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2004年9月

2004年9月30日 (木)

秋、みっけ これ食べられるんだって イヌタデ@秋味ブログ

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この季節、あちこちで見かけるこの花の名はイヌタデ。アカマンマとも呼ばれ、子供の頃ままごとに使った人も居られるのではないでしょうか。

イヌタデという名は、いわゆるタデ(ヤナギタデ・タデ食う虫も好き好きのタデですね)には辛みがあって香辛料として使えるのですが、この草にはそれが無く使えないという所から付けられたものだそうです。

ところが、辛みが無いことが幸いして、食べるのにはこっちの方が適しているそうです。花が咲く前ならいつでも食べられるのだとか。和え物とか油炒めにすると良いらしいですね。

道端の草にも意外と食べられるが多いようですね。もっと調べてみようかな。

2004年9月29日 (水)

新選組!30の2

新選組! 第38回「ある隊士の切腹」その2

醒ヶ井のお幸の家。縁側で庭を見つめて立っている近藤。背後では、お幸が着物を畳んでいます。「実は、今度は生きて帰れんかもしれん。」という近藤の言葉を聞いて、居住まいを正して正座するお幸。「勇様。それは、命を賭けるに足る、名誉あるお仕事なんですか。」という問いに「ああ。」と小さく答える近藤。お幸は両手をついて「おめでとうございます。」と口上を述べます。お互いを見つめ、微笑み合う二人。

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2004年9月28日 (火)

新選組!30

新選組! 第38回「ある隊士の切腹」

1866年(慶応2年)1月23日深夜、伏見「寺田屋」。おりょうが風呂に入っています。外の怪しい雰囲気に気が付き窓をそっと開けると、外には幕府の捕り方が充満していました。着物1枚を羽織って階段をかけ上がり、龍馬達の部屋の襖を開けるおりょう。そのあられもない姿を見て、龍馬と祝杯を上げていた三吉が思わずのけぞります。「おう、おう、なんぜよ、その格好は。丸見えじゃないかえ。」「大変や、表に捕り方が。」おりょうの注進を聞いて、坂本の表情が変わります。そのころ、寺田屋の表。伏見奉行所の役人がお登勢を厳しく問い質しています。「坂本が泊まっているだろう。」「どちらの坂本はんどす?」「土佐の坂本龍馬だ!ご公儀に楯突く極悪人だ。ここに居るのは判っておる!」そう凄まれてもお登勢は落ち着いた様子で応対し、「今、宿帳を持って来ます。」と中に戻ろうとします。そこへ現れたのは、なんと捨助でした。「相手にしちゃ駄目ですよ。今すぐ踏み込まないと逃げちまう!」と役人を焚きつける捨助。それを見て驚くお登勢。「あっ、あんた...!」くお登勢に見られてさすがにばつの悪そうな捨助ですが、思い切った調子で「2階の奥の間だ!逃がしちゃいけませんぜ!」と叫びます。その声に応じて寺田屋になだれ込む捕り方達。彼らが最初に踏み込んだ2階の龍馬の部屋は膳があるだけで空でした。さらに奥の部屋の襖を開ける捕り方達。その先に居たのは槍を構えた三吉とピストルを高く掲げた龍馬でした。「我らは、薩摩藩士じゃき。何事でごわんど?」と白を切る龍馬。「薩摩藩士なら、なぜ我らに武器を向ける!」そう役人に誰何された龍馬は「おお、それもそうじゃ。」と言って、天井に向かってピストルを放ちます。その音を聞いて腰を抜かす捕り方達。「生き延びや!」と三吉に向かって言う龍馬。それを聞いてにっこりとうなずく三吉。龍馬は窓を開け、下をのぞき込みます。「ご用だ!ご用だ!」口々に叫んでいる捕り方。「おお、表にも沢山おるき。」龍馬はピストルを空に向かって放ち、捕り方達の前へ飛び降ります。すでに逃げ腰になっている捕り方達を見て、さらにピストルを連射する龍馬。それだけで、完全に崩れてしまっている捕り方達。

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秋、みっけ せめてススキなと..@秋味祭り「お月見」

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今日は中秋の名月。きれいなお月様が見えるはずだったのに雨模様。
台風まで来ているとは何とも無粋な事ですね。

せめてもの雰囲気にススキをお届けします。

2004年9月27日 (月)

中国GP 決勝結果

中国GPの決勝結果は、次のところにあります。

決勝結果

初の開催となった中国GPの決勝は26日に行われ、フェラーリのルーベンス・バリチェロがポール・ツー・ウインを達成し、イタリアGPに続いて2連勝を飾りました。2位にはB.A.Rホンダのジェンソン・バトンが入り、佐藤琢磨は6位入賞を果たしています。

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河合効果 1日のアクセス数 1000突破!

ねこづらどきの昨日のアクセス数が1000ヒットを突破しました。その原動力となったのは河合耆三郎。昨日の新選組!で河合の最期が放送された直後からアクセス数が急増して、8時台にはなんと1時間で245件が殺到、その後も衰えることなく最終的には1062件に達しました。これまでの記録は8月23日に記録した605件ですから、それを遙かにしのぐ新記録です。

8月23日は山南の切腹が放送された翌日でした。この記録はそう抜かれる事はないだろうなと思っていたのですが、まさか河合が山南を上回るとは考えてもみなかったですね。それほど、ドラマとして出来が良かったということなのでしょう。

河合耆三郎については新選組始末記にある記載を中心とした記事と、その後の研究についての報告の二度書いていますが、ドラマの筋書きはこうしたエピソードを上手く取り入れながらさらに劇的に盛り上げていましたよね。詳しくは明日以降のレビューで取り上げる事にします。

どういうきっかけにしろ、これほど大勢の方に来て頂けたとは本当にありがたい限りです。どうか、これからも当ねこづらどきをよろしくお願いいたします。

2004年9月26日 (日)

秋、みっけ リンドウ@秋ブログ

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花屋の店先でリンドウを見ると秋を感じます。本当は野原で見たい花なのですが、なかなか自然の中で見る機会はないですね。

リンドウは、本来、宿根草。だけど、我が家のベランダは暑すぎて夏が越せないため、毎年新しい鉢を買って来ます。ピンクの花も綺麗なのですが、秋にふさわしいのはやぱっり青い花の方かな。

漢字で書くと竜の肝。根が漢方薬としして使われ、それが熊の肝よりもさらに苦いところから付けられた名前だとか。見た目の清楚さからは想像も出来ないですね。

青い花には、気持ちを鎮めるフラワーセラピーの効果もあるそうです。静かに秋を楽しむには、ちょうど良い花かも知れませんね。

秋、みっけ

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GALLERYのさくらちゃんは、ベランダに来たトンボに秋を感じたようですが、我が家では近くの公園でコカマキリに出会いました。

このコカマキリ、成虫になるのが大体9月頃で、秋に見かける事が多いようです。このコカマキリの先には小さな昆虫が居て、どうやらひそかに狙っていた様子。上手く捕まえられたかどうかは見届けていませんが、これから卵を産む季節、沢山獲物を捕って栄養を付けないとね。

2004年9月25日 (土)

F1 中国GP予選結果

F1 中国GPのフリー走行および予選結果は、次のところにあります。

フリー走行1日目 1回目 

フリー走行1日目 2回目

フリー走行2日目 1回目 

フリー走行2日目 2回目

公式予選1回目

公式予選2回目

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2004年9月24日 (金)

秋の七草 桔梗@秋ブログ

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秋の七草の一つ桔梗。本当は主として初夏から梅雨時かけて咲くのですが、なぜか秋の花になっていますね。
花の数は少ないけれども、確かに秋でも咲いている事は咲いています。

気取らないその姿は、最も日本的な花の一つと言っても良いのではないでしょうか。
梅雨どきの雨に煙る姿も良いけれど、秋空に栄えた桔梗もまた素敵ですよね。

2004年9月23日 (木)

栗ご飯@秋味ブログ

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我が家の秋味の一つ栗ご飯。控えめな味付けの炊き込みご飯にほのかに甘い栗が調和して、何とも言えず美味しい。我が家は4人家族、栗の数をきっちり4等分するのも大事なポイントです。きれいに盛りつけて、さあ召し上がれ。

2004年9月22日 (水)

新選組!29の3

今回のマイナー隊士の紹介は、大石鍬次郎です。ドラマでは、根本慎太郎がいかにも切れやすそうな若者を演じていますが、この俳優についての情報は少ないですね。まだ21歳、これをきっかかけに出てくる様になるのでしょうか。

大石鍬次郎と言えば「人斬り鍬次郎」の異名を持ち、新選組の中でもとりわけ残忍性の強い人物としてイメージされている隊士です。実際、数々の実戦の舞台にその名を残し、人斬りの名にふさわしいエピソードの持ち主でもあります。では、その実態はどうだったのでしょうか。

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2004年9月21日 (火)

新選組!29の2

新選組! 第37回「薩長同盟締結!」その2

1866年(慶応2年)1月21日。伏見の寺田屋に、新選組が手入れに来ています。「坂本龍馬が居るはずだ。」龍馬クラスともなると、局長直々の出動なのですね。「今夜はお見えやおへんけど。」と落ち着いて対応しているお登勢。「裏から入るところを、見たものが居るんですよ。」という沖田の突っ込みに対しても「坂本さんなあ、随分ご無沙汰ややなあ。わても会いたいわあ。」と笑っていなします。「とぼけんじゃねえぞ、こん野郎!」と凄んでみせる原田ですが、「野郎て、誰のことですか!」と反対に凄まれてしまいます。「踏み込みますか。」と沖田が近藤にささやきますが、近藤は「もういい。これで借りは返した。次は容赦なく、踏み込ませて頂く。」と言って引き上げで行きます。宿の前で「借りって?」と原田が近藤に聞きますが、近藤は何も答えずに先を急ぎます。まさか、妻と妾が鉢合わせしたのを助けてもらったとは言えないですよね。道ばたで、占い師になりすましている山崎。その卦は凶と出たようです。

