いわゆる直参に取り立てられる事になります。会津藩の臨時雇いというあいまいな身分から、幕府の正式な一員として認められる事になったのでした。会津公に向かって平伏しながら、感動を抑えられない様子の近藤です。会津本陣の廊下を歩いている近藤と土方の二人。「直参だって」「ああ」「とうとう、たどり着いた」「ああ」「これで、名実ともに武士だ」「歳」「かっちゃん!」嬉しそうに抱き合う二人です。二度目はやっぱりギャグなんだろうなぁ...。

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2004年10月17日 (日)

第52期王座戦 羽生タイトル防衛

羽生王座に森内名人・竜王が挑戦していた第52期王座戦は、10月13日に第4局が行われて羽生王座が勝ちを制し、対戦成績を3勝1敗としてタイトルの防衛を果たしました。これで、羽生王座は13期連続して同一タイトルの獲得・防衛に成功した事になり、大山15世名人の名人戦13連覇と並ぶ大記録を達成したことになります。羽生王座はまだ30代前半、年齢的にはこれからが全盛期を迎える時期で、今後どれだけ記録を塗り替えていくのか空恐ろしくなってきますね。

昨年の竜王戦以来羽生からタイトルを奪い続けてきた森内でしたが、今回はタイトル奪取はなりませんでした。森内は名人位を獲得した後、佐藤棋聖に挑戦した棋聖戦でも3連敗を喫して敗退しており、調子の落ち方が気になるところです。棋聖戦、王座戦ともに、あの鬼の様に強かった昨年後半の森内とは別人のようで、今期の通算成績も6割台と彼にしては低迷を続けています。

その戦いぶりが腑に落ちない森内竜王ですが、竜王位を賭けた防衛戦が10月19日から始まります。相手は、ポスト羽生世代の筆頭と言われる渡辺6段。彼が昨年の王座戦で、羽生王座を相手に後一歩というところまで迫ったのは、記憶に新しいところです。森内としても、今、最も嫌な相手を迎えたのではないでしょうか。一将棋ファンとしては、羽生・森内戦とはまた違った意味での最先端の戦いを見せてもらえるものと大いに期待しているところです。


2004年10月16日 (土)

秋、みっけ カトレア@秋味ぶろぐ

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カトレアを秋の花というのもやや強引な気もしますが、現に咲いてますので...。
このカトレア、と言ってもミニですが、春と秋のほか、たまに初夏にも咲くという四季咲き性の品種です。ほとんどほったらかしですが、どんどん大株に育っていくという、なかなか逞しい子ですね。

この花には香水のような特有の芳香があります。室内で咲くと外から帰ってきたときにプンと香る程強く、人によっては鼻につく嫌な臭いと受け取られるかも知れません。そのあたりで、好き嫌いが分かれる花のような気がします。

秋が深まるにつれ、カトレアにはだんだんと寒い季節になってきました。そろそろ屋内に取り込んでやらなきゃいけないかな。

2004年10月15日 (金)

秋は夕暮れ@Sunset People

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秋は夕暮れ、と言ったのは清少納言でしたか。このところ秋の空気のせいか、綺麗な夕日を見ることが出来ますね。大阪は夕日の町と言って、大阪湾に沈む夕日が綺麗なところとされますが、ここ枚方の夕焼けも捨てたものではありません。海こそありませんが、こんなシルエットになったマンションに沈む夕日というのもなかなかのものでしょう。これが夏だったら、北摂の山に沈む夕日を見る事が出来ます。

四季折々、いろいろな姿を見せてくれる夕日って良いものですね。

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秋、みっけ お祭りの夜@秋味ぶろぐ

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今日は近所の神社のお祭りです。それほど広くはないですが、それでも境内いっぱいに夜店が出て、なかなかに賑わっています。上の写真は神社の裏口で、ちょっと寂しいですけどね。

我が家の息子達も、お小遣い1000円を持って出かけました。たこせん、スマートポール、ルーレットの当てものと二人で楽しんできたとのこと。ところが、良く聞いてみるとお兄ちゃんが使ったのは100円だけ、残りの900円を弟が使ってしまったとか。兄は特にやりたいものがなく、弟に全部譲ったのだそうです。これって、お兄ちゃんの優しさを褒めるべきなのか、弟のあつかましさを咎めるべきなのか、微妙なところですね。うーん、同じ兄弟でも、ずいぶんと違うなあ...。二人して、たこせんの臭いをプンプンさせて帰ってきました。

