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2004年4月

2004年4月30日 (金)

電池が切れるまで 2

電池が切れるまで、まさか2回目で結花ちゃんを死なせてしまうとは
思ってなかったです。しかし、院内学級においては、あの様に突然
訪れる死は、ままある事の様です。

院内学級を扱った作品というのは幾つもありますが、私が知っている
のは「聖の青春」です。プロの棋士だった村山八段の伝記ですが、彼
もまた、重度の病気を背負い、院内学級での暮らしを余儀なくされた
一人でした。そこに描かれた日常は、「電池が切れるまで」とほぼ重な
ります。

つい昨日まではしゃいでいた子供がある日突然部屋から居なくなり、
やがてその子の居たベットは何事もなかったかの様に片づけられ、し
ばらくするとまた新しい子供が入ってくる。居なくなった子供は、退院
したのではなく、亡くなったのだと誰もが知っているけれども、皆その
事には触れない。そこに暮らすものは、それぞれ重度の病気を背負い、
明日は我が身と知っているからです。

そうした日々が繰り返される中でも、子供達は何かに縋って懸命に生
きようとします。村山八段の場合は、将棋でした。病のためにあらゆる
可能性を否定された中で、彼は将棋に光明を見いだします。彼は、後
に東の羽生名人と双璧をなす天才棋士として知られる様になりますが、
彼にとって将棋を指す事は生きる事そのものでした。

「電池が切れるまで」の結花ちゃんは、常に何かを書いていました。詩
であったり、手紙であったりしますが、私には、その姿が、将棋に打ち
込む村山八段に重なって見えます。彼女にとって、文字を書き続ける
事が、生きているという手応えだったのではないでしょうか。そして、そ
の結晶として残ったのが、あの「命」という詩だった様に思われます。

結花ちゃんが亡くなった事も、日常の一こまとして院内学級は続きます。
そうした極限の状況の中で暮らす子供達を、これからこのドラマがどう描
いていくのか見続けたいと思います。

2004年4月29日 (木)

レモンバームのハーブティー

4月17日に紹介したレモンバームを収穫しました。早速、ハーブティー
を作ります。

Heabtea1

ハーブティーの入れ方は色々ありますが、わが家はティーポットに紅茶の
ティーバックと一緒にフレッシュハープを入れるという簡単な方法でやって
ます。正確には、ハーブ風味の紅茶かな。
入れる時間は1分半程度。あまり長く入れるとえぐみが出るので、ほどほ
どに。

Herbtea2

あとは、砂糖も何も入れないで、そのまま飲みます。普通の紅茶よりずっ
とすっきりとしていて、なおかつレモンバームの風味もあって、とっても美
味しいですよ。


2004年4月28日 (水)

第62期将棋名人戦 森内連勝

第62期将棋名人戦の第二局は、先手番挑戦者の森内竜王の勝ち
となり、対戦成績を2勝0敗としました。

この将棋、8五飛戦法からの急戦となり、一日目にして終盤の様相
を示し、封じ手がなんと王手の局面で行われるなど、名人戦としては
異例な進行でした。また、双方とも三時間、四時間という長考の応酬
もあり、手数は短いものの内容の深い将棋だったと思います。

しかし、森内竜王の7四歩には驚きました。あの局面で7四歩と指し、
8八桂成を許して勝ちと読める棋士は、他には居ないでしょうね。この
勝ち方というか、羽生名人にとってこの負け方は相当に堪えるのでは
ないでしょうか。多分、桂が成れれば勝ちと読んで誘導していた局面
でしょうから。

森内竜王の充実ぶりを示した一局と言えそうですが、羽生名人にとっ
ては、朝日での負けといい、本当に苦しい状況になって来ましたね。
しかし、羽生名人の事ですから、ここからまた素晴らしい戦いぶりを示
して呉れるものと期待しています。

2004年4月27日 (火)

新選組!8

新選組!第16回「一筆啓上、つね様」、ようやく壬生浪士組の結成が決
まり、24名の参加者が揃いました。
この24人は、決して一枚岩だった訳ではなく、分類すると次のようになり
ます。

芹沢派
芹沢鴨、新見錦、平間重助、平山五郎、野口健司

近藤派
近藤勇、山南敬助、土方歳三、沖田総司、永倉新八、井上源三郎、
藤堂平助、原田佐之助、斎藤一

幕府から派遣された取締役
殿内義雄、家里次郎

根岸派
根岸友山、鈴木長蔵、清水吾一、遠藤丈庵

水戸藩
粕谷新五郎、上城順之助

対馬藩
阿比留栄三郎

長州藩
佐伯又三郎

この最初の残留者については諸説あり、13名説、20名説、25名説などが
あります。この24名説は、会津藩庁の記録にあるもので、ドラマではこの説
を採用したのですね。

さて、この24名のうち殿内義雄と家里次郎は、近藤、芹沢によって粛正され
てしまいます。幕府の意に沿う様に壬生浪士組を動かそうとしたのですが、
近藤等と意見が対立し、内部粛正に遭ったものとされています。殿内は、3
月25日に四条大橋で斬殺、家里は4月24日に大阪で芹沢等に追いつめら
れ、切腹したと言われています。どうやら、次回のドラマでは、どちらも芹沢が
単独で殺害したという設定になるようですが、実際には殿内については近藤
が手を下しているようです。(失策があったので天誅を下したと書いた近藤の
手紙があるそうです。)

根岸友山は、武州大里郡甲山村の人で、千葉周作に北辰一刀流を学んでい
ます。1833年(天保4年)、故郷で荒川改修組合を組織し改修工事に関わり
ますが、その中で幕吏と業者の不正を発見し強訴します。しかし、返って捕らえ
られ牢に繋がれてしまいます。出獄後は、三余堂という塾や剣術の道場を開き、
桂小五郎や久坂玄瑞ら長州の志士と親交があったと言われてれます。浪士組
では一番組小頭となりますが、このとき既に54歳と、当時としてはかなりの高
齢でした。ドラマの中でおじいちゃんと言われていたのは、無理もない所ですね。
友山は、殿内殺害後、鈴木、清水、遠藤と共に江戸へ帰ります。友山は、この
あと新徴組の世話役になりますが、すぐに脱退し、その後は倒幕の志を抱いた
と伝えられ、鳥羽伏見の戦で幕府軍が破れると祝宴を張ったそうです。その後
は、明治23年まで存命し、88歳でこの世を去りました。後の3人もやはり新徴
組に入りますが、鈴木と遠藤は共に間もなく脱退し、清水は最後まで新徴組に
属し、庄内藩と共に戦っています。