「えっ、桂さんは10日前に京に着いちゅうはずやないがかや。」と龍馬。やはり寺田屋に居たのですね。「そうじゃっとん。」と言いかけて、おりょうの方を見て口ごもったのは、大久保一蔵です。「こいつは、わしの女房みたいなもんじゃき、心配せんでええ。」と龍馬に言われて嬉しそうなおりょう。「桂先生は、長州側の言い分ばっかり並べ立て、幕府との戦を収めてやろうちゅう薩摩の温情を、まるで理解しようとせんとじゃ。西郷さんは、桂先生が折れん限り、本題には入れんち言うとります。」という大久保の話を聞いた龍馬は、心底あきれたように「あきれて物が言えんき。桂さんはいっぺん下関で、待ちぼうけを食わされちゅう。それを根に持つ桂も桂じゃけんど、西郷も西郷じゃき。」「面目なか。」「ガキじゃ。ただの、カギじゃき。図体も目も太い、ただのガキじゃき。」さしもの桂や西郷も、龍馬にかかると、子供扱いなのですね。こんな事を言える人物は他には居ないでしょう。横でころころ笑っているおりょう。大久保はさすがに気色ばんで「坂本さん、さすがにそいは、言い過ぎじゃ。」と龍馬を睨みつけ、おりょうに向かって「おはんも笑い杉じゃ。」ちたしなめます。そう言われて「すみまへん。」と謝るおりょう。龍馬は「よーし、わしも薩摩藩邸に向かうき。」と、自ら事に当たる事を決意して言います。「今からなん。」「その前に、一風呂浴びるぜよ。」と龍馬はおりょうに向かって言い、おりょうは「はい。」と言って風呂の支度のために出て行きます。

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2004年9月20日 (月)

新選組!29

新選組! 第37回「薩長同盟締結!」

1865年(慶応元年)閏5月、松本良順による隊士の健康診断。舌をべーと出しているのは藤堂平助です。彼は異常なしだったようですが、続く沖田の診断では医者も本人も深刻そうな顔をしています。ドラマのナレーションにあったとおり、新選組隊士の中に肺結核患者が一人居たと松本の残した「蘭疇自伝」に記されています。これが通常は沖田の事だと考えられていますが、「蘭疇自伝」の中には氏名までは記載されていない事から沖田とは限らないとし、沖田の発病を慶応3年頃と考える説もあります。

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2004年9月19日 (日)

F1 ジャガー撤退、ビルヌーブ復帰などなど

パソコンの復旧に追われている内に、F1界では次々と大きな事件が起きていました。

まずは、ジャガーチームの撤退。ついこの間まで、チーム名をフォードに変更してさらなるステップアップを目指すといわれていたジャガーでしたが、突然親会社のフォードが、同チームおよびエンジンメーカーであるコスワース社の売却計画を発表しました。その理由はフォード本社の経営不振にあるようで、経営再建の一環として同社のモータースポーツ活動全体の見直しを行っていく中で、長期低迷を続けるジャガーチームが整理の対象に入ってしまったようです。ジャガーの買収に興味を示している者としては、レッドブルとF3000のチャンピオンであるアーデン・インターナショナルがあるようですが、今後どうなるかは予断を許さないようです。また、コスワースについては、もし買い手が見つからない場合はミナルディとジョーダンがエンジンを失うこととなり、F1は大打撃を受ける事になってしまいます。なんとか、うまく収まってくれると良いのですが。

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2004年9月18日 (土)

新選組!28の3

新選組! 第36回「対決見廻組!」その3

パソコンがクラッシュした事にともなって、録画しておいたビデオのデーターも消えてしまいました。このため残念ながら続きを書くことができなくなったので、要点だけを記します。

まず、ドラマの舞台となった祇園の大火ですが、これは実際にあった出来事です。1865年(慶応元年)3月26日午後7時頃、祇園末吉町より切り通し西入るにあった「万屋」の2階から出火し、たちまちの内に火は燃え広がり、北は新門前町、南は四条通を越えて100m程、西は東川端までが燃えたと言いますから、祇園の大半が燃えてしまったと言っても過言ではないですね。午前6時頃になってようやく鎮火、類焼家屋数1025軒、有名な一力亭もこのとき燃えています。今祇園に残っている古いお茶屋さんの大半は、この火事以降に再建されたものがほとんどのようですね。

新選組がこの火事に出動したというのも史実で、ドラマにあったように避難する群衆の誘導にあたったようです。隊士が逃げまどう舞妓や芸妓の中からなじみの女の手を引いて群衆の整理を行ったという事ですが、戦うばかりが新選組の職分ではなかったという事が窺えてなかなか興味深い出来事ですね。これ一つとっても、単なる殺戮集団ではなかった事が判ると思います。

一方、龍馬と西郷の間で進んでいく薩長同盟。いきなりビジネスの話から入っていますが、実際にこの案を龍馬が出すのはもう少し経ってからの事で、下関で行われるはずだった西郷と桂の会談が不調に終わった後の事です。このころには、龍馬は亀山社中と呼ばれる一種の商社を主催しており、薩摩と長州の取引をこの社中が仲立ちするという形で提案が行われたのでした。この3月の時点では龍馬はどこに居たのか判っておらず(おそらくは薩摩藩邸に匿われていたのでしょうが)、実際に活躍していたのは中岡慎太郎の方です。どうも龍馬の方が絵になりやすいせいなのか、中岡の功績がほとんど語られる事がないというのは気の毒な気がしますね。

この項は、木村幸比古「新選組と沖田総司」「新選組全史」、学研「幕末京都」「血誠 新撰組」、別冊歴史読本「新撰組の謎」「完全検証 龍馬暗殺」を参照しています。

パソコン復旧しました

我が家の壊れてしまったパソコンは、なんとか復旧に成功しました。しかしながら、中に入っていたデーターは全て消えてしまいました。特に、子供達の記録写真が消えてしまったのが何より痛いです。他のデータ-はもう一度作り直せば良いけど、こればっかりは取り返しがつきません。さっさと、バックアップを取っときゃ良かった...。

なんでクラッシュしたのかと言うと、突然パソコンがフリーズを起こしたためやむなく電源を落としたのですが、そのときにハードディスクが壊れてしまったようです。もしかしたら、フリーズした時点ですでにディスクが壊れていたのかもしれませんが...。

フリーズした原因についての心当たりは、ウインドウズのサービスパック2を入れてから全体的に動きが怪しくなっていたので、どれか相性の悪いアプリケーションがあったせいではないかと思います。おそらくは相性の確認ができていないTV関係のソフトではないかと思うのですが、良く分かりません。とりあえず、原因が特定できるまでは、当面サービスパック2の導入は見合わせようかと思っています。

結果として、2台あるハードディスクのうち1台が完全に壊れ、生き残っていたもう一台の方にOSを入れてパソコンとして生き返らせたのですが、その際うっかりデータ領域までフォーマットしてしまい、全てのデータを失ってしまうというお粗末をしでかしたのでした。言い訳としては、そのデータの入っていたハードディスクはずっとパソコンに認識されていなかったのですが、何度かOSのインストールを繰り返しているうちにいつの間にやら元に戻っていて、それと気づかずにフォーマットをかけてしまったのでした。壊れたと思っていたディスクの方が生きていて、生き残ったと思っていたディスクの方が壊れていたとは。ああ、何がなにやら、さっぱり判らない...。

写真以外で痛いのは、ホームページの元データまで消えた事ですね。またコツコツと一から作り直さなきゃ。バックアップは、思い立ったときに取っとかなきゃいけないと改めて思い知らされた次第です。

2004年9月17日 (金)

パソコンクラッシュ 続報

昨日クラッシュした我が家のパソコンですが、修復作業もむなしく完全に壊れてしまいました。生半可な作業では復旧しそうになかったためOSを一から入れ直したのですが、どうやらハードディスクが壊れてしまっていたらしく、立ち上がってもすぐにフリーズするという現象を繰り返し、何度かクラスタスキャンも掛けてみたのですが、時間が経つにつれて症状は悪化し、とうとうディスクチェックの画面で暴走して止まらなくなるという事態にまで至りました。さらに、2台あるハードティスクの片方が全く認識されておらず、もしかしたらマザーボードにまで損傷が及んでいるのかもしれません。この先どうするかは現在考慮中です。5年落ちになろうかというパソコンですのでもう充分に元は取った言えそうですが、中に入ってる数々のデータだけでも助けたいのですけどね。

2004年9月16日 (木)

パソコン クラッシュ

なぜだか判りませんが、パソコンがクラッシュしてしまいました。現在復旧作業中ですが、もしかしたら相当に時間が掛かるかもしれません。とりあえず古いパソコンからアクセスしていますが、遅すぎてとてもじゃないけど使えたもんじゃないです。このため、更新がしばらく止まるかもしれませんが、復旧が出来次第再開しますので、よろしくお願いします。

2004年9月15日 (水)

新選組!28の2

新選組! 第36回「対決見廻組!」その2

西本願寺屯所前で、素振りの稽古をする大勢の隊士達。これは姫路の本徳寺で行ったロケでの部分ですね。お堂の廊下から隊士達を見下ろして、「新選組も、大所帯となったもんだな。」と感慨にふけっているのは井上です。「本当ですね。」と相づちを打ったのは沖田。「ようやくここまで来たという思いもあるが、壬生浪士組を旗揚げした頃が懐かしい気もする。」「最初は、13人でしたからね。」「六番組長にして頂いたのは嬉しいが、なんだかこそばいくてしょうがないよ。」「良いんじゃないですか、源さんは、近藤さんの兄弟子なんだし。なんなら、一番組長替わってあげましょうか。」「勘弁してくれ。」何気ない会話ですが、新選組の組織が巨大化してきたにも係わらず、依然として中枢を占めているのは試衛館のグループである事を示しています。井上は近藤達にとっては確かに重要な人物ではありましたが、幹部の座に座っているのはその指揮官としての能力を買われたというより、試衛館において近藤の兄弟子であったという位置づけの方が大きいという事なのでしょうね。

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2004年9月14日 (火)