秋はやっぱりお祭りですね。

2004年10月14日 (木)

新選組!32の3

新選組!32の3 第40回「平助の旅立ち」その3

伊東一派が近藤達と新選組から分離する事を議論したという記述としては、「新選組始末記」に篠原の残した「秦林親日記」に書かれている事として、慶応2年9月26日から27日にかけての事として、土方を交えて激論を交わしたとあります。そして、結果的に近藤達を「余が輩の術中に陥入れて」分離論に服させたとしています。次に、「新撰組顛末記」では、慶応3年3月頃のこととして、伊東が「長州藩への間者となるために分離したい」と近藤に申し入れたところ、近藤はその心中を既に知っており、「自分も長州藩の内情は知りたいところなので、ありがたい事だ。」と言ってあっさりと認めたとされています。「浪士文久報告記事」でも、ほぼ同じ記述になっていますね。そして、「新撰組始末記」では、慶応3年6月の頃のこととして、分離を巡って近藤の佐幕論と伊東の勤王論に分かれて議論があったものの、御陵衛士として勤王の為に尽くすという伊東の大義名分には近藤も逆らう事が出来ず、ついに分離を認めたとあります。ここでは、新選組が幕臣にとりあげられるという内意があったことが、分離のきっかけであったとなっていますね。

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2004年10月13日 (水)

新選組!32の2

新選組!32の2 第40回「平助の旅立ち」その2

慶応3年正月に、永倉と斉藤が伊東一派と共に新年の集いを開いたというのは、永倉新八の「新撰組顛末記」に出てくるエピソードです。それによると、会合のあったのは元旦、場所は島原の角屋となっています。伊東は花香太夫、斉藤は相生太夫というなじみの相手を呼び、永倉も芸妓の小常を呼んだとありますから、ドラマと違ってまだ小常は永倉と一緒にはなっていなかったのですね。この頃の新選組には門限があり、それを破った者は処分される事になっていました。このため、ほとんどの隊士は、刻限までに帰隊したのですが、永倉と斉藤は伊東に引き留められるままに居続け、ついに門限を破ってしまいます。翌日も、「もはや切腹を免れない身であるから、この世の名残に思いっきり飲もう。」という伊東の発議に従って朝から飲み続け、3日目もそのまま過ごし、4日目になって近藤からの使いがあったため、ようやく隊に戻っています。ドラマでは3人の切腹を主張したのは土方でしたが、実際に怒り心頭に達していたのは近藤の方でした。特に永倉に対しては会津候に対する建白書以来含むところがあったのでしょう、彼の罪が最も深いとして切腹させようとします。しかし、それを止めたのが土方で、「永倉だけを切腹させるのは片手落ちで、切腹させるなら3人ともさせなければならない。しかし、それをしたのではあまりにも影響が大きすぎる。」として3人を謹慎させるにとどめました。伊東と斉藤は3日、特に近藤の不興を買っている永倉は6日の謹慎の後、許されたとあります。この事件は、伊東が永倉と斉藤を近藤から引き離すために仕組んだ策謀とも、単なる鬱憤ばらしとも言われています。「近藤が我々を切腹させようとしても隊士が承知しない」とたかを括っていたとありますから、近藤の怒りを買う事を承知の上での確信犯であった事は間違いないでしょうね。

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2004年10月12日 (火)

新選組!32

新選組!32 第40回「平助の旅立ち」

1866年(慶応2年)7月26日、徳川宗家を相続了承した一橋慶喜。この時点ではまだ将軍職は継ぐとは言っていないのですね。「出陣する!自ら采配を振るう」と二条城で宣言する慶喜公。「兵達の志気も上がるに違いなかろう」と慶喜に下問されて、「これ以上の励みはありません」と答える松平容保。「なんとしてでも勝たねばならない。これは、亡き家茂公の弔い合戦でもあるのだ」と言い切った慶喜は、さらに8月8日、御所に参内し、孝明天皇から「速やかに追討の功を奏すべし。」という勅命を与えられています。しかし、そのわずか3日後、幕府軍の一部が戦線を離脱したという知らせが京に届くと、慶喜は「出陣は止めた」と言い出します。「長州征伐は?」と聞く容保に、「取りやめだ」と答える慶喜公。「それはいけない」と諫める容保に慶喜は「今は、日本人同士が戦っている場合ではない。家茂公が亡くなられた事は良いきっかけになる」と言って、容保を呆然とさせてしまいます。