水戸藩士のうち、上城順之助は、一度は残留したもののすぐに変心し、江戸へ
帰り新徴組に入っています。しかし、これもすぐに脱退し、その後の事は良く判っ
ていません。

阿比留栄三郎は、対馬の人で、この人も北辰一刀流を学んでいます。ドラマに
あるように病身で、壬生浪士組発足から1ヶ月も経たない4月6日に病気で亡く
なっています。また、これとは別に殺害されたという説もあるようです。

佐伯又三郎は、これからドラマに出てくるかも知れませんね。長州の人で一説
には江戸の人とも言います。最初から浪士組に居たのではなくて、京都で参加
した人です。後に副長助勤を勤めていますが、新選組始末記では、芹沢鴨のお
気に入りで、芹沢の意を受けて、隊士の佐々木愛二郎の恋人を芹沢のものとす
るために佐々木をだまし討ちにします。しかし、そのときその恋人をも殺めてしま
ったために、怒った芹沢に殺された、となっています。また、これとは別に、佐伯
は久坂玄瑞が間者として壬生浪士組に潜入させていたのですが、かえって長州
藩の機密を新選組に漏らしたため、久坂によって粛正されたとする説もあります。
さて、このドラマでは、どちらの説を採るのでしょうか。

最後に、粕谷新五郎ですが、実はこの人は最近この「ねこづらどき」のスターと
なっている人です。沢山の方に訪れて頂いているのですが、その割に書いてあ
る事が不親切なので、もう一度まとめ直しておきます。

粕谷新五郎は、1820年(文政3年)に水戸藩士粕谷忠兵衛の子として産まれ
ています。残念ながら、どこで剣の修行をしたとか、学問を修めたかなどの前半
生については手元に資料がなく、判りません。比較的はっきりしているのは、中
年以降の事績です。

1858年(安政5年)、幕府は朝廷の勅許を受けないまま日米修好条約に調印
してしまいますが、これを怒った孝明天皇は、幕府と水戸藩に幕政改革を迫る
勅書を下します。この勅書は幕府の定めた手順を踏んでおらず、また水戸藩へ
直接下されたものであったことから、幕府はこれを政府転覆の企てと受け取り、
ここから安政の大獄が始まります。水戸藩に対しては、関係者を処罰したほか、
勅書の返還を迫ります。

この対応を巡って、水戸藩内の意見は分かれます。水戸藩では、元々幕府に忠
実な保守派と、尊王攘夷思想を抱く尊攘改革派が居ましたが、保守派は返納、
また尊攘改革派の中でも返納派(鎮派)と反対派(激派)に別れます。1859年
(安政6年)、12月、激派は勅書返納を実力で阻止するために、水戸と江戸の間
にある長岡に集まります。(長岡勢)

この長岡勢の中に粕谷新五郎もいました。彼は、家督を嗣子親之助に譲り、この
挙に参加しています。長岡勢は、藩からの追討を受け、また藩主の説得もあって
翌1860年(万延元年)2月に解散しますが、この内一部の勢力が江戸へ向けて
脱出し、桜田門外の変を起こしています。

粕谷新五郎は、同年8月に激派の中の同士38名と共に江戸の薩摩藩邸に駆け
込み、攘夷の先鋒を勤めたいと意見書を提出しています。しかし、薩摩藩では粕
谷らを拘束し、水戸藩に引き渡してしまいます。粕谷は、これ以後、1862年(文
久2年)12月に赦免されるまで、獄中で過ごす事になります。

粕谷は、翌1863年(文久3年)浪士組が募集されるとこれに参加、取締手附と
なります。そして、壬生浪士組創設のメンバーの一人となりますが、興味深い事
に彼が壬生に居た間は、新見錦と一緒に南部家に寝泊まりしていた様です。もし
かしたら、芹沢以上に新見と繋がりが深かったのかもしれません。

粕谷は、殿内が殺害された後、根岸友山と共に脱退し、故郷御前山村に戻りま
す。翌1864年(元治元年)天狗党の乱に参加しますが、追討を受け、下野小山
の持宝寺で自刃したと伝えられます。享年44歳。彼の墓は、靖国神社にあるそ
うです。

長々と書いてきましたが、ドラマの中で「様々な組織に入っては内部の醜い争い
を見て来た。」と言っているのは、以上のような経歴があったからですね。水戸藩
というのは、なかなか解りにくい所で、私もまだ十分には把握仕切れていないの
ですが様々な党派に別れては抗争を繰り返していた様です。

例えば、激派の中でもいくつかの分派があり、まず桜田門外の変を起こしたグル
ープが出ています。そして、粕谷らのグループが薩摩藩邸に駆け込んだとき、芹
沢は同じ激派ながら、粕谷らとは別に、直接行動を主張する玉造党に参加し、そ
の幹部になっています。また、浪士組が結成された頃、芹沢や粕谷はこれに参
加しますが、他の激派の一部は、水戸藩主と共に上京の途につき、長州藩の手
引きで京都本国寺に集結し、本国寺党と呼ばれるようになります。芹沢や新見は、
この本国寺党と頻繁に連絡を取っていた様です。

水戸藩が、幕末の動乱が始まった頃には時代の主流をなしていたのが、幕末ぎり
ぎりの段階になると全くの傍流となって、時代に取り残された様になってしまうのは、
こうした分派とそれに伴う内部闘争が繰り返されてきた結果、人材が居なくなったた
めだと言われています。

ドラマでは、粕谷は近藤に内部抗争はしないと約束させていますが、殿内殺害によ
り、その約束が破られたと憤り、脱退するという設定になりそうですね。


2004年4月26日 (月)

F1 サンマリノGP 決勝結果

F1 サンマリノGPの決勝結果は、次のところにあります。

http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/04/007result.html

結果から見ると、フェラーリの圧勝で、B.A.Rの健闘及ばずという形に
なりました。やっぱり、作戦面も含めた総合力では、まだまだフェラーリ
の方が上ですね。ホンダは2位で口惜しいと言っていますが、今の力関
係ではこれが精一杯ではないでしょうか。フェラーリを打ち負かすには、
更なるステップアップが必要です。