新選組!28

新選組! 第36回「対決見廻組!」

冒頭、とある旅館の一室、捨助の他、3名の長州藩士が会合を開いています。「我らが為すべき事は、幕府に対するそれぞれの藩の動きを確かめる事だ。俺は、明日、芸州藩を訪ねる。お前は肥後藩を当たってくれ。お前は津和野だ。」リーダー格の志士がそれぞれに指示を与えていますが、捨助には何の指示も出されません。捨助は、たまりかねたように「俺も何かやらせて呉れよ。」と話に割り込みます。「お前は良いんだよ、もう。」桂の居所を知っているという事が捨助の唯一の値打ちだったのですが、それが無くなった今、ただの役たたずの厄介者として相手にされていないようですね。「つれない事言うなよ。」「お前を守って仙波は死んだんだぞ。」これまで捨助を守るために命を落としてきた仲間が居るという事も、捨助の立場を悪くしているようです。「それが役目だったんだ。しょうがねえだろ!」と以前のように高飛車に出ますが、かえって志士達の激高を買ってしまいます。思わずひるんだ捨助は、「何でも力になるからさ、仕事呉れよ。」と哀願調になって頼み込みます。その時、廊下を渡ってくる人の気配がします。志士の一人が障子を開けて廊下を見ると、沖田総司が率いる新選組の一隊が向こうからやって来る姿がありました。「新選組、御用改めである。」という沖田の声に、驚いて逃げ出す志士達。「引っ捕らえろ。」と下知を下す沖田。2人の志士はさっさと窓から飛び降りますが、捨助とリーダー格の志士は、同じ窓から出ようとしてもみ合い、捨助だけが脱出に成功して、志士の方は捕まってしまいます。
逃げる捨助と、追う新選組。捨助は、途中で手ぬぐいで覆面をし、京の町を走り続けます。その姿を見て「天狗だ!」と叫ぶ沖田。逃げる捨助の前に、別の一団が現れます。「見廻組である。」佐々木只三郎が率いる見廻組でした。後ろから追いついてきた新選組との挟み撃ちにあった捨助は、横町へと逃げ込みます。それを新選組を押しのけて追う見廻組隊士達と、それをいまいましそうにやり過ごす新選組。

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2004年9月13日 (月)

彼岸花

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彼岸花が咲いていました。夏草で埋まっている間から、花だけを出しています。よくまあ、こんな環境で咲いたものだと思いますが、意外と逞しい花のようですね。ちょっと離れて撮ったうえ、縮小しているのでお世辞にも綺麗な画像とは言えないですが、その分はGALLERYスロウに掲載されている美麗な写真をご覧になって下さい。

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F1 イタリアGP 決勝結果

F1  イタリアGPの決勝結果は次のところにあります。

決勝結果

イタリアGPの決勝は、フェラーリのバリチェロが今季初優勝を飾り、2位のシューマッハと共に1・2フィニィッシュを決めています。また、B.A.Rのバトンと佐藤がそれぞれ3位と4位に入り、コンストラクターズ選手権でルノーを抜いて2位に浮上しています。

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2004年9月12日 (日)

F1 イタリアGP 予選結果

F1 イタリアGP 予選結果は、次のところにあります。

フリー走行2日目 1回目 

フリー走行2日目 2回目

公式予選1回目

公式予選2回目

イタリアGPの予選は、フェラーリのルーベンス・バリチェロがポール・ポジションを獲得しました。2位はウイリアムズのモントーヤ、佐藤琢磨は5位からのスタートとなります。

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「ハウルの動く城」 ベネチア映画祭で技術貢献賞受賞

イタリアで開催されていた「第61回ベネチア国際映画祭」に出品されていた「ハウルの動く城」が、オゼッラ賞(技術貢献賞)を受賞しました。この賞は、優れた技術を示した作品に贈られるもので、コンペ作品中唯一のアニメーションの「ハウルの動く城」の技術が評価されたという事です。

残念ながら金獅子賞の受賞はなりませんでしたが、スタジオジブリの技術水準の高さが証明されたという事になりますね。11月20日の公開が、ますます楽しみになってきました。

関連ニュースのページ

2004年9月11日 (土)

F1 イタリアGP 1日目

F1 イタリアGP 1日目の結果は、次の所にあります。

フリー走行1日目 1回目

フリー走行1日目 2回目

ヨーロッパラウンドの最終戦となるイタリアGPは、前戦を勝利で飾ったマクラーレンのキミ・ライコネンのトップで始まりました。これで、ライコネンが初日を制したのは3戦連続となります。 

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2004年9月10日 (金)

はぜの葉赤くて入り日色 ~小さい秋見つけた~

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身近な秋をベランダで見つけました。はぜの葉が赤くなっています。

この櫨、「ちいさい秋見つけた」の歌詞を再現したくて栽培しているのですが、毎年期待どおりに色づいてくれます。わが家で真っ先に秋を感じさせてくれる 貴重な存在です。

第45期王位戦 羽生タイトル奪取

谷川王位に羽生王座が挑戦する「第45期王位戦」第5局は、9月7日、8日に神戸市で行われ、87手で先手番の羽生が勝ちを制し、対戦成績を4勝1敗として三期ぶりの王位に復位しました。これで羽生王座は2冠に返り咲き、森内名人・竜王に奪われた失地回復へ向けて再起を果たした事になります。

このシリーズは、谷川の先勝で面白くなるかと思われたのですが、第2局以降は4連敗を喫し、一方的な展開となりました。それだけ羽生王座が復調してきたと言えますが、反面、谷川が以前から持つ脆さが出てしまったとも言えそうです。谷川王位は強い事は強いのですが、先輩の中原、後輩の羽生に比べると、どこかむらがあって安定感に欠ける所があるようです。そのせいか、圧倒的な谷川時代というのは比較的短く終わり、すぐに羽生に取って代わられてしまいましたからね。関西の第一人者として、もっと頑張ってほしいところなのですが...。

復調なった羽生王座が森内名人・竜王を迎え撃つ王座戦第2局は、9月14日に行われます。こちらは、羽生王座が先勝していますが、勝負はまだまだこれからです。白熱した好勝負を期待したいですね。

2004年9月 9日 (木)

9月9日 重陽の節句

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今日、9月9日は重陽の節句。七夕や端午の節句に比べて今ひとつ有名ではないのですが、明治の頃までは各地で様々な行事が催されていたそうです。別名「菊の節句」。

事の起こりは、他の節句と同様に中国にあります。彼の地では奇数は縁起の良い陽の数とされるのですが、一番大きな陽の数は9ですよね。これが重なる9月9日を、特に「重陽」と呼んで節句のひとつに数えてきたのでした。

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2004年9月 8日 (水)

新選組!27の3

新選組! 第35回「さらば壬生村」その3

九州の太宰府。「とにかく俺は、長州と薩摩が手を握るしか、道は無いないと思うがよ。」とまくし立てているのは、中岡慎太郎です。この頃、彼は、長州征伐の一環として長州から太宰府に移された三条実美ら五卿に従って、この地に来ていました。「長州と薩摩に手を組ませ、京から会津を追い払う。全てはそっからじゃき。」中岡が話しかけている相手は、坂本龍馬でした。「長州は、桂さんが復帰するらしいの。」と、龍馬はすでに情報を知っているようです。「これからは、やりようなるぜよ。問題は、薩摩じゃき。薩摩、薩摩!」二転三転していた長州藩の内情がようやく落ち着き、桂という代表者が戻ってきた事によって窓口が確立したという事なのでしょうね。実際に桂が長州藩に戻ったのは4月26日の事であり、中岡はその4日後の30日に赤間関で桂と会談しています。

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2004年9月 7日 (火)

新選組!27の2

新選組! 第35回「さらば壬生村」その2

壬生の屯所。玄関で沖田が指揮して、大八車の荷造りをしています。八木家のひでと為三郎も一緒に手伝っています。「ねえ、もっと綺麗につんだら、もうちょっと載るんやない?」というひでの忠告を無視して沖田は出発しようとしますが、車を動かしたとたんに荷崩れを起こしてしまいます。その様子を見ている八木源之丞夫妻と土方歳三。「いよいよ、行てしまうんやな。」と名残惜しそうな源之丞。「明日、近藤が改めてご挨拶に伺います。」ときちんと断りを入れる土方。「土方はん、ひとつ、ご相談したい事があんのやけど。」と雅。「どうぞ。」「ひでの事なんや。」「ひでちゃんが何か?」「あの子、すっかり皆さんと仲良うなってしもて、いや、それはええんですけど、屯所がお西さんに移っても、なんや通いで面倒見に行く言うて聞かんのですわ。」と言う雅と「ひでが、そないな事を。」と意外そうな源之丞。「総司ですね。」と察しの早い土方。「新選組の皆さんは、上様の為に命張っといやす。しかも、このご時世、いつ、何が起こるか判らしまへん。娘も年頃やし、もしもの事を考えたら。」と暗に沖田と別れさせたいと言う雅。「はい。」と、物分かりの良さそうな土方。自分達の置かれた立場というものを、良く弁えているようですね。「ええ、折りやと思うんです。」「そやけど、好き合うとるもんは、ええんとちゃうか。好きにさしてやったら。」と父親にしては娘に寛大な源之丞。雅は、そんな源之丞の背中を、思いっきりつねり上げます。思わず小さく悲鳴を上げる源之丞。「一度、ひでちゃんとお話させて頂いて良いですか。」と土方は、雅の申し出を快く引き受けます。「えらい、世話掛けますな。」「とんでもない。」そう言って、考え深げにひでと沖田を見やる土方。

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2004年9月 6日 (月)

新選組!27

新選組! 第35回「さらば壬生村」

冒頭、夜の京の町を走る新選組隊士達。「誠」の提灯が新選組らしい雰囲気を出しています。

「おせえなぁ。」とつぶやいたのは捨助。「本当にこことおっしゃったのか。」と続いたのはとある長州藩士。「くっそー、うどんでも食って待ってるか。おごってやるよ。」と優しく言う捨助。「私はいい。」となぜかつっけんどんな長州藩士。捨助は「遠慮すんなよ。」と彼を近くに居た屋台に引っ張っていき、「おやじ、二つ。」と注文します。捨助の差している刀は、随分と上等なもののようですね。「へーい。」と答えた声はどこかで聞いたような気がします。「桂先生は一体私に何の用だろうか。」長州藩士は、仙波甲太郎と言うのですね。「もっとしっかり、俺を守れって、叱られるんじゃないのか。」とちゃかす捨助に「俺はちゃんと守っている!」と怒り出す仙波。「冗談だよ。お前、すぐ本気になるなぁ。」と捨助は仙波と結構親しそうです。「へい、お待ち。」と出されたうどんですが、うどんだけでつゆが入っていません。「なんだよ、つゆが入ってないじゃねぇか。」とうどんの玉をこねくりながら文句を言う捨助。「作り方が判らん。」とうどん屋にあるまじき事を言い出す屋台の主人。「先生!」「声が大きい。」屋台の主人は、桂小五郎の変装した姿でした。