撤退した幕府軍というのは、全権を委任され小倉城に入っていた小笠原長行でした。小倉藩は関門海峡を挟んで長州軍と戦っていたのですが、長州の高杉晋作が率いる部隊に城を奪われ、あえなく敗退したのでした。長行もやむなく小倉を離れ、京都へ戻って来ます。長行から敗戦の報告を聞いた慶喜は、とても幕府軍に勝ち目が無い事を悟り、最も幕府が傷付かないで方法で事態の収拾を図る策を講じたのです。慶喜としては、混乱した事態を収拾すべく最善の策を採ったつもりでした。しかし、それは傍目にはどう見ても前言を翻したとしか受け取りようがなく、周囲は混乱し、幕府の権威は失墜するばかりでした。

徳川慶喜は、たびたび前言を翻しながらも、その年の12月5日、皆に推される形で第15代将軍となります。そして、その20日後、孝明天皇が、突如として崩御されてしまいました。孝明帝は天然痘で亡くなったとされていますが、未だに暗殺されたとする説も根強く残っています。

「帝が!」と驚く近藤に、頷く土方。尊皇攘夷の嵐が吹く中で、孝明天皇その人は幕府そして松平容保の最大の理解者であり続け、そのことが公武合体派にとってその寄って立つ論拠ともなっていました。その孝明天皇の死は、幕府を支えていた最も大きな柱を失ったという事に他ならず、幕府の崩壊へと時代の流れを一気に加速させる事になります。

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秋、みっけ うーん、良い香り@秋味ぶろぐ

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秋味ぶろぐで次々に開花したよと報告されていたキンモクセイ、大阪では全然咲いてくれないよとやきもきしていたのですが、今朝ベランダの窓を開けるとそこはかとなく良い香りが漂ってきました。これはどこかで咲いたなと駅まで歩く途中で探してみると、なんとそこら中で開花しているではありませんか。キンモクセイの咲き方って、こんなのだったっけ。

秋味ぶろぐのむつみぃ~たいむさんの報告と合わせると、どうやら大阪中で一斉に開花し出した様子ですね。

どこを歩いても秋の香りを堪能できそうになって嬉しい、秋の大阪です。

2004年10月11日 (月)

F1 日本GP決勝結果

F1日本GPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

優勝は、フェラーリのミハエル・シューマッハ。表彰台が期待されていた佐藤琢磨は、わずかに及ばす4位でした。

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こんなところから蜜が出ているよ

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GALLERYで紹介されている猫草の先に付く水滴。植物ってつくづく不思議だなと思わせてくれる現象ですね。

上の写真は、我が家のエピテンドラムの茎に付いた水滴状のもの。これは何かと言うと、なんと蜜なんですね。蜜と言えば花の中に出ているのが常識ですが、エピテンドラムに限らず洋蘭ではこうした茎や葉の裏に出ている事がよくあります。花が咲いていない時にでもあるので受粉とは必ずしも関係なさそうに思えるのですが、普段から少しでも昆虫を周りに引きつけておこうという戦略なのでしょうか。

水遣りなどの世話をしながら時々指に付けてなめさせて貰っていますが、ほんのりと甘くて美味しいですよ。洋蘭を育てる密かな楽しみの一つです。

2004年10月10日 (日)

F1 日本GP 予選結果

F1 日本GPの予選結果は、次のところにあります。

公式予選1回目

公式予選2回目

ポールポジションはフェラーリのシューマッハ、期待の佐藤琢磨は4位スタートとなりました。これで佐藤の表彰台の可能性がぐっと高くなりましたね。また、一回目にトップとなり期待されたトヨタのトゥルーリは6位に終わりましたが、それでも十分上位を狙える位置に着けています。トヨタとホンダ、地元日本勢の活躍が楽しみですね。

決勝は、14時30分のスタートです。

秋、みっけ 秋桜@秋味ぶろぐ

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絵に描いたような台風一過の青空の下、コスモスが咲いています。やっぱり秋にはよく似合う花ですね。

昨年は比叡山のコスモス畑に行って来たのですが、今年はベランダの鉢植えで楽しんでいます。広々とした開放感はないけれど、間近に花と向き合うのも良いものです。

10月も10日を過ぎて、いよいよ秋も本番。これからじっくり、この季節を楽しみたいですね。

2004年10月 9日 (土)

F1 日本GP 1日目

F1 日本GP 1日目の結果は、次の所にあります。

フリー走行1日目 1回目

フリー走行1日目 2回目

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えっ、入浴剤を使っている温泉て151カ所もあるの?