とは言え、今やフェラーリを追う1番手がB.A.Rになった事は間違いあり
ません。ウイリアムズのモントーヤは、オープニングラップでシューマッハ
に妨害されたと怒っていましたが、あれはレーシングアクシデントというも
のでしょう。それに、あのとき前に出ていたとしても、到底逃げ切れるスピ
ードではありませんでした。ラルフに至っては、またしても接触で順位を下
げる始末です。このチームは、なにやら不協和音だらけで、フェラーリを追
い上げるだけの勢いは感じられません。

むしろ、ルノーの方が元気ですね。これからは、B.A.Rとルノーの争い
が面白くなって来るかも知れません。どこかで、アロンソが一発の速さを
示して、勝つ事があるような気がします。

佐藤は、ずっとギアボックスのトラブルを抱えていた様ですね。最後はエ
ンジントラブルで終わってしまい、不運だったとしか言い様がないのです
が、レース後デビッド・リチャーズが「いつか必ずツキが向いてくるから、
そのまま攻め続ければ良いんだ。」と励ましていましたね。確かに、その
通りだと思います。速さが一級品なのは間違いないのだから、腐らずに
がんばって欲しいですね。

さて、ここまでフェラーリが4連勝で来ました。もう今シーズンは決まった
も同然のように見えますが、過去を振り返ればこういう展開から最終戦
にまでもつれ込んだシーズンもあります。また、フェラーリが万全かと言
うとそうでもなくて、このレースのバリチェロを見ていると、作戦を一歩間
違えれば、フェラーリと言えども勝てないという事が解ります。B.A.R
なりウイリアムズなりルノーが、思い切った作戦で序盤でフェラーリを押
さえ込む事が出来れば、まだまだ勝機はあるのではないでしょうか。
特に、モナコあたりではね。

次戦はスペインGP、5月9日決勝です。

2004年4月25日 (日)

F1 サンマリノGP 予選結果

F1 サンマリノGPの予選結果は、次のところにあります。

公式予選1回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/04/005qualify1.html

公式予選2回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/04/006qualify2.html

とうとう、B.A.Rがやりました。チームにとっても、バトンにとっても初ポール
ポジションです。また、ホンダとしては1992年第7戦カナダGP以来、75回
目。実に12年ぶりになるのですね。佐藤じゃなかったのが残念ですが、今シ
ーズン負け知らずのフェラーリを押さえての事ですから、快挙と言って良いと
思います。

その佐藤の方は、7番手。今ひとつセットアップが決まらなかった様ですね。
これまでなら7番手というのは立派な成績だったのですが、チーム力がここ
まで上がってくると物足りなくなってくるから、佐藤も大変ですね。でも、バト
ンから1秒16は離されすぎ。本当の実力はもっと上でも、こういう結果が出
てしまうと格下として扱われてしまいます。佐藤は予選での速さを身に付け
る事が急務なんでしょうね。今日の決勝での力走を期待します。

フェラーリの二人は、アタック中に少しずつミスを犯したようです。しかし、それ
がなくてもB.A.Rには勝てなかったとコメントを出してますから、バトンの速
さは本物だったと言う事でしょうね。

ウイリアムズは健闘はしているのですが、B.A.Rの影に隠れてしまいまし
たね。しかし、フェラーリと交互に並んでいるのですから、今日の決勝では面
白い戦いをしてくれそうです。

マクラーレンのライコネンは、トラブルがあったのでしょうか、アタックせずに終
わってしまいました。これで2戦連続タイムなしです。クルサードは11位。ヨー
ロッパに帰ってきても上向く兆候はないですね。7月のドイツGPでに改良型を
投入するそうですが、それまではどうしようもないという事なのかな。ちょっと、
寂しいですね。

個人的に興味のあったジャガーの二人は、ウェバーの圧勝でした。クリエンは
午前中のフリー走行で車を壊していたのですね。しかし、それを差し引いても、
このタイム差ではウェバーの敵ではないのかな。バーレーンでは、良い走りを
していたのですけどね。

さて、せっかくポールを取っても、スタートで躓いては何にもなりません。まずは、
一にも二にも、バトンにはスタートを決めて欲しいですね。そうすれば、今シーズ
ン初めてと言って良い、好レースが展開されると思います。佐藤も、上手くすれ
ば表彰台が狙えるポジションに居る訳ですから、存在感を示すレースをして欲し
いです。

佐藤、がんばれ!


2004年4月24日 (土)

F1 サンマリノGP 1日目

F1 サンマリノGPが始まりました。1日目の結果は次のところにあります。

フリー走行1回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/04/001free1.html

フリー走行2回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/04/002free2.html

B.A.Rが来ましたね。2回目は、フェラーリを押さえてなんと1・2です。凄い!
まだ1日目ですから喜ぶには早過ぎるのですが、佐藤がシューマッハの前に居
るというのは、気分が悪い訳ないですからですね。

そのシューマッハ、2回目の方がタイムが落ちています。コンディションの変化に
依るものなのか、取りんでいたプログラムのせいなのかは判りませんが、他のチ
ームが軒並みタイムを伸ばしている中で、ちょっと気になるところです。バリチェロ
の方は、まだ理想的なセットアップが見つかっていないと言っていますね。

4位に食い込んだのがライコネン。前回はフリー走行では速かったのですが、2日
目以降ずるずると落ちていきました。今回は、本格的に復調してくるのでしょうか。

ウイリアムズは、戦前に「ここでは勝てない」と速くも敗北宣言を出していましたが、
確かに今ひとつですね。本来フェラーリのライバルとしてレースを盛り上げるべきチ
ームですから、負け犬根性になんかならないで、頑張って欲しいところです。

今回、ジャガーの二人の力関係に注目しているのですが、これまでの所ウェバー
が貫禄を見せていますね。前回良いところを見せたクリエンですが、本当に速いの
か、この数戦で見極めがつくと思われます。でも、ウェバー相手だと大変なんでしょ
うね。