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火星が地球から最も遠くなる日

昨年、6万年ぶりと騒がれた火星大接近の話題を覚えておられる方も多いと思います。わが家もそのブームに乗って、星のきれいな美星町へ出かけて行きました。あれから1年。

今、その火星は地球から遠く離れてしまっているのですね。そして今日6日は、太陽を挟んで地球の正反対に位置する最遠の日にあたるのだそうです。あれほど明るく輝いていた事を思うと、少し寂しい気持ちになりますね。

次に地球に近づくのは、来年の10月30日だとか。昨年ほどではないにしろ、秋の空に明るく輝く火星を再び見る事ができるようです。秋の夜空は少し寂しいですから、赤い星が丁度良いアクセントになりそうですね。

2004年9月 5日 (日)

新選組フィギュア 3

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以前にも紹介した新選組フィギュア「新撰組戦場録シリーズ」の発売日が決まりました。東日本が9月13日、西日本が11月8日となっています。

これ、なんで発売日をずらすのかと思ったら、この手のコレクターズアイテムについては、全国をいくつかの地域に分けて発売日を変えていくというのが、常識的な販売戦略になっているのだそうですね。一通り行き渡ってしまえばそれでおしまいとなる短期決戦の商品ですから、全国一斉に売り出すとあっという間にピークが来てしまい、生産が追いつかなくてすぐに品切れになってしまう。そして生産が追いついた頃にはブームが過ぎていて、在庫の山が出来上がるという事になりかねません。そこでブロック毎に区切って順番に売って行けば、売れ行きが平均化かつ長期化され、需要のピークを分散して安定的に生産が出来るという計算が働いているのだそうです。このフィギュアについては東西2つのブロックだけですからまだましな方で、北海道、東北、関東という具合に、もっと細かくブロック分けをして販売していくものもあるそうですね。うーん、食玩の世界もなかなか深いものがあります。

ところで、合理的な愚か者でも紹介されている現行のシリーズですが、わが家ではコンプリートまで「原田佐之助」「斉藤一」「土方歳三(洋装)」「シークレット(桂小五郎)」のあと4体と迫っています。壮大な零さんは武田観柳斎だったそうですが、わが家でダブっているのは近藤勇で、三谷幸喜のコラムでは井上源三郎ばかりが出て来たとありますね。本当に一番多く入っているのはどれなんでしょうか。

新シリーズが出て来たら、現行のシリーズはおしまいになるのでしょうね。でも、これって京都へ行かないと、大阪ではなかなか手に入らないのですよね。次の土曜日は京都へ行って、最後のトライをしてみようかな。せめて「原田佐之助」と「斉藤一」は欲しいなあ。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

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「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」、わが家でも購入しました。4200円とちょっと高いのが気になって、子供達の誕生日かクリスマスプレゼントにしようと思っていたのですが、その子供達もお金を出すというのでつい買ってしまいました。

私的には、先に英語版を買って読んでいます。といっても、所詮怪しげな読解力しかありませんので、判らないところや細かい描写はすっ飛ばして本筋だけを追うという読み方ですけどね。改めて翻訳を読み直してみると、大体の所は合っているのですがやはり誤解していた部分も多くあります。

この5巻は、シリーズの中では最も読みづらいと思います。でも、子供向けの小説にもかかわらず、大人が読んでも読み応えがある事はこれまでと変わってないですね。すぐにも6巻が読みたくなるのは、さすがだと思います。


イタリアンパセリ 発芽

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イタリアンパセリの芽が出ました。これは、鉢植えで育てた株から採取した種を蒔いたものです。

わが家のパセリは5月頃から花がつき始め、その後も処分せずに放置しておいたところ、8月のはじめ頃には種が出来ていました。これを適当にプランターの空いたところに撒いておいたのですが、このたび無事に発芽してくれたという訳です。本来の種まきの時期は、これから涼しくなってからのようですね。真夏に撒いたわが家で芽が出たのは、幸運だったという事なのかな。

パセリを実生で育てるのは初めての事。これからどう育っていくのか、ちょっとした楽しみが出来ました。

2004年9月 3日 (金)

新選組!26の3

今回の新選組!マイナー隊士紹介は、篠原泰之進です。

ドラマでは小梶直人が演じていますが、まだ松原と喧嘩するシーンぐらいしか出番がなく、今のところはまだ影が薄いですね。この方のプロフィールを見ると剣道2段の腕前となっています。だとすると、もっと剣豪として知られる役柄の方が良かったような気もしますね。

篠原泰之進は、築後国生葉郡高見村の生まれの人で、父は石工業を営む篠原元助でした。生年は1828年(文政11年)10月10日です。泰之進は家業を継ぐべき長男だったのですが、年少の頃から久留米城下に出て武術の修行に励み、始めは宝蔵院流槍術師範森兵右衛門に入門して槍と剣を、次いで良移心倒流柔術師範下坂五郎兵衛に師事して柔術を学んでいます。1852年(嘉永5年)に久留米藩士小倉一之進に仕える様になり、その後家老有馬右近に奉公しています。

1858年(安政5年)に主人の有馬に従って江戸に上るという幸運に恵まれ、泰之進は赤羽の藩邸に入ります。江戸においてもさらに武術の修行に励み、諸藩の士と交わる内にいつしか熱烈な尊王攘夷論者となって行きます。そして、1860年(安政7年)3月に桜田門外の変が起こると、この事件に刺激を受けた泰之進は水戸へと走ります。しかし、泰之進は水戸には受け入れて貰えなかったらしく、脱藩者となった彼は江戸で楊心流柔術の道場を開いていた戸塚彦助の下に潜伏します。

1862年(文久2年)泰之進は、将軍の上洛を機に大阪に上ったのを皮切りに、上総、下総、奥羽、越後と遊歴を重ね、各地の尊王攘夷派の志士たちとの交流を深めます。そして、翌1863年(文久3年)には神奈川奉行所に雇われて、横浜の外国人居留地の警備に就く事になります。これは、居留地で働く事によって外国の国情を探り、攘夷に役立てる事が目的だったと言われています。ここで、彼は後に行動を共にする事になる服部武雄、加納鷲雄、佐野七五三之助らと出会い、交遊を深めます。同年10月、泰之進達は幕府の運上所に乱入したイギリス人3人を捕らえて縛り上げ、海岸通りに放り出すという事件を起こします。このことが幕府とイギリスとの間で問題化しそうになったために、泰之進は同志と共に横浜を離れ、江戸の雅橋勘之進の下に潜伏します。そしてこの頃、最も重要な出来事として、泰之進は加納鷲雄の紹介で伊東甲子太郎と知り合い、意気投合してその同志となっています。

1864年(元治元年)9月、伊東甲子太郎が近藤勇の誘いに乗って新選組加入を決意すると泰之進もこれに従い、共に上洛の途に付きます。このとき泰之進37歳でした。伊東の一行は10月27日に京都に入っていますが、泰之進はこれとは別行動を取り、翌年5月10日まで大阪にあって畿内の情勢を探っていました。このため、泰之進は長州征伐に備えて作られた行軍録にその名を見る事が出来ません。正式に新選組に加盟した泰之進は、諸士取調役兼観察となり、併せて柔術師範も兼ねるようになります。

泰之進が新選組において活躍した事件として、奈良における不逞浪士の取り締まりがあります。不逞浪士潜伏の情報に接した新選組は、伊東、久米部正親らとともに泰之進を奈良に派遣します。夜、市中を久米部と共に歩いていた泰之進は、5人の浪士と出会います。たちまちの内に斬り合いとなり、久米部は3人の敵と戦って太股を刺されるという重傷を負います。一方、泰之進は二人の浪士に立ち向かい、一人はたちまちのうちに倒してしまい、もう一人は組み伏せて両刀を奪った上で蹴放し、逃げていくその浪士に向かって両刀を投げて返してやるという武勇伝を残しています。

1866年(慶応2年)1月、長州藩訊問に向かう近藤に従って、伊東と共に泰之進も広島へ赴いています。ここで伊東と泰之進は近藤とは別に、諸藩の周旋方と尊王論と交わしつつ徳川幕府の悪政について論じ尽くし、併せて長州への寛大な処置を説いて回わるという行動を執っています。この頃既に、新選組の中で伊東と近藤との間に決定的な溝が出来ていた事を伺わせる行動です。

同年6月に長州で始まった四境戦争では、幕府軍が大敗を喫し、将軍家茂の死をもって裳を発し、朝廷は休戦の沙汰を下しています。そして12月25日には、幕府を支持されていた孝明天皇が崩御されました。いよいよ幕府が斜陽の時代に入った事を見て取った伊東は、翌1867年(慶応3年)3月13日に近藤と土方と会談して、御陵衛士として分離することに同意を取り付けます。これは、談判に先立ち、泰之進が勤王の士でもある泉涌寺塔頭戒光寺の湛念長老に依頼して、伝奏を通して3月10日に孝明天皇の御陵衛士を拝命していた事が大きく作用したといいます。伊東以下13名の同志は、3月20日に新選組の屯所を引き払い、三条の城安寺に一泊したあと、五条の善立寺にに移ります。暫くこの寺に滞在したあと、6月下旬には高台寺塔頭の月真院に入って、ここを屯所としました。