10月8日付けの朝日新聞の記事に、温泉法改正の方針案が掲載されていました。それによれば、入浴剤の投入の有無や加温、加水などについての表示を義務づけるのだとか。一時期あちこちの温泉で、ただの水道水を沸かしたお湯で営業しているとか、透明な温泉に入浴剤で色を付けているとか問題になりましたからね。それをきちんと整理して、どういう温泉なのかを明示させようという事のようです。わざわざ法で強制しなければならないというのが情けないですが、まあ利用者としては安心して風呂に浸かれるのですから良しとしましょう。

ところで、この記事にはこの法律の改正案の作成に先立ち、環境省が2万81カ所の実態調査を行って、その結果を発表しているとあります。それによると、加水している温泉が約33%、加温している温泉が51%もあるのですね。熱すぎるために加水したり、その反対の理由で加温したりするのは判らなくもないですが、湯量を増やすために加水している所があるというのは頂けないですよね。

そして、入浴剤を使っている温泉が151カ所もあるそうです。白骨温泉で入浴剤を混ぜていたのは記憶に新しいところなのですが、その他にこんなにあったとは驚きです。全体から見れば1%にも満たないかもしれませんが、三桁を超えるというのは結構な数字なのではないでしょうか。これって、どういう事なのでしょう。

環境省のホームページにさらに詳しい調査結果がありました。入浴剤を入れる理由としては、多い順に、「色々な浴槽に入ってもらいたい。」「施設のPR効果を高める。」「季節感を感じてもらいたい。」からだそうです。うーん、季節感を感じるために入浴剤を入れるというのなら、わざわざ温泉地にまで行かなくても家でもやれますよね。さらに問題なのは、入浴剤を入れているとパンフレットやホームページに表記しているのが11%しかない事です。要するに行ってみなくちゃ何をやっているか判らないということで、行ってみたら入浴剤で作った温泉だったというのではがっかりですよね。ちなみに、ハープなどを入れている温泉はこれらとは区別されています。

このほか、循環濾過装置を使っている施設が50%あってその表示をしていない施設が80%だとか、毎日浴槽の清掃をしていない施設が半数近くに上るとか、気になる結果がいくつもでています。なるほど、これでは法律で縛ろうという動きが出てくるのも当然と言えそうですね。

これから温泉が恋しくなる季節ですが、行き先を決めるときにはあらかじめチェックリストを作っておいて、相手先に根ほり葉ほり聞いて確認してからでないと安心して行く事が出来ないというのが現状のようですね。


2004年10月 8日 (金)

秋のバラ@秋味ぶろぐ

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秋のバラは色が深くなるといいます。我が家のベランダのバラも、確かに良い色で咲いています。ただし、これはミニバラですけどね。

ミニバラとは言え、ちゃんと手入れしてやれば綺麗な花を見せてくれます。それに基本的に四季咲きですから、真冬と真夏を除けばベランダを常に彩ってくれる貴重な存在です。このミニバラは、我が家のベランダでは最古参に属する7年目のもの。いつまでも元気に咲き続けて欲しいものです。

2004年10月 7日 (木)

秋、みっけ これも食べられるんだ@秋味ぶろぐ

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たわわに実ったねこじゃらし、こうしてみるとまるで畑のようです。なんだか、このまま捨てておくのがもったいないような気がしますが、昔の人も思いは同じだったようですね。このねこじゃらし、実は食べられるんだそうです。

7月に取り上げたときは雀や猫が食べていると紹介したのですが、はるか昔は人の食べ物でもあったのですね。これを改良して出来た作物が粟で、五穀の一つに数えられています。粟は、今では小鳥の餌くらいでしか見る事はありませんが、本来は重要な食料の一つとされてきました。あまりにも粒が細かくて、脱穀の手間が掛かり過ぎる事が敬遠された理由の一つのようですね。

このねこじゃらしを食べる方法はいくつかあるようですが、その一つは熟した実をすり鉢ですって殻をはずし、お米に混ぜて食べるというものだそうです。やっぱり、殻を外す手間が大変なようですね。食糧危機が来たときに備えて、一度試しておくのも悪くないかもしれませんよ。

2004年10月 6日 (水)