ところで、2008年以降のF1レギュレーションについての改革案が示されました。2.
4リッターV8エンジン、マニュアネルギアボックス、パワステの禁止、タイヤサプライ
ヤーは1社のみ、タイヤ交換の禁止等、相当大きな改革案となっています。これがそ
のまま通るとは到底思えませんが、今とは随分様変わりすることは確実だと思われ
ます。この改革案の目的は、経費削減とそれによる新規チームの参戦を促すために
あるとか。(といいつつ、最大12チームまでというのは変わっていないのですけどね)
私としては、かつてのように次々と様々なチームが参戦し来て、バラエティに富んで
いた頃に戻って欲しいです。今の様に一流メーカー同士の、最高峰の技術の結晶の
競い合いというのも素晴らしいと思いますが、これが長続きするとはとうてい思えない
ですから。

2004年4月23日 (金)

電池が切れるまで

昨日の「電池が切れるまで」、あの詩の朗読が聞けただけでも見た
甲斐がありました。ウサギの人形を使った演出は見事でしたね。

ただ、ドラマの内容となると、少し不満が残ります。安曇野の風物を
取り入れようという工夫は判りますが、こういうテーマは、あまり事件
性を持たせずに、淡々と事実だけを描いた方が真実味が出るような
気がするのですが。

私、陣内孝則さんのファンでもあるので、次回以降を楽しみにしたい
と思います。

湯波半 3

YUBAHAN7.jpg

今日は、湯波半の巻ゆばです。要するに乾燥湯葉なのですが、
くるくると巻いてあるだけで、よくあるように一口分に切ってある
訳ではなく、30cm程度の長さがあります。うっかり強く握ると
ばらばらになってしまうので、持ち帰る時には注意が必要です。

普通、乾燥湯葉を食べるときにはそのまま鍋に入れれば良い
のですが、この巻ゆばは大きいのでそうもいきません。そこで、
あらかじめ湿らせた布巾で巻いて、しばらく置きます。すると、
湯葉全体がしんなりとして来ますので、包丁で適当な大きさに
切ってやり、調理に使います。

YUBAHAN3.jpg


今回は、湯豆腐に入れてみました。4人家族なので4等分して
鍋に入れます。味の方は、これまで食べた中では一番味が濃
く、おいしいように感じました。

1本320円。少し手間が掛かりますが、お買い得だと思います。


2004年4月22日 (木)

湯波半 2

YUBAHAN2.jpg

写真は、湯波半のつまみ上げゆば。いわゆる汲み上げ湯葉ですね。
豆乳に火を通して膜が張ったものが湯葉になるわけですが、これは
その膜になる直前の状態で汲み上げて、水気を切ったものです。
言うなれば、湯葉のうま味が凝縮されたものですね。

食べ方は色々ですが、今回はそのままの状態で、ネギを添えてワサ
ビ醤油で食べてみました。

うーん、さすがに美味しいです。豆腐をうんと濃くして、ほんのり甘味
を加えた味と言いましょうか。それでいて、あくまで上品な味わい。

一箱1200円とちょっと高価なのですが、それだけの値打ちはあると
思います。お勧めです。

2004年4月21日 (水)

湯波半 1

YUBAHAN5.jpg

息子達に依る京都探訪、今回は、老舗を訪ねて貰いました。行き
先は、湯波半。

湯波半は、1716年(享保元年)の創業で、今年で288年になるという
老舗です。場所は、麩屋町通御池上がる。インターネットで、場所や店
構えを調べておいて、さあ、二人で出発です。

今回は、前回撮れなかった京都御所の周辺の撮影も兼ねていて、まず
はそこからスタートです。御所までの道順は、前回に経験済なので迷わ
ずに着けました。ここから、広い京都御苑の中を一周する訳ですから、
結構大変です。地図を頼りに慣れない砂利道の中をポイントを探して歩
きます。全部撮り終わった時には1時間半近く経っていました。

ここから、麩屋町通を探します。この界隈は、名探偵コナンの迷宮のクロ
スロードの舞台になったあたり。丁度、2日前にテレビで見たばかりだか
ら、その雰囲気も味わっておいでと言ったのですが、特に判らなかったそ
うです...。

無事に麩屋町通を探し当て、後は南下するばかり。丸、竹、夷、二、押、
御池とコナンの映画にも出ていた手まりうたを覚えさせておいたのです
が、これもあまり役に立たなかったとか...。それでも、ちゃんとたどり
着けたんだから、大したものです。

湯波半の店構えは、老舗らしく古めかしいものです。この二人、ちゃんと
中に入って買い物が出来るかと少し不安だったのですが、漬物屋さんみ
たいだったとあっけらかんとしています。何度も連れて行った村上重で慣
れていたのですね。

お店では、二人を歓迎してくれたようです。汲み上げ湯葉の味見をさせて
もらったと大喜びで帰って来ました。

さて、二人が買ってきたのは、つまみ上げゆば(汲み上げ湯葉)と巻ゆば
です。どんなもので、どうやって食べたかは、明日アップする予定です。

2004年4月20日 (火)

新選組!7

今回の新選組!「行くか、残るか」、三谷流が炸裂していましたね。
近藤一派が清河をかばって逃がすというのは、初めて見た設定で
す。芹沢と土方が一緒になって清河を狙ったという小説もある位で
すから。それにしても、「清河先生、ありがとう!」は、幾ら何でもや
りすぎなんでは。まあ、私は三谷ファンですから、これからも見つづ
けますけどね...。

今回、残留するかどうかで悩んでいた堺雅人演じる山南啓助。これ
まで、なよなよした印象しかなかったのですが、前々回あたりから存
在感が出て来ました。やさしそうに見えて、内面には激しさを秘めて
いる、そんなキャラクターが良く出ていると思います。従来から、新選
組隊士の中でも沖田に次いで女性に人気の高い人ですね。

山南と書いて「やまなみ」と読みますが、三南と書いた署名があり、
「さんなん」が正しいとする説もあります。仙台脱藩で、北辰一刀流の
免許皆伝者と伝えられ、近藤と立ち会って竹刀を巻落とされ、天然理
心流に入門しなおしたとされます。また、このとき、近藤の人柄に惹か
れたのだとも言われています。

よく土方歳三と対比され、冷酷な土方に対して温厚な山南、隊をまと
めるのに長けた土方に対して政治力には乏しい山南、実務家の土方
に対して教養派の山南などが代表的なところでしょうか。しかし、温厚
と言われながらも芹沢鴨の暗殺には参加しており、やはりこの時代に
生きる人らしい非情な一面も持っていたようです。