御陵衛士となった泰之進達は、晴れて尊王攘夷運動に邁進します。しかし、それも長続きする事はなく11月18日に伊東が新選組によって暗殺されてしまいます。町役人の知らせを聞いた泰之進達は伊東の遺体を引き取りに行く事にします。その際、服部武雄は敵は新選組であるに決まっているので、甲冑の用意をして行こう言い、伊東の弟である三樹三郎は新選組なら旧知の仲であり、礼をもって引き取りに行くべきだと主張します。しかし、泰之進は、「もし賊と戦えば、敵は多勢であり、我らは少数である。だからといって、甲冑を着て路上で討ち死にすれば、卑怯者として後世笑い者にされてさしまう。それぞれ普段の平服で良い。」と言って他の仲間を納得させ、駕籠掻き用の小者を連れて七条油小路へ出かけて行きます。現場についた泰之進達は、変わり果てた伊東を見つけて駕籠に乗せようとしますが、半ば乗せ終わった頃、四方から新選組隊士が群がり出て来ました。その数40人以上と言いますが、別に35、6名とする説、23名とする説、17名とする説などがあります。いずれにしても、鎖の着込みを着て十分に戦支度をした新選組と、平服のままの泰之進達とでは装備の上からでも差がありすぎ、服部(彼だけは、鎖を着込んでいました)、藤堂平助、毛内有之介の3人が斬殺されてしまいます。残る泰之進、三樹三郎、加納、富山弥兵衛の4人は囲みを破って脱出する事に成功し、その後薩摩藩邸に匿われます。

彼等は、新選組に対する復讐の機会を待ちますが、12月18日、二条城から伏見に帰る近藤が伏見街道を通る事という情報を掴み、墨染の民家でこれを待ち伏せします。泰之進が放った銃弾は馬上の近藤の肩に命中しますが、命を奪うには至らず、近藤は重傷を負いながらも馬にしがみついたまま駆け去ります。泰之進達は、残った近藤の護衛達に斬り込み、激闘の結果石井清之進と下僕の久吉を倒しています。ただ、このとき近藤を撃ったのは富山だったという阿部十郎の証言があり、おそらくは阿部の言う方が正しいのではないかと考えられています。このあたりのいきさつからか、阿部はその後泰之進との交流を絶っています。

鳥羽伏見の戦いにおいては、薩摩軍と共に戦い、さらに戊辰戦争では赤報隊に参加しています。しかし、赤報隊の偽官軍事件に連座して一時は監獄に投じられるという不運に見舞われ、嫌疑が晴れた後は軍曹として北陸方面で活躍をしています。

明治以後、名を秦林親と改め、永世士族の資格と終身八人扶持、そして恩賞金として250両が与えられました。そして、弾正台の小巡察、大蔵省造幣寮の監察役などを務めますが、明治6年に官を辞して民間に転じています。そして、鉱山業や林業、果ては銀行の設立にまで手を出しますが、いずれも目が出る事はなく、大成する事はありませんでした。

晩年は、キリスト教に帰依し、敬虔なクリスチャンとして生きたと言います。そして1911年(明治44年)6月13日に84歳で亡くなりました。泰之進がその晩年に、妻のチマと初孫を抱いて撮った写真が今に伝わっています。いかにも明治を生きた人らしい頑固そうな風貌の中にも、初孫を得て安らぎを得た好々爺といった趣があり、その晩年が幸せであったことを物語っているかのようです。

泰之進については、このほか松原との交流があったとする「壬生心中」や、谷三十郎が殺された時に斉藤と検分に立ち会い、その言動から斉藤がその暗殺の実行者ではないかと思ったとされる話、武田観柳斎と仲が良かったのだが、その最後の日に斉藤と共に竹田銭取橋まで見送り、斉藤が武田を斬り倒したその場に立ち会ったという話などが伝わっています。しかしそのいずれも根拠が薄く、恐らくは創作されたものではないかと思われます。

私個人の思いとしては、油小路の決闘の際に、どうせ死ぬなら平服で行こうと言いながら自分はしっかりと生き残り、藤堂達を無碍に死なせている所がどうにも引っかかっています。彼が余計な事は言わないで、全員がせめて鎖の着込みでも身に付けてしれば、また違った結果になっていたかも知れません。死ぬ気で行ったのなら、仲間を残して逃げずに戦うべきだし、また最初から逃げるつもりだったのなら行かない方がましですよね。どうにも釈然としないものが残ってしまいます。

子母澤寛「新選組始末記」、新人物往来社「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「新撰組始末記」「秦林親日記」)、別冊歴史読本「新選組の謎」、河出書房新社「新選組人物誌」を参照しています。

2004年9月 2日 (木)

8月のねこづらどき

8月のねこづらどきは、アクセス数でこれまでの新記録を達成しました。その数10495。初めて月間1万アクセスを超えています。沢山の方にご来場頂き、本当にありがとうございます。

その原動力はリピーターの方々で、実に4182名の方が繰り返し訪れて下さっています。これは7月の2777名からさらに1405名も増えており、本当に嬉しい限りです。

残り約6000が検索経由でのアクセスとなる訳ですが、5月31日のYahoo!の検索エンジンの変更以来続いていた減少傾向にようやく歯止めがかかり、特に8月15日以降急増しはじめました。そのキーワードのベストスリーは次のとおりです。

1 カブトムシ 5.6%  334
2 明里 3.5%  207
3 山南 3.1%  188

カブトムシが1位に来たのは、正直意外でした。季節柄需要が多かった事もありますが、その背景にはムシムシキングというカードゲームの流行があるようですね。そのカードで最強の設定になっているのがカブトムシだそうで、そこからカブトムシの飼育を始める人が増えているらしいです。初めて飼育をする人にとって、少しでもねこづらどきの記事が参考になったとしたら嬉しいのですが。またキーワードの中のカブトムシ関連を丹念に拾っていくと700以上になります。これだけの人に見て頂けたのですから、書いた甲斐があったというものですね。

2位の明里は、月末に来て急増しました。新選組!の山南脱走から切腹が、いかに注目されていたかが伺えます。また3位の山南は8月の初め頃からコンスタントにアクセスがありましたが、やはり8月の末にかけて増加する傾向が見られます。この二人が2位と3位に来たというのは、堺山南と鈴木明里のファンである私としては、嬉しい結果ですね。

また、新選組関係を合計すると1500件に達し、ねこづらどきを支えている大きな柱の一つが新選組だという事が判ります。

この他、「世界の中心で、愛をさけぶ」の関連が350件程度、京都110件、千羽鶴関連で90件程度、ねこじゃらし71件というあたりが目立つ所です。

なお、MyblogListのランキングで271位に入りました。こちらの数字が18015となっていますが、アクセス解析のページビューの数字にほぼ対応しており、ページが表示された回数でランキングを付けているようですね。こうしたランキングに入るのも初めての事で、うれしい限りです。

ホームページnatureの方に目を転じると、こちらも月間アクセスが11605と初めて1万を超えており、大変ありがたい事と思っています。ここはアクセスの90%以上が検索経由になっており、そのキーワードで上位を占めたのは次のとおりです。

1 ミヤマクワガタ 6.1%  622
2 山南啓介 5%  510
3 光縁寺 4.5%  456
4 京都 4.3%  436
5 コクワガタ 3.2%  331
6 クワガタ 2.1%  217

こちらも、季節柄クワガタ関係が上位を占めています。その中で、山南と光縁寺が上位に来ているのは、ねこづらどきと同じく新選組!の山南効果と言って良いでしょうね。 この他、番組の最後で紹介された明保野亭がその直後にアクセスが集中して129件となっているのが目立ちます。一方、ずっと上位を占めてきた二年坂が182件で7位に落ちています。これはやはり夏に京都観光を目指す人が少ないという事なのでしょうか。これから秋になるとまた違った傾向が出てくることでしょうね。

これからも、ねこづらどきとnatureをよろしくお願い致します。

2004年9月 1日 (水)

新選組!26の2

新選組! 第34回「寺田屋大騒動」 その2

八木邸の一室。銘菓「雷おこし」を八木源之丞夫妻に差し出すつね。雷おこしって、昔から江戸土産とされていたのでしょうか。「新選組が、いつもご迷惑をおかけしております。」と局長の妻としてあいさつをするつね。「何を言わはります。ご公儀の為に働いたはる皆さんどす。お世話出来て光栄でございます。」と型どおりの返答をする源之丞。「三月程のはずが、こんなに長くなってしまって。」とこれはみつ。「先月、三年目に入りました。おかげさんで、この世のものとは思えん体験をさせてもうてます。」源之丞はきわどい嫌味をひょうきんさで隠すのが上手いですね。「でも、悪い人達ではないんですよ。」とみつはあくまで天真爛漫です。雅は夫と顔を見合わせて「そうなんです。」と言って笑い出し、つられて源之丞とみつも笑います。それを見て、つねも満足そうな様子です。

「深雪太夫が!」と素頓狂な声を上げる藤堂。「しっー!」と沖田はたしなめて、「なんで、こんな時につねさんを江戸から呼び寄せるんだよ!」と藤堂をなじります。「そんな事おっしゃられても困ります。つね様が京を見てみたいとおっしゃるから。」と言い訳をする藤堂。「ねえねえ、という事は、近藤先生は、その人と一緒に住むんやろ?」と沖田に聞くひで。「どっか近くに家を借りたって、言ってたよ。」「えーっ、なんかがっかり。そんな人やと思えへんかった。」と言うひでに、「それは、ガキの言う言葉だ。」と土方に言われた通りに返す沖田。むっとしてひでは沖田を睨みますが、沖田はそれを無視します。「とにかく、今、太夫を連れてこられたら、えらい騒ぎになる。」「えっー、どうしましょ、どう、どう、どうしましょ。」とうろたえる藤堂。「落ち着け、平助。落ち着け、落ち着け。」という沖田ですが、声がうわずっています。「とにかく、土方さんを呼んできてくれ。」確かに、この場を納められるのは土方をおいて他にはいないでしょう。「は、はい。はいー。」と言って、土方を探しに行く藤堂。