新選組!31の3

新選組! 第39回「将軍、死す」その3

井上と藤堂が作ったちらし寿司の蓋を開けたとたんに上がる歓声。「いや~。」「うわー、すげえな、これ。」「もう、好きなだけ食べて良いですから。」盛り上がっている所に近藤と土方がやってきます。「局長、こちらへどうぞ。」と招じ入れる永倉に応じて近藤は、「失礼まします。」と素直に上がり込みますが、土方はわだかまりがあるらしく、入り口に突っ立ったままです。「うめえぞ、これ。」とはしゃいでいる原田の横からおまさが、「土方さんも、どうぞ。」と声を掛けますが、土方はやはり動こうとしません。それを見た永倉は、「土方さん。遠慮せずに入ってくれ。」と屈託なく声を掛けます。「良いのか。」と依然としてこだわりを見せる土方ですが、「悪いわけがどこにある。」という永倉の言葉と「良いから、早く入って食えよ。」という原田の誘いにようやく座敷に上がって近藤の横に座ります。

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2004年10月 5日 (火)

新選組!31の2

新選組! 第39回「将軍、死す」その2

京都。見廻組屯所を訪れている捨助。佐々木と会って、話をしています。「見廻組は皆直参だ。おまえのような男を入れる訳にはいかん。」「お願いしますよ。坂本龍馬を捕まえたいんでしょ。だったら、俺が居たら役に立つって。」捨助は、今度はなんと見廻組に自分を売り込もうとしているのですね。彼なりにたくましくなったと言うべきなのか、いい加減なやつと言うべきなのか。それにしても、佐々木はなんで天狗だった捨助を捕まえないのでしょうね。「むしろ、新選組に行け。あそこは、身分を問わない。」「新選組なんて、まっぴらごめんだよ。」と渋る捨助に、「さあ、行け!」と言い捨てて奥へ入ろうとする佐々木ですが、「じゃあ、お聞きしますけど、あんた、お尋ね者の坂本龍馬に会った事があるんですか。」と捨助に言われて思わず立ち止まってしまいます。してやったりという表情の捨助。こいつもいつの間にか、自分の売り込み方が上手くなったものですね。「ねえ、という事は、やつの顔を知らない訳でしょ。それでどうやって捕まえるつもりなんですか。桂小五郎は?」次々に大物の名を出す捨助の言葉に、佐々木もついに振り向きます。「俺は、よーく知ってる。薩摩の大久保も知ってる。西郷だって見たことあるし、岩倉って公家のおっさんも知ってる。こんな重宝な男、そんじょそこらに居ないと思いますけどね。」情報手段の発達していないこの頃にあっては、名前を知っていても顔までは判らないというのが普通の事だったのですね。例えば新選組が池田屋で戦った相手が誰だったかは後から調べて判った事ですし、今に残っている西郷の肖像画も本人とは違うという説があるそうですね。それほどまでに、当時は名の通った人物でもどんな風貌かを知っているのは、ごく近くに居るものに限られていたようです。そんな中で捨助のような人物がいたとしたら、確かに重宝しますよね。「とにかく俺は、この捨助をないがしろにしたやつらを、ぎゃふんと言わしたいんですよ!ぎょふんと!」「おまえの言い分、もっともである。では、こうしよう。見廻組ではなく、私の奉公人として面倒みよう。」「ありがとう、佐々木様!ええ仕事しまっせ~!」と完爾と笑う捨助。土方の言うように、捨助には尊皇も攘夷もないのですね。勤王派変じて、今度は佐幕派の手先になっちゃった。

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2004年10月 4日 (月)

新選組!31

新選組! 第39回「将軍、死す」

所在なげに廊下を歩いてくる谷三十郎。すれ違った土方と沖田に会釈をしますが、全く無視されてしまいます。黙って去っていく三十郎。その後ろ姿を見送りながら沖田が土方に向かって話しかけます。「谷さん、河合の介錯をしくじってからずっとちあんなふうですね。」「元々肝の据わらないやつだったが、あれですっかりばれちまった。」とすげなく答える土方。

屯所の一室に集まっている谷三兄弟。長兄の三十郎が弟たちに語りかけています。「新選組を離れる事にしたぞ。」という兄の言葉に「えっ!」と驚く万太郎と周平。三十郎は「近藤や土方達とは、志を一つに出来ん。わしの思っていた新選組と実際に、かなりの隔たりがあった。江戸へ行ってみようと思う。」と続けますが、万太郎は「しかし、兄上!」と危惧している様子です。三十郎は、それを聞き流して、「もちろん、おまえ達も一緒だ。昌武、近藤家との養子縁組も、今夜をもって終わった。明日から、谷昌武に戻りなさい。すぐに支度をするように。」と弟達に言い渡します。しかし、周平はなにやら不満の様子です。「近藤先生にはなんと?」と聞く万太郎に、三十郎は「そもそもこちらから入ってやったのだ。辞めるときにいちいち断る筋合いは無い。」と尊大に答えます。その二人のやり取りに周平が「兄上。」と割り込んできます。「私は、残りたいのですが。」と言う周平の言葉に、意表を突かれたように驚く三十郎。「近藤家の、立派な跡取りになりたいのです。私を養子に迎えてくれた、近藤先生のご恩に報いたいのです。」と思わぬ弟からの反発を受けて、「昌武...。」と絶句する三十郎。「私は、近藤周平です。」と兄に対して絶縁宣言をしたも同然な周平でした。