山南は、最初副長の職にあり、後に総長となりますが、隊の実権は土
方が握っていたようです。山南が後に隊を脱走する背景の一つには、
この土方との軋轢があったのではないかと言われています。

山南が免許皆伝を得ている北辰一刀流は、伝統的に水戸学派の影響
が強く、尊王攘夷の思想が強いとされる流派です。清川もそうで、今回
山南が残留を迷ったと理由も、清川を逃がした理由も、同門という事が
あったという設定になっていました。

以前書いた芹沢や新見錦なども筋金入りの尊王攘夷の志士で、後の
新選組の性格から考えると、何故彼等や山南がここに居たのか判らな
くなってきます。しかし、新選組が当初は尊王攘夷のための結社という
性格を持っていた事を考えると、この謎は解けます。

他ならぬ近藤自身が、攘夷の魁たらん事を欲し、幕府に対してこのまま
幕府が攘夷に踏み切らないのなら、自分たちは解散すると迫った事が
あり、彼等の真の目的は攘夷にあった事が判ります。しかし、現実は幕
府の警察機構に組み込まれ、尊攘派の志士を切る側に回ってしまいま
す。山南とすればとんでもない話で、池田屋事変の時に彼が参加しな
かったのは、同じ思想の徒を切る事に反対だったからではないかとも言
われています。

山南が、決定的に近藤、土方と対立するのは、西本願寺への移転から
だとされます。山南は、尊王攘夷の傾向が強い西本願寺に同情的で、
また新選組のような殺戮集団は寺に入るべきではないと考えたらしく、
極力反対しますが、結局二人に押し切られます。この直後、山南は脱走
しており、直接にはこの件が引き金になったものと思われます。しかし、
全体としては、新選組のあり方が、当初抱いていた攘夷の先鋒という姿
から大きく変貌し、山南の思想と全く相容れない姿になった為ではないで
しょうか。その一方で、近藤に対する個人的な思い入れは残っており、沖
田に追いつかれるや、従容と屯所に戻り切腹の座についたのは、そのせ
いではないかという気がします。

山南の人柄を表す逸話が、切腹に際しての明里との別れの場面です。明
里は、島原の輪違屋の天神で、山南のなじみでした。永倉新八が山南の
頼みで連絡してやったと言います。二人は、前川邸の西にあった出窓の外
と中で、30分ほどの間、別れを惜しんでいたそうです。最後に障子が中か
らしまったときの明里の悲しむ様子は見る者の涙を誘ったそうです。

このドラマの設定では、山南がより格好良く描かれている様に思えます。
今後、山南の人気はぐっと上がって来るのではないでしょうか。

山南啓助の墓は、光縁寺にあります。


2004年4月19日 (月)

タイム

taimu.jpg

二日続けてTOKIKOさんのGALLELYからのトラックバックです。

この写真、なんだか良く判らないでしょうけれども、昨年秋に撮った
わが家のタイムです。しばらく収穫せずにいたら、こんなになってま
した。料理やハーブティに使っても余りあるので、思い切って全部
を風呂に入れちゃったのですが、なんとも贅沢な気分に気分に浸れ
たお風呂でした。

タイムは夏に弱く、わが家でもしょっちゅう枯らしています。しかし、
昨年は冷夏のおかげでタイムも元気で、ご覧のとおり伸び放題に
伸びたという次第です。このタイム、無事に冬を越して、現在新芽
が伸び始めています。

今年は冷夏でなくても、枯れずに夏越しが出来ると良いのですけ
どね。

2004年4月18日 (日)

猫グッズの店 京都編

nozokineko.jpg

TOKIKOさんのGALLERYにあやかって、猫グッズの店の紹介です。

ここは、京都の三年坂にある瓢箪屋さん。店には、山程の瓢箪がぶら
下げられていて縁起物として売られています。その一角にある招き猫
を初めとする猫グッズ。中でも面白いのが、写真にある覗き猫。こういう
猫って確かに居ますよね。

京みやげにするには少し大きいですが、猫好きの方、京都へ来られる
事があったら三年坂の店に寄られてはいかがですか。

2004年4月17日 (土)

レモンバーム

remonbamu.jpg

レモンバームの新芽が伸びてきました。
冬の間は、小さなごわごわした葉でこじんまりとしていました
が、春の訪れと共にぐんぐん大きくなって来ています。

もう少ししたら初収穫。すっきりしたハーブティーが、わが家の
お気に入りです。

2004年4月16日 (金)

街角のハナミズキ

mizuki.jpg

街角を歩いていると、あちこちでハナミズキが満開です。
北アメリカ原産の木で、アメリカヤマボウシとも呼ばれま
す。
とても綺麗で華やかなのに、どこか上品で日本的な風情
すら感じます。この季節、この花を見ながら歩くのが楽し
みです。

2004年4月15日 (木)

第62期将棋名人戦 森内先勝

第62期将棋名人戦の第一局は、森内挑戦者の勝ちとなりました。

あっけないというか、羽生名人がかなり不出来な将棋でしたね。千日手
を狙うしかないというのは、ちょっと寂しかったです...。

感想戦を見てないのでプロの見解は判りませんが、素人目には作戦が
中途半端だったような気がします。8筋、9筋の歩を伸ばすような指方の
方が良かった様な...。それ以上に、角筋を止めない振飛車が、思った
以上に軽快で、威力がありましたね。今後、流行戦法となって来るので
しょうか。週間将棋の解説を楽しみに待つ事にします。

1局目だけでは何とも言えない所ですが、相変わらず森内竜王は好調を
キープしている様です。対して、羽生名人の方は、森内、谷川に分が悪
いという、昨年からの流れが続いている様に見えます。この二人以外に
は圧倒的に強いのですけどね。次は、いかにもこの二人らしい、最高峰
を争うにふさわしい白熱した対局を見せて呉れる事を期待します。

次局は、26日、27日に行われます。

2004年4月14日 (水)

ハウルの動く城 メインキャスト決定

ハウルの動く城のメインキャストが発表になりました。

ソフィー役に賠償千恵子さん、ハウル役に木村拓哉さん、荒れ地の魔女役
に三輪明宏さんです。

うーん、キムタクを持ってきたか、という感じですね。受け狙いなのか、イメー
ジが合ったのか、作品を見てみないと何とも言えませんが、意外な人選とい
う感じはします。キムタクは声優は初挑戦とか。しかし、俳優としての素晴ら
しい才能を持っていますから、仕上がりを楽しみに待つ事とします。