西本願寺を訪れている、伊東、土方、島田の三人。本願寺の貫禄のある僧侶と話をしています。「このたびは、我が新選組のためにお力添えを下さり、誠にありがとうございます。西本願寺の由緒を汚さぬよう、大切に使わせて頂きます。」と殊勝なあいさつをする伊東。なかなかの男ぶりですが、本願寺の僧侶は憮然とした表情でうなずくばかりです。「ここは、幾つかに仕切って、隊士達の部屋にしようと思う。」と横合いから言い出す土方。「それは、良いですね。」と相づちをうつ島田。「釘打たしてもらいますよ。」と勝手に決めてかかる土方に、僧侶は驚いた表情になります。「本堂との間に、竹の矢来を組み、仕切とする。」「湯殿もでかいのがありますし、向こうの太鼓楼も何かに使えます。」「いいな、長州の奴らを閉じこめておく牢屋にでもするか。」「ぴったりです。」「庭も広いんで、会津から大砲を借りて来て、撃ち方の稽古もできます。」「よし。さっそく借りてこい。」実際に新選組は西本願寺の境内で、大砲の訓練を行っています。そのあまりの大音響に当時の門主が腰を抜かしたために寺から新選組に抗議が行くのですが、新選組ではかえって面白がって、門主がいる時を見計らっては大砲を撃つようにしたといいます。これについては、さすがに見かねた会津候から、市中での大砲の射撃は慎むようにとの達しがあり、その後は壬生寺に戻って大砲の訓練をするようになりました。「ここは、武器庫にどうだ。」「良いですね、どんどん運びましょう。」このあいだ西本願寺の図面を見ていた時から考えてあったのでしょう、伊東も僧侶も無視してどんどん話を進めていく土方。無論、西本願寺に対する嫌味と恫喝を兼ねてわざとしているのです。立場を無くした伊東は憮然としながら、僧侶を気の毒そうに見やり横目で土方を睨みますが、止めようとはしません。彼もまた、西本願寺に対する牽制の為にも移転すべきだと主張しただけに、反対も出来ないのでしょうね。ただ、そのあまりの露骨さに、嫌気が差しているのでしょう。僧侶の口元が何か言いたげにわになわなと震えていました。

新選組の屯所。隊士達の前につね、みつが立っています。その横にいるのは武田観柳斎。「これより、沖田みつ様よりありがたいお言葉があります。みな、心して聞くように。」みつはつねを差し置いて、前に座って話し始めます。「皆さん、お勤めご苦労様。総司の姉、みつでございます。」と一礼してから立ち上がり、「新選組の働きぶりは、江戸に伝わって来てますよ!」と叫びます。どよめく隊士達。さらに「これからも、ご公儀に楯突く悪い奴らを、思い切り懲らしめてやって下さい!」と檄を飛ばします。それに応えて、「おーっ!」と鬨の声を上げる隊士達。「そして、弟の事、よろしくお願いいたします。」「おーっ!」「上様の為に、頑張りましょうー!」「おーっ!」とさらに調子に乗るみつ。横であおり立てる武田。それを部屋から見ていた総司は、あきれたように障子を閉めてしまいます。

「面白い、人ですね。お姉さん。」とひで。確かに、あまり京都では見かけないタイプでしょうね。そこへ入ってくるつね。「つねちゃん!」と親しげに叫んで原田が起きあがります。「嬉しいな、嬉しいな!」と抱きかかえるようにして踊りながら、つねを部屋の中に招き入れます。「まあ、座れよ。」「元気そうだな。」と声を掛けたのは永倉です。「永倉さんもお変わり無く。」「いいんですか、向こうは。」と沖田。「みつさんに、任せて来てしまいました。なんだか知らない顔ばっかりで。」本来あいさつをするとすれば、つねの方だったのでしょうね。でも、つねの性格としては、見知らぬ大勢の前で話をする事は苦手なのでしょう。「それだけ、新選組が大きくなったという事です。」と永倉。うなずくつね。

「見回りから戻りました。」と部屋に入ってきたのは、斉藤と周平です。お互いに相手を思い出せないでいる斉藤とつね。その様子を見て沖田が、「あ、つねさん。局長の婚礼の時に会っていると思うよ。」と助け舟を出します。やっと気が付いた斉藤は、日頃の無愛想はどこへやら、「その際は、お世話になりました。」と頭を下げます。つねも思い出したのでしょう、「こちらこそ。」とにこやかに返します。斉藤は、なにやら思い出したようにそそくさと席を立ちます。「おい、ご挨拶は?」と周平に声を掛ける原田。彼にしては良く気が回ったものですね。「いえ、まだです。」ととまどう周平。「こいっ!」と永倉に呼ばれて、つねの前に座る周平。「近藤周平です。近藤先生の奥方様だ。」と両方を紹介する永倉。「言ってみりゃ、お前のかあちゃんだ。」と周平の気を軽くしてやろうと彼なりに気を使う原田。「あなたが。」「聞いてますか。」「はい。」「周平と申します。」「つねと申します。」一通りのあいさつが済んだとたんに、そわそわしだす周平。「あっあの、もう行っていいですか。」と失礼な事を言い出します。「はい。」とつねはにこやかに返しますが、永倉は出て行く周平を見送って、「愛想のない奴だ。」とため息をつきます。あまりに無礼な態度に腹が立ったのでしょうね。一方周平にすれば、近藤の養子という立場が重いと感じている上に、また養母に当たるとは言っても初対面の奥方に何を言って良いか判らなかったのでしょうね。実際に周平がつねに会っているのはこの3年後のことで、その時には養子縁組を解消されており、新選組からも脱走した後でした。「でも、そういうところ、ちょっと似ているかも知れません。うちの人に。」とあくまでにこやかに言うつね。彼女にしてみれば男の子が居ませんから、周平を可愛く思っていたのかも知れません。

「わあっ、久しぶりに大きな声だしちゃった。」と部屋に入って来るみつ。「いや、奥様のお言葉で、隊士一同、志気が大いに上がりました。素晴らしいお方だ。」と持ち上げる武田。それが聞こえなかったのかのように「永倉さんに、佐之助!」とみつは佐之助に駆け寄り、背中をはたきます。「みっちゃん!」とまたも抱きつく原田。みつも嬉しそうにはしゃぎます。それを見て、鼻白んだ様子の武田。「ご無沙汰致してます。」と礼儀正しい永倉。「紹介して。」と総司に迫るひで。総司はしょうがないという風に「姉上、八木家のひでさん。」と紹介してやります。ひでは「初めまして、姉上様。」と好きな総司の姉にあいさつします。「あんたの手紙に書いてあった人ね。」「あんまり変な事、言わないように。」「あんたの言うとおり、可愛いじゃない。」ふむ、総司は手紙でひでを可愛い人と書いていたのですね。やはり、総司はひでを憎からず思っているようです。「総司と仲良くしてやって下さいね。」とみつに言われ、ひでは満面に笑みを浮かべて「はい!」と元気に答えます。「ねえ、平助さんに聞いたんだけど、勝ちゃん達、今、伏見に居るんだって。伏見って、そう遠くないんでしょ。会いに行って、勝っちゃんを驚かしてやりたいんだけど。」とつねに向かって言うみつ。どうやらつねも賛成な様子です。「ねえ、ねえ、ねえ、私の事可愛いて、手紙に書いたの?」と嬉しそうに総司に聞くひで。それを無視して、「あの、今日は伏見には行かない方が良いと思うんだな。」と沖田はなんとかこの場を誤魔化そうとします。「行ってくりゃ、良いじゃねえか。おったまげるぜ。」と何も知らない原田。「たまげ過ぎますよ。よしましょうよ。」と懸命に取り消す総司。「よかったら、ご案内しましょうか。」とこれも事情を知らない永倉。「永倉さん!大体今から伏見へ行ったら、疲れるって。」となんとか話をそらそうと頑張る総司。「駕籠を出しましょうか。」と気を利かす武田。「止めなよ!駕籠代だって馬鹿に出来ないんだから。」と余計な事を言うなと言いたげな総司。「それくらい、新選組が出しますよ。」と太っ腹な所を見せる武田。「出してもらえ~。」とおどける原田。「だから、そういう事に隊費を使うのは良くないと思うんだよ!」と一番隊隊長として、上手い言い訳を考えついた沖田。そう言われて、つねを見るみつ。「ここで待ちましょうか。」とつね。さすがに幹部の身内として、公私混同はまずいと思ったのでしょうね。ほっとした様子の総司。

そこへ斉藤が戻ってきます。彼はつねの前に座って、「婚礼の日に貸して下さった5両、ようやくお返し出来ます。」と金の包みを差し出します。斉藤の逃亡資金として、つねの持参金から渡した5両ですね。あれは、この日の為の伏線だったのか。なんたる長さだ。「そんな、良いですよ。」「ずっと気になっていたんです。」と斉藤。彼にとっては、とてもありがたい出来事だったのですね。それにしても、今日の斉藤は随分と愛想が良く、いつもと様子が変わっています。「局長に言っても、あれは妻の金だからと。受け取って下さい。」「受け取っておけば。」と助け船を出すみつ。「では、遠慮なく頂きます。」と金を受け取るつね。ふと気が付いたように、「これで、駕籠を呼んで頂けますか。」と言い出します。「かしこまりました。」と格好良く言う武田。「余計な事を...。」とつぶやく総司。それに気が付いて、なにかまずい事でもしたのかなと気が付いた様子の斉藤。

血相を変えて、門から駆け込んで来る土方と藤堂。土方は、草履を脱ぐのももどかしく、手で取って後ろへ放り投げながら玄関に駆け上がります。玄関で転んで、はいつくばる藤堂。「おい、つねさんは。」いつもの冷静さはどこへやら、すっかり上ずった表情で総司に聞きます。部屋の奥では、斉藤がうずくまって何かしています。「たったいま、駕籠を飛ばして寺田屋へ向かいました。」「ばか、まずいじゃねえか!」と怒鳴る土方。部屋の隅でうずくまって、羽織の紐をこねくりながら「俺のせいだ。」とつぶやく斉藤。それをちらっと見た土方は、沖田に向かって「行くぞ!」と声を掛けて、急いで出て行きます。後に残った藤堂。まだ羽織の紐をいじくりながら、「俺のせいだ。」といじけている斉藤。

寺田屋のお登勢。「舟が着きましたえ。」と近藤に知らせます。近藤は「お願いしても良いですか。」と井上に出迎えを頼みます。「はい。」と言って出て行く井上。「すまんが、どこか大福の旨い店を知らないか。」とお登勢に聞く近藤。「お大福ですか。」と渋い表情のお登勢。意外な事を聞かれてとまどっているようです。「この先の御菓子屋さんで売ってますけど。」「深雪太夫の好物なんだ。」と説明してやる近藤。