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松茸の土瓶蒸し@秋味ぶろぐ

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我が家の年に一度の贅沢、松茸の土瓶蒸し。材料は、海老、ぎんなん、三つ葉に生麩、それに何より松茸です。本当は国内産と言いたいところですが、これは韓国産。それでも、ちゃんと松茸の香りがしています。

土瓶に入れたかつおと昆布の出汁に薄口醤油と酒それに塩少々を加え、三つ葉以外の材料を入れて火に掛けます。ぐらぐらと煮立てないように注意して、火が通ったら三つ葉をぱらぱらと振りかければ出来上がり。

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食べる直前にスダチを搾るのが最後の仕上げ。中の具も美味しいですが、一番の醍醐味は汁ですね。

お猪口で受けて一飲みすれば、うーん秋ですねぇ。

秋、みっけ ひっつきむしは泥棒さん?@秋味ぶろぐ

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この季節、うっかり草むらに入るとズボンにくっ付いて来るひっつきむし。いくつか種類がありますが、これはそのうちの一つ、アレチノヌスビトハギ。北アメリカから来た外来種です。

日本の在来種にヌスビトハギというのがあり、その実の形が盗人の「忍び足の足跡」そっくりなところから付けられた名前だとか。これはその近縁種にあたるのですが、どうです、足跡に見えますか?

名前の由来についてのもう一つの説は、泥棒のようにそっと人にくっついてくるからだそうです。なんだか、こっちの方がぴったり来るような気がしますね。

2004年10月 3日 (日)

秋、みっけ どんぐりころころ@秋味ぶろぐ

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秋と言えばどんぐり。小さい子どもはみんな好きで、地面に落ちているのを見つけると夢中になって集めてますよね。今はまだ熟して落ちるには早いようで、近所のアラカシの実は青々としていました。

我が家のベランダには、一昨年拾ってきたコナラの実から芽を出した苗が3本育っています。そのうちどんぐりを付けるようになってくれないかと楽しみにしているのですが、鉢植えだと無理があるかな。でも、少なくとも寒くなるにつれ葉は色づいて来るので、秋の雑木林の風情を味わう事は出来ます。トトロのサツキやメイのように、どんぐりを育ててみるのも面白いですよ。

2004年10月 2日 (土)

秋、みっけ きれいな野草かと思ったら@秋味ぶろぐ

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道端で見つけたピンクの鮮やかな花。野草にしてはきれいだなと思ったのですが、調べてみるとハナトラノオという園芸品種でした。本名をフィゾステキアといい、カクトラノオとも呼ばれるのだとか。地下茎で増えるらしいので、近くの家で栽培されていたものが敷地の外にまで顔を出したようですね。

さらに調べてみると、元々北アメリカの野草で、園芸品種と言ってもあまり原種から変わっていないそうです。丈夫なので、露地栽培でいくらでも増やせるとか。うーん、そのうちあちこちに広まって、日本の野草として認知される日が来るかもしれませんね。

梅酒完成しました

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梅酒を仕込んで3ヶ月と半分。梅の実がすっかり下に沈んで、全体に琥珀色に色づき、ようやく飲める状態になったようです。

では、早速試飲です。

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うーん、確かに飲める事は飲めるのですが、いかにも出来たてという感じですね。マイルドさが足りないかな。美味しく飲むためには、もう少し時間を掛けた方がよさそうですね。美味しくなったら、またレポートします。

2004年10月 1日 (金)

秋、みっけ 花はきれいなんだけどなあ@秋味ぶろぐ

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一見して可憐できれいな花ですが、名前を聞くと「えっ?」と思います。
その名は「ヘクソカズラ」。なんだかひどい名前ですね。
なんでも触るとものすごい悪臭がすることから付けられたのだとか。
私は試してみる勇気がなく、残念ながらどんな感じか判りません。

実際に触った事がある人っています?

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ねこづらどき

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