賠償千恵子さんは、18歳から90歳までをカバー出来る人という事で選んだ
そうです。そういう事なら、順当な人選と言えそうですね。男はつらいよのさく
ら役のイメージがつきまといそうなのがちょっと気になるかな。

三輪明宏さんは、最初からこの人をイメージしてキャラクターを作ったそうです。
これも、もののけ姫のモロのイメージがだぶりそうですが、魔女の雰囲気はあ
りますね。

さて、公開時期は、やっぱり11月となっていますね。これからアフレコに入る
のなら、夏の公開でも間に合いそうな気がしますが、そうも行かないのかな。
まだまだ作品の情報が少ないのですが、そろそろあらすじやキャラクター紹介
位は見せて欲しいところですね。

2004年4月13日 (火)

第62期将棋名人戦開幕

第62期将棋名人戦が開幕しました。今後の将棋界を占う、大きな
一戦です。

森内竜王が勝てば名実ともに森内時代の到来と言って良く、羽生
名人が勝てば第18世名人の資格を得る事になります。昨年度の
二人の戦いは、8勝8敗の全くの五分。今年度に入ってからは、先
日棋聖戦のトーナメントで森内が勝っています。数字的には拮抗し
ていますが、どちらかと言えば、急所の将棋で森内の方が勝ちを制
して来ているのかな、という感じがします。この流れがここで変わる
のでしょうか。

1日目の局面は、羽生名人が先手で、左美濃対向飛車となりまし
た。振飛車側の角道が開いたままなのが一つのポイントでしょうか。
左美濃の陣形も久しぶりに見るような気がします。私的には、学生
の頃散々やった陣形なので、懐かしいですね。

羽生名人の封じ手は、私なら9六歩かな。大昔の感覚ですけどね。

一見懐かしく見えるこの戦型も、後手の3三角という手で、全く新し
い意味を持った局面になっています。こういうところに将棋の進歩が
ある訳で、本当に奥の深いゲームだとつくづく思います。さて、明日
の展開で、この二人がどう局面が動かしていくのか、じっくり見せて
貰おうと思います。

2004年4月12日 (月)

新選組!6

新選組!、ようやく京都に着きました。これからようやく新選組らしく
なりそうです。

ドラマでの、八木家の人々の反応が面白いですね。伊東四朗扮する
八木源之丞は、どことなくユーモラスで人の良さそうな感じですが、実
際の人物もあんな感じだった様ですね。

結成当初の新選組は、貧乏ですから何も持っておらず、槍だの弓だの
提灯だのと何かにつけて八木家から借り受けていたそうです。そして、
返してきた時には、大抵どこか損じていたとか。八木家にしてみれば、
大迷惑だったことでしょうね。新選組が八木家を引き払った後、礼金と
して置いていった金が5両だったそうです。源之丞は、「2年も3年さん
ざん荒らしていった家賃にしてはやすいなぁ。」とにこにこ笑って、この
金で祝いの酒樽を買って、隊に届けたそうです。こういう人だから、新
選組の世話も出来たのでしょうね。

ドラマの中で、箒が逆さまになっているのを近藤が何度も元に戻すとい
う場面がありましたが、あれは早く帰れという京都のまじないですね。
これと少し似ている逸話があって、八木家で葬儀があったとき、葬列に
従う人が槍を持つのですが、これを左手に持っていたそうです。それを
見た芹沢が、槍は右に持つものだと間違いを指摘しますが、八木家の
人は、これがこのあたりの風習だと言って直さなかったそうです。今で
もそうですが、当時は関東と関西の風習の違いは大きかった事でしょう
ね。こうした風習を知らなかった事も、彼らが最初壬生浪と呼ばれた要
因の一つだったのかも知れません。

2004年4月11日 (日)

ツバメ飛来

昨日、町中を歩いていると目の前を黒い影が横切りました。
ツバメが飛来したのですね。

よく見ると、あちこちで飛び回っています。軒下をかすめて飛
んでいるところを見ると、これから巣作りに掛かるのでしょう。
もう、そんな季節になったのですね。

雛の声を聞く度に軒下を見上げる日が来るのは、もうすぐです。

2004年4月10日 (土)

京都御所春の一般公開

gosyo.jpg

息子達の3度目の京都取材は、京都御所です。
京都御所は、一般公開が行われていて、果たして子供だけで
中に入れて貰えるか不安がありましたが、無事に入る事が出
来ました。

好天に恵まれた事もあって、中は沢山の人混みで大変だった
らしいけど、ちゃんと撮影を済ませて来てくれました。何でも、
人から頼まれた写真も撮ってあげたそうですから、一人前かな。

御所のあまりの広さに疲れた様ですが、また行っても良いよと
頼もしい返事です。さて、次はどこへ行って貰おうかな。


2004年4月 9日 (金)

いちごの花

ichigo.jpg

いちごの花が咲き出しました。

このいちご、植えてから5年になりますが、なんとも丈夫な植物で、
ベランダでほとんど雑草化しています。ランナーを伸ばして繁殖す
るのですが、2つのプランターの間を行ったり来たりという感じで、
ほとんど手入れらしい手入れもしないのに、毎年実を生らしてくれ
ます。

肥料は、カブトムシの糞。毎年大量に出る糞を集めては、プランター
に放り込むといったお手軽栽培ですが、結構美味しい実が出来ます
よ。あまり数は採れないですけどね。今年は、何個食べられるかな。

2004年4月 8日 (木)

ポインセチア

poinsetia.jpg

ポインセチアが咲いています。

ねこづらどきに出てくる花は、どれも旬をはずれたものばかり
と思われるかも知れませんが、短日処理をしなければ、まあ、
こんなものでしょう。わが家の場合、室内で栽培しているので、
照明があたる分余計に開花が遅れるのかも知れません。

このポインセチア、暑いのが大好きで、夏には猛烈に伸びて、
出窓をジャングルのようにしてくれます。反面、寒さには弱く、
室内でも大半の葉が落ちてしまいます。この繰り返しで、早く
も8年目、5月になったら植え替えてやらなくちゃ。

2004年4月 6日 (火)