寺田屋の前で、太夫を待つ井上。えっほ、えっほと駕籠掻きのかけ声がしています。ほどなく、京屋忠兵衛に連れられた深雪太夫が現れました。「お待ちしておりました。」と出迎える井上。「どうぞ、こちらです。」と二人を案内します。先頭に立って、寺田屋へ向かおうとしたその先に、駕籠から降りたみつとつねの姿がありました。みつは、駕籠に揺られて気分が悪いようです。「みつさん、大丈夫ですか?」と気遣うつね。「酔うた。」と扇子で顔を扇ぐみつ。その横顔を見て、驚愕する井上。慌てて袖で顔を隠し、その怪しい格好のまま京屋と深雪太夫を寺田屋の中に招じ入れます。

「どういう訳だかさっぱり判らないのだが、今局長の奥方が外に来ている。」とお登勢に話す井上。「あらま。」「詳しい話をしている暇は無いのだが、察してくれ。」「うちは、船宿です。これまでも、男と女のいろーんな修羅場は見てきてます。この登勢にお任せ下さい。」と頼もしく胸を叩くお登勢。「ごめんくださーい。」とみつの声。「へーい、ただいま。」と答えて玄関へ出向くお登勢。

「まあ、江戸から。それはそれは遠いとこから。ご苦労はんでごさいましたな。」「あの、近藤勇はおりますでしょうか。」とお登勢とつねが受け答えしている横で、みつはあちこちを覗くようにして、近藤を捜している様子です。「はい、お見えになっといやす。」と聞いてうれしそうな、みつとつね。

「いや、それにしても驚きました。」とみつとつねに言う井上。「そりゃ、驚かせようと来たんだもんね。」とみつ。「表でお見かけしたときは、心の臓が飛び出るかと思いました。」と余計な事を言う井上。案の定「何でそのとき声を掛けてくれなかったの。」とみつに突っ込まれます。答えに窮した井上は、しどろもどろになりながら「あんまり驚いたので、声掛けるのも忘れておりました。」と誤魔化します。「どうぞ、ごゆるりと。」とお茶を運んで来たのは、おりょうです。

大福を買って帰ってきた近藤。その近藤におりょうが声を掛けます。「近藤先生。お連れの方、お部屋でお待ちどすえ。」「もう、来ましたか。」「可愛らしい、奥様。」おりょうは、詳しい事情を知らないのですね。「そういう間柄ではない。」とこれも勘違いしている近藤。廊下を右に曲がろうとする近藤におりょうは、「そっちやない、どうぞ。」と奥の部屋へ案内します。不審に思いながらおりょうに付いていった近藤は、中にいるのは深雪太夫だと思いこんでいます。「失礼します。」とおりょうが襖を開ける後から、近藤は「今大福を買って...。」と言いながら中を見て、そこにいるのがつねとみつである事に気が付きました。愕然とする近藤。なんと言って良いか判らないという表情の井上。にこやかに笑っているみつとつね。事態がのみこめずに呆然としている近藤を見て「びっくりしてる、びっくりしてる。」とはしゃぐみつ。「来てしまいました。」と可愛く言うつね。やっと、我に帰った様子の近藤。

寺田屋の玄関。お登勢が二人の男を出迎えています。「近藤先生がまだ居はるんです。」「嘘だろ~!」と叫んだのは捨助。「どうします。」「出直してくる。」と重々しく言ったのは町人姿に変装した桂でした。桂は直ちに出て行こうとしますが、お登勢が引き留めます。「安心しておくれやす。向こうは向こうで大変みたいですから。部屋を離れに通しましたよってに、どうぞ。」と招き入れます。

にこやかなつねとみつと対座している近藤。依然としてショックから立ち直れて居ない様子で「来るなら来ると手紙の一つでも。」と口ごもります。「だから、びっくりさせようと思ったのよねえ。」とみつ。「怒ってらっしゃいます?」と気遣うつね。「別に怒ってはいないが。」と誤魔化す近藤。つねは不意に真面目になって「山南さんの事、伺いました。」と言います。夫の不機嫌の原因はそこにあるのかも知れないと思ったのでしょうね。それに対して、軽くうなずくだけの近藤。何を言ったら良いか困っている様子です。それに気づいたのか気づかないのか、みつは近藤の手元にある大福を見つけて「それは何?」と聞きます。それが大福だと気が付いたみつは、「私たちに?気が利いてるじゃない。」と喜んで見せます。しかし、つねは「違いますよ。だって、私達がここに来る事を知らなかったのだから。」と冷静なところを見せます。「そうよね。そんなに沢山、誰に買ってきたの?」とみつに問われて、答えられない近藤は大福の包みを弄ぶばかりです。「ありがとうござます。わざわざ私のために。」と助け船を出す井上。「いや、ここの大福には目が無いんですよ。頂戴します。いや。」と言いながら大福を美味しそうにほおばります。無愛想に黙っている近藤。井上と近藤の様子を不審そうに眺めるつね。「美味いなあ。」と一人で芝居を続ける井上。

寺田屋の廊下。「済まなかった。無理矢理食わせて。」と井上に詫びる近藤。「それより、これからどうするんですか。」と井上。彼はまだ大福を手にほおばっています。「事情は判っているか。」とお登勢に聞く近藤。「大体は。」「という事なので、暫く太夫を預かっては貰えないだろうか。うちの妻達が、江戸へ帰るまで。」「うちは、よろしおすけど。」頼むというふうに頷いて、太夫の部屋へ急ぐ近藤と井上。

寺田屋の龍馬の部屋。「なんとか、考えてみてはくれんのか。」と桂に向かって言う龍馬。「長州と薩摩が手を結んだら、朝廷も巻き込んで、幕府に立ち打ち出来る大きな力になると思うがじゃ。ほいたら、日本人同士が血を流し合う無駄な戦も止めさせる事が出来るがやき。」薩長同盟の提案ですね。確かに龍馬と桂は薩長同盟において大きな働きをしました。しかし、龍馬が先に説いたのは西郷の方で、この時期出石に潜伏していた桂とは話が出来るはずもなかったのでした。また、薩長同盟というと龍馬一人の手柄のように思われ勝ちですが、実際に最初のお膳立てを作るのに活躍したのは中岡慎太郎の方です。龍馬は一旦決裂しかかった同盟を独自の案でもって斡旋し直し、最後の仕上げを行ったところに功があります。「坂本君、それでわざわざ私を呼びつけた訳ですか。」なにやら桂は不機嫌そうです。「長州を動かせるは、おまんしかおらんがや。」「長州と薩摩が手を結ぶ。長州を京から追い出したのは、会津と薩摩だ。我らは、薩摩に対する恨みを忘れておらん。手を結ぶなどという事は、決してあり得ない。」長州の志士達は、八・一八の政変以来の恨みを忘れないために、下駄の底に「薩賊会奸」と書いて履き、つねに踏みつけながら歩いたと言われます。「薩摩がそんなに憎いかえ。」「憎い。」長州藩の中でも、薩摩藩を最も憎んでいた一人が桂でした。彼は明治以後も執念深く薩摩を嫌い続け、長州閥を薩摩閥から守る事に最も腐心していたと言います。「もう少しまともな話が聞けると思っていたのに。」これだけ薩摩を憎み嫌っていた桂が、後には高度な政治的判断によって薩長同盟に踏み切ります。そのことが、彼をして明治の元勲の一人にせしめたと言っても過言ではないでしょう。このドラマの桂は、まだそこまでの決断が出来る程の状況には至っていないようですね。立ち上がって帰ろうとする桂に、龍馬が声を掛けます。「近藤勇がおるき、気いつけや。」「奴はここで何をしている。」「嫁さんとおめかけさんが鉢合わせしそうになって、大騒ぎしちょるじゃき。」「どこまでも間の抜けた男だ。行くぞ。」と桂は、別の膳で食事をしていた捨助に声を掛けて出て行きます。苦い顔で酒を飲む龍馬。まだまだ先は長そうですね。

離れに居るつねとみつ。さっきと打って変わって、深刻そうな様子です。「なんか、気になった?」とつねに聞くみつ。しかし、つねは沈んだ表情のまま、何も言いません。みつは意を決したように立ち上がり、「探してくる。」と部屋を出て行きます。廊下で捨助に声を掛ける桂。「岩倉公に、例のものを渡してくれたか。」「はたきですか。明日、持っていこうと思っていたんですけど。」「急げ!」と桂は苛立たしそうに言います。「長州の命運が掛かっておるのだ。」「あのはたきに?」そこに、庭を隔てた廊下にみつがやってきます。捨助の顔を認めたみつは、後を追いかけて「捨助!」と声を掛けてきます。「こんな所で、何してるの?」「あ、あ~!」と小さな悲鳴を上げる捨助。桂もみつに気が付いた様子で、顔を見られないようにしようとしています。「俺だって、尊王攘夷の為に、頑張っているだよ。」という捨助を余所に、みつは桂に気が付きます。みつから逃げようとする桂と、しつこく顔を確かめようとするみつ。「あっ、この顔。桂小五郎。」「人違いです。」とキッパリと否定する桂。「桂さんだよ。でしょ?」と捨助に同意を求めるみつ。手を振って否定する捨助。「儂は、桂やない。出石の荒物屋、広江孝助や。」このドラマでも、一応出石との関連性はあるという事になっているのですね。出石での桂は、広江孝助と名乗り、荒物屋を営んでいたと伝えられています。「またまた、どこから見ても桂さんだもの。」とみつは食い下がります。面倒だとばかりに立ち去ろうとする桂の背後から、「桂さんでしょう!」と大声で呼びかけるみつ。思わず振り向いて、「しっー!」とたしなめる桂。「やっぱり桂さんだ。」と嬉しそうなみつ。「あっちいけ!」と捨助がみつを押しやり、ようやく桂もみつから解放されます。一旦は去り掛けた桂ですが、ニヤっと笑みを浮かべ、何かを思いついた様子です。すぐに振り返ってみつの側に寄り「近藤勇のおめかけさんが、この宿のどこかに居るらしいぞ。」と耳打ちして去ります。楽しそうに、ニコニコしながら去る桂。えっーと言う顔になるみつ。