新選組!5

今回の新選組!は、芹沢鴨に焦点が当たっていましたね。芹沢鴨と言えば、
とんでもない乱暴者というイメージがありますが、佐藤浩一演ずる芹沢は、ど
こか風格を感じさせるものがあります。

芹沢鴨は、水戸の郷士芹沢家の三男「玄太」として生まれ、元服後弟橘媛
神社の神官下村家に養子に入り、名を下村継次と改めます。彼は、養父を
継いで神官となり、水戸流の尊王攘夷思想を学ぶと同時に、水戸の剣術師
範であった戸ケ崎熊太郎の下に入門し、免許皆伝を受けています。

安政の大獄が行われたとき、朝廷から水戸藩に対して対処を促す勅書が下
ります。これを知った幕府は、勅書を朝廷に返すよう迫りますが、水戸の下級
武士達はこれに反発し、反対運動を起こします。これを勅書降下事件と言い
ますが、このときの同士の一人に粕谷新五郎が居ました。継次がこのメンバ
ーに居たという記録はありませんが、この事件の前後に下村家を出ている様
です。

翌年、水戸斉昭の死と共に水戸の尊王攘夷派の中で分裂が生じ、このとき
粕谷新五郎と継次は袂を分かっています。継次は攘夷を断行しようとする玉
造党(後の天狗党)に入り、幹部となります。しかし、玉造党は、一部党員が
資金集めとして豪商を強請るなどしたため、藩当局から追われる身となり、継
次も投獄されてしまいます。継次は、斬首と決まりますが、朝廷からの内意
により大赦が行われ、危ないところを助かっています。

牢を出た継次は芹沢家に戻り、ここで芹沢鴨と名を改めました。そして、間も
なく行われた浪士組の募集に応じ、京都へ向かいます。以後の経過は省略
しますが、前回の番組の中で粕谷新五郎と険悪な雰囲気があったのは、か
つては同士であったが、思想の違いで袂を分かったという事に起因している
様ですね。

以上の様に、芹沢鴨は、元々は尊王攘夷派の志士でした。そして、無知な乱
暴者と言う訳ではなく、玉造党の幹部を務めていたことからも判るように、教養
もあり、人望もある人物だったようです。

そういう彼が、新選組局長となり、尊王攘夷派の志士を取り締まる側に廻った
あたりから、おかしくなる様ですね。幕府に対する敬意の多寡の違いこそあれ、
彼が取り締まろうとする志士達は、水戸の尊王攘夷思想の信徒なのですから。
いわば、かつての仲間に対する裏切り行為であり、自らの思想を否定する事
も意味しました。

芹沢の腹心であった新見錦もまた近藤勇達によって粛正されていますが、彼
は勤王の志士として霊山に祀られている様です。このことから、新見の場合は
芹沢以上に勤王思想にこだわり、その結果粛正されたのではないかという説
があります。

芹沢鴨は、幕府の治安維持部隊の長としての立場と、尊王攘夷思想との間に
挟まって身動きが取れなくなったのではないでしょうか。その結果が、酒に溺
れての乱暴狼藉だったのかも知れません。

2004年4月 5日 (月)

F1 バーレーンGP 決勝結果

F1 バーレーンGPの決勝結果は、次のところにあります。
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/03/007result.html

佐藤琢磨選手、やりましたね。5位入賞、おめでとう。
本当は、もっと上を狙えたのでしょうけれども、あれだけアクシデントやトラブル
に見舞われた中では、良くやったと思います。特に、クルサードとのバトルは、
見応えがありましたね。ベテランを実力でねじ伏せたのですから。

ラルフと絡んだのは、結局ラルフに非があると裁定が下りました。琢磨の行き
場が無かったのだから、当然の決定でしょうね。しかし、ああいう一流どころ相
手に一歩も引かないところにたくましさを感じます。また、アロンソを押さえ込ん
だのも良かったな。同世代の、また、今シーズンのB.A.Rのライバルとして、
これからずっと争っていく相手ですからね。

バトンは連続して3位になったし、B.A.Rの力は本物と見て良いでしょう。あとは、
琢磨の車のガーニーフラップを頑丈にしてもらうことかな。

レース自体は、フェラーリの圧勝、一度も危なげなところはありませんでした。唯
一、バリチェロのピットストップでジャッキを降ろすタイミングが狂ったのと、ピットレ
ーンでトゥルーリと交錯しそうになって罰金の対象となったのが、フェラーリらしか
らぬミスでした。それでもシューマッハは、土曜日に苦しみ、またタイヤを気遣っ
てのレースだったため、決して楽勝ではなかったと言ってますね。ここまで、謙虚
になられては、隙がなさすぎてどうしようもないという感じがします。

ウイリアムズは、力負けしてますね。まだB.A.Rとルノーには勝っている感じは
しますが、フェラーリには水を開けられる一方です。ミシュランにアドバンテージは
感じられませんから、ヨーロッパに帰って、よほどのアップデートをしない限り、フェ
ラーリの独走が続きそうな予感です。

マクラーレンは、書くのも気の毒な感じですね。悲惨というか、泥沼というか...。
完走すら覚束ないというのでは、どうしようもありません。もう、今年のタイトルは無
理だと言ったらしいライコネンが可哀想です。でも、本来実力のあるチームですから、
きっとどこかで立て直してくると思います。たぶん...。

惜しかったのが、トヨタですね。ポイントを取るチャンスだったのに。でも、たまたま
コースに車が合っていたというだけで、まだまだ実力は伴っていないようです。こ
こも、ヨーロッパに帰ってからの改良がどこまで効果を発揮するかでしょうね。

次回サンマリノは3週間後、結構時間があります。各チームまたテスト、テストで改
良を図ってくる事でしょう。フェラーリの独走を止めるチームが出てくるか、楽しみに
待ちたいと思います。

2004年4月 4日 (日)

F1 バーレーンGP 予選結果

バーレーンGPの予選結果は、次のところにあります。

予選1回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/03/005qualify1.html

予選2回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/03/006qualify2.html

佐藤琢磨選手、やってくれましたね。本人にとってはもちろんの事、日本人
の予選記録としても最高タイ記録です。うーん、凄い!バトンも上回っている
し、言う事なしです。でも、ホンダ関係者は、これでも満足していないとか。
確かに、セッションを通しての最速タイムをバトンが記録している事を考える
と、もう少し上でも不思議ではなかったのかも知れません。どうやら、本気で
フェラーリに挑戦しようとしている様ですね。

さて、予選結果ですが、一回目までは波乱の様相が見えていたのに、終
わってみるとフェラーリの1.2でした。これはもう、チーム全体の底力としか
言い様がないですね。現地の状況は、午後から気温が上がり、各チームと
もコンディションの調整にとまどっていた様です。その中で2台揃って結果を
出してきたのですから、さすがチャンピオンチームの一言です。

ウィリアムズは惜しかったですね。2日目に関しては、予選一回目までは、
ずっとフェラーリを上回っていたのですから。ただ、気温が上がったのが不利
に働いたとすれば、これまでミシュラン勢が持っていたブリジストン勢に対す
るアドバンテージが消えたという事になります。これは、ますます苦しくなって
来たのかな。

トヨタは、やっと結果が出ましたね。もしかしたら車がこのコースに適している
のかも知れません。このサーキットは、トヨタの本拠地であるポールリカール
に似ているという話もありますし、ここはチャンスなのかも知れませんね。日
本勢として、頑張って欲しいところです。

意外だったのがジャガーで、一日目の結果からすると、期待はずれに終わっ
ています。特にウェバーが、クリエンに終始負けていたのが印象的ですね。
ウェバーは、このコースが苦手なのかも判りません...。

最後にマクラーレン。相変わらず苦しい展開ですが、ライコネンが予選を走り
きらずに終わるという非常手段に出て来ました。どのみち10ランク下げられ
るのですから、ピットできちんと整備して、燃料を含めた作戦も柔軟に取れる
ようにという事なのでしょうね。でも、本来このチームが採る様な作戦ではあ
りません...。

さて、今日の決勝はどうなるでしょうか。まずは、ファーストラップでの1コー
ナーの飛び込みが無事に済むかどうかが注目です。かなり狭い上に、ヘア
ピン状になっていますからね。また、コースはレコードラインを外れると、砂
で汚れているらしく、スピンアウトも続出しそうです。とにかく、最後まで走り
きれるかどうかが一番大きなポイントになりそうな気がします。

佐藤選手、表彰台目指してがんばれ!

2004年4月 3日 (土)

F1 バーレーンGP 1日目

バーレーンGPが始まりました。全く新しいサーキットの開催でどういう展開
になるのか、注目の一戦です。

現地のレポートを読むと、マレーシアほど暑くはないとか。意外な感じがしま
すが、湿度が低いせいらしいですね。

一日目の結果は次のところにあります。

フリー走行1回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/03/001free1.html

フリー走行2回目
http://www.ksky.ne.jp/~tahara/f1/dataland/2004/03/002free2.html


一日目の結果を見ると、これまでになく各チームが接近しています。1位か
ら10位までが1秒以内にひしめいており、好レースが期待出来そうな予感
です。

中でも、B.A.Rとジャガーの好調さが目につきますね。特にクリエンがウェバー
を上回ったのは、初めてではないかな。彼が速いという事は、ジャガーの速
さが本物になって来たという事になりますが、果たしてどうなのでしょうね。

佐藤は12位、本人は満足の行くフリー走行だったと言ってますが、手応え
があったのでしょうか。明日の予選では、是非上位に付けて欲しいものです。

マクラーレンは悲惨な事になってますね。ライコネンはトラブルでほとんど走れ
なかった上に、エンジンを換装したためにグリッドを10位繰り下げるペナルティ
まで受けています。クルサードも11位とぱっとしない。本当に、このチームは
どうしちゃったのだろう。

砂の影響は、砂嵐のような酷いことは無いようです。でも、とても粒子の細か
い砂(塵)が空中に漂っているらしく、各チームとも対策に神経を尖らせている
ようですね。これまでになく完走車が少ないレースになるかも知れません。

10000ヒット御礼

ねこづらどきのカウンターが、10000を超えました。

開設から2ヶ月半、これほど沢山の方に来て頂けるとは思ってもお
らず、嬉しいの一言です。本当にありがとうございます。

特に、検索エンジンからだけではなく、少なからぬ数の方がリピー
ターとして訪問してくださっており、感謝の念に絶えません。

これからも、ねごづらどきをよろしくお願い致します。

2004年4月 2日 (金)

円山公園 枝垂桜

sidaresakura.jpg

京都の円山公園、枝垂桜です。
この写真は2日前、息子達が2度目の京都取材で撮ってきたもの。
晴天をバックになかなか綺麗に撮れています。

とても有名な桜ですが、写真で見る限り枯れ枝が目立ち、樹勢が衰えている
ように見えます。数年前は、害虫駆除のために幹が真っ白に塗られていた事
もありました。なんとか元気を取り戻して長生きして欲しいものです。

今日の円山公園は、花見客の喧噪に包まれて、さぞ賑やかなことでしょうね。

2004年4月 1日 (木)

ねこづらどきの語源

このページのアクセス解析を見ていると、時々ですが、検索キーワードに「ねこ
づらどき」が出て来ます。ちょっと風変わりなこのページのタイトルを見て、何か
語源があるのかな、と調べてみたくなるものなのでしょうか。でも、ネット上で
検索しても、出てくるのはこのページだけの様ですね。

「ねこづらどき」の意味は、ページのトップに書いてあるように「黄昏どき」です。
この言葉は、小豆島を舞台にした壺井栄さんの小説「母のない子と子のない
母と」に出て来るもので、作品の中では「ねこづら時」と最後が漢字になってい
ます。ですから、小豆島の方言と思われますが、今でも使うかどうかは、判り
ません。語源は、この小説でも「なぜこういうのか判らない」と書かれており、
不明と言うしかないですね。語感から考えると、黄昏時に人の顔が見分け難
くなる状況を、猫の表情を見分けるように判りにくいと表現したものでしょうか。

この小説を読んだのは高校生の頃だったのですが、この言葉はずっと覚えて
いました。黄昏時というのも良い言葉なのですが、「ねこづらどき」というのも
何だかユーモラスで面白いと思ったのです。また、作品上でも、行方不明だっ
たお父さんが、夕暮れの中を息子を迎えに来るという印象的な部分ですから
ね。

ねこづらどきは、そういうほっとするような、懐かしいようなページにしたいとい
う意味を込めて付けたタイトルです。

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ねこづらどき

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