深雪太夫の部屋。近藤、井上、京屋、お登勢、深雪太夫が居ます。「そういう訳で、私は、急用で屯所に戻らなくてはならなくなりました。新しい住まいには後日移るとして、今日のところはこちらに泊まって頂けませんか。」と近藤。「うちは、かましません。」と深雪太夫。「さすが、新選組はん、お忙しいですな。」と事情を知らない京屋が、お世辞を言います。「不逞の浪士どもが騒ぎ出しまして。」と調子を合わせる井上。「誠に、京屋さんには、この度世話になった。」「近藤先生、太夫の事、よろしゅうお頼み申します。ほな、私はこれで。」と京屋は去っていきます。その京屋と入れ違いに現れたのが、みつとつねでした。驚く近藤と井上。「勝っちゃん、そこに居るのはどこのどなた様?」と詰問するみつ。うろたえるばかりの近藤と井上。みつとつねは更に近藤の前まで詰め寄り、「どういう事なの?訳を聞かせて貰おうじゃない。」と重ねて聞いてきます。言葉が出ない近藤に、お登勢が助け船を出します。「わてが、お話し申します。こちらは、大阪からお見えの深雪太夫。身請けされて、こっちゃやって来ました。」まずいぞと言わんばかりに、顔を見合わせる近藤と井上。「近藤先生も偉くなったもんね。花魁を身請けして、おめかけにするなんて。」と皮肉を言うみつ。「こっちには、花魁はおりません。太夫でございます。」と深雪太夫。花魁は江戸の吉原の最上位の遊女で、京都、大阪では太夫が最高位とされていました。もっとも、吉原の花魁も、元は太夫と言ったそうですね。「どっちでも、同じ事。」ところが、特に島原の太夫ともなると、他とは一線を画していました。島原の太夫は正五位の位を持つとされ、殿中に上がる資格を持っていたのです。ですから、深雪太夫としては、江戸の花魁とは格が違うと一緒にしては欲しくなかったのでしょうね。進退窮まったような近藤に、さらにお登勢が加勢します。「あのー、なんか思い違いしたはるようですが、身請けされたのは近藤先生やないんどす。」「はっ?」「こっちゃの、井上先生でございます。」と声を励まして言うお登勢。「先生、ご自分の口から、はっきり言わはった方が。」「源さんが。」と疑わしげなみつ。追いつめられた井上は、開き直って芝居を始めます。「この年になって、初めて恋をしました。それって、罪でしょうか。」居たたまれない表情をしている近藤。「源さん。」と意外そうなつね。井上は、さらに深雪太夫の側に行って、「おゆきと言います。」とみつとつねに紹介します。近藤は、なぜか両手をついて頭を下げる格好になっています。深雪太夫もその気になって、井上と向き合い、井上はその手を取って「幸せにするよ。おゆき。」と優しく言ってやります。「源三郎様。」と深雪太夫も調子を合わせます。そこへ、駆け込んでくる土方と沖田。「ちょっと待ったー!」と叫ぶ沖田。「つねさん、違うんだ。その女は、俺を追いかけて来たんだ。」と息を切らしながら言う土方。そして、深雪太夫の方につかつかと近より、太夫の手を取っていた井上を「はい、そこどいて!」と突き飛ばします。弾みで、襖を押し倒して転がる井上。「おゆき、悪かった、好きだよ。」と芝居を演じる土方。「もう離さない。」と太夫を抱きしめます。太夫は今度もその気になって、「歳三様。」と幸せそうに目をつぶってつぶやきます。ようやく起きあがった井上ですがもう引っ込みが付きません。彼もさらに芝居を続行します。「おゆき、いつの間にこの男と。」「お許し下さい。」とさらに乗る太夫。色男ぶってニヤリと笑う土方。「歳三!お前って、やつぁ!」と井上は太夫から土方を引き離して押し倒し、馬乗りになって殴りつけます。これを見て、近藤が思わず止めに入ります。「そこまでだー!もういい!みんな、それなりに有り難う!」と叫びます。それなりにって、なんなんでしょうね。「局長!」と井上。驚く、土方、みつ、つね、沖田の面々。「みんな、外に出てくれ。つねとおゆきはここに残って。」とあえぐように言う近藤。「さあ、皆さん、とりあえず参りましょう。さあ。」ととりなすように言うお登勢。土方を起こす井上。鼻を押さえている土方。手を離すと、鼻血が出ています。その顔で、近藤とアイコンタクトを取る土方。山南の脱走の時と同じですが、鼻血が出てるいる分だけ間抜けな感じがします。これって、あの回のパロディなんですね。近藤を睨み付けるつね。目をそらす深雪太夫。真ん中で、中腰で両手を広げたままの格好で動けない近藤。廊下に出て、「済みませんでした。」と土方に謝る井上。「気にするな。」と仲間内には優しい土方。「何やっての。馬鹿みたい。」「大体、姉さんが急に出てくるから。」「なんで、私のせいになるのよ。」と沖田姉弟。

つねと対座する深雪太夫。つねは太夫を睨み付け、太夫は申し訳なさそうに頭を下げた格好です。その間に居る近藤は、針のむしろに座っているような様子です。「いずれ、手紙で知らせるつもりだった。」と近藤。「正直に言う。こっちに来てから2年、良い事ばかりではなかった。色々と悩みもしたし、気落ちもした。そんなとき、私の励みになったのが、深雪太夫だった。今、この人は身体を毀している。俺はだから、せめてもの恩返しにもと、京へ呼んで、ゆっくり休ませてやろうと思った。それが私の偽らざる気持ちだ。」切々と、つねに語りかける近藤でしたが、つねはそれには答えず「おゆきさんと、二人にして貰えますか。女同士で話がしたいのですが。」と深雪太夫をじつと見据えながら静かに言います。仕方がないというふうに席を立つ近藤。

縁側で、近藤が夕焼け空を見ながらため息をついています。そこへお登勢が現れます。「よろしいやないですか。後は、お二人に任せておいたら。奥さんも、大阪からきはった方も、どちらさんも賢そうな人やし。こないな時は、男はんは、どっしり構えてたらよろしおすのや。」と言いながら袂から手ぬぐいを取りだし、「お風呂にでも入っといやす。」と薦めます。近藤は、とまどいながら手ぬぐいを受け取り、風呂へ向かいます。

つねと深雪太夫の部屋。相変わらず、太夫は頭を下げた姿勢です。「不器用な人ですから、あの人嘘を付くとすぐ判ってしまうんです。さっきの話しも嘘。あなたを京へ呼んだのは、あなたを愛しく思ったから。後は方便。」つねは、全てを見抜いていたようです。「近藤先生のお情け、心の底から嬉しゅうございます。けど、こうなってしもたからには、うちは先生の側には居られません。」と身を引く覚悟を示した太夫。ところがつねは「側に、側に居てあげて下さい。」と意外な事を言い出します。「えっ」と意表を突かれた太夫。

湯船に浸かる近藤。そこに龍馬が入ってきます。やや気まずそうに「おう、久しぶりじゃの。」と言う龍馬。黙って、会釈をする近藤。

「あの人は、先だって大事なお友達を亡くしました。きっと、心に深い傷を受けた筈です。でもそのとき、私はその場に居てあげられませんでした。居たのは、あなた。」と太夫を見つめるつね。「勿論、くやしいです。でも、私には、江戸で道場を守る役目が。だから、私の替わりをお願いします。」とつらい決心を語るつね。「よろしいんですか。」と太夫。だまって頷くつね。「うちが、どんな女か、ご存知ないの?」「うちの人が好きになる人です。悪い人であるはずがありません。」さらにつねは意表を突いた行動に出ます。「近藤勇を、よろしくお願いします。」と太夫に頭を下げるのでした。「ただ、約束して下さい。あの人が、京に居る間だけ。」本妻としての意地でしょうね。あなたはあくまで仮の存在だと釘を刺したのでした。「京に居る、間だけ。」と太夫は繰り返します。これは太夫にとっては、辛い事だったでしょうね。どこまで行っても、かりそめの存在からは抜けられ無いのですから。「はい。」と答えるつね。「かしこまりました。」と頭を下げる太夫。つねの頬を一筋の涙が流れます。どちらにとっても辛い時間だった事でしょうね。

「そっちはどうなるぜよ。騒動は収まったかがかや。」と風呂に浸かりながら近藤に聞く龍馬。「さあ、良く判りません。」と身体を洗いながら答える近藤。「お前も朴念仁に見えて、結構やるきね。」と言って笑う龍馬。「申し訳けないけんど、わしは幕府を見限ったぜよ。」「それは、どういう事ですか。」「もう、幕府には、任せておけんという事よ。」「坂本さんは、幕府はもう要らないと言うのですか。」「そうはゆうちょらん。ただ、幕府のやつら、腰抜けしか居らんき。そいつらにまかしちょっては、外国の食い物にされるだけじゃきに。ほいで、わしらが自分らの力で、日本を守るがじゃ。」このあたりが龍馬の複雑な所ですね。基本的には倒幕論ですが、ぎりぎりの段階では将軍家そのものは滅ぼそうとはしませんでした。「そりゃ、確かに幕府は弱っています。旗本は、武士の誇りさえ忘れている。しかし、坂本さん、上様あっての我らではないのですか。私達の力で、幕府を立て直そうとは思わないのですか。」「幕府がなんぜよ。」近藤と龍馬の決定的な違いが生じた瞬間ですね。近藤はどこまで行っても幕府からは離れられず、龍馬は幕府に変わる新しい政体を築いて行こうと考えています。「坂本さん、その辺にしておきましょう。」「おまんとはもう、会わん方がええと、思うちょったき。これでおさらばじゃのう。今度会う時は、敵同士じゃ。」実際には、これ以前に既に敵同士なんですけどね。龍馬が脱藩した時点で正規の土佐藩士では無くなっており、新選組から見れば紛れもなく不逞浪士の一人でした。無論、寺田屋で近藤と会った事など一度も無かった事でしょう。顔に水を掛け、厳しい表情になる近藤。友と思っていた男と、これから敵味方に分かれて対決して行かざるを得なくなった事に対する覚悟の表れでしょうか。

この項は、子母澤寛「新選組始末記」、新人物往来社「新選組銘々伝」、別冊歴史読本「新選組の謎」、河出書房新社「新選組人物誌」、歴史群像シリーズ「血誠 新撰組」を参照しています。


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